The Last Stand   作:丸藤ケモニング

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遅くなったけど許してクレマンティーヌ。

いや、この時期は農家の繁忙期なんでもう……。





31,帰還

 全ての準備を終えたアルベドは指輪の力を使ってシャルティアとソリュシャンを伴い、第八階層桜花聖域へと赴いていた。理由に関してはアルベド曰く『如何にモモンガ様や他の皆様が許したとは言え、あくまで表向きは罪人であるたっち·みーを皆様が迎えに行くのはいかがなものでしょう?それに皆様が赴かないことにより、サプライズ感が否応無く高まるのではないかと愚行いたします』との事。

 実際の所、アルベドの腹の内は怒りの炎の残り滓のようなものがある。無論、それは何もリュウマが殺されたことによるものでもWIを無断使用を強行しようとした事でもなく、恐らくモモンガが止めに入っても凶刃を振るったかもしれないと言うところに依存する。それを思えば再び怒りの炎が燃え上がりそうになるが、ここはグッとこらえる。

 

「しかし、初めて来ぃしんしたが、美しいところえねぇ」

 

 怒りを必死で押さえ込んでいるアルベドの横で、シャルティアが殊更のんびりとそう感想を漏らした。その傍ら、ソリュシャンも同じように頷いている。アルベドは一つ咳払いをすると思い出すようにしながら足を進め始める。

 

「そうね。ここに咲き誇る桜の数々は、至高のお方、ブルー·プラネット様が精魂を込めてご創造なされたと聞いているわ。そして、まだ見えないけど奥に控える本殿はチグリス·ユーフラテス様と死獣天朱雀様の合作とも聞いているわ」

「ほぉ、さすが至高の方々でありんすなぁ」

 

 心底感嘆したようにシャルティアは熱い吐息を吐き、アルベドの顔を見上げる。たまたまシャルティアの方を見ていたアルベドと目が合うと、ここ最近では珍しい真面目な顔で言葉を続ける。

 

「それで?まだ怒っていんすか?」

 

 核心をつくような言葉に一瞬身じろぎをした後、慌ててアルベドは笑顔で取り繕う。

 

「なんの事かしら?」

「あらぁ?隠さなくてもいいんじゃない?分かってるんでありんすよわっちは。未だ、逆賊たっち·みーを許してないんでしょう?」

「……そう言うあなたはどうなのかしら、シャルティア?」

 

 力無く切り返されたシャルティアは、ニヤァっと笑って答える。

 

「無論、赦してなどいない!と断言するでありんす。とは言え当事者であるリュウマ様が許しておられるなら、わっちから言うことなどありんせんなぁ。ペロロンチーノ様も、特に何も言いんせんからねぇ」

「……今回、私が怒り覚えているのは、何もリュウマ様が殺されたからではないのよ?」

「それはそうでありんしょうや。わっちとて、リュウマ様が殺された程度では怒りなんぞ更々覚えしんせん。それは、どっちにせよリュウマ様を侮辱することになりんすからねぇ。剣を向け合えばどちらかが死ぬのは必然。わっちら戦士職はそれを重々理解していんす。わっちらが怒りを覚えるのはただ一つ、その凶刃がわっちらの主にむいてかもしれせんことよ」

「……なら、シャルティア。もし、あなたの主であるペロロンチーノ様が害されたとすれば、どうするつもりかしら?」

「そなこと、決まってるじゃありんせんか?」

 

 艶やかに笑い、シャルティアその顔を大きく歪めた。

 

「どんな汚い手を使おうと、あのクソ野郎をぶち殺すんだよ」

 

 そのあまりの殺気は、やや離れた位置を歩いていたソリュシャンが一瞬自らの形を崩れさせるほど激烈な、それこそ物理的圧力さえ伴っているような物だった。が、直ぐ様それが嘘のように引っ込み軽く肩を竦め口許に苦笑の成分が多い笑みを浮かべた。

 

