少女はお辞儀することにした   作:ウンバボ族の強襲

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真似妖怪

「こんにちわ。コーンウォール地方のピクシー小妖精です。

ホグワーツも三年目に突入したにも関わらずほとんど実地訓練もマトモに積んでない魔カス共にもわかるように、真似妖怪『ボガード』について解説に来ました」

 

「お、おう」

「どうも」

「……」(おかしい、コイツらは去年学年末に皆殺しにしたはずだわ)

「フォイ……」(ロックハートの残り香……か……)

 

 

「耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ魔カス。真似妖怪ボガードは暗くて狭くてじめっとした場所を好むよ。洋服ダンスの隙間、ベッドの下。主に流しの下とか台所の隅とかかな。さてここで質問だよ。ボガードって一体何かな」

 

 べスは手を上げずに勝手に発言した。

 

「形態模写妖怪でしょ知ってるわよ」

 

「正解だよ。別名20世紀の指示待ち妖怪とも言われるよ。見た人が一番『KOEEEE』ってなるものに勝手に変化して相手がビビることを唯一の生きがいにしている可哀想なヤツだよ」

 

 

 その説明に対しスリザリン生たちは口々に思い思いの感想を勝手にしゃべる。

 

 

「人を不快にして何が楽しいんだろうな」

「そんなことをしても得られるのは束の間の満足だけだろうに」

「だったらもっと自分を磨いて楽しい妖怪生を切り開けばいいのにね」

 

 

 

「所詮未来が希望に満ち溢れてる十代前半の魔カスにはわからないよ。真似妖怪が生まれ持った宿命だからね。

 

 とりあえず現在洋服ダンスの中にぶっこまれている状態のボガードは中の暗がりでガタガタ震えて膝を抱えてうずくまっている状態だよ。だけどこっちがカギを開けてやればたちまち姿を変えるよ。今この状態でテメーらのほうが圧倒的に有利な状況にいるよ。なんでかわかるかな?」

 

 

 

「人数が多ければ蹂躙できるからだろ常識」

「四方八方からの失神呪文をすべてさばき切れる妖怪などおるまいに」

「ふぇ……リンチはダメだよぉ……」

 

 

「(なにいってんだこいつら……)」

 

 妖精は予想外の答えに絶句した。

 

 

 

「大人数だと『誰』の『一番』怖いものに化けていいのかわかんなくなって錯乱するからだろーがカス。お前らなんでこんなこともわかんないのかな? 脳みそウナギのゼリーでできてるのかな?」

 

 

「失敬な」

「ようせいのくせになまいきだ」

「あのゼリー結構うまいよな」

 

 

「舌までクルクルパーとは恐れ入りましたブリカスの皆さん。

 とりあえずコイツらに対抗するのに一番手っ取り早い方法は複数人でいることだよ。一度に大勢を脅そうとして結果よくわからない姿になるよ、各個撃破すればいいのにね。

 あとコイツらを倒すのは『笑い』だよ。お前らがバカにしたい姿を思い浮かべて『リディクラス』と唱えれば強制的に姿をゆがまされたボガードは屈辱で憤死するよ。

 ぶっちゃけそんなことしなくてもホウ酸団子で一網打尽だけどね」

 

 

「一匹いたら30匹いるタイプの妖怪ですねわかりました」

「死の間際にタマゴとか産み落とすやつじゃね?」

「今日は火星が綺麗だな」

 

 

「長々言ったけど呪文撃退で大事なのは精神力ってことだよ。とはいっても奴らの生命力は尋常じゃないからせいぜいお前らも砂漠にスポイトで水を撒く作業に没頭してr――」

「アバダゲダブラ!!」

 

 ルーピンの杖から緑色の閃光が発射されコーンウォール地方のピクシー小妖精は蒸発死しました。

 

 

「説明が長すぎるからアバダしといたよ。全くこれだから害獣は嫌だね」

 

 

 

「うわあああああああああああああ」

「ああああああああああ」

「ピクシぃいいいいいいいいいいい!」

「ぎゃああああああああああ!」

「アバダぁあああああああああああ!」

 

 

「さて、と。じゃあ今からボガードを解き放つから皆『笑い』を忘れずに! 笑顔で楽しくボガードを撃退しよう!」

 

 ピクシー小妖精の命を刈り取ったばかりのルーピンは、人間として大切な何かが欠落しているのではないかと思える笑顔を浮かべた。

 真っ先に前に立たされたのはスリザリンのイケメン枠、ブレーズ・ザビニとかいう男子生徒だった。

 

 お高く留まった性格で、腹黒いし肌の色も黒い。腹の底まで黒人である。ただし、イケメンである。

 その端正な容姿は母親譲りであり、その母親は夫を7人もとっかひっかえし、なぜか全員死んでいる。その保険金が大量にあるため彼の家は金持ちである。とんだ大量殺人鬼だ。いいぞもっと殺れ。

 

 そんなザビニが「何が来るんだよ……何が来るんだよ!」と年相応にびくびく震えつつも、女子生徒の手前かっこつけて杖を洋服ダンスに向けている。

 

