あいあいあいんずさま   作:いつかこう

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あいあいあいんずさまです。

…あいあいあいんずさまです。

プレアデス達の設定等にある程度独自解釈がありますが、お許しを。
時期設定もかなり曖昧です。一応10巻手前あたりになるのでしょうか。
なお基本原作準拠ですが、《ぺかーっ》だけはアニメ版準拠という事で、
どうかひとつこちらもお許しを。

よろしければお読み頂けたら幸いです。


あいあいあいんずさま

 その日、アインズ当番の一般メイドのリュミエールがユリの元を訪れた。

 

「アインズ様が、プレアデスの方々全員をお呼びです。」

 

 ユリはリュミエールの頬が紅潮し、眼が潤み、全身がかすかに震えている事に気づいたが、いぶかしみながらもアインズの使者として尊重し── 一般メイドとはいえ、アインズ当番のメイドにはそれに相応しい敬意が払われて当然だ──それを指摘する事は無い。

 そして手っ取り早い《メッセージ》では無く、わざわざ使者を立ててのプレアデス全員の呼び出しという事態に緊張する。

 礼を言うと手際よく全員に招集をかけ、リュミエールの先導でアインズの自室を訪れる。

 

「あ、アインズ様、プレアデスの方々をお連れしました。」

 

 唇が震えるためビブラートの掛かった声で、リュミエールは(あるじ)にプレアデスの来訪を告げる。

 ユリは心の中で密かに眉をひそめるが、(おもて)に出す事は無い。だが感情を隠すのが下手なナーベラルはあからさまに不快感が面に出てしまい、ユリは視界の端でそれを見咎める。

 

「うむ」

 

 重厚な椅子に座っていたナザリックの絶対支配者が、重々しく返答し立ち上がった。

 プレアデスの面々に緊張が走る。ルプスレギナですら普段の軽々しさは影を潜め、完璧なメイドの外面(そとづら)を保つ。

 全員が完璧なシンクロで優雅に礼をし、アインズは軽く手を挙げそれに答える。

 

「ご苦労だったな、リュミエール。」

 

 リュミエールは黙ったまま慌てて会釈すると、ササッと部屋の隅に立つ。

 その頬は、まだ紅潮したままだ。

 

「良く来てくれたな、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、エントマ、シズ。忙しかったのではないか?」

「とんでもございませんアインズ様。主の御召し以上に重要な事など何一つございません。」

「ふむ。」

 

 ユリの、ナザリックに連なるものなら当然の返答を、軽く受け流すアインズ。

 その雰囲気に、ユリは軽い違和感を覚えた。どこがどうという訳では無い。

 だがいつもの主とはどこか…何かが違うような…。

 

「それでアインズ様、本日はどのようなお呼び立てでございましょうか。」

「うむ…。まずはユリ・アルファよ、私の側まで来るが良い。」

「はい。」

 

 目線を伏せ、メイドすべての手本となる優雅に滑るような歩行でアインズに近づくユリ。

 

「…もう少し側まで来い。いや、もう少しだ。…まだ。あと半歩。…よし。」

 

 ユリは…ユリだけでなく、後ろで見守る妹達も困惑していた。

 アインズが指示した立ち位置は、互いの足先が触れ合うほど近かったからだ。

 

「…あ、あの、アインズ様、こ、これはその、一体…?」

 

 

 

 

 ギュウッ

 

 

 

 

「「「………」」」

 

 ユリが、そして妹達が…固まった。

 アインズが突然、ユリをその骨の両腕で強く抱きしめたのだ。

 これを予想していたリュミエールはうつむき、両手で顔を覆う。うなじと耳たぶが真っ赤だ。

 ちなみに八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は人払いされている。

 

『『『 え、え、ええええええええええええええええええええええええええ!!?? 』』』

 

 ルプスレギナが、ナーベラルが、ソリュシャンが、エントマが、そしてシズが…声なき声を上げる。

 さすがに主の前で騒ぎ立てる真似はしないが、動揺し身じろぎするのを止める事は不可能だ。

 当の抱き締められているユリは、普段の冷静さを完全に失いフリーズしていた。

 その硬直したユリの身体を、アインズはさらに優しく、しっかりと抱きしめる。

 

「ユリ…。」

 

「……。 ハッ!? あ、ああ、あひ、あひ、あ、アインズひゃま?」

 

 恐らくユリ自身、創造されて以来初めて発したと思われる動揺しまくった声。

 これほど大きく目を見開いた事も無いかもしれない。

 衝撃で腰砕けになってへたりこみそうなのを、アインズが両手でしっかりと支える。

 豊かなバストがアインズの肋骨に押されてひしゃげる。

 アインズは覆い被さるようにしてユリの耳元に髑髏の口を近づけると、優しく囁くように語りかける。

 

「…ユリよ。お前には感謝している。長女として実によくプレアデスをまとめてくれているな。気苦労も多かろう。だがお前自身が優秀すぎて何も言う事が無いため、ついついそれに甘えてしまいお前自身を気にかけてやる事が少なかった。許して欲しい。」

「あ…アインズ様…。」

 

 なんという優しくも、もったいないお言葉だろうか。

 ユリは感動で泣きそうに──アンデットなので涙は出ないが──顔を歪める。

 アインズは手をユリの両頬に当てると、その眼窩の赤い光でジッとユリの目を見つめる。

 

「それにしても…お前は美しいな。たおやかな黒髪、清楚で知的な佇まい。まるで顔の一部のように似合う眼鏡。陶磁器のような白い肌…。お前以上にメイドという言葉が似合う女はいないだろう。」

 

 あああああああっ…

 

 至高の御方からの惜しみない賞賛。

 痺れるような、もはや性的と言って良いほどの快楽がユリの脳髄を蕩けさせる。

 

「愛してるぞ、ユリ・アルファ…。」

 

 ズキューン!!