「まぁ、そんなことにならぬよう、リュウマ様が体を張って止めてくれしんしたから、この怒りはただただ想像から来るものよねぇ。つまり、アルベドが抱いているその怒りも、単純に単なる想像の物、気にせんことえ」

 

 そこまで言われ、アルベドは初めて気がつく。あろうことか、あのシャルティアに釘を刺された上で気を使わせたのだと言う屈辱的な事態に。悔しさのあまり歯軋りをするアルベドを見ながら、シャルティアは苦笑しながら続ける。

 

「そな悔しそうにしいせん。わっちもやまいこ様や茶釜様に釘を刺されるまでこなこと、考えもしいしんしたえ?」

「……?え?考えたの?考えてないの?」

「考えもしなかった、で、ありんす」

「まぁ、あなた、最近ペロロンチーノ様で頭一杯だから、何も考えてなかったわよね」

「愛しいお方に毎晩抱かれておるんえ?思考も停止すると言うもの」

 

 カラカラと笑って、余裕をもってシャルティアは皮肉をかわす。そして。

 

「さて、吐き出すものは吐き出しんしたか?」

「まぁ、それなりに、ね。はぁ~……まさか貴女に気遣われるとはね」

「ペロロンチーノ様曰く、わっちも成長していると言うことでありんす。主もさっさと成長しなんし」

「努力はするわ……見えてきたわね」

 

 促されるまま前を見れば、美しい桜並木の向こう側に豪奢な神社が姿を現していた。贅を尽くした物ではないがそれでも見るものに感嘆の念を抱かせるには十分なそれは、シャルティアの心を掴むのには十分と言えた。無論、それは後ろに控えるソリュシャンも同様らしく、普段の冷静な表情とは打って変わったなんとも言い様の無い表情をしていた。

 

「……そう言えば、アルベド様、少々お伺いをしても構いませんでしょうか?」

 

 珍しいソリュシャンの問いかけ。半面だけを向けて、アルベドが先を促すと軽い会釈をした後ソリュシャンが言葉を続けた。

 

「この第八階層は、原則、立ち入り禁止だと聞いております。メイドや我々プレアデスの間でも様々な憶測が時おり漏れ出ますが、よろしければお教え願えませんか?」

「それはわっちも知りたいでありんすね。守護者統括である主は知っておるんでありんしょう?」

 

 二人の言葉にアルベドは視線を前に向けたまま軽く思案する。果たしてどこまで教えたものかと。

 

「……この階層に私の妹がいるのは知っているわよね?なら、あの子が問題……あぁ、違うわね。あの子しか起動出来ないあれらが問題なのよ」

「あれら?なんでありんすか?」

「それを語っていいかどうか、それはモモンガ様にお伺いをたてねばならないので、あえて言わないわ。ただ……そうね、あれらも含めて、あの子、ルベドは純粋に最強なのよ。無論、単体でも物理攻撃のみでなら最強だけれども」

「……聞き捨てなりんせんが……なら、わっちと主、二人でかかれば、どうでありんすの?」

「無理よ」

 

 返答は短いが、そこには様々な感情が宿っているようにソリュシャンは感じる。その中でも特に誇らしさが強いように思えるのは気のせいか。

 

「とは言え、ルベドの最大稼働時間は三十分、あれらも同時に起動すれば十分と言うところかしら?それを耐えきれば、まぁ勝ち目はあるでしょ……やっと到着ね」

 

 言われるがままにシャルティアが目線を前に向けると、神社が随分と近くに来ていた。

 正直、遠近感が狂うほどの巨大な建造物であり、また、そこに生える桜もまた見上げても足りぬほどの巨大さであった。

 その遠近感が狂うほど巨大な鳥居をバックに、二つほどの人影があった。

 片方は確実に巫女。巫女とはつまりこう言う服装なんだよ!と強調するほどの巫女である。顔立ちは非常に整っている。つまり、道を歩けば老若男女問わずに振り返り倒錯するほどの美貌である。柔和な笑みを浮かべ三人に向かって軽く一礼。

