ミアレシティ・サウスサイドストリートのポケモンセンター。
ハクダンジムを出てから俺たちは二日かけて、ここに戻ってきていた。旅っぽく歩いているとどうしてもユキノシタが休まなければならなくなるのだ。どんだけ体力ないんだよ。
今日はその翌日で、ザイモクザとこれから落ち合うことになっている。
「ヒキガヤさん、リザードンの回復終わりましたよー」
とりあえず、ジョーイさんが呼んでいるので行くとするか。
「……あざます、またオナシャス」
「それでは、いってらっしゃいませ」
んー、何度見てもメイドのようだな。
この献身的な態度といい、まるで天使のようだ。どこかの氷の女王とかアホの子たちにも見習わせたいくらいだな。
「さて、行きますかね」
これから向かうのはミアレ図書館。
ミアレのどの辺にあるのかは知らん。そもそもまだミアレを散策してないんだから、仕方ないだろう。まあ、今日はコマチたちが三人で買い物に行くとか言ってたし、その内、どっか紹介してくれんじゃね。
とりあえず、ホロキャスターで検索したら地図が出たので、その通りに行ってみるか。
何気ナビ機能とかついてるというね。これ作った人すげーな。
で。
来てみたものの。
思ってたよりも随分とデカかった。
まあ、そりゃそうか。ミアレといえばカロスの中心都市。そこにある図書館とくれば、カロス中の知識が詰まっている倉庫なわけだし。
「………」
ザイモクザがどこにいるのか分からないので、電話をかけてみた(こっちはザイモクザなのでポケナビの方)。が、反応がない。
「……………」
『……ーーハチマンか?」
「出るの遅ぇよ」
やっと出た。
『いきなりその反応は酷くないか? まあいい、我は三階にいる。中に入ってきてくれ』
「はいよ」
いくらザイモクザでもいつものようなうるさい咳払いから入ることはなかった。ぼっちはマナーを守るからな。
中に入るとシーンとした空気で紙をめくる音や歩く音、台車を移動させる音がはっきりと聞こえてきた。
一歩出れば騒々しい街なのに、ここだけは別の世界のように感じられた。
周りをじっくりと観察しながら、言われた通り階段で三階へと赴いた。机と椅子があちらこちらに置かれているがザイモクザの姿は見当たらない。多分、ぼっちの習性で端っこの方にでもいるのだろう。
ザイモクザを探しながら本のコーナーを見て行くと三階には歴史物が大半のようだった。他にはそれに関連するものといったところか。
「いた」
階段からは一番離れた窓際の一番奥にコートを羽織った暑苦しいメガネのデブがいた。
奴の席には他に誰も使っていないようで本が三柱に積まれていた。後は新聞なんかも広げられていた。
「よお、何か分かったか」
「おお、ハチマン。戦争と伝説については幾つかそれっぽいのがあったが…………」
「フレア団に関しては特になかった、と?」
「ああ、というよりも情報がなさすぎて逆に怪しさが増した感じだ。取り敢えずこれを読んでくれ」
そう言って渡されたのは新聞。
各地で盗難や自然破壊、ポケモンの生体エネルギーが抜き取られた事件などが載っていた。
「確かにこれは怪しいな。噂話程度の奴らではあるがここまでの大事をやりそうな組織名をしているのにも拘らず、全くの手掛かりがないのが不自然すぎる。逆に調べだしたら、怪しさが増すばかりだ」
「手遅れ、ということか………?」
「否定はできん。フレア団なる集団が実在するのかも分からないが、あったとすればすでにカロスのメディアを抑えているとみてもいいかもしれん」
ああ、だからあの人は俺に依頼してきたということか。
となるとあの人が勤めている出版社とやらはすでに堕ちてるということで間違いないな。
こりゃ、ロケット団よりも厄介かもしれん。
「なあ、ネットの情報なんかは漁ったのか」
「無論、書き込みなども調べたが全くと言っていいほど情報がなかった。しかも直球でフレア団と調べたら何も出てこなかった」
「………それはもうアウトとみて間違いなさそうだな。しかも書き込みすらないとなると……………」
いや、でもさすがに…………、なあ。
「一般人ですら堕ちてるとでも言うのか?」
「や、さすがにそれはないだろ。このミアレだけでも何万と人がいるんだぞ。カロス全域でみたら計り知れん数だろ。そんな数の人間をどうやって堕とすというんだ?」
「我に言われても…………。だが、まあ我が大多数の人間を支配しようとすれば、GPSを取り付けて反抗的な行動を犯したものには脅しをかけたりするな」
「お前、本当にやりそうだから怖ぇよ。けど、GPSか…………。そのまんまじゃ怪しまれるしどうやってその機能を一般人に普及するんだよ」
「そんなもん簡単ではないか。画期的な携帯機器に内蔵させてしまえば、瞬く間に全国民に普及させるだろうに。常に肌身離さず持ち歩いていればGPSが生きてくる」
「はっ!?」
え? お前、今なんて言った?
