ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

21 / 90
20話

 ハヤマたちとバトルをした日の翌日。

 ザイモクザに借りていた本を返させて、俺たちはシャラシティに向かうべく、5番道路へと来ていた。

 

「ニョロボン、グロウパンチ」

 

 通称、ベルサン通り。

 ローラースケート場があったり、花畑があったりとミアレに繋がるこの道路は自然と造作が共存している。

 そして現在、トツカが野生のホルビーと戦闘中である。

 

「ホッビ!」

 

 ニョロボンの拳はホルビーの耳により受け止められた。

 バトルを見ながら調べてみると、ホルビーは耳の発達が一番よろしいようで、手足以上に耳が器用なんだとか。

 そういや、尻尾が器用な奴もいたよな。

 

「さいみんじゅつ」

 

 だが、トツカは会った頃よりは柔軟になったようだ。

 拳を掴まれても次の策略を進めていく。

 

「ホ〜ビ〜」

 

 腹の渦巻きから発せられたさいみんじゅつにより眠気に駆られていくホルビー。

 トツカが本気でバトルをしたらすぐに倒せそうではあるが、倒さないのには理由がある。

 

「お願い、入って!」

 

 モンスターボールに入れるためだ。

 カロスに来た理由の一つにホルビーをゲットしたかったからなんだとか。

 で、そのホルビーについていろいろ見ていくとノーマルタイプではあるが、進化するとホルードというポケモンになり、じめんタイプも追加されるみたいで、覚える技も割とじめんタイプ寄りになっている。他にはいわタイプやもちろんノーマルタイプの技も覚えるのだが一つだけちょっと毛色の違う技が目に付いた。

 ワイルドボルト。

 電気をまとって相手に体当たりする技。反動で自分にもダメージが通ってしまうが、案外ホルビーがこの技を使いこなせれば攻撃の幅は広がるかもしれない。

 ファンファンいいながら左右に揺れる赤いボール。

 じっと見つめてボールの行方を見守っているとプァンという弾けたような音が響き、カチッと開閉ボタンが閉じた。

 

「や、やったよハチマン! ホルビーゲットしたよ!」

 

 キラキラした笑顔で振り向いてくるトツカがなんて可愛いことだろうか。

 

「いやー、久しぶりにポケモンを捕まえたからドキドキしちゃった」

 

 俺は君の笑顔にドキドキしっぱなしです。

 

「………お兄ちゃん、なんかキモいオーラ出てるよ」

「え? なに、そんなの見えるわけ?」

 

 やだ、コマチちゃん。

 いつの間にイタコさんになっちゃったの?

 

「見えるというかトツカさんを見てるときの目がヤバいというか………」

「お、おう………それは悪かった………」

 

 単に俺の目が犯罪者の目になってただけみたいです。誰が犯罪者だよ。

 

「出てきて、ホルビー」

 

 投げたボールを拾いスイッチを開く。

 中から捕まえたホルビーが出てくる。

 

「ホッビ!」

 

 軽快な感じの挨拶はどこか和むものがあった。

 

「今日からよろしくね、ホルビー」

「ホッビッ!」

 

 握手代わりに耳を突き出し、トツカはそれに応える。

 

「……………私も何か捕まえようかしら」

 

 トツカの様子を見て自分も捕まえたくなったのだろう。ユキノシタが本気で思案し始めた。

 

「お兄ちゃん、コマチもポケモンを捕まえてみたい」

「あ、あたしも何か捕まえてみようかなー」

 

 コマチとユイガハマまでもが反応してしまった。

 まあ、別にそれも旅の醍醐味だと言えるけどな。

 ただ、一つだけ言わせてくれ。

 

「俺にそれを言われてもまともに捕まえたことないから、捕まえ方とか知らんわ…………」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 夕方。

 俺たちはコボクタウンへと辿りついた。

 なにあの坂道。

 超急なんですけど。

 おかげで足がパンパンなんですけど。

 くそっ、ザイモクザめ。一人だけジバコイルに乗って移動しやがって。

 

「ねえ、あれってお城………?」

 