 

 ビクンッ ビクンッ!

 

 白い稲妻がユリの脳天から足先まで貫いた。

 そしてその衝撃は、固唾を呑んで状況を見守っていた妹達にも伝わる。

 

 アインズ様が、ユリ姉さんに愛の告白をされた…!?

 

 もしや、アインズ様はユリ姉さんを正妃に…?

 あるいは妾としておそばに侍らすおつもりなのだろうか…!?

 

 どちらにせよそれは大変名誉な事であり、妹としては喜びでしか無い。

 だがそこで妹達は一斉に、ある事に気づく。

 

 …いや待て待て、さっき、アインズ様は何と仰った?

 

『まずはユリ・アルファよ、私の側まで来るが良い。』

 

『まずは』

 

『ま・ず・は』

 

 と、言うことは…?

 

「ではユリ・アルファよ、下がるがよい。お前の妹達も抱きしめ、愛を囁いてやりたいのでな。」

「あっ…? は、は、はひ…。」

 

 キターーーーーーーーーーーーーーーッ!!

 

 心の中でガッツポーズする者。 誰とは言わないが。

 ワタワタする者。 誰とは言わないが。

 フリーズする者。 以下略。

 

 気もそぞろなユリがなんとか挨拶を済ませ、フラフラと妹達の元へ戻る。

 

「愛して…愛してる。愛して…愛してる。愛して…。」

 

 まるでどこぞの守護者統括のように、ブツブツと囁かれた言葉を反復する長女。

 それを横目で見ながら、妹達は予想する。順番からしたら…。

 

◇◆◇

 

「ルプスレギナ・ベータよ、来い。」

 

「はっ、はい!」

 

 普段のおちゃらけた態度、そしてつい今さっきの心の中での快哉はどこへやら、ルプスレギナは緊張しきった面持ちでアインズの元まで行く。

 次女はやはり先程のユリのようにくっつくほど近づくよう命令され、そして抱き締められる。

 

「あっ…。」

 

 不意打ちだったユリと違い心構えは出来ていたつもりだが、それでも動揺を抑えきれない。

 アインズはドギマギしているルプスレギナの、豊かな髪の毛の中に鼻先を突っ込む。

 

「え? あ、アインズ様…?」

「良い匂いだ…。」

「えっ、えっ? ああああ、いや、アインズ様、恥ずかしいです!」

 

 もちろん人狼とはいえ、正体を表さない限り獣臭がする訳ではない。

 だがアインズにそう囁かれ、とっさにそう言われたように感じて赤面し身体をよじらせ逃げようとするが、主の腕がそれを許さない。

 

「こら、逃げるな…。命令だぞ?」

 

 ルプスレギナの身体がピタッと止まる。非常に優しく、からかうような口調ではあったが、それでも至高の御方の《命令》という言葉は絶対的な力を持つ。目をぎゅっとつむり、アインズの鼻腔が首筋や髪の毛をスンスンと嗅ぎまわるその羞恥に必死に耐える。

 普段の態度とのギャップが、より一層嗜虐心をそそる。SがMに変わる瞬間というか。

 

「あっ…ダメ…。お許しを…アインズ様…。」

「許さん。ふむ…どこか太陽の日差しを思わせる健康的な匂いだな。自然の香水というべきか。いかにもお前らしく、好ましい香りだ。」

「ああっ、あ、ありがとうござ…えっ、そ、そこは、あ、アインズ様…。くぅ~ん…。」

 

 それを端で見ている姉妹達も動揺する。彼女達ですら、ルプスレギナの羞恥心に満ちた官能的な表情など初めて見る。

 ただ他の姉妹が真っ赤になり目をキョロキョロと泳がせる中、ソリュシャンだけはウットリとその痴態に見とれていた。

 嗜虐趣味では姉妹の中で唯一自分と同等の姉が、至高の御方に精神的に蹂躙される様は彼女を激しく興奮させた。

 その体内では無意識に酸がジュクジュクと生成され、まるでそれを使って主と共に姉を責め立てているような錯覚にすら陥る。

 

「も、もったいないです、アインズ様…。わ…私ごときにこのような…お戯れを…あっ!」

「どうした? ルプスレギナ。いつもの、もっと砕けた口調で喋ってくれ。姉妹達とおしゃべりする時のように。私はお前の話し方、大好きなんだぞ。」

「え…? で、でも、そんな…不敬な…ああっ!!」

 

 アインズが、ルプスレギナの耳たぶをカジカジと甘噛しながら囁く。

 

「お前はカルネ村で良い働きをしている。時に厳しい事も言ってしまったが、それもお前に期待しているからこそだ。私の愛おしい赤毛の狼よ。任務が無ければいっそ首輪をつけ、我が足元で飼いたいとすら思う。一日中この赤毛をワサワサと弄れればさぞ気持ちよく、慰みとなろう…。」

 

「あ、あ、あひんずさ…な、なんて嬉しいお言葉…あっあっ…! はうっ、ダメです…これ、以上、はっ、あっ、ああ!」

 

