The Last Stand   作:丸藤ケモニング

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遅くなりまして申し訳ない。……なんかいつも謝ってばかりだな。
捏造過多、強引に話を進めている部分が多々あります。ご注意を。
後、文字数が文字通り多いです。すんません。





27,血戦

 第六階層円形闘技場。この場所の中央付近で、二人の男が向き合って立っている。一人は、白銀の全身鎧に白銀の盾を帯びた聖騎士たっち·みー。向き合う一人は、和式の深紅の鎧具足に身を包んだ鬼、リュウマ。

 リュウマはたっち·みーを眺めながら、つくづく真面目な男だなぁ、と思った。あの時、本当にワールドアイテムを使うつもりなら、別の階層に移動して宝物殿に転移し直すとかするだろうに、真面目に言葉にしたがって円形闘技場に来るとは、本当にバカがつくほど真面目だと思ってしまった。

 

 とは言え、そのバカ真面目な男は、このギルド最強の男なのだ。いきなり襲いかかられたら一瞬で血みどろである。避けたい。死ぬのは、どういうわけか怖くなど無いが、レベルダウンは恐ろしい。そのレベルを取り返す手段が存在するかどうか、分からないからだ。無論、エンリの実験からレベルが存在するのは知っているが、それが完全に自分達に当てはまるのかどうか、それ事態は分かっていないのだから。そんなことを考えつつ、リュウマは無限の背負い袋から自身のもう一つの神器級武器を引っ張り出す。

 ズルッと最初に出てきたのは極太の飾り気の少ない巨大な薙刀。その石突きから伸びる太い鎖に引っ張られるように、これまた巨大な懐剣が姿を現す。それが地面に落ちるのに合わせて、そこから伸びる鎖が地面に落ち、合わせるように巨大な斧刃が姿を表した。斧刃と薙刀を両手に持ちながら改めてたっち·みーを見ると、腰から剣を抜き放って切っ先をこちらに向けていた。切っ先から迸るように、視覚化されたような殺意が揺らめく。

 

「ちょい待ったたっちさん!即座に戦おうってぇんじゃねぇんだ。いつ飛びかかられてもいいようにっつう準備だ。落ち着け、まずは話し合おうか」

「……話し合う?まぁ、いいですけど……このままでも構いませんね?」

「おう、俺もこの通り準備を……とと、忘れてた」

 

 敵意を隠そうともしないたっち·みーを前にしながら、リュウマは再度今度は盾状の金属板を六枚取り出した。それを確認した後、それを空中に解き放つ。六枚の金属板は、リュウマの背後にゆっくりと滞空した。

 

「さってとぉ……準備完了。さぁ、話し合おうか?」

 

 人好きのする笑みを浮かべたリュウマに少々毒気を抜かれながら、たっち·みーは気を引き締め直す。リュウマの戦い方は独特だ。もちろん、彼に近い戦い方をする奴は幾らでもいたが、彼のは常軌を逸している。早い話が、徹頭徹尾連撃の事しか考えていない、汎用性や最低攻撃力を考えていない戦い方しかしない。最小と最大の振り幅が大きすぎると言い換えてもいいだろう。実際、初めて戦ったときは攻撃を全て封じられじり貧で倒されたのだから。故に、彼と戦う場合は先手を取らせてはいけないのだ。

 

「と、言ってもあれだ、話し合う事なんて一つしか無いよな?なんであそこに来たのか、って話。ワールドアイテムを、使うつもりだったとか?」

「それは……」

 

 冗談めかして言われたが、果たして自分はどういうつもりであそこへ赴いたのか考える。しかし、考える必要はないと、すぐさまストンと何かが心の中に収まったような気がした。自分は、間違いなくあの場にワールドアイテムを使用するためだけに赴いたのだ。

 

「……そうですね。私はあの場に、ワールドアイテムを使用するために赴いたんでしょう。少なくとも、君たちを見るまでどうするかと悩んでいましたが、ワールドアイテムを前にすれば、きっと使っていましたよ」

「その場合、パンドラズ·アクター……宝物殿の領域守護者だが、あいつが立ち塞がることになったと思うが?」

「切り伏せますよ。家族とNPC、どちらが大切かなんて、論ずるまでもないでしょう」

 

 その言葉に、リュウマは激昂するでもなく、軽く安堵のため息をつき、たっち·みーの眉をしかめさせる。

 

