ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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18話

「ユミコ……」

 

 乱入してきた男女五人を見てユイガハマは身を強張らせる。

 どうやら知り合いのようだ。

 というかイッシキがいる時点でこれがハヤマとかいう奴のグループなのだろう。

 

「あれ、ユイ。あんたここにいたんだ」

「う、うん」

「ねーハヤトー、あーしバトルしたいんだけどー」

 

 金髪縦ロールの女がこれまたイケメンの(おそらく)ハヤマハヤトにすり寄っていく。

 

「あ、あの……」

「ああ、なに? 聞こえないんだけど。言いたいことあるならはっきり言ってくんない」

「うっ………」

 

 トツカが説明しようとしたが、高圧的な態度に怖気づいてしまった。

 助けを求めて俺を見てくるが………まあ、ここは俺しかいないわな。

 ユイガハマはあっちのグループのメンバーでもあるわけだし。コマチはちょっとワクワク感出して見てるし、ザイモクザに至っては他人のふりをしている。

 

「悪いが今はトツカのポケモンを鍛えるのに使ってる。昼までは貸切にしてもらってるから、使うならその後にしてくれ」

「あ? あーしは今バトルしたいんだけど」

 

 聞く耳を持たない金髪縦ロールに内心イラっときた。

 

「まあまあ、彼らの邪魔するのも」

「えー、ハヤトはしたくないわけー」

「ははっ、困ったな………。だったらこうしよう。みんなで交代でバトルするなんてどうかな。ほら、みんなでやった方が楽しいしさ」

 

 ダメなものはダメとは言わない、波風を立てないように持っていくイケメンにちょっと腹が立った。

 

「………なあ、みんなって誰だよ………。母ちゃんに『みんな持ってるよー』って物ねだる時に言うみんなかよ………。誰だよそいつら………。友達いねぇから分かんねぇよ」

 

 これにはさすがのイケメンと言えど、動揺したらしく、

 

「あ、いや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど…………なんかごめんな? その、悩んでるんだったら相談に乗るからさ」

 

 すごい慰められた。

 こいつすげぇいい奴と泣いてお願いしたいところではあるが。

 けどな。

 そんな言葉で悩みが解決するんだったら、そもそもこんな性格にはならねぇっつの。そんな単純なものなら悩みゃしねーよ。

 

「………ハヤマ? だっけ? お前の優しさは正直嬉しい。性格がいいのもよくわかった。それに四冠王とか呼ばれてるみたいだし? その上、お顔もよろしいときたじゃありませんか」

「………い、いきなりなんだよ」

 

 突然のヨイショに戸惑いを見せる。

 ふん、好きなだけ鼻を高くすればいい。だがお前は知らないだろう。

 人は褒められることで鼻が高くなる。すると足元を掬いやすくなるんだ。相手を褒めるのは高所から叩き落とすためなんだよっ!

 これを人は褒め殺しと言う。

 

「そんないろいろと持っていて優れているお前が、何も持ってない俺からバトルフィールドまで奪う気なのか? それは人として恥ずかしいと思わないのか?」

「そのとおりだっ! ハヤマ某! 貴様のしていることは人倫に悖る最低の行いだ! 侵略だ! 復讐するは我にありっ!」

 

 他人のふりをしていたザイモクザまでもが乗ってきた。

 

「ふ、二人揃うと卑屈さが倍増する………」

「鬱陶しさもですね………」

 

 横ではコマチとユイガハマが絶句し、ハヤマは頭をガシガシ掻きながら短い溜息を零した。

 

「んー、まあ、そうなの、かなぁ……………」

 

 ニヤリと。

 内心笑みがこぼれてしまう。

 

「ちょっとハヤトー」

 

 滑り込むように金髪縦ロールが口を挟んでくる。

 

「何だらだらやってんのー。あーし、バトルしたいんだけど」

 

 かー、この女。

 こいつのせいでハヤマに考える隙ができてしまったじゃねーか。このアホ巻き毛がっ。

 

「んー、じゃあトツカ以外とで二対二のバトルをしよう。それで勝った方がここを使う。ちゃんとトツカの特訓にも付き合うからさ。トツカも強い人とバトルした方が勉強になると思うんだ。それにみんな楽しめる」