「じゃ、ブレーズ! いってみよーー! リディクラスだよ! 忘れないで!」

「おっしゃぁ!! こ、来い!! 来るなら来いッ!!」

 

 決意を込めた瞳でザビニはぎりり、と睨んだ。

 やがて、タンスが開く。

 そこからは。

 

 

 火を纏った人影が現れた。

 

 

 多分焼けただれているのだろう、何かが焦げ付くような不愉快な異臭がする。

 『ソレ』は何かわからない。だが、形からしておそらく成人男性のものだと憶測することができた。

 やがて、人間の断末魔のような叫び声がこだまする。

 

 

 

『助けてくれ!! 助けてくれぇええ!! うわああああああづいいいいいい!!』

 

「ひっ……!」

 

 ザビニの顔にもはや決意の欠片はない。それは完全に恐怖で塗りつぶされていた。

 

『おいていかないでくれ! おいていかないでくれぇええ! 頼む! 頼む!!』

「う、うわあああああああああああ!」

『ブレーズ! ブレーズ!!』

「違う! 違う違う違う! ぼ、僕のせいじゃない! 僕のせいじゃない僕のせいじゃない!! 仕方なかったんだ!! 仕方なかったんだ!! 僕のせいじゃない! 僕のせいじゃないんだあああああ!!」

「はっはははは~~ほーら、リディクラスだよーー? こんなボガードさっさとやっつけてしまいなさい!」

『助けてく……れ……! ブレーズ……! 私は……きみ……の……義父になろうと…………』

「やめろ! やめろやめろ!! うわあああああああああああああ!」

 

 ザビニは錯乱して部屋から飛び出した。

 どうやらドアの向こうに隠れて膝を抱えているようだった。違う、違うんだ、仕方なかったんだ、僕のせいじゃない僕は悪くないんだ僕のせいじゃない、僕のせいじゃないんだ、だから許してくれ義父さん。と壊れたようにしきりに繰り返している。ほとんどのスリザリン生は「フーン、見たんだ断末魔」と彼の秘められた(どうでもいい)過去を察したのだった。

 

「いやー、初っ端から飛ばしてくれるね。さすがはスリザリンだ。次! ダフネ!」

「ふぇ……!」

 

 次に呼ばれたのはダフネだった。

 本名ダフネ・グリーングラス。癒し系の美貌を持つ彼女は、スリザリンの美少女として名高い。

 そんなダフネに危機が迫っていた。

 

 今まで断末魔の叫び声をあげる男、だったボガードが、ダフネを前にし姿を変える。

 

 それは、11歳くらいのかわいらしい少女の姿に見えた。

 

 髪型や顔立ちが何となくダフネに似ている。それを見たダフネの顔がさっと青ざめた。

 血の気が失せた。

 真っ白になった。

 少女(に扮したボガード)の口が開かれ、そこから鮮血がゴボリ、とあふれ出た。

 ドくドクドク、と口からあふれる鮮血が、真っ白な首筋へと伝わり、口から下をまるでペンキで塗ったかのように真っ赤に染め上げた。

 

 

 

『姉さん……姉さん……助けて……姉さん……』

「あ……ああああああ! い、いやっ! ダメ! 駄目駄目駄目ぇえ!! そ、そんな! アスティ! アスティ!!」

『姉さん……苦しい……苦しいよぉ……どうして……どうして……わたしなの……?』

「アスティ! アスティ!! やだ、嘘……嘘嘘……こ、こんなのウソだよぉ! やだ……やだぁああああああ!」

『死にたくないよ……姉さん……たすけてよぉ……ゴフッ……』

「いやっ! 嫌嫌嫌ぁあああああああああああ!」

 

 

 ダフネ錯乱して部屋から飛び出した。

 壁にガンガンと頭をたたきつけ「ごめんなさい! ごめんなさいアスティごめんなさい! うわああああ」としきりに叫んでいた。それを見たスリザリン生たちは「あー妹かーー」「妹さん持病持ってるかもしれないんだっけー?」「遺伝性の呪詛だってさーまだ潜伏期間らしいけどねーー」「ご愁傷様wwww」とか話してた。中々複雑な家庭の事情だった。

 

 

「次! ミリセント!!」

「来い!!」

 

 ミリセント・ブルストロード。

 真正の剛の者である。

 

 

 ボガードは姿を変えた。

 それは。

 腹に爆弾を巻きつけられた男の姿だった。

 

 

『やめろ! 殺さないでくれぇ!』

「むっ……」

『私はIR●暫定派に家族を人質に取られて、じゃーテメー腹に巻いた爆弾で突っ込んでって死ね。っていう自爆テロを強要されているんだ! 死にたくないいいい!』

 

 ボガードは意外と設定を凝るタイプだった。

 

「なんという卑劣……!」

『う、撃たないでくれぇ! 頼む……家族が、人質に……! む、娘が……! いるんだ! でも人質に……! このままだと……! 助けてくれぇえええ! 娘だけでも――!』

「……分かった。リディクラス!!」

 

 ミリセントが呪文を唱えると、爆弾が爆破し、爆炎が上がった。

 元人間だったらしい肉塊へと変化するサツバツ!! 