「……良かったぜ、あそこにいて」

 

 リュウマはそう呟くと、指から二つ、指輪を外した。

 

「じゃぁさ、たっちさん。これから俺があんたの前に立ち塞がるわけだが、どうする?」

「……心苦しいですが、切り捨ててでも行かせていただきます。ですが、止めませんか?なんの得もないじゃないですか。たかがNPCとゲーム時代に入手したものじゃないですか。それに命を懸ける理由なんて……」

「……あんたの言う、たかがその程度のものに、モモンガさんは10年以上、生活削って、命削って打ち込んできたんだ」

 

 静かな、怒りを湛えた声が、リュウマの口から漏れ出す。たっち·みーが身を固くしながらゆっくりと剣を正眼の位置にまで持ってくる。それを見ながら、リュウマはさらに言葉を続けていく。

 

「あの人が、あんたらが居なくなっていくとき、どれだけ落ち込んだか。俺ぁね、あの人を悲しませたくないんだよ。あの人が守ってきたものを守りたいんだよ。だからよ、止めるぜ、あんたをな」

 

 そう宣言し、リュウマは両手の武器をゆっくりと構える。たっち·みーもそれにあわせて、盾をゆっくりと持ち上げる。

 

「得がないって、たっちさん、あんたは言ったよな?あるんだよ、俺にはね。少なくとも、全NPCがあんたと戦わなくても済むかもしれないって言う、得がね」

「……それも、モモンガさんが悲しまないための行動ですか?」

「そうだな。ついでに、あんたの勝利条件を言っておいてやるよ。俺たちがここに来てから五分後、パンドラズ·アクターが全守護者を集合させて、ギルメンも含めて完全装備でやって来ることになってる。おおよそ十分……いやいや、少々お喋りをしたから、6分って所かな?それまでの間に俺を切り捨てて、ワールドアイテムの所まで行って自分の願いを叶えたら、あんたの勝ち。そこまで耐えれば、俺の勝ち。シンプルだろ?」

 

 そこまでもつかどうかは、運次第だけどな。心の中で呟き、リュウマは両腕に力を込める。切り札を出すのはまだ後。まだまだ、後だ。

 

「なるほど。では、切り捨ててでも、行かせていただきます!覚悟!」

 

 たっち·みーが大地を蹴る。爆発音と砂煙が巻き起こる中、リュウマはあえて後方へと飛ぶ。リュウマは、どちらかと言えば速度を重視したビルドになっている。少なくとも、その部分ではたっち·みーに勝っているだろう。しかし、恐らくスキルを併用しているたっち·みーの前進は、恐ろしく早い。 

 

 しかし、それは知っている。そのための準備を今までしていたのだ。左腕の薙刀から手を離し、リュウマは新たな武器を取り出すと、それを二種類のスキルと共に、投てきする。一つ目のスキルは《 連撃·壱 》。五回までだがスキルの準備時間及び硬直時間を無視して重ね掛けしながら攻撃を可能とする、リュウマの戦術の中核をなすスキルだ。もう一つが《 射刀術·壱 》、その名の通り武器を射出して攻撃するスキル。面白いのが、これで射出された攻撃は射撃攻撃ではなく格闘攻撃になると言うところ。高レベルプレイヤーはほぼ確実に飛び道具対策をとっているため、格闘攻撃で間接攻撃が行えると言うのは非常に大きい。そのまま連撃を繋ぎつつ矢継ぎ早に射刀術弐、参、肆、伍へと繋いで行く。それぞれ槍、薙刀、剣と種類はバラバラではあるが、弾丸さえも凌駕するほどの速度で、迫り来るたっち·みーへと襲いかかる。

 

 しかし、たっち·みーは冷静だった。さすがに後ろへ引かれたのは驚いたが、苦し紛れに武器を投げつけただけにしか思えなかったためだ。盾を構え、冷静にスキル発動の瞬間を待つ。盾と五本の武器が接触する瞬間、これまで反復で何度も行ってきた防御スキル《 反射防御 》を起動させる。このスキルは、相手の攻撃を防ぐもの、この場合盾に接触する瞬間に起動すると、その攻撃を相手にそのまま返すスキルである。連続での攻撃中にこれを使用するのはさすがのたっち·みーでも難しいが、飛び来る攻撃に対してならば十分に間に合う。そのはずだった。

