少女はお辞儀することにした   作:ウンバボ族の強襲

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賢者の石

 そこに居たのは。

 

 クィレルだった。

 

 

 

「なんで……どうして……あなたが!?」

 

 クィレルは笑った。

 それは、いつもの痙攣したかのようなどこか引きつった笑顔ではない。

 堂々とした、余裕さえ感じられる笑みだった。

 

 

「金庫破ったの私だ。英国死ね」

「だってスネイプじゃ……!」

「あぁ、セブルスか。アイツはまさにうってつけだった……さぞ怪しく見えただろうな? 育ちすぎたコウモリの如く飛び回り、ノイズをばらまく……まさしく狂人の様な立ち位置を演じてくれた! はっはははは!」

「でもスネイプは僕を殺そうと……!」

「そうよ! 寮監は割とマジでハリーをぶち殺そうとしていたわ! だって……だって! あの試合の後……負けたけど、めちゃくちゃ誉めてもらったもの!!」

「……ラドフォードが何言ってるのかは知らんが、まぁあの件はスネイプは反対呪文を掛けていたのだ」

「…………じゃあ、ハロウィーンの日のトロールは……」

「あのシャンデリアは……」

「あぁ、そうとも。だがあんな姿になるなんて誰が想像できた。入れたのは私だ! トロールに関しては昔から才能があってな」

 

 ドヤ顔クィレル。

 ベスはその顔を見て、何か得体のしれない違和感を感じる。

 

(この人……何か……隠している……?)

 

 ふと疑問が浮かんだ。

 

 

「クィレル先生、ひとつ質問」

「何だラドフォード? 授業中散々寝ていたお前がやっと生徒らしい態度を見せたな。よろしい、いいだろう。ただし……一つだけだ」

 

 ベスは、冬の空の様な青灰色の瞳で紫ターバンをじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クィレル先生は……一体どのようにして、スネイプの罠を潜り抜けたんですか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「薬の量は全然減っていなかったわ。だからあなたは『薬』も『毒』も『酒』も飲んでいない――何か私たちの知らない凄い呪文を使って潜り抜けた、のかも、しれない。

 だから教えて。

 

 あなたは、どうやってスネイプの罠を潜り抜けたんですか??」

 

 

 

「……」

 

 

「ベス、それ大事なこと?」

「大事よ。だって……アレは只の火じゃなかったわ。何か闇魔術っぽい感じの火よ。紫色や黒の炎色反応なんてあるわけないわ」

「……カリウムとかセシウムとか……」

「黒い炎なんかねーんだよ雑魚が。だから単純な魔法で通り抜けられる訳がない。単純な、炎凍結魔法や抗熱魔法何かじゃないわ。だとしたら、手段は限られる。

 『強力な闇の魔術で対抗した』――そうじゃない?

 

 ねぇ……クィレル先生はそこまで、強力な――それも精神を蝕むレベルの魔法が、使えるかしら?」

 

 

「…………ベス、それって」

 

「そして、もう一つ。クィレル先生の服を見ると――足元や腕の服は煤けている。足首や手首、顔には火傷の跡がみえる。でも、ターバンだけは無事。だから……」

 

「……」

 

「そう、クィレル先生は……クィレル先生の本体は――実はターb……」

 

 

 

 

『ふはははは……はははははは! ……よくぞ見破った……!』

 

 

 

 

 

「え?」

「は?」

「ご、ご主人さま……」

 

 

 

 クィレルではない、誰か、別の。

 

 高い声が石壁の部屋中に轟いた。

 

 

 

 

『俺様が直に話そう……』

 

「で、ですがご主人さま……わ、我が君の力はまだ……」

 

『その位の力はある……さぁ、クィリナス……教えただろう……?』

 

「は……はい……我が君……」

 

 

 

 

「先生……? い、一体なにをするつもりなんだ……!?」

「……これは……まさか……!」

 

 

 次の瞬間。

 

 2人は、自らの目を――疑うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

「く、クィレル先生が!! ク、クィレル先生がっ…………!!」

 

「そんな……馬鹿なことが……!」

 

 

 

 

 

 

「「ブリッジ状態で!! 逆お辞儀しているぅうううううううう!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「見よ! コレが私が身に着けたーー! 究極のエクストリームお辞儀!! うぁあああああああああおおおおおお! ああああ! こ、こ、ここここ腰がぁあああああああああああああああ! 腰がぁあああああ!!」

 

 

「「先生ーーーーーー!!」」

 

 

 クィレルは踏ん張っていた。

 もうあんま若くないのに、頑張っていた。

 

 クィレルの腰が――反る!