 主の賛辞に感動しながら、同時にその愛撫に耐えられず、甘い吐息を漏らしクゥ~ンクゥ~ンっと狼が鳴くように許しを願うルプスレギナ。

 そんな彼女に、アインズは止めの一言を低く囁く。 

 

「愛してるぞ、ルプスレギナ・ベータ。」

 

「~~~っ!!」

 

 ビクン!っと一回激しく痙攣した後、ルプスレギナは失神してしまった。

 

 

◇◆◇

 

 

 気を失ったルプスレギナは、アインズの指示でユリとリュミエールの手でソファーに寝かされた。

 至高の御方の前で寝るとは…っと無理やり叩き起こそうとするユリを、アインズが「構わぬ。幸せな夢を見させておいてやれ。」っと制する。

 そして、姉妹の中でも最もガチガチになっているであろう三女が呼ばれる。

 

「次、ナーベラル・ガンマ。」

 

「は、はいっ、アインズ様!」

 ナーベラルは直立不動で答えるが、そのまま固まって動かない。

 

「…(わが)もとへ来るがよい。」

 少し苦笑を交えた口調で促す。

 

「はっはっ、はい!」

 

 先ほどリュミエールに不快感を持った事を棚に上げたくなるほど上ずった声で返事をしたナーベラルは、震える足をなんとか動かしてアインズの傍まで行き、二人の姉と同じように強く抱き締められる。

 

「あ…アインズ様…。いけません、アインズ様には、その、あ、あ、アルベド様という御方が…。し、至高の御方が、い、卑しきメイドごときを抱きしめるなど、あの、その、ひゃんっ!?」

 

 突然ナーベラルが素っ頓狂な声を上げる。アインズが、ナーベラルの背中をツツーっとなぞったからだ。

 

「し、失礼しま… ん゛っ?」

 悲鳴を上げた事を謝ろうとするナーベラルの唇を、背中を撫ぜた人差し指が抑える。

 

「今私が抱きしめたいのはナーベラル、お前だ。」

「…!? あ、あ、あひんずさま…。」

「共に《漆黒》の相棒として行動した日々は、私の大切な思い出だ。」

「も、もったいのうございます。わ、わ、私にとっても、宝石のように輝く任務でした。」

「輝く宝石とはお前だ、ナーベラル。ナーべであったお前と数多の夜を過ごしたのに、何もしなかった過去の私を殴ってやりたいほどだぞ?」

「…!! ああっ…!!」

 アインズの賛辞と欲情の告白に、ポニーテールがビクンッと立った後、へにょんと下がる。目尻も垂れ、普段のキツ目の表情がウソのようだ。

 

「もう一度あの名を呼んでくれぬか、ナーべよ。あの楽しかった日々のように。」

「し、しかし…。」

「呼んでくれぬのか? ナーべ。私の大事な相棒、私の背中を守ってくれる頼りがいのある魔法詠唱者よ。美姫よ。」

 そういうと、アインズはモモンの姿に変わる。

「…! ……。 も、も、…モモン・さーん…。」

 ほとんど無意識と言って良いほどに、それに反応してナーベラルもナーべの姿に変わる。

 

「ふふっ、その語尾の伸ばし方も懐かしいな。ナーべ。ほんの数カ月前の事なのに、まるでずい分昔の事のようだ。」

「はっ、はい…あい…モモ…ンさま…ん。」

「お前が人間の男共に遠慮なき下卑た情欲の視線を送られている事に、私がどれほどジリジリと身を焦がす苛立ちを覚え、耐えてきた事か。」

「ああっ…! モモンさま! …モモンさーん! なんて…光栄な…! お、お望みとあらば今からでも、私にゲスな視線を送りモモンさーんを不快にさせた男共(虫けら)を虱潰しに探しだし、全員抹殺してきます!!」

 ナーべの脳裏にほんの一瞬だけ、おちゃらけた(ハエ)のビジョンが浮かんだ。ああでも、あの(ミドリムシ)は死んだはずだ。…興味ないけど、確か。

「ふふっ、全く外見に似合わず激情の女よ。だがそのような真似はせずとも良い。私はな、ナーべよ、同時にそれが誇らしかった。なぜなら…。」

 アインズ…モモンはナーべの顎をクイッと持ち上げ、その耳元に鎧の口元を近づける。

 

「お前は私のものだったからだ、ナーべよ。その艶やかな黒髪一本すら、彼奴(きゃつ)らのものにはならぬからだ。()が所有物よ。私の麗しき宝石よ。」

「……!!」

 

「愛しているぞ、ナーべ。ナーベラル・ガンマよ。」

 

ビキーン!!

