ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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13話

『がんせきふうじ!』

 

 ハガネールが身体の周りに岩々を創り出し、衛星のように回し始める。実に嫌な技だな。攻撃の体勢をとると同時に近づけないような防御の役割まで担ってるんだ。まさに攻撃は最大の防御だな。

 

『かえんほうしゃ』

 

 だけど、こっちには遠距離から攻撃できる技があるんだ。しかも相手は鋼タイプ。かえんほうしゃは効果抜群というおまけまで付いてきたんだ。使うしないだろう。

 

『かえんほうしゃの軌道を封じなさい』

 

 ハガネールの周りを天体のように回転する岩を少しずつ飛ばして、かえんほうしゃの軌道上に落とし、道を塞いでくる。そして、ハガネールに届かなくなったことを確認すると次の命令を下した。

 

『次は攻撃よ』

 

 その一言で残りの岩を全てリザードンの頭上に移動させ、時間差をつけて一気に落としてくる。いわなだれよりは岩自体が小さいためその分威力も下がるが、代わりに身動きを封じることでこっちの素早さを削ってくる厄介な技であることに変わりはない。まして、リザードンはいわタイプに特に弱い。威力が小さくても蓄積されれば大ダメージを受けるのとなんら変わりはないのだ。

 

「さて、こっから俺はどうすんだっけな」

 

 上から落ちてくる岩の山。

 当たると致命傷になりかねない相性。

 相手の方にも岩の列が組み敷かれ、実質逃げ道は三方向。

 穴でも掘れたらよかったんだが、できないものはしょうがない。

 となると今の俺ならばーー。

 

 

 ーードラゴンクローからのトルネードかな。

 

 

 幸い岩はそこまで大きいわけでもないから、ドリルのように一点に力を加えれば、穿つことも難しくはない。それに残りの三方向に逃げたといてもがんせきふうじだからな。逃げ道と見せた囮でしかない。行けば地獄と言っても過言ではない。

 

『ドラゴンクロー』

 

 一応昔の俺も技の性質は理解しているらしい。まあそうでなければ優勝なんてできるはずがねぇわな。

 だけど命令はそれだけで、リザードンが竜爪を岩に這わせて全ての軌道をずらしていく。これ自体も相当なテクニックではあるが、数が多い分危なっかしいし、その場に止まっているため次の攻撃に移るのに踏切が必要となってくる。これでは遅いし、効率が悪い。やはりあいつに指摘されるまではこんな感じだったんだな。

 

『移動しながらかえんほうしゃ』

 

 全てを弾き終わると画面の俺が命令を下す。

 そして宙を移動しながらかえんほうしゃを打ち出していく。

 

『りゅうのいぶきで返しなさい!』

 

 それに反応するようにユキノシタの姉も次の命令を出す。

 赤い炎と青い光線がぶつかり合い、絡み合い、爆発。

 ずっと疑問だったんだが、何でイワークとかハガネールはりゅうのいぶきを覚えるんだろうな。ドラゴンでもなければ竜でもない、ただの蛇なのに。

 

『押し返せ』

 

 しかし、そこは火力の問題というか能力の問題というか。得意技ではリザードンに分があった。

 青い光線を押し返しながら徐々に赤い炎で鉄の蛇に睨みを利かせていく。

 

『ジャンプしてアクアテール!』

 

 すると突然鉄の塊がジャンプし、空中を移動するリザードンに正面から迫ってきた。

 ………ああ、そうだ。この時俺もさすがに驚いた。重たい鉄の体を引っさげて飛んでくるのにもだが、アクアテールを覚えていたことに度肝を抜かれた。確かに、ハガネールは鉄蛇というだけあり、長い身体を使った攻撃を得意とする。つまり、尻尾を使った技も得意とし、鋼・水・ドラゴン三つ全ての尾(テール)技を覚えられるわけであるが、アイアンテール以外はなかなか覚えないと聞く。だから、アクアテールを覚えているこのハガネールが珍しかったのだ。というかハガネールがアクアテールを使うところを初めて見たまであった。

 

『躱して、かえんほうしゃ』

 

 でもまあ、そこは空中戦だし。身軽なのもリザードンなわけで、あっさりと躱した。

 ハガネールの尻尾は地面に突き刺さり、抜けなくなる。重たい身体でジャンプした勢いがそのまま地面を割くほどの威力になったのだろう。あれが当たってたら、いわ技でなくとも致命傷になったかもしれない。