「ザイモクザ、もう一度言ってくれ」
「常に肌身離さず持ち歩いていればGPSが生きてくる、か?」
「その前だっ」
「画期的な携帯機器に内蔵させてしまえば、瞬く間に全国民に普及させるだろうに、の方か?」
意味が分からないと言いたげに言ってくるが、そんなこと今はどうだっていい。
そうだよ、あるじゃねーか。
GPSという名の監視機能を取り付けるのに最適なものが。
あっても全く不思議ではない、それでいて街中の人が持ち歩いているものが。
「は、ははっ…………マジかよ、これじゃもうほとんど手遅れじゃねーか」
「いきなりどうしたと言うのだ?」
「ビンゴだ、ザイモクザ。お前の言った通りだ。あるじゃねーか、ここに。画期的な携帯機器が」
そう言ってポケットからホロキャスターを出す。
ホロキャスター。
テレビ電話の機能やインターネット、その他にも多種多様の用途を合わせ持つ画期的な携帯機器。その機能の中にはもちろん俺がここに無事にたどり着けた地図機能すらも備わっている。しかもナビ機能付きという優れもの。
だが……………、
「こいつには地図の他にナビの機能もあるんだ。当然、ナビにはGPSが使われている」
「ホロキャスターか。我もヒラツカ女史にもらったが、まさかこんな身近にあるとはな。だが、これをくれたヒラツカ女史はもう堕ちているというのか?」
「いや、あの人はまずないな。そもそも気づいてもいないと思う。知ってたら俺たちに持たせようなんてまずしないからな。情報が漏れた時にでも脅しをかける道具として考えるのが無難なんじゃねーか?」
「なるほど…………で、これは誰が作ったのだ?」
「ググれ、カス」
「お主さっきから我の扱いが酷くないかっ!?」
「何を今更な」
「ぐはっ!」
ザイモクザは倒れた。
「………まあよい。取り敢えず検索にかけてみるか」
ザイモクザはホロキャスターで調べ始めた。
ザイモクザはお目当のページを見つけた。
「さっきからなにゆえRPGみたいなことをブツブツと言っておるのだ?」
チッ、聞こえてたのかよ。
「あったぞ、ホロキャスターを作ったのはフラダリという男が立ち上げた事業団、フラダリラボが開発したそうだ。………………まさかこいつだというのか? 売上金の全てを公共事業に回してるとかいう神みたいなやつぞ?」
「こういう奴らは大抵表向きは凄いやつってのが相場で決まってんだよ。お前も知ってるだろうが。シャドーのワルダックとか、アクア団のアオギリとか。あいつら市長とか放送局の局長を務めてた奴らだぞ」
「ぐぬぅ、確かにお主のいう通りであるが…………。全く持って、想像がつかん」
「まあな。だが、怪しいやつであることは拭いきれない。こればっかりはその男を見ないことには判断しかねるところだな」
果たして、善良の心で活動しているのだろうか。
だが、フレア団の長はやることが周到であり、あまりにも卑劣であることは間違いない。
はあ……………、こんな時にコマチを旅に出すなんて完全にタイミングを誤ったな。
「そうは言っても来てしまったものは仕方ないか」
「なあ、これをあの三人には話すのか?」
「いや、まだ裏が取れてるわけじゃないし、何を企んでいるのかも掴めていない。そんな
情報を話したところでユキノシタ以外は心が落ち着かなくなるだけだろう」
「それじゃ、次は戦争の方、と言いたいところだが先に伝説の方を見るとするか」
「戦争の方からじゃダメなのかよ」
