The Last Stand   作:丸藤ケモニング

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 死の宝珠、って、なんか意味ありそうじゃないですか?
 そんな彼にスポットを……当ててはないです。





34,ルプスレギナの冒険~鮫と一緒編~

「ほいじゃ、カジッちゃん、私はここでおさらばするねぇ~?」

 

 霊廟の奥で、ンフィーレアの目を抉った上に叡者の額冠と言う希少マジックアイテムを取り付けた後、気安く軽くそう言って手をヒラヒラと振って見せた。

 

「ふん……!勝手にどこへなりとも失せるがいい……ま、まぁ、今回の事は、礼を言ってやらんこともないがな……!」

「ああ?別にいいよ、礼なんてさ。アタシは追っ手から逃げるためカジッちゃんを利用する、カジッちゃんは自分の望みを叶えるためにアタシを利用する、ギブアンドテイクっしょ?」

「ふん!最後まで口の減らぬ奴よ。まぁ良い。貴様の追っ手とやらもついでに始末し、貴様に最大限の恩を売ってくれるわ……!」

 

 既に勝った気でいるカジットを冷めた目で見ながら、クレマンティーヌは心の中で嘲笑する。こいつは聖典の連中を下に見すぎていると。自分を追ってきている風花聖典、こいつらですら自分がてこずるほどの強さだと言うのに、未だ望んだ姿へと変貌すらしていないこいつ程度が、何を言っているのか。老婆心からか、それとも多少の付き合いがあったからか、彼女、クレマンティーヌにしては珍しく忠告を飛ばしてやることにした。

 

「気を付けなよカジッちゃん。いくらそれが手に入ったからって、あんた自身が強くなった訳じゃないし、聖典の強さはかなりのもんだよ~?注意した方がいいと思うけど?」

「ふん……!言われずとも分かっておるわ!どんな相手であろうとワシが操る不死者の軍団で蹴散らしてくれる!そして、ワシはついに永遠を手に入れるのだ……!」

 

 鼻で笑いそうになるのを必死でおさえ、クレマンティーヌは手を振って霊廟を後にする。どうせ、アンデッドになったところで、あの人類の守護者に滅せられて終わるんだ。せいぜい夢を見ながら足止めをよろしくね、カジット·デイル·バダンテール。もしうまく行って生き残ったら……。

 もはや走りながらクレマンティーヌは嘲笑う。彼の覚悟や生い立ちを思い出してなお嘲笑った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お、確かあの馬車の筈っすよケラちゃん」

 

 夜の闇、建物の陰を経由して移動していたルプスレギナは、発見と同時にそう囁くように、足元に向かって言った。そうして立ち上る影は瞬く間にメイド服を着た鮫の姿へと凝り固まる。そうしておいて、鼻をひくひくと動かし眉根を寄せるのだった。いや、眉根がどこかは分からないが。

 

「血の臭いがしますね。しかも少なくない量の血の臭いです」

 

 言われてルプスレギナも形の良い鼻を動かし宙を匂ってみる。確かに血の臭いがする。しかしながら……。

 

「ケラちゃん、鼻良すぎない?アタシ、一応狼の筈なんすよ?」

「私は鮫ですので、血の臭いには敏感です。どうやらこの建物の中から漂ってくるようですね。どうします?一応中を確認しますか?」

「あったり前じゃないっすか。とにかく、秘密を知ってる冒険者の口封じをしなくちゃならねぇんすよ」

「それに関しては同感ですが、殺すかどうかはモモンガ様や他の面子にお伺いを立ててからですね」

「襲ってきた場合は?」

 

 何をバカなことを、とでも言うように、ケラススは肩を竦めるようなジェスチャーをした。あくまでジェスチャー。肩はないので。

 

「身の程知らずには思い知ってもらいましょう。有り体に言えばぶっ殺します。フライングジョーズ案件ですよ、それ」

 

 と、良く分からないことをほざきつつ、触手の癖にやたらと器用な手つき、もとい触手つきで鍵穴を探るが、鍵が閉まっていると言うことも無かったため、そのまま開け放つ。途端、鮫面をしかめて一歩後退した。

 

「くっさ……!なんですかこの臭い……!」

「くっさ!なんすかこの漢方薬臭さは!」

「か、漢方薬!?ってか、マジくさっ!!っとと、まずい!」

 

