ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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16話

 ゆったりとした午前中を過ごし、みんなで昼食を取っていると再び天使が舞い降りてきた。

 

「あ、さいちゃん。よかったら一緒に食べる?」

 

 トレーを持って席を探していたトツカをユイガハマが確保し、俺の前に座らせる。

 

「よかったー、さっきから食べる場所を探してたんだけど、どこもいっぱいでさー。助かったよ」

 

 そう言って、まずは水をいっぱい口に含んで、喉をゴクリと鳴らす。

 

「えっと、お兄ちゃん。この可愛い人は誰なの?」

 

 こそっと俺の横にいるコマチが耳打ちしてきた。

 

「あ、そっか。自己紹介がまだだったね」

 

 だが、それが聞こえてしまったのかコマチが自分を知らないことに気がついた。

 

「僕はトツカサイカです。ヒキガヤ君とユイガハマさんとはスクール時代に同じクラスでした。もちろん、ユキノシタさんのことも知ってるよ。有名だったからね」

「そう、私もトツカ君のことは知ってるわ。誰かさんの名前を探すために調べた際、一通り覚えたもの」

 

 …………その誰かさんというのはまさかとは思うけど、というか確実に俺だよな。

 

「……ストーカー」

「ユキメノコ、彼を好きにしていいわよ」

 

 ユキノシタの一言で俺の背後から現れたユキメノコに抱きつかれた。ひんやりと冷たい肌の触感が実に気持ちいいのだが、今はそれよりも腕を回された首がギチギチと変な音を出している。

 

「ちょ、ユキメノコ………締め、すぎ……」

 

 ギブギブと腕を叩いて、なんとか開放を促す。

 殺すつもりはないらしく、力は弱めてくれたが、依然として抱きついたままである。

 

「ヒキガヤ君のポケモン、ってわけじゃないよね」

 

 そんなユキメノコを見て、トツカは疑問に思ったようだ。

 

「ああ、こいつはデレノシタと言ってユキノシタのデレのぶふっ!? く、くるし、ちょ、まて、ユキメノコ…………俺が悪かっ、たから、首………絞めんな」

 

 冗談を言ったらユキノシタの命令なしにユキメノコが首を絞めてきた。

 え、なにこいつ。やっぱりユキノシタの魂を半分食ってんじゃねぇの。

 

「あはは、他のトレーナーのポケモンに好かれるなんてヒキガヤ君はやっぱりすごいや。ああ、でも校長先生とバトルしてた時もユキノシタさんのオーダイルを使ってたから、昔からポケモンに好かれてるのか。やっぱりヒキガヤ君はすごいや」

 

 え?

 その話はマジなの?

 だったら、やっぱりこれって俺の体質ってことなのか?

 

「はあ、………はあ………その話、本当なのか?」

「あれ、覚えてないの? あの時はそりゃもうすごかったんだから。いきなり教室に校長先生のポケモンがやってきたかと思えば、攻撃してくるし、みんなが慌てる中、そのポケモンは外に逃げちゃうし、ヒキガヤ君だけが追いかけて行っちゃうしで。そっからが大変だったんだよ。ユイガハマさんが心配して追っかけて行っちゃうし、ヒラツカ先生も止める気が全くなしで、なにが起こっているのかも僕らには分かっていなかったんだから」

「そ、そうか………。それは、なんか悪いことをしたな」

 

 そうは言うが言われていたことを碌に覚えていない。取り敢えず、特例卒業のために校長とバトルしたという事実と強かったという感想しかないのだ。細かいことなんて、全くのように記憶にないのだから、なんて返したものか。

 

「あー、あれはさすがにやりすぎだと思ったなー」

「そうね。避難訓練って後から説明されてたけど、実際に避難しなきゃならない状態だったものね。いつの間にかオーダイルも消えているしで当時の私も戸惑ったものだわ」

 

 何気に覚えてる二人に驚いた。

 やっぱ、あいつに食われたんだな。そのうち夢に出してくるだろうから。それまで待つか。

 