 それでもクィレルはブリッジお辞儀をし続けた。

 ターバンが取れ、そのハゲた頭が露わになろうとも!!

 

 

 

『ふははははは!! 見たかハリー・ポッター……! これこそが……お辞儀だ!!』

 

 

「え!?」

「誰!? どこから喋ってんの!? 声!?」

 

 

 

『あれ? 俺様見えない……? え? 見えてないの……? あ、そうじゃん……クィリナス! 起きろクィリナス!!』

 

「我が君ぃいいいいい! 我が君ぃいいいいい!!」

 

『さっさと起きぬか!』

 

「お許しください我が君!! 限界……もう限界なのですぅうううう!」

 

『クィリナス……』

 

「腰が! 腰がぁ! 私のぉおお! 腰がぁあああ!」

 

『このモヤシがぁ!』

 

「逝っちゃぅうう! 逝っちゃうのぉおおお! 腰がーー折れちゃうぅうううう!」

 

『お辞儀戻すのだ! そして!! 正しい方向に!! お辞儀するのだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか物凄い方向に話の腰が折れてってる気がする!」

「せやな。よし、今のうちに賢者の石ゲットしよ」

「何か鏡を使うっぽいわ」

「うわ、ポケットの中に何か入ってる。コレが賢者の石かー……うん、赤い」

「良かったわね! じゃ帰りましょ」

「待ってよベス。ヴォルデモートは殺さないと」

「えー……やっぱコレ闇の帝王なのー……えー……。エェー……」

 

 

 

 

(何かなー……思ってたのと違うんだけどーー……)

 

 

 

 ベスの脳内で、勝手に闇の帝王はもっと帝王帝王している感じだった。

 黒ずくめな感じで。もっと禍々しくて。

 出てきた瞬間に専用BGMかかる系な帝王かと思っていた。

 

 

 まさかクィレルのターバンの下に居るとは誰が想像したであろうか。

 

 

 クィレル先生は人生で一番腰をダイビングさせ、俎上の魚のようにびちびちぃ!と跳ねる。

 その様。椎間板ヘルニア待ったなし。

 ともあれ、やっとまともな方向にお辞儀したクィレルの頭上にはもう一つの顔が存在した。

 真っ赤に血走った眼、死人のそれと見まごう肌。

 

 

 

 

 

 

『ハリー・ポッター……』

 

 

「「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」」

 

 

『観ろ……この俺様の無様な有様を……』

 

 

「うわああああああ!」

「ぎゃあああああああ!」

「あああああああああああああああああああ!」

「先生の頭ぁあああああああああ!」

 

『……ただの影と霞に過ぎない……ユニコ―ンの血を啜って……』

 

 

「ああああああああああああああ!」

「きめええええええええええ!」

「きゃああああああああああ!」

「うわあああああああああああああああ!」

 

『…………忠実なクィレルが……』

 

「あああああああああああああああああああああああ!」

「ああああああああああああああああ!」

「闇の帝王ぁあああああああああああ!!」

「お辞儀したぁあああああああああああ!」

 

 

 

 

 

『喋らせろ!!!!』

 

 

「すみませんでした、黙ります。黙ってお辞儀します。ぺこり」

「黙って睨み付けて中指を立てます」

 

 

