ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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11話

 翌日。

 俺たち四人は再びハクダンジムへと足を運んだ。

 そして、出迎えてくれたのは俺の時と同じく、姉の方。

 

「……って、何でいるんだよ」

「んー、そろそろ来る頃かなーと思って、昨日のうちに帰ってきたのよ」

 

 顔合わせが二回目(正確には三回目)の人たちの会話とは思えない挨拶。

 実際、コマチとユイガハマが口を大きく開けて俺をまじまじと見つめてきている。

 君たち、すごく馬鹿っぽい顔してるからやめなさい。

 あ、二人ともおバカさんだったな。

 

「………ああ、そう」

 

 もうハチマン、ため息しか出てこない。

 

「あ、あの………。いつの間に二人はそんな仲に?」

 

 堪え兼ねたユイガハマがおずおずと尋ねてくる。

 

「一応言っとくがちっとも仲良くはないからな。何なら超苦手な部類だ」

「本人の前でそれ言っちゃうの? お姉さんちょっと傷つくんだけど」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、俺の懐に身を乗り出してくる。

 近い近い近いいい匂い近い。

 

「こうしてみると、本当に目が全てを台無しにしているようだわ」

 

 お返しに、と言わんばかりに率直な感想を述べてくる。

 

「ヒッキー! パンジーさん!」

 

 我慢が解き放たれたユイガハマの攻撃。ハチマンに効果は抜群だ。

 同時にパンジーを睨みつける。効果はいまひとつのようだ。

 

「お、おい。ユイガハ、マ………」

 

 近い近い近いいい匂い近い柔らかいいい匂い!

 ユキノシタと同い年とは思えない豊満な柔肉。

 え? 何なの?

 俺、死ぬの?

 

「あっはっはっはっ! やだもう、顔真っ赤にしちゃって。冗談じゃない二人とも。もう可愛い反応してくれちゃって」

「え? あ、えっ? あ、じょ、冗談………あ、あはははっ。そ、そう………ですよね。冗談ですよね。……あたしったら………!? ちょ、ヒッキー! そんなまじまじと見つめんなし! バカ、ボケナス、ハチマン!」

 

 ………ダメだ、この人やっぱ嫌いだわ。

 それとユイガハマ。ハチマンは悪口じゃないだろ。

 

「ユイさんも見せつけてくれますねー」

 

 あーあ、コマチが便乗してユイガハマを弄り出したじゃねーか。

 こうなると女子特有の空気が流れて、俺の出番がなくなるんだよなー。

 しばらく端によってよう。

 お姉さまがユイガハマに抱きつき、撫で始め、コマチをそれ煽る。

 カオスってるなー。

 あれ? てか、ユキノシタは?

 

「ああいう空気苦手なのよね」

 

 と思ったら、音もなく俺の横に避難していた。

 ああ、まあそうだよな。

 けど。

 

「……最近のお前、ユイガハマといる時、あんなんだぞ?」

「なっ!? ちょ、勝手なこと言わないでくれるかしら? あれはユイガハマさんが急に抱きついてくるからであって………私は別に…………」

 

 いつも冷静なユキノシタの久しぶりの慌てた様子。

 どんだけ百合百合しいんだよ。

 

「………でも嫌じゃないんだろ」

 

 流し目でそういうと言葉はなく、小さな首肯だけが返ってきた。

 しばらくそれを見ていると、

 

「……………姉さん、ちょっといいかしら?」

 

 どすの利いた声がした。

 俺の心臓が弾けるかと思ったぞ。超怖い。

 声のした方を恐る恐る見るとそこにはお怒りの様子でジムリーダー様が立っていた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ジムに来て、最初に見るのが姉を叱る妹の姿とは………。

 何なんだろう、この自由な風景。

 

「ごめんね、姉さんが暴走したみたいで」

「たははー、別に大丈夫ですよ。お姉ちゃんがいるとこんな感じなのかなーって思ったりもしましたし」

 

