「三人ともハチマン君のことどんだけ好きなのよ」
女子三人に叱咤されて戻ってくると、パンなんとかさんが開口一番にこんなことを言い出した。
「べ、別にそんなことはこれぽっちも思っていません。ヒキガヤ君なんてーー………」
「そ、そんなことないし! フツーだし! 隠れて一人で背負込むヒッキーが悪いんだし!」
「まあ、妹ですから」
と三者三様の返し。ユキノシタは長々と言っていたがユイガハマの声で全く聞こえなかった。
そんなこんなしてたらビオラさんが戻ってきた。彼女の手にはペンと色紙? のようなものが握られていた。
「………あ、あのっ!」
ルンルン気分で俺の前に立つと上目遣いで俺を見てくる。
これは何かいけないフラグが立ってしまっているように感じるのは俺だけだろうか。
「サインくださいっ!」
はっ?
「はっ?」
思わず、声に出してしまった。だけど、仕方がないだろう。いきなりサインくれとか言われたら驚くに決まっている。
「ずっと前からファンだったの。だけど最近は話題にならないし、もうトレーナーやめたのかと思ってたから。だから、サインちょうだい?」
え?
なにこの状況。
頭が追いつかないんだけど。
「……………」
状況が読めず、視線をずらすとユキノシタと目があった。珍しく驚いたような顔をしていて新鮮だった。
次いでユイガハマに向けると口を大きく開けて固まっていた。アホっぽいのでやめようね。
コマチは目をキラキラさせて俺たち二人を見ている。見なくても熱い視線が送られてくるのだから見たくもない。可愛いだろうけども。
最後に姉の方に首を回すとニヤニヤと笑っていた。そりゃもうムカつくくらいの満面の笑み。うん、この人の企みだな。知ってて、バラしたんだな。
なんか無性に殺(バラ)したくなってきた。
「第10回目のカントーリーグを二人で見に行ったのよ。その時に妹がハチマン君に魅了されちゃって、この有様ってわけ。名前も顔も朧気にしか覚えていないというのにずっとファンだって聞かなくて。ジムリーダーになったのもあなたに会ってみたいからという単純な理由からだし」
なにその理由。
そんなことでジムリーダーってなれるもんなのかよ。
というかサインってなんだよ。俺、書いたこと一度もねーんだけど。なんなら求められたことすら皆無だな。
「…………要するにシスコンの姉が妹のために俺をつけ回していたってことか………。カロスには俺のストーカーがうじゃうじゃいるみたいだな………」
カントーに帰ろうかな………。
なんだよあの変態といい目の前の女といい。何で俺を着け回すんだよ。ロケット団に狙われてる時の方がよっぽど心が軽いわっ!
「やだもう、シスコンだなんて……」
なんでそこで否定するどころか満更でもない表情してんだよ。
「……サイン~」
なあ、さっきから俺の腕を引っ張って駄々を捏ねてる人って、俺よりも年上だよな?
なんでこうすっかりと幼い頃の無邪気な顔してんだよ。見た目が大人な分、痛い人でしかないわ。
「あの、………離れてくれませんかね」
もうね、口角が引きつってるわ、目が腐っていくわで結構やばい顔になってると思う。その自覚はある。
しかもこんなジムリーダーを見てコマチたちが若干引き気味だし、俺の顔見て後ずさりするし…………。なんだろう、言ってて泣けてきた。
「………………」
そう言っても離れてくれない。
「………………」
そういや、昔こんな感じで俺に悪ふざけしてきた保険医がいたような………。んで、タイミングよくヒラツカ先生が現れて、止めてたはず………。確かこう……、
ガシッと。
頭を上から掴むように指をこめかみに食い込ませるように…………。
「あ、いたたたたたたたたっ!? イタイイタイッ!! ちょ!? て! ゆび! 食い込んでるからっ! めりめり言ってるからーっ!?」
あ、ヤベッ!?
