ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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15話

 あれから。

 長い長い話を延々と聞かされ続けた俺は、ようやくポケモンセンターの一室のベットにダイブすることができた。

 今日の俺はよく会話の中にいた気がする。普段から会話に加わろうとしないため、ひどい時には一日中誰とも口をきかずに過ごしていたのもざらではない。

 そんな俺であるが今日は驚くことが多々あった。

 カロスの伝説のポケモン、ゼルネアスとイベルタル。この二体がもたらすのは生と死。

 生態環境に強く影響をもたらすこの二体が、あの大男の言う3000年前の大規模戦争に深く関係していることはなんとなく分かった。だが、結局はどちらとも生態環境の循環を著しく揺るがしかねない力を持っているらしい。であるならば、生態環境の秩序が乱れるということ。しかし、ザイモクザが言う通り3000年前にこの二体が暴れているとしたら、奴らの寿命は1000年であり、どれだけ眠っているのかは分からないが、今現在において活動していないとは全く持って言い切れない。なのに、カロスの大地には特にこれといった変化は出ていないらしい。上が圧力をかけて情報統制をしているのかもしれないが、自由すぎるネットにもそんな異常現象の報告はない。ということは、だ。やはり俺たちが睨んだ通り、いるのかもしれない。Zで表される二体の抑制力となるポケモンが。

 ああ、Zと言えばあの後の話は本当に驚きだったな。まさか、すでにZの名を翳す奴がいるなんて思いもしなかったわ。しかも俺たちのすぐそこにいるってんだから、驚かないはずがない。ザイモクザ、もう少し自分のポケモンのことくらい調べておけよ………。

 

 

 

 博士の長い長い話をまとめるとこうだ。

 すでにZの名を持つポケモンは存在している。確認された件数はごくわずかではあるが、確かに存在しているのだとか。しかもそいつの正式名称は『ポリゴンZ』。そう、何を隠そうポリゴン2のさらなる進化を遂げたポケモンなんだとか。どうやって進化させるのかは博士も知らないが、ポリゴン2が通信交換したら進化して姿を変えたという報告を受けたらしい。それをシンオウにいる彼の師でもあるナナカマド博士が『ポリゴンZ』を名付けたらしいのだ。だが、それはそんなに昔の話でもない、というかつい最近の話なのだとか。

 で、だ。ここからが本題であるが、俺たちは一週間ほど前に件のポリゴン様を拝見している。何なら、進化させるのにも付き合ってやった。まあ、そこはいい。俺も初めてみる光景だったため、面白い体験させてもらった。問題はその時にザイモクザが持っていた『アップグレード』が起動しなかったということだ。『アップグレード』はポリゴンの内臓データを更新し、改良し、よりスペックを上げるためのデータが詰まった機械である。だが、何故か俺とザイモクザが持っていた『アップグレード』には違いがあった。大きさこそ変わりないが、色と透けて見える箱の中身が少々異なっていたのだ。

 博士の話を聞いた俺とザイモクザは顔を見合わせた。何なら、ユキノシタも気づいたようでちょっと驚いていた。俺とザイモクザが無言でうなずき合い、博士に交換マシンはあるかを尋ね、使用許可も取り、即刻交換の準備をしだした。ユイガハマとコマチは俺たちが何を慌てているのが疑問に思っていたようで、ぽかんとした面持ちで俺たちを見学していた。だが、それに気づいたユキノシタが彼女たちに説明を施し、ようやく理解した二人が驚きの歓声をあげていた。

 で、俺たちはそんな叫声を背景にして、ポリゴン様にザイモクザの『アップグレード』を持たせたり、交換要員を博士に見繕ってもらうなどして、着々と進化の準備に取り掛かっていた。あの時からずっと疑問には思っていたのだ。何故同じアップグレードなのに俺のはできてザイモクザのは進化できなかったか。あれがシルフカンパニーの既製品でないのならば片がつく話であるが、さらなる進化の存在があると分かれば、それが進化の材料である可能性が否定できなかったのだ。あまりにも似過ぎており、怪しさの増すパッチ。男三人は好奇心に誘われ、嬉々として通信交換を始めた。あ、もちろんポリゴン様の了承は得た上でだぞ。ゆっくりとではあるが動きだすマシンをじっと見つめた。後ろでは駆けつけた女子三人とどこからか話を聞きつけたヒラツカ先生の姿があった。交換も終わり、ザイモクザがポリゴン2をボールから取り出す。するとまさかの進化が始まった。仮説なんていう仮説でもなかったが、可能性が功をもたらしたのだ。これには博士の方も驚きで「これだから研究職はやめられない」と喜んでいた。その反応がウザかったのは言うまでもない。