 人が動く気配をロレンチーニ器官、かどうかは知らない部分で感じ取ったケラススは、素早くルプスレギナの思ったよりも細い腰を触手の一本で引き寄せ、音も気配もなく扉の中に飛び込んだ。遅れて酔漢が二人ほど、良く分からないことを言いつつ裏通りを歩いて行く。

 そいつらが去っていったのを確認し、ルプスレギナはパンパンと腰に回された触手を叩くと、締め付けるような力が緩みシュルシュルとスカートの元へと戻っていった。

 

「単なる酔っぱらいなら、見られても問題ないっしょ」

「私の姿を見て、餌の立場になってから物を言ってくださいな」

 

 言われて、苦手ながらも玩具の気持ちになって考えてみる。飲んでいい気分になって歩いてたらメイド服を着た鮫、鮫イドがいた。

 

「さすがにびびるんじゃないっすかねぇ?良く分かんないけど」

「普通に恐れ戦きます。無用な混乱は私も望むところではありませんし」

 

 そう言いつつケラススは素早く周りを物色して行く。とは言え、少し階段を降りたところに有るのは、壺や木箱につまった乾燥した薬草の類いのみ。確認するが早いか非人間的な滑らかな動きで母屋に続く扉を潜り抜けて行く。そしてそこには。

 

「おやおや、まぁまぁ」

「あららぁ、説得する必要、無くなったっすね」

 

 様々な薬草やその他諸々、この慣れはしたけど鼻にこびりつくような独特の臭気を放つ中型の鍋等が並ぶ、混沌としているが部屋の主なりにもっともベストだと思える配置の部屋だったのだろう。現在は、そこに転がる人間だったモノの流した血液や肉片等で見る影もないが。

 

「はてさて?物取りの犯行、にしては肉塊の損壊が激しいですねぇ……打撃武器で殴打された痕、これは鋭く尖った三角垂の刃で刺された痕ですねぇ」

「こっちの玩具は全身滅多刺しっすねぇ。いやぁ、これやった奴とは話が合いそうだなぁ……満足いったら殺すけど」

 

 冷静に分析するケラススと笑って冗談を飛ばしているようで、実のところそれなりに分析をしているルプスレギナは、それぞれその場にあったものをとりあえずと言った調子で分析し、そして、なんかお土産になりそうなものはないかなぁと物色を始める。結果、金貨が何十枚かは見つかったので、まぁ良しとしよう。そう考えつつルプスレギナが振り替えると、ケラススが棚から青い色をした液体の入った小瓶を取りだし懐に飲んでいるのが目に入った。

 

「なんすかそれ?」

「物品鑑定をしてみたところ、どうもポーションのようですが……ナザリックに有るものとは一致しませんね。興味深いので持ち帰ります。そちらは?」

「金貨が数十枚。これっぽっちしかないなんて、しけてるっすねぇ」

 

 カラカラと笑うルプスレギナに割りと上品な笑いを返すケラスス。が、次の瞬間、二人の顔が一斉に同じ方向へと向く。

 

「なぁんか、妙な声が聞こえたような?」

「恐らく悲鳴とかそういう叫びかと……」

「あー、それっぽいっすねぇ……ちょっと見てきてもいいっすか?」

「どうぞ……私はここを掃除しておきますので」

「掃除?なんでっすか?」

「そこの冒険者は我が主の行っていることを知ってるのですから、どこかで復活させられたら情報が漏れます。なので、ゴミは掃除しておきます」

 

 その言葉にルプスレギナは、彼女が自分の妹の一人、エントマ·ヴァシリッタ·ゼータの嗜好にもっとも近いのだと気付いた。口調は丁寧で勤勉、比較的慎重な性格だと見ていたがこういうところの有る人物だったとは。なかなか仲良くなれそうな気がする。そんなことを思いつつ、ルプスレギナは部屋から飛び出して行く。自分も食べるのは好きだが、それは自分がいたぶったりした末に補食するのが好きなだけであって死体をむさぼるような、有り体に言えばハイエナのような食事は好きではないのだ。故に、彼女にこの場は任せて、ルプスレギナはもっと面白いことがありそうな場所へと駆け出したのだ。