 盾に投擲された武器類が接触する瞬間、その武器が大爆発を起こした。何が起きたか分からずたたらを踏んだたっち·みーに向かって、向こうに着地したリュウマが間合いを詰めるためにこちらへと駆け出すのが見えた。

 

 小さく舌打ちをし、たっち·みーは足を止めて盾を前に、剣を後ろに置いた構えをとる。

 たっち·みーの強さの一端はその驚異的な反射速度にある。通常、AIでもなければ反応しきれないだろうと言う攻撃にですら反応しそれに対応した防御行動を行える。ついで、その能力を十全に発揮するために盾と片手剣と言うオーソドックスな戦闘スタイルを極めてしまっている。盾で防ぎ剣で切る。シンプルゆえの堅牢さ、これがたっち·みー最大の強さの秘訣と言えるだろう。

 

 飛びかかるリュウマは、そのままもう一度連撃を開始する。斧刃を強く突き出すと、その刃の周囲に朧な同じ形の刃の幻影が一瞬遅れて迸る。たっち·みーの強さは今語った通りのシンプルを極めた上での超反応による防御からの攻撃であり、攻撃防御のスイッチの速度でもある。その堅牢な防御と確実な反撃を封じ込めるためにリュウマが考え付いた攻略法は実にシンプルだった。

 飽和攻撃。防ぐのならば防ぎきれないほどの攻撃を繰り出せばよいと考えたのだ。脳筋ここに極まれりとでも言うような話ではあるが、少なくとも、たっち·みー攻略のための一手段とまで言われたこともある。

 

 構えた盾に雨のごとく降り注ぐ怒濤の斧刃の連撃。金属と金属がぶつかり合う音が絶え間なく続くなか、たっち·みーは冷静にその攻撃を盾でさばいて行く。しかし《 反射防御 》を使おうにも、その手数の異常さがスキルの発動を許さない。一瞬、その連撃が途絶えた瞬間、たっち·みーは攻撃よりも防御に重きを置いた行動をとる。右手に握りしめた剣を縦に構えて、右手から繰り出された大薙刀の一撃を受け止め、弾き返す。本来なら強烈な弾きによって体勢を崩すリュウマだろうが、だが、実際は体勢を崩すことなく、不自然な動きで先程と同じ動作で同じ場所へと斬撃を繰り出していた。そのまま矢継ぎ早に大薙刀を振り回し、たっち·みーに攻撃の暇を与えない。

 

 並みのプレイヤーならば、圧倒的手数の前に為す術もなく切り刻まれて終わるだろう攻撃ではあったが、しかし、相手はユグドラシルと言う廃プレイヤーを多く産み出したゲームの中の第三位と言う、超級のプレイヤーである。ほんの一瞬、武器をスイッチし連撃を繋げるほんの一瞬、二つの武器を強かにかちあげリュウマの体勢を崩すと一歩、大きく踏み込みながら、躊躇いも躊躇もなく、自身の持つ最大の攻撃スキルで切りかかる。

 

「《 次元断切/ワールド·ブレイク 》……!!」

 

 鋭すぎる斬撃が体をすり抜けた後、斬撃によって切り裂かれた空間そのものがリュウマを襲う。虚無ともとれる破壊空間が発生させる凄まじい衝撃で吹き飛ぶリュウマ。その背後に浮かんでいた六枚の金属板の内の二枚が、甲高い音を立てて弾け飛ぶなか、リュウマは二本の武器を地面に突き立てブレーキを掛けて止まると、まるで何事もなかったかのように立ち上がり、武器を構え直した。その体には、先程の斬撃によるダメージも損傷も見受けられず、たっち·みーは無い筈の眉をしかめ、種明かしを乞うように顎をしゃくりあげた。それを見ながら、リュウマは心の中で絶句していた。

 

(冗談きついぜ。用意した〈 デコイシールド 〉が二枚吹き飛ぶとか)

「どうやら、背後に浮いている金属板が、君の受けたダメージを肩代わりしてくれるらしいですね?」

「(説明もしてないのに見切るなよボケ!)さぁて、どうだかねぇ?」

 