「調べれば調べるほど話が深くてな。我もまだ全てを把握できたわけではないのだ」
「マジかよ………。3000年前の戦争なのにそんな複雑なのかよ」
うへぇ、もうすでに嫌になってきてるんだけど………。
「というわけで伝説の方からだな。これを見てくれ」
差し出されたのは一冊の本。割と古いようで所々が傷んでいる。
「Xのポケモン・Yのポケモン……?」
「うむ、どうやらカロスにはこの二体のポケモンが根強く関係しているらしい」
そのページを読んでいくとこう書かれていた。
~Xのポケモン~
千年の寿命が尽きる時、このポケモンは二本足で立ち、七色に輝く角を広げ、カロスの大地を照らす。すると人もポケモンも活力が漲り、荒れた大地は潤いを取り戻した。そうしてエネルギーを使い果たしたそのポケモンは枯れた大木のようになり、その周りには深い森が形成された。後に人々はこう語る。二本足で角を広げる姿はまるで『X』のようだった、と。
~Yのポケモン~
千年の寿命が尽きる時、このポケモンは禍々しい翼を広げて、鋭い咆哮を走らせ、カロスの大地を包み込んだ。すると人もポケモンも活力を奪われ、潤う大地は一瞬にして荒れ果てた。そうして無数のエネルギーを得たそのポケモンは翼を折りたたみ繭のような格好になって山奥で眠りについた。後に人々はこう語る。翼を広げて叫ぶ姿はまるで『Y』のようだった、と。
「なあ、これって…………」
「うむ、恐らくカロスに眠る伝説のポケモンのことだろう。我も名前すら聞いたことないが、この大体的な影響力を考えると神話に値するものだろうな」
やはりそうか。
環境、というよりは生命に対する影響力か。
生み出す方、Xの方はホウオウのような存在なのだろう。奴もまた命の炎を吹き付けるポケモンでもあるからな。対してYの方は破壊と称するべきか。ここにも破壊の暴君がいるがこいつよりも厄介な存在であることは読んだ通りだ。
だが、妙に引っかかるこのモヤモヤ感はなんなんだ?
「と、まあ、我が先に調べ上げられたのはこれくらいだぞ。後はお主も探すのを手伝ってくれ」
「ああ、一番鍵となるフレア団について異常に情報が少ないってことが分かったんだ。それだけでも動きようはあるし、警戒するポイントも見えてきた。サンキューな」
「して、ハチマンよ。ユイガハマ嬢とお主の妹君から『お主がチャンピオンであったのを知っていたのか』という内容のメールが届いたのだが、何があったのだ?」
また、余計なことをしてくれちゃってんな、あの二人は。
というか、こいつとアドレス交換してたのが意外すぎるわ。
いつの間に交換してたんだよ。
「ああ、まあ、な。その………あそこのジムリーダーの姉貴がいただろ」
「うん? ああ、あの背の高い人か」
「そう。で、その人が第10回のカントーリーグの映像を持ってきててな。その時に暴露されたわけなんだわ」
「…………それはまたとんだ災難だったな。だが、あの頃のお主は輝いていた。我が憧れの存在だったぞ。それが今ではこうも黒くなってしまって………。人生、何があるか分からんもんだな」
あ、やっぱそう思っちゃってるのね。
普通は感染するはずのない病気なのに、どうしてかこいつには感染しちまってるんだよな。しかも現在進行形で。
「いや、まあ色々あったんだし黒くもなるだろ。つーか、半分くらいはお前も一緒にいなかったか?」
「何を言う、せいぜい四分の一程度ぞ」
や、そこはどうでもよくねーか?