 その後、博士のお願いでポリゴンZというものを分析してみた。どうやらより攻撃の方面に特化させているようで、能力が飛躍的に上がっていた。その分、耐久力が失われていたが、不要なデータも取り除いていたのかよりリズミカルな動きをするようになっていた。だが、進化したことで一つ問題があった。なんか勝手に命令もしてないことをするようになったのだ。一応ザイモクザがやめろといえばいうことは聞くのだが、ふとした時におかしな行動を取り始める。どうおかしいかといえば、その場でくるくる回ったり、一人でノリツッコミをしたりと割と外には害がないもの。だが、見ていて痛々しいものであるのには違いない。いや、あれは飼い主に似ただけかもしれんが………。

 

 

 

 それから興奮の冷めやまぬなか、博士がまた語り出し、ようやく帰ってこられて現在に至るというわけだ。

 あの人どんだけ自分の自慢話をしたいんだよ。理解してるのなんて俺とザイモクザくらいだったっていうのに。

 

「で、お前は何してるわけ」

 

 ベットにダイブしてから部屋の端に黒い影が落ちているのに気づいた。どうやら、また俺の夢を食いに来たらしい。こいつとはトレーナーズスクールの卒業試験の時以来の付き合いであり、二番目に俺と付き合いが長いポケモンだったりする。なのに、名前は知らない。特に何かを発するわけでもなく、ただただ俺の周りをウロウロしている。かと思えば俺の夢を食ったり逆に夢を見せてきたりするのだ。何がしたいのかは知らんが、俺も特にボールに入れようとは考えていない。

 そういや、ユキノシタはクレセリアっていう伝説のポケモンを連れていたな。あのクレセリアの対をなすダークライとかいうやつも悪夢を見せるとかっていうし……………まさか、な。ああ、でも暴君は一度会ったことがあるとか言ってったっけ。文献もあれだな。写真付きじゃねぇと名前だけじゃなんとも言えねぇな。

 

「ま、いつものように食いたきゃ食えばいいさ。美味いのかどうかは甚だ疑問ではあるけど」

 

 今日は疲れたため、明日に備えて寝ることにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌朝。

 目が覚めると夢を見たような気がするが全く覚えていなかった。

 どうやら、俺の夢を食ったらしい。姿は見せないが気配は感じるため、満足したのだろう。

 体を起こすとホロキャスターが点滅しているのが目に付いた。中を確認してみるとユイガハマとコマチから何回ものコールがなされていたみたいで、ずらーっと履歴をスクロールすることができるくらい溜まっている。果てにはメールの方も来ており、全てユキノシタが~というものだった。恐らくは昨日の仕返しのことだろう。やっべー、忘れてた。これ、部屋から出ない方がいいんじゃね?

 

 コンコン、と。

 

 俺の考えを読んでいるかのようなタイミングで部屋の扉がノックされる。思わず体がビクッと反応してしまった。恐らく、いや十中八九ユキノシタだろう。

 

 コンコンコン、と。

 

 再びノックの音が聞こえる。

 そしてその後に小さなため息が聞こえた気がする。

 

「起きなさい、ヒキガヤ君」

 

 やっぱり、ユキノシタだったか。

 となると昨日の仕返しに来たんだよな。

 寝たふりしてやり過ごすのが無難か………?

 とりあえず、布団の中でやり過ごそう。

 

「ヒキガヤ君、起きてるのでしょう。布団に潜ったからって見えてるのだから。観念しなさい」

 

 え? なに? どゆこと?

 見えてるの?

 どうやって?

 ホワイ?

 

「窓の外を見なさい。さもなくば、凍るわよ」

 

 ユキノシタの声を聞いたら段々体が震えてきた。

 なんか従わなければやばい気がしてきた。

 言われた通りに窓の外を見るとユキメノコが笑顔で手を振っていた。まだ陽も上がり始めたところではないか。なんだってこんな早くに目が覚めちまったんだ。

 

「十秒以内に出てきなさい。さもなくば、じわじわと部屋の温度を下げるわよ」

「あーもう、分かったから、ちょっと待て」

 

 なんだよじわじわと部屋の温度を下げるって。

 どんな嫌がらせだよ。

 つか、怖ぇよ。朝から何なんだよ。まるで悪夢じゃねーか……………夢?

