ポケモントレーナー ハチマン   作:八橋夏目

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1話

「お兄ちゃーん。用意できたよー」

 

 一階からコマチが呼ぶ声がする。

 ヒキガヤハチマン、十六歳。座右の銘は、押してダメなら諦めろ。将来の夢は専業主夫。

 とまあ、要は働きたくないのが俺であるのだが、現在俺は出かける用意をしていた。

 何故かといえば、簡単な話。一昨日、プラターヌ博士というカロス地方のポケモン博士からコマチ宛に一通の手紙が来たのだ。内容はポケモンやるから旅しないかというもの。

 どこぞのオーキドのじーさんみたいな手口だな、と思ったのは言うまでもない。

 俺はすでにそのじーさんからポケモンをもらい、カントー地方を旅した経験がある。

 うちの親、特に親父は俺に対して放任主義である。トレーナーズスクールを卒業と同時に俺は旅をして、帰ってきてからは読書に明け暮れ、特に何もしていない(表向きは)。

 それに対し、二歳下のコマチには過保護というか、溺愛しすぎというか、とにかくこの歳になっても、未だにポケモンをもらうことなく旅にも出させてもらえていない。

 普通は俺みたいにスクール卒業と同時、あるいはそれより早いくらいには旅に出て、ポケモントレーナーとしての経験を積んでいる、はずなんだけどな。あ、そもそも俺は特例の卒業だから一年早いんだったな。

 だが、さすがに……と言うことで、母ちゃんが勝手にオーキド博士に相談したのだとか。

 そして、届いたのが件の手紙。

 何故かカロス地方からであり、母ちゃんからその話を聞いた俺は昨日、オーキドのじーさんに直談判しに行った。

 その時言われたのがこうだった。

 

『お前さん、旅を終えてから何もしておらんと聞いたぞ。そこでじゃ。お前さんも妹さんと一緒にもう一度旅をしてはどうかね。この歳まで娘を旅に出さなかった親なんじゃ。心配性なのはよく分かる。だから、お前さんがお供すれば親としてもいくらか安心できるんじゃないか』

 

 要は何もしてないならコマチの護衛としてついていけ、と言うことだ。

 確かに、と思ってしまった。

 親父も母ちゃんもコマチが一人で旅するのが心配で旅に出していなかった面もあるし。

 俺がついていけば一人旅ではなくなるわけだ。

 面倒なことはしたくない俺だが、コマチのためなら仕方あるまい。

 

「お兄ちゃーん? まだー?」

 

 おっと、今は準備してコマチのところに行かないとな。

 

「おう、今行く」

 

 まあ、科学ってのは便利なもんで、今じゃカプセル式で道具が持ち運びできるんだからな。

 机とか野宿用のテントとか持ち運びしやすくて楽だよな。

 さすがに食材とかまでは無理だけど。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 下に降りるとすでに玄関でコマチが待っていた。

 コマチは黄色の短いワンピースに下は青のジーンズ生地のホットパンツに黒タイツといかにも活発そうな格好だった。そして白の短いブーツとくれば明るさはより増している。

 …………俺か?

 そりゃ当然コマチがコーディネートしたコマチプロデュースの……………とそこまで大袈裟なものでもないか。

 黒のパンツに白のワイシャツ。グレーのカーディガンといういたってシンプル極まりない格好である。

 地味で目立たない。まさに俺の要望を汲み取ってくれたものだ。

 

「もう、おそいよ。お兄ちゃん」

「ああ、悪い。必要なもん用意してたら、遅くなったわ」

「早く行こっ」

 

 くるっと向きを変えて家を出るコマチ。

 こんな日でも親父と母ちゃんは仕事で家にはいない。

 やだ、こんな時まで社畜って………。

 はあ、働きたくねーな。

 

「はいよ」

 

 家を出て向かったのはクチバシティの飛行場。

 何年か前に出来上がったまだ新しい飛行場。

 流石に船だけでは交通の便が悪いということで、港町のクチバにできた。しかも海を埋め立てて造ったとか言うね。おかげで工事中うるさくて読書どころではなかった。

 搭乗手続きを終え、飛行機の中へ。何気に乗るの初めてだったりする。中は結構広くてシートもふかふかだ。

 流石はクチバジム・ジムリーダー。金をかけるところは分かっていらっしゃるようで。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。カロスってどんなところなの?」

