オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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※このSSは10巻までの知識と、それに基づいた妄想設定で書かれています。なお、妄想設定はどんどん増えていきます。あらかじめご了承下さい。


Comparison

「ぬぅん!」

 

 アインズが放った斬撃を、クレマンティーヌが後方へと飛び上って躱す。僅かな苛立ちがよぎることもあったが、その顔は終始余裕の表情だ。それも当然だろう、今の斬撃が数合目だがアインズの大剣――グレートソードはクレマンティーヌを一度も捉えていない。追撃を防ぐためか、更に距離をとったクレマンティーヌが肩をすくめつつ、口を開く。

 

「んー、言うだけの事はあるかなー。なんなの、その凄まじい身体能力。そりゃー、雑魚じゃ相手にならないだろうし、勘違いしちゃうのもわかるわー。でもね――」

 

 口が耳元まで裂けたと錯覚させるような、凶悪な笑みをクレマンティーヌが浮かべた。

 

「――真似事か、独学か知らねえが……お前が戦士なのはうわっつらの部分だけだ。単純な攻撃に稚拙なフェイント、荒い足運び……どれも洗練されていない。肉体能力でロスがカバーできてるから気がつかねえのかもしれねえが、両手剣なんて芸ができる領域には到底到達してないよ、お前」

 

「……手厳しいな、これでもかなり修練を積んだつもりなんだが」

 

 クレマンティーヌに対してアインズはあえて前回と同じ、両手にグレートソードを持つスタイルで戦いを挑んだ。それが己の戦士としての成長を比較するのに最も適した方法だと思ったからなのだが、結果は前回と同じくクレマンティーヌに防御すらさせることすらできなかった上、この評価である。

 

(うう、結構堪えるなあ。ある程度は覚悟していたが、予想以上に辛辣だ……だが、前回は確か棒を持った子供だったから、それに比べればマシな評価と喜ぶべきか?)

 

 うわっつらの戦士というわかりやすく、直球の厳しい査定にアインズが持っていた自信と心にひびが入る。前回のこの戦いから約一年、己に欠けている前衛戦闘能力を補うべく行ってきた様々な努力によって、アインズは自身の百レベル魔法詠唱者の能力値、すなわち専業戦士三十三レベル相当の技術は身に着けたと思っていたのだが、それはずいぶんと甘い評価だったようだ。アインズが落ち込んでいるのを察知したのか、態度に余裕が戻ったクレマンティーヌの言葉は続く。

 

「本当に今まで、誰にも言われなかったのー? 余程雑魚ばかり相手にしてきたんだねえ。じゃあおねーさんが教えてあげよっか。両手にそれぞれ武器を持ったとしても――」

 

「うまく使いこなせないなら、片手だけに持った方が賢い……だったか? ……っと」

 

 クレマンティーヌの言葉に記憶が刺激され、アインズはつい思い出した言葉を意図せず呟いてしまった。その声を聞きつけたクレマンティーヌの眦が凶悪に吊り上がる。

 

「……わかってんじゃねえか。誰に言われたのか知らねえが、それでも両手で武器振り回してるのは馬鹿と言うか……戦いを舐めてるとしかいいようがねえな」

 

(いかんな、気が緩んでるのかさっきから口が滑る……だが、思い出したぞ。時間もたっぷりあるわけじゃないし、そろそろ戦ってもらおうか、ええと)

 

「では、その程度の相手になぜ攻撃してこない? さっきから逃げてばかりじゃないか……自分に勝てる戦士はいない、という言葉はハッタリか?」

 

 グレートソードを突きつけつつ放ったアインズの言葉に、クレマンティーヌは目を細めると、腰につりさげた突剣――スティレットを一本取り出した。そのまま器用に先端で留め金を外し、身を覆っていたマントを脱ぎ棄てて武器を構える。クレマンティーヌの体の動きに合わせて、月光に照らされた素材の異なる冒険者プレートが輝き、互いにこすれあって軋んだ金属音をかき鳴らした。その様子を見て、アインズも迎撃の構えをとるべく武器を握り直す。

 

(よし、やはりチョロい。では次の段階に……いや、逸るな俺。最後にもう一回、もう一回だけ確かめてみようじゃないか。次はそれからだ……お?)