 おい、まさかあいつの仕業で悪夢を見てるとかじゃねぇだろうな。それだっだら、ユキノシタは俺の悪夢になりつつあるということか。

 やだー、ユキノシタさんマジパネェっす。

 

「ほら、ユキメノコも入ってこい」

 

 ずっと俺を見ているユキメノコを中に入れてやり、部屋の扉を開けた。

 案の定ユキノシタがおり、俺を仁王立ちで待ち構えていた。

 

「で、なんだよ、こんな朝っぱらから」

「あら、それが失礼を働いた相手に対する態度なのかしら」

 

 凍てつくような視線で俺を見上げるユキノシタの姿はどこかユキメノコと似たような出で立ちだった。

 

「別に、昨日はなにも言ってないだろうに………。あー、もう分かった分かった、俺が悪かったから。その氷の刃をしまってくれ」

 

 すっとユキメノコが氷の刃を作り出し俺の首にピトッと当ててくる。

 なんなのこの子、暗殺者なの?

 

「で、何の用だよ」

「付き合ってくれるかしら」

「は?」

 

 な、なんだよ今度は。

 朝っぱらから変な冗談はよせ。

 付き合うって、俺はお前のことほとんど知らないんだぞ。お前も俺のことなんてほとんど知らないくせにいきなり付き合うとか………。

 

「ん? ああ、ごめんなさい。練習に付き合ってという意味よ。どうして私があなたなんかと恋人関係にならなくちゃいけないのかしら。考えるだけで背中に電気が走る勢いだから変な気は起こさないでもらえるかしらモウソウガヤ君」

 

 ですよねー。

 うん、なんとなくそんな気はしてたんです。

 けど、いきなりだったから混乱してたといいますかなんといいますかごめんなさい。

 

「か、勘違いなんてしてないからな。勘違いしないでよね!」

 

 とりあえず、お決まりの台詞だけ言って着替えることにした。

 ドアを閉めてから一分少々。

 バトルの準備をして再びドアを開ける。

 ぽつんとユキノシタだけが立っていた。どうやらユキメノコはボールの中に戻ったようだ。

 

「…………い、潔いのね」

 

 真っ赤な顔のユキノシタ。なんかあったのか?

 

「まあどうせ、拒否権なんてあなたにあるとでも思って、なんて断ったら言ってくるんだろ。なら、初めから従うしかねぇだろ」

「それは私の真似かしら。気持ち悪いからやめてちょうだい。しかもちょっとだけ似ているのがますます腹ただしいわ」

 

 うしっ、本人にも似ているというお声をいただきました。別にそんな特技とかいらないけど。使う場面なんてそうそうないし。

 それよりもステルスヒッキーの方が精度上がって欲しいわ。誰からも気づかれず、誰からも見られない。隠密性が高ければなんだってでいる俺の百八ある特技の一つ。

 

「で、やっぱりオーダイルか」

「ええ、そうよ。そろそろ見本を見たいと思ってね」

「はいはい」

 

 他の人が起きるまでの一時間くらい、俺たちはユキノシタの相手をさせられていた。

 

 

 夜な夜な特訓してる成果が出ているのか、技を打てるようにはなっていた。後は細かいコントロールとかなんだとか。

 夜や明け方の特訓を知っているのをを口にしたら本気でユキメノコに殺されそうなので、心の中にそっとしまっておくとしよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あの後ユキノシタに何度もブラストバーンを打たされた俺たちはもう一度寝たい気分だった。だけど、それを許すまいとせんかのようにユキノシタのユキメノコが俺にひっついている。

 そりゃもう、べったりと。

 ユイガハマがユキノシタに抱きつくくらいには距離が近い。

 

「ねえ、お兄ちゃん。いつの間にユキノさんのユキメノコと仲良くなったの」

「それは俺が聞きたいくらいだわ。なんでこうもべったりとひっついてきてるんだ」

 

 もうね、懐き方が異常としか言えない。俺、そんなフラグを立てた覚えはないんだけどな。まあ、ユキノシタと旅を始めてから食事中にちょっかいを出してきてはいたけど。こうもべったりひっつかれるのはこれまでにはなかった。

 

「やっぱり、ヒッキーってポケモンには懐かれやすいよね」

「にはってなんだよ、にはって。事実だから否定はできんけど」

 

 代わりと言ってはなんだけど、食事中はケロマツが俺の頭にいることはない。あくまでも俺の頭はあいつの寝床らしい。

 

「おい、ユキノシタ。お前もなんとか言ってくれ。お前のポケモンだろ。これじゃ、飯が食いづらいんだけど」

「よかったわね、ユキメノコ。たっぷり可愛がってもらいなさい」

 