 惚けては見たものの、正直、距離を離された上に連撃を止められたのは痛い。ついでに言うなら《 次元断切/ワールド·ブレイク 》でダメージ移し替え用のアイテムが二つ吹き飛んだのも痛すぎる。予定が大きく狂ってしまった。距離を詰めようにも、もはや爆裂武器による奇襲も通用しないだろうし、どうやって距離を詰めたものかと、内心冷や冷やものである。

 対するたっち·みーも、苛立ちを隠せないでいた。先程の一撃で確実に気絶させるつもりだった。《 次元断切/ワールド·ブレイク 》は、あらゆる防御効果を貫通すると言う特性を持つ。これはつまり、同時に《 手加減 》《 スタンブロウ 》と言った、先程の攻撃にあわせて使った無力化のためのスキルの効果も、防御スキルや防具の防御効果を貫通して威力を発揮させることが出来る。にも拘らず、リュウマの背後に浮いている謎のアイテムは、それが発生した瞬間に吸収してしまい、その効果を発揮させないでいた。手早く終わらせたい。その思いも勿論あった。だが、しかし、一番比重が重いのは、やはり仲間は、友人は殺せないと言う思い。正義の味方である自分が、冷静に叫ぶ。思い直せ、考え直せと。しかし、正義の味方である自分を押し退けるように、父親としての自分が叫ぶのだ。早く目の前の敵を倒して家族の元に戻れ、と。果たして、頭を振って追い出したのはどちらの声だったか。

 

 ジリジリと、二人が摺り足で間合いを詰める。先に駆け出したのはどちらであったか。大薙刀と剣がぶつかり合う音色が数度響き、斧刃が空を裂いて白銀の盾がそれを阻む。数合打ち合った後、たっち·みーが構えを変えつつ軽く後ろに下がった。両手を下げ、無防備になったのだ。何事かを企んでいるのは分かるが、それを気にしている暇など無いとばかりに、スキルで強化された突きをリュウマが放つ。真っ直ぐ突き進む斧刃の進路上に、たっち·みーは動かす腕すら見えぬ速度で盾をかざす。これまでと同じように硬質な金属音が響くと同時、叩き付けられた斧刃に異変が起きる。今までは、叩きつけると同時に弾き返されたと言うのに、その斧刃が軋み、撓み、ひび割れ、そして涼やかな音と共に微塵に砕け散った。目を見開くリュウマだったが、左腕の大薙刀は迷いなくたっち·みーの首を狙って弧を描いている。

 閃光、そう呼ぶに相応しい斬撃が、音もなく大薙刀刃を半ばから切断する。再び驚愕に目を見開くリュウマだったが、流れるような動作で回転の勢いを殺さぬまま懐剣を握りしめ全力で叩きつけ、それを真っ向から切り捨てられ、三度目を見開いた。

 スキル名《 武器壊し/アームズ·ブレイク 》。ワールドチャンピオンが公式チートと呼ばれる所以の一つ。タイミングを見計らう必要はあるが、狙った武器を一定時間使用不能にするチートスキルである。その時間は10分。一日三回しか使えないが、武器を持たない相手であろうとその攻撃力を0にすることが出来る。ワールドチャンピオン及びワールドエネミーや一部のボスには通用しないが、プレイヤー相手なら、それが例え神器級の物であろうとも、成功しさえすれば使用不能に追い込めると言う前衛泣かせのスキルであった。

 

 小さく舌打ちをしながら、リュウマは後方に向かって飛ぶ。とは言え、内心ではある程度予想通りに事が運んだお陰で快哉の声をあげていると言っても良い状態だ。とにもかくにも、相手のチートの代名詞の一つに数えられるスキルを使用させたと言うのは大きい。件のスキルは、あくまで一定時間使用不能にするだけなのだ。壊れて見えるのもそう言うエフェクトなのであって、実際は壊れてない、はずである。まぁ、どちらにせよ囮として使用すると決めていた神器級と引き換えに厄介なスキルを使い切らせたと言うのは大きい。

 

 後方に大きく飛びすさったリュウマを睨み付けながら、たっち·みーは実のところ安堵していた。少なくとも、これで友人を殺さなくてもいいかもしれないからだ。自分の知りうる限り、リュウマの神器級武器はあの、腰に差している打刀《 雲斬丸 》と先程打ち砕いた連結大刃《 鬼灯丸 》のみであるはず。もはや恐れる武器はなく、勝ちは確定したはずだ。

