少女はお辞儀することにした   作:ウンバボ族の強襲

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ダイアゴン横丁

 薄汚れたパブだった。

 

 パッと見薄暗くてみすぼらしい。

 隅の方にババアが2,3人腰かけてシェリー酒をひっかけている。

 一人は長いパイプを吹かしている。バーテンは爺だった。その頭は冒涜的なほど荒廃していて、歯は欠け、クシュとしたくるみの様な顔をしていた。

 

「やぁ大将いつものやつかい?」

「スピリタスで頼む。ガキ2人のお守りなんざ飲まなきゃやってられん」

「おい」

「え? ちょ大将……それひょっとして隠しg……」

「ハリーとベスの入学品を『はじめてのおつかい』の世話しろって公正にして英邁たる我らが偉大なる魔法使いアルバス・ダンブルドアに命令されたんだわ」

「マジかお前も大変だな。……ん? ……え? ……マジ……? やれ嬉しやハリー・ポッターか……!?」

「ハリー呼ばれたぞ、ほれファンサービス」

「グッドラック」

 

 バーテンの爺はカウンターを破壊してハリーに駆け寄ると涙を浮かべて手を握る。

 

「お帰りなさいポッターさん!!」

「ドリス・クロックフォードですポッターさんあぁポッターさんお会いできて光栄です」

「あなたと握手したいとずっとおもってましたぁああああ!」

「どうもポッターさん、ディグルです。ディーダラス・ディグルです!!」

「あ、なんか既視感……前に僕と会ったことがありますよね? えっと……確か、お店で一度お辞儀してくれた人、だよね?」

 

 ハリーがそう言うとディーダラスは驚き、感動し、シルクハットを取り落とし、倒れた。

 

「ポッターさんが……私を……覚えていてくれた……だと……!?

 ……こんな幸せな人生は……ほかに…………ない……」

 

 

 

「ディイイイイイダラァアアアアアス!!」

「起きろディーダラス!! 誰かぁああああ! AEDを!!」

「駄目だ魔法界だと狂ってる!!」

「じゃあ心臓マッサージと人工呼吸だーーー!」

 

 

 

「あ、クィレル教授発見」

「マジか」

「教授?」

 

(ホグワーツの先生……かしら……?)

 

 ベスはハリーの方を見た。

 

 若い男だった。

 青白い顔の神経質そうな男――頭には紫色のターバンを巻いている。

 

 

「ポ、ポ、ポッター君……お、お逢い出来て光栄です……」

 

 

「何の先生なの? ハグリッド」

「闇の魔術に対する防衛術」

「あんなんが?」

「あんなんが」

「マジかよホグワーツ終わってんな」

「俺もそう思う」

 

(頭の後ろに寄生虫飼ってるような面。ひょろひょろ。肌づや悪い。気弱そう。

 ……え? あんなんが闇の魔術に対する防衛術講師? 闇の魔術ナメられ過ぎてるじゃん……これひょっとして私楽勝?)

 

 将来の夢、死喰い人であるベスは特に根拠のない自信を確信した。

 握手を一通りかわしたハリーが戻ってきたので買い物に行くことになった。

 

 

 ハグリッドがレンガを叩く、壁を壊し、前へ進むための道を切り開く。

 

 

 

 

「ようこそ、ダイアゴン横丁へ」

「……」

「……」

「ん? どうしたお前さんら?」

「…………」

「…………」

「え、何お腹痛い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 硬直する二人。

 ハリーとベスは、一時停止状態と化していた。

 まるで真空のような思考停止。

 

 やがて……制止した時が動き出すその一瞬。

 

 しん、と静まりかえった水面に――ぽとり、と雫が滴下されるような。

 僅かだが、確かに大きな変化。

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法界って……」

「都会って……」

 

「「すげえぇええええええええええええ!!!!」」

 

 

「あっそ」

「は、ハグリッド! ……あ、アレは……何? アレ何なの!?」

「鍋」

「じゃ、じゃああっちのは? あの男の子が持ってるのって……!」

「鳥」

「ねぇハグリッド! ここに便座屋はある!? こんなに大きな街に私来たことないわ!! だってだってオバサン基本通販しか使わなかったんだもの!! 便座屋は!! きっと素敵な便座が揃っているに違いないわ!!」