 だが、それは仮定の話でしかなく実際には当たってないのだし、尻尾が地面に突き刺さって身動きできなくなっているのが現実だったのだ。後学のために覚えておくとしても仮定的な話はする意味がない。

 それよりも鋼の巨体が炎で焼かれていく。

 鋼が融けることはないようだが、融けたらどうなるんだろうな。

 

『アイアンテールでジャンプしなさい』

 

 炎の中に映る黒い影が一度身を屈め、再びジャンプしてリザードンよりも高い位置を確保した。

 なるほど、硬い分だけ反発力が高まるということか。

 

『かえんほうしゃで追いかけろ!』

 

 近づきたくない俺はそのままかえんほうしゃで追尾させる。

 だが、ハガネールは学習したのか、技を出すことなく火柱の周りをうねうねと回りながらリザードンに迫ってきた。

 それは以前、ジョウトのどこか(場所は忘れた)で見た翠色のポケモンのようだった。夕暮れ時だったからよくは見えなかったけど、空をうねうねと移動していたのは印象的だった。

 

『りゅうのいぶき』

 

 近づいてくるからてっきり尻尾を使って攻撃してくるのかと思ったが、そうでもなかった。近距離からの光線というのもそれはそれでありだな。

 

『りゅうのいぶきを塞き止めろ』

 

 再び青い光線と赤い炎がぶつかり合う。近距離でしかも上から攻撃できているためか、さっきよりも技に速さがあった。そして今度はかえんほうしゃが徐々に押し返されてくる。

 これではさすがに攻撃を受けてしまう。

 だけど、この時にはすでにアレが完成していたはずだ。

 

『ーーブラスターロール』

 

 その一言でリザードンは一瞬でハガネールの背後を取った。

 ハガネールは重力に逆らうことはできず、目標も見失い、あとはもう地面に落ちるだけ。

 その隙を昔の俺が見逃すはずがない。

 

『かえんほうしゃ』

 

 背中から押される形で火柱を受け、顔面から地面に叩きつけられる。

 防御も何もかもをさせてもらえず、ハガネールは気を失った。

 

『ハガネール、戦闘不能』

 

 ようやく四体目を倒した。

 でも確か次がヤバかった気がする。今思えば、ドンファンもハガネールも奴の伏線だったのかもしれない。そもそも彼女が本当に本気を出して戦っているのかすら怪しくなってきた。この映像を見ているとなぜかそう思えてくる。

 なんか、なんというか……………、

 

 試されてる感が半端ない。

 

 何をかは分からない。

 だけど、俺の実力を推し量っているような、そんな気がしてならなかった。

 

『戻りなさい、ハガネール』

 

 またも冷たい声でボールに戻している。

 

『行きなさい、バンギラス』

 

 そして、出すポケモンにはまだ熱を感じられた。

 何なんだろうこの差は。

 あの時はそんなことを感じる余裕すらなかったからかもしれないが、改めて見てみると彼女の様子が異様に感じられる。

 ってか思い出した。そうだよ、五体目ってバンギラスじゃん。いわ・あくタイプでポケモンの中でも割と強い方だとか前になんかで見たことあるぞ。かくとうタイプが四倍率の弱点になるし、それを抜いても弱点技は多い方。だけど、それをものともしない多様性を秘めている怪獣。

 

『………すなおこし、かっ!?』

 

 しかも特性がすなおこしであり、バトルになればフィールドを砂嵐で覆い包む。

 いわ・じめん・はがねタイプと特殊な特性を持つもの以外はダメージを受け続けるという何ともいやらしい性質を持っている。

 

『いわなだれ』

 

 すなあらしでリザードンが怯んでいるところを容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

 頭上からは数多の岩が創り出され、雪崩れるようにリザードンに降り注ぐ。

 

『くっ!? リザードン、躱せ!』

 

 こうしてみると俺が初めて怯んだように見える。

 過去の自分のことで恥ずかしいのは山々なんだが、こういうところを見ると自分であっても何か面白くなってきた。

 

『シャァアアッ!?』

 

 砂嵐に一瞬気を取られ反応が遅れたリザードンの右翼に岩の一つが突き刺さる。岩の重さでリザードンの身体は地面に叩きつけられる。

 しかし、いわなだれが終わったわけではない。

 

『とにかく躱せ!』

 