「…………お兄ちゃん、これってなんの話?」

「あー、ほら前に言っただろ。特例で卒業したって。たぶんその時にした校長とのバトルのことを言ってるんだと思う」

「あーっ!? 先生たちまでもが驚いていた避難訓練!?」

「たぶんそれのことだね」

「たぶんそれのことね」

「たははー」

 

 ようやくコマチも合点がいったらしい。

 

「俺はその事実しか覚えてないけどな」

「無責任な話ね。当事者が全く覚えていないだなんて」

「で、でもヒッキーはあたしのこと助けてくれたんだよ」

「それはお前がアホだったからだろ」

「ちょ、それどういう意味だし!」

 

 と、そんなこんなで食事に花を咲かせていた。

 

 

 

 昼食も済み満腹感にかられているとユイガハマが口を開いた。

 

「そうだ、さいちゃん。なんだったらあたしたちと特訓しようよ。ヒッキーもあたしやコマチちゃんの面倒見てるからそれに一緒にさ」

「え? いいの? でもそれじゃ他のみんなの迷惑になるんじゃ………」

「大丈夫よ。そこの男はいつも暇そうに見ているだけだから。動くとしたら口だけだもの」

 

 え? なんかひどくない?

 まあ、確かにコマチとユイガハマが主にバトルをして、その都度意見を言ってるくらいだけど。俺やユキノシタがやるとどうしても手加減しなきゃならんから、大変なのよ。

 

「いいですねー、コマチも対戦相手が増えて嬉しいですよー」

「ま、俺はいいけどよ。それより具体的にはどういうことをしたいんだ?」

「トゲチックとクロバットの空中戦。それとニョロボンに何か覚えさせたいんだー。カントーのトキワジムでコテンパンにやられて、ジョウトの方でもフスベジムで負けちゃって…………。どこも後一つバッチが揃ってなくて、気分転換にカロスを旅することにしたんだけど。そしたら、顔見知りの人たちがいっぱいいるから驚いたよ」

 

 クロバットにトゲチックか。

 クロバットは素早い動きを取り組むのがいいとして、問題はトゲチックの方だな。新種のフェアリータイプと改められたトゲピー族。俺もあまりフェアリータイプを理解していないからな。まずはそこからやるべきか。

 

「なるほど。取り敢えず、クロバットは素早さを活かした攻撃を考えましょう。トゲチックの方はフェアリータイプだからドラゴンタイプには強いわ。だから、フスベジムで勝てなかったというのなら、バトルの構成、あるいは技の問題かもしれないわね。まずはトツカ君のポケモンたちのバトルを見せてもらいましょうか」

 

 なーんて考えてたら、全てユキノシタが言ってしまった。

 つか、誰とバトルすんだよ。コマチやユイガハマとは経験が違うし、かといって俺やユキノシタではすぐに倒してしまうようなバトルになると思うんだが。

 

「その辺は大丈夫よ。私も一度フェアリータイプのポケモンとバトルさせてみたい子がいるから」

 

 そう言うとユキノシタはトレーを片付けに行ってしまった。

 早速やろうということですか。

 段取りがお早いようで。

 まあ、仕方ない。トツカの頼みだしな。

 俺たちもさっさと準備するか。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 さて、練習用のフィールドを借りてきたわけだけど。

 

「さて、それではやりましょうか」

「うん、ユキノシタさん、よろしくね」

 

 ああ、女神さま。

 トツカの一挙手一投足が俺に癒しをもたらしてくる。

 トツカかわいい、とつかわいい。

 

「それではコマチさん、審判の方は頼むわね」

「了解であります」

「ルールは手持ち全部。技の使用制限はなし。全力で来なさい」

「分かった。いくよ、ニョロボン」

 

 そう言って、トツカが最初に出してきたのはニョロボン。みず・かくとうという数の少ない組み合わせのタイプのポケモン。ニョロゾに水の石を与えると進化するんだが、分岐として王者の印をもたせて通信交換することでニョロトノに進化する。殿だから「王者の印」が必要なのは分からなくもないが、どうして通信交換を行う必要があるのかは俺には分からない。ポリゴンは分かるぞ。あれはプログラムでできているポケモンだから、進化を行うのにもデータを更新する機械として交換用マシンが起動するようになってるんだろうからな。全く、ポケモンという生き物は不思議な生き物である。