「行ったことないから何とも言えんが、到着地のミアレシティ? だったか。そこはカロスの中心都市ででかいらしい」

「ふーん」

「つーか、そのミアレシティにプラターヌ博士の研究所があるみたいでな。どこぞのじーさんより交通の便が整ってるところでマジ感激したわ」

 

 マジでなんなんだろうね、あのじーさんの研究所。マサラタウンという田舎にあるんだが、不便すぎる。

 今じゃ、空飛んでいけるけど、最初迎えが来なかったらどうなっていたことやら。

 それを考えればプラターヌ研究所は都市にあるというじゃないか。

 やっぱ、博士が若いってのが理由なのかね。

 

「でも、よかったの? コマチについてきて」

「あー、それなんだけどよ。博士からメガシンカについての情報を集めてこいと頼まれてな。コマチの旅の邪魔にならない程度にそっちの方も調べてみようと思うんだが……」

 

 ポリポリと頬を掻く。

 

「メガシンカっ?! 進化のさらに上回る進化とか言うっ!? 何でそんな大事なこと黙ってたのさっ」

 

 大袈裟な反応をするコマチ。

 いや、まあメガシンカと聞けばこんなもんか。

 カロス地方で初めて発見された進化現象。今まで進化しないとされてきたポケモンでも戦闘中のみに起こる進化を上回る進化。進化というよりはフォルムチェンジに近い。

 だが、パワーは格段に上がり、スピードも桁違いなのだとか。

 

「いや、その、メガシンカ以前にお前ポケモン持ってないしさ。お前がポケモンもらってからでもいいかなって思ってたんだ。それにどうせプラターヌ博士にもメガシンカについて聞くつもりだったし」

「お兄ちゃんが? 博士に話を振るの? 無理でしょ」

「おま、いくら俺でもちゃんと旅してきてるんだぞ。それくらいは」

「できるわけないじゃん。お兄ちゃんだよ? 終始一人で旅をして友達の一人も作らず、博士にもらったリザードン一体連れて帰ってきたお兄ちゃんだよ?」

 

 ……………………………。

 確かに、聞いてると誰とも話さず帰ってきたみたいだが。

 そんなことはない。

 ジョーイさんに話しかけてリザードンを回復してもらってるし、ジム戦だってしてるし、トレーナーとも対戦してる……………。何ならよくわからないポケモンにつけられているまである。まあ、そいつはいつも俺の影の中にいるみたいだけど。

 うん、でもまあ、対人では全部噛んでますね………。

 確かに俺じゃ無理だな。黒歴史が増えるだけだわ。

 

「ちゃんと理解してくれたみたいでコマチは嬉しいよ。だからコマチがお兄ちゃんのために博士にメガシンカについて聞いてあげます。あ、今のコマチ的にポイント高い」

「最後の一言がなければな」

 

 それからしばらくして飛行機は離陸した。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 何時間座っていただろうか。

 午前中に出たというのについたら翌朝とか………。

 正直、腰が痛い。

 ともあれ、ようやくミアレシティに着いた。

 

「やっと着いたね。お兄ちゃん! カロスだよ、カロスっ!」

 

 俺の目の前では盛大にはしゃぐ我が妹の姿。

 いや、それはいいのだ。

 ずっと座っていた体を動かしたいというのも分かるし、ようやく旅の始まりだということで声を出したいのも分からんでもない。

 けどなー…………。

 なんなの、この人の多さ。

 確かにカロスの中心都市だし、人が多いのはある程度覚悟していた。

 なのに。

 平日の朝だというのに。

 見渡すところに人、人、人。

 おいそこのバカップル、朝からいちゃつくな!

 

「ちょっとー、お兄ちゃん。目がどんどん腐っていってるよー」

「や、流石にこの人の多さでは俺の目も腐るだろうよ」

「コマチがいなかったら、すぐにでもジュンサーさんが駆けつけてくるくらいだよ」

「マジか………、それは重症だな」

 

 気のせいか背中のリュックが重さを増したように感じる。

 

「で、どっち行けばいいの?」

「んなことだろうと思ってマップ用意してきた。これはコマチにやる」

 

 そう言ってコマチにカロス地方のタウンマップを渡す。

 俺にはもっとハイテクなのがあるからな。

 ホウエン地方の大企業、デボンコーポレーション製のポケナビ。

 二ヶ月くらい前に最新のアップデート用のチップが送られてきて、カロス地方のマップも観れるようになった。

 科学の進歩もここ最近早いよなー。

 

「わー、さすがお兄ちゃん」

「褒めても何も出ないぞ」

「チッ」

 

 えっ!?