 ユイガハマが頭のお団子を触りながら照れている。

 こうしてみるとどこかで見たことのあるような感じもしなくはない。

 本人曰く、トレーナーズスクールではずっと同じクラスだったんだとか。あまり覚えてないし、人の顔まで一々チェックすらしてなかったから、覚えてないのも仕方のないことだけど。

 

「それじゃ、早速バトル始めましょうか。コマチちゃん、準備はいい?」

「はい、いつでもオッケーですよー」

「みたいだね。闘志がみなぎってきてるよ」

 

 そう言って二人はバトルフィールドに出て行った。定位置に着いた二人は審判の声を待つ。俺とユキノシタとユイガハマ、それとパンなんとかさんはサイドで観戦。

 

「それでは先にルールの説明をさせていただきます。使用ポケモンは二体。先に二体とも戦闘不能になった方が負けとします。なお、ポケモンの交代はチャレンジャーのみとさせていただきます」

 

 俺の時と一字一句違わず、ルール説明を行う女性。

 意外と覚えてる俺、すごくね?

 

「それでは、バトル始め」

 

 審判の合図とともに相手がボールを投げてきた。

 

「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う! 行くわよ、アメタマ!」

「アッ!」

 

 これも決め文句なのか俺の時と同じ言葉。

 変なところにこだわってるなー。

 

「カメくん、いくよっ!」

「ゼニゼ~ニ」

 

 ゼニガメがボールから出てきて一回転。

 特に意味はない行動。

 強いて言うなれば、準備運動?

 

「まずはゼニガメか。ハチマン君にどこまで鍛えられたのか見せてもらうわ。アメタマ、シグナルビーム」

 

 まずは挨拶と言わんばかりにタイプ一致のシグナルビームを放ってくる。

 

「カメくん、避けて!」

 

 まるで踊るかのように身軽な動きで華麗に避ける。

 体が小さい分、動きが軽いところを生かした防御だな。

 

「こっちも行くよ。カメくん、みずのはどう」

 

 ゼニガメの周りに水のベールができ、その一部から水の触手がアメタマに向かって行く。

 タイプ一致な技ではあるが、アメタマに対しては効果はいまひとつ。

 だが、これが攻撃とは限らない。

 

「アメタマ、水の触手にれいとうビーム!」

「アッ!」

 

 水の触手をせき止めるかのように氷漬けにしてしまった。

 だけど、多分………。

 

「カメくん、そのまま振り回して!」

 

 だろうな。

 水を氷に帰られたことで、氷の刃となり、ゼニガメの新たな武器が誕生した。それを使って攻撃しようと考えてるんだろう。

 

「アメタマ、躱しながらフィールドを氷漬けにしちゃいなさい!」

 

 来た。

 ジムリーダーの得意とする氷のフィールド。

 相手を自分のペースに持ち込むことで動揺させ、倒す極めて普通な戦法。

 だが、ポケモンの特徴をトレーナー自身が理解していなければ、逆に命取りになるものでもある。

 

「カメくん、はどうだん」

 

 え?

 俺知らないぞ、そんな技。

 いつ覚えたんだよ。

 ゼニガメが覚えてるのってみずのはどうとからにこもるとこうそくスピンと…………。

 あれ? まさか俺にまで隠してた?

 

「アメタマ、アレも氷漬けにしちゃいなさい」

 

 真正面から向かってくるはどうだんをれいとうビームで凍らせる。凍った弾は氷のフィールドにドサッと落ちた。

 

「はどうだんを覚えてるのは意外だったけど、凍らせてしまえば怖くはないわ。さあ、アメタマ、反撃開始よ」

 

 出来上がった氷のフィールドをすいすいと滑らかに滑っていく。その速さは段々と速くなり、ゼニガメを囲うように回っていく。

 水のベールに未だ包まれているゼニガメだが、アメタマを捉えられないことに動揺を見せ始めた。

 

「アメタマ、バブルこうせん」

 

 アメタマの口からは無数の泡が吐き出され、水のベールをさらに包んでいく。

 それを見たゼニガメはキョロキョロと首をいろんな方向に回している。

 