「知らん」

「……ベス、ひょっとしてあそこの店じゃないかな」

「わぁ、何だかそれっぽい!! ちょっと突撃してみましょーよー!」

「まずは金を取って来んとな」

 

 

 

 

 

 

「どうもグリンゴッツです」

「子鬼が経営している銀行です」

 

 子鬼がお辞儀をした。

 

 ハリー、ハグリッド、ベスの三人が歩いていくとデカい扉にぶち当たる。

 銀色で、何か言葉が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬものよ、入るがよい

 

 

 

 

 欲の報いを、知るがよい

 

 

 

 

 奪うばかりで、稼がぬものは

 

 

 

 

 やがてはツケを払

 

 

 

「長げーよ、寝てたわ」

「要約すると防犯システムは万全だから銀行強盗は皆殺し、やれるもんならやってみろ、本気でぶっ殺す。って言っとるわ」

「怖」

「ここから盗もうだなんて狂気の沙汰だわい」

「なんかどっちも狂ってるように聞こえるなぁ、僕」

「銀行なんてそんなもんだ」

 

 

 左右の子鬼がやっぱりお辞儀した。

 

 中は大理石のホールであり、百人を超える社畜が細長いカウンターの向こう側で脚高な椅子に座って死んだ目か、あるいは不自然にギラギラ輝きまくった目で金貨を数えていた。

 

 

「おはよう、ポッターさんの金庫からカネを引き出しに来た」

「承りました。ポッターさん、カギはお持ちでらっしゃいますか?」

「俺が持ってました。あとダンブルドア校長から手紙を預かってる」

「こ、コレは……713番金庫……だと……!? クククク……『約束の時』ついにあの『禁断の扉』……『選ばれし洗礼』を『執行』する時が来たと言うのか……」

「何このキャラ変貌」

「子鬼だからしょうがねぇよ」

「やっぱり……イカレてるんだね」

「でもマグルよっか遥かにマシだわ」

「了解しました。案内させましょう、グップフリック!」

「私はグリップフックですぅうううううう!!」

 

 子鬼がやってきてホールから出ようとした。

 ここからは殺人ジェットコースターと化すトロッコに揺られてある者は朝食を戻し、ある者は脳がシェイクされ、またある者は耳の中の三半規管を破壊されたことによって行動不能、という凄まじい状態になることになるだろう。

 ハグリッドとハリーの二人はグリップフリックに着いていこうとしたその時だった。

 

 

 

(ん? あれ? これって……)

 

 

 

「ね、ねぇ……ちょっと待って」

「え? ベス、どうしたの?」

「何か用か」

「待って……あの……私の金庫は?」

「は?」

「あ! ……そうだよハグリッド! ベスの分のお金を出さなくちゃ」

 

 

 

 

 

 

(あ)

 

 

 

 

 ベスは何となくだが、最悪の予感を自覚する。

 

 やがてハグリッドが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「知らん」

「……え?」

「ハグリッド……?」

「お前さんの金庫の鍵何か知らんわ、そんなん俺の管轄外だわ」

「こ、コイツ……」

 

 

 

(ですよねーーーーー!!)

 

 

 ベスはやらかした、と悟った。

 自分は孤児、ではあるがハリーとは立場が異なる。

 ハリーと同じく自分も両親を失った身ではあるが、今まで一応紛いなりにも魔法界に所属する叔母に引き取られて育てられてきた。だから魔法世界について無知という訳ではない。

 

 が、今回叔母が不在ゆえに金銭を持ってきておらず、何となく薄ら心の中では「ハリーも似たようなもんだからいいだろ別に」と軽く考えている節があったのだ。

 所詮は11歳の女の子だった。

 

 

(あのクソ叔母が……)

 

 

「あー……何だか可哀想なので、お嬢さん、お名前を伺っても?」

 

 グリンゴッツの子鬼が身を乗り出す。

 

