ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

10 / 90
10話

 ジムを出てポケモンセンターに戻った俺たちは、リザードンとケロマツを預け、昼食をとった後。回復してもらった二匹を受け取ってポケモンセンターの野外バトルフィールドに来ていた。理由は一つ。コマチのジム戦のため。

 コマチが現在連れているのはニャオニクスのカマクラとゼニガメの二体。ハクダンジムの対戦ルールには問題ない。後はこの二体をバトルで使えるレベルにすることだ。

 

「といってもカマクラは進化してるし、それなりに戦えるとは思うんだが」

 

 しかし、使用トレーナーがコマチだからな。

 我が妹ながら、スクール時代の成績はあまりいいとは言えず、実際に戦った経験なんてしれている。

 そんな奴がジム戦するっていうんだから一から鍛えていった方がいいんだろうな。

 

「ま、とにかくコマチがどれくらいバトルのセンスがあるかってところからだな。まずは誰かとバトルを…………」

 

 ユイガハマ、ザイモクザと視線を動かし、最後にユキノシタと重なった。

 

「それならあなたのケロマツがいいんじゃないかしら。体格もタイプもあのアメタマに近いのだし」

「………要は自分の妹は自分で育てろとな。分かったよ」

 

 暗にいやよ、と拒絶の意を示す。

 まあ、こいつは三冠王と呼ばれるだけの実力が彼女自身にもポケモンにも備わってるから、逆に相手しにくいのは分かるけどさ。

 

「お兄ちゃんとバトルとか一方的にいじめられそうなんだけど」

「心配するな。それはもう少し後からの話だ」

「否定をしないところがお兄ちゃんだよね」

 

 最初からしごいてたんじゃ何の特訓にもならないからな。

 そこの判断は慎重にしねーと。

 

「んじゃ、まずアメタマを想定してコマチは誰で相手する?」

 

 頭からケロマツを下ろしコマチに尋ねる。

 

「ふっふっふっ、そこはバッチリなのだよ、お兄ちゃん。さあ、カメくん。出ておいで」

 

 まず、コマチが出してきたのはゼニガメだった。

 

「いつでもいいぞ」

「それじゃ、カメくんいくよ。みずのはどう」

 

 みずのはどう。

 ケロマツも覚えている波導系の技の一つで、たまに混乱させる効果がある水タイプの技。ただ、ケロマツとの違いは奴が弾のように作り出すのに対して、ゼニガメは防壁を作るように体の周りに渦のように作り出したということだ。果たしてこれはコマチの指示によるものなのか、あるいはゼニガメ自身が判断しているのか………。

 

「ケロマツ、かげぶんしん」

 

 使うたびに何故か影の数が増えている。

 まあ、多ければ多いほど使い用はあるからな。

 

「さっきよりも多くなってない? 全く、お兄ちゃんのポケモンはよくわからないよ。カメくん、みずのはどうで影を消しちゃって」

「ゼ~ニ」

 

 まるで敦賀生え伸びていくかのように、体の周りの渦から水砲を飛ばしてくる。

 

「あなをほる」

 

 一斉にあなを掘り出し、地中へと回避。

 そしてここからがトレーナーの実力を試されるところにもなるな。

 見えないところからの攻撃をいかにしてトレーナーがタイミングよくポケモンに指示できるかで状況は変わってくる。

 

「カメくん、落ち着いて」

 

 初めての状況に陥り、動揺を見せるゼニガメ。

 それを察したのかコマチが注意を促す。

 まあ、今の判断は的確だな。

 パニックになったポケモンはトレーナーの指示が聞こえなくなることもあるし、あろうことか勝手に技を出してしまったりと混乱し出すこともある。

 さらにトレーナー自身が動揺を見せたら、なおさらポケモンは指示を聞かなくなる。

 

