The Last Stand   作:丸藤ケモニング

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土曜日に投稿と活動報告で書いたな、ありゃ嘘だ。





26,ワールドアイテムとリアルと戦闘と

 カルネ村をルプー……は色々まずいのでシズとエンリ、ペストーニャに任せ、リュウマはマジックアイテムを使用して空を飛び、一路ナザリックに向かっていた。

 ある地点まで飛んだとき、何か薄い幕を突き抜けるような感覚と共に光景が一変し、この数日で見慣れた空から見るナザリックが顔を覗かせた。

 飛行したまま中央霊廟に降り立ったリュウマを、ユリ、ナーベラル、エントマと共に、珍しい事にアルベドではなくデミウルゴスが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、リュウマ様」

 

 いつものように柔らかい物腰で出迎えてくれるデミウルゴスに、片手をあげて挨拶を返しつつ、ユリから差し出された指輪、リング·オブ·アインズ·ウール·ゴウンを指にはめる。指にはまった感触に満足を覚えながら、リュウマはデミウルゴスを見ると、デミウルゴスも一つ頷いて状況を説明し始める。

 

「僭越ながら現在の状況を説明させていただきます。かいつまんでにはなりますが……竜王国にてたっち·みー様をお迎えした後、帰還後少しして、モモンガ様は我々に休息命令を出し、円卓の間に他の至高の方々と共に籠られました。理由は不明ですが、我々の立ち入りは禁止されております」

「その、竜王国で、何か変わったこととか、無かったか?」

「……申し訳ございません。私は、竜王国内に入っておりませんので、何があったかは把握しておりません」

「把握している奴はいるか?」

 

 リュウマの言葉に、デミウルゴスはプレアデスの顔を見る。それぞれが緊張した面持ちで首を縦に振った。

 

「じゃぁ、何か変わったことがなかったか、言ってみてくれるか?」

「では僭越ながら、ナーベラル·ガンマが説明させていただきます」

 

 一歩前に進み出たナーベラルが、頭を深々と下げながら自分の見た光景を話してくれた。

 

「アオモンツノカメムシの群れを撃退した後」

「待て」

「どうかなさいましたか?」

「なんじゃ、そのアオなんたらは」

「あ!これは失礼をいたしました。アオモンツノカメムシとは、カメムシ目カメムシ亜目ツノカメムシ科のカメムシで、大きさは七ミリから九ミリのカメムシでございます。正直臭いカメムシ汁を放出するので近寄りたくないですね。概ね四国から九州までに生息しております。後、臭いです」

「へ~……」

 

 相槌を打った後、デミウルゴスの顔を見たら、なんとも言えない表情と共に小声で「ビーストマンの事でございます」と注釈を入れてくれた。なら、先にそう言ってもらいたいと思いつつ、手振りで先を促す。

 

「それらを撃退した後、モモンガ様とたっち·みー様が何やら会話をなさっていまして、それ以降、モモンガ様の口数が少なくなったように見受けられました。また、ぶくぶく茶釜様とやまいこ様も、モモンガ様と話された後、何やら二人で話し込んでいるところを何度かお見受けしました。それと……」

 

 唐突に言い淀んだナーベラルに、手で先を促すと、少し困ったような表情で中空を見上げ、しばらく視線をさ迷わせた後、リュウマの目を真っ直ぐに見ながら告げる。

 

「ぶくぶく茶釜様とやまいこ様は、“ワールドアイテム”と言う単語と“りある”と言う単語を口にしておりました」

 

 この二つの単語を聞いたデミウルゴスとプレアデスの二人の表情が凍り付く中、リュウマは腕組みをして思考する。

 

(“ワールドアイテム”に“リアル”か……そしてたっちさんとモモンガさんが話した後に茶釜さんとやまいこが口にしたってことは、二人もリアルに帰りたがっている、か?いや、それは早計、話を聞いてみないことには)

 

 そこまで考え、それよりも不味いことがあるのに気が付く。この場の四人が、そんな話を忠誠を誓っている面々が話していた、と言う部分だ。不審に思い、どのような行動に出るのか分からない。正直、ここにいるのがアルベドじゃなくて本当によかった、そう思うリュウマであった。

 

「デミウルゴス、ユリ、ナーベラル、エントマ。この話は他言無用、お前たちの胸の内に秘めておいてくれ。出来るな?」

「無論でございます。しかし、その二つの単語が出てくると言うのは、もしやよほどの事態が?」

「……推論でモノを言えるほど、俺は賢くないからな、それに関してはなんとも答えようがないなぁ。まぁ……対処療法しか出来ない、か。ああ、ぷにっとさんが言ってたっけな。不測の事態に備え、下準備を怠らないこと。思い過ごしの取り越し苦労で終われば笑い話、本当に起きれば取り返しのつかないことになる、か。ふむ」

