ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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21話

 男だけで午前中を過ごした後、昼すぎにユキノシタとユイガハマが帰ってきた。

 お目当てのポケモンを捕まえてきたのか、ホクホクした顔をしている。特にユキノシタ。いつもなら凍てつく視線を浴びせてくるはずなのに、なぜか笑顔なのである。逆にその笑顔が怖く見える俺はどうやらユキノシタに毒されてしまったらしい。恐怖も習慣付けば日常になるんだな。

 

「………ねぇ、ヒッキー、一体何があったの?」

 

 ユイガハマが目を見開いて唖然として見ているのはもちろんトツカに抱きつくミミロップの姿。

 いや、ほんと。

 昨日までツンツンしていたのに、今日になってデレデレしていたら驚くのも無理はないな。状況を知っている俺ですら、ちょっと唖然としているくらいだし。

 トツカのこと好きすぎでしょ。

 

「…………まるでヒキガヤ君ね」

 

 どっちが!?

 ねえ、どっちを指して言っているわけ!?

 

「まあ、いいわ。どうせヒキガヤ君が何かしたんでしょうし」

「いや、結果的に言えば俺がしたことになるけどよ。何だよ、そのいつもいつも俺が原因みたいな言い方」

「いえ、原因の方じゃなくて悩み解決の方だったのだけれど。そっちに解釈してしまうなんてまるで本当にやってしまったことがあるように聞こえるのだけれど」

「ねぇよ! 全く、これぽっちもねぇよ!」

 

 うん、やっぱりいつものユキノシタでした。

 

「……それで、何か捕まえたんだろ」

「うん! あたしはこの子を捕まえたの!」

 

 聞くとユイガハマがボールからポケモンを出した。

 

「ドーブルってお前………………」

 

 何初めて捕まえたポケモンが上級者向けのポケモンなんだよ。もう少し無難なのは捕まえられなかったのか? あ、それとも捕まえられないから…………。

 

「ああ、そういうことか。ドーブルが絵を描いてるのを褒めたら気を良くしたドーブルがいろんなもん描き始めて、つい仲良くなってしまったから連れてきたとかそんな感じか」

「なんで分かるしっ! まさか影から見てたとかそんなんじゃないよねっ!? ヒッキーストーカー?」

「アホか。そもそもお前がポケモンを捕まえられるとは思ってないから、そういう推測になっただけだ」

「それはそれでひどくないっ!? あたしも自分で捕まえられるし!」

 

 癇癪を起こすユイガハマであるが、本当のことだから仕方ないだろ………。

 

「もう、ヒッキーはデリカシーなさすぎ!」

「や、今のはデリカシーとか関係ないだろ…………」

 

 きゃんきゃん騒ぐ姿がまるでポチエナのようだった。今は進化してグラエナになったけどな。

 

「あれ? ユキノシタさんは捕まえてこなかったの?」

 

 トツカが疑問に思ったのか会話に加わってきた。

 

「いやいや、トツカよ。帰ってきた時のこいつのホクホクした笑顔を見ただろ。あれは間違いなくポケモンを、しかもお目当てのポケモンを捕まえたに違いない。しかも行ってきたのが6番道路だろ。なら、もう捕まえたポケモンは二つに一つしかないわけだ。ニャスパー、あるいはニャオニクス。だろ?」

 

 もうね。

 ユキノシタが6番道路に行くって言い出した時にはすでにピンときてましたよ。いつもカマクラを見る目が物欲しそうというか、自分も捕まえたさそうな顔をしているのだ。そして、ここに来てニャスパー・ニャオニクスが生息していると言われている6番道路に行くって言うんだから、もう捕まえに行くんだろってしか思わないっての。

 

「き、気持ち悪いくらい当たってて気持ち悪いわ。あと気持ち悪い」

 

 両手で体を抱き、後ずさりを見せるユキノシタ。

 ねえ、なんで気持ち悪いを三回も言ったの?

 二回までは文脈として成立してるからいいけど、最後のはいらないよね?

 

「はあ…………、ほらこの子よ」

 

 右手の親指と人差し指でこめかみを押さえてため息を吐いたかと思うと、ボールから新顔を出してきた。

 

「なんだ、ニャオニクスの方か。しかも白いってことはメスの方か」

「ええ、捕まえる時にバトルしてたら進化してね」

「ニャーォ」

 

 カマクラとはまた違った高い声で鳴く。

 あいつみたいに攻撃してこないよな。

 試しに手を出してみると、

 

「……………」

 

 無視された。

 攻撃されるのも辛いが無視されるというのもなかなか辛いものだな…………。

 

「……よかった。この子はあなたに毒されることはなさそうね」

 

 まるで俺を病原菌みたいに言わないでもらえます?