「ちゃんとその場に適した判断は下せるみたいだな」

「お兄ちゃん、コマチのことバカにしすぎだよ。そのうちコマチに足元すくわれちゃうよ」

「そうなれば兄としても嬉しいんだがな」

「もう……。カメくん! そのままからにこもる」

 

 殻に籠って防御を上げたか。

 これもまた物理技のあなをほるには的確だな。

 何だよ、意外とバトルセンスはあるじゃねーか。

 

「やれ」

 

 その一言でゼニガメの真下から大量の影が飛び出した。

 

「今だよ、真下にみずのはどう」

 

 だが、俺が口を開くと同時にコマチも指示を出したため、影は敢え無く霧散。本体だけがのっそりと元の穴から出てきた。

 

「やるじゃねーか」

「ふふんっ! いつまでもコマチをバカにしてるからだよ。でも予想、してたんでしょ?」

「そりゃな、殻にこもった時点で何か策があることは読んでいた。だから、影だけで攻撃したんだが。乙なことをするもんだ」

「そりゃ、伊達にお兄ちゃんの妹を何年もやってないからね。妹の特権は最大限に活かさなきゃ」

 

 そういや、こいつはこういう奴だったな。

 妹であることを最大限に活かして、俺の失敗から学び、要領よく物事をこなしていく。勉強さえできれば完璧な妹なのだが、それはそれでまた愛嬌あるというものだ。

 

「それじゃ、ユキノさん。お願いします」

「分かったわ。出てきなさい、エネコロロ。フィールドにれいとうビーム」

「エ~ネ」

 

 あー、忘れてたわ。

 ユキノシタのエネコロロもれいとうビーム覚えてたじゃねーか。

 え? てか、また氷のフィールドでバトルしろっていうのか?

 

「…………」

 

 ケロマツと目が合う。

 

「はあ………」

「ケロ………」

 

 二人して重たいため息が出てしまった。

 

 

 

 それから半日丸々をコマチの特訓に当てていたが、暗くなってきたので特訓を切りやめ、夕食やら風呂やらを済ませた。

 そして夜、みんなが寝静まった頃。

 俺は再び外に出ていた。

 というのもリザードンを思いっきり暴れさせるためである。

 

「ここら辺でいいか」

 

 ジムの後ろに生い茂る林の中の開けた一角。

 今日はここでやることにした。

 

「出てこい、リザードン」

「シャア!!」

 

 不完全燃焼のためか出てきて早々、尻尾の炎が激しく燃え盛った。

 

「今日もアレやるぞ」

「シャアッ!」

 

 アレとはもちろんアレ。

 

『ということはオレの出番のようだな』

 

 今日はずっと大人しかったこいつも暴れさせることになるアレ。

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 俺がボールから出さなくても勝手に出てきて上空へと登っていく。

 

「それじゃ、こいつをつけて、と」

 

 石が一つついた簡易的なネックレスをリザードンの首にかけてやる。

 なんかこのネックレスじゃ映えねーな。ミアレ戻ったらいいの買ってこよう。

 

「んじゃ、思いっきり暴れてこい。メガシンカ」

 

 もう一つの石を強く握り、リザードンの背中を強く叩く。

 すると石と石が反応し、光に包まれ姿を変えた。

 闇夜に溶ける蒼黒のリザードン、メガリザードンX。

 

『ふんっ、実に興味深い現象だな、そのメガシンカとやらは』

 

 上空で並び立ったリザードンを見て、上下に観察する白い奴。

 こうやってみるとイッシュの建国神話を思い出すな。理想と真実を求める二体のドラゴン。どっちがどっちを追い求めてるかまでは覚えてねーけど。でも確か、タイプの組み合わせが全ポケモンの中じゃ、珍しい組み合わせだったような………。白がほのお・ドラゴンで黒がでんき・ドラゴンだったか?