 ミリセントはどこか穏やかな笑顔を浮かべていた。確かに笑顔だ。そして笑顔は真似妖怪を殺す。

 

「真に憎むべきは暴力に訴える不埒な輩であろう……安心して眠るがよい、勇者よ。必ずあなたの娘の命はこの私が助けよう……!」

 

 

 

「お前ら一体何とたたかってんの?」

 

 

 

 ルーピンが今さらなんか吠えやがった。きっと負け犬の遠吠えだろう。人生の。

 

 

 

「じゃーえーっと……セオドール! 次! セオドールいってみよー!」

「しんだ」

「は?」

「セオドール・ノットは死んだんです。去年グリカスの穢れた放火魔、ハーマイオニー・グレンジャーにシャンデリアにされました」

「マジか、先生全然きがつかなかったよハハハ!」

 

 じゃー気をとりなおして行こう! とかふざけたこと抜かしたルーピンはべス! と名前を呼んだ。

 

「べス! 行ってみよう!」

「どんと来い」

 

 思わずスリザリン生の注目が集まった。

 今まで、べスは授業態度はクソのようだったが、ペーパーテストではこれでもか、というほどの点数を叩き出す。実際、授業態度は人のこと舐めんのも大概にしろと言いたくなるレベルだが実技は嫌味なくらい優秀――という、非常にブレ幅の大きい優等生なのだ。

 そんな彼女が怖がっているものは何か、と多くの生徒が注目していた。

 

 そして、その中の8割の人間が「どーせ、割れた便器かなんかが召喚されんだろ」とか思っていた。

 

 ボガードがべスを認めて姿を変える。

 

 否――変えようと、試みた。

 

 

「……は?」

 

 

 ボガードはしばらく迷っているようだった。

 肉塊が再生し、半ばゾンビ状態の生肉が歩いている――という、ぶっちゃけそれでも相当ホラーな状態のままに何に化けたらいいのか分からないでいる、という印象を受けた。

 

 やがて、バチン! という大きな破裂音と共に先ほども出た燃える男の断末魔が現れる。

 

 

 ドアの向こうでザビニの「うわああああ僕じゃないいいいい! 僕のせいじゃないいいい!」というナキゴトが聞こえてきたがべスは無視した。

 

 

「あ? ふざけてんのか? リディクラス!!」

 

 

 べスが呪文を唱えるとまたしても、バチン! という破裂音。

 と、ともに瀕死で血を吐く少女の姿に変わる。

 またしてもドアの向こうで「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんごめんごめん」という雑音が聞こえてきたがべスはそれもスルーした。

 

「はい? リディクラス!」

 

 次は自爆テロ男だった。

 

「……? リディクラス!!」

 

 次は大きな蜘蛛だった。

 

「……アクロマンチュラなんか怖くないわよ……? この間虐殺しただろーが。リディクラス!」

 

 次は非常に見覚えのある姿だった。

 

 

  ぞろりとしたマント。

 脂っこい黒髪。大きな鉤鼻の男

 

 

「スネイプ死すべし慈悲はない! リディクラス!」

『おいラドフォードちょm――』

 

 次もどこか見覚えのあるものだった。

 

 

 それは、恐怖の死者。

 ぞろりとしたマントを纏った死者のような手――。

 

 

「なんでや! 吸魂鬼さん悪くないでしょ! リディクラス!!」

「……」

『お辞儀するのだ!』

「お辞儀しますペコリディクラス!」

「…………」

『燃えろ……もっと燃えるのじゃ……!』

「名前を呼んではいけない校長……!? くっ……アバd――」

「そこまで」

 

 

 ルーピンが杖先から無言で失神呪文をくらわす。なお、威嚇射撃だったためにべスには当たらなかったが、地面がごっそりと抉れていた。

 

「……なるほどね、君たちは大いに抱えている恐怖がヤバいものだってことがよくわかったよ……。そうだね。宿題だ、各自、レポートを提出するように、月曜日までだよ。

 あと『自分が恐怖しているもの』を予想しておくんだ。今日ダメだったブレーズとダフネはマダム・ポンフリーのところに行ってカウンセリングを受けるように。

 

 あと、べス」

 

「何ですか先生? 私のボガード連続撃破を褒めてくれるんですか? すごいでしょ」

 

 べスは得意げになって言っていたが、ルーピンの目は冷たかった。

 

 

 

 

 

 

「君は補習だ。ボガードの追試をやるから後日私の部屋まで来るように。以上、解散!」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 べスは目を丸くした。

 

 誰も、信じられなかった。本人ですらも、耳を疑った。

 

 まさか、と思ったのだ。

 

 

 授業態度最悪、だがペーパーテストと、実技はピカイチの成績を出す『あの』べス・ラドフォードが。

 

 課題に『落第』する――なんてことに。

 

 

 

 

 

 

 

 


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