 話は逸れたがニョロボンは近接系の攻撃を得意とするが、ニョロトノは遠距離からの攻撃を得意としていて、好みによって進化の方向が分かれる。

 

「それじゃ、バトル、開始!」

「行きなさい、ボーマンダ」

 

 ユキノシタが出してきたのは新顔、ボーマンダだった。

 ああ、ユキノシタが言ってたフェアリータイプと戦わせたい子っていうのはあいつのことなんだろう。ボーマンダはフェアリーを嫌うドラゴン・ひこうタイプ。主にホウエン地方に生息するドラゴンで進化前のタツベイがまた健気なんだよな、これが。タツベイは空を飛ぶことを夢見て、毎日崖から飛び降りていて、そのせいで頭が石のように硬くなったってエピソードがある。でも進化できた姿は殻に埋もれた体でとても飛べそうにないんだよ。そして、ようやくボーマンダに進化できて初めて空が飛べるようになるというね。

 ああ、思い出してたら目頭が熱くなってきた。

 

「ボーマンダ…………、ニョロボン、まずはグロウパンチ」

 

 グロウパンチか。

 相性で考えたら、ひこうタイプにはあまり効果はないが、名前の通り追加効果で攻撃力を高める要素が含まれている。能力を上げるついでに攻撃をかますのはいい作戦だ。

 

「ボーマンダ、そらをとぶ」

 

 ニョロボンの拳が当たる前に一瞬で空へと飛翔する。

 さすがに空に逃げられるとニョロボンにはきついな。陸上でしか行動できないニョロボンでは空中にいるボーマンダに技を当てることが難しい。遠距離からの攻撃なら届くかもしれないが、トレーナーがユキノシタだからそれくらいは普通に対処してしまうだろう。

 

「ニョロボン、ハイドロポンプでボーマンダよりも高く飛んで!」

 

 だが、杞憂だったようでトツカには空中戦にもついていけるだけの案があったようだ。空中戦は意外と相手よりも高い位置を確保した方が技を当てやすいし、相手を追いかけることを考えなくていい。その反面、下からの突撃には反応が遅れてしまうこともあるという不確定要素があるが、トツカの場合はただ上をとったわけじゃないだろうな。

 

「ボーマンダ、ニョロボンにつばめがえし」

 

 落ちてくるニョロボンに向かって上昇していくボーマンダ。だが、距離が縮まったことでトツカの命令が下された。

 

「ニョロボン、さいみんじゅつ」

 

 相手を眠らせる催眠術。ポケモンによっては催眠術の濃度が違うらしいが、眠ってしまうのには変わりない。

 ボーマンダはニョロボンに近づいたことで、催眠術を発する腹の渦巻きを間近で見ることとなってしまい、眠りについた。脱力して重力に引っ張られて地面に体を叩きつけてしまう。

 

「なるほど、敢えて自分に近づけさせ、催眠術をかける戦法ね」

「うん、まあね。ニョロボン今の内に連続でグロウパンチ!」

 

 シュタッと着地したニョロボンは次の攻撃へと動きだす。

 パンチをボーマンダの身体中に当てていき、攻撃を高めていく。

 だが、刺激を与えればニョロボンの催眠術ではすぐに目が覚めてしまう。トツカもそれは理解しているのか、引き際を図っているように感じ取れた。一方のボーマンダはなぜか尻尾を左右に振っていた。

 

「ニョロボン、次は毒づき!」

「ニョロ」

 

 拳を紫色に染め上げ、大きく拳を振り上げる。だけど、その一瞬の間にボーマンダは目を開け、身体を起こした。

 

「つばめがえし」

 

 攻撃態勢に入っているニョロボンの動きではボーマンダのつばめがえしを躱すことができなかった。四足で地面を蹴りだしたスピードが上乗せされ、瞬間の速さが異常なまでに早くなったためだ。

 効果抜群の攻撃を受けたニョロボンは一発で戦闘不能に。まずはユキノシタが一勝ということになった。

 

「ニョロボン、戦闘不能。いやーそれにしてもユキノさんってボーマンダ連れてましたっけ?」

 