 今この子舌打ちした!?

 

「こっちでいいのかな、プラターヌ博士の研究所って」

 

 まるで何事もなかったかのようにマップを見ているコマチ。

 はて、俺は夢でも見ていたのかね。

 それか長旅で疲れてんだな、きっと。

 

「あー、多分そっちであってるはずだ」

 

 何とはなしに周りを見渡す。

 

「ちょ、サブレっ! あんまり速く走らないでっ」

 

 だが、それが幸か不幸か。

 人をかき分けて走るポチエナがついには車道に飛び出しーーー。

 

 

 ーーー黒塗りの高級車がその後ろから走ってきていた。

 

 

「ッ!」

 

 気づいたら駆け出していた。

 後ろからコマチの驚きの声が聞こえるが、俺の足は止まらない。

 前方には危険に気づいた飼い主であろうお団子頭の女の子がテンパり始めた。

 

『パパァーッ!!』

 

 運転手も気が付いたのだろう。

 警笛をうるさいくらいに鳴らし、ポチエナはその音に驚いて足を止めた。

 だが、それがいけなかった。

 あのまま走っていれば車の方もブレーキに必要な距離を稼げたかもしれない。

 だから、俺は怯んで動かないポチエナに突っ込み、抱きかかえた。

 ……………。

 やっべ、こっからどうしよう。

 このままじゃ、俺がアウトじゃん。

 走馬灯が見え始めたところで急に身体が上へと浮上した。

 

「………、リザードン……」

 

 間一髪で黒塗り高級車を回避したことを確認して、ようやく理解した。

 命令もなく勝手に出てきたリザードンに掴まれて、俺は上空にいた。

 やべー、その手があったじゃん。

 つか、最初からリザードンに任せればよかったんじゃね?

 

「わ、悪い、助かった」

 

 取り敢えず、リザードンには礼を言っておく。

 奴がいなければ俺は轢かれてたからな。

 

「お、お兄ちゃんっ!」

 

 バッサバッサと翼をはためかせて俺たちを車道脇へと降ろしてくれるリザードン。

 そこにコマチが慌てた様子で駆けつけてきた。

 

「大丈夫っ!?」

「ああ、なんとかな」

「いきなり走り出したと思ったら急に車道に飛び出すし、轢かれちゃったかと思ったじゃん」

 

 すげー顔を赤くしてまくし立ててくる。

 いや、まあ、ごもっともなんですけどね。

 

「それで、その子は大丈夫なの?」

「ああ、さすがにな。あれだけしておいて轢かれましたじゃ、割に合わんからな」

「大丈夫かっ? 君たち!」

 

 車を止めた運転手であろうスーツ姿の中年が走ってきた。

 その後ろには飼い主の女の子もいる。

 

「え、あ、まあ、はい。一応」

「それはよかった。こっちも人を轢いてしまったかと思ったよ。念のため病院に行った方がいいと思うが…………」

「まあ、当たってはないんで大丈夫だとは思いますけど」

「そうか、でも一応名刺は渡しておくよ。何かあったら、ここに連絡してくれ」

「あ、はい」

 

 なんか流されるままに会話が進んでいく。差し出された名刺を仕方なく受け取り、中を見てみる。

 ユキノシタ建設………ユキノシタ……………?

