The Last Stand   作:丸藤ケモニング

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ちょっとお堅い文章を目指してみました。







9,人であること①

 モモンガが椅子に座り、鏡に向かって妙なポーズをとっているのを、プレアデスの一人、ルプスレギナ·ベータを連れたリュウマは、奇異なものでも見たように顔をしかめ、直立不動の姿勢でモモンガの後ろに控えているセバスに訝しげな視線を向けると、その視線に気づいたセバスがリュウマに深々と頭を垂れた。

 

「これはこれは、おはようございますリュウマ様」

「おはようセバス。それで、これは何をやっているんだ?」

 

 いよいよタコ踊りのような様相を呈してきたモモンガを指差し、リュウマはセバスに訪ねる。返ってきたのは完璧すぎるほどの穏和な笑み。

 

「なんでも遠隔視の鏡の操作方法を習得なさっておられるとか」

 

 あのタコ踊りがねぇ? そう思いはすれど言葉にはせず、手近な椅子に腰を掛けながらとりあえずと言う感じでモモンガに挨拶することにした。

 

「おはようさん、モモンガさん」

「あ、おはようございます、リュウマさんっと、こうやると引きになるのかぁ、む、難しい」

「……苦戦してるみたいだなぁ」

「案外難しいですよ、これ」

 

 右手をあげたり左手を下げたり、近づけたり遠のけたりしながら鏡の中の映像を変化させ、ああでもないこうでもないと言いながら悪戦苦闘するモモンガ。それを見ながら、ふと、昨日の夜のデートはどうなったのか気になった。とは言え、どうもそれを聞くような余裕もなさそうではあるので、特にすることもなくモモンガの奇っ怪な動きを観察することにした。

 ちょっとしてから扉がノックされ、やまいこがひょっこりと部屋の中に入ってきた。

 

「おはよう、やまいこ」

「おはよう、リュウマ。ねぇ、昨日、ユリになんか言った?」

 

 疑惑の目で見てくるやまいこから目を逸らし、懐から煙管を取りだし口にくわえる。

 

「まぁ、相談事?みたいな」

「そう……それで、モモンガさん、何してるの?」

「遠隔視の鏡の操作方法を習得しているところでございますよ、やまいこ様」

 

 やまいこの前に紅茶を出しながら、セバスが柔らかい笑みを浮かべながら答えた。

 軽く礼を言いつつ紅茶を一口啜り、三人でモモンガの背中を見守っていると「おっ?おおっ」とモモンガがすっとんきょうな声をあげ、恐らくだが遠隔視の鏡の操作に成功したらしいと三人は思った。

 

「おめでとうございますモモンガ様」

「おめでとー」

「……まぁ、おめでとぉ?」

 

 心から称賛の声をあげるセバス、適当な称賛のリュウマ、なんかよく分からないけどとりあえず称賛するやまいこ、三者三様の声を聞きながら、モモンガはどや顔をしていた、が、誰にも分かるまい。そう思いつつ鏡を操作していくと、森の側の村のような所から黒煙が上がっているのが鏡に写し出される。

 

「火事か?」

 

 いつに間にか背後に来ていたリュウマに少し驚いたものの、モモンガは素早く鏡を操作し写し出される光景をさらにズームする。

 

「祭りか?」

「祭りは祭りでも、血祭りって言うんじゃないかな、これは」

 

 鏡を覗き込んだやまいこがリュウマの後に言葉を続ける。

 映し出されたものは、簡単に言えば虐殺。無抵抗な者を武力持つ者が蹂躙する様だ。

 

「けど、これで知的生命体がいることが確認できたね、モモンガさん」

「ええ。だが、これでは情報の収集なんて出来そうにないですね」

「おいっ、待てお前ら」

 

 世間話でもするようになんの感情も交えない二人に、リュウマが違和感を感じ言葉を止めさせる。

 

「どうしたんですか?」

 

 心底なんとも思ってないような口調で、モモンガがリュウマに問いかける。 その問いかけにリュウマは背筋に寒いものが抜けるのを感じながら言葉を続ける。

 

「お前ら、これを見て、なんとも思わないのか?」

 

 鏡を指差しそう問いかけ、二人の顔を見て愕然とした。顔色が変わることの無いモモンガなら表情の変化が無いのは当然だろうが、やまいこまでもその表情を変えることなく、キョトンとした表情でリュウマを見ていた。

 だが、次の瞬間、二人が口を開けてもう一度虐殺の光景を見て、もう一度愕然とした。

 