 ユイガハマが北の方にある建物を指して聞いてくる。

 なんでもここにはショボンヌ城という城があるらしい。

 一昔前までは繁栄していたのが、今では廃れてしまったようで名前の通りしょぼんとした感じになっている。

 

「カロスは案外、王族の国だったのかもしれねぇな」

「………王様かー。すごく偉い人なんだよね」

「……偉いかどうかは国民の方が判断するんじゃねーの。成り上がりだったり、名前だけの王だったり、裏の顔なんて俺たちには分からねぇんだしよ」

 

 王様なんて結構そんなもんだ。

 独裁的に見えても王族内部での対立とかもあったりするみたいだし。漫画の受け売りだからなんとも言えんが。

 

「……あ、ちょっとごめんね」

 

 城を仰ぎ見ているとトツカのホロキャスターが鳴った。

 トツカはそのまま少し離れて、コールに出た。

 

「………うん、大丈夫だよ。……………うん、さっきだけどホルビーを捕まえたよ。………………え? ほんとに!? …………………うーん、まあそうなんだけどね。でも今がチャンスかもしれないんだ。スクール時代の同級生がカロスにたくさん来ていて、ポケモンの扱いがとっても上手な人もいるから。………………うん、うん、それじゃお願いね」

 

 どうやら、電話だったらしい。

 相手は……………声が聞こえなくて誰かはわからない。が、たぶん身内かなんかだろう。

 

「おまたせ。今からちょっとポケモンセンターに寄ってもいいかな。お母さんから預けてきたポケモンが送られて来るんだ」

「ん、ああいいぞ」

 

 ということで俺たちはポケモンセンターへと向かった。

 ポケモンセンターの中はどこに行っても割と同じ。置いてある装置も配置から似通っている。俺たちは転送マシンの前に立ち、どんなポケモンが送られてくるか胸を躍らせていた。

 

『それじゃ、送るわね』

「うん」

 

 トツカの母親と連絡を取り、ポケモンを送ってもらっている。

 ついでに俺たちのことも紹介していた。

 帰ったら挨拶にでも行こうかな。

 

「あ、きた」

 

 プププという音がなり、転送マシンが合図をくれる。

 

「ありがとう、ちゃんときたよ」

『そう、なら良かったわ。しっかりやるのよ』

「うん」

 

 転送マシンからボールを取り出し、母親との通信も切る。

 

「………それで、誰を送ってもらったんだ?」

「そうだね、とりあえずハチマンたちに見てもらおうかな。出てきてミミロップ」

 

 開閉スイッチを押してボールを開くと出てきたのはミミロップだった。

 だが、なんというかツンとした態度を取っていた。しっかり腕も組んじゃってるし。

 

「えっ、と…………あんまり仲が良くなかったりするのか?」

「あはは………、やっぱりそう見えるよね………」

 

 苦笑いを浮かべどこか悲しそうな目をするトツカ。

 

「フスベジムで負けてからこんな感じでね。家でも僕の部屋から全く出てこなくなっちゃって、仕方なくお母さんに預けてきたんだけど。やっと部屋から出たかと思ったら僕を探し出したっていうから送ってもらったんだ」

 

 ……………つまり負けたショックで引きこもりになってしまい、出てきてみれば自分のトレーナーの姿がなくて焦ったということか。なのに、この態度はどう解釈すればいいんだろうな。

 

「なるほど、つまりこの子を以前のように戻したいわけね」

「まあ、簡単な話じゃないだろうけどね」

 

 ユキノシタの推測に肯定し、ミミロップの頭を撫で始める。

 ツンとした態度を取っているも嫌がるそぶりは見せない。

 

「な、なあ、トツカ。そのミミロップって進化してから捕まえたのか?」

「ううん、ミミロルの頃に捕まえたよ。それがどうかしたの?」

 

 ミミロルはトレーナーに懐いていると進化するポケモンの一体である。つまり、トツカにミミロップが懐いていないということはないのだ。進化してトレーナーの実力が追いついていないのか力の使い方が上手くできないのか、たぶんそこら辺が態度に表れているのかもしれない。だけど、それは冷たい態度だけを取っていればの話。だが、このミミロップはちょっと違うような気がする。

 一見冷たい態度を取っているようにも見えるが、頭を撫でられても嫌がらないし、逆に嬉しそうなまである。

 

