ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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17話

 トツカとユキノシタのバトルの後、俺たちは再びポケモンセンターの中にいた。

 バトルに参加したポケモンをジョーイさんに預け、今は回復を待っている間に具体的なことを決めていこうということになった。

 

「それで、まずはトゲチックなのだけれど」

 

 じっと目で何かを訴えかけてきた。

 

「なんだよ」

「まずはヒキガヤ君にトゲチックが進化したトゲキッスについて説明してもらいましょうか」

 

 ああ、そう。

 みんなそういうところは興味津々なのね。

 仕方ない。これもトツカのためだ。

 

「あー、じゃあまずトゲキッスはトゲチックに光の石を与えると進化する、これはいいな」

 

 こくこくと各々が首を縦にふる。

 

「トゲキッスは遠距離からの攻撃を得意としていて、フェアリー・ひこうタイプの技以外にもはどうだんとか結構幅広いタイプの技を覚えることができるんだ。トツカ、今トゲチックが覚えてる技はなんだ?」

「ゆびをふるとつばめがえしとマジカルシャインとてんしのキッスだよ」

「だろ。ゆびをふるを覚えているからいろんな技を出せたりするが技の選択はランダムだ。賭けに近い。だから、もう少し安定的な技も覚えさせておいた方がいいと思う。公式戦では技は四つまでしか使えないんだ。選択肢は多いに越したことはないだろう」

「な、なるほど……………」

 

 口元に人差し指を当てて考え込むトツカ。

 え? なにそれ、超かわいい。

 

「でもはどうだんとかはどうやって覚えさせるの?」

「そこは心配するな。はどうだんはコマチのゼニガメが覚えてるし、他にも俺たちが連れているポケモンが覚えている技を見本に練習すれば、いろいろと覚えられると思うぞ」

 

 まあより強力なのは俺のところの奴が使いこなしてるけどな…………。あいつ出したらここら一帯が破壊されそうで怖いけど。

 

「そっかー、でも進化しないとダメなんだよね」

「ああ」

「うーん、僕は別に進化させてもいいんだけど、トゲチック自身がどうしたいかだもんね」

「まあな。こればっかりはトレーナーが強制するのはよくないと思う。ポケモン自身にも意思はあるし、進化だってポケモンの意思によるものだ。トレーナーはその条件を満たしてやっても強制しちゃだめだ」

 

 ケロマツだってすでに進化の条件を満たしている。だけど、本人にその気がないのだから好きにさせるのが一番だろう。それは俺たちの問題じゃない。俺たちが決めるのは筋違いってもんだ。

 ポリゴン? あいつも一応確認はとってるからな? 確かに探究心が表に出ていたが、あいつが拒否すればそれまでの話だったぞ。

 

「………うん、分かった」

「それじゃ、次はクロバットの方だけれど。クロバットは素早さが売りのポケモンよ。そこはバトルを見る限りトツカ君も理解しているのは分かったわ。後はその長所をどう使いこなすかね」

 

 そう言って、ユキノシタは俺を見てくる。

 え?

 なんでそこで俺を見る必要があんの?

 

「はあ…………、仕方ないわね。取り敢えず、もっと緩急をつけたり、技以外の攻撃を挟んだりするのがいいと思うわ。その辺は実際にやってみた方がわかりやすいと思うのだけれど。それでもわからない時にはヒキガヤ君に聞くのが一番かしらね」

 

 なんでため息をついた。

 そんなにがっかりさせるようなことを俺がしたのか?

 

「お兄ちゃんって、役に立つのか役に立たないのかよくわかんないよねー」

「まあ、そこはヒッキーだししょうがないんじゃないかなー」

 

 おい、お前ら。

 なに、俺の悪口言ってんだよ。

 

「いや、役には立つだろ。まずユイガハマよりは役に立つはずだ」

「ちょ、なんであたしだけなのさ!」

 

 とおバカな子が申していますが、放っておくとしよう。

 

「トツカさーん、ユキノシタさーん。ポケモンの回復終わりましたよー」

 

 ジョーイさんがポケモンの回復が終わったことを知らせてきた。

 それじゃ、実際にやるとしますかね。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 早速俺たちは特訓を開始すべく、ポケモンセンターの野外フィールドに再び来ていた。

 

「では、トツカ君」

「出てきてトゲチック」

 

 トツカは深く頷き、トゲチックを呼び出した。

 