 まあ、別に怪我はしてないし、俺はいいんだが。

 ちらっと飼い主の方を見る。

 

「す、すみませんでしたっ! 飼い主の私がもっとしっかりしていればこんなことには!」

「それはもういいよ。驚いたのも焦ったのもお互い様だ。次から注意してくれればこちらとしてはありがたいかな」

「は、はいっ!」

「そうだね、君にも名刺を渡しておくよ。君のポケモンに何かあればここに連絡してくれ」

「はいっ、ありがとうございます。それとすみませんでしたっ」

 

 これで一件落着? なようで運転手は去り、警察が来ることもない。

 俺としてはそれでいいし、事情聴取に時間を割くわけにもいかない。

 と、考えにふけってぼーっと彼女を見ていたら。

 

「あ、あの………」

 

 俯いた顔からは表情は読み取れないが、声色からして今にも泣きそうな感じではある。

 

「た、助けていただきありがとうございましたっ!」

 

 いきなり大声を出されたことで驚いた俺の腕の中では、もぞもぞ彼女の声に反応するかのようにポチエナが動いた。

 

「あ、ああ。それはいいが取り敢えず、こいつは返しておく」

 

 彼女にポチエナを託す。

 

「さ、サブレぇぇぇええええ」

 

 すると彼女はポチエナを抱きかかえて泣き始めた。

 ……………………どうしよう、どうしたらいい。

 どうするのがベストなんだ。

 女の子に泣かれた時の対処法なんか俺にはないぞ。

 トレーナーズスクール時代のイケメンたちならその術を身につけているだろうけど、生憎俺にはそんな技は持ち合わせていない。

 

「取り敢えず、どこか行きませんか?」

 

 と、困惑している俺に助け舟を出してくれたのは愛しのマイシスター、コマチだった。

 

「だとよ、リザードン。もう一働き頼んでもいいか?」

「シャアッ!」

 

 意図が通じたのかリザードンは身を屈ませた。

 

「お前ら、取り敢えずこいつの背中に乗れ」

「う、うん?」

 

 疑問に思いながらもお団子少女は促されるままにリザードンの背中に乗っていく。。

 こういう時、コマチがいて助かったと思う。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

 俺も背中に乗り、リザードンは再び翼を大きくはためかせた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「あ、あの! 覚えてるかもしれないけど………あたし、ユイガハマユイって言います。助けてくれてありがとうございました」

 

 空に行くと突然後ろから声がした。

 ちょっとー、いきなり声上げないでくれませんかね。

 びっくりして落ちちゃうじゃん。

 てか、もう落ちかけた。

 

「あ、ああ。それよりちゃんと掴まってろよ」

「えっと………、やっぱり嫌われてるのかな?」

 

 心配そうに声を出す少女。

 

「いえ、兄はただの捻デレですから。初対面の人と話すのだけでもいっぱいいっぱいなのに、それがこんな可愛い女の子となると緊張が鰻上りなんですよ」

「う、うっせ。訳の分からん造語を編み出すな」

 

 捻デレってなんだよ。

 

「あ、自己紹介まだでしたね。ヒキガヤコマチって言います。んでそこの目の腐った人が私の兄のヒキガヤハチマンです」

「うん、知ってるよ。よかった、人違いじゃなかった……」

 

 えっ? なに?俺の知り合い?

 マジで?

 全く覚えてないんですけど。

 

「お兄ちゃんのこと知ってるんですか?」

「少しね。フンイキがちょっと大人びているから気づかなかったけど、優しいところは変わってないね」

「おおおお兄ちゃん?! ユイさんとどういう関係だったの?!」

「知らねぇよ。んな昔のこと覚えてるわけねぇだろ」

 

 そもそもいつの話なんだよ。

 

「たははー、だよねー」

「………ユイさんはあんなに慌ててどこか行くつもりだったんですか?」

 

 さすがコマチ。

 さらっとした流れでディープそうな話を躱して、ユイガハマの目的を聞いてやがる。

 

「あ、うん、えっとね。プラターヌ? 博士から手紙が来ててポケモンあげるから旅してみないかって。それで昨日カロスに来たんだけどね。新しい土地だからかサブレがはしゃいじゃって、それで………」

「あー、だからあんなに走り回ってたのか。そのポチエナ、せっかちな性格なんだな」

「お兄ちゃんがコマチ以外と会話した!? こ、これは後でお母さんに報告しなきゃ」

 

 え? 何?

 俺がコマチ以外と会話するのってそんなにおかしい事なの?

