やはり最近の比企谷八幡の女の子事情はまちがっている。 作:八橋夏目
六月のある日、久しぶりにはるさんから電話があった。最初は大学生になって二ヶ月経った気分を聞かれたりしたけど、私はどこまで話したのかまるで覚えてないの。だって、はるさんが切る前に一言意味ありげなことをつぶやいたんだもん。
『比企谷くんの声って媚薬だよね』
そうこぼして、すぐに切られた。
一体どういうことなんだろう。
比企谷君の声が媚薬って意味がわかりませんよ、はるさ〜ん。
それからというものずっとそのことが頭から離れなくなっていた。
講義中もそのことばかりが頭の中を走り回り、ここ一週間の授業の内容が全く思い出せないくらいには重症である。中間テスト終わっててよかったよ……………。
でもそろそろ気になりすぎて何ににも手がつかない状態なので、母校へと来ちゃいました。
今日は由比ヶ浜さんの誕生日前日でもあるから、別に私が来ても何もおかしくはない、よね。
そして今は奉仕部のドアの前で深呼吸中。上を見渡せば白い表札がシールでデコレートされていた。前見た時よりもシールの数が増えてるのは気のせいかな………。それと驚きなのはちゃんと奉仕部と書かれていることだ。学年が上がって新入部員でもはいったのかな。
でもその下に小さく『私たちのご主人様の部屋』って書いてあるのはどういうことなんだろうね。ここって奉仕部だよね………………? え? ま、まさか?! そ、そういうことなの?!
だんだん強くなってきたけど、ここまで来たのだから心を固め、震える手で扉を開ける。やだ、私なんでこんなに震えてるの……………?
中に入ると想像しないようにしていた光景がそこにはあった。
え? え? ええっ?!
ひ、ひひひひ比企谷君っ?!
ここここここれは、どっどどういうことなのっ!?
比企谷君の周りには一色さんと他にもう一人女の子が引っ付いていた。
「城廻先輩、お久しぶりです」という彼の声は今も昔も変わってない。昔というほどでもないけど。
いつものように本を読んでいる、というわけではなく、ケーキを食べていた。
あ、そうか。今日は由比ヶ浜さんの誕生会でもしてたのかな。でもそれにしたって、彼の周りはおかしくない?
とりあえず、比企谷君から出されたパイプ椅子に腰を落とす。その間、一色さんともう一人の女の子はじっと彼のことを見ていた。そして彼が椅子に戻ると再び抱きつき始めた。
しばらく日常的なことや私が卒業した後の学校の話を聞かされた。一色さんは引き続き生徒会長を務めているようで比企谷君がよく駆り出されてるんだって。そして新たに比企谷君の妹さんの小町さんが奉仕部に入ったんだとか。そういや前に言ってたもんねー。妹が総武高校に来るって。確定事項みたいに言ってたけど、ちゃんと受かってよかったよ。
それともう一人、明らかに制服の違う女の子がいる。名前は鶴見留美ちゃんというらしい。中学生だけど、ひょんなことから奉仕部に出入りするようになったんだって。よくそんな許可が下りたなーと思ったけど、そういえばここに最高権力をぶら下げた子がいたんだった。私でもそんなことしたことないのに、一色さん権力をフル活用しすぎだよー。
私も雪ノ下さんの手作りケーキをいただいて、由比ヶ浜さんにプレゼントを渡した。数が一個少ないように感じるのは気のせい………じゃないよね。
気になって聞いてみたら明日は比企谷君の二人でお出かけなんだって。それが由比ヶ浜さんが比企谷君におねだりしたプレゼントなんだとか。たぶん、「ヒッキーの一日をちょうだいっ!」とか言われたんだろうなー。あ、やだ、私ったら………少女漫画の読みすぎだよ。
それからみんなと楽しくおしゃべりをしながら、日が暮れるまで過ごした。その間、いろんなことに気がついた。
まず一つ目はここにいる女の子全員が比企谷君が好きみたいである。あの雪ノ下さんまでもがそんな気を俄かに感じさせてくるの。まあ、由比ヶ浜さんは出会った頃からだし、一色さんも留美ちゃんも私が来た時から彼に抱きついてる時点で確定。問題なのは妹の小町さんである。彼女は妹なのである。血の繋がった妹なのである。なのに彼女の比企谷君を見る目が時折妖しいものなっている。ふとした仕草でも彼の欲望を引き出そうとするような、そのなんというか………い、色を帯びているのだ。
それから二つ目。たぶんこっちはもっと危ない。そんな小町さんをよく見てみると…………その………あぅ、恥ずかしいよぅ……………なんでこんなことしてるのー……………えっ、とね、小町さんがパ……下着をつけてないような気がするの。気のせいだったらいいんだけど、スカートから……………その、下着らしきものが、見えないの。暗くてよくは見えなかったし一瞬だったからアレだけど…………絶対アレ肌の色だよぉ。
というか比企谷君にさりげなく触らせちゃってるし……………。ねぇ、二人って兄妹だよねっ!? 血の繋がった兄妹なんだよねっ!?