「僕たちがどうやったら強くなれるかをみんなで話し合ったんだけど、進化するかどうかってことになったんだ。君は光の石に触れることで進化することができるんだって。もちろん進化すれば強くなれるのは確かだよ。でも体は今よりも大きくなるし………トゲチックはどうしたい? 僕は君がどちらの判断を下そうとも君の意見を尊重するよ」

 

 早速、意見を聞こうというわけか。

 だが、トゲチックはうーんと首を傾げて悩んでいるような仕草を取る。

 何を考えているのか俺には分からないので、同じポケモンに通訳を頼むためにボールをコンコンと叩いた。

 

『ボーマンダに負けたのは悔しいし、強くなりたい。だけど、進化した力を自分が使いこなせるか自信がない。ということらしい』

「………そうか」

 

 別に進化を嫌がってるわけでもないし、なんならボーマンダとのバトルに悔しさを募らせてるまであるのか。でも進化した力を十分に使いこなせるかが不安と。要はその自信が着けば進化しても構わないということか。

 

「ヒキガヤ君?」

「トゲチック。お前が進化した力を使いこなせるか不安であることは分かった。だが、お前は野生のポケモンじゃないだろ。お前にはトツカというトレーナーがいる。お前の力をうまく引き出してくれる存在がちゃんといる。だから、そういうのはトレーナーに任せとけ。お前が強くなりたいのならそれにトレーナーは全力で応えるまでだ」

 

 トツカのポケモンを見ていて一つ分かったことがある。それは三体連れているうちの二体は懐かなければ進化しないということだ。簡単そうで難しい進化方法のポケモンを二体も進化にまで至らしめたのだ。トツカのトレーナーとしての資質は高い。ポケモンとの信頼関係を確かに築いているのだ。だからこれくらいのこと、トツカはやり遂げてしまうはずだ。

 

「トゲチック……………」

 

 トゲチックは意を決したようにトツカの方に向く。その目は進化の覚悟が決まったという目をしていた。

 

「それじゃ、トゲチックは進化させて技もはどうだんなど私たちが連れているポケモンたちから習得することにしましょう」

「うん、ありがとう」

「それじゃ、早速」

「うん。いくよ、トゲチック」

 

 そう言って、光の石をトゲチックに渡した。

 すると白く輝き出し、進化が始まった。

 

「………何度見ても」

「進化ってすごいね………」

 

 コマチとユイガハマは二回目の進化を目の当たりにして、目を煌めかせている。

 それは俺も同じことを言えるだろう。この歳になっても進化という現象は心が躍る。ましてや俺が実際には見たことがないポケモンに進化するのだ。心が踊らないはずがないだろう。それくらいポケモンの進化は神秘的である。

 

「キッス」

「うわー、本当に姿が変わったー。トゲチックには本当に進化があったんだね。これからもよろしくね、トゲキッス」

 

 進化した姿に嬉しさを込めてトゲキッスに抱きつくトツカ。

 すごく癒される。

 元々癒されるポケモンにトレーナーまでもが癒される存在だなんて、俺は天国にでも来てしまったのだろうか。

 目を手の甲でこすってよく見ると、これは現実だった、

 よかった、夢じゃなくて。

 

「それじゃ、まずはトゲキッスにはどうだんを覚えさせるところから行きましょうか」

「うん、お願いします」

 

 ユキノシタがパンパンと手を叩いて、次の行動を促す。

 

「では、コマチさん。お願いできるかしら」

「了解であります。カメくん、出てきて」

「ゼーニ、ガッ」

 

 コマチが敬礼をしてからボールを開ける。

 そこで敬礼する必要があったのかはわからないが、出てきたゼニガメもトレーナーと同じポーズをしていた。

 どうやら、ゼニガメは着々とコマチに似てきているらしい。

 ということは、だ。ゆくゆくはあのあざとさを受け継ぐというのか。

 うわー、考えただけでも恐ろしいわ。

 

「カメくん、お兄ちゃんに向かってはどうだん」

「ゼー、ニッ」

 

 我が妹よ、標的を実の兄にするとかいささか酷くないか?