 多分、この時の俺もリザードンと同じように心のどこかで怯んでいたのかもしれない。的確な指示を出してやることもできず、むざむざと攻撃を受けさせてしまった。

 今思えば、ソニックブーストで逃げたり、ドラゴンクローで岩を逸らすことだってできただろう。まあ、それくらいには俺がまだ未熟だったってだけの話だ。

 

『じしん』

 

 泥臭く身を這わせながら岩の突撃を躱していき、転がり込んだ先で待ち受けていたのは片足を踏み上げたバンギラスだった。

 これはヤバいなんてものじゃない。ひこうタイプでも地面についていたらじしんは諸に食らってしまう。そうなれば、ほのおタイプのリザードンは効果抜群の大ダメージを受けることになる。残された時間はバンギラスが足を踏み降ろすまでのほんの数瞬。その間に逃げなければ致命的、あるいは攻撃力の高いバンギラスならこれで終わる可能性もあった。

 

『ソニックブースト!!』

 

 映像の中で一番の俺の叫び声が反響する。

 コマチたちも俺が叫んだことに超驚いていた。そりゃもう俺と画面を交互に何度も見返すくらいには驚いていた。

 というかコマチ、いくらなんでもその反応は酷くね? 俺も一応人間なんだし、叫ぶことだってあるぞ!

 

『かみなりパンチ!』

 

 危機一髪でじしんを免れ、空中に回避した。

 そして、画面の俺の目にもようやく火が灯ったようで。

 地震を起こして、隙ができているバンギラスに一気に詰め寄らせた。

 咄嗟に、バンギラスが腕を交差させ、防御の構えをとるがかまわずリザードンはかみなりパンチを打ち付けた。

 

『かみくだく!』

 

 懐に飛び込んだリザードンを上下で挟むように黒紫の牙が現れーー。

 

 

 ーー挟むことはなかった。

 

 

 そう、確かあの時、運よくバンギラスが麻痺したのだ。技の発動までは何とかできたみたいだが、身体が痺れてその先を思うようにできなかったのだ。全く、こんな時に限ってっと俺自信が強く思ったくらいだ。

 

 そして、これでバンギラスを倒す選択が現れた瞬間でもあった。

 

『グリーンスリーブス・雷』

 

 痺れて怯んだ隙に下から左の拳でアッパーを食らわせ、宙に釣り上げる。さらに右の拳で押し上げ、真上へと吹き飛ばす。それを何回も食らわし、飛べないバンギラスを空中戦へと連れていく。その間、痺れと連続で繰り出されるアッパーに身動きを封じられ、為すがままの状態。

 さすがのユキノシタの姉貴も驚きを隠せなかったようだ。

 だが、その顔もすぐに消えていた。

 

『バンギラス! はかいこうせん!』

 

 痺れに耐え、大きく口を開けるバンギラス。

 首を下に向け、照準をリザードンへと合わせる。

 まだこんな隠し球を持ってたのかよって感じで感情が歓声を上げている。

 何なら今見てる女性陣まで歓声をあげていた。

 

『ブラスターロール』

 

 それでも俺たちにはこれがあるからな。

 溜め込む間に背後に回り込んでしまえば、相手もすぐに切り返しはできないだろう。

 

『ドラゴンクロー!』

 

 両爪で深く切り裂き、地面に叩きつける。

 だが、地面に行き渡る前にはかいこうせんが打ち出され、バンギラスの身体が戻ってきた。何とも勢いのある体当たりだこと。

 

『躱して、かみなりパンチ!』

 

 再びアッパーでかみなりパンチを打ち付け、麻痺を誘う。

 苦い顔を浮かべ、それでもなお耐え続けるバンギラスは大したものだと思った。

 何ならかっこいいとさえ言えるね。

 

『いわなだれ!』

 

 その位置だと自分も巻き込むことになるにも拘らず、リザードンの頭上に数多の岩を創り出す。気のせいか岩の数がさっきよりも多い気がする。まあ、それくらいバンギラスも必死だということがうかがえる。

 

『リザードン! バンギラスの腕を掴んでそこから離れろ!』

 

 あー、なんかそんなこともしたような気がするな。

 なんつーか、見てられなかったというか。

 こういう捨て身の攻撃はなんか嫌なんだよな。それが例え相手だったとしても。

 

「さすがお兄ちゃんだね。今のはコマチ的にポイント高いよ」

「最後の一言がなければ、嬉しいんだがな」

「ヒッキーらしいというかなんというか」

「姉妹揃ってって…………はあ………………罪な人ね」

「べ、別にそういうことじゃなからな!? ただ、俺が見てられなかったってだけの話だからな、たぶん」

 

 だから勘違いしないでよねっ(キリッ)!