「カメくん、落ち着いて! まずはからにこもる」

 

 ようやくコマチからの命令が下されたことで集中力を取り戻し、殻の中にこもった。

 

「アメタマ、いいわよ!」

 

 それを合図にアメタマは泡を割り、水のベールに無数の穴を開け、壊してしまった。

 

「シャッターチャンスよ! アメタマ、れいとうビーム!」

 

 チャンスと見たビオラさんはすかさずれいとうビームを選択した。

 思惑としては殻にこもったゼニガメを凍らせて、中から出てこられないようにするつもりなのだろう。

 だが、コマチにはアレがある。

 

「カメくん、こうそくスピン!」

 

 水のベールは消えても未だに残していた氷漬けの触手とともに高速回転し出した。

 アメタマのれいとうビームは氷の触手にで防がれて、逆に触手を大きくさせてしまっている。

 

「なっ!?」

 

 これにはビオラさんも驚きのようで、呆気に取られていた。

 まあ、ここまでは俺が考えたシナリオでもある。知らないうちに色んなもん付け足されてたが。何だよ、はどうだんって。

 だが、ここからはコマチのトレーナーとしての腕の見どころだな。

 お膳立てはしたんだ。好きにやってみろ。

 

「はどうだん!」

 

 完全に氷の尻尾と化した触手を止め、アメタマに再度はどうだん。

 

「躱して、シグナルビーム」

 

 放たれたはどうだんを軽々と躱して、その勢いのままゼニガメに接近し、目の前でシグナルビームを放った。

 普通に考えれば避けた先で攻撃してくるのは分かっているはずなのに、コマチは何も動けないでいた。

 

 ーーーここまでか。

 

 そう思わずにはいられない程の初歩的な戦法で技を受けた。

 だが、まだいけるはずだ。

 一発で倒れるほどヤワではない。

 

「今だよ、カメくん。ゴー!」

 

 それを合図にアメタマの後方から無数の氷の破片が襲ってきた。

 意識がゼニガメに向いていたアメタマとビオラさんは反応することもなく諸に受ける。威力はさほどないだろうが、突然の奇襲に頭がついて行っていない様子。

 

「もう一度はどうだん!」

 

 シグナルビームを受け、フィールドの端まで飛ばされたゼニガメがその場ではどうだんを作り出し、アメタマ目掛けて放った。

 コマチの声で我に返ったビオラさんが口を開く。

 

「アメタマ、まもる!」

 

 多分、今の彼女は自分のペースを持って行かれて頭の中が真っ白になっているみたいだ。次に何をするべきか、コマチが何をしてくるのかを必死に模索しているのだろう。咄嗟の判断で出せるまもるを覚えていたことが何よりもの救いだろう。

 

「あれ?」

 

 ずっと見てて思ったんだが、氷の触手は一体どこに行ったのだろうか。

 今はもうゼニガメの側にはなく、水でできた細い線のようなものしか見えない。

 …………ん? 水でできた細い線?

 

「えっ!?」

 

 というこの声は、ユキノシタのもの。

 

「どうかしたか?」

 

 俺が聞き返すと不思議そうに答えてくれた。

 

「はどうだんって必中っていうくらいにはしつこく追いかけていくのに、初めからアメタマを避けて行ったのよ」

 

 ああ、そういうことか。

 全く、血は争えないというものなのかもな。

 再びフィールドに向けると予想した通りにアメタマの後方には氷の触手があった。そしてそれははどうだんの標的になっていたようで、大きな音を立てて豪快に砕け散った。

 

「えっ!? な、なに!?」

 

 轟音に驚いたビオラさんは音の方に目をやる。次いでアメタマもユキノシタもユイガハマもパンなんとかさんも審判の女性までもがそちらに目をやっていた。

 

「………昔、お兄ちゃんが言ってました。ポケモンバトルは技や特性の知識も必要だけど、自分のポケモンの特徴や技の性質も理解しておくべきだって。今のお兄ちゃんの戦い方にも根幹はそこにあるみたいで、しっかり勉強させてもらいましたよ」

 

 なんかコマチとは思えない発言なんだけど。

 本当に俺の妹か?