 

「うわっ、と」

 

 なにこのギリギリの回避。でもこれで終わらないのがはどうだんなんだよな。

 

「コマチ、覚えてろよ」

 

 とりあえず、走る。そして急に走る方向を変え、俺の後ろをはどうだんが通過したのを確認してボールに手をかける。

 

「リザードン、ドラゴンクロー」

 

 さすがに俺では切れませんって。

 ポケモンにはポケモンでしょうに。

 リザードンが再び迫ってくるはどうだんを切り裂いた。

 どうも不甲斐ないトレーナーですみません。

 お疲れ様です。

 

「おい、コマチ! なんで俺を狙うんだよ」

「やー、だって他を狙うと自然が破壊されそうだし、お兄ちゃんならどうにかなるかなーって思って」

「いや、まあ、言いたいことは分かるが、先に言えよ」

「うん、じゃあトツカさんのも受け止めてね」

「喜んで引き受けた。なんなら自分から申し出たまである」

「なんかあたしたちとの対応と違くない?!」

「気のせいじゃねーの」

 

 ユイガハマがピーピー言ってるが放っておこう。

 

「と言うわけでリザードン。頼んでいいか」

「シャアッ」

 

 こくりとリザードンが頷く。

 

「それじゃ、カメくん。トゲキッスに打ち方を教えてあげて」

「ゼーニ」

 

 ゼーニゼニ、ゼニゼニゼニゼ、ゼーニーガッ。

 

 …………うん、さっぱりわからん。

 

『ぼくから出る波導を感じ取って、それと同じような波導を作り出して、弾の形に集約させてあの目の腐った男にめがけて思いっきり打てばいいよ。………なんて言ってるが』

「うん、今日はあいつの晩飯抜きにしよう」

 

 あいつ普段あんなこと思ってるんだな。

 どうしよう、聞かなきゃよかった。

 超殴りてぇ。

 

「それじゃいくよ。カメくん、はどうだん!」

 

 お前も打つのかよ。

 

「トゲキッスもはどうだん」

 

 見よう見まねで波動を集約していき、弾の形にしていく。

 みるみる大きくなっていき、隣で待機しているゼニガメと同じくらいの大きさになったところで

 

「「発射」」

 

 二匹同時に打ってきた。

 だが、トゲキッスの方は途中で霧散し、消えていった。不発か。

 ポンとリザードンの背中を押し、ドラゴンクローでゼニガメが作り出した方を切り裂かせる。

 

「ま、これもあいつに勝つための特訓ってことにしとくか」

 

 はどうだんを捌いていくリザードンを見てそう思った。

 二匹同時に打ち出されてくるはどうだんは、あの夜のあいつのはどうだんみたいに時間差をつけたり不規則で迫ってくるため、躱したりする訓練になるというわけだ。あの夜はメガシンカしていても躱すことが困難だったからな。威力もコントロールもあいつには劣っているが同じ技である以上、体を慣らすのにはちょうどいいか。

 

「それじゃあ、はどうだんの習得はコマチさんに任せましょう。次はニョロボンにれいとうパンチね」

「うん、コマチちゃんお願いしてもいいかな」

「お任せあれです。トツカさん」

 

 パッと敬礼をするコマチ。

 え? なに、あれ流行ってんの?

 

「リザードンも付き合ってやってくれ」

「シャアッ」

 

 そう言い残して、俺はとぼとぼとユキノシタの方にいく。

 けどなー。俺もうすることないし。頭の上にもすることなくて寝てる奴いるし。

 

「オーダイル。ニョロボンにれいとうパンチを見せてあげて」

「オダッ」

 

 ユキノシタがオーダイルをボールから出し、指令を下す。

 オーダイルは冷気を拳に乗せ、勢い良く空気を叩きつける。

 

「まあ、こんな感じなのだけれど。そこにはかみなりパンチをバトル中に覚えさせた人もいるから、よくわからなかったらあれに頼ることね」

 

 どうもあれです。

 酷くないかい? ユキノシタさんや。

 元々の原因はあなたたちのせいなんだからね。

 

「ニョロ」

 

 あ、それで了解しちゃうのね。

 みんな俺の扱い酷くない?

