オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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※このSSは10巻までの知識と、それに基づいた妄想設定で書かれています。なお、妄想設定はどんどん増えていきます。あらかじめご了承下さい。


Collect

 日の出より間もない早朝の内に、アインズを含む一行はカルネ村より出立した。村の朝は早い、ということなのか多くの村人が既に作業にとりかかっている中での出発である。

 

(しかし……)

 

 一行の視界を塞いでしまうのを防ぐため、最後列でハムスケの背中に備えられた魔獣用の鞍に跨るアインズの脳裏に浮かぶのは、まだ夜明け前だというのにゴブリン達と戦闘訓練に励むエンリ・エモットの姿だ。

 前回カルネ村を出る時にも出会ってはいたのだが、その時は水汲みを行っていた筈。出発直前には姉の代わりなのか、ネムがゴブリンの一匹と水汲みを行っているのを見かねてつい、手伝ってしまった。モモンさんってなんかアインズ様に雰囲気が似てるー、と言われた時には心臓が飛び上った、無いけど。

 

(それはともかく、村の様子が私が見た範囲でも明らかに違う。防備も前回より堅牢だし……あの木を斜めに組み合わせた持ち運び可能な柵は騎馬用だよな? あれは前回は間違いなく無かった。他にも幾人かの男が長槍を作り訓練を受けていたが、こちらも弓の訓練だけだった筈だ。両方とも騎馬兵に対する備えということは、あいつ等のせいだろうが……)

 

 まだ数日だというのに、あまりにも多くの事がずれてしまってきている。この分では、前回の記憶が知識面でしか役に立たなくなるのは、アインズが思っていたよりも早いのかもしれない。

 

(前回と同じように、と努めて行動してこれだからな。昨晩のシャルティアの一件はどれほどの影響がでたものか)

 

 昨晩の一件は、アインズが知らぬ場所で今までより遥かに大きなズレを生むことになるだろう。だが、それがどう巡って自身に戻ってくるかは神ならぬアインズにはわからない。出来る事と言えばより多くの情報を得ることと、その情報に基づいた対策を立てることぐらいだ。

 

(で、その行動がまたズレを生むんだよなあ……でも、情報を得たのに対策を立てないなんて事はできないし……)

 

 アインズが答えの出ない考え事をしているうちにカルネ村は後方に姿を消し、前方より聞こえる会話はモモンやナーベ、森の賢王であるハムスケの話題を経て、カルネ村の事に及んでいた。

 

「しかし、ンフィーレアちゃんから聞いてたよりずいぶん逞しいというか、凛々しい子だったな、エンリちゃん」

 

「ゴブリン達の主人ってのも驚いたけど、訓練や防衛に関しての責任者ですものね。村の方々に比べても意気込みというか気迫が違いますよね……わかりますけど」

 

「カルネ村は王国でも珍しく安全で平和な場所でしたから。襲撃でご両親が亡くなった事に強いショックを受けたみたいで……早い内にもう一度来なきゃ……」

 

「その時は、また我々を護衛に雇って頂けるとありがたいですね」

 

「うむ、続けて雇って頂けるのであれば、我々も勉強するのである! お得意様は大事にしなければいかんのである!」

 

「はは、そうですね。お安くしていただけるのであれば助かります」

 

 ンフィーレアと漆黒の剣の面々の会話を聞いているうちに、アインズの胸にちょっとした疑問、あるいは懸念が去来する。

 

(まさかと思うが、エンリに生じた変化のせいでンフィーレアと上手く行かないなんてことは……ない……よな?)