 

 なに、その一部の隙もないロジック。

 

「タッグバトル? 超楽しそうじゃん」

 

 楽しみなのはお前だけだろ。

 はあ……………、朝から面倒臭ぇな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」

 

 ハヤマハヤトがバトルするという情報をどこからか聞きつけた観客で、フィールドの周りは埋め尽くされている。

 

「わー、本当にバトルするんですねー、先輩」

 

 観客をかき分けてきたのはイッシキ。

 今更きても嬉しくないんだけど。

 

「止めてくれればいいものを」

「いいじゃないですかー。先輩強いんだしー。先輩のバトルしてる時の姿、超かっこいいですよっ☆」

 

 うわー、こいつもヨイショが上手なこと。

 マジで心にもないこと言うなや。

 それと舌を出すな。あざとすぎる………。

 

「あの、さ、ヒッキー」

「あん? どした?」

「あっち、たぶんハヤト君とユミコ出てくるよ」

「だからなんだよ」

「ハヤト君は言わずもがなだし、ユミコはハヤト君と一緒にリーグに出てベスト4入りしてるツワモノだよ」

「え? マジ?」

 

 おいおい、マジかよ。こっちはザイモクザくらいしかいねぇってのに。

 

「あれ、ユミコもやるの?」

「あーしが言い出したんだし、もちろんあーしがいくっしょ」

「おお、またハヤト君とユミコのタッグバトル見れるとはっ! マジ、やばすぎでしょっ! やばいわー、マジやばいわー」

「なら、男女ペアでのタッグバトルなんてどうですかー?」

 

 おのれイッシキ。

 どっかのヘアバンドした茶髪のチャラ男に便乗しやがった。

 

「へー、いいじゃん。あんたにしてはいいこと言うじゃん」

 

 ほら見ろ。

 金髪縦ロールが賛同しちゃったじゃねーか。

 

「ど、どうするの? お兄ちゃん」

「コマチもユイガハマも初心者だしなー。かといって負けるわけにもいかねぇし」

 

 俺一人でやる分にはいくらでもやりようはあるんだが。

 男女ペアとか一番俺に無理な選択出しやがって。

 覚えてろよイッシキ。

 

「あ、あたしやる」

「はっ? やるって何を」

「だ、だからあたしがバトルするって言ってんの!」

「ば、バカ言え。お前の居場所はここだけじゃないだろ。あっちだってお前の居場所なんだろうが」

 

 こんな時はおとなしく見てろよ。

 これじゃ、波風立つどころか嵐になるわ。

 

「だって、こっちもあたしの居場所だし。ただ見てるだけってのはなんか悔しい。ヒッキーが困ってる時くらいはあたしも動きたい!」

「へー、ユイそっちにつくんだ」

「う、うん! こっちもあたしの大事な居場所だから」

「あっそ、好きにすればー」

 

 うわー。

 冷たい一言。

 なのにあのニヤリとした笑みはなんなんでしょうかね。

 

「なあ、マジでやんの」

「ハヤト君もユミコもスクール時代から自分のポケモン連れててさ。バトルもしてたし大会にも出ててさ、正直うらやましかった。みんなみたいにバトルしてみたいって思った。だからやるよ」

 

 頑固な一面を見せてくるユイガハマ。

 けどなー。

 こいつのポケモンってポチエナとハリマロンだろ。

 俺の記憶が正しければ、あのハヤマって方はリザードン持ってたはずだ。他のポケモンもそれくらいの強さを持っていると考えてもいいだろう。そこに初心者が挑むというのもいささか無理があるのではないだろうか。

 はてさて、どうしたものか。

 

「それじゃ、トツカ。審判の方を頼むぞ」

「………う、うん……分かったよ………」

 

 数と威勢に押され、仕方がなく引き受けるトツカの姿は少し悲しげだった。

 はあ………………。

 こんなのを見せられると無性に腹が立ってくるんだよな。負けれないし、負けたくもない。

 トツカの笑顔を奪ったお前らは許さないからな。ハヤマ。

 

「ルールは一人一体ずつの二対二。技の制限はなし、でいいかな」

「……いいんじゃねーの」

 

 片や四冠王とマスコミから騒がれる男イケメンと各地方のリーグでベスト4入りしている金髪縦ロールのコンビ。片や三日でチャンピオンの座を捨てた目の腐った男とビッチの初心者。

 最初から勝負ついてねーか?