 まあ、いいけどさ。

 

「ヒキガヤ君はここで練習に付き合ってあげて」

「はい……………」

 

 ということで仕事ができました。

 ただの現場監督だけど。

 なんなら、優秀なオーダイルがいるから俺の出る幕はないと思われる。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 しばらくぼけーっとしているとニョロボンのれいとうパンチが完成していた。本当に俺の出る幕はなかった。だが、周りを見渡せば、コマチとユイガハマはまだトゲキッスのはどうだんのコントロールに四苦八苦しているし、ユキノシタとトツカはクロバットの空中戦の特訓を行っていた。

 あれは絶対俺の模倣っぽいけど、見なかったことにしよう。

 

「暇だな」

「オダッ」

「ボンッ」

 

 んーこの際、アレを覚えさせてしまうのもいいかもしれない。

 元トキワジムのおじさんからリザードンに習得させられたアレを。

 

「よし、ニョロボン。それにオーダイルも。相手のスピードを利用して待ち構える技、覚えるか」

「オダッ」

「ボンッ」

 

 というわけで、ユキノシタには内緒でオーダイルにも習得させることにした。

 

「まずはオーダイルからだな。お前の方が付き合いはあるし、実力も知ってるし、さっさと習得して見本となってくれ」

「オーダーイル」

「それじゃニョロボン、早速オーダイルにれいとうパンチな」

 

 バトル形式をとり、実践的に覚えさせることにする。

 

「相手をよく見ろ。この技は相手のスピードを利用するんだからな。言い換えれば勢いのついた攻撃を跳ね返すんだ。相手の力を流すように相手に打ち返せ」

 

 ニョロボンが冷気を帯びた拳をオーダイルに当ててくる。

 

「今だ、カウンター」

 

 技の趣旨を理解していたのか、俺が技のタイミングを合図すると教えた通りにニョロボンのスピードと力を自らの拳へと流し、逆にニョロボンを吹き飛ばした。

 

「おいおい、一発かよ」

 

 リザードンの時もそうだったが、こいつまで一発で完成させるとか。ポケモンってどんだけ頭と要領がいいんだよ。

 

「やるな、オーダイル。今のタイミングを忘れるなよ。それとあれは直接攻撃された時にしかできないからな。そこだけは注意しろよ」

 

 うん、まあ見本はできたし、あとはニョロボンにだな。

 

「んじゃ、次はニョロボンな。今のを思い出しながら、今度はお前がオーダイルのれいとうパンチを返してみろ」

「ニョロ」

 

 

 で、結果的に言えば三回目で成功した。

 ちょうどコマチたちの方も終わったのか、俺のところにやってきた。

 

「お兄ちゃんがちゃんと仕事してるなんて………」

 

 開口一番がこれだった。

 お兄ちゃん泣いちゃいそう。

 

「いやだって、暇だったし。こいつら物覚え早いし」

 

 どうしてこう俺の周りには優秀なポケモンたちが集まるのだろうか。ほとんど俺のポケモンではないけど。俺のポケモンとかセンスはあっても超のつくほどの癖のある性格で、優秀とは程遠い。

 

「メーノコッ!」

「ぐえっ!?」

 

 なんか背中に重たい衝撃が走る。

 いや声で誰かわかりましたけどね。

 

「おい、こら離せ、雪女」

「メノメノ〜」

 

 すりすりと。

 自らの頰を俺の背中へと擦り付けてくるユキノシタのユキメノコ。

 俺のポケモンじゃないのにこの懐き様。

 だれかたすけて〜。

 

「ねぇ、あなた今度はオーダイルに何を吹き込んだの?」

 

 すっと現れたユキノシタの目が冷たい。

 しかも今度はって前にも何か俺はオーダイルに吹き込んだのだろうか。全く記憶にないからさっぱりわからん。

 

「い、いや別に俺は何も吹き込んでなんかいないじょ」

 

 噛んだ………。

 動揺してんのバレバレじゃん。

 

「はあ…………、まあそのうち分かるでしょ。どうせあなたのことだからニョロボンに何か教えるついでに教えたのでしょうし」

 

 仰る通りです。

 こいつやっぱりエスパータイプだろ。

 

「今日はこの辺にしておきましょうか」

「あー、なら俺これからプラターヌ研究所に行ってくるわ」

「め、珍しいこともあるもんだね」

「仕事だ、仕事」

「それはそれで珍しいよ、あのお兄ちゃんがお仕事するなんて……………」

「お前ら、言いたい放題だな」

 

 そんな珍しいことでもないだろ。

 そもそも俺がこっちに来たのだって仕事だっつの。

 

「ヒ、ヒキガヤ君、今日はありがとう」

「トツカのためだ。また明日な」

 

 俺はボールにリザードンを戻してトボトボと歩き始めた。

 