 

 アインズが視線を己の胸元よりクレマンティーヌへと戻した時、墓地に獣の咆哮が響き渡った。視線を動かすと、巨大な体躯を持った何かが空より地面へと降り立つ様子が見える。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か」

 

「へえ、よく知ってるねー。そう、魔法詠唱者の天敵。あれがいる限り、あの美人ちゃんに勝ち目なんかないわけよー。はーやく助けに向かった方が、いいんじゃなーい?」

 

 余裕を取り戻したクレマンティーヌが、嘲笑と共にスティレットをもて遊びつつ位置を変える。アインズがクレマンティーヌを正面に捕捉し続ければ、ナーベラル達の戦場が背後になる動きだ。

 

「やっぱ、気になるー? そーだよねー、魔法詠唱者じゃあ勝ち目はないもんねー。なんなら、今から助けに行ってもかまわないよー?」

 

「そうしたら、背後から襲い掛かるつもりだろ?」

 

 確かこんなやりとりはなかったな、と思いつつ視線をクレマンティーヌから外さぬように意識を集中する。自分ルールの中で話ではあるが、最後のチャンスをふいにしたくはない。

 

 

「あっははははは! まあねー。んじゃま、そろそろいっきまっすよー」

 

 

 

 

 

 

「なん…だと…」

 

 カジットは目の前の光景を理解できなかった。

 

 ナーベと呼ばれた魔法詠唱者が振り抜いたメイスの一撃で、頭部を失ったスケリトル・ドラゴンが崩壊しつつ倒れこんでゆく。そのまま地面に完全に倒れこむ前に、スケリトル・ドラゴンは完全に崩壊し、塵へと帰った。

 

「――ふう。全てを見通してらっしゃるとは、流石至高の御方……さて」

 

「ひっ!」

 

 たった今、自らが振るった武器を眺めて何事かを呟いた魔法詠唱者がこちらに向き直る。いや、あれは本当に魔法詠唱者なのか。

 

「シロコブゾウムシ、出し物は終わり?」

 

「――お、おぬしは何者だ……オリハルコン、いや、あの強さはまさか……クレマンティーヌを追ってきた漆黒聖典か! くっ、あの女め厄介事ばかり!」

 

 目の前の魔法詠唱者がスケリトル・ドラゴンの攻撃を掻い潜り、高く跳躍したのを目にした時は感心した。第三位階を操る魔法詠唱者があれ程の動きができるのは、カジットの予測の範疇外だったからだ。だが、その後の光景……淡い光を放つメイスがスケリトル・ドラゴンの頭部を一撃で破砕した瞬間、カジットの頭はまっ白になってしまった。そんな魔法詠唱者が存在することは、カジットの常識の範疇外だったのだ。

 しかし、恐怖によって現実に引き戻された頭で考えれば、第三位階の魔法を操った上に近接戦闘でスケリトル・ドラゴンを一撃で倒すような存在は、かつてクレマンティーヌが在籍していた法国特殊部隊、漆黒聖典以外にありえない。だが、こちらにゆっくりと歩いてくる魔法詠唱者は、漆黒聖典の名を聞いても眉を顰めただけだった。

 

「何を言っているかわからないわね……これだからチャタテムシと話すのは嫌なんだけど」

 

「ま、待て! 安易に正体を明かすことが出来ぬのはわかる。何が目的だ、あの女が持ち出した秘宝のありかか? 儂に出来る事であれば協力しよう、武器を降ろしてくれ!」

 

 カジットは後ずさって距離をとりつつ懇願する。この女と純粋な魔法詠唱者である自分が前衛も無しで戦うことは死を、己が目的の失敗を意味する事を悟ったのだ。死の力の備蓄量から考えればスケリトル・ドラゴンをさらに召喚することは可能だが、呼び出す前に己の命脈は尽きるだろう。

 数年を費やした準備と拠点、千載一遇のチャンスと叡者の額冠を失うのは身を切るように惜しいが、それで逃げる機会を得られるのならば、潔く諦めるべきだ。自分の命と、この手にある宝珠さえあればやり直しはできる。それに神殿の中には、自らの手駒となるアンデッドもいれば侵入者用の仕掛けもある、上手く誘導できればまだ勝機があるやも知れない。

 

「……そう? ならば協力してもらおうかしら。そのまま動かないで」

 

「お、おお、話を聞いてくれるか、ならば……ひっ、ぎゃぁ!」

 

 目の前の魔法詠唱者が、メイスを降ろしたことに安堵したその瞬間、カジットは冷たいものを感じて咄嗟にその身を横に動かした。しかし一瞬遅かったのか、右肩に灼熱感と痛みが走り、思わず口から悲鳴が上がる。

 

「……動くなと言ったでしょう? 少しは手間が省けると思ったのに……やはりエゾナガウンカの言葉なんか聞いたらだめね」

 

「がぁ! おぉ……な、なにを……がっ!」

 

 自分の右肩に黒い短剣を突き立てたまま魔法詠唱者が、やれやれと言った様子で呟きつつその手を捻る。ごりゅ、ぶちぶちという音と共に激痛が走り、カジットの手から宝珠が零れ落ちた。脂汗を流しながら、必死で左手の杖を振るおうと力を籠めるが、その前にメイスの下からの一撃が、カジットの左腕を吹き飛ばした。衝撃と熱、一瞬遅れて襲ってきた激痛に立っていられず、膝を折る。