 しかし、と、たっち·みーは思考を続ける。なぜ、リュウマは未だに挑みかかるような目で自分を見ているのか。その目は、なぜ未だに戦闘意欲に燃えているのか。思わず、そう、思わずと言った調子で、たっち·みーは目の前の敵であるリュウマに声を掛けていた。

 

「リュウマ君!やめましょう、もう。これ以上戦っても、君に勝ち目なんてありません。諦めて、道を開けてください」

 

 懇願にも随分な上から目線のようにも取れる台詞を聞きながら、リュウマは今度こそ、笑った。声には出さないが、何を馬鹿なことを、そんな思いから笑った。そして、どうもこちらを殺すつもりがないらしい、と言うことが先程の台詞から推察できたのには、少しばかり苛つきを覚える。

 

「たっちさん、殺さずに終わるような戦闘じゃないぜ?本気出せよ。じゃねぇと……」

 

 右手が空間に沈み込む。次に引きずり出された右手が握っていたものは、淡い金色の棍。全体に、どこか神聖な雰囲気を湛え、両端には『思想堅固之事』『流麗不可避之事』と刻まれている。それを地面と水平に構え、リュウマは牙を剥き出し体に溜まった熱を吐き出すように息を吐いて笑う。

 

「今度は俺が勝っちまうぞ?」

 

 言葉が届くと同時、たっち·みーの左腕は動いていた。貫く衝撃に骨まで痺れる。突き出された棍は、盾の表面を連続で叩いて行く。先程の斧刃よりも軽い衝撃だが、いかなる能力が付与されているのか、正確に盾で受け止めているのに、徐々に体力を削られて行く。ついで左右から襲い来る連撃を弾き捌き受け止めつつ、間隙を縫って剣を突きだしたが、リュウマは首をほんの少しだけ傾げ、刃が頬骨を削り取るのを無視しながら更に連続で殴打を繰り出し

打ち据える。黄金の軌跡と白銀の軌跡が交錯するなか、変化が訪れる。何十度目かの叩きつけを盾で防ぐと同時に繰り出そうとした右腕が強かに、骨も砕けよとばかりに、なにか鈍器のようなもので殴打された。大きく剣を持つ腕が弾き飛ばされ体勢を崩したたっち·みーに、リュウマは両手にメイスを持って襲いかかる。

 

 意味が分からず、たっち·みーは防戦に追い込まれる。先程までよりも打撃感覚が短い連撃を必死に捌く。

 打ち下ろしからメイスの先端による突き。この連撃で、たっち·みーはこの武器の特性を見た。メイスが音を立てることなく刃へと“変形”したのだ。それに驚愕しつつ、右の剣で打ち払い、もう一方のメイスが変形した剣を盾で弾く。回転しながら打ち込まれる左右からの連撃を打ち払いつつ、たっち·みーはその嵐のような斬撃の合間を縫って反撃を繰り出す。振るわれる刃がリュウマの鎧を削り取り中の肉を抉る。しかし勢いを一切衰えさせること無く、リュウマは血を舞わせながら両手の剣を連続で、途切れること無く叩きつける。

 

 たっち·みー、と言うよりも、ワールドチャンピオンには一つ、厄介な能力がある。HPの自動回復。微々たる回復と言うなら異形種の種族スキルとして保有しているモノは多いが、ワールドチャンピオンはその比ではない。毎分20%、魔力を追加で消費すれば毎分30%ものHPを回復する。幸いなのが、発動するのが毎分であるところであり、しかし、長期戦になればそれこそ目も当てられないような結果になる。つまり、何が言いたいかと言うと、たっち·みーと戦う場合、長期戦は不利になるばかりであるから、短期決戦を目指す方がよく、多少のダメージなどは無視するに限ると言うことである。

 

(いいいいぃぃぃいいいいってぇぇぇぇぇぇええええええ!!)