 いや、あの可愛さは間違いなく俺の妹ではあるが………。

 急にどうしたんだ、あいつ。

 

「擬似・こおりのつぶて!」

 

 砕けた氷の触手をアメタマに向けて飛ばしていく。

 

「なるほど、波導の性質を使ったってわけか」

 

 意図が読めてしまい、ついニタリと笑ってしまった。

 

「「どういうこと?」」

 

 ユイガハマとパンなんとかさんが俺に聞いてくる。

 ユキノシタ?

 あいつは俺を見て「気持ち悪い」って言ってるぞ。

 

「あー、波導っていうのは一種のサイコパワーみたいなもんだからな。さっきの氷の破片も元ははどうだんなのは覚えてるだろ? ただ凍りついていただけであって、波導の力はまだ働いていたんだ」

「アメタマ、もう一度まもる!」

「だから、氷の破片を波導で操り、アメタマを襲った。アレは今の擬似・こおりのつぶての練習みたいなもんだな」

 

 無数の氷の破片が再度アメタマを襲うが、まもるで耐え忍んでいる。だが、その目にはすでにギリギリであることが伺える。

 

「今襲ってるのも元はみずのはどうだ。あいつは今の今までずっと波導で維持していたんだ。そして波導だから砕け散ってもなお、操ることができている。コマチは技の性質の奥深くまで理解して波導を操ってるんだよ」

 

 まさかとは思ったけどな。

 いつの間にこんなに成長したのやら。

 お兄ちゃん、涙出ちゃいそう。

 

「コマチちゃんてあたしと一緒にポケモンもらったのに、いつの間にあんなすごいことを…………」

 

 ユイガハマは感慨深く、というか年上なのに追い抜かれているのがよほどショックなのか涙を流している。

 それを見て俺の涙は止まった。

 

「はあ………、まるであなたの戦い方を見ているようだわ」

 

 大きなため息とともにまっすぐとそう言い放った。

 

「後ろが隙だらけですよ! カメくん、みずのはどうだん!」

 

 何とか氷の破片を凌いだ直後のアメタマには大きな隙が生まれていた。

 コマチは普通のみずのはどうと使い分けるためかケロマツが使っている方のみずのはどうをそう名付けたようだ。

 

「アメタマァァアアア!?」

 

 全力を注がれたみずのはどうを諸に受け、アメタマは弾き飛ばされた。

 そして、地面に叩きつけられ………。

 

「ア、アメタマ、戦闘不能。よって、ゼニガメの勝利!」

 

 戦闘不能になった。

 

「コマチちゃん、勝っちゃった………」

 

 ユイガハマがぽけーとコマチを見ている。

 ユキノシタも声には出さないものの右手で小さくガッツポーズしていた。見なかったことにしよう。

 

「アメタマ、お疲れ様。ゆっくり休んで頂戴」

 

 アメタマを労わりながら、ビオラさんがボールに戻す。

 そして………、

 

「コマチちゃん、あなた本当に初心者なの? バトルの展開が巧みに構成されていて、私も対処しきれなかったわ」

「それはありがとうございますっ! でも本当に初心者のトレーナーですよ! 強いて言えば兄の背中を見て育ってきたからですかね」

 

 間違いなくそうだと思う。

 あんな戦法、俺ですらしたことないぐらいだし。

 まあ、リザードンじゃ無理な部分もあるしな。武器を作るよりも壊す方だし。

 

「本当、そう見たいね。なんだかハチマン君とバトルしてる気分だったもの。コマチちゃんには悪いんだけどね」

「いえいえ、ほとんど兄の戦いっぷりから模倣したものですから」

 

 いや、あれは俺の模倣を通り越している。

 俺の場合は物理的な攻撃ばっかりだが、コマチの場合は遠距離からのものばかりだった。根幹にあるものは同じでも戦法としてはもはや俺の模倣ではない。全く別のコマチオリジナルの戦い方だ。