「もう一度聞くぞ、これを見てなんとも思わないのか?ルプスレギナ、お前はどうだ?」

「えー?あたしっすかー?そうっすねぇ、なんかこいつら弱そうっすよね?」

 

 鏡を覗き込んだルプスレギナが快活に答えるのに多少衝撃を受けて、リュウマはセバスを見る。一方のセバスは、無表情に佇んでいるが、その拳が固く握りしめられているのを見て、ひとまず安心する。

 

「リュウマさん」

「なんだ、モモンガさん」

「俺、心まで人間をやめたらしいです」

「僕もだよ」

 

 思わず舌打ちをしそうになり、リュウマは逆に口を閉ざした。

 

「この光景を見て、なにも感じないんですよ」

「むしろ、殺された人を見て、虫が潰れた位の気分でしか無いね」

「……俺も似たような感じだな」

 

 今度こそ舌打ちをして、リュウマはもう一度鏡を見る。そこではちょうど男が一人、騎士らしき人物に何度も何度も剣で刺されている瞬間が写し出されていた。

 なにも感じない、それはある意味間違っているとこの瞬間思い知った。先程から脳髄が沸騰するような怒りを感じている。だが何に対してなのか。

 

「人が殺されるところを見たとしても、それこそ虫が殺された程度の憐れみくらいしか感じない……!だが、この騎士共が人を殺しているのを見ると、脳髄が沸騰しそうな程の怒りが沸いてくる……!」

 

 その怒りの源はなにか、頭の冷静なところが考える。簡単だ。虐殺が気に入らない。殺し会うのは百歩譲って良しとしよう。ただ愉悦のために殺しをしているのが気に入らないのだ。

 

「とにかく、この村はもう駄目ですね。見捨てる他はない」

「!?待ってくれモモンガさん! 今すぐ行けば……!」

「駄目です。この世界の情報がもっと集まっているのなら問題はない、だが、ここにある情報だけでは、どんな危険があるか分からない。そんなところに人は送り込めない」

 

 淡々とモモンガは理由までを語って聞かせ、友人を留まらせた。しかし、なにかが引っ掛かった。それはなにか。

 しかし、それはすぐに思い至った。先程ルプスレギナは何と言った?確かこう言ったのではなかったか?こいつらは弱すぎると。無論、純粋戦士系ではないルプスレギナが言った言葉であるが、しかし無視していいことではないと思う。それに、あれは村人のことを言ったのではないか。確認が、必要だ。

 

「ルプスレギナ·ベータ!」

「!? は、はい!」

 

 唐突に名前を呼ばれ、ルプスレギナは一瞬硬直しながらも、次の間にはモモンガの前に跪づき頭を垂れた。

 

「ルプスレギナよ、答えよ。貴様は先程、こいつらが弱いと言ったな?」

「は、はい」

「どちらが弱いと見た」

 

 一瞬だけだがルプスレギナは首を捻った。そんなこと聞かずとも分かりそうなものなのに。いやしかし、ルプスレギナは考え直す。恐らく我らが主人はそこから色々答えを導き出すのだろう。ならば疑問を差し挟むのは不忠に値する。

 

「えっと、それは両方、っすかねぇ?とと、申し訳ありません」

「よい……そうか、両方弱い、か」

 

 ルプスレギナの言葉を聞き、モモンガはもう一度メリットデメリットを考える。メリットに関して言えば、まずはこの世界の情報が手に入る、かもしれない。その上この村の生き残りから感謝され、外の世界への足掛かりとして機能する場所を入手できる、かもしれない。メリットがすべてかもで終わるのがあれだが、悪くないと言えば悪くない。デメリットとしては、もしかしたらあそこにいる奴等の一部だけでも100レベル、もしくはそれ以上のレベルの人間がいるかもしれないこと、もしかしたら、この村が犯罪者や、リアルでもいたテロリストを匿っている集落であり、この村を襲っている騎士も、もしかしたらどこかの国の特殊部隊である可能性も考えられること、それによって我々がマークされ敵対関係になるかもしれないと言うことだろうか?