 

「相変わらず拈デレさんだねー、お兄ちゃんは」

「う、うっせ」

 

 もうやだ、この子たち。俺、勝てる気しない。

 

『地面に叩きつけろ』

 

 捨て身は助けてもバトルは続ける俺、超クール。

 

『バンギラス、はかいこうせん』

 

 リザードンから離れていく身体を捻り、仰向けの状態からリザードンに向けてはかいこうせんを放った。

 こんな状態でもまだ攻撃できるとか、バンギラスやばくね?

 

「それ言ったら、お兄ちゃんのリザードンもヤバいと思うよ」

 

 なんで考えてることが分かるんだよ。

 まさかさっきから筒抜けだったりしない?

 

「まっさかー」

 

 え? マジでどっちなの? 

 超怖いんだけど!

 

『躱してドラゴンクロー!』

 

 コマチの反応が気になるけど、画面に視線を戻すとはかいこうせんを躱してドラゴンクローでバンギラスを切り裂いたところだった。

 

『……と、これはバンギラス戦闘不能! つ、ついに優勝に王手をかけたヒキガヤ選手! チャンピオンの手持ちは残すところあと一体。対して、ヒキガヤ選手はまだ一度もリザードン以外を出していません! こ、これはまさかそういうことなのかっ?! しかし、本当にそうなことが有り得るというのかっ!?』

 

 実況うるさい。

 バトル中は静かなのに、この交代の時間の間だけはよく喋るな。

 

『戻りなさい、バンギラス。ーーーーー』

 

 ん?

 今、何か声には出てなかったけど確かに言ったよな?

 気のせいか?

 ありがとうって………。

 

『最後よ! 行きなさい、カメックス!』

 

 あー、また弱点ついてきましたね。

 あのカメックスはオーキドのじーさんにもらったポケモンなのかね。

 あれ? てか、姉貴がカメックスで妹の方がオーダイルって…………。

 

「なあ、ユキノシタ。お前って「何かしら、ヒキガヤ君?」うん、やっぱ何でもないわ」

「そう」

 

 怖ぇ、マジ怖ぇ。

 今日一番、いや出会って一番の笑顔で返されたぞ。目が一切笑ってなかったけど。

 あれ、絶対言葉の裏に「それ以上言ったら………」的な脅しが含まれてたからな。何なら俺の命が即刈られたかもしれない。

 これ以上触れない方が俺の身のためだな…………。

 

『ハイドロポンプ!』

 

 カメックスのハイドロポンプないし放射系の技は危険である。砲台が背中に二つあるため、多様な打ち出し方をしてくるのだ。

 

『ハイヨーヨーからのかみなりパンチ!』

 

 だから、まっすぐ突っ込むなんてことはバカがやることでしかない。

 突っ込むのだったら、スピードを上げた状態でなければ、途端に狙い撃ちされるのが落ちだ。

 

『追尾しなさい』

 

 宙へと翔昇るリザードンを追いかけるように水の砲射撃が迫ってくる。何とか追いつかれずに天高く昇り詰め、急降下する。

 カメックスは砲台をずらし、真正面からリザードンを狙って水の二柱で道を遮ってきた。リザードンは身を翻しながら柱の間をくぐりぬけたりしてどんどんとカメックスに迫っていった。

 だが、これは彼女も読んでいたのだろう。あるいは今までの戦いから読んで誘い出したのか。正解は彼女しか分からないがそこはどうでもいい。

 

『ーーハイドロカノン』

 

 な、そんなことはどうでもいいだろ。

 それよりももっとヤバい状況になったんだから。

 なんだよ、まさかの究極技かよって話だよな。しかも打ち出すのは口からだぞ。背中の砲台は囮かよって、一本取られた気分だったな、あの時は。

 

『躱せっっ?!』

 

 この時ばかりはやられたと思った。

 だけど、リザードンが機転を利かせて口からかえんほうしゃを放ち、勢いを殺した。そのおかげで打ち出される究極技に顔から突っ込むことにはならず、放射の勢いで逆に距離を取ることができた。

 

『最大噴射!』

 