 少し場の緊張が解れたところでコマチがユキノシタに声をかける。

 

「いえ、さっき実家の執事から送ってもらったのよ。ホウエン地方で捕まえた子なんだけど、こっちに来る時に、預けてきてね。実力はかなりあるから心配しないで」

 

 いや、誰も心配はしてないと思うぞ。

 実力なんて、今ので相当あるのは分かったし。

 こいつらは気づいているのか分からんが、ユキノシタのボーマンダは途中から起きてはいたのだろう。尻尾を振っていたのが何よりもの証拠だ。寝ながら尻尾振るやつなんて聞いたことないからな。催眠術程度で深い眠りには入ることもないし、入ったとしても短時間だけだから、起きていたとみて間違いないはずだ。

 で、起きたはいいけど、トツカが決め技を打ってくるのを待ってたってとこか。トレーナーもポケモンも決め技を放とうとする時はどうしてもそちらに意識が集中してしまい、隙が生まれやすいからな。俺ですら、その隙は失くそうとしてもなかなか失くしきれないからな。生き物の性と言ってもいいんじゃないだろうか。

 

「………お前、質悪いな」

「あなたほどでもないと思うのだけれど」

 

 うわー、いい笑顔。

 ああ、トツカがかわいそうになってきた。

 なのに、当の本人は笑顔でボーマンダを賞賛している。

 

「すごい速さだね、ユキノシタさんのボーマンダは。だったら、次はこの子でいかせてもらうよ。クロバット、お願い!」

 

 どうやら、あのボーマンダを何が何でも倒してみたいらしい。

 女の子みたいなのに割と中身は男子なんだな。

 

「クロバット、クロスポイズン!」

 

 クロバット、こうもりポケモン。

 進化前のズバット・ゴルバットは両足があったが、クロバットに進化したことで足が翼になったというちょっとすごいポケモン。より長く飛んでいられるように、と考えられていて、翼が四枚になったことですばやさが格段に上がっている。

 そして、その四枚あるうちの前二枚の翼からクロスポイズンが放たれた。

 いくらさっきのつばめがえしが速かったと言っても、それは踏みこむ力が加わったからであって、今のボーマンダにはあれに匹敵するすばやさは持ち合わせていない。

 だから、敢えて躱そうとせず急所から外れるように首を下げた。

 クロバットの翼は首を通り越し、背中に打ち付けられる。

 

「つばめがえし」

 

 堪えるような表情を見せるも、すぐさま三歩ほど軽いステップを踏み、クロバットの背中の方へと体の向きを変えた。そして、再び四足で地面を蹴り上げ、加速させる。

 

「クロバット、躱してねっぷう!」

 

 だが、そこはクロバットの方に分があるらしく、身軽な動きで翻り、身体のでかいボーマンダをあっさりと躱した。そして、翼で空気を摩擦し、火花を起こして、酸素に引火させ、炎を巻き上げ、再度翼を大きくはためかせ、炎の風をボーマンダに勢い良く走らせた。

 

「ボーマンダ、ハイドロポンプ」

 

 ボーマンダは空中ロンダートで反転し、迫りくる炎風に水の砲撃を打ちつけ、かき消した。

 意外にも拮抗状態となっている。だけど、勝つのはボーマンダの方だろう。あいつの方が隙はないが余裕がある。

 

「ドラゴンダイブ」

 

 蒼白い竜の気を纏い、クロバットに突撃していく。

 

「躱して!」

 

 クロバットは再度翻り、身軽に躱す。

 

「切り返し」

 

 だが、ボーマンダはその図体からは想像もつかない、緩急の切り返しでクロバットの方へと向きを変え、その身を叩きつけた。

 

「クロバット!?」

 

 トツカが呼びかけるが、ふらふらと地面に落ちてくる。

 

「んー、これはクロバットが戦闘不能ですねー」

 

 じっくりとクロバットの様子を観察して、コマチが判断を下す。

 

「戻って、クロバット。お疲れ様」

 

 ああ、トツカの「お疲れ様」はなんて癒されるんだろうか。俺もトツカに言われてみたいなー。

 クロバットをボールに戻して、次のボールに手をかける。

 