 

『さて、始めようか。どこからでもかかってくるがいい』

「だってよ! 遠慮はするな! まずはドラゴンクロー!」

 

 シャキンと爪を伸ばし飛びかかっていく。

 ま、当然躱されるんですけどね。

 

「ただ、攻めるだけじゃ埒があかねーな。リザードン、えんまく!」

 

 黒い煙を吐いて、奴を包み隠す。

 その間にアイコンタクトでリザードンをさらに上へと飛ばした。

 

『全く、いつになっても小技を挟んでくる男だな』

 

 やれやれと言いつつ、サイコパワーで作り出したスプーンで煙を一掃してしまった。

 

『さて、小技の次に来るのは奇策か?』

 

 奇策ってほどでもないんですけどね。

 

「ドラゴンクロー」

『ほう、上か』

 

 空気の流れか、あるいは気配か。

 リザードンが発する何かに気づき、容赦なくはどうだんを連発しやがった。

 全くもってこいつはチートな野郎である。

 波動系の技をモーション無しで連発とかどんだけタフなんだよ。

 

「回転しろ!」

 

 両腕を前に出し、回転しながらダイブしてくる。

 いくつかのはどうだんが回転する爪に当たり、真っ二つに切り裂かれていく。

 

『まるでドリルライナーみたいだな。遮るものがない分、回転力も上回るということか。当たるのは避けるべきだな』

 

 余裕そうに感想を述べてくる。

 さすが暴君である。

 

「はどうだんだ! はどうだんを足場に加速しろ!」

 

 奴が連発して、リザードンに当たらなかったはどうだんが軌道を変えて、背後から降り注いでくる。だから、それを使わせてもらうことにしたのだ。当たる瞬間に蹴り上げ加速を促す。

 

『ならば、こういうのはどうだ?』

 

 黒紫の巨大なエネルギー弾を作り出していく。

 あれが何なのかは分からないが危険なのは見て取れる。

 かといって避けたところで反撃がくるだろう。

 ここはそのまま行くしかなさそうだな。

 

『ふんっ』

 

 奴は真っ直ぐ放ってきた。

 それだけ見れば単調な技である。

 だが、何か隠された秘密があるのも確かである。

 

「シャア!」

 

 リザードンが爪を突き刺し、黒紫の弾は無数に弾けた。

 だが、ここからだった。

 無数に散った黒紫の破片は意思を持ったかのようにリザードンに襲いかかっていく。ドリルの要領で回転して弾き飛ばしているはずなのに、リザードンのうめき声がよく聞こえた。

 効いている。

 だが、技をよく理解できない。

 似たような技でサイコショックという技があった気がする。あれもエネルギーが弾けて、無数に散った破片で攻撃するものだったが、実際に見たことはない。

 技の動きからして、多分エスパータイプ。それ以外はよく分からなかった。

 

「リザードン」

 

 煙を上げて落ちてくるリザードンはすでに回転を止めていた。

 それくらい強力な技だということである。

 

「生きてる………みたいだな」

 

 息を荒くしたリザードンは何故か楽しそうだった。

 無事を確認すると月光を背に陰で黒く染まった暴君が降り立った。

 

 と。

 そこで。

 ガサッと。

 何かを踏むような音が木々の向こうから聞こえてきた。

 

「意外と遅かったですね」

 

 だが、こんなところに来る人物に一人だけ思い当たりがいる。

 

「あら、気がついてたのね」

 

 闇の中から声だけが聞こえてくる。

 

「まあ、他に思い当たる奴なんていないんで。それとも知らないフリをした方が良かったですかね」

 

 カツカツと靴音を鳴らして、こっちに歩いてくる。

 ついには月光に照らされて姿がはっきりと見えた。

 

「ジャーナリストさん?」

 

 それはハクダンジム、ジムリーダーの姉の新聞記者だった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「それで、用件はなんですか?」

「へー、意外と警戒心が強いのね」

「そりゃ、昼間っからあんなことされたら警戒もしますよ」

「出てきて、オンバーン」

「まさか盗賊だったとは。どうも役職間違えてしまったみたいですね」

「別に間違っていないわ。これも『取材』に必要なことなのよ」

 