 だが、それも一時しのぎにしかならず、水の勢いが増すとリザードンは諦めて身を捻った。その際、翼に水の柱が当たり、空中に無造作に身を投げ出された。リザードンはそのまま地面へと打ち付けられ、動かない。

 俺が断片的に思い出したのは「躱せ」と命令したあたりまで。そこから先のことは一切覚えていない。だからどうやって勝ったのかも実は初めて知ることになる。

 

『さて、カメックス。終わらせましょうか。ハイドロカノン!』

 

 最後の決め技として再び究極技を繰り出してくる。

 砲撃は一直線に伸び、リザードンにまで届いた。

 

 

 が。

 

 

 蒸発した。

 

 

 別に気温が高かったわけでもない。外野から蒸発させるようなものが飛んできたわけでもない。やったのはリザードン。正確にはリザードンを包む蒼い炎のベール。

 

「な、に、これ………?」

「「これってまさか……………!?」

 

 コマチは純粋に驚いているのに対して、ユイガハマとユキノシタは何か心当たりがあるようだった。

 

「お前ら、何か知ってるのか?」

「「……………………」」

 

 二人がお互いの顔を見合わせる。

 

「あの………」

「……………オーダイルの暴走」

「………ハヤト君とのバトルの時」

 

 一応思い出した。あの時は幽体離脱してリザードンの目からものを見ているような感覚に襲われた。多分、その時のリザードンが実際にはこんな状態だったのだろう。昔の俺、やりすぎだろ。

 

『な、何が起きたのでしょう!? ヒキガヤ選手のリザードンが突然蒼白い炎に包まれましたッ!? これは一体ッッ?! なんだと言うのでしょうかッッ!!』

 

 突然、実況のおっさんが話し出したので画面に戻ると。

 リザードンが一瞬で距離を詰め、かみなりパンチでグリーンスリーブスを始めた。

 

『な、なんという速さでしょうッ!! リザードンが目にも止まらない速さでカメックスに詰め寄り、再びアッパーの連撃を始めましたっ!!』

『カメックス! ハイドロポンプ!!』

 

 ユキノシタ姉が命令を出すが、リザードンの連撃は実行させる隙など微塵にも与えるものではなかった。

 麻痺しているのかもよく分からない状態で、さらにペンタグラムフォースで大きな五芒星を描くように攻撃を続けた。使っている技はずっとかみなりパンチのみ。

 というかまだ、この時にはペンタグラムフォースは完成していなかったはずなんだが………。

 デルタフォースよりもさらなるスピードが必要となり、当時のリザードンではデルタフォースが限界だったはずなのだ。それがこの時にはすでにできていたとは、単なる偶然なのか、それとも必然だったのか。あるいはあの炎に包まれた現象が関係しているのかもしれない。

 

『くっ!? なんなのよ、あれは』

 

 と、考えにふけっていると珍しい声が聞こえた。

 声の主はユキノシタの姉。

 声の種類は………歯ぎしり系?

 とにかく絶対に見せなさそうな顔と声をしていた。

 

『ほ、本当に何が起こっているのでしょうッッ!? 今まで優勢に戦っていたカメックスがあっさりと身動きを封じられ為すがままになっているではありませんかッッ!!』

 

 続けていたペンタグラムフォースをやめ、最後に一発かみなりパンチを当て、地面に叩きつけた。

 もちろん、カメックスは着地の態勢に入ることはできなかった。すでに、気を失ってたんだと思われる。

 

『カ、カメックス戦闘不能ッッッ!!! リザードンの勝ちぃぃぃぃッッ!! よって、ヒキガヤハチマンの優勝だぁぁぁああああああッッッ!!!』

 

 鼓膜が破れるかと思うくらいの音量で叫ぶ実況。

 この人、絶対マイク使ってること忘れてるだろ。

 

『戻りなさい、カメックス』

 

 カメックスをボールに戻してさっさと消えていくユキノシタの姉。

 そして、俺はというと肩で大きく息をしてすごい量の汗を流しながらボールにリザードンを戻し、フラフラとした足取りで会場から消えていった。

 

 

 

 ーーそして、映像はそこで途切れていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 動画が終わると一斉にため息をついた。

 もう色々とてんこ盛り過ぎて何が何やらって感じである。

 

「で、でもまさかヒッキーがゆきのんのお姉さんとまでバトルしてたなんて、驚きだよ」

 