「さて、次はどの子で来るのかしら」

 

 ああ、ワルノシタさんが挑発してるよ。

 すげーいい笑顔だけど、どうしてか寒気がする」

 

「それ、ユキメノコのせいじゃない…………」

 

 ああ、そういえば俺の背中にはユキメノコがいたな。冷たい体が気持ちいいんだけど、ずっと冷たいから体が日えっ切ってきている。そろそろ離れてくれませんかねぇ。あ、あと当然のように頭の上ではボケガエルが寝ているぞ。

 

「俺ってそのうちポケモンに覆われちまうかも……………」

「ヒッキー、なんかキモい。あとキモい」

 

 ……………………。

 審判をしているコマチに構ってもらえないからって俺を罵倒してくるのはやめてくれませんかねぇ、アホガハマさん?

 後、大事なことなので二回言いました的な言い方やめようね。すごく傷つくから。

 

「トゲチック、お願い」

 

 ようやく、ボーマンダの本命の相手が来た。

 トゲチック、しあわせポケモン。フェアリー・ひこうタイプのドラゴンの天敵。

 フェアリータイプはドラゴンタイプの技が全く効かないんだとよ。どんなドラゴン殺しだよ。

 

「来たわね、フェアリータイプ。ボーマンダ………ってどうしたの?」

 

 ボーマンダがなんか震えている。

 そういやトゲチックを見た途端、震えだしたな。

 とか考えてたら、勝手にリザードンがボールから出てきた。

 

「うおっ、いきなりなんだよリザードン」

 

 出てきたリザードンまで震えている。

 

『どうやら、リザードンもフェアリータイプが苦手なようだな』

「あ、マジで? こいつドラゴンタイプじゃないぞ」

『ああ、そういうことか。なるほど、確かにそれで合点はいくな』

「だから何がだよ」

『メガシンカ、とだけ伝えておこう』

 

 いや、そこまで言ったら最後まで言えよ。

 はあ……………ったく。

 で、なんだっけ。メガシンカがヒントでドラゴンタイプでもないフェアリータイプを恐れているリザードンか。この二つを絡めるとしたら、メガシンカでのタイ……プ………。ああ、なるほどそういうことね。確かにこれで合点はいくな。

 

「ねぇ、ヒッキーさっきから誰と話してるの?」

 

 なんか気持ち悪いものを見るかのような顔でユイガハマが聞いてくる。

 

「…………ポケモン」

 

 なんと言い訳しようか迷ったが、正直に告げる。たぶん、ユイガハマだから大丈夫だろ。

 

「え、ええっ?! ヒッキーってポケモンと話せるの!?」

 

 取り敢えず、無視しておく。

 話を戻して、メガシンカしたリザードンは電気技があまり効いていなかった。考えられるのがメガシンカしたことでのタイプが変わったということ。そして、今のフェアリータイプを恐れるリザードン。それと同じようにドラゴンタイプであるボーマンダも恐れている。この三点から考えられるのはメガシンカしたリザードンのタイプがドラゴンになったということ。炎が基本タイプだから変わったのはひこうからドラゴンだろう。ひこうタイプだろうがドラゴンタイプだろうが空は飛んでるからな。

 まあ、これで一つメガシンカについて理解できたんだ。後で博士に報告でもしておこう。知ってるかもしれんが。

 

「しっかりしなさい、ボーマンダ。あなたが苦手なタイプなのは重々承知してるわ。だけど、それじゃ意味がないの。これはあなたに耐性をつけるためのバトルよ。やれるところまでやりなさい」

 

 なんとまあ、厳しい一言だね。言ってることは最もだけど。俺がポケモンだったら、戦いたくないもんな。

 

「いくよ、トゲチック。てんしのキス」

 

 投げキッスをして作り出したハートの塊でボーマンダを覆ってしまった。

 この技を受けたポケモンは混乱してしまう。

 ボーマンダも例に漏れず、混乱してしまったようだ。フラフラとした千鳥足となり、意識が朦朧としている。

 例外があるとすれば特性によるものか…………頭の上で寝てるやつくらいだろう。なんせこいつはメロメロが効かなかったんだからな。特性が鈍感てわけでもないのに、素手であのハートをバシッと落とすんだ。あの類のものは効かないのかもしれないな。