 

「ひっ、ひっ、協力する、といっただろう、なぜ」

 

「だから言ったでしょう。動くな、と。その程度の事も出来ないの」

 

 痛みの中で、カジットは目の前の女と全く話がかみ合っていないことを理解し、恐怖する。あの性格破綻者――クレマンティーヌが可愛く見える程不気味な存在だった。

 

「く、狂っておるのか」

 

「トビムシにしてもその言い草は……いいでしょう、コナジラミにもわかるよう説明してあげる。私があの御方から賜った命は“お前達を死体が残るように殺せ”よ。だから私に協力するのならば、手間を掛けさせないように死ぬこと以外、キスゲフクレアブラムシに出来る事はないでしょう?」

 

 あまりにも理不尽な内容に脳が理解を拒否したのか、カジットは眼を見開いて目の前の人間の形をした何かを呆然と見つめた。しかし言葉の意味が脳に浸透して理解した時、痛みも恐怖を抑え込まれる程の怒りが爆発した。流れる血が膝を濡らし、血だまりを作る中でカジットは叫ぶ。

 

「そんな、そんな理由で儂の五年の努力を! 三十年の想いを、何も聞かず、何も知らぬまま全てを無にしようというのか!」

 

「そう、三十年もかけてあの方の踏み台を作ったのね。ならば労ってあげるわ、ご苦労様」

 

 己の血を吐くような叫びと対照的な、感情の全くこもっていない無い声が墓場に響く。風を切る音と共に、先程と同じ冷たいもの――殺気――を感じたが、もはやカジットに動く力はなかった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 アインズは肩口を眺め、その場所に僅かなへこみがあることを確認する。装備している鎧は外見こそ違うが、前回同様アインズの<クリエイト・グレーター・アイテム/上位道具創造>によって作り出した鎧。そのへこみは記憶にある場所に、全く同じ攻撃を受けた事を示している。

 

「今ので終わりー、と思ったのにかったいなー。まさかと思うけどその鎧、アダマンタイト?」

 

 クレマンティーヌが余裕綽々に問いかけてくるが、アインズの方はそれどころではなかった。

 

(……駄目だったか。これは……やはり職業レベルが取得できないからだな)

 

 先程、クレマンティーヌにアインズの攻撃がかすりもしなかったことは、回避に専念されたせいと考えることもできた。だが、アインズは前回の記憶によって内容を完全に把握している筈の、クレマンティーヌの攻撃を避けられなかった。この事実により、己が持っていた前衛としての自信の崩壊、及び一回の発光と引き換えに前回からの仮説に対する確信を得た。

 

(プレイヤースキルとしてどれだけ前衛技術を磨いたとしても、前衛系の職業レベルを取得しない限り、魔法職の限界を超えては反映されないと考えたほうがいいな……残念だ)

 

 DMMORPGにおいては、上位になればなるほどプレイヤー本人の経験やスキルが重要となっていく。ユグドラシル最強の戦士がリアルでも現役の格闘王だというのは有名な話だし、ワールドチャンピオンであるたっち・みーも、職業柄近接戦闘の心得があると語っていた。心得どころか、実際は達人レベルなんでしょ?とギルド全員が思っていたのは間違いないが。

 だからと言ってリアルの格闘家が百レベルの魔法職アバターでプレイして、上位の戦士職の近接攻撃を体捌きだけで避けることが可能かと言うとそれはあり得ない。リアルの体のイメージ通りには、アバターは動いてくれないのだ。アインズが剣を装備できないのと同様、これもゲーム的な制約なのだろう。

 

(あー、本当にわけがわからない。一体どこからどこまでが制約の対象なんだ……まあ、それは後回しだ。これで届かないなら、更に上乗せすればいい)

 

 武王の時もそうだったが、戦士換算で同レベル帯のステータスを持つ存在が<武技>を使用した攻撃をアインズは見切ることができない。ステータスに圧倒的な差がある相手……この世界で言えば白金冒険者あたりには何をされても問題はないのだろう。しかし、クレマンティーヌやガゼフ・ストロノーフ、武王に近い実力を持つアダマンタイト級冒険者……いや、あの薄汚いワーカー共の事を思い返せば、オリハルコン級戦士の<武技>に対してアインズが防御や回避を成功させるためには、魔法の使用かスキルの発動、マジックアイテムの存在が不可欠だ。

 