 というかユイガハマもプラターヌ博士のところに行くのか。

 

「リザードン、そのまま真っ直ぐな」

「シャァッ」

「ということはコマチたちと同じなんですね。コマチたちも今からプラターヌ博士のところにポケモンもらいに行くんですよ。あれ? でもユイさんっていくつですか?」

「十六だよ。まあ、言いたい事は分かるけどね。トレーナーズスクール卒業してから結構経つけど、今まで旅をした事ないんだ。ポケモンをもらえるって時に限って、いろいろあったし。この子もママのポケモンで心配だから連れて行きなさいって言われてさ」

「なんかコマチと似てますね。まあ、コマチもお母さんのポケモン預かってますし」

 

 え?

 あいつ連れてきたの?

 コマチと母ちゃんには懐いてるけど、俺には全く懐かないどころか攻撃されるからな。

 あのニャオニクスめ。爪を立てる事ないだろうに。

 親父? 親父はそもそも無視されて相手にもされてないぞ。

 

「なに? カマクラ連れてきたの?」

「うん、お兄ちゃん一人じゃ心配だからカーくんも連れて行きなさいって。あ、カマクラってのはその子のニックネームで、ポケモンの触れ合いイベントで買ってくれました。トレーナーはお母さんってことになってますけどね」

「なあ、俺あいつに攻撃しかされないんだが?」

「分かってないなー、お兄ちゃんは。カーくんはお兄ちゃんと一緒で捻デレさんだから仕方ないよ。攻撃も一種の愛だと思わなきゃ」

 

 いらねえよ、そんな物騒な愛。

 しかもあいつオスだからな。

 

「俺はそんなもんもらっても嬉しくねーよ」

 

 と、そんな事言ってたら見えてきたな。

 多分あのガラス張りのドームがあるところだろう。

 周りより一際でかい建物だし。

 

「お前らようやく着いたぞ」

「え? 本当にっ? どこどこ?」

「多分あのガラス張りのドームだな」

「おおー、これでコマチもポケモンがもらえるんだね。ユイさんも良かったですねっ!」

「う、うん。そうだね」

 

 ようやくポケモンがもらえるというのに声に張りがないユイガハマ。

 コマチは気づいていないようだが、こいつは以前何かしらあったんだろう。

 何かは知らんが。

 

「リザードン、そろそろ降下してくれ」

「シャァッ」

 

 俺がそう言うとゆっくりを降下し始めた。

 降りてきて気づいたが、研究所の前に二つの人影があった。

 

「と、んじゃお前ら降りてくれ」

「うん」

「分かった」

 

 リザードンから降りて俺たちはようやくその二人の顔を認識できた。

 

「…………………………………」

「…………………………………」

「?」

 

 なんでこの人がいるんでしょうかねー。

 俺の目の前には二人の女性がいた。

 いや、片方はまだ少女か。

 や、そっちじゃなくて。

 この黒長髪でスーツの上から白衣を纏った長身巨乳美人。

 

「……なんでヒラツカ先生がここにいるんでしょうか………?」

 

 横ではコクコクと首を縦に振るユイガハマ。

 てかユイガハマもヒラツカ先生のこと知ってんのか?

 

「やあ、ヒキガヤ。それとユイガハマも。久しぶりだな」

 

 にやっと怪しい笑みを浮かべる彼女の名前はヒラツカシズカ。

 俺のトレーナーズスクール時代の恩師。

 

「いや、質問に答えてくださいよ」

「あー、それは中で説明する。まずは全員中に入ってくれ」

 

 そう促されては従うしかない。

 ぼっちは基本逆らわないからな。

 

「じー………」

 

 なんかもう一人いた亜麻色の肩までかかるセミロングの美少女に見られてる気がするんだが…………。

 

「てへっ☆」

 

 上目遣いで舌を少し出してのハニカミ。

 なんだろう、なんというか。

 

「………あざとい……」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 目を見開いて驚いているゆるふわビッチは放置し、コマチの後ろに続いて研究所に入ると、中は広かった。

 というか金持ちの屋敷みたいである。

 いや、実際に金持ちだな。

 名が通るほど有名人なのだから、研究で儲けているはずだ。

 プラットホームでこの広さとは、中はさぞ広いのだろう。

 …………掃除とか面倒臭そう。

 

「こっちだ」

 

 平塚先生に連れられて入ったのは応接間と思われる質素な部屋。

 あるのは脚の低い長机と黒の長ソファー二つに、後は本の山。

 それと、黒長髪の長身の白衣の男。あれ、パーマでもかけてんのかね。

 

「ようこそっ! ハチマン君っ! それにコマチちゃん、ユイちゃん、イロハちゃんも。遠いところから遥々カロスまで足を運んでくれて、僕はすごく嬉しいよ」

「…………………」

 

 なんでこいつがいるんだ?