 ヒキガヤ菌とかどんな菌だよ。

 

「………トツカ、泣いていいか?」

「泣くほどだったの!?」

 

 別に泣くほど悲しいわけではないが、ただトツカに抱きついて癒してもらおうと思っただけです。

 でもその後でユキノシタかユキメノコにボロクソにされそうだけど。

 

「…………それで、ユイガハマ。今回はまともな名前にしたんだろうな。まさか尻尾の先の液体と体毛の境目がマーブル模様に混ざって見えるからって理由でマーブルなんて名前はつけてないだろうな」

「…………………ゆきのん、ヒッキーって実はエスパータイプのポケモンだったりするの?」

 

 おい、そこのアホの子。

 聞こえてんぞ。

 

「そうだったらまだ納得がいくのだけれど。残念ながらあれでも人間よ」

 

 こっちはこっちで超失礼だな。

 そんなに俺を人間として認めたくないのかよ。

 

「認めたくないのではなくて、普通の人間には見えないからよ」

「よっぽどお前の方がエスパータイプのポケモンだよな」

 

 人の心を読んで会話ができるとかテレパシーでも使ってんじゃねーの。

 

「あなた、捻くれてる割には単純だから、顔によく出てるのよ」

 

 それは漫画みたいに文字が浮き上がってくるとかじゃないですよね。

 

「………そんなに顔に出るもんか?」

「あはは、ハチマンは結構顔に出てたりするよ。僕は表情で分かるなー」

 

 なるほど。

 俺の表情というものはいたって単純ということなのか。

 表情に単純も複雑もあるかって話だが。

 

「今だって自分の表情というものを初めて理解したって感じだし」

 

 確かに。

 トツカが俺の心を読めるということはそういうことでいいのだろう。

 あ、ならもっと俺の奥深くまで読んでくれないかなー。トツカへの愛とか。

 

「また邪な考えをしているみたいね。そろそろ成敗してあげようかしら」

「あははははー……………」

 

 本気でやりそうな目をしているユキノシタと苦笑いを浮かべるトツカ。

 どうやら、俺の人権はここにはないに等しいようです。

 

「……………早く帰ってきてくれ、コマチ………」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「コマチ、ただいま戻りました!」

 

 夕方。

 やっとコマチが帰ってきた。

 帰ってきて早々敬礼なんかしちゃってるけど、今の俺はそんなのがどうでもよくなるくらいボロボロである。主に精神的に。

 

「およ、お兄ちゃん。今日は一段と目が腐ってるね。どったの?」

 

 いろいろあったんだよ、いろいろと。

 ミミロップがツンデレだったり、トツカにあの影の正体を突き止められるし、ユイガハマがまた変な名前をポケモンに付けたり、ユキノシタが機嫌よくて気持ち悪いし。

 

「コマチがいなくて寂しかったんだよ」

「なーに、変なこと言ってるのさ。それより今日はお客さん連れてきたから」

「は? 客?」

「うん、今日はコマチのお友達の相談に乗っててさ。そしたらコマチたちの手には負えないような案件だったので、お兄ちゃんに横流ししちゃおうと思いついた次第であります」

「コマチの手に負えんもんを俺がどうにかできるわけがないだろ」

「そこはお兄ちゃんの力の見せ所だよ。お願い、お兄ちゃん。コマチを助けて」

「よし分かった。コマチのお願いとくればなんでも叶えてやろう」

 

 胸をどーんと叩くと後ろから冷たい声がした。

 

「いいようにこき使われてるわね」

「ヒッキーはああでも言わないと動かないしねー」

 

 気づかないようにしてんだから口にしないでくれないかね。

 

「じゃーん。コマチのお友達のカワサキタイシ君です!」

 

 二人の罵倒を綺麗に流し、コマチがお友達の紹介をする。

 

「か、カワサキタイシっす。よろしくお願いするっす、お兄さん」

「お前に妹はやらん!」

 

 あ、つい反射で口が動いちゃった。

 というかコマチちゃん? お友達が男子だなんて聞いてないんだけど。

 

「言ってないもん」

 

 あ、ここにもいたよね、人の心を読めるやつ。

 

「元いた場所に返してきなさい」

「ひどいっす、お兄さん。俺は捨てられたポケモンじゃないっすよ!」

 