「そちらの大変可愛らしいお嬢さんは見たところポッターさんと同じくホグワーツの新入生ほどの年頃でしょう、毎年いるんですよこうゆうウッカリした子が。本人確認ができる書類――一番手っ取り早いのはホグワーツからの手紙があれば、こちらで照合できるかと」

「ありがとうございます有情子鬼さん!!」

「我々は人間とは違いますのですよ、えぇ、はい」

 

 ベスは手紙を渡す。

 子鬼は少々お待ちを、と言い金庫を照合しに行った。

 

 

「結果が出ました」

「どうですか?」

「エリザベス・ラドフォード様。

 

 

 

 

 

 

 大変残念なことに、貴女の資産は全て凍結されております」

 

 

 

「………………え?」

 

 

「失礼ですがあなたのご両親……特に御父様は死喰い人でいらっしゃいますね? しかも亡くなられた」

「…………うん」

 

 

 

「申し訳ありませんがお父君は死喰い人、つまりテロリストとして登録されている為その資産は全て凍結され、国に押収されることになっておりますのであしからず」

 

 

「…………は……?」

 

「お気の毒です」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

「おwww気wwwのwww毒wwwでwwwwwwすwwwwww」

 

 

 

 

「畜生がぁああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気は済んだか、ほんじゃ行くぞハリー」

「べ、ベス大丈夫? お金だったら……その……」

「助けてハグリッド……」

「……しょーがねぇな……じゃホグワーツ特別奨学金」

「やったー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただし超暴利だからやめとけや。卒業後殆どの生徒が返せなくて3人に1人は破産し、1人は自殺し、1人は聖マンゴ直送コースの運命が待っている。この『定め』を逃れたのは1人だけだ……とても恐ろしくて口には出せねぇ……そう、『例のあの人』だけだ……」

「素直に全滅だって言えばいいじゃんハグリッド!」

「詰んだ…………」

 

 

(私の入学……まだ始まってもいないのに…………こんなところで……こんな所で……!)

 

 

 

「こうなったらもう……入学品をリボ払いにして買うしかないじゃない……っ!」

「未成年者だろーが」

「ベス……」

「じゃあどうすればいいのよ!! 誰か私にお金貸してくれるの?」

「今からでも遅くねぇ、叔母さんに連絡しろ」

「フクロウは死んだ」

「残念。魔女エリザベスの冒険はここで終わってしまったようだ」

 

 

 

(だ、ダメよ……! 私の夢は……こんな所じゃ……!!)

 

 

 

 

 まだグリンゴッツから一歩も出ていない。

 買い物だってしていない。

 

 

 ベスの脳内から、さっきまで抱いていたハズの夢――夢の様なホグワーツ城での生活や、やがてそこを旅立っていくだろう成長した自分の姿。

 立派な死喰い人になって、闇の帝王から信頼されて……。

 黒いローブをまとい、変な骸骨頭にかぶり、マグル出身者を片っ端から狩りまくって、若手エースとして期待される。

 そして貰ったお給料で、可愛い服や綺麗なお化粧道具。そして美しい便座を買いあさるんだ……という煌びやかな夢が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 

 本当は分かっていた。

 

 全ては身に過ぎた夢だったのだと。

 

 

 

 だが、夢を見て見たかったのだ。

 

 

 

 

 

 ベスの子供時代――そう、『聖域』で読んだ『我がお辞儀(著:ヴォルデモート)』には、確かに書いてあったのだから。

 

 

『夢は、諦めなければ、必ず叶う――――必要なのは、強い意志と自分を愛し、信じる心』……なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

(そう……! 闇の帝王だって……言ってたじゃない……!

 

 諦めなければ――――必ず、叶う……自分を信じろって!!)