 

「やれやれ、早くもバトルスタイルの確立かよ………」

 

 この先、コマチがどこまで成長するのか、楽しみな反面、追い抜かれないか心配なのは俺だけなのだろうか。

 

「それじゃ、第二ラウンドといきましょうか!」

 

 ようやく後半戦が始まった。

 長いな……………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「これ以上ないってくらい興奮してきたわ! 頼んだわよ、ビビヨン!」

 

 ビオラさんのもう一体のポケモン、ビビヨンのおでまし。

 俺とのバトルの最中にふんじんを覚えやがった。ふんじんはその名の通り粉塵で炎タイプの技で攻撃すると爆発して技を出した方がダメージを負うんだとか。予想通りっちゃ予想通りだけど、どこぞの第一位だよと思わなくもない。あいつも平気で立ってたしなー。

 

「カメくん、お疲れ。一旦休んでて」

 

 対してコマチはゼニガメを引っ込めた。

 

「いくよ、カーくん!」

「ニャーオ」

 

 何なんだろうな、うちのニャオニクスは。

 太々しいというかなんというか。普通のニャオニクスの一・五倍くらいには太ってるからか、眠たそうでやる気を感じられない。

 

「ニャオニクスのオスね。いいわ、ビビヨン、かぜおこし」

「ヨーン」

 

 ビビヨンが翼をはためかせ風を起こす。

 

「カーくん、ひかりのかべ」

 

 風除けの壁を作ることで強風を凌ぐ。

 どうでもいいけど鼻ほじりながら片手で壁作るのやめろや。

 

「だったら、サイコキネシス!」

 

 ビビヨンのサイコキネシスでカマクラの体が宙に浮く。

 そして、地面やら壁やら天井にまで太った体を叩きつけられる。

 その間、コマチは全く命令を出さなかった。ただ見ているだけ

 

「コマチちゃん………、どうしちゃったんだろう」

 

 ユイガハマが心配する中、カマクラは地面に叩きつけられ、サイコキネシスから解放される。衝撃で舞い上がるフィールドの砕け散った氷が、その威力を物語っていた。

 

「さっきの威勢はどうしたのかしらっ?」

 

 ビオラさんも不思議そうに、だけど次の攻撃の態勢に入りながら言ってくる。

 

「その様子じゃ、その子は次でおしまいね。シャッターチャンスよビビヨン! ソーラービーム!」

 

 決めのポーズを取るとトドメを刺しにかかる。ビビヨンはエネルギーを蓄え始めた。

 

「ひひっ」

 

 それを見たコマチがコマチの笑い方とは思えない不敵な笑みを浮かべて笑った。

 そりゃ、もう超怖かった。何が怖いって、コマチじゃなくなったかと思ったことだ。それくらいにはギャップがあった。

 

「な、なんかヒッキーみたい………」

「かわいそうに…………、似なくていいところまで似てしまったのね」

「お前らな………」

 

 お前らコマチのバトルを見ながら、俺をちょいちょいディスってくんのやめてくんない? 目から汗のようなものが出てきたぞ。

 

「カーくん、でんけきは!」

 

 コマチに命令されたカマクラは「よっこらせ」と起き上がると物凄い電気を発し始めた。それは四方八方に広がっていき、ビビヨンに向かって全てが収束されていく。

 

「まずいわ! ビビヨン! 躱して!」

 

 だが、エネルギーを蓄えているビビヨンは反応が遅れてしまい、電撃を浴びてしまった。でんげきはの威力は低いため致命傷とはならなかったみたいだが、それでもサイコキネシスで振り回されて叩きつけられたにもかかわらず、すぐに命令を実行できたカマクラに驚きと疑問を隠しきれないでいる。

 

「………どういうこと………?」

 

 じっとカマクラを見つめてビオラさんが呟く。

 

「?」

 

 コマチは疑問の意図が分かっていないのか、小首を傾げている。かわいい。超かわいい。

 