「…………お兄ちゃん、ユキメノコに抱きつかれたまま行っちゃいましたね」

「…………あの懐き様は異様だよね」

「…………なぜ私のポケモンはどの子もあれに懐くのかしら」

 

 夕日が傾く中、そんな声が聞こえたような聞こえなかったような…………。

 聞きたくなかったような……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 博士へのメガシンカの報告を済ませ、ついでに買い物もした翌日。

 ちょっとみんなより早く目が覚めたため、ポケモンセンターのロビーで借りた資料に目を通していた。

 

「おはよう、ヒキガヤ君」

「サイカ、結婚しよう」

「え? ヒキガヤ君?」

 

 あ、やべ…………つい目の前の天使に我を忘れてしまった。

 

「あ、悪い。ちょっと取り乱した」

「今、名前で呼んでくれたよね」

 

 こてんと首をかしげる。

 愛らしく抱きしめたい衝動にかられる。

 

「あ、や、それはその………」

「僕もヒッキーって呼んでいい?」

「それだけはお願いだから勘弁してください!」

「即答するほど嫌なの!?」

 

 嫌だろ、そりゃ。

 何が悲しくて引きこもり扱いされなきゃならんのだ。

 しかもトツカにそんな風に呼ばれたら本当の引きこもりになりそうだわ。

 

「じゃあ………、ハチマン?」

 

 ……………。

 ズキューン!

 なんていう効果音が聞こえてきそうだった。

 

「も、もう三回呼んで!」

 

 俺の唐突のリクエストに戸惑いを見せながらも笑みを作る。その困った顔も可愛いとかむしろ俺が困るんだけど。

 

「……ハチマン」こちらの反応を窺うように照れながら、

「ハチマン?」小首を捻りきょとんとした表情で、

「ハチマン! 聞いてるの!?」頰を膨らませてちょっと拗ねたように。

 

 少し怒ったようなトツカの表情を見てはっと我に返る。

 いかんいかん、つい見惚れちまったぜ………。

 

「あ、ああ、悪い。なんの話だっけ?」

「もうー、呼び方の話だよ。ちゃんと聞いててよね、ハチマンのばか」

 

 コマチ、お兄ちゃんは今日死んでも悔いはないぜ。

 

 

 

 そんなこんなでトツカとそのポケモンたちを育てよう会二日目。

 一通り技を習得したポケモンたちはバトルをすることになった。相手はもちろんユキノシタ。『死ぬまでバトルすれば強くなるわ』という自論の下、鬼教官様直々のレッスンという仕様になっている。俺だったら絶対受講したくない。

 

「お前のことは俺が守ってやるから」

「ちょ、ハチマンそれほんとうなの?」

 

 ユキノシタに若干恐怖を見せる涙目のトツカの上目遣い攻撃。

 ハチマンは八万のダメージを受けた。効果は抜群だ。ハチマンは倒れた。

 

「さあ、そこの変態は捨て置いて早速バトルするわよ」

 

 ユキメノコにツンツンされながら、空を見上げる。

 そして視界を写して建物の方へ向けると。

 

 

 ザイモクザがこっちを見ている。

 ハチマンは無視して身体を起こす。

 ユキメノコが冷気で砂を落としていく。

 ザイモクザは混ざりたそうにこっちを見ている。

 ハチマンは無視してお礼にユキメノコの頭を撫でる。

 ユキメノコはハチマンに抱きついた。

 ザイモクザがこっちに迫ってくる。

 ユキメノコが警戒してれいとうビームを浴びせる。

 ザイモクザは目の前が真っ暗になった。

 

 

「おい、コマチ。なんのアテレコだよ」

「やー、なんか中二さんとお兄ちゃんのやりとりが面白くって、つい………」

 

 どこからか持ち出してきたマイクのようなものを片手に、コマチがそう言ってくる。

 ザイモクザは凍って動かない。

 死んでないよな。

 とりあえず、ユキメノコの頭を撫でといた。たぶん、これが懐く原因なんだろうけど。この冷たい肌の感触が妙に気持ちいいのだから仕方がない。

 

 

 それから。

 最初はユイガハマもじっくりと二人のバトルを見入るように観察していたが、飽きたのかコマチの横で寝息を立てている。

 ザイモクザはというと一人、自分のポケモンたちのでんじほうの命中率をあげようと必死になっていた。ポリゴンZにジバコイル、ダイノーズにロトム(ロトムは覚えられないからかただの観客となってはしゃいでいる)。後なんか見たことない奴までいるんだけど。なに、あの剣みたいなやつ。