 

 

 かつての仲間の言葉を思いだし、リュウマは思考する。現状、たっち·みーが何を言ったのかは分からないが、ワールドアイテムが関与していること、それによってたっち·みーが何をしたがっているのか。

 

「……リアルに戻ろうとしている?」

「……至高の方々が、ですか?」

 

 デミウルゴスの声に、どこか狼狽えたような響きを感じたリュウマは、慌ててそれを否定した。

 

「違う。ああ、いや、少なくとも、俺とモモンガさんはそのつもりはない。この場合、たっちさんが、だな」

「たっち·みー様が、りあるに戻りたがっていると、そういうことですか……この場合、どう行動すべきでしょうか?」

「ふむ……正直な話をするぞ、デミウルゴス。俺はな、帰りたければ帰れ、そう思ってる」

 

 驚愕に表情を歪めるデミウルゴス以下三名。デミウルゴス達が何かを口にするよりも早く、リュウマがさらに言葉を続ける。

 

「とは言え、だ。それを、急に帰ってきて、いきなりワールドアイテムを使わせろ等とふざけたことをぬかす輩に、貴重どころかこちらの切り札になるようなアイテムを使わせるほど、俺はお人好しじゃないんだ」

「では……?」

「……まぁ、話しはしてくるさ。デミウルゴス、何らかの事態が起きたときは頼む」

「了解いたしました。ナザリック全体の警戒レベルを一つあげるようにいたします。アルベドとの連名、と言う形で処理いたしますが、問題ございませんか?」

「任せる……あぁ、なんかあってもたっちさんを即捕縛、なんてのはやめておけ。何かあったら即動けるようにでいい」

「承知いたしました」

 

 深々と頭を下げるデミウルゴス達に軽く手を振って、リュウマは指輪で円卓の間に転移する。それを見送ったデミウルゴスは、プレアデスの方へ向き直る。

 

「皆さん、聞いての通りです。今は平時と同じように行動をしてください。何らかの事態の時は、リュウマ様からご指示があります。それまでは、くれぐれも平時と変わらぬように過ごすこと。以上ですが、なにか質問は?」

 

 全員が首を横に振ったのを見て、満足そうに頷きながら、デミウルゴスは策を巡らせる。その一方で、なにもないことを祈りながら。

 

 

 転移して飛び込んでくるのは見慣れた黒曜石のような円卓と、備え付けられた椅子に座るいつものギルメン、そして久しぶりに見た純銀の聖騎士。本来なら帰還を喜ぶだろうし場の空気も明るいだろうが、現在は真逆、どちらかと言うと張り詰めた空気のようにも思えた。

 

「リュウマさん、お帰りなさい。どうぞ、いつもの席へ」

 

 いつもの調子で、いつもの声音でモモンガに勧められるまま、リュウマは自分の席へと腰を下ろす。それを見届けて、モモンガは一度全員の顔を見回し口を開いた。

 

「では、これから会議を始めます。議題に関しては、先に皆にお伝えした通り、たっちさんの『ワールドアイテム使用許可』です」

「モモンガさん、ちょっといい?」

 

 手をあげたのはやまいこだった。

 

「何でNPCの皆を呼ばないの?僕らだけで決めていいような話じゃないと思うんだけど?」

「それは……」

「確実に反対するからですね。それに、あれらは我々が集めたものですし」

 

 答えたのはたっち·みーだった。どこか突き放したような物言いに、やまいこが思わずと言った感じで腰を浮かしかけるが、その肩をペロロンチーノとぶくぶく茶釜の姉弟が掴み止める。ぶくぶく茶釜の表情は分からないが、ペロロンチーノと同様に、多少怒っているような感じも見受けられた。

 

「いや~、たっちさん、そういう言い方って、無いと思うんだけどねぇ、俺は」

「ペロ君……ああ、そうだね。すまない、やまいこさん。少々気が逸って、荒い言い方になってしまったようだ。申し訳ない」

「……謝罪は受けとる。それで、どのワールドアイテムを使ってリアルに帰る実験をするんだい?」

「待てよやまいこ。俺はワールドアイテムの使用を認めるつもりはないぞ」

「あ~、俺も同じくだね」

 

 リュウマの発言に乗っかる形で、ペロロンチーノもそう言った。

 