 淡々と言葉を交わしていくとどうもバトルをしなければならないようである。

 まあ、最もリザードンを暴れさせてた身としては、ただその相手が変わったに過ぎないんだけど。

 

「オンバーン、りゅうのはどう」

「昼間のあんたの軽快な感じとは裏腹にこういう顔も持ってるとか聞いてねーよ。リザードン、ドラゴンクローでぶった斬れ」

 

 口から吐き出される波動と長く鋭利の効いた爪。

 ドラゴン技がぶつかり合い、辺りに衝撃波を散らして相殺された。

 

「オンバーン、かぜおこし」

 

 空中に飛び立ったオンバーンが翼を広げて風を起こしてくる。

 何で夜中にこんな強風にさらされなきゃなんねーだろうな。

 

「リザードン、そのまま風に乗って後方に下がれ」

 

 風を受けるように翼を開き、流れに任せて後方へ下がる。

 

「そこから『鳥籠』」

 

 ロケット団の残党狩りをするようになる頃よりもずっと前。

 俺たちは戦略を悟られないようにするために、幾つかのパターンと合図を取り決めていた。『鳥籠』はそのうちの一つで相手の周りをぐるぐるとしつこく周り、相手が集中を切らしたところで一気に詰め寄り、技を当てる戦略。

 最近じゃ、こういう場面に遭遇することすらなかったため、リザードンが忘れてないか心配だったが、バトルし始めたらあの頃の感覚が戻ったようで目つきがまさにあの頃と同じものになっていた。

 身体に刷り込まれた感覚ってのは中々抜けないもんなんだな。

 

「オンバーン、ちょうおんぱでリザードンの気配を辿りなさい」

「オンッ」

 

 やっべ、俺今耳栓持ってねーんだけど。

 

「バァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッ」

 

 ぐぁぁぁああああああああああ。

 耳がッ! 耳が! イカれる!

 

「そのままばくおんぱ!」

 

 ズキズキする耳に微かに入ってきた技名。

 また聞いたことのない技かよ。

 取りあえず、うるさそうな技であることは間違いない。

 

「リザー……ドン、『劫火の壁』」

 

 ちょうおんぱよりも、さらに耳にくるばくおんぱ。

 うるさいなんてもんじゃない。

 何であの人は平気で立っていられるんだよ。

 あれ? あの人はポケモンのDNAでも持ってたりするのか?

 それはそれで怖い話だけど。

 だが、本当ポケモンは丈夫だと思う。

 あんなにうるさい技なのにリザードンは炎の壁を作るだけで平気そうな顔をしているくらいだし。

 あ、ちなみに『劫火の壁』はブラストバーンで炎の壁を作り出すことね。

 

「嫌な戦い方ね。技の名前も変えてくるなんて、予想がつかなくて何をしても決め手にならないわ」

 

 何か言ってはいるようだが、はっきりとは聞き取れない。

 それよりも。

 今はバトルに集中しよう。

 とにかくあのうるさいのをどうにかしなければ俺が持たん。

 

「リザードン、『チェックメイト』!」

「オンバーン、来るわ……、よ…………!?」

 

 俺が言い終わるのと同時にオンバーンが声ひとつあげず、木々を倒しながら、ぶっ飛ばされていった。

 『チェックメイト』はトップギアで相手の懐に飛び込み、両腕でドラゴンクローを当てる戦法。

 他にも似たようなものだと『ジ・エンド』というトップギアで相手の懐に入り、至近距離で全力のブラストバーンを放つ戦法などがある。究極技を至近距離で浴びれば大抵のポケモンは一発で倒せるが、下手するとポケモンを死に追いやってしまいかねない。

 使う日が来ないことを、ただただ祈るばかりである……………。

 

「オンバーン!?」

 