 

 

 

 

 

 

 ベスは立ち上がる。

 

 両足で地面を叩き付けるように、まっすぐに立つ。

 

 そして目の前の子鬼を――キッと睨み付ける。

 

 蒼穹を写し取った瞳には強い決意が宿っていた。

 

 

 

 それは高温で、静かに燃える――炎の様な、青。

 

 

 

 

 

 ただならぬ気配を感じた周りの一般客、就業中の子鬼も思わず釘付けになる。

 

 

 

 

 

「お願いします、子鬼さん……いいえ、ミスター・グリンゴッツ……!」

 

 

「……!」

 

 

 

 タダならぬ雰囲気に子鬼は息を呑む。

 圧倒された、こんな少女に。

 

 そしてベスは――――行動する。

 

 

 自分の未来を、切り拓く為に――――。

 

 

 

 

 

 

 

 心は、緊張ではちきれそうだった。

 本当は怖くて怖くて、震えていた。

 逃げ出したくて、たまらなかった。

 

 

 だが、人は知っている。

 

 勇気とは――恐れを知らないことではない。

 

 

 恐れを知り、己を知り。

 

 それでも、逃げないことこそが――――勇気なのだ、と。

 

 

 

 

(大丈夫、しっかり読み込んで来たもの。しっかり……三要素を――)

 

『姿勢を正す』

 

(背筋を伸ばす)

 

『優雅に頭を下げる』

 

(早過ぎない、遅すぎない。自分のペースで)

 

 

 そして

 

 

 

 

 

 

(『お辞儀するのだ!!』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お金……貸してください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見るモノ全てを魅了するかのような――お辞儀だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空白と化した空間、時間、全ての次元を超越し、神が直接語り掛けて来るかのような錯覚を覚えた子鬼は凍り付く。やがて彼は悟るだろう。

 

 

 こんな、美しいお辞儀を……自分は見たことが無い、と。

 

 

 遅れて溢れ出した涙が。

 

 

 

 陽を受け輝く一筋の光となって。

 

 

 

 子鬼の頬に伝うのだった。

 

 

 

 

 

 

「あの素晴らしいお辞儀のお嬢さんに寄付をしたいです」

「彼女のお辞儀は素晴らしかった。このままいけば将来はきっと一流のオジギストになれるはずだ!」

「あの才能を伸ばす為には全財産を惜しまない!!」

「このガリオン金貨を彼女にーー!」

 

 ベスを見ていた全員も子鬼と同じ現象が起きていた。

 アレほど見事なお辞儀を魅せてくれた少女がお金貸してくださいと言っている。

 コレは何が何でも献上しないといけない……という強迫観念にも似た何かに突き動かされていた。

 

 

「エクストリームお辞儀基金をつくりました」

「この口座にガリオンを突っ込んで下さい」

「順番です! 順番を守って!!」

 

 じゃんじゃん金がたまっていく。

 

 気づけばそれはもう、一生遊んで暮らしていける程の金額と化していた。

 

 

「すごい……君って凄いんだねベス!」

「ありがとう……ありがとうハリー」

 

 ベスはハリーのことを敬愛する闇の帝王を葬り去った宿敵だと忘れて抱き合う。

 その背後には死んだ目をしハグリッドが真っ白になって棒立ちしていた。

 

 

 

 こうして、

 

 

 

 二人は

 

 

 

 ダイアゴン横丁へと行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、着いた。

 

 

 

 

 

「制服を買った方がいいな」

 

 ハグリッドは『マダム・マルキンの洋装店』を指さした。

 

「なぁ、ハリー『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬をひっかけてきてもいいかな? グリンゴッツのトロッコにはまいった」

「ねぇハグリッド、元気薬、って何?」

「ハリー、聞いては駄目なのだわ。そんなもの、決まっているじゃない」

「え? ベスは知ってるのかい?」

「もちろんよ」

 

 ベスは薄い胸を張る。

 

 

 

 

「コ〇インでしょ」

「なぁーんだ! ただの禁断症状だったんだね! いいよ、ハグリッド。僕たち二人だけで大丈夫だから!」

「おいおま」

「卑しいスコッチ野郎のすることだから仕方がないわよ。さぁ、お洋服買いに行きましょ」

「ハグリッド、混ぜ物が多い奴には気を付けてね!」

「最悪だなこのレイシスト、純粋なハリーに嘘八百を吹き込んで楽しいか」

「そう……これが純白を染めあげていく征服感……」

「もういいさっさと行け」

 

 

