The Last Stand   作:丸藤ケモニング

22 / 40

鬼を倒してたら遅くなりました。






22,たっち·みーと竜王国

 謁見の間へと続く廊下を、たっち·みーは靴音高く堂々とした態度で歩く。

 あの日、ウルベルトと一緒に、一人残したモモンガに謝罪と礼をゲーム内で告げるためにログインしたあの日から早五日が経過していた。

 最初はゲームと言う認識であったが、すぐさまそうではないことに気がつかされた。目の前で人が惨殺されて行く光景、それだけならゲームと認識していたかもしれないが、次に自らの嗅覚に届いた鉄錆のような臭い、これが即座にゲームではない事を、なぜか認識された。

 後は、自らの信念『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』に従って、虐殺の憂き目にあっている人々を助けた。そこまでは良かったのだが、そこからが大変だった。襲い掛かってきていた亜人、ビーストマン単体は決して強くはない。だが彼が守っている人々よりは遥かに強かった。次々と襲い来るビーストマンを蹴散らすが、それでも被害が出ないわけではなかった。

 それでも多くの人々をなんとかこの国の砦へと導き、今度は砦への襲撃に対処し、なぜか英雄と称えられ、現在に至る。

 様々な疑問はある。そして、なぜか確信めいた予感がある。この異世界に、ウルベルト、モモンガが存在しており、あの懐かしいナザリックがあるのを。出来るなら今すぐにでも飛び出して探しに行きたいところではあるのだが、この国の現状がたっち·みーを離してくれなかった。この竜王国と言う国は、ビーストマンの国の猛攻により滅びに瀕していた。普段なら、この近くのスレイン法国から特殊部隊がやって来てビーストマンを押し返しているのだが、この一週間ほど前からその部隊もやって来なくなり、もはや風前の灯と言ったところだった。

 そんなときにたっち·みーは現れた、現れてしまった。そして、アダマンタイト級冒険者とやらが苦戦するほどの数のビーストマンを瞬く間に打ち倒し、数多くの人民を救いだしてしまったのだ。たった一人で。かくして、たっち·みーはこの国の英雄となってしまい、またこの国の現状を知ってしまったがために、外へと出ることが出来なくなってしまった。

 本音を言うならば、早く外へとナザリックを探しに出て、モモンガと合流し色々と確認したい。だが、自分の正義感が、自分の行動規範としている信念がそれを許さないでいた。

 

 まっすぐ延びる廊下の先には、大きくそして頑丈な鉄やそれ以外の希少金属を複合して作られた門のような両開きの扉がある。その先に謁見の間があるのだが、そこは何でも最後に立て籠る場所でもあるらしい。そのため、そこへ続く門は、分厚くそして頑丈に作られているそうなのだ。その扉の前に立ち、衛兵達に挨拶をなげかけると、にこやかに挨拶を投げ返して扉を開けてくれる。この扉には魔法がかかっているらしく、コマンドワードを唱えれば人手を使わずとも開くようになっている。

 ゆっくりと開いた扉を抜け、多少歩くとようやく玉座が見えてくる。とは言え、小国であるためか、派手さよりも質素さが目立つが、たっち·みー的には十分豪華と言えた。

 玉座には少女が座っている。だが、その表情は疲れきったOLのようだとたっち·みーは常々思っていて、そしてそれがあながち間違いでもないのがあれだ。この疲れきったOLのような表情の少女こそ、竜王国の女王、ドラウディロン·オーリウクルスであった。そしてその傍らにはいつも通りの宰相もおり、自らの女王の頭をひっぱたいていた。

 

「お呼びにより、たっち·みー、参上いたしました、女王陛下」

 

 片膝をつき、恭しく頭を下げたところで、ようやく女王と宰相もたっち·みーが来ていることに気づいたらしく、慌てて居住まいを正し、わざとらしく咳払いをしてその表情を引き締めた。さすがにそうなれば、少々幼いながらも女王の風格があると言えないこともない、事もないかもしれない。

 

「すまぬな、たっち殿、急に呼びつけたりしてしまってのぉ」

「いえ、この二日はビーストマンの襲撃もなく、剣の訓練以外、することがありませんでしたので、呼ばれて少しホッとしております」

「ううむ、我が国の英雄にしては、ちょいと無欲すぎると思うんだがなぁ。もうちょい欲を出して生きても、バチは当たらんと思うがのぉ。どうだろう、これから妾とキュッと一杯……」

「地が出てますよ、陛下」

 

 スパァン!と小気味の良い音が謁見の間に響き渡る。スナップを良く効かせた宰相の平手が女王の後頭部をはたいた音だ。はたかれた後頭部を押さえ、女王は宰相を睨み付けるが、宰相はどこ吹く風と言った具合で視線を真っ直ぐにしている。