 

「そ、それじゃ、バトル始め!」

 

 トツカが俺たちに視線を送ってから合図を出した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「いけ、リザ」

「やりな、ギャラドス」

 

 相手が出してきたのはリザードンとギャラドス。

 リザードンは両腕にアンクルをしていて、ギャラドスは頭の角の部分に何かをつけていた。

 あれはなんだろうか。

 なんかこう光っているというか、石? みたいな?

 技の効果でも上がるようなものなのだろうか。

 

「いくよ、サブレ」

 

 ユイガハマはポチエナでいくようだ。

 なんて思ってたら、出てきた瞬間にポチエナに抱きつかれた。

 勢いがありすぎて思わず倒れ込んでしまう。その間にもポチエナは俺の顔をペロペロと舐めては、鼻息を荒くしている。

 なんなんだろうな。いや、ほんと、マジで。

 

「ちょ、サブレ!? なんで今からバトルって時に抱きついてるし!」

 

 いやいやと駄々をこねるポチエナを強引に引き剥がすユイガハマ。

 はあ…………助かった………のか?

 

「うわっ、顔ベトベト」

「カメくん、お兄ちゃんの顔を洗ってあげて」

 

 コマチが即座にゼニガメに言って、顔に水をかけてきた。

 いや、まあありがたいんだけどさ。

 よくよく考えたら、これ口から出された水なんだよな。

 なんだかなー。

 

「はい、タオル」

「お、おう。サンキュ」

 

 コマチからタオルを受け取り顔を拭う。

 そういや、いつも頭の上で寝てるやつがいねーな。

 ま、いないならいないで首が楽でいいんだが。

 

「………ったく、おいサブレ? お前は今からバトルするんだよ。あのユイガハマが自分から言いだしてお前でいくって言ってるんだ。あれでもお前のトレーナーなんだから、しっかり応えてやれ」

「なんかそれ酷くない!? それとそろそろ名前覚えてあげてよ!?」

 

 酷くない、事実だ。

 それにこんなんでもちゃんとこいつはユイガハマのポケモンだ。

 

「トレーナーがしっかりしてなきゃ、バトルするポケモンだって力を出し切れないんだ。だから、お前がしっかりやらねぇとすぐ負けちまうぞ」

「え、や、そうだけど。………そうだけど、なんかムカつく!」

 

 人差し指でデコをコツンってやったら、そこを抑えてむーっと唸りだす。

 なんかポチエナみたい。

 

「はあ…………やりたくねぇな。けど、他にやるやついねぇしな。というわけで頼んだ、リザードン」

 

 ボールから出して、フィールドに立たせる。

 

「へー、君もリザードンを連れているのか。てっきりそっちのボーマンダでくると思ってたんだけど」

「あ? ああ、こいつは俺のポケモンってわけじゃねぇし」

「その割には懐いているように見えるけどね」

「ま、そういうこともあるってことだな」

「ハイドロポンプ」

 

 ハヤマが話しかけてきたため付き合ってたら、金髪縦ロールのギャラドスがハイドロポンプを放ってきた。咄嗟に避けたからいいものの、動かなかったら諸に受けてたぞ。しかも後ろの木とか何本か折れてるし。

 自然は大切にしなさいよ。

 

「なにぐだぐだやってるわけ。バトル始まってんですけどー」

 

 仁王立ちで女王様はそこにいた。

 

「ごめんごめん、同じポケモン出してきたからつい声をかけちゃったよ。それじゃ、やろうか」

 

 やろうか。

 そういったハヤマの空気は今までのとは異なり、絶対強者の威厳をまとっている。

 ユイガハマもそれを感じ取ったのか、一歩後ろに下がった。

 

「リザ、りゅうのはどう!」

「ギャラドス、あっちのリザードンにアクアテール!」

 