 ジャーナリストのお姉さんがオンバーンに駆け寄り、呼びかける。

 ぐったりとしているが生きてはいるようだった。

 

「お疲れ様、ゆっくり休みなさい」

 

 オンバーンをボールに戻し、「ふぅ」と深いため息を吐いた。

 どうでもいいがおばさん臭いと思った。

 リザードンがメガシンカを解き、俺の左隣に着地する。

 

「さすがカントーの元チャンピオンね。いえ、今の戦い方は忠犬ハチ公さんの方かしら」

 

 じっと俺を見据えてくる目は言葉とは裏腹に真剣なものだった。

 

「………やっぱり知ってたか」

 

 さっきので超頭痛いけど、こう切り出されては答えないわけにもいくまい。

 

「昨日の夜に妹からあなたたちの話を聞いて、今日実際に見て、何となく見たことある顔だとは思ったのだけれど。あなたのリザードンを見たら確信に至ったわ。『カントーリーグをリザードン一体で制覇してポケモン協会からチャンピオンに選ばれた少年』のこと。それともう一つ、『ポケモン協会が恐れているリザードン使いの忠犬ハチ公』さんのこと」

 

 随分とまあ、調べ上げられたものだな。

 俺が言うのも何だが結構俺の情報は凍結されてたりするんだが。

 

「そしてそれが同一人物であることも、ね」

 

 全く、頭の切れる女というのは扱いに困るというものだ。

 いやまあ、人間自体の扱いに困ってる時点でダメだな。

 

「……そこまで調べ上げられたんならついでに言っておくが、チャンプの肩書きは三日で捨てたぞ」

 

 マジで、あの野郎………。

 涼しい顔して言ってくれやがって。

 人の顔をすぐに忘れる俺でもあのイケメンのことは今でも忘れてない。というか忘れられない。

 

「ええ、その話も知ってるわ。でも、私たちからしたら三日間だけでもチャンピオンに上り詰めたってだけで偉大なものなのよ」

「そういうもんかね……………」

 

 偉大って………。

 ちょっと大袈裟すぎやしませんかね。

 それを言ったらあのイケメンやユキノシタは神になっちゃうんじゃねーの?

 

「そういうもんよ。ジムリーダーも大きな権限を持つものではあるけれど、その地方にいくつもポケモンジムはあるわ。それに比べてチャンピオンはその地方のトップ。一人しかいないのだから。比べること自体、失礼だとさえ思えるわ」

 

 なるほど。

 確かに、そういう考えでいくならば偉大な人物なのかもしれない。

 だけど………。

 

「けど、それはあんたの見解でしかない。俺からしてみれば立場はどうあれ、同じポケモントレーナーだ。図鑑所有者にしろチャンピオンにしろそうでない奴らにしろ。ユキノシタたちは正直すげー奴だとは思うが、だからと言って偉大な奴だとは思わない。結局、そういうのは自分の考えを相手に押し付けてるにしか過ぎねぇんだ。身勝手で卑劣な行為。それを自覚しない大人たちによって、無駄なプレッシャーをかけられ、悪に手を染める奴も何人も見てきた。そんな奴らが組織を作り、世界を造り変えようとするんだよ」

 

 ロケット団の中にもそういう奴らはいたからな。世界中の悪の組織もあいつらとなんら変わりはないだろうよ。根本にあるのは過度のプレッシャーに耐えられなかったり、身辺環境の問題だったり。

 俺からしてみればマスコミだって一種の悪である。

 勝手に噂を広め、視聴者を煽り、当事者を批判する。直接か関節かの違いだけで、悪の組織に変わりない。

 

「…………そうね。私がやってきたこともあなたに対しては勝手な行動だものね」

 

 いい加減疲れてきたので、右隣にある木に背中を預ける。

 今夜は珍しくケロマツが俺の頭にはいない。

 そのため、首が楽なのはちょっと救いであった。

 