 

 自分の行動で本来幸せになる若人の運命を捻じ曲げてしまうというのは、アインズが嫉妬マスク所持者であっても……いや、だからこそ寝覚めが悪い。それにンフィーレアにはポーション作成だけでなく、他にもやってもらいたいことがあるのだ。

 

(一段落したら、カルネ村の件も含めて考えねばな……)

 

 シャルティアの件が片付いた以上、記憶通りなら過密スケジュールは今日明日までだ。しかし、アインズはここ数日で得た様々な新情報をもう一度整理し対応する必要がある。それを思うと気が滅入ってくるが、頭を振ってその考えを吹き飛ばす。

 

(いかんいかん、私はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリックの主人なのだ、ナザリックの利益のために労を惜しんではいけない)

 

「どうしましたか、モモンさん?」

 

「いえ、何でもありません。朝が早かったのでまだ少し眠気が残っているようです」

 

 いつの間にか最後列へと下がってきていたニニャに話しかけられ、アインズは少し驚きつつも普段通りに応対し、昨日までと変わらぬ会話を始める。思ったより深く考えに没頭していたようだ。そしてアインズは今さらながら、当たり前の事に思い当たった。

 

(そういえば、もう今夜か……はやいな)

 

 

 

 

 

 カルネ村からエ・ランテルへの帰路は前回同様に魔物や夜盗の襲撃もなく、平穏な道程だった。違う事と言えば、先頭を行くナーベラルが動物の像/戦闘馬(スタチュー・オブ・アニマル/ウォーホース)によって召喚された重装甲巨馬に騎乗している事だろうか。漆黒の剣の面々には以前手に入れたマジックアイテムの一つだが、一人しか騎乗出来ない事、荷を載せたり馬車を引かせたりすることができないため使っていなかったと説明した。ナーベラルを一瞥した後、アインズは自身と話すために、時折後ろに下がってくるニニャの背中を見る。

 

(さて、どうしたものか)

 

 カルネ村からの道すがら、たわいもない話をしながらもアインズの頭を悩ませていたのはどうやってニニャを助けるか、という御題であった。昨日の時点ではシャルティアの件が控えていたため、まあどうにかなるだろう程度にしか考えてなかったのだが、よくよく考えてみると、ニニャを助けるのはなかなかに難題である。

 

(シャルティアのように、今後に与える影響を考慮しないなら話は簡単なんだが……)

 

 いくら何でも、アインズはニニャにそこまでの価値は認めていない。今後に与える影響はなるべく軽微であるべきだ。ニニャをンフィーレアの店に理由をつけて同行させない場合、漆黒の剣の仇をとろうと行動することは明白で、些か都合が悪い。ではニニャを殺される直前で救い出す場合はどうかといえば、ンフィーレアの店であの連中と接触しなければならない。タイミングを見計らえばニニャだけを助けることは容易だろうが、ンフィーレアの身柄やリィジー・バレアレとの交渉はどうすればいいのかという問題が残る。あの時は上手く話が転がってくれたが、状況が変われば上手く行く保証はない。

 漆黒の剣全員と行動を共にして、全員を助けるのは論外だ。アインズは漆黒の剣の面々に価値を見出していない上、どのような展開になるか想像もつかない。更にニニャ一人なら管理下に置く事が可能だろうが、チームとなればそうはいかない。未来への影響を考えると、助けた上で管理下に置かないという選択肢はアインズには無かった。

 

(助けるからには、役に立ってもらわねばならないしな)

 

 ニニャを助ける理由はセバスの嫁……でいいのだろうか、ツアレの存在と自身の恩返し、ニニャ個人の強い意志に感嘆したから等いくつかあるが、それら全てを併せても少々微妙なラインだ。

 助ける対価として、アインズやナザリックのために役に立ってもらわねばならない。未だ何をさせるかの具体的な内容は決まっていないが、魔法詠唱者でありタレント保持者である彼女には、新しい魔法の研究辺りをさせるのがいいのだろう。

 

(それもこれも無事に助けてからなんだが。ちょっとした工夫で簡単に、とはいかないか……昨日の内にもう少し考えておけばよかったな)

 

 昨日はシャルティアの件があったので、考えるにしても大してまとまらなかったことはわかっていつつも、少し後悔する。そうこうしているうちに夕焼けの中、エ・ランテルの影が前方に現れていた。時間切れだ、とアインズは心の中でため息をつき、仕方なく最初に考え付いたが却下した方法を採用することにする。念のための保険として、マジックアイテムである動物の像を使わせておいたのは正しい判断だった。

 