 

「ボーマンダ、落ち着いて、意識をしっかり持ちなさい」

 

 混乱から戻すにはトレーナーが呼びかけたり、ボールで休ませたりするのが一般的である。ただ、混乱してるとポケモンはよく暴れることがあるので、色々と危険要素は多い。

 

「トゲチック、マジカルシャイン」

 

 トツカは遠慮なしに攻撃を仕掛けてくる。まあ、混乱したやつを戦闘不能に追い込んでしまうのが一番手っ取り早いわな。それにユキノシタが遠慮するなって言ってたんだし。

 トゲチックの体内から溜め込まれた光が放出され、ボーマンダを覆い尽くす。光を浴びたボーマンダは呻き声を大にしてあげる。

 

「ボーマンダ!」

 

 なんとか持ちこたえたみたいだが、相当のダメージを負ったようだ。

 これがフェアリータイプの技か。

 初めて見る技に少し心が踊りだす。

 戦ってみたい気もする。今の技を俺だったらどう対処するか。なんてことが頭の中をよぎっていく。

 

「ええ、そうね。あなたはまだいけるわよね。ボーマンダ、そらをとぶ」

 

 どうやら、今の攻撃でボーマンダの混乱は解けたようで、目の色が変わった。勢いよく飛翔し、フィールドを空へと変えた。

 

「トゲチック、ゆびをふる」

 

 だが、トツカは追いかけることなく、その場で指を振らせた。

 マジックのように何が起きるかはやってみないとわからない技、それがゆびをふるである。当たりが出るかハズレが出るかは運次第。

 

「あれは…………」

 

 トゲチックは走り出した。そして、ジャンプして空を翔ける。

 こうそくいどう。

 言葉通りに高速で移動し、素早さをあげる。

 今のは助走なのだろう。空を飛んでからみるみるうちに加速していっている。

 

「やりなさい」

 

 しかし、ボーマンダは高速で移動するトゲチックを捉えたのか。急降下してくる。

 

「躱して、マジカルシャイン!」

 

 トツカの命令によりジグザグに動き出し、ボーマンダの突進を躱した。しかし、ボーマンダの攻撃はこれだけでは終わらなかった。

 

「空気を蹴って切り返しなさい」

 

 地面すれすれで踏みとどまり、空気を踏み込んで再度トゲチックを追いかけていく。

 なんてことはない、あれは俺たちが使っていたエアキックターンだ。あいつ、いつの間に…………ってことはないか。今のはただの思いつきだろうな。ここはそれについていけるボーマンダを褒めるべきか。

 

「ハイドロポンプ」

 

 再び体内から光を放出し攻撃してくるが、ボーマンダはその光をハイドロポンプで一蹴してしまった。

 諸に水の放射を浴びたトゲチックは後ろにあった木に激突する。

 だが、まだ戦闘不能には至っていないようで、フラフラを這い上がり出す。

 まあ、それを許すユキノシタじゃないんだがな。

 

「「つばめがえし」」

 

 ん?

 今トツカも言ったか?

 二体は翼を光らせて交錯する。

 衝撃波が周りへと拡散し、風が俺たちの髪をなびかせた。

 

「おおー、すごい迫力ー」

 

 コマチが審判の役を放り出し、感嘆している。

 ユイガハマはぽえーっと見ていた。

 交錯した二体は空で息を整えていたが、先にトゲチックの方が力尽きたようで、シューと落ちてくる。

 ありゃ、トゲチックの負けだな。

 俺はリザードンの背中を軽く叩き、回収を命じる。

 リザードンは意図を理解したようで、翼を開き空を翔けていく。そして、背中でトゲチックを受け止め、トツカの方に連れていった。

 それを見たボーマンダはゆっくりと降りてきて、ユキノシタの横に着地する。

 トゲチックを受け取ったトツカは俺たちに首を横に振って、戦闘不能であることを伝えてきた。

 

「トゲチックが戦闘不能。トツカさん、続けますか」

「ううん、もう他に戦えそうなポケモンは連れてないよ」

 