 こうして二人はトギマギしながらマダム・マルキンの店にいく。

 

 

 

 

「ここが制服屋ね」

「入ろう」

 

 

 

「フフフウウウウウウウウウウウウウウウウウウイ!!」

「フォオオオオオオオオオオオイ!!」

 

 

 扉を閉じる。

 

 

「やめましょう、やっぱりローブなんか良く考えたら通販でいいわ」

「ローブを買いに来たら老婆が叫んでたね」

「じゃ教科書を買いましょう」

 

 2人はフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で本を買った。

 敷石くらいの大きな本もあれば、用途不明の切手ほどの小さな本もあり、読むといあいあ言いたくなるような冒涜的な本や、18歳以上が読むと呪いをかけられるらしい薄い本が売られていた。

 

「教科書を買った」

「じゃ杖」

 

 ベスとハリーは狭くてみすぼらしい店の前に辿り着く。

 自称紀元前382年創業、自称高級杖メーカー、自称オリバンダーの店、という杖屋だった。

 

「やだ移民臭い名前だわ」

「気のせいだよ多分、おじゃましまーす」

 

 中に入るとやっぱり埃臭い店だった。

 壁には所せましと杖が積み込まれていた。

 その時、ハリーは察する。

 

 違う、コレは、壁に杖が敷き詰められているのではない…! 壁自体が――――杖なのだ、と。

 

 

「ラーシャイマセー」

 

 柔らかな声がした。

 目の前に爺が立っていた、大きな薄い色の目がハリーを凝視している。

 

 二人は思った。

 

 またしても爺か、と。

 

 

(この横丁の平均年齢はいかに)

(これがイギリス社会の高齢化かぁ)

 

 

 そう、さっきからハリーとベスは……爺(バーテン)、子鬼、子鬼、婆……にしか……出会っていない!

 ここにきて更に召喚された爺(店主)を見て、二人は凍り付いた。

 

 

「不思議じゃ……何とも不思議じゃ……」

「はえーよクソ爺」

「ベス、ダメだよ初対面の人にそんなこと言っちゃあ」

「だってフライングすぎるわ」

「仕方ないよ高齢者なんてそんなものだよ。現実を受け入れなくちゃ」

 

 

(ハリー……この人は……この歳にして一体……何を見てきたというの……?)

 

 

 

「不思議じゃ……不思議じゃ……生命の神秘じゃ……」

「ん?」

「えっ?」

「少年少女がやがて成長し男と女になる……そして、出会い、愛を育み……いつかは子を成し……その子がまた少年となって杖を求めに店に来る……不思議じゃ……何とも……不思議じゃ……地球の神秘」

「壮大」

「哲学的」

「水より上がり、地に栄え渡り、幾度もの危機に直面しながらも、決してその命の歩みを止めることはなかったこの世界――46億年、絶え間なく続いてきた生命の営み、全ての愛と繋いだ命の果てに、今、そこに居る……。

 そんなあなたにピッタリの杖をお探しする、オリバンダーの店ですどうもよろしく」

「どうも」

「よろしくお願いします」

「さっそくですが、ポッターさん。杖腕はどちらでしょうかな?」

「右」

「じゃコレ振ってみろ」

 

 ハリーはそう言うと杖で構成された壁を破壊した。

 杖だけで作られていた脆弱な壁はハリーの会心の一振りにより、バタッバタンとなぎ倒され、ついでにドミノ倒しの如く連鎖し、隣の杖壁をも突き破る。けたたましい轟音が店中に溢れ、砂塵が舞う中、オリバンダーは察した。――不適合だと。

 

「では次――黒檀と一角獣のたてがみ、22センチ、バネの様――さぁ」

「せいっ」

 

 ハリーは今度は窓に向かって振る。

 ガシャァアアアアン!という慟哭と共に窓ガラスが砕け、散り、細かい破片となり、降り注ぐ。

 

 

「難しい……何とも難しい……」

「え………あの……僕……」

「もうやめて! オリバンダーの店のライフはとっくに0よ! もう勝負はついたのよ!」

「まだじゃ」

「え」

「いや、でも」

「…………まだじゃ……! まだ……終わっては――――おわぬッ!」

 

 気炎を噴き上げる爺、オリバンダー。

 

「……オリバンダーさん……」

「人が杖を選ぶのではない……杖が……杖が……人を……選ぶのじゃ!! 杖職人にできるのは、ただ一つ。その杖に相応しい使い手を見出すことのみーーーーッ!!