「大体さぁ、ワールドアイテムを使ったからって、リアルに戻れるとは限らないわけじゃん?よしんば戻れたとして、ナザリックのNPC達はどうすんのって話じゃね?」

「それは、まぁ、この世界に置いていく形になりますかね?」

「それは責任放棄じゃない?俺は出来ないなぁ、シャルティアを置いていくなんて。んな訳で、俺はリアルに戻るつもりはないし、ワールドアイテムを使うことには反対するね」

 

 どこかおどけたようにペロロンチーノはそう宣言した。それを受けて、たっち·みーはその場にいる全員の顔を見回す。

 

「リュウマ君」

「俺も、まぁ、リアルに未練はないからな。あっちに帰りたいなんて思っちゃいない。こっちで保護している少女達の面倒も見なくちゃいけないからな。ついでに、切り札であるワールドアイテムを個人の願いで使わせるわけにはいかない、俺はそう思う」

「……やまいこさんは、いかがです?リアルでは教師だったのでしょう?」

「……僕も、リアルに未練はないよ。誰が、あんなところに戻るもんか。ワールドアイテムについては、リュウマに倣おうか」

「…………茶釜さん」

「えっ?あ~、う~ん……ほ、保留で!」

「何でだよ!」

 

 思わずと言った感じで、ペロロンチーノ突っ込みを入れる。次の瞬間、ペロロンチーノは石のように固まった。何が起きたかは分からないが、恐らく姉弟間の力関係に関係しているのだろうと、リュウマとやまいこ、モモンガは考え、静かに頷くだけにとどめた。

 

「では、モモンガさんは?リアルに帰りたいと、そうは思わないんですか?」

 

 最後にそう振られ、モモンガは顎に手を添えて考える。果たして、自分はあの世界に帰りたいのかと。しかし、考えるまでもなかった。答えは、とうの昔に出ていたのだから。

 

「たっちさん、非常に申し訳ないとは思いますが、私は、リアルに帰りたいなんて思ったことは、一度もありません。私は、あちらで待ってる人なんていませんし、大事な人もいません。おそらく、自分にとって大事なものは、ここにしかなかったんです。だから、私はここを手放しませんし、ここから離れるつもりもありません。それに、今ここにいるメンバーの内、3人がワールドアイテムの使用を許可できない、一人は答えそのものを保留しています。自分は意見の調停、最終決断をするのが仕事ですから、この場合頭数に入りません。ので、この案件に関しては、却下となります」

 

 ガチリッ。たっち·みーの兜の中から、くぐもった、金属を打ち合わせるような音が漏れ出る。膨れ上がる怒気に素早く反応したのは、ぶくぶく茶釜とリュウマ。即座に立ち上がり、ぶくぶく茶釜は愛用の盾を、リュウマは腰に下げた刀を引き抜き、たっち·みーに切っ先を向ける。遅れてやまいこ、ペロロンチーノがそれぞれの獲物を構え、戦闘態勢へ移る中、モモンガだけが、立ち上がりもせず、たっち·みーを静かに見つめていた。

 

「……怒ってますか、たっちさん。ですが、アインズ·ウール·ゴウンは多数決を意思決定にしてきましたよね?これは、ここが異世界であろうと変わりません。なので、残念ですが、諦めてください」

「……諦めろ?諦めろですって!?諦められる訳がないでしょう!!妻と子が、あちらで待っているんです!目の前に帰れる手段があるかもしれないのに、諦められる訳がないでしょうが!!」

「ええ、分かりますとは言い難いですが、少なくとも心情を考え、共感することはできます。ですので、代替手段を我々は考えます。例えば、この先、あちらでは運営にお願いできる系のワールドアイテムがありましたが、それを何かの拍子に手に入れた場合、たっちさんに使用許可を出す。これはギルド長権限を行使して、無理矢理押し通します。それと、司書長や魔法に長けた下僕を動員して、異世界に転移するような魔法を開発する、これでどうでしょう、たっちさん」

「……何年かかりますか、それは……」

 

 絞り出すような声に、モモンガは努めて冷静に答える。

 

「正直な話、俺には分かりかねます。研究を始めてすぐに見つかるかもしれませんし、もしくは何年も見つからない、開発できない可能性もあります。ワールドアイテムにしても、すぐに見つかるとは限りませんし、なにも確約できませんが、どうか、それで納得していただけませんか……?」

「……分かり、ました、モモンガさん……それに、皆もすまない」

 

 欠片たりとも納得してないような声音ではあったが、噴き出すような怒気は急速に収まっていく。

 

「もー、そんな納得してないように言ったら説得力ないぜたっちさ~ん」

 