「ちなみにメス?」

「メスだよ」

 

 んー、これは俗に言う人間で言うところのアレなのではないだろうか。

 

「……………ツンデレ」

 

 言った途端にとびひざげりが飛んできた。

 避けようとしたが、体が思うようには動かず諸に蹴り飛ばされ、「ぐえっ!」という声とともに強い衝撃が背中を打ち付けた。

 仰ぎ見る天井は白くはなく、黒かった。というか、

 

「………黒のレース…………」

 

 見てはいけないもののような気がした。

 が、遅かった。

 

「………バカじゃないの」

 

 青みがかかった黒髪の美人に一瞥された。

 ふぇぇ、めっちゃ怖いよぉ。

 このままずかずかと蹴られてもおかしくない。

 が、そのまま何事もなく去ってしまった。

 た、助かった……………。

 

「さて、あそこにいる変態は置いていきましょう」

「ヒッキーマジキモい」

「お兄ちゃん、そんなに溜まってたんだね」

「あはははー」

「ハチマンばっかりズルいぞ!」

 

 ここにイッシキがいなくて本当に良かった。

 あいつがいたら絶対「もう、先輩。そんなに見たいなら私のを見せてあげますよぅ。お金取りますけど」とか言ってきそうで怖い。何が怖いってそれに従ったら女性陣にボコボコ、従わなくてもさらなる女性陣からの一方的な言葉の暴力が飛んで来るんだ。終わりしか目に見えない。

 

 あ? ザイモクザ?

 あいつはみんなに白けた目で見られてたぞ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 コマチはお友達がカロスに来ているという連絡があったため、その子に会いに行った。

 コマチがいないので先を行くわけにも行かず、今日は自由行動となった。ユキノシタはユイガハマと6番道路に行き、トツカはザイモクザを引き連れてバトルしに行った。俺はというと木陰でトツカたちのバトルの様子をケロマツと同じ体勢で寝そべって見ている。

 

「ふぅ、ザイモクザくん。ちょっと休憩しよっか」

「うむ」

 

 捕まえたばかりのホルビーとミミロップのバトルを終えると俺の方へとやってきた。まあ日陰はここしかないからな。

 寝そべっていた体を起こして席を作る。

 

「どうだった。ホルビーとミミロップ」

「ああ、ホルビーは技以外にも耳を応用したバトルを組み込むのもありだろうな。ミミロップは…………本来の実力を発揮できていないような………押さえつけているような、なんかそんな感じがする」

「そっか………」

 

 トツカは左側にいたミミロップの頭を撫でた。

 

「どうしたらいいのかな………」

 

 本気で悩むトツカ。

 可愛いけどこんな顔を見たいわけではない。やっぱりトツカには笑顔が一番だ。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが、ミミロップのそのネックレスって…………」

「ああ、これ? これはね、捕まえた時から大事そうにつけててさ。どんな時でも外そうとしないんだ。よっぽど大切なんだと思う」

 

 ふむ…………なるほどな。

 捕まえる前、野生の時からずっと大切にしてきたネックレス。

 あの中身は何が入っているんだろうか。

 

「これの中身って見たことあるか?」

「一度だけ見せてくれたことがあったよ。なんか石みたいだったんだけど、なんなのかは全くわからないんだ」

 

 石、ね…………。

 

「…………一つだけ、ミミロップの本来の実力を出させられるかもしれない方法を思いついたんだが。これはあくまでも可能性の話でしかないけど」

「え? そんなのあるの?!」

「ああ、やってみるしかないが、試してみる価値はあると思う。トツカ、とりあえず…………こいつを貸してやる」

 

 そう言って、俺はキーストーンを手渡した。

 

「キーストーン………? え? ま、まさかあの石ってメガストーンだったの!?」

「だからあくまでも可能性の話だ。俺はその石を見ていないし、たぶん見せてくれるとは思えない。だから、試しにメガシンカをやってみたらいいんじゃないか?」

「我が相手しよう」

 

 そう言うとザイモクザは剣のようなポケモンを出した。

 