 

「お待ちしておりマシタ。現在、たっち·みー様は居室にて待機されておりマス」

「そう。特に変わったことはないのねオーレオール·オメガ」

「変わったことデスか?」

 

 

 オーレオールは、その細い顎に指を当て少し考えた後、ポンと掌を打ち合わせた。

 

「たっち·みー様が、私のエスプリの利いたギャグで笑ってくれませんデシタ!せっかくモンティ·パイソンを参考にした“バカな歩き方”とかを迫真の演技でやってのけたのに……ごっつしょんぼりデース」

 

「何してんだこいつ」全員がそう思いはしたがあえて口には出さなかった。口には出さなかったが明らかに顔に出ているのは、まぁしょうがないだろう。そんな一行の前でオーレオールはそのコントを全力で演じ始めるのだが、申し訳ないが内容があまりにあれなもので詳しい描写は避けさせていただこう。ただ、アルベドが頭痛をこらえシャルティアが笑いをこらえ、ソリュシャンの形が崩れた、とだけ言っておく。

 さて、このオーレオール、別段一人でコントをやっていた、と言うわけではない。先程からモンティ·パイソンの下全開のネタに無表情で付き合っている長身の美女、彼女こそがアルベドの妹、ルベドである。顔の造作そのものはアルベドに一切掠りもしない程似ていない。と言うか一切表情が動いていない。その状態でモンティ·パイソンの下ネタを全力でこなしているのだから、ある意味怖い。自らの妹ながら、アルベドはつくづくそう思った。時々、創造主であるタブラ·スマラグディナに与えられたホラーネタを随所にぶっ込んでいるのだが、たぶん、自分以外には分からないからやめなさい。そう突っ込みをいれたかった。無理だったが。

 かくして、10分ほどのネタが終わった後、清々しい笑顔でオーレオールが三人に向かってサムズアップ。隣でルベドも無表情のままサムズアップ。ネタ全般をやりきったぞ感が半端じゃないが、倒れ伏して全身を痙攣させて笑っているのはシャルティアくらいで、アルベドは難しい顔をして腕を組み、ソリュシャンは無表情に脱力しているようだった。

 

「どうデースかー!?完璧にやってのけましたヨー!」

「すばらしい完成度ね。しかし、いかんせん、あくまでネタのトレースに過ぎないわ。もっとオリジナリティを出さないと至高の方々にお見せできないわね」

「そうじゃないですアルベド様」

「……ん?あぁ、そう言うこと?さすがねソリュシャン。ここまで下ネタ全開だと、至高の方々もドン引きよね?と、言うことで、オーレオール、ルベド、なるべく下ネタの無い方向でネタを作ってちょうだい」

「そうじゃねぇっつってるでしょう!?はっ倒せないけどはっ倒しますよ!?」

 

 切れるソリュシャンを見て当初の目的を思い出すアルベド。

 

「……そうだったわね。オーレオール、ルベド、逆賊たっち·みーをここへ引っ立てなさい。刑を執行する場へと引っ立てて行きます」

「Oh?……処分、なさるのデスか?あ、いえ、出すぎた話デス。では、すぐお連れしマス」

 

 疑問を自ら否定すると同時に、オーレオールの姿が掻き消える。オーレオールはナザリック全域の転移関係の制御を受け持っている。多少発言その他がおかしかろうと、短距離長距離の転移など朝飯前だ。ついでに言うならば、他人の転移の制御だとてやってのける。実際、その方向に特化した領域守護者にしてプレイアデスの一人な訳だが。

 さて、と思いつつアルベドは妹に顔を向ける。すると、ルベドの方もアルベドの方を見ていた。相も変わらぬ鉄面皮であったが、アルベドには何かを言いたそうにしているのが分かった。ゆっくりと頷き話を促そうと手を差し出そうとするよりも早く黒いドレスが宙を舞う。シャルティアだ。山なりの軌道で飛んだシャルティアはそのままの勢いでルベドの胴体へ向かう。狙いはそう……。