 

 しかしながら、リュウマは心の中で悲鳴をあげている。武器を変形させながら様々なスキルを発動しつつ連続で、普通なら反撃もできないような攻撃のなか、ほんの一瞬の間隙を縫って繰り出される刺突斬撃が、鎧を切り裂き肉を裂き抉る度に走る雷鳴のような激痛が動きを鈍らせそうになる。しかし、止まらない。止まってなどやらない。

 

 両手に握りしめた剣を斧、ついで槍に変化させながら怒濤の連続攻撃を繰り出していく。その全てを、またたっち·みーは盾と剣でいなしていく。しかし、それも想定内だ。連撃は、連撃を重ねていくことでその攻撃速度を上げていくと言う特性がある。こう聞けば利点の多いスキルのようにも思えるが、実際はそんなことはない。まず、欠点の一つに、連撃中の攻撃力の低下があげられる。武器と素の攻撃力を合わせたものから70%程度まで攻撃力が低下する。その上、ゲームの特性からか、攻撃回数を上昇させるスキルに関して言えば、一撃辺りの攻撃力もまた、低下する。ついで、連撃スキルは壱から参まであるが、一つランクが上がる度に攻撃回数が5回増加するが、壱で使ったスキルは弐では使用できず、弐で使用したスキルは参では使用できないと言う特徴があり、参で使用したスキルに至っては再度使用する壱と弐では使用できないと言った、非常に使いづらい特性を備えている。しかし、リュウマはこのスキルをあえて戦闘の中心軸に据えた戦闘方法を確立させた。それは、ケンオウと言うクラスを極めた場合に所得出来る超位スキルが由来するのだが……。

 

 一瞬気をそらした瞬間、リュウマの眼前に銀色の壁が迫る。それが、たっち·みーの盾だと認識すると同時に激しい衝撃で視界がぶれ、体が自分の意思に反して大きく仰け反った。

 リュウマの顔面を盾で打ち据えたたっち·みーは、リュウマが体勢を戻すよりも早く、剣をリュウマの胸へと突き刺した。抵抗などないかのように滑り込んだ刃に、リュウマの総身が震えるのを、どこか冷めた頭で確認しつつ、たっち·みーは追撃で《 次元断切/ワールド·ブレイク 》を発動しつつ刃を切り下ろした。圧倒的破壊空間がリュウマを飲み込み、その背後に浮かぶアイテムが三枚弾けとんだのを視界の隅で確認したたっち·みーは、冷静に間合いを詰め、横薙ぎの一撃でリュウマの腹部を切り捨てる。返す刃がリュウマの肩口に吸い込まれ、音もなく鮮血すら置き去りにして駆け抜けると、もう一個のアイテムも弾けとんだ。

 

「っっっ~~~~~!!」

 

 もはや声も出ない激痛に、リュウマはよろめきながら後退しつつ、両手の斧を一本の大戦斧へと変形させ、口中に溜まった血塊を吐き捨てる。牽制の意味も込めて斧を一閃するが、考えていたようなたっち·みーの追撃は無かった。

 

「……どうしたんだ?もうへばったか?」

 

 向こうで佇むたっち·みーに向かって、リュウマは虚勢を張ってそう声をかけると、向こうから帰ってきたのはため息一つ。

 

「へばっているのは君ですよ。リュウマ君、まだ、やりますか?」

「あぁ?ったり前だろ。まだ、俺は負けてないからな」

「……分からない……なぜ、命をかけるんです?所詮、ワールドアイテムがなくなって、モモンガさんが少し悲しむくらいじゃないですか?命を懸ける理由にはならない」

「……はぁ……下らないこと、言ってるんじゃないよ、あんたは。まぁ、無論、最初に言ったことも、理由としてはあるがね?だけどな、俺はユグドラシル時代から、建御雷さんと同じように、あんたを倒すのを目標にしてたんだ。願ってもないチャンスだ。命をかけるに足る理由としては、充分だ」

 

 まぁ、もう一個は嵌まれば良しだから、口にしないでおくか。呟くと言うよりも息を吐くような声は、たっち·みーには届かず、それを見ながらリュウマは大戦斧を分離、二本の刀に変形させ、ゆっくりと構えた。

 その様子を見ながら、たっち·みーは嘆息する。言葉での説得は無理か。ならばと剣と盾を構えながら、しかし口からは言葉が漏れ出す。

 

「もう一度言わせていただきますよ。これ以上やれば、死にます。退いてください」

「……なんだ?元仲間を殺すこともできないのに重要アイテムを使わせろとか言ってたのか?結局、あんたの家族への思いってのはそんなもんか?本当に帰りたいんだったら……俺を殺してみろ!!それが出来ないなら、諦めな」

 