(少し勿体ないような気もするし、失敗の可能性は残るが……その場合は前回と何も変わらない、というだけだ)

 

 ふと、アインズはニニャを除く漆黒の剣の三人、ペテル、ルクルット、ダインの背中を順に眺める。前回の彼らとの別れは突然だったが、今回の別れはこのすぐ後であることがわかっている。だが、やはりアインズの心が大きく波うつことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 彼女は全身が柔らかく、あたたかい靄のようなものに包まれていくのを感じていた。暗く冷たい闇の中から、彼女を引き上げようと手が差し伸べられている。しかし、彼女はその手を掴むのを躊躇した。何もかもがおぼろげな中で己を苛んだ暴力と苦痛、恐怖を思い出させる存在をその先に確かに感じたのだ。

 

 手がすぐ近くまで差し出されているのを感じつつ、時間だけが過ぎていく。実際にどれだけの時間がたったのかわからないが、どこかから姉の名が聞こえた。その名を聞いた彼女の胸に暗い炎が灯る。この手が何なのかはわからない、だが彼女は理解した。

 

(ここにいては、姉を助けることはできない)

 

 すぐ傍にはまだ手があった、その先におぞましい何かがいることは確かだ。だが、この手がたとえ伝説に聞く悪魔や魔神のものだとしても、掴むことで姉が救えるなら――あの豚共に復讐する事ができるのならば、この手を掴まない理由は彼女には無かった。

 

 確かな決意を持って、力強くその手を掴む。暴力的ともいえる力によって一気に己が闇より引き上げられ、光が広がっていった。

 

 

「ふむ、どうやら成功したようだな」

 

 蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)により蘇生魔法を行使した己の感触から、ニニャの蘇生が成功したことを確信する。ザリュースの時の事を思い出し、ツアレニーニャ――ニニャの実姉であるツアレの本名を持ち出して、助けたくはないのかと呼びかけたのが功を奏したようだ。大量にあるとはいえ補充の目途が立っていないアイテムを使ったのだ、無駄になるのは避けたい。

 

(そうか、この世界でのマジックアイテムの開発に従事してもらうという手もあるな。まあこれはニニャでなくとも構わないが)

 

 アインズはニニャの身体の状態をざっと確認する。殴打の痕は多少残っているが、柘榴のような顔の腫れは殆ど引いており、潰された左眼は再生したのか、閉じられた瞼は左右共に盛り上がっている。関節が全て逆に折り曲げられた指も、丹念に骨を砕かれていた指も元通りだ。すぐに意識を取り戻すため、流石に服の下までは確認しない。

 

(つくづく、魔法というのは便利なものだ……おっと)

 

 意識を取り戻したであろうニニャの体が僅かに震えるのを見て、すばやく手にしていた蘇生の短杖をしまい込み、逆の手で用意して置いた石を軽く握りつぶし、声をかける。

 

「……大丈夫ですか、ニニャさん。私の声が聞こえますか?」

 

「も、もん、さん」

 

 薄く目を開き、途切れ途切れにニニャが声を発する。表情が状況を理解できていない茫洋なものから、最後の記憶によるものか恐怖と混乱へと移り変わっていく。リザードマンのザリュース・シャシャ、ウォー・トロールである武王、ゴ・ギンに話は聞いていたのだが、異形の二人の表情はアインズにはよくわからないため、本当にそんな風になったのか?とわずかに疑問を抱いていた。だが、ニニャの表情の移り変わりから考えると話に聞いた通りのようだ。恐慌状態に陥らぬよう、意識して力強い声で端的に状況を説明する。

 

「賊はもうここには居ません。私の他にナーベラルも来ています、もう大丈夫です」

 

「わたしは、なぜいきて……みんな、は?」

 

 アインズは、片方の掌を開いてニニャに砕けた石を見せる。

 

「この……マジックアイテムでニニャさんを蘇生させました。ペテルさん達は残念ながら動死体(ゾンビ)にされていて助けられませんでしたが」

 

「そ、せい? え?」

 