『ふん……馬鹿な真似はよせ……さぁ、早くポケットにある『石』をよこせ……』

「ハリー、その石渡して。はよ!はよ!!」

「却下」

「……ポッター」

『命を粗末にするな……俺様の側につけ。さもないとお前の両親と同じ目に遭うぞ……』

「出会って即アバダ?」

「うっせんだよ息臭い」

「…………ポッター……」

『その姿勢……いかにも勇敢だな? ハリー・ポッターよ……。いいだろう。俺様はいつも勇気をたたえる。

 自らの命は惜しくないと見える……だったらどうだ? そこの小娘と引き換えなら』

「マジでか。私ヤバいんか」

「……」

『そいつを掴まえろ!!』

 

 後頭部から大声で叫ばれ、ちょっと耳が痛いクィレルが半ば混乱しつつ確認。

 指を鳴らして炎を呼び出す。

 

 

「え? どっち??」

 

 錯乱のクィレル。

 

『小娘の方だ!』

「はい我が君!」

 

「えー? エエーー!? ない! これはないわーーー!! 私将来死喰い人になりたいのにーー!!」

「ベス逃げるんだ!」

 

 ベスは特に見当もつかず走り出す。

 追いかけるクィレル。

 だが、ベスは――フェリクス以下略の効果で今ものすごく幸運だった!

 

 腰痛で腰が訳の分からない方向にぐきっと曲がる!

 結果!クィレルは走れない!! 

 どころか起き上がることすら不可能!!

 

 

『何をしている!!』

「我が君申し訳ありません!!」

「おっしゃああああ! と、人の不幸を喜びます!!」

「やったね! ベス!」

 

『ぬううう……。考え直せポッター! その石があれば……その石があれば! お前の両親を蘇らせることもできるのだぞ!?』

「……」

『この世に悪も善もない――力を求める者と、それを求めるには弱すぎる者がいるだけだ……ハリー、分かったのならその石をよk――』

 

「黙れクソが」

 

『』

 

 

 周りは炎で燃えている。

 だが、ベスは何故か寒気を感じた。

 

 ハリーが。

 

 かつてないほどに。

 

 キレている。

 

 

 

 その時。

 

 

 

 ぴしり、という音と共に――眼鏡が、レンズが――――爆ぜた。

 

 もはやフレームだけとなった用済みの眼鏡を投げ捨てたハリーは叫ぶ。

 やがて、炎に飲まれて、燃えていった。

 眼鏡は死んだ。最早生き返ることはない。

 

 

 

 

「さっきから聞いて居ればなんだ? 勇気? 勇敢――? 見当違いも大概にしろハゲ。ギャグなら滑り過ぎてて笑えない。

 僕が……僕が今、勇気や勇敢さだけで今、ここに立っていると思うのか? 本気で思っているのか?」

 

 

 

 

 ……え? 違うの??

 

 

 

 ハリー以外のその場にいる全員の心が――今、ひとつになる。

 

 

 

 

 

 

「 そ ん な 訳 な い だ ろ ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 炎が。

 

 空気を読んで。

 

 

 

 青くなった。

 

 

 

 

「僕が今までどうやって生きてきたか、教えてやろうか? ヴォルデモート。

 親が居なかった。パパが居なかった。ママも居なかった。

 存在したのは僕を虐げる叔父さんと叔母さん。あとクソみたいな豚臭ぇ従兄弟のダドリー。

 いつもいつも、お古ばっかり与えられて、サンドバックにされて。

 食事だって残飯、髪を刈りあげられたこともある……あぁ、屈辱だったよ、腹も立ったし、何よりこんな状況を耐えなきゃ生き延びることさえできない自分が本当に情けなかった。

 

 でも、そんなことはどうでも良かったんだ」

 

 

 

 明かされるハリーの過去。

 

 いやお前の過去とか知らんわ、どうでもいいだろ、と心の中で全員叫びながら――一歩も動くことができなかった。

 まるで、ペトリフィカス・トタルスされたかの様に。

 

 

 

「僕はね、物心ついてからずっと思ってたことがあるんだ。

 道ですれ違う家族とか、幸せそうに微笑んでいる僕と同じ年齢位の子供とか見ると、思うことがあるんだ。

 

『あぁ、なんでアイツは幸せそうにしているんだろう。どうしてあそこに居るのは僕じゃないんだろう』って。

 

 分かる? 分かる??

