オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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※このSSは10巻までの知識と、それに基づいた妄想設定で書かれています。なお、妄想設定はどんどん増えていきます。あらかじめご了承下さい。




Frail

「……わたくしができるのは、ここまでです」

 

 “神聖呪歌”が息を荒げつつ、宣言する。周囲には治療を受けた漆黒聖典の面々が、地面の上に座り込んでいた。

 

「ひっどい目にあった……ちょっと!血が止まってないじゃない。これどうにかしてよー」

 

「秘薬でも傷口が塞がらぬ。これは呪詛の類だな、厄介な。どこまでできるかわからんが後は儂がやろう、休んでおれい」

 

「おっと……秘薬もほぼ全て使ってしまいましたし、不味いですね」

 

 “巨神操演”の傷口を見た“聡明英知”のその言葉に、限界だったのか“神聖呪歌”がよろけ倒れる。慌てて“一人師団”がその体を支え、木にもたれかけるように座らせた。その様子を見つつ顔を拭いていた“天上天下”がぼやき始め、続いて残った面々からも思い思いの声が上がった。

 

「おう、揃ってみっともねえったらねえな。最悪だ!んで、ここはどこだ?“隊長”はどうした」

 

「……ば、カイレ様もいねえぞ」

 

「“隊長”と、カイレ様は、最後まで、立っていた。でも、気がついたら、俺だけ、ここに、いた。だから、“神聖呪歌”に秘薬、使った」

 

「じゃあさ、“隊長”は健在だったってことだよねぇ。ならあっちは大丈夫じゃないの?」

 

「我々がまとまっていたからといって、カイレ様と“隊長”が一緒に居るとは限らないのではないですかなあ」

 

 漂い始めた楽観的な空気を“人間最強”の一言が完膚なきまでに破砕し、沈黙が空間を支配した。やれやれと言った調子で“一人師団”が口を開く。

 

「……“人間最強”の言う通りですね。では、まずカイレ様との合流を試みましょう。“隊長”が一緒なら幸運という事で。“占星千里”カイレ様の居場所はどちらですか?」

 

「感知不能」 

 

「妨害されているのですか?」

 

「違う。範囲外」

 

 その言葉に全員が息をのんだ。“占星千里”の感知魔法は彼女が持つ神々の至宝により、その名が示す通り千里……無限ともいえる距離を感知する。更に彼女の口から無情にも聞きたくもない言葉が続く。

 

「“隊長”も範囲外」

 

「えっ!死んだって事?」

 

「……死んでいても、感知はできるだろ」

 

「やめい、感知不能な場所に飛ばされている可能性もある……限界だ、儂もしばらく役立たずよ」

 

 解呪を試みていた“聡明英知”がため息とともに座り込む。重い空気の中、しばし鳥の声だけが響く。沈黙に耐えきれなくなったのか“巨神操演”がわざとらしく話し始めた。

 

「ね、多人数を同時に転移させる魔法、誰か知らないの?」

 

「<ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動>では不可能ですしね。第六位階<テレポーテーション/転移>を範囲拡大できれば、あるいは可能なのでしょうか」

 

「周辺の植生も違うようだし、同じ森どころか同じ地方でもないですなあ。テレポーテーションではそれほどの距離は不可能でしょう、それに空が真昼になっているではないですかあ。これは空間だけでなく、時間をも越えた可能性がありますなあ。つまるところ、これは転移魔法によるものでは、ないのではないですかなあ」

 

 “一人師団”が気を使って乗ったところに、いつもの事ではあるが“人間最強”の容赦のない言葉が降りかかる。彼がこういう人間だとは皆熟知しているが、平時であればともかく、今の状態では彼の物言いは少々鼻につく。案の定“一人師団”が食って掛かった。

 

「神の御業でもあるまいし、安易に時間を越えるなど……我々が長時間気を失っていたと考えるべきでは」

 

「わからないですかなあ、神の御業の可能性もあると小生は言っておるんですなあ。それに“巨盾万壁”は意識を保っていたと言ってるではないですかあ」

 

「……では、この所業は神の御業で、我々は神の怒りに触れたと?そうおっしゃるのですか」

 

「やめい!なぜお前達は口を開くと、そう喧嘩腰になるのだ。状況を考えろと先程言われておっただろう。少し黙れ、そして無事に帰れたら好きなだけやれい!」

 

 “聡明英知”の言葉は二人の言葉を止めることはできたが、内容は全員を沈鬱な気分に導くのは十分だった。“巨神操演”が再び周囲を見回し、声を上げるのに先程よりも長い時間を要した。

 

「あー、あー……“時間乱流”、時間ってことだけど、貴方に何か心当たりはないわよね」

 

「あるわけないじゃん……それに僕の知ってる至宝じゃ、こんなことはできないぜ」

 

「おう、じゃあよ。とりあえずは今どこにいるかを確認しようじゃねえか。場合によっては一度、本国に戻った方がいいだろ?」

 