 使い切りのマジックアイテムでニニャを蘇生させた、と勘違いさせるための偽装だが効果はあったようだ。当惑しているニニャの顔に徐々に理解の色が浮かぶ。その表情は歓喜ではなく、驚愕とより深い困惑によって形作られていた。

 

「な、なぜ、そんなきちょうなものをわたしに……」

 

「一昨日お話しした通りです。私と同じ想いを持つ人が、事を成せずに死んでいくのを見過ごすわけにはいきません。それだけです」

 

「ももん、さん……」

 

「後の事は私に任せて下さい、蘇生直後は動くこともままならない程、疲労していると聞きます。詳しい話は目が覚めた後で……リィジー!……さん、先程お願いした通り、ニニャさんをよろしくお願い致します。ナーベも手伝え」

 

「あ、ああ! 承知した」

 

「了解しました、モモンさ――ん」

 

 背後で目を丸くしていたリィジー・バレアレと、静かにたたずんでいたナーベラル・ガンマが、ニニャの体を左右から支えて別室へと連れていく。

 

(あの様子なら、モモンの指示で管理下に置くことは容易だな。念のため護衛もつけておくか)

 

「ニニャを監視せよ、何かあればその身を護れ」

 

 その言葉と同時にアインズの足元より影が飛び出し、床を滑り扉の向こうへと消えた。何も起きないとは思うが、せっかく手間を掛けたのだ、つまらない事が起こらぬよう用心するに越したことはない。しばらくして、ニニャを運んでいった二人が部屋へと戻ってきた。

 

「言われた通り、体力回復のポーションと眠り薬を飲ませたが……なぜあんなことを?」

 

「答える必要があるのか?……まあいい」

 

 万が一にでもニニャが墓地に来られないように眠らせただけなのだが、リィジーより質問が来ることは想定していたので、用意して置いた答えを返すことにする。

 

「眠らせたのは、起きていても何もできんからだ。蘇生直後は体を動かすことすら満足に出来ぬ。置いて行かれて無力感に苛まれるより、眠っている間に全てが解決したほうがまだましだろう……これでいいか? では、我々は墓地へと出発する。冒険者組合や衛兵などへの連絡を頼んだぞ」

 

「わかった、わかったわい……もはやアンデッドの軍勢をお主らがどうするのかなどとは問わん。孫を救ってくれ!」

 

 マントを翻し、扉へと向かいつつアインズはリィジーの言葉に応える。

 

「見ただろう、私は契約を違えない。お前の孫、ンフィーレア・バレアレも必ず助けるさ」

 

 

 

 

 エ・ランテル外周部の四分の一を占める巨大共同墓地。帝国との戦争で命を落としたものを含む者達の埋葬地だ。アンデッドの発生を防ぐため、死者はしかるべき手順によって埋葬されなければならない。四メートルの高さの壁で囲まれた墓地は、それでも頻繁に発生する低位のアンデッドを墓地から出さないため建造されたものだ。その長大な防壁の中で、激しい戦いが起こっていた。

 

 「ホーッホッホッホ!」

 

 中位アンデッド作成により召喚された内の一体、殺人道化(キラー・クラウン)が不気味な笑い声をあげながら、コミカルな動作と共に数体のアンデッドを不可視の力によって砕き、引き裂き、踏みつけ飛び回る。太い体にもかかわらず身軽なのは、やはりピエロだからだろうか。

 

 「…………」 

 

 頭に穴が一つ開いたズタ袋を被り、両手に斧とマチェットを持ったもう一体の中位アンデッド、不死の殺人鬼(インモータル・マーダラー)は黙々と武器を振い、数体の骸骨兵(スケルトン)やゾンビを破壊し、確実に数を減らしていく。アインズは二体の暴れまわる中位アンデッドを眺めた後、視線を別方向に向けた。

 

(ふむ……思いついて試しては見たが失敗だったか)

 

 そこには下位アンデッド作成により召喚された二体の骨の領主(スカル・ロード)が、固有能力によって支配した墓地のスケルトンやゾンビを指揮し、攻撃を繰り返していた。支配したスケルトンやゾンビが倒されても、再び能力によって他のアンデッドを支配するという方法は有効だと思われたのだが……