 ユイガハマが場を持たせるように口を開く。

 

「さすがのコマチでもお兄ちゃんを擁護できないかも…………」

 

 何を擁護するというんだよ。

 

「大丈夫だ。俺もさすがにアウトだと思うから」

「それ、全然大丈夫じゃないじゃん!?」

「…………ずっと気になってたんだけど、アレは何なの?」

 

 ユキノシタが言うアレとは最後のリザードンのことだろう。

 

「分からん。スクール時代になった時にはリザードンと意識がリンクしたみたいな感じで、視界がリザードンのものになったんだ。だけど、それも一瞬のことで気づいたら元に戻ってたからな。………ユイガハマがプラターヌ研究所で言ってたのってこれのことなんだろ?」

 

 カロスに来た時に研究所でユイガハマがリザードンの姿が変わったって言ってたっけか。それであの変態曰くメガシンカの可能性があるとか言ってたけど、リザードンのメガシンカなら実際にやってみたが、どこか感覚的な部分で違うように感じる。

 

「う、うん…………そう、だけど………」

「お前が黒いリザードンって言ったのも炎のベールに映ったリザードンの影なんじゃねーの? 確かにリザードンのメガシンカで黒くなるパターンもあるみたいだけど、実際のものと差がありすぎだ」

 

 ユイガハマの、それもスクール時代の話だ。ベールに映ったリザードンの影を見て黒いリザードンと記憶していてもなんらおかしくはない。何ならそんなことまで覚えている方がすごいと思えるな。

 

「あら、よく覚えているわね。まるで実物を最近見たかのように聞こえるわ」

 

 ギクッ!?

 こいつ、なんでこんな鋭いんだよ。

 

「べ、別にいいだろ、覚えてたって。自分のポケモンの可能性を見せられたんだから脳に焼き付いてるってだけだ」

 

 やっべー、心臓破裂しそうなんだけど。

 これ、ユキノシタに聞こえてんじゃね?

 

「やっぱりあなたは普通じゃないわね」

「あん? どういう意味だ、それ」

 

 はあ………、と大きくため息を吐いてこめかみを抑える。

 そういや前にもそんなこと言われたっけか?

 マジでこいつは俺をどういう目で見てるのかね。

 聞きたくないけど、聞いておいた方がいいのかしらん?

 

「まあまあ二人とも、落ち着いて。私たちからしたら二人とも普通じゃないから安心してよ」

「そ、それはそれで問題大有りよ、ユイガハマさん。私をこの男と一緒にしないでくれるかしら?」

「そうだぞ、ユイガハマ。俺と三冠王とか呼ばれてるユキノシタじゃ差がありすぎだからな。同列だというのならば、それは昔の話だぞ」

「もう、二人とも頑固なんだから…………」

「そういうところが似てるってことだよ、お兄ちゃん」

 

 なんかきれいに締めくくったような空気だが、それ絶対違うからな、我が妹よ。

 俺とこいつが似てるって、どこをどう見ればそういう結論に至るんだよ。どっちかっつーと対極? とまではいかないにしても成功者と失敗者というくらいの違いは確実にあるからな。

 

「ね、ハチマン君! お楽しみのところ悪いんだけど、サインちょうだい?」

 

 キラキラとした目で唐突にビオラさんが色紙を再度突き出してきた。

 

「お楽しみじゃねーし、なんでこのタイミングで一度断ったもんをねだってくるんだよ。どんだけ強情なんだよ、アンタ」

「えー、減るもんじゃないんだしいいじゃない」

「減るわ! 俺のいろんな何かが減ってくわ!」

「そんなのどうでもいいからさー」

 

 俺の大事な何かをそんなもん扱いで流すな。

 

「サインちょうだい?」

 

 プチンと。

 俺の中で何かが切れる音がした。

 

「きゃっ!? な、なに? ハチマンくいたたた痛いっ痛い痛いって」

 

 目の前のおバカさんの頭をギチギチと音がしそうなくらい目一杯力を込めて、握る。

 そして、ゆっくりと。ゆっくりと顔を彼女の耳元へ近づけていく。

 

「な、なに!? なんなのよ、ねぇ、ハチマン君? ち、近い、んだけど?」

 

 学習能力のない奴にはいつだって体で教えてきたんだ。

 三年くらい前にも俺自身が体験したことだ。

 同じ思いをさせてやろう。

 

「お前、殺されたいのか?」

 

 マジであの時は死ぬかと思った。

 あの巨漢の男、ヤバイ感じがひしひしと伝わってきたからな。

 あいつ、名前なんだったっけ?