 

「その胸もらったーーーーー!」

 

 アルベドに負けず劣らぬ豊満な胸。欲望全開のダイブ。それは恐らくたっち·みーであっても防げない速度。純一防御職が辛うじて反応できるだけの速度。だが、その一撃をルベドは軽く身を横に寄せるだけで回避し、あろうことか横を通りすぎようとするシャルティアの顔面をそのたおやかな作り物めいた手で掴み地面に叩きつけるほんの数瞬で動きを止めた。そして、姉の顔色を伺うように無表情に見上げてくる。

 軽い頭痛を覚えながらアルベドは軽く額を押さえる。

 

「離しなさいルベド……あぁ、優しくね?」

「了解しました姉様」

 

 そっと、ぐったりしたシャルティアを地面に下ろし、そのシャルティアから逃げるようにアルベドの背後に隠れるルベド。

 

「怯えなくても平気よルベド。彼女はシャルティア。貴女と同じ階層守護者なの。あれは……そう、友達になろうとしてたのよ?……たぶん」

「……友達?」

「ええ、そうよ?ねぇ、シャルティア、そうよね?」

「そ、そうでありんす……」

 

 こめかみからだらだらと血を流しながらシャルティアはそう答え、そして何をされたのか考える。少なくとも、いくらレベル100同士であったとしても、シャルティアのこめかみに指を突き込む等と言うことが出来るのか。否であるはずなのだ。少なくとも吸血鬼の特性に物理攻撃軽減などが含まれている事を考えれば、少なくとも生体武器などを展開した上でスキルの上乗せをしなければここまでのダメージを負わされるなどと言うことはあり得ない。

 考え込み始めたシャルティアを、ついで何が起きているのか分かっていないかもしれないソリュシャンを見、アルベドはため息をつく。

 

「シャルティア、疑問は後で、モモンガ様達にお伺いをたてて許可が出れば公表するわよ。それからルベド?何か聞きたいこと、あるんじゃないないの?」

「ん……大したことじゃないけど……モモンガさん達は?」

「ルベド、様よ」

「……モモンガ様達は……たっちさんを殺すの?」

 

 ザワッと空気が変わる。殺気と表現すべきか、それとも他の何かか。ルベドの内側から何かが溢れ空気を軋ませる。シャルティアが思わず鎧とスポイトランスを装着するそれはしかし、アルベドが微笑み頭を軽く叩く事で霧散した。

 

「安心なさい。殺したりなんかするものですか。モモンガ様や他の方々が許されたのだから、殺したりなんかしないわ。リュウマ様も、怒っていないようですし」

「リュウマ?誰?」

「あら?知らないのかしら?至高の方々のお一人。皆様が帰ってくるよりも前からモモンガ様と共にナザリックに残られている慈悲深きお方よ?」

「知らなかった……ねぇ、姉様?」

「なにかしら?」

「お会いしたい、そのリュウマ様に」

「ん~、一応お伝えしておくわね」

 

 アルベドの答えに満足行ったのか、ルベドは頷いてシャルティアの方へ歩み寄った。そして何か話しているようだが、それは置いておいてアルベドは考える。はたして、このナザリックに所属するもので至高のお方の一人を知らない者がいるのか?伝え聞くには、確かリュウマ様は最も遅くナザリックに参加されたとの事。それが関係しているのか、はたまたルベドの作られた過程が問題なのか……。後でモモンガ様にお伺いをたてることが増えた、そこまで考えた所で誰かが転移してきた。とは言え、そんなのは一人しかいないのだが。

 

「遅かったわねオーレオール。何かあったの……かし……ら?」

 

 