 

(弱すぎて効率が悪い。この世界では同レベルのアンデッドとアンデッドが戦うと、かなりの泥仕合になるのを忘れていたな……)

 

 ユグドラシルならHPが尽きれば消滅するし、この世界であってもこれが人間の兵士と人間の兵士であれば、頭部に一撃を受けただけで戦闘不能になるのだろうが、何せアンデッド。頭蓋に穴が開き、片腕が欠落しても戦うのをやめない。胴体が真っ二つにされても、腕を使って這いずりながら戦うのだ。そして疲労せず、恐怖しない。

 

「スカル・ロードの能力で支配できるという事は術者に支配はされていないか、余程弱い支配しか受けていないかだな。召喚して暴れるがままにさせている理由はなんだ? この世界のアンデッドであっても支配できたことは収穫ではあるが……もういいだろう。進むぞ、ナーベ。ハムスケをうまく操ってついてこい」

 

 実験のためにでっちあげた理由を声に出して説明し、指示を出す。思い付きで実験をするにも、支配者であるアインズはそれらしい理由を考えたり、誤魔化したりしなければいけない。前回からのことだが、やはり少し煩わしい。

 

「殿……やはり何というか地に足がついてないと不安でござるよ……」

 

「了解いたしました、モモンさ――ん……さっき教えた通り下を見ないで、前を見ていなさい下等生物。バランスが崩れるわ」

 

 上空からハムスケとナーベラルの声がする。魔獣用の鞍が付けられたハムスケの背にはナーベラルが手綱を握って跨っており、ハムスケの首に鳥の翼を象った予備のネックレスが煌めいている。ハムスケに<フライ/飛行>を使用させ、その制御を騎乗スキルを持つナーベラルに任せることで慣れさせる方法は上手く行っているようだが、空を飛ぶのが初めてのハムスケは不安のようだ。

 

「もう少し……そうだな、あの大木の辺りまでいったら木の上で待機しててよい。あそこまでは耐えろ」

 

「りょ、了解したでござる! ナーベ殿、もう少しお願いするでござる」

 

 ハムスケが焦っているのか、その体に比して短い四肢を動かして前に進もうとするのを微笑ましく眺めながら、アインズはこの先で待つイベントを思い浮かべ、やや気持ちを高揚させる。だが、つい最近の苦々しい記憶がアインズの感情にブレーキをかけた。

 

(いかんいかん、期待しすぎるとうまくいかなかった時に辛い……んだけど、これ程わかりやすい比較イベントはないし、記憶の通りならしばらく……いやかなりの間こんな機会はない筈だしなあ。もうちょっと今からの事が思い出せればいいんだけど)

 

 一年前、しかもわずかな間の記憶だから仕方がないのだが、細かいやり取りまではとても思い出せない。己が腰に差した長剣を見る。この時のためだけに、わざわざ選んで持ってきたこれが無駄になるのはちょっと癪だ。

 

(……まあ、この間とは違う。致命的な間違いさえしなければ、今度こそ大丈夫な筈……頼むぞ、今度こそ私を楽しませてくれよ)

 

 

 

 

 

 

 墓地の最奥、霊廟の前。アインズは途中でハムスケから降りたナーベラルを従えて、歩を進めていた。前方にはいつか見たぼろっちいローブの集団が円陣を組んでいる。

 

「カジット様、来ました」

 

(ああ、そういえばそんな名前だったな。しかしこいつらには大した用はない。さっさと進めよう)

 

「やあ、カジット。良い夜だな。私達は依頼である少年を探しているんだが知らないか? いや、はっきり言おう。ンフィーレア・バレアレを返せば、命だけは助けてやらんでもない。早く決断してくれ」

 

 一気に言い切ったアインズに多少鼻白みつつ、カジットがすぐ横の弟子を睨みつける。

 

「冒険者、しかも銅級だと?……どうやってあのアンデッドの群れを突破してきた」

 

「ああ、この剣で薙ぎ払いながら進んできたよ、トブの大森林を歩くよりは楽だったな」

 