 ハヤマのリザードンはユイガハマの方に、ギャラドスが俺たちの方へと攻撃を仕掛けてきた。

 まあ、この程度のスピードなら問題なく躱すことができる。というか余裕。アイコンタクトと首の動きで尻尾を振りかざしてくるのを回り込むで躱すように合図を送る。

 

「あと、えと、……」

 

 だが、ユイガハマが先ほどの空気にやられてしまったのか、何の命令も思いつかないまま、ブツブツ言っている。

 それはそのままポチエナにも伝わったのか、戸惑いを見せている。

 ーーーああ、やっぱりこいつには早かったかもな。

 そう言えば、前にも一度こんな姿の彼女を見たような気がする。と言っても彼女との接点なんてトレーナーズスクールしかないため、たぶんその時だろう。そして、ここまで気圧されてしまうような人物といえば、あの校長あたりか……………。卒業試験、かな………もうちょっと前だった気もする。

 

「躱せ!」

 

 俺の声にビクッとなったポチエナは身を捻って、竜の気ををまとった波導を躱す。

 

「ッ!?」

 

 だが、言ってから気づいた。

 波導の軌道上にはユイガハマいるということに。

 しかも今のあいつは周りが見えていない。

 コマチやイッシキ、さらにはあの金髪縦ロールまでが喚起するが耳に入っていない様子。人間の俺が動いても間に合わない。だから影に潜む夢喰い野郎にいかせようとしたところ。

 あいつのポケモンであるポチエナが自ら動いた。

 

 間一髪。

 

 ポチエナの体当たりにより体勢を崩したユイガハマに波導が当たることはなかった。「きゃっ!?」っと悲鳴をあげるユイガハマをよそに、ポチエナはブルブルと震えながらハヤマないしリザードンを睨みつける。

 

「……サブレ?」

 

 そしてユイガハマの声を機に白い光にその体は包まれていく。

 進化だ。

 たぶん、ユイガハマを守ろうという一心で進化に至ったのだろう。散々、自分より俺に懐いていると文句ばかり言ってたが、なんてことはない。あいつが一番懐いていたのは他でもないユイガハマだったのだ。

 まあ、そりゃそうだよな。

 いくら彼女の母親のポケモンだとしても一緒に暮らしてきたのには変わりはないし、彼女の旅にまでついてくるようなポケモンなのだ。懐いていないはずがない。

 

「グラァァァァアアアアアアアアアアッ!?」

 

 怒りに身を任せ、突進していく。

 進化してより長く鋭くなった牙に冷気がまとい始める。

 

「サブレ、やるなら電気の方だ!」

 

 ハヤマのリザードンに向かっていくグラエナに一言そえておく。

 聞こえていたのか冷気を電気へと変えた。

 一応自我はあるらしい。

 

「リザ、エアスラッシュ」

 

 だが、惜しくもその攻撃は届くことがなかった。

 ハヤマのリザードンが見えない刃でグラエナを切りつけた。

 上から下から、交互に連続で切りつけられていく。

 全くもって容赦がない。

 

「サブレ………」

 

 それを見たユイガハマはどこか悲しそうで悔しそうだった。

 目の色がやっと戻った。

 

「リザードン」

 

 下から掬い上げるように切り飛ばされてくるグラエナの回収を命令した。

 トレーナーを守ろうとした意気のいいやつを地面に叩きつけてしまうのも可哀想な話だ。

 

「………おい、ユイガハマ。大丈夫か?」

「サブレが………」

「心配するな。戦闘不能にはなってると思うが生きてるって」

 

 バッサバッサと翼をはためかせて俺たちのところにグラエナを連れてくるリザードン。

 

「………ごめんね、ヒッキー。あたし、何もできなかった」

「ま、こうなるだろうとは思ってたからな。けど一応これで二対一ってなったわけか。…………やっぱ、あれ使うしかないのかね」

 

 手渡されたグラエナを撫でながら、ユイガハマは涙声でそう言ってくるため、俺は先の話に話題を変えた。

 

「ハヤト君の、殺気? みたいなのが…………」

「もういいから、考えるな」

 

 とりあえずコマチを手招きしようと顔を上げると………。

 こちらに向かってくるユキノシタの姿が見えた。

 手には救急箱が抱えられている。

 ははっ、あいつはもう少し説明してから取りに行けっての。

 