 顔を上げ、絶句。ソリュシャンも珍しい驚愕の表情。ルベドは無表情で親指を立てシャルティアは感心した顔だ。

 全員の視線が集まる中、オーレオールは実にいい笑顔を浮かべ、手に持った紐を持ち上げてみせる。光輝くなんの変哲も無い荒縄。それが続く先には、暗色系の甲殻を持つ蟲王、たっち·みーが亀甲縛りされて、やや甲殻を赤らめて立っていた。

 

「罪人を引っ立てて来まシター」

 

 皆の視線が一斉に動きたっち·みーを見る。その視線から逃れるように顔を背け、たっち·みーは叫ぶのであった。

 

「こんな辱しめを受けるとは……!くっ……殺せっ!」

 

 お前が言うんかーい!

 その場にいた誰もが突っ込んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「えー……では、これより刑場へと連行いたします。抵抗など、なされぬよう」

 

 光る荒縄を解かれたたっち·みーが頷くのを確認し、アルベドはシャルティアに向かって頷くと、心得たとばかりに〈 転移門/ゲート 〉を開く。まずアルベドがそこを潜りついでたっち·みー、ソリュシャン、最後にシャルティア。ルベドとオーレオールはここから離れるわけにもいかないので待機だ。

 

 〈 転移門/ゲート 〉を抜けたたっち·みーの頬を、柔らかな風が撫でた。次に目に飛び込んできたのはどこまでも広がる、そう錯覚させるほどの広い草原。その真ん中で立つ、漆黒のローブに身を包むオーバーロード、モモンガ。その隣にはピンクの肉棒ことぶくぶく茶釜と巨躯の鉄拳教師やまいこ、反対側には黄金の鳥人ペロロンチーノと黒の大鬼リュウマが立ち、たっち·みーの方をにこやかに見ていた。

 アルベド、ソリュシャン、そして転移してきたシャルティアがひざまずくと、モモンガは鷹揚に頷き言葉をかける。

 

「ご苦労だったアルベド、シャルティア、そしてソリュシャン。ずいぶん時間がかかったが、何かあったのか?」

 

 首をかしげているモモンガに、なんと報告したものかと考えたが、とりあえず当たり障りの無い答えを返すアルベド。さすがにワールドチャンピオンにくっ殺させたとは言えない。

 

「さて、ではアルベド、シャルティア、ソリュシャン、あらかじめ決めた配置で頼む」

「「「はっ!」」」

 

 答えるが早いか、三人は瞬く間に四方に消え、残ったのはギルメンのみとなった。そこでモモンガは軽く溜め息をつき肩を回して凝りをとろうとする。

 

「おいおい、モモンガさん、骨だから肩はこらないだろう~?」

 

 すかさず突っ込みをいれるペロロンチーノに、モモンガは苦笑を返す。

 

「いやいや、気分的にだよ、ペロさん」

「堂に入った名演技だね、感心するよ、ねぇ茶釜さん」

「うんうん、まさに魔王的な演技。プロの私が太鼓判を押すよ」

「姉ちゃんが人を誉めるなんて珍しい。明日は雨か……」

「ペロ、茶釜さん、お前以外は大体誉めてるぞ?」

 

 目の前で、昔のように和気藹々としている面々を、唖然とした気持ちで、たっち·みーは見ていた。耐えきれず、声を出してしまう。

 

「……皆、私は……!」

「たっちさん!」

 

 だが、その吐き出しかけた言葉はモモンガによって遮られた。そして、当の言葉を遮ったモモンガはおもむろに頭を、残像が残るほどの速度で下げた。

 

「申し訳ありませんでしたたっちさん。少し考えれば、たっちさんがどれだけあちら側へ帰りたいかなんて、すぐに分かるって言うのに……」

「モ、モモンガさん……」

「僕もごめんね、たっちさん」

「ちょっ……!やまいこさんまで!」

 