「……確かにな。おっさ、“天上天下”の言う通りだ」

 

「おう“神領縛鎖”いまなんつった、ちょっとこっち来いや」

 

「じゃ!本国の位置と距離をお願い」

 

 ようやく、場の雰囲気がそれなりに戻ったのを感じた“巨神操演”は“占星千里”を急かして話を進めようとする。だが、それは叶わなかった。

 

「感知不能」 

 

「どういう意味?」

 

「本国も感知範囲外って意味」

 

「……冗談だろ?」

 

「感知妨害無し」

 

 その言葉にほぼ全員が空を見る。屋内ではない上、感知魔法が阻害されていないのであれば本国とこの空は繋がっているはずだ。

 

「世界の果てに飛ばされたとでも?大陸極東、あるいは別大陸……とか?」

 

「だとしても神々の至宝の御力により方位はわかる筈じゃ、そうだな?」

 

 “占星千里”が力なく頷く、見れば彼女の顔はここにいる誰よりも白い。死人のようにしか見えなかった。

 

「じゃあ!ここはどこだってのよ」

 

「死した者が旅立つ冥界、悪魔の済む魔界、神々のおわす世界、ぱっと思いつくのはこれぐらいですなあ」

 

「おう、やめてくれ。どれでも俺ら死んでるってことじゃねえか」

 

「身体に痛みがある以上それはないでしょう、それよりも感知魔法が無理ならカイレ様と“隊長”を捜索せねば」

 

「んだな、こうしててもしゃーねえ!動くしかねえな」

 

「待てい。何の手掛かりもなく動くは死の道を行くに等しい。それに我々は傷つき、弱っている。もう少し態勢を整えねばな、“占星千里”」

 

「了解」

 

 方針がようやく定まり始め、結界が展開される。不可視の者が範囲内に入れば浮かび上がる……筈だが、“巨盾万壁”の話では先程やすやすと突破されている。だが、やらないよりはましだ。

 

「では、私が魔獣を召喚し周辺を探らせましょう。カイレ様か“隊長”の痕跡、あるいはもっと安全な場所が確認できれば移動するということでよろしいですね?」

 

 全員が頷き“一人師団”が儀式を開始する。程なく空間に開いた黒い穴から大狼(ダイア・ウルフ)真紅の梟(クリムゾンオウル)が召喚された。

 

「ん!召喚が出来るってことは、地続きかな?だといいんだけど」

 

「ええ、正直ほっとしています」

 

「どうでしょうなあ。魔界から悪魔が呼べるのですから、魔界や冥界で魔獣も召喚できるのではないですかなあ」

 

 “人間最強”の言葉を“一人師団”を含む全員が黙殺する。間違った事を言っているわけではないが、士気に関わるのでいちいち水を差すのはやめてもらいたい。

 

「……念のため巨大蛇の王(ギガントバジリスク)も呼んでおきましょう。周囲を警戒させます」

 

「では、今のうちに各々状態の確認と所持品の確認を行えい。だが、警戒は怠るでないぞ」

 

「了解」

 

 全員が周辺を警戒しつつ、黙々と状態を残った所持品のチェックを行う中で“一人師団”の報告だけが響く。

 

「周辺は平野ではなく、山中のようです。見たところかなりの起伏があり、高い場所は岩山になっているようです」

 

「……川が確認できました。辿れば人里があるかもしれません、向かわせます」

 

 おっ、という声が誰ともなく上がる。任務遂行中は街に立ち寄ることは推奨されないが、目標となる場所があるのはありがたい。

 

「鳥や獣の声はしますが、未だ姿は見えません……!?ダイア・ウルフが何者かに倒されました、敵影が確認できません……二匹目が!?速い!こちらに向かってきている。ギガントバジリスクを進路上に向かわせます、方角は十時!戦闘態勢を!」

 

 “一人師団”の言葉に全員が素早く武器を装備し、立ち上がる。だが、態勢を整える前に続いた彼の言葉に全員の顔が強張った。 

 

「ギガントバジリスクが……倒されました」

 

「……まじかよ」

 

「来る。四秒」

 

 “占星千里”の言葉に全員が敵が来るであろう方角に向き直る。きっかり四秒後に結界に引っかかったのか火花が散り、数mはある大剣を持った鎧が現れた。

 

「おう、どうやってこんなバカでかいのが、森の中を抜けてきたんだ?」

 

「正体、難度不明。鎧巨人と呼称。“巨神操演”」

 

「……あいよ!いきなさい、まーちゃん!」

 

 “巨神操演”の声と同時に肩掛け鞄より黒い影が飛び出した。瞬く間に膨らんだそれは、四本腕の巨人―ゴーレムへと変じる。のっぺりとした外見、大きめの頭に大きな丸が二つついただけの簡単な造形だが、謎の鎧巨人よりも大きいその体躯は、頼もしさを感じさせる。

 

「ぶっ飛ばせ!」

 