 まあ、これだけのやりとりでこのカワサキタイシ君の扱いは理解したぞ。

 

「それでコマチ。相談てのはなんなんだ?」

「タイシ君のお姉さんが不良化しちゃったんだって」

「不良ねー」

「とりあえず、こっちで話さないかしら」

 

 ユキノシタがソファーの方を示してきたので俺たちは移動した。

 よっこらせと座ったら、ユイガハマにジジ臭いと言われた。

 悪かったな、最近運動不足なんだよ。

 

「それで不良したってのはどういうことなんだ?」

「そ、その……………一昨日のことなんすけど、たまたま昼間に妹たちと姉ちゃんが出かけてて俺だけがポケモンセンターにいた時に、ガラの悪そうないかにも不良って感じの人に声をかけられて、『今度はマーショネスのお前とやりたいって姉貴に伝えておいてくれ』って言われて」

「姉というのは」

「あ、カワサキサキっていうんす。確か同級生にユキノシタユキノとかハヤマハヤトって人がいたはずっすよ」

 

 …………………………。

 俺たちは顔を見合わせた。

 

「たははー、自己紹介がまだだったね。あたしはユイガハマユイって言います。よろしくね」

「僕はトツカサイカだよ」

 

 そして最後。

 

「ユキノシタユキノです」

 

 …………………………。

 再び沈黙が走った。

 他にあるのはトツカとユイガハマの苦笑いだけ。

 

「……ええっ!? ほ、ほんものっすか!?」

 

 目をぱちくりとさせるタイシの時間がようやく戻り動き出した。

 

「ここで名前を偽る道理はないわ」

「マジすか…………」

 

 ユキノシタの正体に慄くタイシ。

 なんか弱っちいやつみたいに見えてくるな。

 

「たぶん、同じクラスのカワサキさんでいいんだよね。ちょっと青みのかかった黒髪の」

「そうっすそうっすそれっす」

 

 っすっすっす、うるさいっす。

 やだ、もう既に感染しちゃってるよ。

 

「それなら昨日見たのがカワサキさんだったんだね」

「確かに、言われてみれば面影はあったわね」

 

 え? なんでみんなそんなに覚えてんの?

 俺全く想像できないんだけど。

 

「………ヒッキー、昨日女の人のパンツ見たでしょ」

「え? なに? なんで今ここでその話をするわけ? 見たくて見たんじゃないからな。あれは不可抗力だ。あそこに俺の意図は全くない」

「じゃなくて。や、そこも問いただしたいところだけど。そうじゃなくて。昨日の女の人がカワサキさんだよってこと!」

 

 …………そういや、確かあの黒のレースも青みがかかった黒髪だったな。

 あー、あれがタイシの姉というわけか。

 似てねぇな。

 

「……………あったぞ、ハチマン」

「あ、悪い。お前の存在また忘れてたわ」

 

 ちょっと最近空気すぎじゃありませんか、ザイモクザよ。

 自己紹介すら加わってこないとかどこの俺だよ。俺かよ。

 

「けぷこん。マーショネスで検索にかけてみたら、バトルシャトーというものが引っかかったぞ。恐らく、ここに通ってるとかそういう類の話ではないだろうか」

「何やるところなんだ? バトルが付くくらいだからポケモンバトルをやるところなんだろうが」

「むろん、バトル施設である。だが、古来の仕来りに則り爵位制度が設けられているようであるな」

 

 爵位制度か。

 やはり王族とかが存在していたのだろうか。

 漫画に出てくるような貴族や王族の存在があったとすれば、城があるのも頷ける。

 

「どこにあるんだよ、そのバトルシャトーってのは」

「どうやらコボクタウンからは近いようだな。7番道路の川沿いにあるみたいだな」

「………なあ、他にカワサキの変化とかはあるのか」

「………夜になると姿がなかったりするのもここ最近の話っすね」

「夜に外出か。いつ頃コボクに来たんだ」

「コボクに来たのは一週間前くらいっすけど、カロスに来てから姉ちゃん、こんな感じで」

「コボクに来る前は?」

「ミアレシティで旅の準備やらをしたり、ハクダンジムにも行ったっす。元々は俺の旅だったんすけど、心配だからって妹たちも連れて付いてきたんすよ。両親は共働きで帰りは遅いし、かといって姉ちゃん以外に妹たちの面倒見れる人もいなくてそれで……………。だから、姉ちゃんが不良になるとは思えないんす」

 