 まあ、関わると面倒なので放っておく。

 それより俺はこのアイアントの行動を観察する方が楽しい。

 どっかで木の実を拾ってきたのかえっちらおっちら自分の巣へと運ぼうとしている。

 だが、こんな大都市に巣なんてあるのだろうか。

 こうやって汗水垂らして働いている姿を見ると親父を思い出すな。

 俺も将来あんな風に社畜人生を歩むのかと思うと働きたくないな。このままポケモン協会で食ってけないかな。結構自由だし。

 

「全主砲斉射、ってー!」

 

 ズドンと。

 えっちらおっちら木の実を運んでいたアイアントはでんじほうにより跡形もなく消えていた。

 

 親父ぃぃぃーー(注、アイアント)!

 

 今のでどっかに吹き飛ばされたようだ。

 

「ふははははっ、どうだハチマン。これぞ我らが新しく生み出したレールガン。その名もレールガン・ファイブオーバー」

 

 ザイモクザのせいでアイアントは…………まあ、ポケモンだし大丈夫だろうけど。

 アイアントもザイモクザもどうでもいいんだけどね。

 暇になってしまったのでトツカの可愛い姿でも見てるか。

 

「クロバット、翻ってクロスポイズン」

「ドラゴンダイブ」

 

 クロバットもボーマンダも相手に向かって突っ込んでいった。

 まあ、これはボーマンダの方が分があるよな。

 

「クロバット……うわっ!?」

 

 弾き飛ばされたクロバットはそのままトツカの方へと飛んでいった。

 ギリギリで躱したが、その際に転んで膝を擦りむいたようだ。

 

「さいちゃん、大丈夫?」

 

 ちょっと前に起きたユイガハマがトツカに駆け寄る。

 

「トツカくん、まだ続ける気はあるかしら」

「え?」

 

 当のトツカはユキノシタの容赦のなさに戸惑いを見せている。

 

「あ、うん。まだまだやれるよ」

「そう。ではコマチさんユイガハマさん、あとお願いね」

 

 彼女はそれだけ言ってポケモンセンターの方へと行ってしまった。

 

「ユキノシタさん、怒っちゃったのかな」

「それはないな。あいつは怒ると罵詈雑言を吐くからな。俺には常に言ってるような気もするが。それを言わないだけ怒っちゃいないさ。なんなら機嫌がいいとまで言える」

「……それたぶんお兄ちゃんだからじゃない? むしろお兄ちゃんにしか言わなくない?」

「え? マジ?」

 

 えー、それ初耳ー。

 

「……ごめんね、僕が弱いばっかりに。ユキノシタさんもこんな弱さじゃ、相手する気も失せるよね」

「大丈夫だよ、さいちゃん。ゆきのんはあんなんだけど弱いあたしの相手もちゃんとしてくれるから、きっと戻ってくるよ」

「それじゃ、続けれてばいいんじゃねーの」

「でもどうするの? ゆきのんいないし、ボーマンダには指示が出せないんじゃ………」

「まあ、そこは大丈夫だと思いますよ。お兄ちゃんがいますし」

「ま、俺がやるしかないよな…………」

 

 さて、そうは言ったもののボーマンダとは二日目の付き合いでしかない。ユキメノコみたいにフーズをやってたりもしてないからな。俺の言うことを聞くかどうか………。

 

「悪いが、あいつが戻ってくるまで俺が指示出すけど…………いいか?」

「………………」

 

 つーんとした態度を取られた。

 これはこれでユキノシタに似ているような気がする。やっぱポケモンって

トレーナーに似るもんなのかね。

 

「……………等価交換だ。ユキノシタがお前に教えた飛行術、モノにしてやる」

「………………」

 

 え? マジ? ……みたいな顔するなよ。

 ちょっと吹きそうになったじゃねーか。

 

「やっぱ、あいつ知ってやがったのか。で、どうする?」

「ボーマッ」

 

 首を下げて俺に頭を見せてきたので、了承ととっていいのだろう。

 

「はやっ!? もう言うこと聞いてるし!?」

「お兄ちゃんのポケモンキラーは伊達じゃないんだね」

 

 なんだよポケモンキラーって。

 また変な造語作りやがって。

 