「………だがまあ、我もスクールを卒業してからというもの忙しなかったというのも事実だ。リーグ優勝してから一週間くらいで連絡が取れなくなるわ、一年近くしてやっと見つけたかと思うと追われる身になってるわ、助けに来たのが敵の敵だわ………」
「その説はどうも」
「で、毎度毎度済ませようとする始末。お主がいなくなってからというものチャンピオンはずっと不在状態で…………………特に問題はなかったな」
「そりゃ、そうだろ。俺がいなくなろうがそう滅多に表に出てくるような存在でもないんだ。いてもいなくても変わりはないだろう…………って、え? お前今なんつった?」
「またこのパターンなのか?」
「俺がいなくなってからずっとチャンピオン不在ってどういうことだよ。俺が聞いた話じゃ、あのドラゴン使いが就いていたって聞いたんだが?」
んで、奴の行方不明の間にユキノシタがなったんだとか。
「あれ? お主知らないのか? あのドラゴン使いは名前だけぞ。実際には誰も就いておらん無人の状態ぞ。………………はぽん、なるほどなるほど。お主、ユキノシタ嬢が就いていたことを耳にしたな?」
なんだこいつ。ムカつく顔してんな。
「その本人から直接聞いたんだ。それはどうなるんだよ」
「彼女がなったのは真の話だ。だが、あのドラゴン使いに関して言えば、嘘の情報といえよう。奴が消息を絶ったのは四天王の理想郷事件の後だ。それからずっとポケモン協会へは顔を出していない」
は?
「じゃあ、なんであいつがチャンピオンに就く必要があったんだ?」
「ロケット団の再結成が原因だろう。あれがなければ彼女も椅子に座ることはなかっただろうからな」
「つまり何か? あのロケット団再結成の、というかアルセウスの事件が原因であいつはチャンピオンになったというのか?」
「そういうことになるな。何か起きた時にジョウト四天王を動かす存在が必要だ。健在の状態にしておかなければ、不測の事態に対処しきれないと見越したのだろう」
「けど、最終的には『あの三人』が姿を見せたらしいが………」
「ああ、だから彼女も事件終結後に自由の身となっている」
なんだそれ…………。
それじゃ、責任の丸投げじゃねーか。
いや、まあ、あいつの実力が買われてこそ就いたんだろうけど、それにしたって、なあ?
「あの、お客様、他のお客様のご迷惑になりますのでご退出願えますか?」
と、突然職員の人に声をかけられた。若くて綺麗な女性だった。
「「は、はいぃぃいっ。か、かか借りるもん借りてすぐ出ていきましゅ」」
なんつーシンクロ率だよ。
噛むところまで全文同じじゃねーか。
ほらみろ、お姉さんが笑いをこらえてるじゃねーか。
それから俺たちは積んである本を借りて図書館の外に出た。
それにしてもチャンピオンになってから、色々とあったもんだ。
やっぱ、あの時からなのかね…………………。
「なあ、ザイモクザ」
「なんだ?」
「X、Yがポケモンを表すのに、なんでキリよくZまではいないんだ?」
「あっ、」
✳︎ ✳︎ ✳︎
ポケモンセンターでたまたま見かけた天使のバトルの特訓を見ながら昼食をとった後。
俺たち二人はプラターヌ研究所で向かった。
「邪魔するぞー」
「邪魔するなら帰ってくれ」
「はいよー…………って、先生何やらせるんですかっ!」
つい、流れで回れ右をして一歩踏み出してしまった。
「はっはっはっ、ジョウトで見たお笑いみたいな挨拶を君がするからだ。私もつい口が滑ってしまった」
「俺はあの変態ストーカーに用があって来たってのに…………」
「御目当ての人は庭の方にいるよ」
「そうですか、ちょっと行ってきます」
先生に言われた通り庭の方へ向かうと、白衣の長身男がポケモンの世話をしていた。
観察も兼ねてるんだろうけど、なんか危ない人に見えてくるのは俺だけだろうか。
「お、ハチマン君、久しぶりだね」
俺たちの姿に気がつき、すっくと立ってこちらにやってきた。
今日も今日とて青のワイシャツを着てるんだな。
前来た時も同じ色だったはずだ。