「でも、誰かが情報を伝えない限りは力あるものでさえ動けないわ」

 

 真っ直ぐと見つめてくる目に一瞬、ドキッとした。

 

「………それもそうだな」

 

 空を見上げると星々が輝いていた。

 なのに、俺の心は癒されない。

 理由はわかっている。

 

「…………本題は?」

 

 何のことはない。

 これから聞かされるであろう面倒事が俺を待っているからだ。

 

「先に一つ聞いておくけどあなたたちがカロスに来たのは、いつ?」

 

 そんなこと聞いてどうするんだよ。

 

「一昨日だが?」

 

 まあ、言わないと話も進みそうにないし一応答えておく。

 

「そう。実は最近カロス地方の情報網に違和感を感じるのよ。何が起きているのかはわからないけど」

「………それを俺に調べろっているのか」

「ううん、そうじゃないわ。ただ、何かが起きようとしている、そんな気がするのよ。ジャーナリストとしての勘だけど」

「………なあ、カントーのロケット団を知ってるんだよな」

「ええ、もちろん。あの組織があったから他にもたくさんの悪の組織が出来上がったって言っても過言じゃないも…………の………!?」

 

 自分で言って何か気づいたようだ。

 眉が上にピクッとつり上がった。

 

「…………本当の話かどうかわからないんだけど。カロスにはフレア団っていう組織があるみたいなのよ。特徴とかは何も知らないわ。噂上の話だし、それが何なのかもわからないけど」

「フレア団か………。なんかいかにも、な組織名だな」

 

 確かに、ロケット団系の組織名ではある。

 だからと言って、何かを狙っているのだとしたら、今度は何を狙っているんだ?

 ロケット団は世界征服。『仮面の男』はタイムスリップ。マグマとアクアはそれぞれ陸と海の拡大だったってことしか知らん。

 とにかく、そのどれもが伝説のポケモンを支配することで達成しようとしていた。

 そうなると、だ。

 このフレア団とかいう組織も伝説のポケモンを利用しようとしている可能性はある。

 

「………調べてみる価値はありそうだな」

「依頼してる私が言うのもなんだけど、本当にいいの?」

「別に、あんたの依頼を受けるつもりはねーよ。ただ、これは妹の旅だ。あいつに危険が迫るってんなら、俺は容赦はしない。ただ、それだけのことだ」

 

 旅中に何が起きるか分からんからな。

 しかもすでに何かが動き出してるんだ。

 情報くらいは手にしてなければ、助けることすらできねーだろ。

 

「シスコン……なのかしら?」

「トレーナーなりたての妹の心配をするのは兄として当然でしょ」

「うーん」

 

 あれ?

 この人、一応姉だよね。

 共感めいたものは感じないのかしらん?

 

「私より妹の方が強いから考えたこともなかったわね」

 

 そうだった。

 この人の妹はジムリーダーだったな。

 そら、共感しねーわ。

 

「話はそれだけか?」

「ええ、でも無茶はしちゃだめよ」

 

 月の光が流れる雲の切れ間から差し込む。

 光は俺とリザードンと後ろにいる白い奴を黒く映し出す。

 地面に映し出された影の中には碧く輝く一眸。

 その全てを目の当たりにした目の前の女性は、首を横に振った。

 

「………あはは、確かにそのメンバーじゃ大丈夫そうね」

 

 驚きと確信を合わせた表情でそう告げた。

 

「今夜はごめんなさい。回りくどいことをして。あなたがどれほどの人なのか確かめたかったけど、その必要もなさそうね。コマチちゃんの特訓、頑張ってね」

 

 それじゃ、とジャーナリストは踵を返して闇の中に消えていった。

 

「………マジかよ。お前の予感、当たってんじゃん」

『だから言っただろう? オレを連れて行けと』

「働きたくねーなー」

 

 ただただ、深いため息しか出てこなかった。

 

 