 

 まるで漫画のようにポニーテールが天井に向かってそそり立ち、そしてダランと垂れ下がるのと同時にナーベラルの膝がガクンと落ちた。

 ちなみに姿は二人共一瞬で元に戻っている。

 ルプスレギナのように気絶こそしなかったが、足をガクガクと震わせまるで生まれたての子鹿のように心もとない歩き方で姉妹の元に戻るナーベラル。

 刺激が強すぎて顔は逆に気の抜けた…どこか同種族の領域守護者を思い出させる表情になっている。

 

 

◇◆◇

 

 

「ソリュシャン・イプシロンよ。」

 来いとも言わず、ただ手招きをするアインズ。

 

「はい、アインズ様!」

 

 ついに自分の番が来た、っと喜々として前に出るソリュシャン。その眼は期待にキラキラと輝き、唇は艶めき、胸はプルンプルンと弾む。

 もう言われずとも限界まで近づいて良いのだろうが、「もう少し前だ。」「このあたりでしょうか?」「いやあと半歩。」っというやり取りを楽しむ。

 気の利かぬ奴、っと思われる恐れもあるが、それでもこの至福のやりとりを少しでも長く引き伸ばしたいではないか。

 

 そして自分であえて焦らした、待ちに待った主の抱擁がソリュシャンを…文字通り蕩けさせる。

 ギュッと抱きしめた途端、アインズの手と腕はズブズブとソリュシャンの身体に滑り込んでいく。

 押し付けられた豊かなバストも、肋骨をジワジワ飲み込んでいく。

 

「あ、ああ…っ。アインズ様の腕が…お胸が…私の中にぃ…。」

 

 うっとりと目を閉じ、はあ~っ…っと官能の吐息を漏らすソリュシャン。

 今自分は、至高の御方と繋がっている。一つになっている。なんという幸せ。なんという悦楽。

 

「…ソリュシャン!」

 背後から、動揺のあまり掠れた悲鳴のようになった叱責が届く。青ざめたユリが発したものだ。姉の声に、ハッと我にかえるソリュシャン。

 

「…はっ! す、すいません、アインズ様! わ、私とした事がなんという不敬を…!」

 慌てて主の腕や肋骨を自身の体内から押し出そうとするが、アインズ自身の力がそれに反発する。 

 

「いや? 構わぬぞ。お前はこういう抱擁が望みなのだろう?」

 そう言うとアインズは更に力を込める。腕がさらにズブズブとソリュシャンの身体にのめり込み、上腕骨まで入っていく。

 さらに指をワシャワシャと、ソリュシャンの体内を掻き回すように動かす。

 

「くっ、ふうん…!! アインズ様! アインズ様あああ~っ!!」

「ふむ…気持ちいいのかソリュシャン? 不思議だな、暴れる人間を飲み込んでも平然としているお前がそれほどよがるとは。」

「あ、あ、アインズ様だから…です。アインズ様の腕だから…んっ! 心が、私の心が感じて、んっ、ふあ、あああああっ!」

 

 人間が体内で暴れる感覚も楽しい。知的生命体がもがき苦しむ様を己の内で感じるのはたまらない嗜虐的快楽だ。だからこそ、生命維持には全く必要のない捕食をするのだ。

 だがアインズの手が自身の中で動く刺激はそれとは全く別の愉悦、決して抗えぬ絶対強者に思うがままに蹂躙される快感だ。

 さっきルプーが感じていたのはこれだわ、っと初めての刺激で働かない頭の片隅で思う。

 

「ふむ、それにしても、私にとってもなかなか気持ちの良い感触だな、ソリュシャン。これは三吉君とどっちが…ゴホン。」

「…! お、お望みでしたらいつでも! いつでも私をお使いください!私は、私は…はうぅっ!?」

 アインズが突然、ソリュシャンの耳たぶを噛んだ。そしてルプスレギナにしたように、甘噛しながら囁く。

 

「ふふっ、物欲しげな女だ。SとMは表裏一体というが…それほど身体を使った奉仕を望むのか?」

「で、ですからそれは、あ、アインズ様だから…です。あっ、ああっ、ダメ、お許しをアインズ様、溶けて、溶けてしまいます…うぅ…!」

「溶けてしまえば良いではないか。許す。」

「し、しかし粗相を、至高の御方の前で、そ、そのような粗相を…っ!」

 

「愛してるぞ、ソリュシャン・イプシロン。」

 

「はふーん…!!」

 

 アインズの愛の囁きがトドメとなってソリュシャンは絶頂に達し、文字通り…   溶けた。

 

 快楽をそのまま具現化したような、なんとも淫靡な形──具体的な何かを形作っているのではないのだが、なぜかいやらしく見えてしまう形状──に溶けてしまったソリュシャンは、そのままアインズが空中から取り出した金ダライに入れられて、気絶しているルプスレギナが寝ているソファーの足元に置かれた。

 プレアデスで一二を争う嗜虐姉妹、共に撃沈である。

 

『さ、さすがはアインズ様…!』

 自身はなんとか気絶せずに耐えたユリとナーベラルが、心の中で賛辞を送る。

 

 

◇◆◇

 

 

「ではエントマ・ヴァシリッサ・ゼータよ、来るが良い。」

 

「はい、アインズ様。」

 

 返事こそしっかりしているものの、エントマはまるで関節が硬直したようなぎこちない動きでアインズに近づく。

 アインズは腰をかがめると、背の低いエントマと目線を──仮面蟲のだが──合わせる。

 至高の御方の遠慮無い視線にモジモジとためらい恥ずかしがり俯く姿に、眼窩の赤い光が優しく揺らめく。

 

「どうしたエントマ、私の顔を見るのはイヤか?」

 アインズが苦笑めいた、からかうような口調で尋ねる。

 

「と、とんでもございません!」

 慌てて前を向いたエントマを、アインズがギュッと抱きしめる。

 

「あっ、アインズ様ぁ…。」

 エントマは一瞬で陶然となり、歓喜の渦が全身を駆け巡る。

 

 抱きしめてくれた抱きしめてくれた抱きしめてくれた抱きしめてくれた

 私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を

 