「あれだけ激しく叩きつけたっていうのに、どうしてあなたのニャオニクスは全くの無傷なの……………?」

 

 そう。

 カマクラが命令をすぐに実行できたのはダメージを全く負っていなかったから。

 そして、そのカラクリに気づけていないのが今の彼女の状態だった。

 

「あー、それはですねー。カーくんがエスパータイプだからです」

 

 ニャオニクスはエスパータイプ。それが意味するのはサイコパワーを自在に操ることができるということ。それは攻撃だったり、壁だったり、自分の体だったり。

 結局のところ、サイコパワーを使って壁や床に叩きつけられる瞬間に緩衝壁を作り出し、恰も叩きつけられているかのように見せていただけのこと。

 エスパータイプという性質を理解し、うまく応用しただけなのだ。

 

「それ以上は言えません。兄の策略なので」

 

 いや、確かに俺の組み立てた展開ではあるけどよ。もう、俺の策なしでも自分で組み立てて戦えるだろ。

 

「それじゃ、カーくん。そろそろ空中戦にしよっか」

 

 またも鼻くそをほじりながら、サイコパワーで宙へと昇っていく。

 あ、こら、こっちに飛ばすんじゃねーよっ! 汚ねぇな。

 

「……そう、次は空中戦ね。受けて立つわ!」

 

 なんかフラグっぽいことを言ってるけど気にしないでおこう。

 ふらつきながら起き上がったビビヨンはしっかりを翼を立て、宙へと羽ばたいていく。

 

「ビビヨン、かぜおこし」

 

 命令を聞いたコマチもすかさず命令。

 

「カーくん、ひかりのかべ」

 

 空中戦だからと言ってコマチの戦略が変わるわけではない。風除けのひかりのかべはどこにいても健在だし、でんげきはも普通に打てる。変わったのは足場がないこと。だが、それもカマクラには必要がない。サイコパワーで宙に浮くことができるため、逆につるつる滑る氷のフィールドに立っているよりも行動範囲が広がったりする。

 

「移動してサイコキネシスっ」

 

 壁ができたことを確認すると風を起こしながら宙を移動しだした。そして、壁のない方向からカマクラをサイコキネシスで捕らえ、身動きを封じる。

 

「さあ、これで動きは封じたわ。ビビヨン!」

 

 先ほどの失敗に終わったソーラービームのエネルギーをも加えて新しくエネルギーを蓄え始める。フルパワーでのソーラービームを放とうという考えなのだろう。

 

「今よ、ソーラービーム!」

 

 全く動こうともしないカマクラとコマチに容赦なく決め技を放ってくる。

 フルパワーともなれば一発で戦闘不能になる可能性も考えられる。

 

「カーくん、やっちゃえ!」

 

 ようやく出したコマチの命令により、カマクラはサイコキネシスを自ら破った。

 

「えっ!?」

 

 突然のことでビオラさんはついていけていない。

 カマクラはビビヨンの方へと飛んでいく、

 一直線に迫ってくるソーラービームを芯にして、軽々しく弧を描いて躱し、そのままビビヨンの背後を取った。

 

「ビビヨン! 逃げて!」

 

 何かを勘付いたビオラさんはカマクラから距離をとるように命令する。

 だが、

 

「カーくん、サイコキネシス!」

 

 お返し、と言わんばかりに同じ技でビビヨンを捕らえ、動きを封じる。

 横でユイガハマが「うわー」と俺をジト目で見てくるのはなんでなんだろうな。

 

「で・ん・げ・き・は・☆」

 

 うわぁー。

 今日一番のいい笑顔。

 あのカマクラですらいい笑顔なんですけど。

 あのコンビ、本気を出すとやばいかも……………。

 

「…………子供は親の背中を見て育つとは言うけれども。コマチさんの場合は誰の背中を見てるのでしょうね」

 

 さっき、コマチが自分でも言ってたけどな、それ。

 突き刺さる三人の視線がすごく痛い。

 