「………ねえ、これは一体何の騒ぎかしら?」

 

 なぜかハヤマたちとバトルしている俺たちを見渡して聞いてくる。

 

「………ほんと、なんの騒ぎなんだろうな」

 

 マジでこうなるはずじゃなかったんだけどなー。

 それもこれも全部ハヤマが悪い。

 

「ゆきのん…………えっとハヤト君たちがーーー」

 

 ユキノシタにことの説明をしていくユイガハマ。

 それを訝しげに聞き、なぜか俺を睨んでくる。

 かと思えば、今度はハヤマを睨んだ。

 

「状況はわかったわ。要するにあの二人を倒さなければならないのね」

「あ? ユイのことだからしばらく見守ってれば、なにしゃしゃり出てきてるわけ。このバトルはそこの男とユイのペアで組んで、片方が戦闘不能になった。続きは二対一なんですけど?」

「あら、初心者相手に容赦なく叩き潰しておいてよく言えるわね。それに男女ペアとか言い出したのもそちら側なのでしょう? こちらには生憎私以外は初心者トレーナーしかいないのよ。それをあなたたちは勝手に乱入してきて勝手にバトルを取り決めて勝手にルールを決めてしまって、人として恥ずかしくないのかしら、ねえハヤマ君」

 

 ピシッと。

 

 空気にヒビが入るような音がしたような錯覚に陥る。

 それくらいユキノシタの言葉は冷たく、凍てついていた。

 

「……それは悪かったと思ってるよ。だけど、こういうことはみんなでやった方が楽しいじゃないか、ユキノシタさん」

「それはあなたたちの観点から物を見た場合のみよ。こっちはいい迷惑だわ」

「あ? なに? あーしらに喧嘩売ろうっての? はっ、だったら乗ってやるよ。ユキノシタ、あんたがその男と組んで最初から仕切り直しってことで。手加減はしないけど」

「あら、私があなたに負けるとでも? 手加減しなければならないのはむしろこちら側になると思うのだけれど」

 

 バチバチ。

 バチバチバチ。

 

 視線と視線が交差する時、物語は始まる。

 

 え?

 なにこの展開。

 というか女のバトルって怖っ!

 ハヤマとかよく笑顔でいられるな。

 イケメンマジパネェ。

 

「行きなさい、オーダイル」

 

 ユキノシタがオーダイルを出した。

 ふむ、味方はオーダイルなのか。まあ、確かに相手はみずとほのおだし。みずタイプのオーダイルが有利ではあるけども。嫌な予感しかしないのはなんでだろうな。

 

「ハヤト」

「ああ、ここからは本気でいこう。リザ」

「ギャラドス」

 

 二人がそれぞれ腕にはめたブレスレットを見せてくる。

 そこには虹色に輝く石? が嵌め込まれていた。

 あれ? あの石みたいなのどっかでみたことあんぞ。

 

「「メガシンカ!」」

 

 やっべー、超身近にあるやつじゃん。

 なんで気づかねぇんだよ、俺のアホ。

 ハヤマのリザードンとギャラドスは光に包まれていく。

 みるみるうちに姿が変わり、観衆からも絶大な歓声が沸き起こる。だが、こちらの布陣は重たい空気に包まれている。

 なんというアウェー感。

 場違いなのを一人上げるとすればそれはザイモクザだな。

 あいつは良くも悪くも前向きだ。

 さっきから「こんなやつ、お主の実力で叩きのめしてしまえ!」などと叫んでいる。

 

「いーやー、これはやばいでしょー。さすがにあっちの人たちでも勝てないわー」

 

 チャラ男がうるさいがそれはイッシキに「トベ先輩うるさいです」と一蹴されてしまった。かわいそうに………。

 

「リザードンのメガシンカ、"メガリザードン"とギャラドスのメガシンカ、メガギャラドスで相手させてもらうよ」

 

 ………………………。

 んん?

 なんか今違和感を感じたんだが………。

 なんだったんだ?

 

「ギャラドス、かみくだく!」

 

 それにしてもなんか日差しが強くなったな。

 いつの間にか雲から太陽が出てきてんじゃん。

 

「リザ、オーダイルにソーラービーム!」

 

 っ!?