 もちろん、先に呼ばれた姉達を見ていればそうしてくれるだろうとは思っていた。

 それでも、エントマは一抹の不安を感じずにはいられなかったのだ。

 ──自分だけは抱きしめてもらえないのでは──と。

 

 自分でも驚いた事に、エントマは自分からアインズに尋ねた。

 

「…愛してくださるんですか? 私も…愛してくださるんですか? 私は、必要、ですか?」

「当たり前の事を聞くな、エントマ。」

「必要なんですね。私は必要なんですね。アインズ様のお傍にいてもいいんですね。お傍にいる事を許してくださるんですね。」

 

 そう何度も必死に聞き直すのは、至高の御方に対して不敬かもしれない。妹が大喝されるのでは、っとユリの顔色が少し青ざめる。

 だがそれは、エントマにとって──もちろん他のすべてのNPCにとってもそうであるのだが──そう繰り返さざるをえない大事な事だった。

 

 言うまでもなく、エントマの身体は虫の集合体で形作られた擬態である。その美しい顔も、母体ではなく仮面蟲という別の蟲だ。

 他の姉妹達も種族としての別の顔は持っているものの、普段の顔も自分自身のものであるのには違いない。

 その中で、エントマだけが違うのだ。もちろんその事で他の姉妹に何か言われる事など無いし、創造主である源次郎に対し何か含むところがある訳でも、もちろん無い。

 

 それでも、美しい姉妹の中で自分がどこか浮いた存在であるという微かな違和感は、エントマの心から拭い去る事が出来なかった。

 心配させたくないため姉妹達にも話した事のない、エントマの漠然とした不安、恐怖。

 

 

 ──お前を傍に置いて、喜ぶ者などいない──

 

 

 だからこそ、あの仮面の女に言われた一言はエントマの心にグサリと突き刺さり、例えようのない殺意に我を忘れてしまった。

 そんなエントマの怯えにも似た問いに、アインズは駄々っ子をあやすように頭を撫でながら優しく答える。

 

「ん? 誰かに酷い事を言われたのか? もちろんナザリック内にそんな愚かしい発言をするものがいるはずが無いから、言われたとしても外の世界の者だろうが…そんな奴はこの私が許さないさ。八つ裂きにしてお前のオヤツにしてやる。私の大事な、愛するエントマの心を傷つけるものは決して許しておけんからな。言っただろう? 当たり前の事を聞くなと。だが不安ならば何度でも言ってやろう。エントマよ、お前は私の大事なシモベだ。必要に決まっているじゃないか。大事な存在に決まっているじゃないか。いなくなったら寂しいぞ? だから、私を寂しがらせるような真似は決して許さん。いつまでも私の傍にいるがよい。姉妹達と共に私を支えるが良い。大事な大事な、私の愛しい蟲姫よ。」

 

「…グス。アインズ様ぁ…。アインズ様あああっ!!」

 

 ギチギチギチギチギチッ カチカチカチ ギーッギーッ スイッチョスイッチョ ジーコジーコ

 

 敬愛する支配者の優しい言葉に、エントマを形作る蟲達が一斉に歓喜の鳴き声を震わせる。

 自我の無い蟲にも、母体の感動が伝わるのだろう。秋の夜長の演奏会状態である。

 

「よしよし。泣き止むが良い。ん? 鳴き止む…なのか? ほらほら、触覚が飛び出てるぞ。ああ、粘液はちゃんとふき取りなさい。女の子は身だしなみに気を配らないとな。せっかくの美人が台無しだぞ?」

 

 そう言いながら、この上なく優しい仕草でエントマの口元──仮面蟲のでは無く本物の顔の──を、空中から取り出したハンカチで拭いてやる。

 いつもなら、そんな事をしてもらったら慌てて遠慮するだろう。メイドのだらしない口元を、至高の御方に拭ってもらうなど。

 しかし今、エントマはうっとりと目を閉じた──ような気持ちで──されるがままになっていた。

 心がじんわりと、暖かいものに満たされていく。

 

 ああ、私は大事な存在なんだ。至高の御方の大事な存在なんだ…!!

 

 絶対者からの強い存在肯定は、エントマの不安を吹き飛ばしてくれた。

 この御方のためならば、例えこの先二度と人肉(ごちそう)おやつ(恐怖候の眷属)も食べなくても我慢出来る。

 

 エントマのよだれを吹き終わったアインズはもう一度優しく彼女を抱きしめると、その耳──らしき部分──に囁く。

 

「愛しているぞ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータよ。」

 

 同じくアインズの言葉に感動している姉妹(気絶している二名を除く)の元に戻るエントマの足取りは、先ほどとは打って変わって自信に満ち溢れた軽やかなものだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「最後になったが、待たせたな、シズ・デルタ。来なさい。」

 

 コクンと頷いて、トテトテとアインズの元に駆け寄るシズ。

 命令される前にピタッとアインズの足元まで近づくと、遥か上にあるアインズの顔をジッと見上げる。

 本来そのような不敬はあり得ないが、もはや場の空気が完全にそれを許している。

 なにか言いたげな様子でモジモジしているシズに、アインズが尋ねる。

 

「どうしたシズ? なにかお願いごとがあるなら遠慮はいらない、言ってみなさい。」

 

 主に優しく促され意を決したかのように、アインズに向かって両手を広げるシズ。

 ん? っと訝しげに首をかしげるアインズに、小さい声でお願いする。

 