 無論、全ては可能性の話であり、そのどれもが荒唐無稽な話かもしれない。しかし、それでも可能性はゼロではない。あらゆる可能性を考えることは不可能であるが、深読みをし過ぎて取り越し苦労をする方が、モモンガにとっては誰かを犠牲にするよりはよほどマシなのだ。

 メリットデメリットを考える上で、もうひとつメリットがあることに気付く。それは、デメリットを補ってあまりあるかもしれない。

 それは、この世界における自分達の戦闘能力を知ることができると言うこと。無論戦うに至った場合であっても、すぐさま撤退するための手段は、すでに複数用意している。いざとなった場合でも勝手にPOPする僕を盾にすれば逃げることは容易のはず。

 鏡を見ながら思案していると、鏡の中の景色はもみ合う騎士と村人を写し出していた。そこに二人の騎士が駆けつけ、村人を無理矢理引き剥がすと、両手を抱えて無理矢理立たせる。そこへ、もみ合っていた騎士が近づき手に持った剣を何度も何度も突き立てる。初老の男の体に剣が突き刺さる度にその体が何度も痙攣する。

 取り立ててその男が可愛そうだとは思わない。虫にかける感情なんてそんなものだろう。だが、自分の中の人間が不快感を示す。そう、不快だ。

 画面の向こうで崩れ落ちた初老の男が顔を上げる。その口が動いていた。『……娘たちを、お願いします』そう言っているように思えた。だから思い出したのかもしれない。自分を救ってくれたあの人の言葉を。

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前、でしたね、たっちさん」

「モモンガさん……!」

「ええ、助けに行きましょう。まぁ、メリットの方が大きかったんで助けにいこうと思ったんですよ?」

「ツンデレ乙」

 

 嬉しそうに言い合いながら、モモンガはすぐさまアイテムポーチの中身の確認に入る。逃走用のアイテムは比較的多い。もしもの場合は課金アイテムを使用して超位魔法をぶっぱなす算段もついている。いくらリュウマが弐式炎雷についでペラペラ紙装甲だったとしても、一撃では消し飛ばない、はず。

 ついで行うべきは……。

 

「セバス、ナザリックの警戒レベルを最大限引き上げろ。私とリュウマ、それからルプスレギナが先行し、後詰めとして完全武装したアルベドとやまいこさん、アルベドの真なる無の使用は許可しない。それから、この村に透明化及び隠密能力に長ける僕を複数送り込み待機させろ!私たちがピンチになった場合、僕には犠牲になってもらわねばならんのが心苦しいが……」

「それはナザリックに仕えるものにとっては最高の誉れでしょう。それと護衛の件ならば、私が」

「ならん、伝達にはお前が一番適任と判断した。それにリュウマが来るのだぞ?」

「出すぎた真似をいたしました。武運長久、お祈りいたします」

「うむ。それからやまいこさん、茶釜さんが来たら、ここで鏡を使って俺たちの監視をするように伝えてください。それと、後詰めの件、よろしくお願いします」

「任せて、そっちも気を付けて」

 

 その言葉を聞きながら、モモンガは転移門を起動する。漆黒の穴が現れて、モモンガとリュウマ、やや遅れてルプスレギナがそこへと飛び込んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 背中に灼熱が走った。少なくとも少女、エンリ·エモットは手を引く妹を庇いながらそんな風に思った。次に襲い来るのは灼熱を通り越した痛み。しかし、それでも頭はクリアなままだった。少なくとも、自分は痛みには強い。それは生来の物だと聞かされていた。

 だが、痛みに強い事とダメージがない事はイコールではない。少なくとも背中を切られた衝撃で、妹を胸に抱いたまま地面に倒れ込んでしまった。立とうとするが、両足が震え、上手く力が入らずただもがくだけ。

 

「悪いなお嬢ちゃん、これも仕事でな」

 

 そう言いながら、口調には罪悪感など無さそうな騎士に、エンリは強い、目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えた。私たちが何をしたと言うのか!貴様らのような奴等に、なぜ私たちが殺されねばならないのか!

 声無き声で叫び、痛みに食いしばった歯の間から獣の唸りのような声が出る。それを、騎士は嘲笑い、剣を振り上げた。

 ここまでかと妹を胸に抱き目を固く閉じる。だが、覚悟した瞬間は訪れなかった。

 エンリの回りで、風が舞った。金属音と柔らかいものが崩れ落ちる音が同時にエンリの耳に届く。

 そっと、エンリは目を開けた。騎士がいた場所には、見たこともないような鎧を見にまとった巨漢の男が、白銀に輝く曲刀を両手に持ち、自分と妹を守るように背を向けて立っていた。

 その男がこちらへ振り向いた。額から角が生えた男性だった。その男性が、優しく、労るように声をかけてきた。

 

「大丈夫か?もう心配は要らないからな」

 

 




お気に入り登録が八十件、だと!?登録していただいた皆様、ありがとうございます。

次回はもっとバトルシーンを入れたいなって思っておりますので、気楽にお待ちください。

……こんな感じの文体でよかったのかと悩んでますけど……。

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