 今こそ……今こそこの杖を解き放つ時ーーーー!」

「そ、それは……!」

「強杖降臨の予感」

 

 

 

「ヒイラギと不死鳥の羽根――28センチ! 良質でーー! しなやかっァアアア!!」

 

 

 ハリーは杖を手に取った。

 急に指先が暖かくなった。

 ふと――杖が語り掛けて来るような気がした。

 

 ありがとう、よろしくね……と。

 

 なすべきことを成し遂げたオリバンダーは年甲斐もなく頑張った所為で満身創痍の汗だくだった。

 それでも彼の唇は――言葉を紡ぐ。

 

 

「不思議じゃ……不思議じゃ……何とも不思議じゃ……」

「……」

「その傷をつけたもの……同じ杖……いわば『兄弟杖』……あぁ、杖杖杖。

 ポッターさんあなたの杖はいずれ偉大なことをなしとげるかもしれませんな」

「え……僕……えぇっと……ハイ頑張ります」

「では次はお嬢さん、あなたですな」

 

 現実ではありえないオリバンダーは超人的な回復を見せつけ、すくりと立ち上がった。

 

(……タ……)

(……タフな……)

 

 

((タフな老爺だ!!))

 

 

 

「で、杖腕はどちらですかな」

「ひ、左です……」

「ほぅ、成る程。ではこちらは如何ですかな? 栗の木とドラゴンの琴線、23センチ、よくしなる……と」

 

 ベスが振ると杖の先から眩い光が飛び出し周囲をキラキラとした光で包み込んだ。

 

「ぴったりですな」

「そうね、どうもありがとうございました」

「不思議じゃ……何とも不思議じゃ……」

 

 

(コイツひょっとしたら誰にでもそう言ってんじゃなかろうか)

 

 

「栗の木は珍しい素材ではない――だが、世界でひとつのかけがえのない杖が貴女を選ぶとはまさに運命。いずれあなたが導く先に杖は運命の出会いを果たすかもしれませんのぅ……。

 お嬢さん……どうか……どうか……杖を幸せにしてやって下さい!」

「お前にセールストークとは何かを教育してやりたい衝動にかられたけど杖くれたから我慢しといてやるよ」

「杖ーー! 杖ーー! 幸せになるんじゃよーーぐすっ……では、こちら10ガリオンになります」

「泣く泣く払います」

「確かに頂きました毎度ありがとうございました」

「領収書お願いします」

「そんなもん発行しません」

「保証書は?」

「ありません」

「はいカス」

「不思議じゃ……孫ほどの年齢の若い娘に吐かれる暴言はいとも不思議じゃ……自分の年も忘れて興奮するわい」

「おっふ……」

「杖ありがとうございました。ベス、ハグリッドが待ってるよ」

「この杖本当に大丈夫なのかしら」

 

 

 すっかり元気になったハグリッドは頼みもしないのに、ハリーの誕生日プレゼントを買っていた。

 かなり美しい白いフクロウだった。ちなみにメス。

 

 

「あら、フクロウだわ。いいなぁ、羨ましいわハリー。私もフクロウが欲しいわ」

「ほーれ、綺麗なフクロウだろ。一番の美人を買ってきた、ヘヘッ」

「あ、ありがとうハグリッド……! ねぇ、ベスはフクロウを持ってないの?」

「フクロウは死んだ」

「あっそ、ご愁傷さま」

「私もフクロウが欲しいわ」

「欲しかったらお前さんが自分で買うんだな、コレはハリーの誕生日プレゼントだからな」

「私もフクロウが欲しいわ」

「ハリー、フクロウ便は便利だぞ。魔法使いの主な文通手段だ」

「へぇ、そうなんだ」

「私もフクロウが欲しいわ」

「あ?」

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 


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