 とんとん、と大剣の柄を指で叩きながらアインズが答えると、カジットが激昂した。こちらがまともに答えていないと思ったようだ。

 

「ふざけたことを! たかが銅級冒険者如きがあれを突破できるものか! 本隊はどこにいる!」

 

「貴様……言わせておけばフタツメゴミムシの分際で無礼な」

 

 ナーベラルが剣に手をかけ、抜刀の姿勢に入るのを軽く片手をあげて止める。これ以上やり取りしても大した情報が得られないのはわかっているし、こいつには大して興味はないのだ。用があるのはあくまでもう一人だし、話を進めたい。

 

「よせよせ……しかし困ったな。こちらは真実をただ正直に話しているんだが。信じてもらえないなら仕方がない。霊廟に一人隠れているな? 出てくるがいい」

 

「何を……ここには儂ら」

 

「なーんだ、バレちゃってるんなら仕方がないねー」

 

 カジットの言葉を遮るように声が上がり、霊廟の奥から女が姿を現した。その姿、その顔を見てアインズは約一日前……昨晩自身が感じていた違和感の正体を悟った。

 

「あっ!……ああ、成程成程。そうか、そういう事だったのか」

 

「なーによ、人の顔見てあっ!なんて驚くなんて失礼な奴ねー。いったい何者?お名前教えてくれないかなー」

 

(しまった! つい……不味い、このままでは前回の流れから外れてしまう)

 

 アインズが顔と共に名前を思い出した女――クレマンティーヌは軽い口調とは裏腹に、警戒感を露わにしている。その様子に、アインズは自身が先程考えていた致命的な間違いを犯してしまった可能性を感じとり、心中で冷や汗を流しつつフォローすべく口を開く。

 

「あ、ああ、すまない。私の名はモモン、こちらはナーベだ。驚いたのはその……腰の刺突剣だ。まさか、彼らを殺したのが女だとは思わなかったのでな。だが、それで彼女だけがいたぶられた理由も何となくわかったよ」

 

 逃走されても即座に捕縛する手段はあるが、それではイベントが潰れてしまうので可能な限り避けたい。慌てたアインズはそれらしく聞こえるだろう言い訳をなんとか口にすると、祈るような気持ちでクレマンティーヌの反応を見る。

 

「んー? よく見えたねえ。マントしてるから、そうそう見えないと思うんだけどなー」

 

 クレマンティーヌがマントを少しだけあげ、腰の刺突剣を見せながら不思議そうにこちらを見ている。しばしの間沈黙が周囲を支配し、アインズの胸が精神的重圧で苦しくなってきたころ、ようやくクレマンティーヌが言葉を続けた。

 

「――ま、いいか。私はクレマンティーヌ、よろしくね。でもモモンとナーベなんて名前は耳にしなかったなー、カジっちゃんは?」

 

(え? カジっちゃん?)

 

 場違いな呼び方にアインズは先程までの不安が雲散霧消し、カジットという男をまじまじと見てしまう。禿頭で痩せぎすの不健康なその風貌にあまりにも似合わない呼び名だ。思わず笑いがこみあげてくるが、先程のような事は避けたいので何とか抑え込む。

 

「その呼び方はよせ! だが、儂もモモンと言う名はこのエ・ランテルで聞いたことはない。本当に何者だ?」

 

「っ……この街に来て、まだ日が浅いのでね」

 

(カジっちゃん、なんて呼ばれた後に真剣な顔で”本当に何者だ?”とか言われてもなあ。やめろ、こっちを見るんじゃない)

 

「ふーん、じゃあますますわかんないなー。この街にきて日が浅いのに、ここが分かったってことでしょ。どうやったの? 地下水道ってメッセージもわっざわざ残したのに」

 

 カジットを見ると吹き出しそうになるので、アインズはクレマンティーヌの方に向き直り意識を集中する。

 

「本当はお前が一番よくわかっているんじゃないか? そのマントの下に彼らから持ち去ったものがあるだろう。何があるかはわかっている、見せてみろ」

 