 モモンガに並んで頭を下げるやまいこ。その隣に、今度はぶくぶく茶釜が並び、肉棒を真ん中から折る。一瞬股間の辺りがビクッとするが、すぐさま頭を下げているのだと気づき、さらに慌てる。

 

「私も謝るね。別にたっちさん、私たちに一緒に帰ろうって言ってないのに」

「あー……俺も悪かったよ……けどさぁ、たっちさんも良くないぜ?だって、NPC皆を蔑ろにするようなことを言うからさぁ……まぁ、色々イラついてたってのもあるだろうけど……って、痛ぇよ姉ちゃん!」

 

 ぶちぶち文句を言うペロロンチーノの向こう脛を、茶釜の触手がビシビシと叩く。

 

「あーっ、と。俺は頭を下げないぞ、たっちさん。言いたいことはあそこで言い合ったし決着もついた。なら、それでいいじゃんか。なぁ?」

「リュウマ君……君は怒って?」

「?別に怒ってないけど?やりあえばどっちかが死ぬのは当たり前で、負けた俺が死ぬのは当然、だろ?」

 

 何でもないようにそう言って、リュウマが肩を叩く。結構力が入っているようにも思えるが。

 

「でも、あれ?私は刑場と聞いているんですが?」

「あぁ、それはですね」

 

 そこまで言って、モモンガ達は顔を見合わせる。唯一表情の変化がわかるリュウマがえみをうかべているし、全員が笑っているような雰囲気に包まれているのはなぜか。

 

「たっちさん。守護者、そしてギルメンが話し合った結果、貴方に関する刑は……追放刑となりました」

「……えっ?」

「色々考えたんですけど、さすがに死刑なんてのは有り得ないって事になりまして」

「えっ……ええ?」

「で、まぁ、先程謝ったように我々にも非があるとなりまして」

「は、はい……」

「と、すれば追放が一番穏便じゃないかと相成ったと言うわけです!」

「な、なるほど……」

 

 正直、たっち·みー的には甘い刑だと思いはした。だが、それは皆の気遣いだと気づき申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

「では、私はここで、野に放たれると言うことですか?」

 

 どんな罰でも受け入れる、そう決めていたたっち·みーは、皆の気遣いに感激していた。なぜこの体は涙を流せないのか、そんなことを思いながら立ち上がると、笑いと共に思いもよらぬ答えが帰ってきた。

 

「あ、違いますよたっちさん」

「はぁ?」

「ほらぁ、言ったじゃないモモンガさん。絶対たっちさんは額面通りにしか受け取らないって」

「ペロさん、よく分かってますね……」

「全員分かってるよ!」

「え?ええと?」

「じゃぁ、僕の方から説明させてもらうよ?一応、僕達はここの支配者と言うことになってる。だから一応建前上罰と言う形で刑にしてるだけで、実際は……モモンガさん、あとはよろしく」

「はい……それでですね、たっちさんを追放するんです、“リアル”へ」

 

 衝撃が体を突き抜けた。モモンガさんは、今、なんと言った?“リアル”へ?追放?

 その言葉が染み込むと同時、膝が折れた。歓喜が波のように押し寄せ、精神耐性がそれを押し止め、しかし再び身が震えて余りあるほどの歓喜が押し寄せてくる。そして、同時に申し訳なさも同量で押し寄せ戻される。きっと、この身が涙を流せるのなら泣いて喜んで涙を流しているだろう。もどかしい心の状況の中、モモンガが肩に手を置く。続いてぶくぶく茶釜、やまいこ、ペロロンチーノ、リュウマと続く。

 

「たっちさん……あっちへ戻っても、俺たちを忘れないでくださいね?」

「たっちさん、奥さんと子供を大事にしてね?私の出てるアニメとかオススメだよ?」

「たっちさんの通ってる学校は大丈夫だろうけど、世の中、何が起こるか分からないから気を付けて」

「姉ちゃんの出てるアニメはやめた方がいいぜたっちさん。大きいお友達用だから気を付けて」

「いい勝負だったなぁ、たっちさん。負けたけどいい勝負だった……負けたけど!」

 