「…抱っこ。」

 

 こ、こら、シズ…!っとユリが焦った声で制止しようとする間もなく、アインズは天を仰ぎ口を大きく開いてカカッと愉快そうに笑うと、シズの両脇に手をやり持ち上げて一度高い高いのポーズをした後、抱っこしてやる。

 

「ははははっ! シズは甘えんぼうだなあ!」

 

 その言葉にシズは可愛らしくちょっとプクッと頬を膨らませると、アインズの首に両腕を絡めギュッと抱きつく。

 そんな、すがりつく娘…ではなく戦闘メイド…の背中をポンポンと優しく叩く、パパ…もとい、ナザリックの絶対者。

 そしてシズもエントマと同じく、自分からアインズの耳元で囁き尋ねる。

 

「アインズ様、私の事も、愛してる?」

「ははっ、もちろんだともシズ。愛してるさ。愛してるとも。」

 間髪入れずそう答えてくれる主。

 だがシズは頬を紅潮させ、首に回した両腕にさらに力を込め、少しためらった後、なけなしの勇気を振り絞ってさらに尋ねる。

 

「…女として?」

 

 シズにとっては重要な事だった。

 

「ん? はははっ、当たり前じゃないか。シズのように麗しいレディを女性として愛せなかったら、私は男の資格が無いな!お前は姉達に負けず劣らず美しく、セクシーで、魅力に満ち溢れた大人の女性だぞ? このアインズ・ウール・ゴウンがその名に賭けて保証しよう!」

 

 再び一瞬の躊躇いも無くそう答える主。

 シズの機械仕掛けの心臓が、ドクンドクンと鼓動を早める。カロリーが異常な早さで消費され、熱となっていくのを感じる。

 ボディにとってはあまり好ましくない反応かもしれないが、悪くない。この感覚は、悪くない。不思議な高揚感がシズの全身を包む。

 体内で警告音が鳴りかけたが、一瞬でスイッチをオフにする。この気持ちの良さに身を委ねられるなら、壊れてもいい。

 

「…嬉しい…。アインズ様、私も愛してる。」

「知ってるさシズ。お前の愛はちゃんと私に届いているぞ。美しく愛らしい自動人形(オートマトン)よ。」

「うん…。」

 

 シズもまた、エントマと同じく…いや、それ以上に非常に特殊な存在である。

 元々彼女の種族と職業は大型アップデート《ヴァルキュリアの失墜》で追加されたものであり、元来のユグドラシルの世界観とは著しくかけ離れている。

 もちろんシズ自身はそういった裏事情を知る由もないのだが、自分の存在がなんとなく場違いである、っという感覚はあった。

 

 定められた自分の役割には何の疑問も不満も無い。姉達は極自然に自分を妹と扱ってくれている。

 それでも時折、自分はここに存在していても良いのだろうかという、漠然とした不安がよぎる事がある。世界そのものからの拒絶。

 だがもう、そんな事はどうでもいい。エントマも自分も、ここにいて良いのだ。

 誰あろう、至高の御方々のまとめ役がそれを保証し、愛していると言ってくれるのだから。それも、女として。

 愛する主に愛されるなら、他の事などすべて瑣末事に過ぎない。

 

「愛しているぞ、シズ・デルタよ。」

 

「愛してます、アインズ様。」

 

 シズはいつもと変わらぬその無表情な顔に、それでも誰もが一目で分かるほどの幸福感を湛え、目をつぶって自分からスリスリとアインズの白い頭骨に頬を寄せて、甘えた。

 

 

◇◆◇

 

 かくしてプレアデスすべての姉妹にアインズの恩寵が与えられた。

 

 気絶していたルプスレギナとソリュシャンも目覚め、プレアデス達は再びアインズの前に横並びに整列した。

 いずれも負けず劣らず美しく、そして敬愛する主に愛を囁かれ、なお一層輝きを増した姉妹達。

 アインズは彼女たちを愛しげに、満足気に眺め、そして全員に語りかける。

 

「戦闘メイドプレアデスよ。私はお前達を愛している。美しく可憐なナザリックの華達よ。お前達がいなくば、この大墳墓もなんと色あせたものになる事か。私は仲間達に感謝する。お前達という存在を生み出してくれた仲間達に感謝する。」

 

 プレアデス達に再び歓喜の波が押し寄せる。出来ればこのまま永遠に聞いていたい、至高の御方の自分達への賛辞。

 ユリは、この場にあの子もいれば、っという思いもよぎったが、彼女はナザリックにとってあまりにも重要な任務についている。

 ただその一点だけでも、彼女の自己存在価値は十二分に満たされているだろう。

 

 アインズは自分の言葉に酔ったように、さらに高らかにプレアデス達への美辞麗句を並べ立てる。

 

「我が愛しき華達よ、煌めく宝石達よ、燦然と瞬く星達よ、麗しき戦女神達よ、己を誇るが良い。お前達こそが我が至宝。ああ、宝物殿に眠る無限の宝の中にすら、お前達の価値に匹敵する物が二つとあろうか。私はお前達を愛する。戦闘メイドプレアデスよ、私は………。 あっ…。」

 

 ぺかーっ

 

「………。」

 

 両腕を大きく広げたポーズのまま突然固まり沈黙したアインズ。

 主の賛美に脳が蕩けるほど陶酔しきっていたプレアデス達も、あまりに長く動かないアインズに、様子がおかしいと気づく。

 