 ルプスレギナを見送った後、ケラススはさて、と腰に手を当てどこから始めたものかと考え、簡単なことに気がつく。せっかく腕が多いんだ。全部引きちぎってのんびり食べようと。思い立つが早いか、ケラススは、かつてペテルと呼ばれていた肉の塊に触手を伸ばし、強引にその足を引きちぎって口の中に放り込んで、それを数回噛み潰した後、嚥下するときに気がついた。割りと金属質の物が多い。と、言うことは全てを剥ぎ取って食べねばならず、剥ぎ取ったものはその場に残って証拠になるから持ち帰らねばならない。ずいぶん荷物が増えたなぁ、そう思いつつケラススは末端からむしりとったものを嚥下しつつ、器用に装備品を剥いで行くのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 屋根の上を駆けると、眼下では武装した人間が慌ただしく動いているのがチラチラと映る。ずいぶん慌てているようだが何があったのか。少しばかり耳を澄ませてみると大体の内容は把握できた。

 ここで慌てている奴等はどうやらこの都市の衛兵であるらしく、墓地とか言うところからアンデッドの大群が湧き出したらしい。現在は冒険者も交えた防衛線をうんぬん。つまり早い話が、

 

「アンデッドが墓地から湧き出した、大慌てで迎撃準備ってとこっすかね?」

 

 話を咀嚼し一言。しかし、どの程度のアンデッドが出てきたと言うのか。もしや、モモンガ様がひょっこり現れて、絶大なパワーを振るったとか?確かアウラ様が言うことには、モモンガ様はゴッドアンデッドとか言う聞いたこともないような種族らしいし。さすがモモンガ様、パネェ。

 

「とと、向こうみたいっすね。ちょっと覗くだけ覗いて見ようっと」

 

 まぁ、ぶっちゃけモモンガ様が来てるはあり得ないだろうし、となれば適当なアンデッドが湧き出したのだろうから、あっという間に片はつくだろうけどね。

 気楽にそう思いながら、ルプスレギナは屋根を伝って移動する。幸いと言うかなんと言うか、この異常事態に民家の屋根を気にしている者もおらず、わざわざ隠密に気を付ける必要もないままあっという間に最前線へと到達したのだった。

 

 恐らく、人間にとっての地獄とはこう言うことを言うんだろうなぁ、とルプスレギナはぼんやりと眼下の光景を見つつ思う。

 彼女の眼下では、数十体の動死体が、急拵えの柵から手を突きだし近くにいる冒険者や衛兵をひっ掴もうとし、それを槍や棒と言ったもので突き返している。正直、ルプスレギナにとっては欠伸が出るほど退屈な光景であったが、その場で戦っている者にとっては生き死にをかけた必死の抵抗であった。この時点で生者と死者の攻防はほぼ均衡状態であると言えた。

 その均衡が崩れたのは、その巨影が姿を表した時からだった。最初に気付いた誰かが大声で叫ぶ。

 

「《 集合する死体の巨人/ネクロスォーム·ジャイアント 》だぁ!一旦下がれぇぇぇぇえええ!」

 

 そのアンデッドはまさに死体がより集まり一体の巨人をなしたものであった。その言葉に敏感に反応出来た者は幸運であったろう。目の前の作業に没頭しているがあまりその声に反応出来なかったものは、その巨大な拳によって急拵えの柵もろとも吹き飛ばされた。それで即死したのなら、それはそれで幸運だった。宙に舞い上げられ奇跡的に命があった者は、その奇跡に感謝する間もなく、死者の波頭の中に落ちることになる。

 

「ひっ!ひあっ……!」

 

 悲鳴をあげる暇さえない。そこら中から伸びた死者の腕が男の手足を掴み、それを振り払おうとした腕に別の死者が噛みつく。場所によっては籠手に守られ鎧に守られているものの、服の上から黄色く濁った歯が突き刺さりブチブチと音を立てて筋肉までを食い千切る。足もまた同様。守られていない所は食いちぎられ引きむしられて行く。それでも、胴体は頑丈な鎧で守られ頭も同様。しかし、それも意味はない。こうなった人間の望みはたった一つしかないからだ。曰く「殺してくれ……」だ。

 しかし、その望みを叶えられる人間はいない。柵を破壊され、塞き止められていたアンデッドが市街地の方へ流れ込むのを必死で食い止めようとする者たち。そこへ雪崩込み生者への怨念で突き進むアンデッド。

 ここまで見て、その場から離れながらルプスレギナは大きく欠伸をした。やはり、面白くないのだ。弱い奴等が必死で抗う様は見ていて滑稽でそこそこ面白いが、結局のところ、そこそこなのだ。もっと人間が抗っても無駄な相手に無様に抗って、無様に、絶望に表情を歪めながら死んで行く。それを自分の手で行うことがやはりもっとも面白いのだ。