 今度こそ、言葉が出なかった。ただ、皆の心遣いが痛かった。そして、それを上回るほど嬉しかった。だから、何度も何度も頷いて答え続ける。

 

「さて、名残惜しいですけど、そろそろ始めましょうか」

 

 10分ほど経った頃、モモンガはそう言ってたっち·みーの側から離れ、懐から一つのみすぼらしい杯を取り出す。それはたっち·みーも見覚えのあるアイテム、自分が皆と共に最後に手に入れたワールドアイテムであり、自分が使おうとしたワールドアイテムであった。

 

「モ、モモンガさん、私は……」

「残るなんて言うんじゃないぞ?モモンガさんの決意が揺らぐから、な?」

 

 思わず口に出しそうになった言葉を、リュウマが釘を刺す。昔から、リュウマはそう言うことには敏感に反応する。人の心に動きを読むのが巧いと言うべきか。

 

「ふふ、最後なんですけどね……再びになりますけど、我々を忘れないでくださいねたっちさん」

「……!ええ、ええ!忘れませんとも!私は、最高の友人を持った!それを忘れるものですか!」

 

 泣いているような声に満足げに頷き、モモンガは杯を掲げた。それに合わせてたっち·みーの回りにいた面子も数メートル下がる。

 

「では……忘れ去られし名も無き聖杯よ!我は願う!」

 

 その言葉が引き金であったように、モモンガを中心として眩い光の柱が天を貫くように立ち上った。風が巻き起こりモモンガのローブの裾が強くはためく。リュウマとペロロンチーノが腕で顔を覆いやまいこと茶釜が泰然自若として立つなか、光は一際強くなって行く。

 

「たっちさん、おさらばです……!」

「ええ、モモンガさん、おさらばです……!」

「聖杯よ!!たっち·みーを、あるべき場所、リアルへと帰還させよ!!!」

 

 力のこもった声に呼応し、光が全てを塗り潰し、そして……。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ぷにっと萌えは、シズを伴って魔導馬を走らせていた。当初の予定ではもっと早く出発できていたのだが、カルネ村で行われている作業、火薬の生成からガンナー育成、そして村のとある娘さんの英才教育等々を見て回っている内にすっかり遅くなってしまった。ついでに言えば、魔導馬を振り落とされないように訓練していたから遅くなった、と言うのもあるのだが。

 

(ああ~、こんなに遅くなるのなら、シズ君の後ろに乗せてもらっても良かったかもしれんなぁ。だがしかし、あれくらいの年の女の子の腰に掴まる自分……うわぁ、恥ずかしい)

 

 見栄と言うのは厄介なものである。しかも、ちょっと掴まっても良かったかもと思う人間の残り火があるのも事実であった。

 

 そうして馬を走らせること数十分。唐突に最初説明されたルートから外れた場所に、視覚的に説明するのなら光が空から降ってきた。そう形容出来るような光の柱が、恐らく草原のど真ん中で発生した。圧倒的光量はその周囲を昼よりも明るく照らし、数キロ離れているはずの自分達のいるところを昼のごとく照らすほど。

 馬を止め、シズの方を見ると、表情こそ変わっていないが雰囲気だけは驚愕しているのが見てとれる。何が起きているのか考えてみるものの、情報が足りない。何らかの魔法効果だと思われるがそれも判然としない。そちらへ向かうべきかそれとも。

 腕を組み頭を捻っているとシズが近づいてくるのを感じた。見れば、そこにシズもいるが、見覚えのある少女がいた。その少女はなんとも言えない驚きを顔全体に浮かべ、ボールガウンの裾を揺らしている。はて?どこで見たか……確か、ナザリックで……ペロロンチーノが……。点と点を繋ぎ合わせる思考の末、ようやく思い出した名前を絞り出す。

 

