神代凌牙はデュエルをしない   作:さらさ

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この話はいじめなどの表現があります
そういうのが苦手な方は全力で逃げてください


28/神代凌牙あるいは武藤マナミの話

「あああああああ!これ絶対学校間に合わないよ!ここから学校まで何分かかると思うのさ!時間間に合わないよ!」

 

「言っておくけど起きなかったマナミが悪いんだからね」

 

「マナミおねえちゃんちこくー?」

 

「そうだねーあんな風になっちゃダメだからね?」

 

「はやく、がっこう…」

 

「皆冷たすぎじゃないの!?私こんなに必死に準備してるのに!」

 

いやまぁ昨日夜更かしした私が悪いんだけどさ!

この二年間で着慣れた高校の制服を着ながら朝食のおにぎりを食べる

その間に他の皆は孤児院から学校へと登校していく、ねぇ!私の事を待ってくれる心優しい兄妹はいないの!?

必死に走ってぎりぎり学校に到着、私を置いて先に言ったあいつら絶対に許さん

 

「マナミー今日ギリギリだったけどどうしたの?」

 

この高校で新たに出会った友人がそんな事を言っているが今の私にそれを返す言葉がない

全力ダッシュでここまで来たからなぁ……息切れが激しいんですが……いや、これは

 

「この激しい動悸と息切れ……これが恋!?」

 

「何を言ってるんですかマナミさん」

 

前の席に座る小学校からの付き合いの友人が呆れた顔をしてこっちを見ている

だけどその顔には親が子供を見守る温かい目をしていた、私はお前の子供ではないんだがなー

すぐにHRが始まり、先生が教卓の前に出てくる

先生曰く、今日急な転校生が来るらしい、この学校って結構偏差値高いっていうか学力を重視しているせいか転校してくるにしたってそれ相応の学力を持っていないとダメなんだよな

そんなことを考えてると教室のドアが開き、一人の少女が入ってきた

フワフワとした長い茶色の髪に大きなくりくりとした目、小柄な身長に加え出ているとこは出ている体

そこに文句のつけようのない絶世の美少女が、そこにいた

 

 

「初めまして、今日からこのクラスに転校してきた愛沢妃花です」

 

 

この少女が私に絶望をもたらす悪魔だと気づかないまま、私は彼女の転校を素直に喜んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、どうして、どうして、違う、わた、私じゃ」

 

思考が霞む、手足が思うように動かない

視界に移るのは……かつて友人だった人達と、その人達に囲まれ慰められている愛沢姫華

怯えているように体を縮こませているが、他の人達から見えないように、私だけに見えるように、笑う

 

「み、みんな、いいの、私がきっと武藤さんに気に食わないことしたのよ……」

 

「妃花ちゃん!あんな奴庇わなくていいの!」

 

「そうだよ!こんなに怪我してるのに…」

 

怪我、確かにあの子は包帯を巻いて、立つのもつらそうにしてるけど、私はあんなことしてない

あの子はいつどこどこで私に殴られたとか、罵詈雑言を吐かれたとか言うけど、私はしてないし、それにいくつかはアリバイだってある

なのに皆信じてくれない、何もやってないのに、小学校から友人だったあの人も、高校から新しく友人になったあの人も、誰も信じてくれない

ずっとずっと叫んでいるのに、私の声は届かない

 

「なぁ、こいつ全然反省してないみたいだぜ」

 

「そうみたいだな」

 

やっちまうか

その言葉を皮切りに皆は私殴りだした

殴られて、蹴られて、髪を引っ張られて、カッターで切り付けられて、骨が折れて、

 

「痛い痛い!やめて!やってない!私はやってない!」

 

必死になって叫ぶのにこの地獄は終わらない

バキリ、と、腕から嫌な音が聞こえてくる、その音は皆に聞こえたはずなのに、暴行が終わることはない

 

「やってない!私はやってないのに!なんで!?どうして誰も私を信じてくれないの!」

 

ボロボロと涙が流れ、必死に、何度も、何度も声を張り上げる

やってないと、私を信じてと、

 

「これを使おうぜ」

 

教室の隅に立てかけてあった野球部のバットをこちらに持ってくる

 

「ね、ねぇ、やめて、痛いの、本当に、痛くて、ねぇ、おね、お願い、だから」

 

だけど私の声なんて聴いてないと、言うようにバットを私に振り上げて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凌牙!もういい!もういいから……!」

 

璃緒がそう言いながら俺の肩を揺さぶる

おいおいまだまだ序の口なんですがねぇ……周りを見るとアークライト一家の顔が凄まじいことになってるし、一度話を聞いたはずの零とブラック・ミストもなんだか難しい顔をしている

アストラルは信じられないというように大きく目を見開き、小鳥ちゃんと遊馬は目から涙を……

( ゚Д゚)!?

 

「うおおい小鳥ちゃんに遊馬いきなりどうしたん!?あれか?思春期特有のあれか!……あれってなんだ?」

 

『俺に聞くな』

 

いつの間にか璃緒まで泣き出す始末、なんだこのカオスは!まるで意味が分からんぞ!?

目線でトーマスに助けを求めるけどトーマスもトーマスでなんか泣きそうな顔で一体どういうことだってばよ!?