「………なあ、ザイモクザ。ずっと思ってたんだが、そいつってポケモンか?」

「いかにも! 此奴はヒトツキ。とうけんポケモンと言われる刀ポケモンである! どうだ、かっこいいだろ。羨ましいか、羨ましいだろ! ハチマン!」

 

 うぜぇ。

 なにそのやっと聞いてくれました! って感じのノリ。鬱陶しいとしか言いようがないんだけど。

 

「………お前、自分でそいつをつかんで攻撃したいとか思って捕まえただろ」

「何を今更! だが、悲しいかな。此奴、柄を掴むと人間の魂を吸い取っていくのだ。だから無理なのだ!」

 

 あー、そう。

 それは残念だったね、ざまぁみろ。

 

「それに此奴ははがね・ゴーストという珍しいタイプの組み合わせでな。ノーマルタイプだろうがかくとうタイプだろうが、此奴にかなうものはいないのだっ!」

 

 確かにそれは厄介だな。

 はがねタイプだけでも硬いから焼くくらいが一番手っ取り早いんだが、ゴーストも付いてくるとなるといささか面倒なことになる。ゴーストタイプは自分の影に潜れる性質があるため、簡単に逃げられてしまうのだ。対処法としては影がないように仕向けるか、影に入る前に倒すか。あとは何処かの誰かさんみたいに影であろうと切り裂くか。ま、俺にはそんな芸当はできないんだが。というかあのイケメンが異常なだけだよな。

 

「つまり、ミミロップの攻撃は効かぬということである!」

 

 自信満々に胸を張っていうザイモクザ。

 どうやらカロスのポケモンみたいだし、ホロキャスターで検索にかけてみたら、案の定引っかかった。

 えっと、なになに………………とうけんポケモン。と、ここからの説明はザイモクザが言った通りなのか。んじゃ、特性は………。

 

「おい、ザイモクザ。そいつの特性ノーガードしかないぞ」

「なぬ!? それは一大事だぞ! ノーマル・かくとう以外の技のダメージは全部食らってしまうではないか!」

 

 知らなかったのかよ。

 捕まえるなら、それくらいのことは調べとけよ。先に捕まえたならなおさらだろ。

 

「まあ、ミミロップは基本的にノーマルタイプやかくとうタイプの技を覚えるからな。トツカ、他には何か覚えてるのか?」

「それはバトルを見てのお楽しみだよ。さあ、いくよミミロップ」

「いつでも来るがよい」

「メガシンカ!」

 

 トツカが虹色に輝くキーストーンを握り締めると、呼応するかのようにミミロップのネックレスが光りだした。その光はそのままミミロップを包み込んでいき、姿を変えていく。

 

「当たり、か………」

 

 昨日、ザイモクザから受け取ったメガシンカできる一覧にもミミロップの名は刻まれていた。だから、もしやとは思ったが、まさか本当にあのネックレスの中身がメガストーンだったとは。

 あの一覧表が本物だという証拠は得たわけだ。だが、ここに来て一つ問題が出てきた。俺以外にもメガシンカができるということはキーストーンがトツカの分も必要になってくるということだ。だけど、どうやってキーストーンを見つけ出せばいいのだろうか。現在持っている人から譲り受けるなんてことは期待しない方がいいだろう。そんな心優しい人間がいるわけがない。逆に、渡されたら万々歳ではあるが、危機管理が悪すぎると思ってしまうわけだ。あとはそれが偽物だったり、金を取られたり………要は詐欺に遭う可能性もある。博士がメガシンカを提唱した以上、一般人へに知識の伝達もさながらそれを悪用するケースも出てくるはずだ。今はまだそんな話を聞いてはいないが、俺の耳に入ってこないだけで実際には詐欺被害が起きているんじゃないだろうか。どこに行ってもそういう輩は消えはしないからな。

 

「ミミロップ、ほのおのパンチ」

 

 早速、弱点を突いてきたか。

 ミミロップは駆け出すと拳に炎をまとい、ヒトツキへ突き出す。

 

「てっぺき!」

 

 対してザイモクザはヒトツキの防御を上げることで特性のノーカードで受けてしまうダメージを軽減。

 

「きりさく!」

 