「ザイモクザ君も久しぶりだね。無事に彼らと合流できたようで何よりだよ」
「うむ、我も情報提供を感謝している」
あ、ここでもいつもの振る舞いで返すのね。
一応俺たちよりも歳上だし、何ならこの地方のポケモン博士なんだけど。あ、俺はストーカーの被害者だからいいんだよ。
「それで、君たちがここに来たってことは何か調べていて、分からないことがあったからかな?」
それでいて察しがいいため、話が早くて楽ではある。オーキドのじーさんとかもう歳だからな。頭の回転は若い方が早いってのは譲れねーな。
「ああ、カロスの伝説について調べてたんだが………、XとYに例えられるポケモンがいるってのは分かったんだ」
前置きとして俺たちが調べていた内容を話しておく。
「ふむ、それでそのポケモンについて教えて欲しいってことかい?」
博士(変態やストーカーと呼ぶのも飽きたので仕方なく博士と称そう)は顎に手を当て考えるそぶりを見せる。
「いや、それもあるがもう一つ。X、Yがいるのに何故Zのポケモンはいないんだって話になってな。ほら、X、Y、Zでアルファベット最後の三文字じゃねーか。なのになんでZに例えられるポケモンのことは書かれてないんだ?」
「…………XとYは聞いたことあるがZに関しては………。よし、取り敢えず僕の部屋で詳しい話を聞くとしよう」
そう言われたので、博士(やっぱりまだ抵抗があるな)の後についていった。
連れてこられたのは博士の自室。変なものないよな………、マジで怖いんだけど。
「………よかった、まともな部屋だ……」
入れてもらった部屋の中は割と綺麗に整頓されていた。
というか本ばっかりで、他には特にこれといったものがなかった。
強いて言えば、ベットと机と椅子だけである。
なんというか、まあ殺風景だな。想像してたのがヤバいものだっただけに、ため息すら出てくる。
「君は一体、僕のことをなんだと思っているんだい?」
「変態、ストーカー、ホモ」
「ああ、君の中の僕は聞きたくないものだね………」
脱力した笑みを浮かべるも、すぐに表情を戻す。
「それじゃ、本題に入ろうか。君たちはカロスの伝説について、どこまで調べたんだい?」
「一応、XとYに例えられるポケモンがいたっていうことくらいだな。俺もザイモクザに調べてもらってたからあまり正確なことは言えん。つーわけでザイモクザ。後は頼んだ」
流石にフレア団については話さない方がいいだろう。今は誰が味方で誰が敵なのかも分からない状態なんだ。それが例えこの地方のポケモン博士と言えど、フレア団の脅威の下では完璧な白とは断定できない。他所から来た俺たちとまだ日の浅そうなヒラツカ先生くらいが白と断定できると言ったところだな。
「うむ、任されよ。我の調べたところによるとカロスではおよそ3000年前に戦争が起きている。これはハチマンも知っているな」
ザイモクザが目線で聞いてくるので、俺は首肯する。
「そして、それは他の地方とのものだったという説もあるのだ。その戦争では大量の命が奪われた。そこには件の二匹のポケモンの姿もあったのだとか。命を分け与える生命のポケモン、ゼルネアス。全てを覆い尽くし朽ちらせる破壊のポケモン、イベルタル。この二体の力は壮大で後にこの戦争を終わらせることとなった最終兵器の基礎となったらしいのだ。そして、この二体がそれぞれXとYに例えられるポケモンだろうと我は考えている。名前をアルファベットにすると頭文字がXとYになるからな。ここまでが我が調べられた限界である」
厚い胸を張ってえっへんと態度に表すザイモクザ。
こいつのことはどうでもいいが、確かにそんな末恐ろしい内容を曖昧な言葉で表現するというのも難しいと言える。たぶん、詳しくは明記されていなかったはずだ。だからこそ、さっきは説明を後回しにしよとしてたのか。そして、今も頭の中で情報の整理をしているだろう。それにしてもこいつは色々と読み漁って、解れた糸を繋げだのか。中々にしてやるじゃないか。