(やはり、俺を含めてレベルの取得ができない以上、ナザリックに属する存在はこれ以上能力的には強くはならない。つまり出来る事は職業やスキルに依らない部分――知識を蓄え、対策を練り、思考を鍛えること。様々なアイテムを集める事。そして、既に得ている能力を限界まで引き出せるように訓練することか……結局はユグドラシルと同じだな)

 

 <タイム・ストップ/時間停止>を習得している百レベルの魔力系魔法詠唱者であっても<時間停止>による遅延魔法コンボを使用できないプレイヤーは数多くいた。これはアインズも行った、膨大な時間を要するコンボの修練を積んでいないという事を意味する。つまり、習熟度の差だ。

 

「あっれー? どうしたのかな? もしかして、やあっと実力の差がわかってきたのかなー?」

 

 己の問いに沈黙したままのアインズを、今の攻防から戦士としての技量の差に絶望していると判断したクレマンティーヌが嗜虐的な笑みを浮かべ、スティレットをアインズに向けて突きつける。

 

「そうではないが……いや、私が自分の実力を見誤っていたのは確かなようだ。反省せねばな」

 

「んふふー、もう今さら遅いけどねー。いくらその鎧が固くたって、隙間を狙えば関係ないしー。次はぶすっと行くよー?」

 

 クレマンティーヌが先程と同じく、片手を地面につけたクラウチング・スタートに似た前傾姿勢をとった。この異様な構えから、後衛職とはいえ百レベルプレイヤーであるアインズの動体視力を凌駕する突進を繰り出してくるのだ。対してアインズは先程と同様、グレートソードを構え直す。

 

 クレマンティーヌの顔がニイッ、と歪み――次の瞬間にはアインズに肉薄していた。アインズはその場から動かず、接近のタイミングに合わせて左腕のグレートソードで斬り付ける。

 

 <不落要塞>

 

 牽制と言っても当たれば大型獣とて致命傷の一撃を、グレードソードの数分の一の細さしかないスティレットが見事に弾く。

 

 <武技>を予想していたアインズは、すぐさま踏み込んで右腕で斬撃を見舞うが、クレマンティーヌは蛇の様に軌道を変えて斬撃を掻い潜り、アインズの右側面に回り込んだ。

 

 右上段より左に向かってグレートソードを振っていたアインズは、そこから放たれた刺突攻撃に対応することはできない――筈だった。

 

 <――フライ/飛行>

 

「なっ!」

 

 アインズの小さな呟きにより首飾りに込められた魔法が発動し、巨躯が高速で真横に移動する。予想外の動きに、クレマンティーヌの刺突は空を切った。アインズはそのまま<飛行>をコントロールして、体を捻ってクレマンティーヌに向き直り反転、<飛行>で地面を滑るように移動しつつ斬りかかった。

 

「ちっ! <不落要塞>」

 

 驚きを押し殺し態勢を素早く整えたクレマンティーヌは、再び<武技>の発動で斬撃を弾いて、間髪入れず反撃を繰り出そうとする。しかし、そのわずかな間もアインズはそのまま高速で移動を続けており、クレマンティーヌの間合いより脱している。クレマンティーヌが歯噛みしていると、再びアインズは<飛行>の効果によって正面を向いたまま、ジグザグの軌道を描きつつクレマンティーヌに迫った。その奇怪な移動は、知る者が見れば帝国に居を構える、エルフを引き連れたあるワーカーを思い浮かべただろう。風切り音をあげて、高速移動の速度が乗ったグレートソードが、クレマンティーヌに向けて振るわれた。

 

 <流水加速>

 

 クレマンティーヌの<武技>の発動によって、アインズはかつて経験したように粘度の高い液体の中にいるような感覚に囚われる。即座にこのまま攻撃しても無意味と判断し、<飛行>を制御して己の体を一気に後方へと移動させた。剣を振るいつつ真後ろへとすっ飛んでいくという奇怪な動きに、再び反撃の機会を失ったクレマンティーヌが、吐き捨てるように声をあげる。

 

「……マジックアイテムかよ」

 

「その通り、よもや卑怯とは言うまいな?」

 

 <フライ/飛行>の呪文による高速移動を制御しつつ戦闘が可能なプレイヤーは、ユグドラシルでも一握りの超熟練者だけだった。かつてはアインズも大多数のプレイヤー同様、単純な動きをオート設定して戦闘を行っていたが、長年の修練によってその一握りのプレイヤーとなっている。しかも今行っているのは地面の上を滑る平面移動、三次元空間移動を行いつつ魔法の行使が可能な領域に達しているアインズにとっては、児戯に等しい。

 

(ふふふ、思ったよりも上手く行っているな。よーし、今の流れはあとでムービーで見てみよう。最後の仕上げとして、オーガ相手とはいえ実戦で試しておいた甲斐があった)

 