「どう…なされました、アインズ様?」

 代表してユリが恐る恐る尋ねる。

 

「……えっ? あっ…。……………。」

 

 ぺかーっ

 

「あーっ… あ、うん、つまりそういう事で、だな 何が言いたいかというと…あれだ、ああ…わ、私は、この私、アインズ・ウール・ゴウンは…その、お前達プレアデスに、とっ、とても感謝していると言うことだ。うむ。そ、それは分かって…くれたかな…?」

 

「「「「「「感謝などもったいない!!」」」」」」

 

 見事にハモるプレアデス達。 あのシズですら、必死に大きな声を上げる。

 プレアデス達は再び感動し、天にも登るような快感が戻ってくる。

 

「アインズ様のあまねく慈愛のお心に、我らプレアデス一同、この上なく深く感激しています!」

「アインズ様に囁いていただいた愛のお言葉が、今も耳元で響き続けています!」

「卑しきメイドにまでこれほどの恩寵をお与え下さるとは、なんと広き愛をお持ちの御方!」

「ああ、その尊き腕で私の中を…! 今も人の形を取リ続けるのが難しいほどの感動でこの身が震えております! プルンプルンです!」

「グスッ 嬉しすぎて人肉(ごちそう)食べてる時よりヨダレが止まらないですぅ。」

「…アインズ様、好き。」

 

「あーっ…うん。よ、喜んでもらえて、わ、私もうれしい…ぞ。」

 プレアデスからの強烈な感謝の言葉の嵐を受け、先ほどとは打って変わって引き気味のアインズ。

 

「あ、あの。それで、アインズ様…。」

「ん? な、なんだ、ソリュシャン?」

「全員で一度に…お相手させて頂くのがよろしいのでしょうか? それとも一人ずつジックリ? あるいは組み合わせのお好みがあるのでしょうか?」

 

「ん? ん? ん?」

 

 戸惑うアインズに、ユリがモジモジしながら畳み掛ける。

「私共がアインズ様にご満足していただけるように伽を務められるか不安ではございますが、精一杯のご奉仕をさせて頂きます。」

「え? とぎ? …えーっと…?」

 

「は、初めては案外その…後ろからの方がうまくいくって聞いた事があります。」

 言った後、くぅ~ん、恥ずかしいっす! 獣みたいっす! っと手で顔を覆うルプスレギナ。

 

「交尾の仕方なら私におまかせですぅ!」あまりにあからさまな発言のエントマ。

「ちょっ!? まっ! え、エントマ!? えっ!? 何? え? 経験ある…の?」真っ赤になって焦りまくるナーベラル。 

 

「むぅ、私なら電動ダッ…」「いいいいいいいやいやいやいやいやいやちょっと待てええええい!!」

 エントマに対抗しシズが恐ろしいセリフを言おうとしたところで、アインズが慌てて制止する。

 

「あーっ…ゴホン、その、なんだ。私の…あ、愛と言うのはだな、こう…精神的なものであってだな? お前達とその…そういう関係というか、それを意味するのとはちょっと違う…と言うかだな…。」

 

「えっ、あっ! そうでございますか! 申し訳ございません! メイドごときがそのような不遜な勘違いをしてしまうとは!」

 ユリの謝罪と共に、全員がビシっと襟を正す。

 

「…お、おう…。う、うむ、分かってくれたならば…良い。皆の忠義…あ、愛? その、嬉しく思うぞ。で、では…ゴホン。下がるがよい。」

 

 

◇◆◇

 

 

 プレアデス達はメイド部屋に向かう廊下を歩いていた。

 皆心ここにあらずといった風で、ふわふわと地に足がつかずメイドの歩き方が崩れている。

 が、率先してそれを注意すべきユリですら、全くそこに意識がいっていなかった。

 今でも姉妹全員で素晴らしい夢の世界を漂っているようだ。

 

 時折すれ違う一般メイドが憧れの戦闘メイド達のだらしない歩き方にギョッとするが、それにすら気づいていない。

 もうほとんど酔っぱらいの集団である。

 

「……なんだったのかしら。」

 さすがに妹達よりはまだしも冷静さを取り戻してきたユリが、呟く。

 至高の御方は明らかに普段と雰囲気が違った。最後は、いつも通りだった気がするが。

 

「くぅ~っ、アインズ様ラブラブっす! たまらんっす! また蹂躙されたいっす!」 

 隣の次女は何も考えずただただ浮かれ舞い上がりスキップしていた。最高にハイッ!って奴だ!

 

 ナーベラルは俯きながら「モモンさん…モモンさーん…私の、私だけのお名前…。私…だけの…。」っとブツブツと呟いている。

 

「ああ、私の身体で玉体を余すこと無く包んで差し上げたい! …そうよ、私が一番アインズ様を綺麗に洗って差し上げられるわ!」

 ソリュシャンは天を仰ぎ、誰に対してか宣戦布告のような言葉を発している。

 

 エントマとシズは手を繋いで歩いている。表情が無い二人だが、その手の振り方や歩き方に内心の浮かれ具合が現れている。

 

「エントマ。」「なぁにシズぅ?」「私、幸せ。」「私もぉ。」

 

 ──あくまで、二人の表情は変わらない。けれどその頭上には確かに えへへっ… っという満たされたはにかみ笑いが浮かんでいた。

 

 