 ダ………ダ………ダキム? あー、やっぱ思い出せねぇわ。

 とにかく怖かったってしか記憶にない。

 まあ、ちゃんと仕返しはしてきたけど。

 

「ほ………本望でしゅ………」

 

 え? なにこれ?

 期待してた反応と違うんですけど。

 なんでそこでゆでダコのように顔を真っ赤にしてんだよ。

 ちょっとは怖がれよ。

 周りに聞こえてはいないだろうけど、これじゃ俺が口説いてるみたいじゃねーか。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 取り敢えずムカついたので耳に息をかけてやった。

 するとくなくなとしな垂れていき、地面に崩折れた。

 よし、これで逆らってはこないだろう。

 

「わーわーわーっ!?」

「お兄ちゃんがっ!? 鬼いちゃんにっ!?」

「……………」

 

 後ろから声がしたので振り返ってみると、コマチとユイガハマが両手で目を覆い指の隙間から覗いていた。ユキノシタは軽蔑の眼差しを送ってきている。

 

「お前ら、手で隠すなら隙間から見るなよ…………」

「だ、だって………ヒッキーだし………」

 

 どういう意味だ、それ。

 

「突然、鬼いちゃんが女の人を口説くから悪いんだよっ」

 

 あ、案の定口説かれてると思われてるのね。死にたい。

 

「…………そんな女性を品定めするような目で見ないでくれるかしら、タラシガヤ君」

 

 うん、やっぱユキノシタの言葉はいつも突き刺さるな。

 こう、グサッと。心臓を一突きされる感じ?

 

「よかったわね、ビオラ。憧れのハチマン君に頭なでられた上に耳元で話しかけてもらえるなんて」

 

 ちょいちょいちょいっ?!

 俺は決して撫でてないからな!?

 痛い思いをさせただけだからな!?

 

「うん、もう頭洗わないし、耳かきもしないわ。なんならもう死んでもいいくらいだわ」

「おまっ!? 絶対に洗えよ?! 仮にもジムリーダーだろうがっ! 汚い格好で人前に出るんじゃねーぞ!」

 

 動画を見終わってからというもの。

 この場にいる全員がおかしくなっており、会話がおかしな方向へと進み。

 

 

 ーー閑話休題。

 

 

「……それで、お兄ちゃんに聞きたいことが、山ほどあるんだけど」

 

 息を切らしてコマチが質問をしてくる。

 

「な、なんだよ………」

 

 かくいう俺も息を切らしていた。

 

「チャンピオンって、どうやったら、なれるの?」

 

 まあ、それも仕方ないことだろう。

 あんなカオスな状態になったりしたら、誰だって息切れだって起こすだろうよ。

 

「特に基準はない、はず。俺が選ばれたのは、ユキノシタさんがあの後辞退して俺があの人に勝ったからって理由でなっただけだ、たぶん。覚えてない。三日で辞めたらしいが。そこのユキノシタがどういう理由でなったかは知らん」

「わ、私はワタルさんが行方不明になってた時期があったからその期間に就いていただけよ。選ばれたのも姉さんの妹だからってだけ」

 

 それ、アルセウスの時の話じゃねーのか?

 

「それじゃあ、三冠王ってのはどういう意味なの?」

 

 ユイガハマ、流石にそれはないだろ。

 お前のおバカ加減にも呆れてくるわ。

 

「それは………まあ、ユイガハマさんだから仕方ないわね。三冠王は私がカントー、ホウエン、シンオウでその地方最大のポケモンバトルの大会、ポケモンリーグで優勝したからよ。ちなみにハヤマ君はそれにイッシュ地方のポケモンリーグ優勝が入るから四冠王と呼ばれてるのよ」

 

 ん?

 それって、そういうこと?