 ハムスケと戦ったワーカーの戦法を真似たものだが、こちらの方が自在に動けるし遥かに速い。そして実戦使用でわかったことは魔法に依る効果なのか、少々の起伏がある地面を滑るように移動しても躓く等の障害が起きない事、全身鎧のアインズが高速で動くだけで凶器であるという事だ。高速移動でオーガと戦っていたアインズにたまたま触れてしまったゴブリンの一体が、ばちゅっという音と共に肉片と化したのは驚いた。よく考えれば当然の事なのだが、<飛行>による高速移動でダメージを与えるなどと考えたこともないアインズには、意外な出来事だった。

 

(まだまだ、この世界では新たな発見がある) 

 

「まーさかー。確かにちょっと驚いたけど、切り札の一枚くらいは持ってて当然だよねえ」

 

「ふっ、これが切り札だと……なんだと?」

 

 台詞の途中、アインズは自らが<下位アンデッド作成>で生み出した死霊(レイス)との精神的な繋がりによってある情報を得た。漠然とした思念ではあるが、この情報があらわすところは……ナーベラル・ガンマの勝利。

 

(え、もう決着ついちゃったの? ちょっとはやくない?)

 

 アインズは今回、ナーベラルに”ナーベとして対応不能な場合の備え”という名目でいくつかのマジックアイテムを手渡してある。カルネ村でも使用した防音と幻惑の結界を張る箱や対象を追跡する使い魔を召喚する像、そして本命である低位の神聖属性を付与されたメイス。

 これがあればナーベラル・ガンマとしての正体を現すことなく、カジットが操るスケリトル・ドラゴンを排除できる。これは、アインズがこの後行う予定のちょっとした仕掛け用の保険だったのだが、思った以上の効果が出てしまったようだ。

 

(スケリトル・ドラゴン二体と法国の魔法詠唱者数人のPTだよな……うわー、ナーベの設定だと、もうちょっとかかると思ったんだが)

 

 漠然とした思念から得られる情報では、最初の魔法でカジット以外の魔法詠唱者が全滅している事や、スケリトル・ドラゴンが一撃で粉砕されカジットが戦意喪失した結果、戦闘が早々に終結したことはアインズにはわからない。しかし、ナーベラル側の戦闘が終わったという事は、程なくこちらにやって来てしまうだろう。

 

(いいところなんだけどなあ。うう……仕方がない)

 

「……どうやら思ったより時間がないようだ。名残惜しいがそろそろ決着をつけようか、クレマンティーヌ」

 

「んー? 本気で言ってんの? マジックアイテム使っても、攻撃はかすりもしてないんだよー。それで勝てるとでも思ってんの?」

 

「ああ、わかってるさ。だから……お遊びはここまでだ」

 

 クレマンティーヌが貌を歪めアインズを睨みつける中、前回と同じくこの戦いを終わらせる儀式を始める。両手に握った二本のグレートソードの柄を手の中で回転させ、刃を下にして大地に突き立てた。そして、ゆっくりとかつて尊敬の対象であった友から贈られた、腰の武器に手を添える。

 

「ここからは、本気で戦ってやろう」

 

 

 

 

 

「戯言も大概にしとけよ、てめー……武技もろくに使えねー、装備頼りの未熟者の分際でむかつくんだよ」

 

 抜刀の構えをとった目の前の異形の戦士、モモンを睨みつける。戦士としての技量はそれこそ冒険者プレート相応の銅や鉄、よくて銀レベルだが、その異常な身体能力はクレマンティーヌの知る人間の領域を超えている。おそらくは……いや、間違いなく先祖返りのアイツらと同じ神人だろう。

 

(それにあの鎧とマジックアイテム。本当に何者なのかな)

 

 オリハルコンコーティングを施されたスティレットの一撃を受けて、貫通できない鎧とマジックアイテム。更にこれだけの目立つ風体にも拘らず、今までにクレマンティーヌが漆黒聖典として得ていた、風花の情報のいずれにも当てはまらない人物。まあ、本当に人間なのかは確かに確認してないが……そう考えた時、クレマンティーヌの脳裏に座学で叩きこまれたある知識がよぎり、小さく呟きが漏れる。

 

「百年の波……まっさかねー」

 

 だが、一瞬でその考えは打ち消される。なぜならば、知識の通りならクレマンティーヌが生きている筈がないからだ。神人でさえ、ああまで異常なのだ。もし神と相対すれば自分は一秒とて生きていられないだろう。

 己の思考に入り込んだ雑念を振り払って目の前の敵に集中する。両手のグレートソードを手放し、腰に差していた剣を使うつもりのようだ。だとすれば先程のやり取りで指摘した通り、両手で武器を振り回されるよりも随分と厄介なことになる。モモンの得物の間合いを見ようと、動かずに観察をするが抜く気配はない。