 続行を伺ったコマチだったが、トツカの返事に趣向で返した。

 

「えー、ではユキノさんの勝ち、ですね」

「お疲れ様、ボーマンダ。ゆっくり休みなさい」

 

 それを聞いたユキノシタはボーマンダをボールに戻し、こちらにやってきた。トツカも同じくトゲチックをボールへと戻して俺たちの方へと駆けつけてきた。

 

「トツカ君、お疲れ様。いい経験になったわ」

「いや、僕の方こそ感謝してるよ。やっぱりユキノシタさんは強いや」

 

 二人で賞賛し合っているが、俺はこれからどうやってトツカのポケモンを育てようか考えていた。

 取り敢えず、トゲチックは策はある。技術的なところもなんとかなるだろう。クロバットも然りだな。ひこうタイプは俺もユキノシタも連れているから、問題はないのだ。一番悩むのはニョロボンだ。水タイプはオーダイルを師とすればいいだろうが、なんか格闘系の技を覚えさせるべきか、それとも催眠術を……………。

 

「取り敢えず、トツカ君のポケモンのことは分かったわ。あとはあなたが具体的にどういった技を覚えさせたいかが重要ね。特にニョロボンは使う技によってバトルスタイルが変わってくるポケモンだから、トレーナーのあなたがそこは決めなければならないわ」

「なるほどね、確かにそれは言えてるね。うーん、僕はパンチ系の技がいいかな。得意とする拳からの攻撃が毒づきとグロウパンチしかないから、もう一つくらいはパンチ系の技がほしいかなって」

「それなら、私のオーダイルかられいとうパンチを教わるのはどうかしら。弱点となるひこうタイプにも効果抜群だし、攻撃の範囲が広まると思うのよ」

「れいとうパンチか………うん、それにするよ」

 

 考えにふけっていたら、すでに決まったようだ。

 あ、そういやニョロボンはかくとうなんだし、あれもいけるんじゃね?

 

「なあ、トツカ。特訓終わってからでいいから、ニョロボンを貸してくんねーか」

 

 バトルの技術とかは多分トツカのポケモンの中では一番あるだろう。だからこそ、バトルの展開に幅を効かせられる、だけど高度な技術が必要なあの技もものにできるかもしれない。

 

「うん? いいけど、どうするの?」

「一つ、ニョロボンに覚えさせときたい技があってな。たぶんだが、ニョロボンの技術なら使いこなせる技だと思うんだよ」

「え? そんなのあるの?!」

「まあ、使えたらってやつだからいろいろ終わってからでいいんだ」

「分かったよ。ヒキガヤ君はポケモンに技を覚えさせるの得意だったもんね。バトル中にかみなりパンチをリザードンに覚えさせるくらいだし」

「見てたのかよ!?」

 

 わーお、なんてこった。

 こんなところにも過去の呪われし俺の姿を見たやつがいるのかよ。それはユイガハマだけでいいってのに。

 

「それで、トゲチックとクロバットなんだけれど………」

「トゲチックは俺に案がある」

 

 リュックの中から一つの石を取り出す。

 

「これは………?」

「光の石」

「進化? させるの?」

「そう」

 

 あれ? これってみんな知らない系?

 

「トゲキッスって知らねぇの?」

「トゲチックに進化があったことすら知らなかったよ」

「あ、あたしも! トゲチックはなんか前に見たことあるけど更に進化があるなんて着たことがないよ」

 

 まあ、ユイガハマだから知らなくても当然だけど。

 トツカも知らなかったのか。

 

「まあ、進化させるかはトツカの判断でいい。これはお前にやるから」

 

 そう言って、トツカに光の石を渡したら、我が妹にジト目で見られた。

 

「お兄ちゃん、なんかトツカさんにだけ甘くない?」

「え? 普通だろ?」

「怪しい」

 

 ずいっと顔を寄せてくるコマチちゃん。

 近い近い近いいい匂い。

 我が妹ながら、しっかり成長してるじゃないか。

 

「そうね。では、進化も念頭に入れて考えていきましょうか」

 

 こうして、トツカとそのポケモンたちを育てよう会が発足した。

 なんだよ、育てよう会って。

 


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