 

 ああ、そういうことか。

 あのリザードンのメガシンカしたもう一つの姿の特性はひでりってか。

 俺の方の黒くなる方のメガシンカは物理攻撃に特化してるって感じだったし、あのスリムになって鋭利の効いた翼の方はもしかしたら遠距離からの攻撃に特化してたりしてな………。

 

「オーダイル、アクアジェットで躱しなさい」

「リザードン、ギャラドスの方へ行け」

 

 それぞれがポケモンに指令を出す。ギャラドスは長い胴体をうねうねとさせながら、オーダイルに牙を向け、ハヤマのリザードンはオーダイルに向けて指令から間髪入れずにソーラービームを放った。ひでりのおかげで時間短縮できるってことか。しかも二体同時にオーダイルを狙うとか大人げなくないですかね。まあ、そのおかげで俺のことは舐めているのは分かったけど。

 放たれたソーラービームをアクアジェットで躱していくオーダイル。水のベールに包まれて宙を駆け、それを先回りするかのようにギャラドスが待ち伏せを図った。

 狙うはオーダイルの右半身。ソーラービームを躱すことに費やしているため、かみくだくにまでは対応が追いついていない。

 これだからタッグバトルってのは苦手だな。というか人と組んで何かをすること自体が苦手ではあるけど。こうも自分とは違う動きをされると、相手に合わせなければならないから、くっそ面倒だ。

 

「ったく、リザードン。ギャラドスからオーダイルを守れ」

 

 宙を舞う二体の水色のポケモンの間に体を滑り込ませる。そして、"態と"かみくだくを受け入れた。

 

「カウンター」

 

 ドゴッと音とともにギャラドスの体が逆方向へ弾け飛ぶ。

 

「ちっ、ギャラドス、10まんボルト!」

 

 宙で体をひねり、再度オーダイルに向けて電気を飛ばす。

 

「エアスラッシュ!」

 

 一方、オーダイルの方はアクアジェットを当てることはできなかった。

 当てる前にハヤマにより命令を出されたリザードンが、再び見えない刃でオーダイルを切りつけたからだ。ひるんだ拍子に再三にわたり、切りつけてくる。

 

「ギャラドスにかみなりパンチ」

 

 さっさとギャラドスを片して応戦に向かうべきかね。

 けど、あっちはユキノシタに固執するあまり、俺のことが見えていない様子。

 

「りゅうのまい!」

 

 うねうねと不規則な動きをされ、パンチを躱された。

 うーん、ガチで倒しにいっていいですかね。

 

「ローヨーヨーからのかみなりパンチ」

 

 急下降からの急上昇によりさらに加速させ、りゅうのまいですばやさをあげたギャラドスの背後を取る。

 

「やれ」

 

 今度こそ、確実にパンチをお見舞いしてやった。

 心なしかパンチに怒りが込められていたような……………。

 

「ギャラドスっ!?」

 

 地面に叩き落とされ、体を強く打ち付ける。

 だが、一発じゃ倒せなかったみたいだ。

 さすがメガシンカ。

 一筋縄じゃいかないか。

 

「ハイドロカノン!」

 

 やっと完成した究極技。

 連撃の隙を見つけ、水砲撃をリザードンに浴びせる。

 ハヤマのリザードンは背後の木々を何本か倒して止まった。

 

「ギャラドス、10まんボルト!」

 

 今度こそ、と言わんばかりの声を張り上げ金髪縦ロールが命令を出す。向かう先はもちろんオーダイル。

 究極技を放ったことで些か動きの鈍っているところを狙われたようだ。

 諸に受けたオーダイルは体が黒焦げにされ、プスプス煙をあげ出す。

 

「リザードン」

 

 オーダイルの回収へ向かわせるためにギャラドスに背を向けると。

 

「アクアテール」

 

 好機と見たギャラドスが尻尾を振りかぶって、リザードンに焦点を定めてきた。

 来るのは俺もリザードンも分かっているため、合図もなしに軽々と躱す。

 空を切った尻尾はそのまま地面を叩きつけ、地響きがした。

 