 受け止めた後はくるっと翻り、鞘を柄から伸びる青くて長い布で引っこ抜き、ミミロップを切り裂いた。

 地面を滑るようにミミロップはトツカの元へと戻っていく。

 

「シャドーボール」

 

 滑りながら黒と紫が混じり合ったような禍々しい色の球体を作り出し、踏み込んでヒトツキへと投げ込んだ。

 

「影に入れ!」

 

 ぬっと現れた黒い影の中に身を潜めていく。

 トツカはミミロップに命令を出そうとしたが、距離があったため断念した。

 

「………集中して。必ず来るから」

 

 シーンと静まり返る。

 雲の流れる音だけが盛大に聞こえてくる。

 

「つばめがえし!」

 

 音もなくミミロップの背後の影から出てきたヒトツキは剣の部分が白く光っていた。

 

「後ろからきたーー」

「ミッ!」

 

 気配を感じていたのかトツカが言い終わる前に動き出した。

 出した技はとびひざげり。

 ヒトツキの特性により出した技は当たりやすくなっているが、効かない技はその影響下には置かれない。したがって、ミミロップのとびひざげりはヒトツキには効果がない。はずだった。

 

「ツキィッ!?」

 

 だが、ダメージが通った。

 ミミロップの特性はメロメロボディかぶきようだったはず。それがメガシンカして変わったということか。リザードンもXにしろYにしろ特性は変わった。ということは案外メガシンカすることで特性が変わるのは常なのかもしれない。

 

「ゴーストタイプにかくとう技が当たる特性か…………」

 

 ゴーストタイプに技が当てられる特性と言えば、確かきもったまなんてのがあったはず。覚えるポケモンも割とメスが多く、ガルーラやミルタンクなど。後はごく稀に他のポケモンが持ってたりするが、種族数は多くない。

 

「トツカ、今の特性はきもったまだ。ノーマルやかくとうタイプの技でもゴーストタイプに当てられる」

「………きもったまか………」

 

 ザイモクザが「えー」って顔をしているが、今はトツカの方が優先だ。頑張れトツカ。負けるなトツカ。

 

「もう一度、とびひざげり!」

「てっぺき!」

 

 段々と調子が出てきたのか動きに無駄がなくなってきた。

 身軽な動きで一気に距離を詰め、蹴りを出す。

 てっぺきが効いているはずであるがまるで効果が見受けられない。

 

「ツキィッ!?」

 

 耐えきれなくなり、ヒトツキは低い唸り声を上げながら突き飛ばされてしまった。

 あれはもう戦闘不能だろう。

 なるほど、確かに実力はあるみたいだな。

 だが、これはメガシンカをしての実力。

 これがミミロップの全力というのであれば、少し違うような気がする。

 

「…………ミミロップ……?」

 

 何か、ミミロップの異変に気がついたトツカが呼びかける。だが、反応はなく目つきも少し変わっているような気がする。

 ……………これは、あれか? 暴走か?

 そういや、あの博士もメガシンカをするときにはそれなりの覚悟が必要だとか言ってたな。それがこれにつながるということなのか?

 ということはこうなってしまったのも、メガシンカを提案した俺の責任というわけかよ。

 マジかよ。また暴走したポケモンを相手にしなきゃならねぇのか。そのうち仕事とかで入りそうで怖いな。暴走したポケモンの鎮静に駆り出されるとか、なんか嫌な仕事だな。

 

「ライ………」

「うおっ!? お、お前いきなり出てくるなよ。びっくりするだろ。心臓に悪いわ」

「…………ライ」

 

 あ、なんかちょっとしょぼくれた。

 うん、たぶん緊急事態ということで影の中から出てきたんだよな。

 

「しっかりして! ミミロップ!」

 

 虚ろな目でゆらりゆらりとトツカに近付いていくミミロップ。あれはもう強大な力に自我を持っていかれてるやつですね。ああ、なんかユキノシタのオーダイルを思い出すわ。あいつもげきりゅうに呑まれていたからな。今でこそちゃんとコントロールできているが、あのミミロップもメガシンカの力には気持ちでは受け入れられていても身体が受け入れきれていなかったわけだ。

 力がある生き物ってのも大変だな。

 

「あー、あの、なんつったっけ。ブラックホール? 的なあの黒い穴に取り込んで眠らせるやつ。あれでミミロップを眠らせてくれ。あ、間違ってもあいつの夢は食うなよ」

 

 折角出てきたので、たまには動いてもらうとしよう。

 奴がよく相手を眠らせるのに使う黒い影のような穴をミミロップの足元に作り出し、見事に嵌まった。

 

 ただの落とし穴じゃねぇか!