 

(抜刀術かな。さっき見た鞘の長さで大体間合いは掴んでるし、無駄だけどね)

 

 南方から流れてくる刀という武器を用いた抜刀術は、クレマンティーヌもよく知っている。恐るべき剣速の一撃を放つ戦闘法だが、武器の間合いが分かってる状態では自分にはまず通用しない。他にもあらゆる攻撃パターンを推測するが、今まで得た情報からモモンに己の体術と武技で打ち破れない攻撃はない、と判断したクレマンティーヌは待つことをやめて攻撃準備に移る。ゆっくりと身をかがめ、構えをとりつつ武技を展開する。

 

<――能力向上>

 

 腰を落とし、上半身を傾ける。モモンのマジックアイテムによる移動は確かに厄介だが、速度は見た所第三階位魔法の<飛行>と変わらない。

 

<――能力超向上>

 

片手を地面につき、もう片方の手でスティレットを構える。法国には<飛行>が使える聖典所属者もいたので修練は積んでいるし、クレマンティーヌが戦った敵に<飛行>を使える魔法詠唱者もいたが、当然逃がした事はない。

 

<――超回避>

 

 腰をわずかにあげ、地面を蹴る態勢に入る。持続時間こそわずかな間だが、瞬間速度であればクレマンティーヌの突進速度は<飛行>を凌駕し、対象を刺し貫くのだ。

 

<――疾風走破!>

 

 大地を蹴り、クレマンティーヌは放たれた弾丸のように高速で突進する。しかし、同時にモモンが動いた。<飛行>ではなく、クレマンティーヌと同様、大地を蹴っての突進だ。見てから間に合うタイミングではない、今までの動きを観察しタイミングを計ったか。彼我の距離は一瞬で詰められ、モモンの腕が僅かに動いたのを驚異的な動体視力で捉える。

 

(抜刀し、そのままの勢いで突きか)

 

 モモンがこれからとる行動を、クレマンティーヌの戦士としての勘が告げた。長年の戦いによる経験により導き出されたその答えは、まず外れない。

 

「それは想定の範囲なーい!」

 

 クレマンティーヌは瞬時に、モモンの攻撃を弾く用意を整える。クレマンティーヌの右手に握られたスティレットが構えられ、モモンが抜刀する――そこから現れたのは、眩いばかりに輝く光を放つ刀身だった。

 

(<コンティニュアル・ライト/永続光>の魔法の武器!? また小細工を!)

 

 もしも無策であれば夜闇に慣れた眼がその光に焼かれ、致命的な隙を生み出したかもしれない。だが一定以上の実力を持つ戦士の多くがそうであるように、眼を保護するマジックアイテムに護られたクレマンティーヌの眼は、閃光であっても眩むことはない。クレマンティーヌは、己の右肩を狙って突き出される光の剣をはっきりと捉えていた。このまま<不落要塞>を発動させ、右手のスティレットで攻撃を弾き<流水加速>を用いてモモンの脚を刺し貫く、そして<マジックアキュムレート/魔法蓄積>で込められた<ファイアーボール/火球>を起動する――それで終わり。

 既にクレマンティーヌには自身の勝利の道筋がはっきりと見えており、その流れに沿って体を動かしてゆく。

 

「<不落要塞>――えっ」

 

 しかし<不落要塞>を発動させたその瞬間、あり得ないことにモモンの武器がスティレットをそのまま突き抜けた。

 

(これが本命の<武技>!? ちくしょう、ここで使ってくるか!)

 

 このギリギリの局面で、小細工をフェイクに致命的な<武技>を発動させたであろうモモンに対する僅かな感嘆と、激しい憎悪の感情が湧き上がる。だがクレマンティーヌも歴戦の、そして人類最強格の戦士。それらの感情と驚愕を刹那の内に抑え込み、モモンの攻撃を避けるべく連続で<武技>を発動させた。

 

 <流水加速>

 

 <流水加速>の効果により己の感覚を含んだ身体速度が一瞬だけだが一気に引き上げられ、雷光の如きモモンの動きが急速に鈍った。今まさに己の腕を刺し貫こうとしている光の剣も、亀の歩みのようだ。一瞬後には突き刺さるような距離だが、今の自分には回避可能。そう考え、クレマンティーヌが腕を捻って光の剣の切っ先をギリギリで回避しようとしたその時、全身が無数の針と刃に刺し貫かれた――少なくとも彼女の体はそう感じた。

 

(ひっ!? あっ、しまっ――ぐぅっ!?)