「君は……そう、ペロロンチーノ君が創造した……シャル……しゃるてぃえ?」

「い、いえ、シャルティアにございます、ぷにっと萌え様!」

「おお、そんな名前だったか……すまない、名前を間違えるとは失礼千万だね」

「い、いいえ!いいえ、そんなことはございません!あぁ!しょ、少々お待ちください!すぐに守護者統括が来ますので!」

「ふむ、では待たせてもらおうか……?おや?」

 

 言葉が終わると同時に、光の柱が爆発的に膨れ上がり全てを白に染めたあと、唐突に消えた。全ては夜の中に沈み静寂が全てを包み込み。

 

「はてさて?これはいったい……」

「ぷにっと萌え様!」

 

 思考を遮るのは美しい声。声の方向に目を向けると絶世の美女が走ってくるところであった。あれは強烈に覚えている。タブラ·スマラグディナが熱心に解説してくれた守護者統括にしてギルドマスターの嫁こと……。

 

「確か、アルベド……錬金術用語白化、ついで反射光の意味だったか?」

「はっ!その通りでございます。どちらかと言えば錬金術の方でございますが……」

「そんなに恭しくしないでもらいたい。僕は、勝手に抜けて勝手に帰ってきた、そんな奴だからね。そう言いつつ質問だが、あの光はなんだったのかね?いや、そもそも、守護者統括と言う身分の君が、なぜこんなところに?もしや何らかの作戦の真っ最中かね?そうなると、この近辺に様々な下僕が潜んでいると言うことかね?とすれば……」

「御高察のところ失礼いたします。現在、我らが主であるモモンガ様およびぶくぶく茶釜様、やまいこ様、ペロロンチーノ様、リュウマ様が、たっち·みー様を“リアル”へ追放するためワールドアイテムを使用されているところでございます」

「ふむ……なるほど、経緯は分からないがそう言うことかね。では……アルベド君、そこまで案内してくれるかね?」

「かしこまりました……シャルティア、あとはお願い」

「承知したでありんすよ」

 

 アルベドに先導され、ぷにっと萌えは草原を歩く。道中、それまでの経緯を大まかに聞き色々思うところはあったが、モモンガが決めたことと思い直し疑問疑念を振り払う。とは言え、あとで色々釘を刺そう。そう心に決めた。ついでにリュウマには久しぶりにこってりお説教をしようと心に固く誓ったぷにっと萌え。時おり鋭い視線を向けてくるアルベドに色々注意を払っていると、急に草がとてつもない高さまで伸びているのが目に入る。視線を走らせれば、それがぐるっと輪を描いているのが分かり、ついでその中にかなりの数のモンスターが規則的に配置されているのが分かった。

 

「魔法で伸ばした草に迷宮化の魔法をかけた上で下僕を配置したのか……見事な手腕だ」

「ありがとうございます。デミウルゴスが喜びます。では、こちらからお入りください。そのまま進めば、皆様がいらっしゃいますので」

 

 促されるままに、ぷにっと萌えは草の中に突入する。幸い、草でできていると言うのが幸いし、道に迷うことなく突き進むと、唐突に普通の草原が現れる。そして、そこにはいた。仲間が。喜びがわいてきたが、しかし。

 

「なんだこれ?」

 

 草原の中、モモンガは何かを掲げ持ったような姿勢のまま座り込み、恐らくピンクの肉棒であったであろう何かは隣で顔を覆って座り込む巨人にへにゃへにゃになってもたれ掛かっている。視線を移せば黄金の鳥人と大柄な黒鬼が空を見上げて虚無的表情で立っていた。そしてその中央、皆に囲まれる形で頭を抱えて突っ伏している、昔懐かしい蟲王たっち·みーがいた。

 事前情報との食い違い凄い。なのでぷにっと萌えはもう一回呟くのであった。

 

「何事なんだこれは?」

 

 

 

 

 

 





思った以上に長くなりました。
次回も長いです。

ではまた次回。

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