 ふむ。

 まあ確かにそれだけ下の兄妹の面倒を見ていて、心配だからってついてくるんじゃ、不良になるとは思えんな。面倒を見るのに疲れてストレスが溜まってるとかならまだわかるが、そんな奴がいい歳した弟の旅についてくるとは思えない。まるでどっかの誰かさんみたいだよな、この話。

 

「それに姉ちゃんは昔は結構、大会とにも参加してたみたいで。スクールにいた頃にも色々と大会に出たりして、バトルの経験を培ってたっす。卒業してからもそれは変わらなかったんすけど」

「カロスに来てから変わったと」

「はい………」

 

 なるほどなー。

 まあ、なんとなく見えてきたような気もするけど。

 結構無茶する奴だなー。

 

「ま、明日バトルシャトーに行って確かめてみるかね」

 

 バトルシャトーってのがどんなとこなのか気にもなるし。

 

「…………ねえ、爵位制度があるようなバトル施設にドレスコードとかはないのかしら…………………」

 

 ……………………………。

 

「………無駄な出費がかさむ……………」

 

 親父のスーツでも持って来ればよかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 コボクに来てから二回目の朝。

 急遽、リザードンに乗ってミアレシティに帰ってきていた。

 本当は一人で来るつもりだったんだが、ユキノシタが「コミュ障のあなたが一人で行くのは心配だわ」と言い出し、ユイガハマが「だったら、あたしも行く!」って言い出したので、仲良くクレセリアに相乗りしてついてきている。

 向かうのはプランタンアベニューにあるブティック「メゾン・ド・ポルテ」。

 女子人曰く、高級感溢れる店らしい。

 そんな高そうなところに連れてこられているわけだが、果たしてユイガハマは大丈夫なのだろうか。主に支払いが。

 ユキノシタは金持ちそうだからいいけど、ユイガハマとか俺みたいに超一般人じゃん? 金とか絶対なさそうだよなー。こいつ絶対一桁くらい金額予想間違えてそうだし。

 

「ああー、たのしみだなー。コマチちゃんがどうぞ兄に奢ってもらってきてください、って言ってたからなー。ヒッキーに初めて奢ってもらうのがこんな高級な店になるなんて…………考えただけで」

「あ、俺用事思い出したから帰るわ」

 

 なんか不穏な言葉が聞こえてきたから、帰ろう。

 

「あら、どこに行こうってのかしら、オゴリガヤ君」

 

 ユキノシタとユキメノコに捕まりました。

 ちょ、二人で押さえつけるとかずるくない?

 それ数の暴力って言うんだぞ!

 

「や、だってなんで俺がユイガハマに奢らねぇとなんねぇんだよ」

 

 ようやく見つけた店を背後に、

 

「しかももうこんな見るからに高そうな店じゃねぇか。どんな錬金術使おうが俺の財産が一瞬で吹っ飛ぶわ」

 

 喚いてやった。

 

「はあ……………それでも男なのかしら」

「残念なことにこれでも男なんだよな」

「甲斐性のない男ね。他に使い道があるわけでもないのに」

「アホ、この旅ですでにコマチと俺の生活資金として現在進行形で減ってってるわ」

「それ以上に入ってるくせに」

「それはお前も一緒だろうが」

「あなたよりは少ないわよ」

「貯めるに越したことはないだろ」

「こんな高級なお店でユイガハマさんが払えるわけないじゃない」

「なにいきなりごもっともなこと言ってんの……………」

「仕方ないじゃない。彼女は一般市民なのよ」

「俺も一般市民だけどな………」

「あなたは特殊なケースだから当てはまらないわ」

 

 やだこの子。

 俺がなに言っても返してきちゃうよ。

 

「うわーんっ! 分かったよ! ママにお願いして自分で買うから〜。だから揉めないで〜」

 

 先に根をあげたのはユイガハマだった。

 一言もやり取りに加わってこなかったけどな。

 

「はあ……………ったく、分かったよ。出せばいいんだろ。その代わりユキノシタ。お前も半額出せ。それでいいな」

「仕方ないわね」

 

 というわけで店に入りました。入っちゃいました。

 

「いらっしゃいませ。今日は何かお探しでしょうか、ユキノシタ様」

「今日はバトルシャトー用の見繕いに来たのだけれど」

「かしこまりました」

 

 ……………………。

 え? なにこいつ?

 ここの常連なの?