「リザ、ソーラービーム!」

 

 いつの間にか起き上がった相手のリザードンがオーダイルに向けて二度目の太陽エネルギーを放出。

 

「ソニックブーストで一気にオーダイルを回収しろ」

 

 さすがにヤバいと思いリザードンを急かせる。

 やつ自身も苦い顔をして、空気を思いっきり蹴りだし、間一髪のところで回収に成功した。

 

「………さすがに次を食らったら、もたないわね」

「おい、聞こえるような声で言うなよ」

 

 リザードンとオーダイルが俺たちの前に着地するのを眺めながら、そんなやりとりをする。

 でもまあ、確かにあんだけ連続で見えない刃で切り裂かれたら、ダメージは相当だろう。それに加え、10まんボルトも一発諸に受けている。仕方ないといえば仕方ないか。

 それにあっちの戦略がえげつないのは確かだ。一体に対して二体で取り囲むのとかどんな野戦だよ。

 

「あ? 聞こえてんですけど。なんかしゃしゃってきたけど、さすがにもう終わりでしょ?」

 

 勝ち誇ったように鼻を高くする女王様。

 

「ま、お互い頑張ったってことで、マジでムキになんないでさ、楽しかったってことで引き分けにしない?」

 

 それを諌めるように剣呑な雰囲気の葉山が間に入ってくる。

 

「ちょ、ハヤト何言ってんの? これバトルだしマジでカタつけないとまずいっしょ」

 

 それはもう俺たちからバトルフィールドを奪った上にトツカからも奪うということでいいんでしょうか。

 どんだけ自己中なんだよ。

 それよりもハヤマの方が気に食わんのだが。

 

「少し、黙ってもらえないかしら」

 

 そんなこと思っていると、氷の女王様が冷たく一言こぼした。

 

「この男がバトルを決めるから、大人しく敗北なさい」

 

 あ、冷たいのは俺に対してですね。

 なんだよ、その人に丸投げの発言は。俺にどうしろって言うんだよ。

 ほら見ろ。

 今まで影の薄かった俺の存在が一気に目立っちまってるじゃねぇか。

 ザイモクザの方を見ると親指を立ててるし。

 ユイガハマはパアっと明るくなるし。

 コマチなんか仁王立ちだし。

 なんならイッシキは待ってましたと言わんばかりの期待感丸出しの笑顔で、俺を見てくる。

 

「知ってる? 私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」

 

 ニヤリと笑うユキノシタの顔は意地が悪く恐ろしかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「なあ、ハヤマ。お前はメガシンカについてどれだけ知っている?」

 

 ずっとこのイケメンを見ていて思った疑問。

 それを投げかけてみる。

 

「……そうだね。進化を超えるさらなる進化。ただし、その現象は戦闘中のみ。だから、今まではフォルムチェンジと考えられることもあったとか。それとメガシンカにはポケモンとトレーナーにそれぞれ対象の石を持っている必要がある。このリザのアンクルにはめ込まれたリザードナイトと俺が持つキーストーンのように、ね」

 

 答えを聞いて俺はポケットに入った虹色の石を掴み取る。

 

「そうだな。確かにお前の言った通りだ。トレーナーは虹色に輝くキーストーンを持っている必要があるし、ポケモンも固有のメガストーンを持っている必要がある」

 

 でもな、ハヤマ。

 お前は重要なことに気がついていない。

 

「リザードン」

 

 一つはメガストーンはポケモンにつき一種類とは限らないこと。

 

「えんまく」

 

 二つ目はメガシンカしたポケモンによっては、タイプが変わるということ。

 

「……メガシンカ」

 

 三つ目はメガシンカできるのがお前らだけじゃないってことだ。

 

「リザ、煙を吹き飛ばしてくれ」

 

 ハヤマの命により、煙が一掃される。

 

「かみなりパンチ」

 

 首に巻きつけたスカーフの中で虹色の輝きを放ちメガシンカしたリザードン。

 煙が一掃される中、相手のリザードンへと突っ込ませる。

 翼により重点を置いたメガリザードンY(俺のがXって言ってたからな)は恐らくタイプの変更はない。だから電気技が効果的なのは間違いないはずだ。

 