「んじゃ、トツカ。やるか」

「うん、お願いね。それじゃ、今度はトゲキッス、いくよ」

「キッス」

 

 クロバットを休ませるためにトゲキッスを出してきた。

 ふむ、トゲキッスを相手にか………。

 フェアリータイプのマジカルシャインには気を付けねーとな。しかもドラゴン技が使えないから戦法も考えねーと。

 

「トゲキッス、てんしのキッス」

 

 昨日ユキノシタとバトルした時と同じ戦法か。

 ならばーー

 

「ハイドロポンプ」

 

 ーー技自体を一掃して仕舞えばいい。

 別にポケモンに技を当てるのだけがバトルじゃなからな。

 

「そらをとぶ」

 

 それじゃ、今度こそお望みの空中戦といくか。

 一瞬にして飛翔するボーマンダ。

 

「トゲキッス、つばめがえし」

 

 それを追いかけるようにトツカは命令を出す。

 ボーマンダなら待ち受けたり昨日みたいにつばめがえしで返してもいいだろう。だけど、それじゃつまらない。

 

「ボーマンダ、急降下」

 

 急上昇からの次が急降下ときて、トゲキッスもトツカも戸惑いを見せ始めた。

 

「ト、トゲキッス、マジカルシャイン!」

 

 捻り出した答えがマジカルシャインか。

 体内から放出する光によってーーはいいか。

 

「地面スレスレで飛べっ」

 

 ボーマンダは何の迷いもなく忠実に命令をこなしていく。

 いや、俺が言うのもなんだけど、自分の主人じゃないやつをちょっと信用しすぎじゃない?

 オーダイルといいなんでそこまで俺を信用するかな……………。よく分からん。

 

「放て!」

「加速っ」

 

 一瞬の加速により光は体一つ分後ろの地面に直撃した。

 地面スレスレに飛んだことで距離が開き、放たれる直後に加速したため狙いがずれたのだ。

 

「前宙からの空気を蹴ってトゲキッスの方へ切り返せ!」

 

 加速したスピードをそのままに前宙し、空気を圧縮するように踏み込むとトゲキッスの方へと向きを変えた。タツベイのときから飛び降りたり、コモルーのときには殻に守られた力強いバトルを見せてくれる種族だからか、踏ん張る力はリザードンよりもあるかもしれない。それにユキノシタが育てたんだから要領も器量もいい。呑み込みも早いし、バトルを構成するのが楽なポケモンだな。

 

「つばめがえし」

 

 力の変換でさらに加速した胴体は白く光る翼をトゲキッスに届けた。

 トツカが命令を出す暇さえも与えない速さ。

 うーん、実にいい。

 

「トゲキッスっ!?」

 

 すごい音はしたが、まだ戦える様子でトツカに合図を送ってくる。

 

「トツカ、今のは何がいけなかったかわかるか」

「え? あ、と、えと」

「距離だ」

「距離?」

「ああ、マジカルシャインを放つときの距離。あれが今回の失態だ。距離が遠ければその分技が当たるまでの時間ができる。さらに空中戦では陸上戦とは違いスピードはかなり大事になってくるんだ。陸上で加速するよりも空中で加速するときの方が短時間で瞬間的速さが最大になるからな。だから、今のはボーマンダが躱せたのも当たり前だ。しかも動き一つであんな風に反撃するチャンスを与えることにもなる。だから、もう少し距離を詰めてから確実に技を当てるようにした方がいい。…………まあ、そう言われても急には難しいよな。次の展開を先読みしたり相手の出方を読んだり頭を使うし、少しずつでいいから意識してやってみるといい」

「な、なんかすごいねハチマン」

 

 わお、トツカに褒められちゃった。

 嬉しすぎて涙が出てくるまである。

 ちょっと重症だな。

 

「そりゃ、伊達にリザードンと七年も過ごしてないからな」

「それにしてもすごく空中戦について理解してるようだけど」

「ま、いろいろあったんだよ」

 

 ほーんと、いろいろあったな。あの頃の俺。

 何かと巻き込まれるわ、病気が発症するわで俺の黒歴史中の黒歴史だわ。

 

「さて、続きといくか」

「うん」

 

 2ラウンド目に入ろうとするとーーー

 

「あれー、バトルしてるじゃん」

 

 ーーーなんかぞろぞろと人が集まってきた。

 

 その中には見たことのあるような連中が、というか一人はついこの前会ったあざとい女子がいた。


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