やはり最近の比企谷八幡の女の子事情はまちがっている。   作:八橋夏目

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結衣のターン

 最近のあたしは、というかあたしの身体が変だ。無性にヒッキーに抱きつきたくなるのだ。今まではこういうことがなかったはずなのに…………、そりゃゆきのんには抱きついてたけどさ。なんていうか、こうヒッキーを見ると身体が熱くなって、ヒッキーの傍に行くと無性に触りたくなって、ヒッキーの匂いがすると我慢できなくなるの。身体の芯が燃えるように熱くて、ヒッキーに触らないとその熱が取れなくなって………。

 なにか原因でもあるのかなー。

 

 

 

 そもそもヒッキーこと、比企谷八幡は総武高校の入学式の日にあたしのペットであるサブレを助けてくれた恩人。身を呈してかばってくれたの。足の骨を折って入院しちゃったけどね。だから、家の方には謝りに行ったけど、本人には会えていない。病院に直接行けばよかったんだろうけど、そんな勇気があたしにはなかった。だって、悪いのはあたしであって、あの黒い車の運転手さんも巻き込まれたようなものだし、彼に至っては骨まで折っちゃってるんだから、多分絶対確実に怒られることは分かっていた。それに彼に身体とかを求められたら…………とか色々考えちゃって、結局会いには行けなかった。

 それから彼が学校に来るようになって、同じクラスなのにずっと一人でいる彼の姿しか見たことがなかった。特に人と関わろうともせず、かといって不良のような素行の悪さも見受けられない、ただの男子生徒でしかなかった。確かに、遅れてクラスに加わればすでにグループはできてるから入りづらいし、新たにグループを作れるような一人者はすでにいなかった。だから、彼が一人でいるのはあたしのせいだと思っていたけど、どうすればいいのか全くわからなかった。

 テニス部に入った彩ちゃんによると体育の選択授業でテニスを選んだらしい。そこでも一人で壁打ちをしてたんだって。もうこれ、あたしのせいでしかないよね。

 

 

 そのまま彼との接点は全くないまま、無事に二年になった(危なかったけど)。またクラスも彼と同じで、その頃にはあたしの中での彼はヒッキーという愛称になっていた。だって、ずっと一人でいるし、時々本を読みながらニヤけるからキモくて、まるで引きこもりの人みたいだったから………あたしのイメージでしかないんだけどね。

 でも二年になっちゃったんだし、そろそろお礼も言わないとヤバイかなーと思い、クッキーでも作ってきっかけ作りから始めようと考えた。でもそもそもあたしクッキーの作り方なんて知らないし、ママに言ったら絶対からかわれるから頼みたくないし。

 で、そんな時にたまたま平塚先生が声をかけてくれて、奉仕部というものがあることを知った。名前のごとく、便利屋みたいなのかなーって軽い気持ちで、翌日教えてもらった空き教室に行くと、綺麗な黒長髪の女子生徒とーーー

 

 

 ーーー目の腐った男子生徒がいた。

 

 

 いやもうね。ただただびっくりだったよ。

 いつも一人でいるヒッキーが部活なんかに入ってたんだから。

 でもちょっと困ったことになった。

 渡す本人に相談とかいろいろとヤバくない? ヤバイよね。絶対、気付かれちゃうし。

 どうしようか悩んだけど、結局相談することにした。だって、ヒッキーの好みの味とか知るチャンスじゃん。

 それから調理室の方に移動してクッキーを作ることになった。材料はいつの間にか用意されていた。先生が前日にゆきのんに教えてたのかな。来ることわかってたっぽいし。あ、ゆきのんってのは雪ノ下雪乃ちゃんのことね。あたしが雪乃ちゃんとかなんか笑える。ゆきのんはやっぱりゆきのんだよ。

 でー、なんで焦げ焦げになっちゃったのかなー。ヒッキー曰く「ジョイフル本田に売ってる木炭みたいなもの」だって。超失礼だし!

 やっぱりあたしには才能がなかったみたいだね。

 なんてことを口にしたら、ゆきのんに怒られたのは熱い思い出。たぶん、あれがなかったら、あたしは今のあたしではイラレなかったと思う。そりゃ、今でも周りの空気を読んじゃうけどさ。あの時ゆきのんに指摘されなかったら、意見を言おうだなんて思いもしなかっただろうからね。そういう意味ではゆきのんもあたしの恩人だ!