思わずやっちまった。
「あー………」
取り敢えず、バンバン俺の手を叩いてくるので頭から手を退ける。
ビオラさんはこめかみを押さえて唸り声を上げている。
「意外と俺の手ってデカいんだな………」
大人の頭を鷲掴みにできる俺の手は割とデカい方なんじゃないだろうか。ということはヒラツカ先生も結構手がデカいという…………本人には言わないでおこう。
「ひ、人の頭を鷲掴みにしておいてその感想はひどくないー?!」
「人を無視して暴走してたのはそっちでしょうに」
「うっ!?」
どうやら、無事に現実に御帰りになったらしい。
「お、お兄ちゃん。やっぱり鬼畜だー」
「さすがに女性に対してそれはないと思うわ」
「………でも、ちょっとだけ羨ましいかも………」
コマチとユキノシタが俺を非難してくる中、ユイガハマが静かに爆薬をこぼす。
「「えっ?」」
そりゃ、「えっ?」ってなるよな。俺もまさにそんな感想だし。
「あ、や、べ、別に痛いのがいいとかじゃなくて……………ヒッキーに、…………頭触られたのが、その…………羨ましいな、って………」
顔を赤く染めながら、両人差し指の腹を擦り合わせて、ぽしょりと言った。
「まさか、お兄ちゃんが女の子を一人堕とした!?」
衝撃の新事実と言わんばかりの顔をするコマチだが、言ってる意味がよくわからない。俺がいつ落としたんだよ。
「やるわねー、ハチマン君」
うるさい黙れっ!
「そんなあなたたちにとっておきのものがあるのだけれど、見る?」
なんて言えるはずもなく、怪しいビデオカメラの取引をまんまと行われた。
「なんだか分かりませんが、見ますっ!」
真っ先に食われたのはユイガハマ。バカだから仕方がないか。
「コマチちゃんたちは?」
「……それってお兄ちゃんが映ってたり「もちろん!」見ます! ぜひ見させてください!」
すまん、俺の妹も食われたわ。
「それって………そのビデオってまさかっ?!」
中身を思い出したのであろうジムリーダーはすでに食われていた。
「私は別にヒキガヤ君の映像なんて見ても「三年くらい前のものなんだけど」…………見るだけですからね」
あのユキノシタ(というほど知らんけど)までもが食われました。結果僕には味方がいなくなりました。
「それじゃ、視聴会といきましょうか」
各々の反応を確認すると、ホロキャスターにビデオカメラをコードでつないで、映像を再生した。
何の映像なのかは見ないことには分からないが、少なくとも俺が出ている時点で、俺が被害を受けるのは間違いない。
『…………ーーさあ、第10回カントーリーグも残すところ次が最後のバトルとなりました! 思い返してみれば今回の大会はカントーのチャンピオンが参加という異例の形となり、皆さんも彼女の華麗なバトルに魅了されたことでしょう! そのほかにも多くのタレントが揃った今大会の中で決勝に勝ち進んだのはこの二人! チャンピオン、ユキノシタハルノ! クチバシティ、ヒキガヤハチマン! 実質、チャンピオンに挑む形になるこのバトル! それでは皆さんお待ちかね、バトル! 始め!』
……………………………。
バトルフィールド全体が画面に映し出され、聞こえてくる音声ではっきりとした。
これ、俺が優勝した時のやつじゃねーか。
というか相手の名前、ユキノシタの姉じゃね?
「………姉さん」
はい、ビンゴ。
ユキノシタの姉でしたー。
おい、マジかよ。全く覚えてねぇんだけど。
『行きなさい、パルシェン』
『………かみなりパンチ』
ユキノシタ姉がパルシェンを出したのを確認すると、映像の俺はモンスターボールを投げて技を命令していた。まあ、どうせ出すのリザードンしかいねーしな。
『ッ!? からにこも……ーーッ?!』
彼女が命令を出す前にリザードンが技を決めた。
効果抜群の技を受け、観客席との境目の壁にクレーターを作る。
『パルシェン!?』
パルシェンに呼びかけるが反応はない。
あれ? 一発で決めたんだっけ?
『なッ、なんとーッ!? パルシェン、早くも戦闘不能!!』
実況の人もびっくり。
映像を見てる女性陣もびっくり。
そして、当の本人もびっくり。
え? 昔の俺ってこんなだったの?
なんか無双してね?