 え、なにその放任主義。

 もう少し躾けろよ。

 

「おまっ、ちょっ…………はあ、もういいよ。ほら、ユキメノコ。俺で遊ぶんなら飯食ってからにしろ」

 

 なんで俺が人のポケモンを躾けなきゃならんのだろうか。やっぱり懐かれる分には悪気がしないのがいけないんだろうか。俺ってポケモンに対して甘いのかね。

 いや、でもユイガハマのポチエナは俺の言うことを素直に聞いてくれたし。そこはやはり主人の違いなのだろうか。ユキノシタって素直じゃないもんな。

 

「お兄ちゃんって将来育て屋さんとか向いてるんじゃない」

「やめておけ。こんな状態の俺が育て屋なんか開業させた日には預かったポケモンが主人の所に帰ってこないって問題になるだけだぞ」

「………想像できてしまうのがつらいよ……」

 

 コマチの提案に俺が否定するとユイガハマにはその姿が想像できてしまったようで、膝の上にいるポチエナを強く抱きしめた。

 

「なんで俺はこんな体質? なのかねー」

「社会は厳しいからお兄ちゃんくらいは甘くないといけないいじゃない」

「それ、俺のマッカンの説明文捩ってんだろ」

「あ、バレた?」

「分かるっつの」

 

 朝からうるさくてほんとごめなさい。

 どれもこれもポケモンが異様に懐くのが悪いんです。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 今日は図書館には行かず、借りてきた資料を読むことにした。朝から色々ありすぎて疲れてしまったため、ゆったりとしたい気分なのだ。その点、読書はいい。誰にも邪魔されず、何にもとらわれない。まさに自由の極みと言っていい。それに、この時間のポケモンセンターでは天使の舞が観れる時間でもある。癒しが欲しい俺にとっては最高の時間だね。

 その天使はというとトゲチックとクロバットをバトルさせていた。飛行戦の特訓でもしているのだろうか。技と技がぶつかり合う音を背景に俺は借りた資料に目を落としていく。

 今読んでいるのは3000年前の戦争について。と言っても昨日、ザイモクザが説明していたことがほとんどで、頭の中の情報を整理するくらいの気持ちで流している。

 

「あれ? ヒッキー?」

 

 どこからともなく声がする。俺を引きこもり扱いするように呼ぶ声の主は一人しかいない。

 

「なんだ、ユイガハマ。俺は見ての通り読書にふけってんだが?」

 

 振り返りもせず、そう答える。

 

「それのどこが読書なの!? めっちゃ、あの子見てんじゃん!」

 

 あ、え、あ、ほんとだ。

 いつの間にやら天使に目を奪われていた。

 

「それでどしたの。こんなところにきて」

「罰ゲームってやつ? ゆきのんとコマチちゃんにジャン負けしちゃってさー」

「……俺と話すことがか?」

「ちがうちがう。負けた人がジュース買いに行くってだけだよ」

 

 よかった………。俺死んじゃうとこだったよ。

 

「よくユキノシタが乗ったな」

「それがねー、最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ。そんな行為でささやかな征服欲を満たして何が嬉しいの?』なんて言って渋ってたんだけどねー」

「まあ、あいつらしいな」

「うん、それで『自信ないんだ?』って言ったら乗ってきた」

「……あいつらしいな………」

 

 普段あんなクールな態度とってるくせに勝負事になると負けず嫌いが発揮されるんだな。

 この前だって、その所為でバトルする嵌めになったし。

 

「って、あれ………」

 

 俺が一向に顔の向きを変えないことを不思議に思ったユイガハマが俺の視線を辿っていった。

 天使、もとい飛行戦の特訓をしている少女を見て難しそうな顔を浮かべるユイガハマ。

 俺たちの会話が聞こえていたのか、天使がこちらに振り返った。

 

「あ、もしかしてユイガハマさん?」

 

 え?

 

「あー! やっぱりさいちゃんだっ!」

 

 うっそん。マジ?

 

「……………」

 

 ててて、とこちらに走り寄ってくる姿は俺に癒しを運んできてくれるかのようだあった。

 

「えっ、と………知り合い、なのか」

「はあ?! ヒッキー忘れたの!? スクール時代に同じクラスだったんだよ!?」

「やっぱり、覚えてないかな。トツカサイカです」

 

 って言われてもな………。

 

「や、女の子と話す機会なんて無かったし………」

 

 そう、俺が言うと天使は苦笑いを浮かべていた。

 何か肝に触るようなことでも言ったか?