 こっちが怒鳴られて貶されて殴られながらあのクソ豚の荷物運んでいる間に、横で幸せそうに笑っているだけの子供がいるってことが――お前に分かるか?

 

 憎いなんてもんじゃなかった。

 

 分かってるよ、あの人たちは何も悪くないんだ。悪いのは全部、『不条理』なんだ。だってそうゆうものだから、と思い込んで来たんだ。

 ……努力したよ、叔父さんと叔母さんに媚も売った、愛されようと必死になってみた。

 ……でも全部無理だったんだ。だって世界は、不条理で不公平なんだから。

 生まれながらにして何もしていないのに、幸せな人間も居る。どんなに努力しても、微笑みひとつもらえない人間だっている。

 

 魔法界って聞いたとき、僕は期待したりした。だけど、ハグリッドに連れられて、ダイアゴン横丁に初めて行った時僕が何を見たと思う??」

 

 

 

 知らねーよ。

 

 クィレルの後頭部と前頭葉がほぼ同じことを考える。

 

 

「……便座屋?」

 

 

 ベスが呟いたそれは、自分の記憶だった。

 

 ハリーが皮肉げに、笑った。

 

 

 

 全てを諦めたような笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「両親と一緒に、楽しそうに入学用品を揃える僕と同じ年齢の子供たちの姿――だよ。

 

 ここまで来ると笑えてくる。

 自分の生きていた世界とは違う、もう一つの世界。隠れた世界にどれ程期待したか分かるか? どんなにワクワクするものだったか分かるか?

 

 でも……なにも変わらなかった!! 結局どこまで行っても、何も変わらなかった!!

 世界は、不平等で、理不尽で、どこまで行っても差別も区別も根深く蔓延っている。あぁ本当クソだなこんな世界。

 だけど、魔法界に来てひとつだけ良かったことがある……お前に会えたことだよ、ヴォルデモート」

 

 

 

 

 

 

 クィレルもベスも、ヴォルデモートさえも。

 

 ここまでくると流石に理解不能だった。

 

 

 

 

 

 

 

「今まで世界がクソなんだと思ってた。僕の両親は本当に運が悪くて死んじゃったんだと思ってた。

 ……けど、違った。

 

 

 お前が殺したから、なんだよな?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「だから―――僕が――僕がずっと不幸だったのも。こんな風にいつも誰かを憎んだりしないと生きられないのも、

 

 全部お前が原因なんだ。

 

 だから。僕は。

 

 

 お前を――ヴォルデモートを憎んでいいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 11歳の超暴論。

 

 

 

 ここに爆誕。

 

 

 

 

 

 

「だから決めた」

 

 

 

 

 呆然とした時間の中。

 ハリーの腕がポケットにつっこまれたことを気付いたものはいなかった。

 赤いルビーのようにきらめく賢者の石は、ごく自然にハリーの掌の中に収まっていたのだ。

 ハリーはソレを高く掲げる。

 

 

 

 

「分かってるよ、ヴォルデモート。

 

 お前ひとりを屠った所で、世界から不条理が消える訳じゃない。

 闇の魔法使いが居なくなる訳じゃない!

 どこかで泣いてる独りぼっちの子供が居なくなる訳じゃない!!

 

 お前ひとりを殺して、解決する問題なんか何一つない。

 魔法界の悪が無くなる訳じゃない。

 

 

 

 でも――――それでも、お前だけは絶対殺す!!

 

 

 

 そう決めたんだ!! 僕が! そう! 決めたんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

((あ、コイツちょっとイっちゃってるわ……))

 

 

 

 

『賢者の石……? 賢者の石ーーーー!!』

 

 

 ハリーはそう叫ぶや否や、賢者の石をみぞの鏡に向かって投擲をブチかます!

 世界に対しての憎悪と、それでも殺すと決めた確かな殺意。

 11歳の勇気……?をありったけ込めた投擲だった。

 

 鏡に向かってぶん投げることで、賢者の石も、それを手にする手段も永遠に失わさせるという――ある意味画期的な方法。

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレスト・モメンタムぅうう~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを止めたのは。

 

 

 

 





……秘密の部屋……。

……みつかんない(絶望)。


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