 それからヒッキーがそんなあたしたちを見て、十分後に来いとか言って調理室から追い出された。その間、ゆきのんと他愛もない話をして時間を潰し、戻ってくると焦げ焦げのクッキーが用意されていた。なんだ、ヒッキーもクッキー作るの下手なんじゃん。あんな得意げに言ってたくせに………。とか思ってたら、あたしのクッキーだった。自分のを食べてまずいとか思っちゃったよ…………。なんかヒッキーっていじわるだ。

 ヒッキーが言うには世の男子は手作りクッキーを女の子から貰うというイベントに心が揺れるのであって、味はその次なんだとか。よくわかんないけど、ヒッキーがそういうんだから、ヒッキーも揺れるんだよね。それを理解したら急に胸を締め付けられる感覚に陥った。

 あたしはそそくさと帰る準備をして逃げるように帰った。

 

 ヒッキーは喜んでくれるんだ。でもやっぱりおいしいものを食べて欲しいな。

 

 それから、数日経ってもう一度、奉仕部へと向かった。練習の成果を見せるためだ。あとお礼も兼ねて。

 

 

 

 てのが、ヒッキーに近づけたきっかけだ。それからあたしも奉仕部に入って、まったりとした時間を一緒に過ごした。そりゃ、あたしたちも人間だし、喧嘩というか意地の張り合いとかもしたよ。ほとんど、ヒッキーが悪いんだけど。それでも助けられた女の子はたくさんいる。沙希や留美ちゃんやさがみんにいろはちゃんも。もちろんあたしやゆきのんも助けられた女の子の一人だ。こうしてみるとヒッキーの周りには魅力的な子がたくさんいるんだよね。みんなにヒッキーのどこがいいのかを聞けば、たぶん最初に出てくるのは「分からない」だろう。顔は整った顔立ちをしてるし、目を瞑っているヒッキーはイケメンだ。なのに、あの濁った目がその全てを台無しにしているのだ。

 でもヒッキーを狙う女の子は学校内には止まらない(あ、留美ちゃんは小学生………今はもう中学生か)。ゆきのんのお姉さんの陽乃さんや"けーかいたいしょー"としては海浜の折本さん? も危険人物である。陽乃さんは言わずもがなで、ヒッキーにちょっかいばかりかけてくるし、もっと危ないのはヒッキーの中学の同級生である折本さんはかつてヒッキーが告白したことがある女の子なのだ。今でこそヒッキーはそんな気は全くないって言ってるけど、今度はあっちが狙ってくるって可能性がある。どうもヒッキーは中学の時とは随分変わっているようで、折本さんが心変わりしないとは限らないもん。

 

 

 ああ、ダメだ………。

 ヒッキーが誰かに取られちゃうかと思うとまた体が熱くなってきた。まだ原因がわかってないのに…………。しかもまだ授業中なのに……………ああ、どうしよぉ………。

 ちょっと態勢を変えるだけで、体の内側にある疼きが広がっていく。

 やばいよぉ………、あと五分もあるよぉ………。

 ヒッキーに触れたい、ヒッキーに触られたい、ヒッキーの匂いを嗅ぎたい、ヒッキーに抱きつきて安心したい。ヒッキーと……………ああ、ダメダメ! それはまだ…………はやいよぉーーー

 

 

 ーーーキーンコーンカーンコーン。

 

 

 や、やっと終わった………。あとは挨拶だけ………。あたし本当にどうしちゃったんだろう。今までよりも悪化してるじゃん………。ヒッキーのことを考えるだけで体が熱くなって、ヒッキーのことを考えるだけで触りたくなって、ヒッキーのことを考えるだけで匂いを嗅ぎたくなる。匂いを嗅いじゃったら我慢がきかなくなるというのに、体の芯が燃えるように熱くて、疼く。たぶん今抱きついたも熱は収まらないようにも思える。

 

 けど、あたしは我慢なんてしない。

 欲しいものは全部手に入れたいから。

 ヒッキーもゆきのんも絶対手に入れて見せるんだから。

 

 

 ヒッキー、ゆきのん。

 あたしがんばるから! 見捨てないでね…………。


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