 

「なあ、お前まさかチャンピオンに就いていたからイッシュリーグに行けなかったとか、そういう理由じゃないだろうな」

「あら、やけに冴えてるわね」

 

 マジか………。

 

「あれ? じゃあ、そのポケモンリーグに優勝したからと言ってチャンピオンになれるわけじゃ………」

「「ないな(わね)」」

「なんだー、お兄ちゃんがなれたんだからコマチもなれるかなーって思ってたのに」

「そう言うな。俺らだってタイミングが良かったってだけで、実力を買われたのかは怪しいところだ。だから、ハヤマってやつはどのポケモンリーグを優勝していてもどこのチャンピオンにも就いたことはないんだ」

 

 だよな? とユキノシタに視線を送る。

 

「そういうことよ。世間ではハヤマ君が私を抜いたとかって言ってるけど、実力なんて勝負してみないと分からないわ。そこにいる誰かさんみたいなケースもあるもの」

 

 悪かったな、ちょっとイレギュラーな存在で。

 

「じゃあ、なんでお兄ちゃんはチャンピオンを三日で辞めたのさ。そんな貴重なものなのに」

「………言わないとダメか?」

「うん、ダメ☆」

「はあ……………」

 

 黒歴史ものだから言いたくないんだけどなー。

 

「カントーのチャンピオンに就いた日に、負けたんだよ」

 

 ああ、言ってしまった………。ついに言ってしまった。

 

「負けたって、ポケモンバトルに?」

「ああ、そうだ。俺はあのイケメンに負けたんだよ」

「イケメンって………、ハヤト君?」

「そいつじゃないことだけは確かだな。そりゃもう、コテンパンにされたわ。しかも駄目出しまでされたまである」

「動画の中のお兄ちゃんでも強いのに、そのお兄ちゃんが負けるって、その人どんだけ強いのさ」

 

 まあ、コマチがそういうのも最もだと思う。

 なんせ………。

 

「少なくともジムリーダーって枠に入れておくのはもったいない人だな」

 

 あんな的確な指摘を受けたのは初めてだったしな。ジムリーダーとしては誰よりも格が違うと思う。

 

「だいぶその人を買っているのね」

「逆に買わない理由がないな」

「そう、それは一度会ってみたい気もするわね」

「やめておけ、絶対負けるから」

「あら、それはやってみなければ分からないことでしょう?」

 

 だから、何でこんなところで負けず嫌いを発揮してくるんだよ。

 

「それにお前も顔と名前くらいは知ってると思うわ」

「ねぇ、ハチマン君」

 

 ポンポンと肩を叩かれたので振り向くと、それはもうご機嫌なお姉様がいた。

 これはまた碌でもないことを考えている顔だな。

 

「それってトキワ「それ以上言ったら毎晩悪夢見せるからな!」…………はい」

 

 絶対にそれ以上は言うなよ!?

 こいつらには絶対に言うなよ!?

 少なくとも俺がいる前では言うなよ!?

 

「あ、あの……………姉さん? まさかその人に心当たりがあったりする?」

「な、なんのことかしらね、ほほほっ」

 

 よしっ、これで黒歴史の拡散は防げたな。

 

「パンジーさん、ヒッキーに勝った人が分かったんですか?」

「まあね、言ったら本当に悪夢見せられそうだから言えないけど、ははは」

「ヒッキーってそんな力あるのっ!?」

 

 まあ、ないこともないな。

 俺自身ってわけじゃないけど。

 

「……………ジムリーダー…………トキワ……………トキワ?」

 

 ん?

 ユキノシタ?

 何をブツブツと言ってるんだ?

 

「ふふっ、なるほどね」

 

 あ、これアウトなパターンですね。

 分かります、ええ分かりますとも。

 こんな憎たらしい笑顔を俺だけに見せてきてんだから、そりゃもう盛大にバレてますね。逆に気づかないこいつがすごいと思えるレベルだわ。

 

「さて、そろそろ行きましょうか。面白い話も聞けたことだし、お二人ともまた会いましょう」

 

 ッッッ!?

 心臓に悪いから含みのある言い方はやめようぜ。

 ハチマン、死んじゃう。

 

「そうだね。そろそろお昼になるし、ご飯食べてこうよ」

「そうですねー。お兄ちゃんの知られざる過去を問い質したいですしねー。それじゃ、お二人ともまた会いましょう」

「ええ、また会いましょう。他のジムバッチも、必ずゲットするのよ!」

「はいっ!」

「ハチマン君もまた会いましょう」

「…………はあ、分かりました。これも仕事ですし………働きたくねーな」

 

 こうして俺たちはハクダンジムを、そしてハクダンシティを後にした。

 

 

 

「……ザイモクザ? ………おう、無事ゲットしたぞ。………………ああ、もうすぐミアレに着くな。……………そうか、ならまた連絡してくれ。………はいよ」

 


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