『戻りなさい、パルシェン。どうやら甘く見てたようね。ネイティオ、行きなさい』
次に出してきたのはネイティオ。過去と未来を見通す力があるのだとか。何度か見たことあるけど、野生のやつはじっとどこかを見ていて、微動だにしないから不気味である。
『みらいよち』
羽を広げてどこかに攻撃を仕掛ける。
何度見ても動きが不気味だ。
『かみなりパンチ』
対する俺は、全く臆することなく攻撃に出る。
『サイコキネシスで動きを止めなさい』
リザードンが間近まで迫ったところで、ネイティオがサイコキネシスで勢いをゼロにする。まあ、ここはエスパータイプの王道といったところか。画面の中の俺もそれは分かっていたみたいだ。
『ドラゴンクローでぶち破れ』
淡々と命令をする。
この時の俺は何の考えていたのは定かではない。だが、少なくとも負けるなんて未来は見ていなかったはずだ。でなければ、こんな淡々と命令もできない。
「えっ!? 破っちゃった!?」
ユイガハマが驚くのも仕方がない。
このジム戦でもビビヨンがサイコキネシスを使っていたのだから、アホなユイガハマでもその強力さは身にしみているはずだ。その技をあっさりと切り裂いたのだから、いかに画面の中のリザードンが規格外のことをしているのか理解できたのだろう。
『つばめがえし!』
戦略を切り替え、リザードンに向かって突っ込んでくる。
身動きを封じてみらいよちを当てようとしていたのを、今度は自らが飛び込む形で躱すなり受け止めるなりの行動で仕掛け場所に誘い込むつもりなのだろう。
『ハイヨーヨー』
だが、リザードンは躱すには躱したが、遥か上空へと翔昇った。
ああ、この時にはすでに命令を隠すようになってたんだな…………。
ハイヨーヨーは上空へ高く昇り、一気に下降する戦法。この時、重力が働き下降するスピードが増すため、多分トップギアよりも瞬間的な速度は速い。
『ドラゴンクロー』
『ネイティオ、上から来るわ。リフレクターを何枚も貼りなさい!』
上から攻撃する意味を瞬時に理解したユキノシタ姉は、リザードンの軌道上にリフレクターを何重にも貼っていく。
「およ? リフレクターってあんな風に貼ることもできるの?」
じっと見ていたコマチがそこに気づいた。
「ひかりのかべも使い方次第じゃできるはずだぞ。ただ枚数が増える分、維持するのが困難になっていくとは思うが」
そういや、カマクラがひかりのかべを覚えてるんだもんな。これから先のいい勉強になったというわけだ。
「へぇー」
それだけ漏らして再び画面に釘付けになる。
『トルネード』
はい、ただドリルのように回転するだけです。
「……これ見てる分にはいいけれど、実際にされると何をしてくるのか一瞬考えるから、判断が遅れるのよねー」
この前の夜戦を思い出したのだろう。あの時とは別もんだが、技を隠す点では同じである。
『ネイティオ!?』
壁は役割を果たせず砕け散り、ネイティオはドリルのようになったドラゴンクローの餌食になった。
だが、これで終わりではないだろう。彼女がどこまで先を見越したバトルをしているのかは分からないが、相性の加減がない技ではまだ戦闘不能にはなっていない。あと一、二発は技を決めないといけないだろう。
『そう、まだいけるのね。もう一度、サイコキネシス』
苦し紛れ、というわけでもない。アップにされたユキノシタ姉の目は真っ直ぐとしていた。
「きた!」
ユイガハマが思わず指をさしていた。
リザードンの後方斜め上空からみらいよちが発動した。
『四時の方向およそ斜め六十度上空からみらいよち』
それだけでリザードンは両手の竜爪を立てた。
『3』
そして、右爪でサイコキネシスを破壊し、
『2』
遠心力を使って身体を回して、
『1』
右足で強く地面を蹴り出し、
『やれ』
『つばめがえし!』
左爪に突き刺し、みらいよちの軌道を変えた。
向かうのは真下の地面。
ドゴンッ!
と地響きがする音と砂を撒い散らす。
画面がブレたのもそのせいだろう。
なにせ、地面にはクレーターができてたからな。
「音声なのに身体の芯にズシンとくるんだねー」
そうなのだ。
聞こえてくる音声ですら骨を伝って脳に届く感じがする。つまり、実際にはもっと凄まじかったということを暗に物語っていた。
だが、記憶が正しければ俺はこの時、一つだけ重大なミスをしていた。
『…………あれ? リザードンは?』
昔のビオラさんだと思われる声が聞こえてくる。当の本人も自分の声が残っていたことを忘れていたのか、顔を赤くしている。
「あ、ほんとだ。リザードンがいない』
晴れた砂煙りの中にはネイティオの姿しかなく、リザードンの姿はどこにもなかった。
「つばめがえしを受けたんだよ。それで画面に映ってないところまで飛ばされたんだ」
彼女の狙いがなんだったのかは分からない。だけど、俺はこの時判断を誤り技を受けてしまった。本当はみらいよちに突っ込むように行動して引き付けてから躱せば、ネイティオに充てることもできたはずなのだ。だが、まあ仮定の話をしても意味がない。これは過去のことであり、それでもなんとか勝ちもした。いい勉強になったとでも思えば、済む話だ。
『エアキックターン。かみなりパンチ』
俺の声がかすかに聞こえたかと思うと画面の端からいきなりリザードンが出てきて、ネイティオにかみなりパンチを捧げた。
「うわっ、なに? 今の」
声を上げて驚くユイガハマ。
『ネイティオ!?』
『ネイティオ、戦闘不能! まさかここまで激しい攻防が繰り広げられるとはっ! 彼は一体何者なのでしょう!』
『戻りなさい、ネイティオ』
ここでネイティオ戦闘不能。残り四体だっけ? フルパーティーに一体で挑むとか昔の俺って馬鹿なのかね。
「あー、今のは攻撃を受けて飛ばされた勢いを強引に空中で止まって空気を蹴りだすことで踏み込んだ時の力を増幅させたんだ。その時に翼も前から後ろに羽ばたくことで翼の後ろの空気を踏み込み台にして、さらに加速させた。だから、あんな見えない攻撃になったんだ」
伝わっただろうか。ちょっと説明するの難しいんだよなー。実際に見せた方がいいのか?