 結局、主が突然あのような行為に及んだ理由は謎だ。

 いや、そもそも至高の御方の深淵なるお考えにメイドごときの推察が及ぶはずが無いのだ。

 ただプレアデス達はアインズの愛と温情に深く感じ入り、より一層の忠誠を誓うのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ぺかーっ 

 

 シーン…

 

「…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ぺかー ぺかーっ 

 

 シーン…

 

「…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ぺかー ぺかー ぺかーっ

 

 シーン…

 

「……くっ! う゛っ…う゛ぅっ…うぉっうおっ…う゛おおおおお゛お゛お゛ぉぉっ…!!」

 

 

 アインズは自室のベッドの上で、交配期のオスホタルのように発光しまくりながら、転がりのたうちまわっていた。

 時折枕に顔を埋め必死に堪えるような沈黙が訪れ、再びいきなり叫びだしゴロゴロ転がる…という痴態を延々と繰り返している。

 恥ずかしさが次から次へと波のように押し寄せ、精神抑制が間に合わない。

 

「なんだあれはなんだあれはなんだあれはなんだあれはあああああああああああ!!」

 

 無い髪の毛を掻き毟り、閉じる事の出来ないまぶたをギュッと瞑り、呻き藻掻く。

 

「どこのプレイボーイだよ! どこのキザ野郎だよ! ど・こ・の・スター様だよ!どこのうぬぼれ勘違い野郎だよおおおおおおおっ!!いや、まさしく上司の権威を傘に着たセクハラ親父じゃないかああああああ!!」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ―ッ!

 

 ──もちろんあれは、普段のアインズなら絶対にしない行為だ。それをさせたのは…。

 

 

 《完全なるすけこまし》

 

 

 それはある限定イベントで手に入れた、起動させた者が女性キャラクターに対し思い切りキザな態度を取って手当たり次第に口説き、愛を囁き始めるという、LVや耐性・種族等に関わりなく、ユグドラシルの男性プレイヤーすべてに効果があるジョークアイテムだ。

 だが精神的・社会的死を招きかねないと考えると、人によってはある意味ワールドアイテムに匹敵する脅威とすら言えるかもしれない。

 

 まあ強制的にパンドラズ・アクター的態度を取りながらスケコマシになる、っと言えば当たらずとも遠からずかもしれない。

 

 モモンガがそのアイテム収集癖で手に入れたものであり…もちろん使う気は全く無かったし、いたずらにちらつかせて脅かした事もないが、アインズ・ウール・ゴウンの他の男性メンバーへのちょっとした精神的優位に立つ意味での、密かな牽制用秘密兵器という意味で持っていたものだ。

 いや、正確には面倒を巻き起こした時のウルベルトに使わせてみようかと、チラッと思わないでも無かったが。

 

 アインズがそういうアイテムを隠し持っていた事は、恐らく他のメンバーも知らなかったはずだ。

 そしてメンバーが歯が抜け落ちるように減っていってからは、全く露ほども思い出す事が無かった。

 

 だからこそ、普段使わない物が入っているアイテムボックスを整理していた時ふと手にし、うっかり起動させてしまったのだ。

 アインズはもちろんアイテムの起動には非常に慎重なタイプだが、あの《完全なる狂騒》と同じくそのアイテムの特性上、置いてあったらつい起動させたくなるような形状をしているのだ。

 それは小さな箱にボタンが一つついているシンプルなもので、表面に【絶対押すな】っと書かれているものだった。

 それを見た瞬間ボタンに引き寄せられるように指が動き、「ポチッとな」というつぶやきとともに押してしまったのだ。

 その時の心境は、アインズ自身思い返しても理解し難いものだった。

 

 そしてその時全く偶然にもプレアデスの事が頭に浮かんでいたために彼女達を呼んでしまい、今回の事態を引き起こしてしまったのだ。

 

 ちなみに当然の事ながら、リュミエールにも同様の態度を取っている。

 タイムリミットを過ぎ効果が解除されてアインズが我に返り、なんとか言いくるめてプレアデスが退場してしばらくした後、ハッと気づいてリュミエールにも緘口令は敷いた。

 一番強制力があり出来うる限り使いたくないが…《命令》という形で。

 だから恐らく他の一般メイドに知られる事は無いだろうが、リュミエールの心の重荷を考えると結構な罪悪感もある。

 恐らくこれ以上に、他のメイド達に話したい事件は無いだろうから。

 

『ああああ何てことしてしまったんだああああ!!いや、良い方に考えろ。これがアルベドやシャルティアだったらどうなっていたか!それに比べれば、それに比べれば、それに比べ……うおおおおおおおおおおおおおおお!!でも恥ずかしいいいいいい!!』

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロ……

 

『…あれは俺じゃない、パンドラズ・アクターの変装だって言ったら信じるかなあ。いやでも、部下に責任なすりつけるのは最低の上司だし。だいたいなんでそんな事させたんだって理由付けとか無理だから! プレアデス全員に記憶操作? さすがに無理だろ! …ああああ!! うわあああああ!!』

 

ぺかー ぺかー ぺかー ぺかー ぺかーっ

 

 ──アインズがとりあえず落ち着きを取り戻すまでには、数百回の精神抑制が必要だった。

 この地に来て以来ダントツの最高記録である。

 

 なおその後、プレアデス抱きしめ愛の囁き事件はアルベドとシャルティアの知るところとなり、その結果として当然一波乱起きるのだが、それはまた別の話である…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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