 ふと、たっち·みーはリュウマの言葉に妙な違和感を覚えた。なにかを狙っているような、そんな違和感であったが、その答えが実を結ぶよりも早く、リュウマの一閃がたっち·みーの思考を遮った。一歩後退しながらその攻撃をやり過ごすと矢継ぎ早に六方向からの斬撃が繰り出され、それを全て剣と盾で逸らして行く。体勢を崩すことを狙った捌きであったが、不自然なほど体勢が自動的に直され、即座に複数の斬撃が再度襲いかかる。速度、斬撃数共に恐ろしいほどなのは、これまで積み重ねてきたスキルの重ね掛けによるものだろう。受け、捌き、逸らす事は出来ても

攻撃に合わせてスキルを起動しカウンターを狙うことが難しい状況になっていた。

 右の太刀を振り下ろした時、たっち·みーが今までに無い動きをとった。必要最小限、それだけの動きで太刀を鎧で滑らせながら回避、即座に右腕が閃光よりも早く閃いたかと思うと、リュウマの左腕の肘から先が宙を舞った。恐ろしいほどの連撃になりつつあるのならば、その攻撃回数を減らせば良い。その手段として、武器を落とさせるよりも腕を切り落とせば良い、そう考えた結果であった。回復魔法等を使えないリュウマが腕を落とされれば、もはや回復するすべはないだろう。これで諦めるはず、たっち·みーは確信をもってリュウマの顔を覗き込み、驚愕する。笑っていた。凶悪に。そして、衝撃。

 下から突き上げる衝撃は股間からであった。蹴りあげられたと思い至った瞬間、思わずと言った感じで足を閉じ手を下げていた。驚愕に見開いた目に写ったのは、股間を蹴りあげた足で踏み込み、斬り飛ばしたはずの腕を構成する黄金の籠手を水月に向かってつき出すリュウマの姿。左中段順突き。そこからの猿臂、背刀受けによる反撃の防御からの裏拳打ち、前蹴り。鋭く重い、空手の技が連続で打ち込まれて行く。よろめくたっち·みーに、リュウマは構えを解かぬまま追撃を重ねて行く。中段諸手突きから鉄槌、裏拳打ち下ろし、直突き、手刀打ちと言うオーソドックスだが極めて受け止められにくい連撃を次々と繰り出したっち·みーを打ち据えて行く。が、しかし……。

 

 渾身の諸手猿臂鉄槌打ちが、盾と剣によって阻まれ弾き上げられた。反撃は迅雷、辛うじて首を傾げる事が出来たものの、刃が牙を砕き頬を切り裂き耳を半ばから切断しつつ駆け抜ける。血がしぶく中、視線が交錯する。刃が捻られ切り下ろされるのを冷静な頭で判断しつつ、リュウマは腰の刀を、とあるスキルと共に抜刀した。

 

 超位スキルと言う物がある。早い話が超位魔法の戦士版だが、一部のクラスについた者のみが所得出来るスキルである。そして、リュウマの使える超位スキル二つに関して言えば、使用条件そのものは厳しくない。今使おうとしている《 雲耀 》、その名の通り凄まじい速度と攻撃力を付与するスキルではあるものの、超位とつき、24時間に一度しか使えないスキルとしては弱いと言う微妙スキルだった。だが、真髄は連撃にあった。このスキル、その戦闘中にチェインした連撃の回数によって攻撃速度、攻撃威力が上昇すると言う特性を備えていた。つまり……。

 

 抜く手を見せぬと言う言葉が生温いほどの抜刀。気付いたときには振り抜かれる一撃は、確かにたっち·みーを両断した、筈であった。手応えがない。そう感じつつリュウマはたっち·みーに、最後の切り札を切らせたことを確信していた。《 次元断層 》。タイミングさえあえば、ワールドアイテムの干渉すら無効化する最強の防御スキル。たっち·みーがこれまで、このスキルを使った所など、ワールドエネミーを相手にするとき以外見たことがなかった。それを使わせた、ある意味十分な結果ではないか。そんな思いを抱きながら、一拍おいて振り下ろされる刃を受け入れる。

 

「私の……勝ちです……」

 

 色々な思いを込めて、たっち·みーは剣を切り下ろす。生々しい肉を裂き骨を断つ感触。右の肩口から侵入した刃は、伝説級の鎧を容易く切り裂き内の肉を断ち内蔵を切り裂く。遅れてしぶく血潮を浴びながら、たっち·みーはどこか冷静な自分に驚いていた。ゆっくりと、前のめりに崩れ落ちるリュウマに、しかし、次の瞬間、背筋に冷たいものが走った。ゆっくりと前のめりに崩れ落ちるのは分かる。だが、その下、右足が高々と天に向かって振り上げられているのはどういう理由だ。その足に、見慣れ始めた金色が巻き付き、凶悪な形を形成しているのはなぜだ。HPはつきている筈なのに、なぜ、攻撃動作に入っている!?