「なッ!? 黒のリザードン!?」

 

 煙の中から出てきたリザードンに周りは騒がしくなる。

 当のハヤマも度肝を抜かれたような顔で驚きを隠しきれていない。

 

「リザッ、エアスラッシュ!」

「コブラ」

 

 咄嗟の判断でエアスラッシュを選択。

 だが、何度も目にしたからある程度予測はできる。

 だから、急停止から急加速を行うコブラで緩急をつけてしまえば技は当たらない。

 

「くそっ、オーバーヒート!」

 

 相手のリザードンの周りに炎が集まり、拡散された。

 リザードンを中心としてドーム型に炎は広がっていく。

 

「構わず突っ込め」

 

 だが、こっちはメガシンカしたことでタイプがほのお・ドラゴンに変わっている。すなわち炎技なんか効きはしない。ハヤマが思っている以上に効きはしないのだから、突っ込まない理由がない。

 

「やれ」

 

 下から吸い上げるようなアッパーを食らわせる。

 そんな二体のリザードンを見ていた。ギャラドスがとうとう動き出した。

 オーダイルを牽制してなくていいのかよ。

 

「ハイドロポンプ」

 

 こいつは学習というか知識がないんだろうか。

 特性ひでりの効果により水技は威力が落ちるということを復習しておけよ。スクール時代に習っただろうが。

 

「そのまま掴んで盾にしろ」

 

 電気をまとった拳を開き、メガリザードンYの首根っこを掴むと水砲撃に向けて体をひねる。そして、そのままメガリザードンYの腹に打ち付けられた。

 効果は抜群だ、ってな。

 

「投げ飛ばせ」

 

 槍投げのごとく思いっきりギャラドスに向けてリザードンを投げ飛ばす。

 

「躱してアクアテール!」

 

 Yの方のリザードンを潜るように躱し、こちらに向かってくる。

 あの…………ユキノシタさん?

 見てないで動きなさいよ。

 

「尻尾を掴み取れ」

 

 電気を帯びた拳で水気を纏う尻尾を受け止める。

 

「リザ、げんしのちから!」

 

 その後ろからは投げ飛ばしたリザードンが立ち上がり、複数の岩を作り出し飛ばしてくる。おい、これなんて捨て身攻撃だよ。下手したらギャラドスにも当たりかねんぞ。

 

「リザードン、ドラゴンクロー」

 

 次々と飛ばされてくる岩々に爪を突きつける。

 あれくらいの固さだと一点に集中して力を込めれば、中で力が分散され諸く砕けてしまう。岩は次から次へと粉々になっていった。

 

「ギャラドス、かみくだく!」

 

 頭上からは大きく口を開いたギャラドスが焦点を定めていく。

 

「爪の甲で滑らせて、岩でギャラドスの口を塞げ」

 

 最後の一個になった岩を爪の甲で滑らせて軌道を変え、ギャラドスの口へと投げつける。「ゴガッ!?」と口を塞がれたギャラドスはもごもご言っているが、そんなのはどうでもいい。

 

「投げ飛ばして、ブラストバーン」

 

 ギャラドスをメガリザードンYに投げつけて追い討ちをかけるように地面を叩きつけて、二体纏めて火山の噴火のような火柱の餌食にする。

 吹き上がる炎に抵抗できずに二体の体は空へと上昇していく。

 火柱の勢いが治るとプシューっと煙を上げて落ちてきた。

 金髪縦ロールはそれを見て追いかけるように足を動かすがーーー

 

「ユミコ、後ろ!」

 

 ーーー上ばかりを見ていて後ろの木には気づきもしないでいる。

 ハヤマが慌てて駆け出し、女王様が木にぶつかる前に自分の体を入れて衝突から守った。

 

「「「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」」」

 

 再び観客どもからハヤマコールが出される。

 俺たちが勝ったというのに何だろうこの仕打ち。

 

「えっと、リザードン、ギャラドス共に戦闘不能。ハチマン・ユキノシタさんペアの勝ち…………て聞いてないね……」

 

 トツカがあははーと可愛い苦笑いを浮かべる。

 これにてバトルは終了。

 なんだこれ。


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