 

 その感覚――幻視はすぐさま消え失せたが、本能的に身体が硬直する。一瞬のことだったが、それがクレマンティーヌにとって致命的な隙となった。スティレットを握ったまま硬直した己の腕に光の剣は吸い込まれてゆき、骨ごと刺し貫かれた。肌と肉を切り裂かれる感触に続いて、焼けた金属が差し込まれたが如き熱さを感じて苦悶の声が口から洩れる。

 

「っぎいぃ!――死ぃねぇ! <流水加速!>」

 

 灼かれるような痛みが這い上がってくる中で、己を鼓舞するように吠える。クレマンティーヌの人生において身体を貫かれるのは、これが初めてではない。激痛を意志の力で遮断すると、眼前の敵を一瞬でも早く殺すべく、訓練によって最適化した行動をとった。すなわち<流水加速>を発動させて無事な腕でスティレットを抜き放ち、体を捻ってモモンの右眼に全ての力を込めてねじりこませたのだ。体を捻った際に刺し貫かれた右腕が切り裂かれ、肘から先が半ばぶら下がっているだけの状態になるが、構わず捻じ込んだ武器を捻って起動のための殺意を流し込む。

 

(殺っ……た!)

 

 短時間に連続で、しかも容量限界まで<武技>を使用した反動で頭と体が千切れそうに痛み、クレマンティーヌの意識が飛びかける。当然、賭けの事などすでに頭にはない。<火球>がモモンの兜の内部で起動し、ありとあらゆる隙間から赤い炎が噴き出した。その一瞬の光景を横目で見つつ、無茶な機動を行ったクレマンティーヌはバランスを崩したまま地表に激突する。反射的に体を回転させて受け身をとり、血をまき散らしながら転がって勢いを殺していくが止まらない。痛みに耐えつつ十メートル近く転がって、ようやく体が止まった。

 

「っ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 荒い息が意志と関係なく吐きだされ、喉が渇き、痛む。上半身を起こそうとするが、限界近くまで消耗したのか力が入らない。仕方なく、クレマンティーヌは仰向けになるように転がった。地面に体がめり込みそうに重い、気を抜いたらこのまま気絶してしまいそうだ。だが、ここから逃げなければならないクレマンティーヌは意識を集中させ息を整える。その間に眼に入ってきたのは夜空、耳に聞こえるのは静寂、己が感じるのは全身の痺れと、切り裂かれた右腕の脈打つ痛み。それらが示すことを噛みしめると、荒かった息は哄笑へと変わった。

 

「くっ、くはっ、あははははははは!!!! 勝った! 生き残った!」

 

 地面に寝転がったまま、笑い声を上げる。死ねばすべて終わり、クレマンティーヌはそう考えて、生き延びるためには何でもしてきた。泥を啜り、血路を開き、それでも己の力ではどうにもならなかった事もある。だが、それでも自分は生き残って来た。そして今も。

 

「あはははははは!!……ふう」

 

 笑うのをぴたりとやめ、夜空を見上げながら己の状況、これから何をすべきかを整理する。激痛に耐えつつ体力をわずかでも回復させ、霊廟に向かう。顔を横に向け、切り裂かれた右腕を見る。思ったより出血が少ないのは、焼き切られたような傷のせいか。不幸中の幸いか、あの武器にかかっていたのは<永続光>ではなく高熱を発する魔法だったようだ。

 

(止血の手間がはぶけたけど……よっと)

 

 右手の指を動かそうと試みると、激痛は走ったが僅かに動く、つまりまだ右腕は死んでいない。ならば癪だが、右腕が壊死する前にカジットか弟子に治癒魔法をかけてもらう他ないだろう。泥と鉛の混合物のように重い体をもう少し休めてから動きたいものだが、自分には時間がない。

 

「……よーし、じゃあそろそろいっきまっすかー……え?」

 

「――ひどいじゃないか」

 

 起き上がろうとしたその時、クレマンティーヌの顔に影がかかり、そのことを不思議と思う間もなく頭上より声がかけられる。絶対に聞こえてはいけない声が。

 

(!?)

 

 同時に、全身を不可視の針と刃が刺し貫くあの感覚がクレマンティーヌを襲った。一瞬で体が硬直し、汗が噴き出す。先程はすぐに消えた感覚は今度は消えることなく、心身を蝕み続ける。まずい。痙攣したように小刻みに震える体を必死で動かし、声の元へと視線を動かした。そこには――

 

「交わした契約を違えたな? クレマンティーヌ、ワンペナ……いやツーペナルティだ」

 

 二本の角と禍々しい装飾の異形の兜、黒い――おそらくアダマンタイトで作られている全身鎧。右眼に己が捻じ込んだスティレットを意にも介さず、月を背にしてマントをはためかせた悪魔が、残る左眼を紅に光らせながら悠然とクレマンティーヌの事を見降ろしていた。