 霞む視界の中、リュウマは振りあげた足を、もう一度《 雲耀 》を使用しながら振り下ろした。超位スキル《 ラストアクション 》。HPがゼロ、なおかつ復活系のアイテムを使用していない状態でのみ使用可能な、死亡が確定した後、あらゆる条件を無視して一回だけ行動できるスキル。前述のように課金アイテムやペナルティ有りで復活できるアイテムがあれば発動を阻害され、使用後は最上位の蘇生魔法でなければ蘇生できない超位スキル。しかし、このスキルは、24時間に一度等のスキル、例えそれが超位スキルであったとしても使用可能にすると言う特性を備えた、死なば諸ともと言う、ゲーム時代、一度も使うことの無かった超位スキルである。

 中段蹴り。言ってしまえばなんの捻りもないそれだけの蹴り技。むしろ、サッカーのボレーシュートに近いそれは、しかし防ぐことも難しいほどの速度で、たっち·みーに食らいついた。それを盾で防げたのは、もはや奇跡と呼んで差し支えないだろう。その上、《 衝撃分散 》と言うダメージを減らすスキルまで併用できていたと言うのもまた奇跡。しかし、その威力は尋常なものではなかった。神器級、いや、むしろギルド武器などにも匹敵するワールドチャンピオン専用の盾がひび割れるほどの威力。それが一瞬の拮抗の後、盾を打ち砕き左手を粉砕する。そのあまりの威力衝撃にたっち·みーが、円形闘技場を縦断するほど吹き飛ばされた。

 霞む目で、リュウマは蹴りを放ち終えた姿勢のまま、崩れる壁と土煙を見ながら小さく舌打ちをする。結局、ここまでやって殺せなかった。さすが、たっち·みーだなぁ、と心からの称賛を送る。そして、闘技場に不意に現れた漆黒の門を視界にとらえると、今度は笑い、最後の力を振り絞るかのように、ようやくそれを口にした。

 

「……俺の勝ち……」

 

 そうして、リュウマの意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 崩れる壁の中から這い出てきたたっち·みー。左腕はグシャグシャに砕け、兜も半ば砕けて素顔が露になり、鎧も血で汚れボコボコにへこんでいる。それでも、生きて這い出てきた。視線を前に向ければ、、ちょうどリュウマが崩れ落ちるところであった。なんとも言えない気分になりつつ、たっち·みーは力を込めてふらつく体を立たせようとしたが、その首筋に押し当たる冷たい感触に動きを止めた。目線だけあげれば、そこにはアイスブルーに輝く甲殻を持つ蟲王、凍河の支配者コキュートスが、神器級《 斬神刀皇 》を突きつける形で、反対にはスポイト型のランスを手にした鮮血の戦乙女シャルティア·ブラッドフォールンが、そして正面に目を向ければ守護者統括アルベドが、それぞれが怒りを称えた様子で立って、それぞれの武器をこちらに向けていた。そのアルベドの背後で、崩れ落ちたリュウマに駆け寄るやまいこやセバスの姿が。見当たらないが、恐らくあの双子やペロロンチーノもどこかで自分を見張っているだろう。

 自分が負けたのを、どこか納得しながら、たっち·みーは裁きの時を待つ。そして、自分の元に、ギルド長がやって来た。骨だけの顔、いつもと変わらない筈のその顔が、どこか悲しげに見えたのは、果たして自分の気のせいだっただろうか。そんな事を考えていたたっち·みーに、モモンガはこう、声をかけたのだった。

 

「裁きは後ですよ、たっちさん。覚悟をしておいて下さいね?」

 

 

 

 

 

 

 




次回で決着、と行きたいところですね。

では次回です。

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