 フッと、誰かがルプスレギナの背後に降り立つ。とは言え、その相手はすでに分かっている。振り返る事無く、ルプスレギナはその人物に声をかける。

 

「掃除は終わったんすか?」

「ええ、それはもう……ふむ、まぁまぁの阿鼻叫喚。ですが、もう少し刺激があった方がいいと思いません?」

「そりゃぁそうっすね」

 

 答えつつ振り向くと、そこには、触手の一本に例の冒険者を抱え、一本で様々な物が入った袋を抱えたケラススがいた。鮫の表情の変化は分かりづらい。だが、下で行われている地獄絵図にやや高揚しているように見えるのは、ルプスレギナの勘違いだろうか。続けて何か声をかけようとしたルプスレギナはふと気付く。ケラススの足の代わりになっていた触手が一本、消失している。

 

「ありゃ?足、て言うか触手が一本、足らなくねぇっすか?」

「ええ、足の一本は……」

「う、うわぁぁああああああ!!」

 

 ケラススが下を指し示すのと悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。何事か、楽しいことが起きてそうだと下を覗き込んでみると、そこには、太さ二メートル程の蛇のような幼虫のようなミミズみたいな化け物が地中から這い出てくるところだった。恐らく半分ほど体を出したそのミミズは、頭らしきところをクパァッと放射状に広げ、舌のような器官を四本ほど射出、手近な冒険者を絡めとると、口の中に冒険者を押し込んだ。冒険者の悲鳴がくぐもった音に変わった後、耳に悪い固い何かを砕く音と水袋を潰したような音。

 

「なんすか、あれ?」

「グラボイズ。アースワームの一種ですね。私が呼び出せるモンスターの一匹です」

「はぁ!?召喚とか出来るんすか!?」

「ええ。とは言え、私のレベルが一時的に10レベルほど下がるので、あまり使いたくはないですけど。今回は混乱をもたらすようなので問題ないでしょう?」

「なぁんで、そんなことをするんすかねぇ?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべ、ルプスレギナは何だか仲良くなりつつ有るような気がしなくもない彼女にそう聞いた。答えの言葉はなく、意地の悪そうな笑いだけが返ってきた。

 

「いやぁ、本当に意地が悪いっすねぇ」

「いえいえ、あなたには敵いませんとも」

 

 二人は朗らかに笑い合いながらその場を後にする。背後で響き渡る絶叫に耳も貸さず。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 エ·ランテル墓地の地下神殿、持続光の淡い光の中、カジット·デイル·バダンテールは、《 不死の軍勢/アンデス·アーミー 》によって産み出される無数のアンデッドが次々と自分の制御下に入り外へ向かってその軍勢が攻め出すのを快をもって受け入れていた。

 第三位階にある《 不死者創造/クリエイト·アンデッド 》によって産み出されるアンデッド、低位ならば百体以上、カジットならば支配できる。だが、先程から溢れ出している不死者の軍勢はその数の比ではない。一回につき千体以上、それも中には自分が未だ制御できないようなアンデッドすら交じっていると言うのに、アンデッドが産み出される度に力強く脈動し輝きを増し続けるこの〈 死の宝珠 〉の力が、全てのアンデッドを制御下に置くことを可能としていた。

 そして、カジットはここに至って、この神殿に負のエネルギーとも呼べるものが充満しつつ有るのを感じ高笑いをあげる。ついに、ついに願いの一つが叶うのだと、喜びの笑いを、既に生きる者の居なくなった神殿に響き渡るほど上げ続けた。

 カジット·デイル·バダンテール。スレイン法国の田舎の村に生まれる。父は屈強な体躯を持つ農夫、母は穏やかな普通の女性、その一粒種として産まれた彼は普通の子供時代を過ごした。

 そんな彼が今の彼へと変わったのは、母の亡骸を見た時からである。無論、最初はここまで歪んでなどいなかった。

 あの日、彼は母の早く帰ってくるようにと言う約束を破って普段よりも遅く帰ってしまった。

 母親に怒られるとビクビクしながら家に飛び込むと、既に母親は動かなくなっていた。驚き、慌てて母親に駆け寄り触れたときの暖かな感触はいまだに忘れられないものだ。

 冗談だろう、嘘だろうという気持ちは、簡単に裏切られることとなった。

 母親は死んでいた。聖職者たちが死因の事を言っていたがもはやどうでも良かった。誰もが誰のせいでもない、そう言っていたが、もしあの時、自分が早く帰っていたら?変わったかもしれない、変わらなかったかもしれない。しかし、ここまで後悔し自分を責めることなど無かっただろうとは思えた。