「うっわー、ムッツリ変態えろすけべー……なーんてね、これの事ー? でもこれでどうやってわかるっていうのさ」

 

 ニヤァリ、という表現がぴったりくる笑みを浮かべたクレマンティーヌが、一度マントでわざとらしく体を覆ってから捲り上げる。そこには冒険者プレートで作られた鱗鎧(スケイルアーマー)が色とりどりの輝きを放っていた。

 

「後学のために教えておいてやろう。感知魔法やマジックアイテムには、触れた事がある品物の位置がわかるものもある、ということだ」

 

「へぇ……これからは気をつけることにするわ、ありがとー」

 

「ああ、これからなんてものがお前にあればな……なあクレマンティーヌ、戦士は戦士同士、あちらで戦わないか? ナーベ、お前はあの男達を相手にしろ……あの武器は持っているな? あと上空に注意しろ。そうそう、男達は死体が残るように殺せ。以上だ」

 

「畏まりました」

 

 逃走を防止するためにクレマンティーヌを軽く挑発し、後半は声を落としてナーベラルに指示を出す。アインズの視界はクレマンティーヌのこめかみに、薄く血管が浮き出したのを捉えていた。多少不味いところもあったが、ここからは予定通りに進むだろうと考え、アインズは歩き出した。予想通り、少し遅れてクレマンティーヌの足音がついてくる。

 

「……そーいやさー、彼ら、なんて他人行儀な呼び方してたけどー、もしかしてあのお店で殺したのってお仲間じゃなかった?」

 

「ご明察だ、彼らとはたまたま直近の仕事で一緒になったに過ぎない。付き合いはみ……いや、六日間に満たないな」

 

「なーんだ、つまんないなー。よくも仲間をー!って突っかかってくるのを返り討ちにするのが最っ高に笑える娯楽なのにー」

 

 クレマンティーヌがぼやきながら横に小石を蹴飛ばした後、しばし二人の足音だけが墓地に響く。元の場所からそれなりの距離をとった頃、アインズは周辺を見回して軽く頷き、クレマンティーヌに向き直る。

 

「それじゃあさー、あの魔法詠唱者の事を教えてあげよっか? 大爆笑だったよ、最後まで助けが来るって信じて泣いてたの。助けってあなたの事じゃないのかな? 女の子が最後まで自分の助けを待ってたってのは、男として何か思うところはないのー?」

 

「……お前が悪趣味だという以外の感想はないな」

 

 わざと不快感をにじませたアインズの言葉に、クレマンティーヌがニンマリと笑う。前回と会話の流れが多少違ってる気はするが、蘇って来ている朧げな記憶の通りであれば、挑発に乗れば前回のように話が進む筈だ。

 

「ふふっ、怒っちゃったー? そうそう、あのナーベちゃんって美人さんも早く助けに行かないと死んじゃうよー。あの娘、魔法詠唱者でしょー? だとすると、カジっちゃんにはまず勝てないわけよー。まぁ、私が相手でも同じことだけどねー?」

 

「……ん、ナーベでもお前程度には勝てると思うが?」

 

「あはははは!魔法詠唱者如きが、私レベルに勝てるわけないじゃん。スッといってドス! これで終わりー」

 

「ずいぶんな自信だな。お前がそこまでの戦士だと?」

 

「ええ、もちろん。この国で私に勝てる戦士なんていないわねー。そもそも、周辺国含めたって私に勝てる戦士なんて殆どいないよー」

 

「そうか、それなら一つ賭けをしないか。クレマンティーヌ」

 

「賭け? いいよー、どんなの?」

 

 注意深くクレマンティーヌの反応を見ながら、アインズはあらかじめ考えていた提案を持ちかける。アインズの予想――ズーラーノーンがやはり法国所属の組織であり、目の前の女戦士が漆黒聖典のあの魔獣使いと近縁者である――が正しいとすれば、もはやあまり意味のある事ではないが、確認の意味でもやはりクレマンティーヌから話を聞き出したい。

 