三つ目は三つ目で危ないよぉ。なんで留美ちゃんは比企谷君の匂いを十分に一回は嗅いでるのっ!? 留美ちゃんそういうのはまだ早いよー。私だってしたことないんだからー。
という彼女たちの危険な行動に私の頭はパンク寸前だった。それになんだかみんなを見ていると体がムズムズしてきちゃった。なんというか私も男の子に抱きついてみたい…………なんて。比企谷君だったらちゃんと受け止めてくれるかなー。私比企谷君だったら……………って私今何考えてたのっ!? それはだめだよっ! いろいろとダメなんだからね!
そしてそろそろお暇しようと立ち上がった時、事件は起きた。
彼女たちに当てられ、ムズムズしていた私の体は立ち上がれるほどの力も無くなっていたようで、立った瞬間自分の体を支えられなくなってしまった。
ああ、私………このまま頭ぶつけちゃうんだ。
そう思って覚悟を決めていたのに、倒れた痛みはあっても頭には一切衝撃が来なかった。それよりもなんだか甘い匂いがする。それに頭に人の熱を感じる。なんだろう、この匂い。段々私の体を内側まで溶かしていくような、脳をおかしくさせて何も考えられなくなっていくこの甘美な匂いは一体なんなんだろう。あっ、やだ、今なんか背骨に電気がピリってっ!?
え? なに、これ………?
痺れるように体が動かなくなってい……く…………ぅッッ!?
や、これっ、きもちいいっ!? 痺れて、ピリピリして、痛いはずなのに!?
き、きもちいぃぃいいいいっ?!
「城廻先輩」
あ、………えっ? 比企谷君?
だめだよ、今そんな声で私を呼んじゃだめだよぉ。
余計にきもちよくなっちゃうからぁ。
「怪我はないですか」
耳、耳元でしゃべらないで!?
くすぐったくて、刺激が強いよぉ。今こんな刺激受けたら、私………わたし………………ーーー
「……………いいですよ」
ーーーッッッッ!?
な、に……こ、れ……………。
わたし………こんなの…………初めて………………。
はあ………はあ………………はあぁ…………。
ひどいよ、比企谷君。最後にあんなに優しく頭を撫でられて強く抱きしめられておまけに耳元で囁かないでよ……………。しかも絶対バレてたよ、あれ。…………恥ずかしい。
でも、うん。なんか分かった気がする。はるさんが言ってた「比企谷君の声は媚薬だよね」っていうのはこういうことだったんですね………………………え? あれ? ていうことははるさんも比企谷君に……………?
ッッッッッ!?
やだ、なんか背筋にゾゾゾってした。寒気? でもないし悪寒でもない。なんというかゾクゾクするというか興奮するというか。って私何言ってんのっ?!
これじゃ比企谷君に落とされるのも時間の問題だよぉ。あんまり会わないほうがいいのかな? でもそれはちょっと寂しいな……………。
比企谷君に、ご主人様にもっと頭撫でて欲しいな……………。