「ビビヨン、戦闘不能! よって勝者、ヒキガヤコマチ」

 

 煙を出しながら地面に落ちたビビヨンを見て審判の女性が判定を下す。

 

「やったよ、お兄ちゃん!」

 

 Vサインをこっちに向けながら喜びを顕にしている。

 うん、さすがにあんな戦い方できるんだったら負けるわけねーよ。

 

「やったね、コマチちゃん!」

「おめでとう、コマチさん」

 

 俺の横ではユイガハマとユキノシタがコマチを賞賛している。

 

「おめでとう、コマチちゃん。全く歯が立たなかったわ」

 

 審判の女性を引き連れてビオラさんがこっちに来た。

 

「はい、これがバグバッチ」

「ありがとうございます!」

 

 そうか………、滔々コマチもバッチ持ちか………。

 感慨深いことだな。今日の日を忘れないでおこう。

 

「あ、そういえば姉さん。今朝言ってた、コマチちゃんは絶対に勝つって言ってた根拠って、結局なんだったの?」

「あー、あれはコマチちゃんが二人の元チャンピオンから指導を受けてるからよ」

 

 しれっととんでもないことを言い出した。

 思わず目を向けるといたずらに成功した子供のような顔をしていた。

 前言撤回。

 これ、忘れようにも忘れられない日にしかならない予感がビンビンする。

 

「二人のチャンピオン? 一人じゃなくて?」

 

 ビオラさんが姉に聞き返す。

 

「そうそう」

「…………ハチマン君?」

「そうそう」

 

 じっと俺を見つめてくる。

 しばしの沈黙。

 ………………。

 

「………え? これ現実?」

「現実よ。第10回目カントーリーグの優勝者にして元チャンピオン」

「え? うそ? そんな…………え、ぇぇぇぇぇええええええええええええええ!?!」

 

 絶叫がジム全体に広がる。

 それからぶつぶつと何か言ってはいるが、もう何を言っているのかすら聞こえない。

 かと思えば、急にどこかに行ってしまった。

 そんな彼女を見ていると急に悪寒がした。

 振り向くとそこには三人の鬼がいた。

 

「「「ちょっと来なさい!」」」

 

 声をそろえて俺をどこかへと連れて行く。

 連れてこられたのは部屋の端っこ。

 

「ねぇ、どうしてパンジーさんがあなたのことを知ってるのかしら?」

 

 近い近い怖い近いいい匂い。

 やめて、そんなに近づかないで!

 

「…………え、っと、何故でしょうね………ははは」

「まさか、朝会った時に仲良さげだったのもそのことが原因なのかなー?」

 

 うはっ?!

 まさかのユイガハマまでもがユキノシタのような形相をしている。普段見せない分めっちゃ怖い。

 

「い、いやそんな仲良くはない、ぞ………というか苦手な部類ですらあるぞ」

「お兄ちゃん、まーだコマチに隠し事してたんだね」

 

 コマチの俺を見る目が喧嘩した時よりもやばくなっている。

 そんな顔されたらお兄ちゃん、引きこもりになりそう。

 

「………いや、それは………隠してたと言いますか説明すると長くなるので面倒と言いますか…………」

「この前、私をあんなに強く止めたのに今日は一切止めなかったわね………」

 

 あ、この前のこと結構根に持ってたんですね。

 

「や、あの時はあの時と言いますか、今日は止める隙もなかったと言いますか」

 

 ねえ、何なのこの状況。

 何で俺がこんなに攻められなきゃなんねーんだ?

 というかこの三人、めちゃくちゃ怖いんですけど!

 まだ、サカキの方が優しかったまである。

 助けて、サカキさま~。

 

「ヒキガヤ君の」

「ヒッキーの」

「お兄ちゃんの」

 

 お三方が声をそろえて最後に一言。

 

「「「バカ!!」」」

 

 そ、そんな耳の近くで大声を出すな! いい匂いをさせるな!

 

 

 

 今更だがユイガハマって知ってたんだな……………。

 


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