「んー、よくわかんない」
だろうね。お前には難しい話だろうよ。
「分からなかったら、後でいろいろ見せてもらいなさい。変な戦法を無駄に持ってるのだから」
変って言うな。
これでもアニメを見て飛行術を勉強したんだぞ。
…………どっかでフライングサーカスとかやってないのかね。ちょっとやってみたい気もしないでもない。
「ポケモンが覚える技以外にも役に立つ動きはあるからな。そういうのもバトルに取り入れるのも一つの手だ」
結局のところは、バトルの展開をいかに支配できるかで勝負は決まるからな。
「って言われてもピンとこないんだけど………」
「足の運びとか姿勢とかでも変わるもんだぞ」
「そんなことでもいいんだ!?」
「ああ、そのポケモンに合ってれば、の話だがな」
その点で言えばコマチは合格である。ちゃんとポケモンについて理解しようとしているからな。
『行きなさい、ドンファン!』
三体目にドンファンを出してきたユキノシタの姉。
じめんの単タイプではあるが、ころがるなどのいわタイプの技も覚えるひこうタイプの天敵。なんならリザードンに対しては四倍率になるから危険極まりない。しかもこっちのかみなりパンチは効果がないから使えない。何気、じめんタイプは敵に回したくはない。
『まるくなる』
しかもころがるにはコンボ技があり、先にまるくなるを使うと威力が上がるのだとか。理屈は分からんが、リズム良く攻撃できるからだろうと俺は考えている。
『えんまく』
リザードンが会場一帯を黒い煙で覆い包む。これは技を発動される前に錯乱しておこうとか考えていたはずだ。ころがるが発動してしまえばあまり意味をなさないが、トレーナーの方には少なからず影響を与えることになるからな。トレーナーの方に判断ミスが出ればバトルの展開もなんとかなるってもんだ。
『ころがる』
まあ、彼女にはあまり効果がなかったがな。撹乱するなんて動作は彼女の脳には刻み込まれていないようであった。コンピューター、というわけでもなくただただ冷たい。バトル中も自分のポケモンを試すような素振りさえ見受けられた記憶もあった気がする。ユキノシタとはまた違った冷たさだった。あいつの場合は俺にだけ冷たいからな。もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないかしらん。
『フィールドを回り続けて煙を払いなさい』
ゴロゴロ音を立てながら円を描くようにフィールドを回り出す。何周も回っていくため見ているこっちが目が回る気分だった。
綺麗に煙が晴れると先のバトルでできたクレーターが一際目立つ。
『ドンファン、リザードンは上に逃げたわ。クレーターを使ってジャンプしなさい』
フィールドにいないからって確認もしないでリザードンの位置を把握するとは。やはりチャンピオンというだけの考察力があったみたいだな。まあ、ユキノシタの姉だし当然か。
ゴロゴロと轟音を上げながらクレーターを使って加速し、縁でジャンプした。目指すはリザードンの懐。こんな風に回転している相手には直接触らない方がいい。扇風機に手を突っ込むようなもんだからな。巻き込まれでもしたら洒落にならん。
『リザードン、かえんほうしゃ』
距離がある分、遠距離からの攻撃をうまく使うのが得策だ。何なら攻撃を当て続けて、近くまで来たら躱せばいいからな。しかもリザードンはひこうタイプだ。空中での動きはポケモンの中でも得意分野である。ただ勢いで迫ってくるだけではまだこちらに部があるのだ。
『そのまま突っ込みなさい』
そうそう、確かそんな感じに強引に切り抜けてきたよな。姉といい妹といいかえんほうしゃの中をポケモンに突っ込ませるの好きだね。もう少しポケモンを労わってやれよ。まあどっちも過去の話なんだけど。
『ローヨーヨー』
真っ直ぐと突っ込んでくるため下降して回避に回る。意外と怖いんだよな、ああいうの。ダメージ? 知るか、ボケェ! って感じで攻撃以外のことが頭にない奴ほど危険なものはない。
地面までたどり着くと、着地はせず下降中に加速した力でドンファンに向け上昇。
『たたきつける!』
回転したまま重力でさらに加速して、再び突っ込んでくる。
ドンファン、突っ込むの好きだな。
力強く迫ってきても技を出すために回転を解いた。
『躱してドラゴンクロー』
あのまま回転していたらかえんほうしゃを放つしかなかったが、たたきつけるためには長い鼻を使うしかない。過去の俺はそうくると踏んだのだろう。だから、迷いもなくドラゴンクローを選択した。
リザードンは身体を翻させ、ドンファンの背後を取る。そして、両腕に竜爪を立て、二度に渡り切り裂く。
勢いをそのままにドンファンは地面に叩きつけられる。
ドンッ! という音が会場を包む。
映像を見て気づいたが、リザードンが二撃目に爪を這わせてたたき落としていた。何気にえげつない自分のポケモンの姿にちょっと驚いた。命令もなくそういうことやるなよ。
『かえんほうしゃ』
え?