どうしてこんなカオスな空間になってしまったんだ(絶望)

 

「よーしよしよし、よくわからんが泣かんといてーな、俺が看護師さんたちに怒られるYO!」

 

『……シャーク、君は本当にわからないのか?』

 

アストラルはそう言いながら俺の顔覗き込む

その顔はいつもすました顔をしているアストラルには珍しくなんか焦ったような、信じられないような顔をしているんだがマジでどうしたんだ

訳もわからず小首を傾げてるとブラック・ミストがため息をつく

 

『だから言っただろ、こいつは病んでるって

 ……何を言っても凌牙は何も理解しない、できないんだ』

 

理解できないって酷くない?俺そこまで頭悪くないからね!

解せぬって顔を隠さずブラック・ミストをガン見してたらまたため息を付かれた

相棒が俺に対して冷たい件について……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一向に泣き止まない遊馬、小鳥、璃緒を凌牙とⅣの二人がかりで慰めているが泣き止む気配がない

そりゃⅣも難しい顔して心ここにあらずって感じで、あれで慰めてるつもりなのだろうか

 

「ブラック・ミスト、零、君達が凌牙がああなってるって気が付いたのはいつなの?」

 

仮面をつけて表情が読み取れないが、声色が硬い事からこいつも凌牙の話に少なからず衝撃を受けたようだ

そりゃいじめとかには一番無縁そうだしな、それに凌牙の精神状態もトロンから見ても危ないのだろう

 

「……少し前から、ですね

 皆さんと同じようにシャーク先輩がこの前世の話をしたときに……目から、光が無くなって」

 

あの時の凌牙を思い出すだけで、あいつがいかに病んでるかっていうのが分かる

それにさっき凌牙が前世の……自分がいじめられていた時の話、また光が無くなり、表情が消え、まるで人形のようになっていった

……普通(?)の人間である遊馬や小鳥がその凌牙の、人間が人形になっていく様を見て恐怖しないわけがなかった

ブラック・ミストもあの時の事を思い出したのか何かしかめっ面をしている

 

『俺も、だな

 ただ凌牙があんな状態になるのは前世のいじめに関することだけだな、他の事は聞いても大丈夫だって保障するぜ』

 

まぁ、凌牙の前世のデュエルモンスター……いや、遊戯王って言った方が正しいか

その話とか話していても特に問題はなかったしな

 

「それにしても、あの精神状態は危ないな」

 

「クリス兄様、危ないとはどういうことですか?」

 

よくわからないのかⅢがⅤにそう質問する

Ⅲはまだまだガキだし凌牙の精神状態がおかしいのはわかるが、事の重大さが分からないのだろう

 

「ミハエル、君は凌牙みたいに信じてもらえず、声が届かず、否定され、暴力を振るわれたら正気を保てる?

 ……普通の人間はその時点で心が壊れてもおかしくない、でも凌牙は違う、壊れてるけど壊れてない」

 

トロンのその言葉を聞いてⅢは目を伏せる

俺の策略でこいつら家族の絆がバラバラになり、そして復讐の道へと走り、他人を陥れたりしてきたこいつらにその言葉が刺さる

 

「心は壊れている、だけど何でもないように振る舞って、その事実に蓋をして、正気を保ってる、心を守ってるんだよ

 だから凌牙自分の心が壊れていることに、自分が病んでいることに気付けない、理解できない、もし何もないまま理解してしまったら、その時は本当に武藤マナミという人生を歩んできた神代凌牙という人間は、本当の意味で壊れてしまうだろうね」

 

「……そんな」

 

Ⅲが悲痛な顔をして凌牙の方を見やる

 

「ねー遊馬もいい加減泣き止んでよ!これ看護師さん入ってきたら完璧俺が悪者やんけ!」

 

「だ、だってよぉ……!」

 

「だっても何もないYO!」

 

いまだに泣き続けている遊馬や小鳥を慰める凌牙だが一方に泣き止む気配がない、当たり前だ

凌牙がいつも道理に振る舞っているからこそ、それはあいつの心が壊れている事の何よりの証明だから

今まで上の空で形だけあいつらを慰めていたⅣが口を開いた

 

「なぁ凌牙、あの時の質問をもう一度聞く、お前はどうして俺を許してくれたんだ?

 俺がした事を考えれば、とてもじゃないけど許されることじゃないし、たしかにお前が恨んでないって言うのもあるかもしれないが、それだけじゃないんだろう?」

 

騙して、裏切って、片割れを傷つけて

話を聞く限りこいつは幼少の頃から前世の記憶があったはずだ

その記憶があるんだったら普通に考えてこいつを許すなんて選択肢なんて無いに等しい、なのに凌牙は許した

一旦遊馬や小鳥、璃緒から視線を外しこちらを見やる

 

「俺も許して欲しかったから」

 

ただ簡潔に、そう口にした

 

「俺は許されないことがどれほどつらいかわかってる、何を言っても、何をやっても、それが届かないことがどれだけ苦しいかわかる

 だから俺は許す、俺も許して欲しかったから、それがあの時、俺が何よりも望んでいたことだから」

 

そう言った凌牙の瞳には、何も映ってはいなかった




ちなみにⅣのあの時の質問っていうのは最初の方で目が覚めたばかり凌牙ちゃんとⅣが再開した時にⅤに言われたことです

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