 

「…………そもそもこの店にあなただけで入ることは不可能よ。それなりに段階を踏んで認められなければ入ることはできないわ」

 

 マジかよ…………。

 ユイガハマも「うわー、きれー」って目を輝かせてるけど、本当に大丈夫なのかよこの店。ちょっと値段でも見てみようかね。

 

「………………」

 

 ごめん。

 俺も予想金額一桁間違えてたわ。

 え? マジなんなんこの値段。

 高級とか通り越して、ぶっ飛びすぎだろ。スーツの上下で30万越え。さらに靴も合わせたら40いくぞ。

 

「…………………」

「ね、だから言ったでしょ。段階を踏まなければ入れないような店なのよ」

 

 表示価格にぶっ飛んでいるとニヤッと笑みを浮かべるユキノシタが顔を出してきた。

 

「ねえ、もう少し抑えたところとかなかったわけ」

「あるにはあるけど、私ここがお気に入りなのよ」

「もう少し俺の財布のことも気にしてくれませんかね……………」

「お待たせしました。それではこちらへ」

 

 準備が整ったようでフィッティングルームへと連れて行かれた。

 

 

 着せ替え人形のように色々と着させられること一時間。かかりすぎじゃね?

 ようやく、俺に似合うものを決められたようだ。

 もうね、金額とどうでもよくなったわ……………。

 

「………ヒッキー………………」

 

 ちょうどユイガハマたちの方も終わったのか、フィッティングルームから出てきた。

 

「……………………………」

「どうかしたかしら?」

 

 ユキノシタが見上げるように俺の顔を覗いてくる。

 

「うっ………………」

 

 ヤバい。

 なにがヤバいって不覚にも二人に見惚れちまった…………。

 ユイガハマは赤色を基調としたドレスに身を包み、いつもはお団子頭にしている髪を珍しく下ろしていた。

 対するユキノシタは青を基調としたドレスに髪をアップにしてポニーテールにしているという何とも対照的な二人の姿に言葉を失ってしまった。

 

「どう、かな……………」

 

 ちょっと恥ずかしがるように俺に聞いてくるユイガハマ。

 あの、今この状況で聞かないでくれませんかね。

 うまく言葉が出てこないんですけど。

 

「お、おう………その、いいんじゃねぇの……………?」

「そ、そうかな…………ありがと……………」

 

 髪型も相まってしおらしくしているユイガハマがいつにもまして可愛く見えてしまった。中身アホなのに。

 

「全く、もう少し気が利いたセリフは言えないのかしら。この男は」

「あ、や、その…………」

 

 睨めつけてくるユキノシタに思わずたじろいでしまう。

 

「ま、その反応からして体は正直なようだし、及第点ってことにしておいてあげるわ」

 

 あ、はい、ありがとうございます。

 

「でもやっぱりあなたの言葉として聞きたいと思ってしまうのも女心というものよ。覚えておきなさい」

 

 

 この後、三人の合計金額が100を超えたのにはさすがの俺も意識を失いそうだった…………。

 しかもなに涼しい顔で黒いカード出してまとめて支払ってんだよ、ユキノシタ。

 

「後で半額を現金でちょうだいね」

 

 こいつ、やっぱり金持ちのお嬢様なんだな……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「はあ……………疲れた…………」

 

 店を出てから急いで金をおろして、ユキノシタに渡した。

 ちゃっかり二回確かめてから自分のところに入れてたけど。

 

「あ、おかえりお兄ちゃん」

 

 てててと駆け寄ってくるコマチ。

 はわー、なんか日常に戻ったようで安心するわ。

 

「おかえり、ハチマン」

 

 トツカ…………………。

 あ、なんか目から汗が滲み出てきたぞ。

 

「ちょ、お兄ちゃん。いきなりなに泣き出してんのさ」

「や、なんか日常に帰ってきたなーと」

「そんなにすごい店だったの!?」

「主に金額が………………」

「あー…………」

 

 コマチも理解したようで苦笑いを浮かべる。

 

「なあ、やっぱりユイガハマがついてくる意味ないんじゃねぇの」

「いやー、お兄ちゃんとユキノさんだけじゃ心許ないというか、喧嘩腰にしかならなさそうだし」

 

 まあ、ユキノシタのいつもの態度からすれば無理はないけど。

 

「だからってなんでユイガハマなんだよ」

 

 トツカとかでもよくね?