 

「あの………その、僕、男なんだけどな………」

 

 え?

 

「え?」

 

 鉛で頭を殴られたかのような感覚にとらわれる。

 脳幹が揺れるくらいの衝撃的事実で、今なら何の抵抗もせずあいつの穴に吸い込まれてしまうだろう。

 それくらいには理解が追いついていない。

 

「なあ、ユイガハマ。俺は夢を見てるんだろうか………」

「ちょ、ヒッキーしっかりしろし。帰ってきてよ!」

 

 ぐわんぐわんと今度は物理的にユイガハマに揺さぶられ頭が痛い。

 

「…………えっと、ちょっと待てよ。あー、スクール時代に俺やユイガハマとクラスが同じってことは………その、当時の俺のことも…………」

「もちろん、覚えてるよ。昼休みとか渡り廊下でご飯食べてたりしてたし、僕がニョロゾとテニスをしているのも何度か見られてたなー」

 

 昼休みにニョロゾとテニスねー。

 確かに、そんな娘がいたかもしれない。

 

「マジかよ…………」

 

 ああ、さらに頭が痛くなってきた。

 とりあえず素数でも数えて落ち着こう。

 1、2、3、はいっ! かーんこれ、ってそうじゃない!

 なんでイッシキみたいな声の艦隊のアイドルの歌が出てくるんだよ。

 素数数えるんじゃ無かったのかよ。

 そもそも1って素数だっけ?

 

「ヒッキー、目が段々と腐っていってるけど、大丈夫?」

「ああ大丈夫だ、問題ない。頭が腐ってきてるけど、たいした問題じゃないさ」

「それ、全く大丈夫じゃないじゃん!」

 

 オーバーなリアクションだな。

 ちょっとしたジョークじゃないか。

 

「あははっ、昔ヒキガヤ君がヒラツカ先生とバトルした後も二人はそんな感じだったよね」

 

 そんな俺たちを見ていきなり笑い出すトツカ。

 その声は昔を思い出しているかのようで、懐かしんでいるのが滲み出ていた。

 

「そう、なのか? 俺は覚えてないんだが」

「うん、そうだよ。その時にユイガハマさんがヒキガヤ君のことを初めてヒッキーって呼んでたし」

 

 なに?!

 それは真か?

 新事実を聞き、俺はユイガハマを睨みつける。当の彼女は防御力が下がるわけでもなく、「ヒッキーはヒッキーなんだからヒッキーでいいの!」とヒッキーを連呼していた。

 

「そういえば、さいちゃんはここで何してたの?」

 

 連呼して乱れた呼吸を整えてユイガハマがトツカに当初の疑問を投げかけた。

 

「今朝見たヒキガヤ君のリザードンの動きを勉強しようと思って、練習してたんだよ」

「え? ヒッキーは朝からゆきのんのユキメノコにべったりされてたけど」

「ああ、もちろんユキノシタさんも一緒だったよ。二人で究極技の練習をしてたんだ。二人とも完成してるみたいだったけどね」

 

 よく見てるな。

 というかあんな朝早くから起きてたのか?

 

「ヒッキー、ゆきのんと隠れて二人でそんなことしてたの!? ゆきのんには何もしてないよね」

 

 こいつ、ユキノシタのこと好きすぎんだろ。

 

「あいつに口止めされてたからな。練習風景を見られるのは恥ずかしんだとよ。んで、今日は撃つことはできるようにはなったからコントロールの見本を見せろってあいつに脅されたんだよ」

「ゆきのん………そんなゆきのんもあたしは大好きだよ」

 

 あ、ダメだこいつ。

 ゆるゆりの世界に行っちゃったよ。

 帰ってくるまで、しばらく放っておこう。

 

「あ、そうだ、ヒキガヤ君。よかったらなんだけど、僕の特訓に付き合ってもらえないかな。暇だったらでいいんだけど」

 

 特訓か。

 今日はゆっくりするつもりだったんだが。

 けど、天使のお誘いだし、無碍にするのも………。

 

「返事は急がないから考えといて」

 

 そう言ってトツカはポケモンセンターの中に入っていった。

 いつの間にボールに戻してたんだ。気づかなかったぞ。

 

「おい、ユイガハマ。お前そもそも何しにここへ来たわけ」

「え? ゆきのんとコマチちゃんでじゃんけんして負けたからジュース買いに来たの………て、ああ! そうだ、忘れてた。早く買って戻らないとゆきのんに怒られるよー」

 

 騒がしい奴は今日も騒がしい。

 平和で何よりだ。


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