(この世界で、おそらく数える程しかいない強者同士の面影が似ているのだから、ほぼ間違いないだろうが……プレイヤー、あるいはNPCの血を引いている可能性も考えると、誤って殺してしまってはもったいない。先程のやり取りから考えるに、あのカジットとかいう男よりクレマンティーヌの方が組織での立場は上なのだろうし、情報を吐かせるために無事なまま捕えないとな、それに……)

 

「ありふれた内容だよ。勝者は敗者の全てを手に入れる……という奴だ。勝敗の条件はそちらにまかせよう。そうだな、相手の命を奪う以外で何か指定してくれ」

 

「あれれー? 今になって命が惜しくなっちゃったー? でも、そんな条件付けても手加減なんかしないし、命は助けてあげないよー?」

 

「自信が無いなら、賭けに乗らなければいい。命を奪わずに勝利するというのは、技量差がないと難しいしな」

 

 クレマンティーヌの眼が僅かだが細まった。やはりこの女は挑発に異様に弱い、とアインズはもう一押しする。

 

「わざわざ勝利条件をお前に決めてもらうのは、悪あがきをしてほしくないからだ。勝利の杯を手に入れる前に壊してしまうのでは、賭けの意味がないからな。正直に言えばお前には少々興味があるし、聞きたいこともある、なので殺したくはないのさ」

 

 その言葉にクレマンティーヌの表情が歪んだのを見て、アインズは自身が正しい道を選べていることを確信し、安堵する。

 

「ふーん……まあ、いいけどねー。負けを認めさせた上で、命乞いを聞きながら殺すってのも悪くないし。じゃあ、腕か足一本で勝敗決定ってのでどうかなー?」

 

「いいのか? 私は全身鎧だが?」

 

「その程度、何の問題にもならないわねー。この国、いやこの国周辺で私とまともに戦えるのは、風花の連中が集めた情報によると五人だけ。王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。蒼の薔薇のガガーラン。朱の雫のルイセンベルグ・アルべリオン。あとは、ブレイン・アングラウスと引退したヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン……でもさあ、こいつらだって私に勝てるわけないじゃん。たとえ、私が国から与えられていたマジックアイテムを全て捨てた後でもねー」

 

(風花……風花聖典の事だな。これでスレイン法国関係者、しかも中央部に近い人物なのは確定だが……少し話がおかしくないか?)

 

 アインズはクレマンティーヌの国から与えられていたマジックアイテムを全て捨てた、という発言の意味がわからず困惑する。目の前の女が法国所属だとしたら、なぜそんな事をする必要があるのか。だがそんなアインズの困惑を知ってか知らずか、クレマンティーヌは口が裂けたような歪んだ笑みを向けつつ、しゃべり続ける。

 

「わかったか? てめーのその妙なヘルムの下にどんなくそったれな顔があるのか知らねえが……この! 人外!――英雄の領域にあるクレマンティーヌ様に勝つことなんて、できるわけがねぇんだよぉ!!」

 

 激昂した様のクレマンティーヌに、困惑していたアインズは冷静さを取り戻し――低く笑った。その笑いを耳ざとく聞きつけたクレマンティーヌの顔がさらに歪む。

 

「いや……すまんな。どうやら私はお前と戦えることが、楽しくて仕方がないようだ」

 

「余裕じゃねえか……どうやら、痛い目見ないと私の強さがわかんないみたいだねぇ」

 

「それはこっちの台詞だ、クレマンティーヌ」

 

「ああ?」

 

 両腕の二本のグレートソードをゆっくりと構え、アインズは高揚する感情のままに見栄を切る。

 

「私が先程の五人……いや、お前よりも強者であるという事をその身を以ってわからせてやろう。さぁ、決死の覚悟でかかってこい!」

 

 




ご感想、お気に入り登録及び誤字報告をいつもありがとうございます。修正は随時反映させていただいてます。


次回はグッバイカジっちゃん


インタビューより

「何も問題なく進めば12巻が2017年の8月」
「13巻が12月を予定しています。エピソードが長くなってしまうと思うので上下巻構成になりそうです。」

  ( ゚д゚)  「何も問題なく進めば12巻が2017年の8月」

  ( ゚д゚ )



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