 

「ユキノさんもユイさんには弱いから………」

 

 あー、そういうこと。

 つまり、ユキノシタが暴走しようがユイガハマがいればそれも抑えられると言いたいのか。

 

「で、いつ行くの?」

「タイシが夜にいなくなるってんだから夜行くしかないだろ。けど、どうもちょっと距離があるみたいだし、先に近くまで行っておいた方がいいかもな」

「なら、また野宿?」

「準備だけはしといた方がいいかもな」

「うへー、野宿もいいけどやっぱりベットで寝たいよー」

 

 ユイガハマが萎れていくが、まあ行ってからどうなるかは分からないのだから仕方ないよな。

 

「別にそうとも限らんだろ。相談に乗ってしまった以上、何らかの結果は残さねぇとスッキリしないんだし、それまではコボクにいることになる」

「律儀に仕事をしてしまうお兄ちゃんはコマチ的にポイント高いよ」

「コマチのお願いだから仕方ない」

 

 そう、あくまでこれはコマチのお願いだから仕方ないのだ。

 なんて言ってると社畜精神が養われていくんだろうなー。

 

「では、ドレスの方は今日の夕方にバトルシャトーに着くように手配してあるし、早く向かうとしましょうか」

 

 いつもの髪型に戻っているユキノシタがそう言う。

 

「……………何かしら、その危ない目は」

「え? あ、や、べ、別に。………決して髪が戻ってるから写真にでもとっておけばよかったかなーとかそんなことは一切考えてないからな」

 

 うそ。

 思いっきり考えてました。

 いやー、だって意外と俺が見てるのっていつも通りに整えた後の女子陣だし、やっぱ髪型違うってのは珍しいからもう一回見たいとか思うじゃん?

 

「おーおー、着々と侵食されて行ってますなー、お兄ちゃん」

 

 ニヤリとした不敵な笑みを浮かべるコマチ。

 

「うぜぇ」

 

 思わず、口に出てしまった。

 いくら可愛い妹だからこういう時のコマチはほんとに面倒だから。碌なこと企んでないし。

 

「へー、ヒッキーって意外と女子の髪型とか見てるんだー。下ろした時のあたしの髪型どうだった?」

 

 とっても笑顔なユイガハマがすっごく怖い。

 だって、何を口にしても爆弾にしかならなさそうなんだもの。

 

「え、あ、や、その悪くはないんじゃないか」

「ぶー、さっきと同じこと言ってるー。もう少し気の利いたセリフくらい言ってよー」

「俺にそんな高度なテクを求めるな。そういうのはハヤマに頼め」

「逆にあなたがハヤマくんみたいなセリフ言った場合には、確実に医者に診てもらうようにするから安心しなさい」

「最もなこと言ってますけど、暗に俺をディスってるだけだよね」

 

 俺がハヤマみたいなセリフを言ったらそんなにおかしいのかよ。言わないけど、言えませんけども!

 

「あら、ハヤマくんみたいなセリフを言っている自分を想像できるのかしら?」

「…………………気持ち悪いですね、はい……………」

 

 言われて想像しちゃったけど、まるで俺ではないな。ただの気持ち悪い生き物でしかない。特に目とかが怪しさを引き立たせていて、背筋に電気が走ったくらいだ。あ、これはただのユキメノコが何の前触れもなく抱きついてきただけですね。

 

「あの…………ユキメノコさんや。離れてくれやしませんかね」

「メノ?」

「え? や、だからお前の体って冷たいから体が冷えるんだよ」

「メノメノ〜」

「あ、こら擦り付いてくんな。せめてもう少し暑くなってからにしてくれ!」

「ドー」

 

 え? 何この火の玉。

 温かいけど、なんか怖い。

 やっぱ背中が寒いからかね。

 

「いや、ドーブル。気持ちは嬉しいがそれなら後ろのユキメノコを引き離しれくれた方がもっと嬉しんだけど」

 

 真昼間からおにび出すなよ。いや、夜はさらに怖いけどさ。

 

「ドー?」

 

 あれ?

 こいつアホなのか?

 やっぱりユイガハマがトレーナーってだけはあるな。

 

「あーもー、こうなったら俺ごとダークホール!」

 

 たぶん、いるであろうダークライにお願いをしてみる。一応言うことは聞いてくれるし、勝手に夢食うし、俺に遠慮はないはず。だから、使ってくれるよね。

 

「お、」

 

 足元に黒い穴ができ、ユキメノコ共々落ちた。

 

 

 ちょっと長めのオフいただきまーす。おやすみなさーい。

 

 

 なんてセリフが頭を過ぎるとか、冷静すぎんだろ俺。

 




次回からトレーナーズスクール編を二話やります。

まだ卒業まではいかないですけど、あらすじ程度には最後まで出来ているので、卒業するのを気長に待っててください。

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