 ペロロンチーノが、おどけてそう言いながら、ゲイ·ボウを仕舞いながらそう言った。それが幸いしたのか、一気に空気が弛緩した。たっち·みーは苦笑しながら頭を下げ、ぶくぶく茶釜はその盾を仕舞いながら大きく伸び上がり、やまいこは握りしめていた拳を解く。そんな中、刀を腰に戻しながら、リュウマだけがたっち·みー睨むように見続けていた。

 

「では、これにてワールドアイテム使用に関する会議を終わります。いいですね?」

「「「「は~い」」」」

「では続いて、忠誠の儀と、それぞれの部署の報告を……」

「あ、モモンガさん、いいですかね?」

 

 一旦話を締めて、改めていつもの定例会議を始めようとするモモンガをたっち·みーはやんわりと止める。

 

「ええ?えと、どうしました、たっちさん?」

「ええ、実は、ちょっと精神的に疲れてしまいまして、ここで一旦離席しても、問題ないですかね?」

 

 少し困ったように、モモンガは他の面子を見た。それぞれが思い思いに首を縦に振ったのを見て、モモンガは首を縦に振る。

 

「え、ええ。まぁ、ショッキングなことでしたし、忠誠の儀は日をおいてまた、と言うことで。部屋でゆっくり休んでください、たっちさん」

「ええ。皆さんも、申し訳ありませんね。それでは、また」

 

 そう言い残し、たっち·みーは転移した。

 後に残された面子は、それぞれ深く深くため息をついて安堵する。

 

「あぁ~、マジでおっかなかった。ここでたっちさんとやりあうことになるかと思ったよ」

「そうなったら、この面子でどこまでやれるかな?ジリ貧?」

「私が受け損ねたら、まぁ、そうなるかもねぇ。いやぁ、たっちさんが大人な対応してくれて良かったよ」

 

 ペロロンチーノ、やまいこ、ぶくぶく茶釜が、口々に冗談目かして言い合うなか、安堵して椅子に深く腰を沈めたモモンガに、リュウマが声をかける。

 

「モモンガさん、諦めたと思うか?」

「あぁ~、少なくとも、未練たらたらって感じじゃないですかね?そりゃぁ、納得できないところもありますよ」

「……だよなぁ……モモンガさん、俺も離席していいか?ちょっとだけ気になることがあるんだ」

「……まぁ、いいですよ?報告書、後で提出してくださいね」

 

 少しだけ嫌そうな顔をしながら、リュウマは了解と、一言だけ残して転移した。それを見送ったモモンガは、妙なことにならなければいいのに、と心から思いつつ、談笑へと移行した三人の話の輪へと入って行くのであった。

 

 

 それから数時間後、ナザリックの最奥、宝物殿の長く静謐な通路に固い足音が響き渡る。

 純銀の聖騎士は、供となったはずのセバスを置いて、この宝物殿に足を踏み入れていた。

 目的がなんなのか、それとも目的がないのか、それ自体判然としないまま、たっち·みーは歩を進める。いや目的はワールドアイテムだ。使おうとかそういうつもりはない、と、思われる。自分で自分の心が分からず、なおも足は迷いなく歩を進めていた。

 武器庫を抜け、この先に何があったかと考えていると、奥から何やら声が聞こえてくる。確か、話によると、この宝物殿にはモモンガさんが創造したパンドラズ·アクターと言う人物がいるらしいが、聞こえてくる声は複数。嫌な予感よりは、彼かもしれない、そういう思いがたっち·にはあった。

 前方に灯りが見えてくる。たっち·みーは、あえて忍ぶことをせず、堂々と灯りの中に歩を進めた。そこには……。

 

「こうか!?これはかっこいいだろうパンドラぁぁぁああ!」

「こ、これはなんと言う至高のポーズ!しかし、私のこのポーズを受けて立っていられますかなぁぁぁああ!」

「ぬおぉぉぉああぁ!かっこいいエネルギーが10万ケルビンは出ているポーズだ!」

 

 ツルッとした卵頭とリュウマが、よく分からない、確かジョジョ立ちと言うポーズ、らしきものを見せあって大騒ぎしていた。そうか、かっこいいの指数はケルビンか、知らなかった。

 そんな益体もないことを考えていると、そのポーズのままリュウマとパンドラズ·アクターがこちらを振り向いた。その明らかに人間では不可能な動きに、思わず体が跳ねるたっち·みー。

 

「今日だったか、当たってもらいたくない予想は当たるものなんだなぁ」

「どんな予想ですか?教えてもらっても良いですか、リュウマ君」

「まぁ、そりゃぁ色々さ。まぁ、明日だったらやばかった。俺の集中力がもたないからね」

 