 

「……覚えてろ。毛根絶滅させてやるからな」

「一昨日来やがれですよ女王陛下」

「あのぉ、私は何で呼び出されたのでしょうか?」

 

 二人の漫才のようなやり取りを懐かしいものを見るような気分で見ていたたっち·みーではあったが、いよいよ話がどこへ飛んで行くか分からなくなりそうだったので、おずおずとした調子で切り出すと、ハッとした女王は顔を引き締める。なら最初からやろうよとは思うが口にはしない。それが大人のたしなみだ。

 

「うむ……とは言え、お主にどうこうと言う話ではなくてだな、たっち殿はぷれいやーであったな?」

「ええ、少なくとも自分ではそう認識しております」

「祖父から色々聞いておったのだが、寝物語として聞いておったため詳細は思い出せなんだが、スレイン法国の奉ずる六大神がぷれいやーであったそうな。ならば、お主の知己の者であったのでは、そう勘ぐっての。少し話を聞こうかと思うての」

 

 あ、楽にして構わぬぞ。言われるままに立ち上がり、しかし、と、たっち·みーは兜越しに顎に手をやって考える。自分がゲームとして楽しんでいた頃、実のところギルド外の知り合いと言うのは多くはなかった。せいぜい自分と同じワールドチャンピオンの内の二人くらいしか親交はなかった。そもそも、アインズ·ウール·ゴウンと言うギルド自体、ダカツのごとく嫌われていた為か、外との交流が極端に低いギルドであったことも、たっち·みー自身の交流の狭さの一端となっていたかもしれない。

 

「申し訳ないが、女王陛下、私はその六大神とやらとは、恐らく交流はなかったものと思われる。名前でも分かれば、もしかしたらと言う可能性もあるが……」

「ううむ、確か我が祖父が親交のあったらしい神の名は聞いておったが……」

「おや?女王陛下、すでにボケが始まりましたか?やめてくださいね、幼女でボケババアとか」

「お前、本当に妾を敬っておるのか!?……ああ、いかん。思いだしかけておったのにこやつのせいで忘れてしもうた」

「いえ、大丈夫ですよ女王陛下。しかし、スレイン法国ですか……そこに行けば何か情報が手に入るかな?」

「申し訳ないが、たっち殿、あまり御身がスレイン法国に向かうのは良い判断とは言えませんよ」

 

 たっち·みーの呟きに即座に反応したのは宰相だった。顔を見返すと、その表情からは内心が窺えないものの声はこちらを心配してのものだったように思える。

 

「何故です宰相殿?」

「あぁ、気分を害したのなら申し訳ない。ただ、スレイン法国と言う国は、人間至上主義なのですよ。ここまで言えば、聡明なあなたのこと、お分かりいただけますでしょう」

「異形種である私が行けば、要らぬ騒ぎに巻き込まれる可能性があると言うことですか?私は別に……」

「たっち殿、我々はあなたがよき人だと言うのは知っている。故にあなたが余計な騒ぎなどを起こすような方ではないと言うことも知っている。ただ、全ての人間がそう言うわけではないのですよ。その辺りも、あなたに忠告するようなことではないかもしれませんがね」

 

 宰相の忠告に、たっち·みーは内心頷いていた。どうも、こちらに来てからと言うもの、少々短絡的に物事を考えるようになってしまっているような気がする。腕を組み少し考える。短絡的とはまた違うような気もするが、うまく言葉が出てこず、たっち·みーは兜の中で小さく顎を打ち鳴らした。

 少しだけ緊張したような空気が流れるなか、たっち·みーはふと思い付いたことを口にする。

 

「そう言えば陛下?この話をするためだけに私を呼んだんですか?」

「んー、まぁぶっちゃけるとそうじゃな。祖父が話しておったぷれいやーがこの国に居るんじゃし、色々妾の知らぬようなことも教えてもらいたいと思っての」

 

 なるほど、と、たっち·みーは納得した。ようは英雄譚のようなものとしてプレイヤーの活躍を聞いているのなら、この年頃の娘さんなら聞きたいのも当然か。たっち·みーはぼんやりと考え、いくつかの話を頭の中でチョイスしたが、どうも子供に聞かせるような話ではないと思って頭を振った。

 

「ん?どうしたのじゃたっち殿?」

「え?ええ、いや、どんな話をすれば良いかと思いまして……武勇伝とかでしょうか?」

「ほほぉ……いや、たっち殿は強い。となれば、ぷれいやーがいた世界でもよほどに強かったのであろう。その武勇伝、楽しみじゃのぉ。宰相、お茶」

「もう持ってこさせております陛下。いや、たっち殿の武勇伝、年甲斐もなく心躍りますな」

 