 

「――――!!」

 

 信じられないことだが未だ敵は健在、戦闘続行中。その事実を認識したクレマンティーヌの身体が、バネ仕掛けの絡繰りのように跳ね上がった。先程まで上半身を起き上がらせることすら困難だったにもかかわらず、その動きに鈍さはない。無事な手でスティレットを抜き放ち、真っ赤に輝いた左眼を狙って攻撃を仕掛ける。

 もし目の前の敵が人ならざるモノであってもダメージを与えていけば死ぬし、逃げるにしても一撃を与えてからでなければ、と理性より先に身についた経験が判断したための行動だった。だが、その攻撃は空しく空を切った。

 

「遅い」

 

 モモンの姿が掻き消えた次の瞬間、胸部を殴打されたかのような衝撃を受け肺から息が絞り出される。何が起こったのか全く分からない。

 

「がはっ!!」

 

 視界には地面、口には血と土の味。

 

(地面に叩きつけられた? いつ? どうやって?)

 

 混乱しつつも追撃を避けるべく転がって移動し、立ち上がって敵の姿を確認する。そこには先程とは全く違う雰囲気を纏ったモモン。クレマンティーヌの頬に一条の汗が滴った。先程までは、身体能力が凄まじいだけの三流戦士だったはずだ。だが今のモモンから感じる圧力は、間違いなく一流の戦士が持つものだ。

 

「あの男といい……よくよく約束事を違える人間が多いものだ。これはお前で試すつもりはなかったんだが……考えてみれば本気で戦うと言ったのだったな。ならばいい機会なのだろう、いくぞ」

 

 再びグレートソードを持ったモモンが、何の意図なのか大上段に構えた。あの構えから何をするつもりなのか。クレマンティーヌは一挙手一投足も見逃さぬよう、目を凝らしていた。

 だが、まばたきもしていなかったにも拘わらず、突如としてクレマンティーヌの目の前にグレートソードを大上段に構えた紅眼の悪魔が出現する。悪魔は左眼をより強く輝かせ、言葉を発した。

 

「そら、受けねば死ぬぞ?」

 

「ひっ! ふ、<不落要塞>」

 

 声を掛けられたことで、爆音とともに己の肩に向かって振るわれた一撃に対して<武技>の発動がギリギリで間に合う。このまま攻撃を弾き、距離をとって全力で逃走するしかない。今のモモンの動きを全く見切れなかったクレマンティーヌはそう判断し、脚に力を籠める。

 

 そして、スティレットがグレートソードと接触し、いつものように高音をたて――

 

「ああああああ!!」

 

 そのまま押し込まれたグレートソードの威力がクレマンティーヌの手首を砕き、腕をひしゃげさせつつ、肩と、そして斬撃の直線上にあった脚――膝から下を切り飛ばした。

その過程で押し込まれたスティレットの先端が左脇腹を切り裂き、血が噴き出す。脳を激しくかき回す激痛の中、支えを失った身体が左へと倒れこんでゆくのがわかった。

 

「――おっと」

 

 素早く伸びてきた黒い手によって髪の毛を掴まれ、空中に吊り下げられる。ぶちぶちぶちと言う音が激痛と共に頭上から響いた。頭皮の一部が剥がれたのか、血がぬるりと顔に流れだす。

しかし、大量の血液と四肢の半分を失ったショックで、もはや悲鳴を上げることもかなわない。

 

「ひぃ、ひぃ」

 

「いかんな、やりすぎたか? まだ死ぬなよ?」

 

 目の前の悪魔の眼より、迸っていた紅い輝きが消失する。轟音と共に手に持っていたグレートソードを再び大地に刺し、懐より量が半分ほどの赤い瓶を取り出すと、残った瓶の中身をクレマンティーヌの傷口に振りかけてゆく。血が止まり、痛みがスーッと潮が引くように消えてゆくその効果と液体の色が、クレマンティーヌが一度捨てた考えを引き戻した。

 

「神々の、血」

 

 その言葉を聞きつけた悪魔の眼に先程よりは淡い、紅い光が灯った。異形の兜をかぶっていて表情はわからない筈なのに、クレマンティーヌには眼前の悪魔がニヤリ、と笑ったような気がした。

 

「ああ、やはり知っていたか。では、今度こそ約束を守ってもらうぞ、クレマンティーヌ……お前はもう私のものだ」

 

 己の知識により導かれた目の前の存在の正体とその言葉に、クレマンティーヌは己の魂が折れる音を確かに聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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カルネ村も遠かったが、蜥蜴村も結構遠い……私だけでしょうか






劇場版の上映館数、少なすぎませんかねえ(´・ω・`)

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