「ふむ、確かにそのような伝説はあるね。僕もザイモクザ君が言ったように理解しているよ。XとY、この二つのアルファベットで表されるポケモンはゼルネアスとイベルタルと見て間違いないと思うよ」
ははは、と笑うようににこやかに答える。
「なら、どうしてZで表されるポケモンはいないんだ。キリが悪いと思うんだが」
「それが君たちが僕に聞きたいことだったね。答えを言うとZのポケモンはいると思うよ。実は僕もそこにはずっと疑問を抱いていたんだ。どうしてXとYがいるのにZの話がどこにもないのか。そんなことを頭の片隅に置きながら、ポケモンについて研究をしてきた。それから、ある時ふと思ったんだ。生命を司るXのポケモン、破壊を司るYのポケモン。この二体がそれぞれの力を滞りなく無限に使えるとしたら、カロスは、いやこの世界全てがどうなってしまうんだろうと。君たちはどう思う?」
やはり、ポケモン博士と言うだけのことはあり、俺たちが疑問に思うことは一通り辿ってきたように見受けられる。そして、その中の一つがメガ進化だったのだろう。
「どうって、そりゃ生態環境がおかしくなるじゃないか? あるところでは生命力に溢れ、あるところでは朽ち果てた大地が広がっている、的な感じに」
「ゴラムゴラム! そうなってしまえば、些か問題であるな。一箇所で起こった生態環境の崩れは連鎖するように次々と無の力が呑み込まんとするだろう。生命力もキャパを超えれば、朽ち果てる原因となり得る。なるほど、一見して正反対な存在で有りながらも、力の抑制がなければ招く結果は同じとくるか」
力の抑制ね………。
「要するに、だ。アンタはそのZの存在はXとYのポケモンの抑止力であると考えてるわけだな」
「マーベラス、いつにも増して理解が早いね」
全く、そうならそうと最初から言えよ。いつもいつも回りくどいんだよ。話に付き合うこっちの身にもなれよ。
「………早くなんかねぇよ。俺はアンタの言葉に導かれただけだ。理解できないはずがないだろ」
「相変わらず、捻くれた考えをしているね。なんだい? 嫉妬かい? 嫉妬なら僕の方が何倍も君に嫉妬してるからね」
うぜぇ。
なんなのこいつ。
こんなキャラだったか?
しばらく見ない内に、研究ばっかで頭逝かれたんじゃねぇの?
「どうして君の周りばかりに女性が集まるだろうね。しかも『美』がつく女性ばかり。妬ましいにも程があるよ」
おいおーい。
話が段々とズレていってるぞー。
それとコマチはやらんからな。
「そのとおーりっ! どうしていつもいつもハチマンばかりがいい思いをしているのだ!? 我だって………我だって、女の子と仲良くキャッキャウフフな展開を味わってみたい!」
ダメだ、こりゃ。
こいつの目、本気過ぎてヤバい。犯罪者のような目になってるよ。あ? 俺と一緒とか言った奴。表に出ろ。しばいてやる。
「お前ら………あいつらのこと言ってんだったら色々と間違ってんぞ。ユキノシタは隙あらば罵倒してくるし、ユイガハマはバカだし、コマチは可愛いし。あの三人の相手してみろよ。半日で一日分の体力削られるからな」
ハクダンに行って帰ってくるだけで割とあの三人の相手をするのは疲れた。一人ひとりならまだいいが、三人一遍に相手にするのはなかなか骨が折れる。
「ハチマン、お主はバカなのか? 美少女に声をかけてもらえるだけでご褒美ではないかっ! なのに、お主はちと注文が多すぎるのではないか!?」
「お前、罵倒されて喜ぶとかどんな変態だよ。変態はそこのストーカーで充分だからな。これ以上変態を増やすのはやめてくれ」
「何を言う。アレはアレでくるものがあるではないか!」
「目を覚ませ、ザイモクザ。ユキノシタはああ見えて「私が何かしら?」………………」
「………………………」
「………………………」
「ヒキガヤ君?」
………………………。
え?
なんでいんの?
というかどこから聞いてたわけ?
てか何で首筋に冷たい刃が充てられてるわけ?
俺、これ少しでも動いたら死ぬくね?