 いそいそと居住まいをただす二人を前にし、たっち·みーは苦笑をこぼしながら、生真面目に、なるべく脚色を加えず、ワールドチャンピオンになったときの話や、その後の世界一決定戦の話などをのんびりと生真面目に話して行く。それを、ワクワクした様子でお茶菓子とお茶を頬張りつつ聞く二人。

 そんな穏やかな時間は、一人の来訪者によって破られることになった。

 

「ご歓談のところ申し訳ない」

 

 虚空より声が響き、たっち·みーの背後で闇が凝り固まったような物が湧いて出る。驚愕する二人の前で、たっち·みーは腰から剣を抜き放ち、しかし、それが〈 転移門/ゲート 〉である事を見抜き、無いはずの眉をしかめた。そして、先程の声に覚えがあった。懐かしいあの声は。

 〈 転移門/ゲート 〉が門の形を取り、その中から“死”が姿を現した。少なくともドラウディロン·オーリウクルスと宰相にはそう思えた。

 門から現れ出でたのは、闇よりもなお濃い豪奢なローブを身に纏った骸骨。その身から発せられるのは濃厚な死の気配。眼窩にはオキビのような赤い光が灯り、威圧的にこちらを睥睨していた。その視線がゆっくりとたっち·みーに移ると、たっち·みーは腰に剣を戻しゆっくりと死の具現に歩み寄った。

 

「たっちさん、迎えに来ましたよ」

 

 死の具現とは思えないほど優しい声でそいつはそう言った。それに対してたっち·みーは片手を大きく上げ、頭蓋骨へ振り下ろした。ガスンッ!鈍い音と「オウフッ!」と言う苦鳴が同時に上がり、骨が頭を押さえて蹲った。

 

「何をしてるんですかモモンガさん……その姿で現れたら、意味もなく混乱を招くでしょう?せめて変装くらいしてきてください」

「アッハイ、すいませんたっちさん」

「それと、順序が逆になってすいませんモモンガさん。お迎えありがとうございます」

「ええー……そっちが先じゃないんですか、たっちさん」

「叱るべき時にちゃんと叱っておかないと駄目なんですよ、モモンガさん」

「のぉ、たっち殿、その者はいったい?」

 

 オズオズと口を出したドラウディロンに、モモンガが顔を向ける。そこからは何の感情も窺えない。ともすれば殺されるやも知れぬと思った時、モモンガが骨の手を打ち合わせた。

 

「あー、これは失礼。私は……この姿はやはり恐ろしいのですかね?申し訳ない、すぐに整えますので」

 

 そう言うが早いか、モモンガを黒い炎のようなものが包み込んだ。仰天し、一歩後ろへ下がったドラウディロンをたっち·みーが片手で軽く支えた。その間にも黒い炎のようなものは姿を消し、そこには眉目秀麗な男が立っていた。

 

「失礼をいたしました女王陛下。私はモモンガ。アインズ·ウール·ゴウンの代表であり、あなたを今支えているたっち·みーさんの仲間です」

 

 にこりと微笑みそう言われたが、その体から発せられる威圧感はやはり変わっていなかった。

 

「そ、そのモモンガ殿がいったいどういう用件で来られたのか?」

「んー……警告と提案と言うところでしょうか?」

 

 顎に手をやりそう答えたあと、モモンガは指をパチリと鳴らした。それに会わせてまだ開きっぱなしだった〈 転移門/ゲート 〉から漆黒の鎧を身に纏った戦士と、ピンクを基調としたドレス風の鎧を身に纏った丸顔の少女が出てくる。二人が抱えているのは大型の姿見のようでもある。

 二人が床にそれを置いて漆黒の鎧の方はモモンガに軽く会釈し、たっち·みーに大きく頭を下げた。ピンク鎧の方はモモンガには同じように軽く会釈し、たっち·みーの方には大きく両手を振って存在感をアピールしていた。

 

「あれは〈 遠隔視の鏡/ミラー·オブ·リモートビューイング 〉と言う遠方の映像を見ることができるマジックアイテムです。あれをこちらに持ち込んだ理由は、これから私が話すことが嘘ではないと言う事を証明するためです」

 

 淡々とそう説明し、モモンガは二人に向き直った。それにあわせてドラウディロンと宰相、たっち·みーもそちらへと向き直る。

 

「茶釜さん、アルベド、よろしく頼む」

「茶釜さん?アルベド?モモンガさん、何を?」

「お久しぶりでございます、たっち·みー様」

「久しぶりー、元気してた?」

「茶釜さん、挨拶は後にしましょう。まずは、現状の説明のために、例の群れを」

「アイアイサー」

 