 

 しかもよく綺麗に落ちていったな。

 ある意味貴重な映像だぞ。

 くそっ、録画しておきたかった。

 

「ハ、ハチマン! ミミロップは!? ミミロップはどこに行ったの!?」

 

 急に穴に落ちたミミロップを探し求めるトツカ。

 このままにしておくのもなんだし、種明かしといきますか。

 

「出してやってくれ」

 

 半身だけを影から出している奴に指示を出す。まあ、別に俺のポケモンってわけじゃないんですけどね。なんかよく分かんねぇけど、俺の言うことを聞いてくれたりする。代価として俺の過去を夢として食っているようだけど、記憶を盗まれているため、実際にそうなのかすらもよくわからない。そもそもこいつが原因で昔のことを覚えていないのかも怪しいところではある。

 

「……………」

 

 無言で宙に再度穴を作り出し、ミミロップを抜き出した。

 深い眠りに陥ったミミロップはすでにメガシンカが解けている。

 

 さて、笛でも吹いて強制的に起こしますかね。

 

 リュックの中からモンスターボールの絵柄が刻まれたポケモンの笛を取り出す。

 特別勉強したわけではないが指が覚えているようで、今でも軽い手つきで笛の穴を抑えられるみたいだ。これなら問題ないだろう。

 口に当て、息を吹き込み、指で穴を押さえていく。

 

 パパパ〜プパパ〜〜、パパプパパ〜〜

 

 ぱちっとミミロップは目を覚ました。

 

「ミ………?」

 

 とりあえず目の前の状況がわからないという顔を浮かべるミミロップ。

 

「ミミロップ!」

「ミッッ!?」

 

 それを構わずトツカはミミロップに抱きついた。

 突然のことでミミロップも驚いているが、そこまで驚かなくてもいいだろって思った。というかトツカに抱きつかれるなんて羨ましい。あーあ、俺も抱きつかれたいなー。

 

「どうだ、ミミロップ」

 

 まあ、まずは目の前の案件から片付けていきますかね。抱きついてもらうのはまた今度してもらおう。二人きりの時に。永遠と。嫌われるかな………。

 

「今ので分かっただろ。勝てない相手に強さが欲しいと思うのはごく自然のことだが心と身体は別ものだ。心では割り切っていても身体は正直に答えを出してくる。もう一回、トツカと成長していった方が勝利が見えて来ると思うぞ」

 

 結局。

 ミミロップが暴走したのはメガシンカの重圧に体が耐えられなかったということだ。奴自身が自分の中に眠る新たな力を感じ取っていても、それを使いこなせるだけの器が完成しきっていなかったんだろう。オーダイルがげきりゅうに呑まれて暴走したのも根本的には同じことである。器が耐えきれなくて、精神世界まで侵食しにかかっただけのこと。

 

「ミー………」

 

 しょぼーんと俯くミミロップ。

 割と図星だったのだろう。

 ごめんな、別にきつく言うつもりはないんだぞ。

 

「ねえ、ミミロップ。もう一度、僕と、僕たちと一緒にジム戦を攻略しよう?」

 

 大天使様も大体の事情がつかめたのか笑顔で手を差し出している。

 守りたい、この笑顔。

 

「ミー………」

 

 ゆっくりと。

 トツカの方へと向くその顔には涙が浮かんでいた。

 ……………ポケモンって泣くんだな。意外と見るの初めてなんですけど。

 

「ね?」

 

 ポンポンっとトツカがミミロップの頭を撫でると堪えきれなくなったのかトツカに抱きついて泣き出した。

 そりゃ、もう今まで溜まっていたものを全て吐き出すかのような号泣で。

 

 うーん、やっぱりこいつツンデレだったか。

 

「ええ話やのう…………」

 