 俺、図鑑持ってないんだけどなー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 それから数日間、昼間はコマチの特訓(ついでにユイガハマも)、夜にはメガシンカの実験を繰り返していた。毎日同じことを繰り返してたら、日付感覚が狂ったのは仕方ないことだ。ああ、そうだ。決して俺がぼけているわけではない。

 だが、コマチの方は動きも良くなってきたので、そろそろジム戦に行っても大丈夫だろう。

 

「コマチ、特訓は今日で終わりだ。明日、ジム戦に行くぞ」

 

 バトルをしながらコマチにそう告げると、

 

「やっとお兄ちゃんの許しが出たよ。コマチ、結構その言葉待ってたんだからね」

 

 と少々ご立腹の様子。

 うん、まあそういうとは思ってたんだけどね。

 

「や、バトルセンスは最初からあったし、ポケモンの方もしっかりしてるんだが………。お前自身がバトルの経験が浅いと何かあった時に対処しきれないと困ると思ってな。この際だし、その辺も経験させておこうかと思って」

 

 俺がジム戦をした日の夜。

 ビオラさんの姉にフレア団なる悪の組織の情報を聞いて以来。

 俺は一つ気がかりなことがあった。

 それはもうすぐ奴らの計画が最終フェーズに移ろうとしていることだ。

 大抵こういう組織は最初は外堀を埋めていって、表舞台に顔を出すようになるのが通例だ。それを踏まえて考えてみるとすでに何かしら手に入れているのは間違いない。後は場所か天候か季節か。まだ不足している要素があるがために本題に入れていない。

 それに彼女もまだ何か俺には教えてくれなかった情報を持っているような気がする。

 それが何なのかは分からないが、逆に考えればそれが鍵になる可能性もあるということだ。

 で、だ。

 そんな裏で何かが動いているところを何の備えもなく旅をするのは危険極まりない。だから、コマチにしろユイガハマにしろ、俺がいなくてもある程度対処できるようにしておかなければ、彼女たちを守ることすらできなくなる。

 そこで俺は次の日からはユイガハマも加えて、特訓するようにした。ユイガハマは最初こそ乗り気ではなかったが、段々とポケモンバトルに楽しみを覚えてきたようで、今では積極的に参加するようになった。

 しかもその時の目がポチエナとみたいに目を輝かせてるからな。

 素直な分、受け入れるのも早いみたいである。

 

「じゃあ、明日に備えて今日はこれくらいにしておこうよ」

「そうね。ポケモンたちも今日はゆっくり休んでもらって、英気を養ってもらった方がいいわ」

 

 ユイガハマの提案にユキノシタも賛同してくる。

 ま、丁度腹も減ったことだしな。

 

「昼飯食ったら午後はゆっくりするか」

「うん」

 

 

 

 昼飯を取った後。

 俺は一人、街内を散策していた。

 理由は一つ。

 朝から姿を見せない中二病を探すためである。

 

「マジで、あいつどこ行きやがったんだよ」

 

 どうでもいい時にはいるくせに、いて欲しい時に限って見当たらない。

 まあ、別にザイモクザに限った話ではないんだがな。

 人間、誰しもがタイミングの悪さってものはある。

 

「ったく、これだから人間ってのは面倒な生き物だな」

 

 辺りを見渡しながら歩いていると門が見えてくる。

 探し回っているうちに4番道路近くまで来てしまったらしい。

 

「確かに、人間という生き物は愚かで面倒な生き物だ」

 

 そして。

 その門のところには超長身の男が佇んでいた。

 足を止め、その男に視線を送る。

 

「真実だの理想だのを追い求めて、意見が分かれて、果てには戦争を起こす。人間の身勝手な行動でポケモンたちが巻き込まれ、多くの命が散っていった」

 

 なんだ、こいつ。

 新手の宗教の勧誘か?