 故に、母を甦らせ自らの過ちを清算するため、カジットは魔法の知識を蓄え始めたのだが、知れば知るほど、知識を得れば得るほど、大きな問題に直面することになった。

 死者を蘇生する魔法は、対象となったものを復活させるにあたり膨大な生命力を消費する。それが足りない者は復活出来ずに灰になる。そして、自分の母親はそれに耐えるだけの生命力がない。しかしながら、新たな魔法を作り出す程の時間は、恐らく無い。だから人間をやめてアンデッドとなり、魔法の開発までの時間をかせぐ。それが、カジットの出した結論。

 そうして、それまで学んだ信仰系を捨て、魔力系統を学びだしたが、再び新たな壁にぶち当たることになる。簡単な話ではあったが、結局のところ、高位のアンデッドになるためには時間がかかりすぎると言うことだ。それ以外にも才能や能力の壁が存在する。そして、最終的にアンデッドになれない可能性だとて存在するのだ。

 それらを突破する方法として考えたのが、一個の街を全てアンデッドで覆い尽くし、そこから発生する負のエネルギーによって、才能の壁、時間の壁、能力の壁を突破する方法であった。

 それを行うために、邪教であるズーラーノーンに接触し高弟まで上り詰め、そしてズーラーノーンの盟主より死の宝珠を賜った。そして、その思いと野望は今まさに実を結ぼうとしていた。

 

「くくっ……くははっ……くははははははははは!ついに、ついにワシがアンデッドとなる瞬間がやって来たのだ!五年間の準備、三十年たとうと変わらぬこの思い、全てが、全てがここから始まるのだ!」

 

 狂ったように、涙を流し涎をこぼし笑顔を浮かべ、カジットは天に向かって死の宝珠を掲げる。歪で不格好な石にも見えるそれは、内側から禍々しい光を強く強く発し脈動している。その脈動にあわせ、床に自分の部下の血で描かれた魔方陣が弱く弱く発光する。

 

「さぁ、死の宝珠よ!ワシを、ワシをアンデッドに変えよ!」

 

 言葉に答えるように、死の宝珠が今まで以上の光を発した。そして……。

 

「----ぎぃぎゃぁ!」

 

 死の宝珠が、カジットの掌に食い込んだ。絶望的なほどの痛みがカジットを襲う。だが、カジットはそれを懸命にこらえた。これでアンデッドになり、永遠の中、母を生き返らせる手立てを模索できるなら、この程度の痛みなどどうと言うことはない、と。

 その間も、死の宝珠は腕の中を潜行することを一時足りとも止めはしなかった。ブチブチと筋肉を引きちぎり、肉を裂き骨を砕く。それでも、カジットは苦鳴を上げこそすれ、決してそれを拒むことはなかった。が、しかし……。

 

「--がぁあああぎぎゃぁかかきがっぁっぁぁ!!」

 

 それが胸に至り首に至ったところで、何かおかしいことに気がつきながら、奇怪な悲鳴をあげる。だが、その悲鳴も気道や生体を圧迫されたことで無理矢理阻止されてしまう。自らの首を掻きむしるが、それを避けるように死の宝珠はまっすぐに頭蓋骨へと侵入し、そこでカジットは白目を剥いたまま、何が起きてるのかも理解できぬまま息絶えた。

 事切れたカジットの額の肉が内側から盛り上がった。それはどんどんと大きくなり、額が裂ける。それを皮切りに裂け目は鼻、顎へと伸び、止まる事無く首から下へと伸びていき、そして、最終的にその死体の中から巨大な腕が出現する。その骨のような金属質のような腕はそのまま真っ直ぐカジットの体から出続け、次に同じような骨の肩、悪魔の物を連想させる頭蓋骨、全身へと至り、最後はカジットであったものを踏みしめるように足が出現し床を踏みしめる。

 それを知る者がこの場にいたならばこう叫んだであろう。〈 死の騎士/デス·ナイト 〉と。しかしながら、それはどのような武装も持たず、額には黒曜石のような輝きを放つ死の宝珠が光輝いていた。

 死の騎士の口から真っ白い蒸気が吹き出す。そしてそれは、どこから響いているか分からないような声で哄笑したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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