 朗らかにそう言いながら、リュウマはたっち·みーに歩みより、その肩に手を置いて、耳元で囁くように言う。

 

「細かい話は、第六階層の闘技場でしよう。この先は霊廟、モモンガさんが心を痛めて作った場所だから、騒がしくしたくないんだよ」

 

 そこに込められている感情がどれ程のものだったか、たっち·みーの背中に悪寒にも似た電撃が走った。促されるまま、たっち·みーは転移する。数瞬だけ遅れ、リュウマもまた転移する。パンドラズ·アクターに頷きを残して。

 リュウマとたっち·みーがその場から消えた後、パンドラズ·アクターは、懐から流れるような動作で懐中時計を取り出すと時間を計り始める。そして、顔をあげるとリュウマが消えた場所を見つめながら呟くのだった。

 

「全員が合流するまで5分、私がここで5分待機……10分間の時間稼ぎ、お願い致します、リュウマ様」

 

 

 

 一日の業務が終わり、モモンガは自室に戻っていた。側にはアルベドが控えており、その手には無限のティーポットとカップの乗ったトレイを持っている。最近ではあるが、アルベドが性的に襲いかかってくることが少なくなり、逆にこのように様々な気遣いを見せてくれるようになり、モモンガ様、大安心である。

 黒い炎のようなものに包まれ人間形態へと変化したモモンガは、大きめのソファーに身を沈める。人間体になると、一日の疲れがどっと出たような気分になるが、鼻孔をくすぐる紅茶の香りが少しだけ気分を落ち着けてくれるような気がする。

 

「すまないな、アルベド。お前も今日一日働いて疲れているだろう?少し休めばどうだ?」

 

 カップを差し出してくれるアルベドにそう声をかけると、柔らかい笑顔を浮かべたアルベドが首を軽く横に振った。

 

「モモンガ様がお休みになられたら、私も休ませていただきます。ただ……隣に座ってもよろしいですか?」

 

 蠱惑的と言うよりも少女のような笑顔で囁かれ、モモンガは胸が高鳴るのを感じる。最近はペースを崩されっぱなしだ、そう思いながら手で隣を進めると、羽のように軽やかにアルベドが隣に腰を下ろす。その間も心臓は高鳴ってばかりである。さっきから紅茶とは違う女性特有の甘いような香りがああーー……。

 

「モモンガ様?」

「うひっ……ど、どうした、アルベド?」

 

 慌てるモモンガに、アルベドが柔らかく微笑む。吸い込まれるような笑みに、思わず生唾を飲み込んでしまうのは、もはやしょうがないと言えるだろう。

 

「私の前では、そのように堅苦しい喋りをなさらなくても結構ですわ。普段、皆様と話されているような話し方でいいですわ」

「え?あ、いや、しかし」

「ここは、モモンガ様のお部屋、ならばリラックスしていただきませんと。あの様な固い話し方では、疲れはとれませんよ?」

「う……む。とは言え、どうしたらいいか、その」

「ならば、要練習、ですわね」

「う、うむ……じゃないな、そ、そうだね、あるべど?」

「ふふ、おかしな発音になってますよ、モモンガ様」

 

 あっれー?誰だこの女神。ああ、アルベドか。こんな風に笑えるんだぁ。そんなことを考えていたモモンガだったが、徐々に二人の間の距離が近づいて行く。

 

「ア、アルベド?」

「逃げないで下さいませ、モモンガ様」

「か、顔が、近づいて」

「そうですわね。近づいておりますね」

 

 睦事を囁く唇が、モモンガの視界から離れない。その影が今まさに接触しようとする、その瞬間。

 

「一大事でございますモモンガ様!!」

 

 扉を轟音と共に開け放ち、パンドラズ·アクターが飛び込んでくる。跳ねるように飛び離れるモモンガ。とんでもない表情でパンドラズ·アクターを睨み付けるアルベド。普段ならば竦み上がるパンドラズ·アクターであったが、今回ばかりは様子が違う。それに勘づいたアルベドとモモンガは、立ち上がりながら先を促す。

 

「たっち·みー様とリュウマ様が交戦状態でございます!」

「……な、なに?どう言うことだ!?」

 

 一瞬、何を言われたか分からず硬直するが、その言葉が頭に染み込んでくると同時に、モモンガは叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 





絶対、たっち·みーには勝てないんだが、どうすればいいんだろう?

むしろ、たっちさんの戦い方ってどんなんなんだろ?

ではでは次回です。

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