今、俺、命令した!?
追い討ちのように空中からかえんほうしゃを放つ。
前言撤回。
えげつないのは俺でした。
昔の俺ってこんなだったっけ?
「えげつないわね」
「これはさすがに…………」
「やりすぎだよ、お兄ちゃん………」
お三方の意見はもっともだと思います。
けどね。
ここに一人だけそれを見て目をキラキラさせてる奴がいるんですよ。
だーれだ?
「ちょっと、何でそんなキラキラした目をしてるのよ」
パンさんが妹に向けて信じられないという目で声をかける。
釣られて俺たちも変なものを見るような目で見る。
「え? だってすごいじゃない! 私もこんなバトルをしてみたいと思ってやってみたけど、うまくできなかったのよ! それを軽々とやってのけてるんだから、もうすごいとしか言いようがないわ! しかもまだ十三歳なるかならないかでよ! 第9回のカントーリーグの優勝者や準優勝者に引けを取らない強さだわ! 彼らは図鑑所有者でーー………」
「はいはい、ちょっと落ち着きなさい。ハチマン君がすごいのは十分に分かったから」
急に語り出したビオラさんをお姉さまが口を押さえて静かにさせた。
ダメだこの人。
熱狂的すぎる。
しかも第9回ってあの二人じゃん。片方は実際に見たことないけど。くそ、あのイケメン。今思い出してもムカつく。
『ドンファンを空中にぶん投げろ!』
俺のまだ声変わりし始めの頃の声が聞こえて来る。
リザードンがそれに反応し、かえんほうしゃを追加で受けて煙を上げているドンファンの鼻を掴み、宙へとぶん投げた。
やっと立ち上がれたってのにまた身動きを奪われるとかドンファンがかわいそうに見えてきた。
『デルタフォース・ドラゴン』
宙を彷徨うドンファンに向けて一気に駆け上がり、ドラゴンクローで切り裂く。
『ドンファン、まるくなるからのころがる!』
負けじとユキノシタの姉も防御しながらの攻撃に努めようとする。
だが、リザードンの攻撃はまだ止まらない。
空中で三角形を描くように切り裂き、爪を食い込ませて放り投げ、移動してはまた切り裂いていく。ドンファンは攻撃どころが防御の体制すらとる暇も与えられず、為すがままの状態。
『スイシーダ』
そして、最後勢い良く地面に叩きつけた。
ここまでされれば確かに硬い鎧をつけた防御力のあるドンファンでも戦闘不能であるのは間違いない。なんなら、これで立ってたらそれこそ異常事態とまで言える。
『ドンファン!?』
『ドンファン、戦闘不能。いやー、それにしてもヒキガヤ選手のリザードンは無双してますねー。これで三体抜きですよ。このまま勝ってしまったりしたら、それこそ偉業ですよ』
これで三体か。そして残りも三体。見てるとやっぱ長いなー。バトルしてる時はそこまで時間を機にすることはないんだけど。また自分のことである分、何となく思い出してもきてるし、展開が読めるからそこまで釘付けになれねぇんだよ、これが。
『戻りなさい、ドンファン』
またしても冷ややかな声。
自分のポケモンだというのに負けると、態度が冷たくなっているような気がする。
『行きなさい、ハガネール』
またくそデカいやつ出てきたな。
しかも身体が鋼でできてるから、アホみたいに硬いし。
はあ、これまだ見なきゃなんねーのかな。
くっそ長いんですけど。