 

「あ、プラターヌ博士。初めまして、ヒキガヤコマチです。この度は兄共々お世話になったようでありがとうございましたっ!」

 

 え?

 

「あたしはユイガハマユイです。プラターヌ博士、あたしのこともいろいろと配慮して下さったみたいで、ありがとうございました」

 

 ちょっ!?

 

「私はイッシキイロハっていいまーす。プラターヌ博士のご厚意で私もポケモンもらえるなんて夢にも思っていませんでした。ありがとうございますっ、プラターヌ博士!」

 

 マジッ!!?

 

「……………」

 

 コマチが俺をダメ人間みたいに言ってるだとか、あのユイガハマがそれにつられてしっかり挨拶してるだとか、俺の隣にいたあざとい少女がやはりあざとい挨拶をしているだとか、そんなことがどうでもよくなるくらい俺は目の前の男を見て、言葉を詰まらせていた。

 

 ………いや、やっぱりこいつらの言動も原因であるな。

 

「……おい、ストーカー。なんでアンタがここにいる」

「やだなー、ストーカーだなんて。久しぶりに会ったっていうのに、開口一番がそれってちょっと酷くないかい?」

 

 やれやれ、といった感じで手を横に振る白衣の男。

 俺は以前、こいつに会っている。

 俺が旅をしている時に度々俺の前に姿を現し、毎度ポケモンについていろいろと聞いてきた変人トレーナーである。俺がいくら煙を巻いてもいつの間にか姿を現し、俺のプライベートな内容までなぜか知っているという恐ろしい一面を持つストーカー。関わり合いたくもないのに姿を現わすため、何度リザードンで焼いたことか。

 だが、まさかこんな形でこのストーカーに出くわすことになるとは。

 あの時、名前くらいちゃんと聞いておくべきだったか………?

 俺としたことが………。

 

「あ、あの。もしかしてお兄ちゃんと博士って知り合いなんですか?」

「うん、そうだよ。僕がカントーでフィールドワークしている時に、何度か手伝ってもらったことがあるんだ」

「ヒッキーって何者っ!?」

 

 しれっと語るストーカーの言葉に驚きを見せてこっちを見てくるユイガハマ。

 なに、お前もしれっと俺を引きこもり扱いしてんだよ。さっきは流したけど、絶対に定着させるなよ?

 

「俺はただのトレーナーだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「何言ってるんだい、ハチマン君。君はカントーリーグ「リザードン、焼け」ああああああああああああああああああ」

 

 俺の呼びかけに待ってましたと言わんばかりに出てきて、リザードンは口から火を吐いて変態を焼きだした。

 

「お、おにいちゃんっ!?」

「ヒッキーっ!?」

 

 コマチとユイガハマが慌ててリザードンを止めようと動く。

 が………。

 

「ああ、熱い熱い熱いっ。熱い、けどっ! この懐かしい炎の感触っ。久しぶりだな、リザードン。また一段とたくましくなったようで僕はとても嬉しいよっ」

 

 変態の姿を見て足を止めた。

 ようやくこいつらも気づいたようだな。

 

「お、お兄ちゃん。本当にプラターヌ博士と知り合いだったんだっ! というか博士ってリザードンとも仲いいんだね!」

「あんな愛情表現もあるんだね」

 

 違ったかぁぁぁぁ。

 こいつらただの挨拶としか見てねーじゃん。

 だがな、お前ら。

 挨拶で焼くとか普通あるかよ。

 俺にはリザードンに焼かれて喜ぶ変態にしか見えねーぞ。

 

「こういうのを『類は友を呼ぶ』って言うんですかねっ☆」

 

 ふと、横に目をやると俺を上目遣いで覗いて、キランとした可愛い笑顔で俺を見てくるあざとい少女の姿があった。

 言ってる内容は悪魔のようだが。

 

「俺をアレと同類にするな」

 

 あんなのと同類にされてたまるか。

 俺は断じてあんな人間ではないからな。

 