 それにしては異質な空気を感じるんだが。

 取り敢えず、リザードンのモンスターボールに手をかけておく。

 

「挙句、その戦争で自分の愛するポケモンまでもが巻き込まれ、命を落としたことに逆上し、最終兵器なんてものを造り出した男までもがいた。まあ、結果的にその兵器により戦争は終わった」

 

 一人語りながら。

 ゆらりゆらりとこっちに近づいてくる。

 これはガチでやばい状況なのではないだろうか。

 俺、死ぬかも。

 

「…………なんの話だ?」

「ふっ、そうか。お前は余所者なのか。それは知らなくても致し方あるまい。………3000年前の戦争の話だ」

 

 目の前まで来た男は俺をじっと見て、そう言った。

 3000年前の戦争。

 前に一度、何かで聞いたような…………。

 

「どうやら、引っかかる何かは持ち合わせているようだな。…………これから起こるであろう殺戮はその戦争の延長戦だ。気になるなら調べてみろ、『破壊する者』よ」

 

 俺が思案していると男は不敵な笑みを浮かべてそう返してきた。

 そして、言うだけ言って4番道路へと消えていった。

 

「………なん、なんだ?」

 

 何だったんだ、今の男は。

 とにかく、普通じゃない。

 あの長身といい空気といい、人間じゃないみたいな………。

 だが。

 そんなことはどうでもいい。

 今の話は俺の中でモヤモヤしていたものに少しだけ緩和させる働きを持っていた。

 すなわち。

 

「調べてみる価値はありそうだな」

 

 仕事が増えたというか捗るというのか。

 そもそも仕事はないのが一番なんだがな。

 

「あれ? ハチマン? どうしたのだ、そんなところに突っ立って」

「ザイモクザ………」

 

 なんでこのタイミングで出てくるんだよ。

 タイミング良過ぎじゃねーか。

 

「……お前どこ行ってたんだよ」

「ちょっと野暮用でな。4番道路に入っていたのだ。それよりハチマン! お主、今ものすごく目が腐っているぞ」

 

 多分、いつもの比喩じゃなく本当に腐ってるんだろうな。

 俺自身、ひしひしと感じているところだ。

 

「まあ、今丁度目が腐ってしまうような話を聞かされたからな」

「なんかものすごい長身の男とすれ違ったのだが、其奴か?」

「ああ、特徴的にそいつだな」

 

 すれ違ったのかよ。

 まあ、あれだけデカければ目立つわな。

 

「…………動くのか?」

 

 俺の空気を読み取ったのか、いつものお巫山戯を押し殺し、目つきを変えてくる。

 

「……ああ。コマチを危険な目に合わせたくはないからな」

 

 本当、こいつとは付き合いが長い分、少ない言葉で伝わるんだよな。

 

「お主がそう言うのであれば、我には止める権利はない。………何を探ればいいのだ?」

 

 しかも毎回手を貸してくれると言うんだから、人付き合いが苦手な俺でも縁までは切るかっつーの。

 

「3000年前の戦争、それとフレア団とか言う組織。後は………余裕があればカロスの伝説について」

「………なるほど、フレア団か。期限は?」

 

 今のキーワードだけで大体予想できたらしい。

 伊達に同じ事件に巻き込まれてないわな。

 

「取り敢えず、明日コマチがジム戦をする。その結果次第では長引くかもしれんが、俺がミアレに着いたら連絡する。多分、この地方で一番情報があるはずだ。何ならプラターヌ研究所も使っていい。あれでもカロスのポケモン博士だ。何か掴めるかもしれん」

「あい、分かった。我に任せるが良い」

「ああ、頼んだぞ」

 

 ザイモクザはジバコイルを出すと上に乗り、来た道を戻って行った。

 そう言えば、この前俺とあいつは唯一無二の絶対的存在とか言ってったっけ?

 確かにそうかもな。

 こんな話、俺とザイモクザとの間でしか話せるようなもんじゃねーしな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。