 答えながらぶくぶく茶釜(人間形態)は鏡の前で手を上げたり下げたりする。鏡の中の映像はその度に動き、そしてついにそれを映し出した。最初はそれが何か理解できなかったドラウディロンであったが、理解したとき、悲鳴を上げそうになった。

 俯瞰視点から映し出されたのは、一種無秩序に行軍するビーストマンの群れであった。もはや数えるのも馬鹿らしいほどの数のビーストマンが、一種無秩序ながらしかし秩序立てて進軍している。いや、ビーストマンだけではないようだ。オークやゴブリン、オーガもかなりの数が交じっている。それは、ドラウディロンと宰相にとって、絶望を通り越した光景であった。

 

「モモンガさん、これは?」

 

 その中で、たっち·みーは冷静にそう問う。

 

「私達がたっちさんを探しているとき、たまたま見つけたんですが、最初に見たときよりもかなり数が増えてますね。アルベド、総数でどれくらいの規模になる」

「そうですね……報告だと5000ほどの数でしたが、現在はそれよりも1000は多いですね」

「ろ、6000のビーストマンやモンスターの混合部隊!?いや、それは混合士族と言うのではないか!?いや、待て待てモモンガ殿!こやつらはどこを目指しているのだ!?」

「女王陛下、残念ながらこいつらはこの国を目掛けて、ゆっくりと、だが着実に向かってきています。遅くとも二日後、この国の砦へと殺到するでしょう」

「な、なんたる事だ……」

 

 へなへなと絶望の表情で崩れ落ちるドラウディロンを、宰相とたっち·みーが優しく受け止める。泣き崩れそうなドラウディロンの背中を優しく撫でながら、たっち·みーは、モモンガの言葉を待つようにその顔を見た。それに頷き返し、モモンガは口を開く。

 

「女王陛下、嘆かないでいただきたい。私は、あなたに絶望を届けに来たわけではない。むしろ、希望を届けに来たのだ。無論、ただではありませんが」

 

 最後は冗談のように聞こえる声でモモンガは言った。が、それをそうだと受けとるほど国家元首は生易しくないのだ。とは言え、ドラウディロンは考える。糞高い金を払っている法国は既に助けに来る気はなさそうだし、よしんばいつもの部隊がやって来たところで、さすがにあの数の前ではどうにもなるまい。ならば、目の前の人物、この国に突如として現れたぷれいやーであるたっち·みーの友人と名乗るこの男もまた、ぷれいやーであるはず。ならば、最後の望みをかけても良いかもしれない。

 

「……我が国は貧乏じゃぞ?払える金額など、たかが知れておるが……何をお望みじゃ、ぷれいやー殿」

「我々の事を知っているのですか?ううむ、どうしたものか……」

 

 急に腕を組み、モモンガは唸り始めた。

 

「私がこの国に救いの手を差し伸べようとしたのには訳があります、女王陛下。一つはたっちさん。たっちさんが救いの手を差し伸べたのなら、私はそれに準じて行動します。しかし、この世界に来て日の浅い我々は、あまり益の無いことはしたくない。そこで、我々の目的のために協力してもらおうと思ったのです」

「協力?このような小国に、どのような協力を求めるというのだ?」

「我々は現在国を作ろうとしている。しかし、現在ナザリックと言う場所しかない。そこで、この国には我々の実験に付き合ってもらいたい。そう思っている」

「……嘘は、無いようじゃな?」

「そういうタレントを持っておられるのかな?いや、違うな。為政者としての読みですかね?ですが、返答は後程で結構ですよ、女王陛下。今は……」

 

 そこまで言って、モモンガは鏡の方を見る。そこに映るのはこの国を苦しめ続ける化け物の想像を絶する群れ。それを目にしながら、モモンガは不敵に笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「この雑魚の群れを蹴散らすとしましょう。これに関しては代金は結構ですよ女王陛下」

「……何故か、聞いてもよろしいかの、モモンガ殿?」

「そんなの、一つに決まってますよ、ねぇ?たっちさん」

 

 不敵な笑みを浮かべたまま、モモンガはたっち·みーを見る。その表情を受けて、たっち·みーは苦笑の息を漏らし、こう、口にしたのだった。

 

「困っている人を助けるのは、当たり前。ですよね?モモンガさん」

「今回は、国ですけどね、たっちさん」

 

 

 




たっち「ちなみに、実験って何をやるんです?」
モモンガ「アンデッドの労働力への転換。上手く行けば、この国の生産もはねあがるので、どちらにせよ美味しい結果になりますよ?」
ドラウディロン(我が国がアンデッドの巣窟になる!?いや、たっち殿が居るからそんな最悪な事態にはならないか……ならないよなぁ?)



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。