 あ、こいつの存在をすっかり忘れてたわ…………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ありがとう、ハチマン」

「いや、暴走したのだって元はと言えば俺のせいなんだし、気にするな」

 

 泣き疲れてトツカの膝で眠っているミミロップの頭を撫でながら言ってきた。

 

「博士から『メガシンカを使うときにはそれなりの覚悟が必要だ』って言われてたのを忘れてたんだ。その覚悟ってのがどんなものなのかは俺にもよくはわからなかったが、たぶん圧倒的な強さに呑み込まれないようなブレない心とかそういうことなんだろうな。そういう話を先に伝えておかなかった俺の責任なんだし、まあついでだついで。なんとなくミミロップが抱えてるものが見えたってだけのことだ。だから気にするな」

「ふふっ、やっぱりハチマンは優しいなー。………ホントはトレーナーの僕がちゃんと気付いてあげるべきだったんだよね」

「まあ、トツカのポケモンだしな。けど、お前には絶対に隠そうとしたってのもわかってやってくれ。こいつはお前にとことん懐いているみたいだし、心配かけたくなかったんだろ」

 

 全く、ツンデレにもほどがあるってもんだぜ。

 もう少し素直になれんのかね…………。

 

「うん、それはわかってるよ。ずっと部屋から出てこなかったのも負けたことを悩んでたんだろうからね」

「ああ」

 

 これで一件落着なのかね。

 災い転じて福となすとはよく言ったものだ。

 ミミロップの抱えてる悩みに気付かなかったら、ただの災いでしかなかったからな。

 

「………ねぇ、それよりさっきの黒いポケモンて……」

 

 なんて考えていたら、トツカが話を変えてきた。

 

「ああ、あいつか? 特に捕まえた記憶もなければいつからの付き合いなのかも分かんねぇんだけど、なんかいるんだよ。まあ、ぼっちはぼっちを引きつけるって昔からよく言うし、いいんじゃねぇの? 名前も知らんし、知ってることなんて人の夢を食う奴ってことくらいだし。あとさっきの黒い穴のような技が使えるってことくらいか」

 

 特に害は……………夢を食われる以外はないし、逆に結構助けられてるからな。

 

「え? 名前知らないの? 僕、シンオウ地方のポケモンについて調べてたときに見たことあるよ。確か名前はダークライ…………だったかな」

 

 ……………………………。

 

「え? なんだって、もう一度言ってくれ」

「だから、あのポケモンの名前って確かダークライって言ったはずだよ。写真付きの資料集で見たことあるもん。対となすクレセリアのことも書いてあったし」

 

 お、おう………………マジか。

 ここに来てまさかのあいつがダークライだったのか。

 た、確かによくよく考えてみれば、眠らせるわ、変な夢見せてくるわ、夢を食うわで、ダークライの特徴と合っているといえば合っているな…………。

 え? じゃあなにか? あの穴ってダークホールなのか?

 ………………黒い穴。ザイモクザ風に言えば暗黒の沈穴。うん、ダークホールだな…………。

 

「………………」

「ハチマン? 大丈夫?」

「あ、いや、すまん。ちょっと現実についていけなくなってたわ。………マジか……、俺って変なポケモンに囲われすぎだろ…………」

 

 ロケット団に作られたポケモンといい、ダークライといいなんで俺のとこに寄ってくるのかね………。

 俺はもう少し平和に暮らしたいんじゃー。

 

『諦めろ』

 

 うっさいっ!

 お前も名前知らなかったくせに!

 

『何を言う。一度は目にしている』

 

 それが俺の役に立ってないから言ってるんだろうが。

 

「あれ? ハチマン、お主今頃気付いたのか? 我は前から気付いておったぞ。まあ、ハチマンだし別にいても不思議ではなかったからな。これが他の奴ならば大問題ではあったが」

「ようし、ザイモクザ。とりあえず、一発殴っていいか」

「わ、悪かった。気付いていて何も言わなかった我が悪かったから! 痛いのはいやだーっ!」

 

 この後、ほんとに蹴ってやろうとしたがトツカに止められたので素直にやめた。

 トツカに感謝するんだな、ザイモクザ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。