「えー、いい言葉だと思ったのになー」

「……あざとさしか感じねーその上目遣いはやめろ。あの変態よりも心臓に悪い」

「………………なんでこれでも落ちないかなー」

 

 おい、声小さくしても聞こえてるからな。

 俺は難聴系主人公みたいに肝心なところを聞き逃す、なんてことはないぞ。

 というかこいつ普段どういう人付き合いしてんだよ。

 やっぱ、ゆるふわビッチ確定だな。

 

「今、なんか失礼なこと考えてませんでした?」

 

 笑顔で俺を見てくる。

 笑顔なのに目は笑ってないが。

 器用だな、と感心したまである。

 それくらいギャップに差がありすぎだ。

 

「い、いや。にゃ、なんのことだが俺にはさっぱり分からんな」

「動揺しすぎですよ」

 

 聞かなかったことにしてくれるかと思ったけど、ちゃんと拾いやがった。

 しかもくすくす笑ってるし。

 

「うっせ」

「それより先輩」

「俺がいつお前の先輩になったんだよ」

「さっきヒラツカ先生から聞きました。私の一個上に腐った目の教え子がいて、トレーナーズスクール時代は最後までぼっちだったのに、いつの間にか最強の座に着いてたって話。それって特例で卒業して行って、卒業試験の時には学校内で校長と野戦を繰り広げた肩に傷跡のある先輩ですよね?」

 

 なんかあの人の中で俺の旅の話が上方修正されてねーか?

 俺はそんな人生の逆転劇をやってきたつもりはないんだが。

 というかなんでこいつは俺に関してこんなにも詳しいんだ?

 俺ですら忘れていたようなことなのによく覚えてやがるな。

 はっ、まさかこいつもストーカー……?

 

「俺はそんなできたトレーナーじゃねーよ。先生が酔った勢いで記憶を都合のいいように変換しちまったんじゃねーの? 結構そういうの多い人だし」

 

 あの人、俺が言ったことでも自分のいいように捉えるところあるからな。しかもその被害を受けてるのって俺だけらしいじゃん。

 思い出してたらなんか目から汗が流れてきたぞ。

 

「……なに泣いてるんですか。キモいです。あとキモい」

 

 なんかいきなり罵ってくるんですけど、この子なんなの?

 しかもなんで二回も言ったの? そんなに大事なことだった?

 

「ふう、さてみんなに来てもらえたことだし、早速君たちの仲間になるポケモンたちに会いに行こうか」

 

 ほんと、ふうって感じだよ。

 挨拶だけでどんだけ時間とるんだよ。

 おかげで年下に罵られてるんですけど。

 

「そんなことを一々気にしてるからごみぃちゃんはいつまでたってもごみぃちゃんなんだよ」

 

 なに? 俺の妹ってエスパータイプなの?

 なんで心の中での愚痴が聞こえてんだよ。

 

「コマチ以外の女の人と会話ができてるのはポイント高いけど、やっぱりお兄ちゃんだからポイントだだ下がりだよ」

 

 貯めてもなにがあるのかよくわからんポイント貯めても、な。

 バトルポイントとかだったら貯める気になるが。

 

「そ、それよりコマチちゃん。早くポケモンに会いに行こうよ。あたしどんなポケモンをもらえるのか楽しみだなー」

「そうですね。ごみぃちゃんは放っておいて先に行きましょうか」

 

 あれ?

 アホだと思っていたユイガハマがコマチの気を持っていっただと?

 あいつ、空気は読めるんだな。

 というか、かっさらえるんだな。

 

「ほらー、イロハちゃんも早く行こうよー」

「待ってくださいよー、ユイ先輩」

 

 そう言って、コマチとユイガハマに続いてあざとい少女も応接間から出て行った。

 残ったのは俺とヒラツカ先生。

 

「それで、説明はいつしてくれるんですか?」

「そう、慌てるな。あの子らがポケモンを選んでからでもいいだろう?」

「なんか掌で踊らされてるような気分なんですけど」

「掌とまではいかんが、いろいろ仕組まれたことではあるみたいだぞ」

「はあ……………」

 

 全く、これだから俺の周りの大人供ときたら…………………。

 碌なのがいねぇな。

 


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