ヤバい。超ヤバい。何がヤバいって視界の端に映る氷の女王の笑顔素敵なのに全く目が笑ってない。
「もう一度だけ聞くわよ、ヒキガヤ君。私がどうしたの?」
冷汗がパネェ。
デコも耳の裏も掌も足の裏も、どこもかしこも変な汗が気持ち悪いくらいに出てくる。このままいったら、脱水するレベル。
「………えっ、と、ユキノシタ、さんは………猫ひぃッ! ね、寝てる姿も麗しゅうございましゅ」
「そう、あなたに寝顔を見られてただなんて人生の汚点だわ。………そうね、あなただけ見ているのも不公平だわ。後で覚えておきなさい」
「サー、イエッサー!」
バックンバックン言ってるうるさい心臓を気に留めようものなら俺は死んでいただろう。氷の刃が離されたところでユキノシタに敬礼を送る。
明日、無事に朝歩を拝むことができるといいな…………。
「やはり、ハチマンだけズルいぞ! 我も女の子と話がしたい!」
ザイモクザがすでに手遅れな状態であることを再確認しつつ、覗いていた他の二人を招き入れるユキノシタを眺める。もちろん、敬礼のポーズは崩さない。
「どうしたんだい、三人揃って」
唯一、この場ですら平然としている変態さんがユキノシタたちに言葉を投げつける。
「ショッピングも済んだし、戻ってきたら、二人が博士のところにいるって、ヒラツカ先生が教えてくれて」
さすがのユイガハマもユキノシタの気迫に気圧されたのか、言葉がたじたじである。
あー、まああの人なら教えるわな。
来た時に会ってるし。
「研究所内を探してたらこの部屋から声が聞こえてくるじゃありませんか。んで、覗いてたらお兄ちゃんと中二さんがコマチたちのことを話し出すからさー。聴き入っちゃってました、てへっ☆」
あざとさ満点のポーズで答えちゃう我が妹。まあ、可愛いから許す。許しちゃうのかよ。
「でもお兄ちゃん。コマチたちの話してたのはコマチ的にポイント高いけど、さっきのはポイント低いよ」
尚も可愛らしい仕草をつけてくる。可愛いけど。可愛いけども。
コマチのそのポイント制はいつも思うが、貯まるとどうなるんだ。
「その内いいことあるかもよっ」
勝手に人の心の中、読まないで下さる?
「この状況がなくなればいいことなんだけどな」
さっきから目の前の氷の女王の視線が突き刺さって、痛い。
チクチクと擬音語が付きそうな鋭さ。目から針でも出てるのかしら、と思ってしまう。言ったら刺されるから言わないけど。なんなら彼女の後ろに付き従っているユキメノコが氷の刃をぎらつかせて、俺に見せてくるもんだから、言ったら本当に刺されそうで怖いまである。
「んー、やっぱりハチマン君は一発殴られるべきだと思うんだけど」
「左に同じく」
俺はこの二人を一発殴りたいわ。
「お前ら、勘弁してくれ………」
場の空気を読まない男二人が軽快な態度で言葉を浴びせてくる。
だがもう、言葉を返すだけの気力さえ、俺の中にはない。
「はぁ………、帰りたい」
クチバの実家が恋しくなってきた。早く帰って部屋に篭りたい。特に誰にも邪魔されずに過ごせる空間なんて、あそこくらいしかないからな。
なんかもう色々なことに呆れ果て、部屋を出ようとすると。
「あ、そうそう。Zと言えば、ってポケモンがいるんだけど………」
まだ帰さねぇよと言わんばかりに俺の意識を抑えつけてきた。
しかも俺以外興味ありますオーラが出まくっている。
うん、これ最初から企んでたパターンだな。
「なぬ! それは是が非でも見てみたい!」
「ヒッキー、帰っちゃダメだよ。一緒に見るの」
ドアノブにかけた右手をユイガハマに抑えつけられた。振り払おうと思えば、簡単に振り払えるが今はそんな気力もなく。ユイガハマに確保され部屋中に連れ戻されていく。
こんな時、あの方はこう言ってたっけ。
不幸だ……………。