「マッ」

 

 ゴーレムが大きく振りかぶった右二本の腕で、同時に鎧巨人に殴りかかる。だが、鎧巨人は素早く体勢を整え、手に持った大剣で二つの拳をガードした。耳が破れんばかりの金属音が鳴り響いたが、鎧巨人は微動だにしない。

 

「うっわ、やばいよ。あの動きはモンスターじゃない」

 

「嘘でしょ!?まーちゃんの攻撃が効かないなんて!でもこっちの方が腕は多いわ、なんとか押さえつけてやる!その隙に攻撃して!」

 

「鎧巨人二体目確認、後五秒」

 

 “占星千里”の言葉に一行に戦慄が走る。 “巨神操演”のゴーレムと互角以上のあの化物が二体となれば、被害無しには切り抜けることは困難を極めるだろう。

 

「こうなってはしかたないですなあ。“巨神操演”申し訳ないですが、古い方をしばらくそのまま。“神領縛鎖”は新しいのを結界に入ったと同時で、何とか抑えて欲しいですなあ」

 

「おう!動きが止まった瞬間に俺たちでぶちかましてやる、頼んだぜ」

 

「……おっさん共、無茶苦茶言うんじゃねえよ」

 

 話してる間に火花が散り、全く同じ鎧巨人が現れる。その周辺には既に神鎖の渦が展開していた。

 

「……おらよっ!」

 

 神鎖が生き物のように鎧巨人の腕や胴、腰に巻き付いた。その両端は周辺の木に巻き付いたり、地面にアンカーのように潜り込んで対象を固定する。“人間最強”、”天上天下”は既に大剣と大斧を振りかぶって駆けだしていた。狙うは超大型の亜人や魔獣と戦う時のセオリー通り、左右の脚部。

 

「ふっ!」「おらあっ!」  「あっ」

 

 しかし鎧巨人は縛られたまま、その場で棒立ちにはなっていなかった。神鎖を巻きつかせたまま、まるで何もされていないかのように大剣を横薙ぎに振う。固定のための木々や地面に刺さった部分があっさりと引っこ抜かれ、攻撃を行うために突っ込んできた二人を襲った。咄嗟にガードしたものの、二人は木っ端の様に吹き飛ばされる。その背後では、ゴーレムがパンチをかいくぐった鎧巨人のショルダータックルを受けて、木々に叩きつけられていた。

 

「いかん、状況は不利!“一人師団”、大型魔獣を召喚して盾にせい!囮にして撤退を……ぐおっ!」

 

「“聡明英知”!?」 

 

「うしろからてきが!」

 

 結界の中にも拘らず、朧げにしか姿の見えない敵が複数背後より迫っていた。見れば“聡明英知”は大型の四脚獣のような輪郭の魔物に噛みつかれ、木々の向こうへと引きずられていく。その獣との間には、やはり朧げにしか姿の見えない戦士。

 

「ああもう、みんなぁ!僕に近寄るなよ!……死ねよ」

 

 “時間乱流”が己の持つ力を解放する。周囲に波紋が広がり、波紋に触れた草木の揺れ、落ちる葉の速度がまるでスローモーションのようにゆっくりとなった。“時間乱流”は自身のタレントと至宝を組み合わせることで、周囲数メートル程の範囲だが時間の流れを数倍に加速・減速させることが可能となる。そして彼はその中で、全く影響を受けずに行動することができるのだ。この空間内では、彼は無敵と言ってもいい。“時間乱流”はわずかに輪郭が見えるだけの敵に対し飛びかかかり、必殺の刺突を叩きこむ。

 

「無駄ダ」

 

「え?」

 

 しかし、時間が数倍に遅くなった筈の空間内で彼がかけられた声は、通常と変わらないものだった。驚愕と共に、あっさりと手の武器をはじかれ、返す剣で足を切断され無様に地面に叩き落とされる。

 

「っぎゃっ!」

 

 叩きつけられた“時間乱流”に透明な獣が襲い掛かる。鎧巨人が再びゴーレムを吹き飛ばし、轟音が周囲に響いた。もう一体の鎧巨人も神鎖をものともせずに大剣を振り回し、周囲の木々を両断しつつ二人の戦士を圧倒している。“一人師団”が呼び出した大熊(ダイア・ベア)も透明な獣と戦っていたが、明らかに手傷が多い。もはや漆黒聖典の敗北は時間の問題と思われた。そこにダメ押しの、絶望的な声が響く。

 

「鎧巨人……三体目確認」

 

「おう、流石にねえだろこれは……」

 

「神よ……」

 

「……ちくしょう!どうすりゃいいんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

「……ここまででよいか」

 

 アインズは呟くと、ムービーを停止する。周辺にはムービーに映っていた、漆黒聖典捕縛を為したシモベ達が揃って跪いている。

 

(連携がとれているようにも見えるが、個々が勝手に戦う中で幾人かが上手く合わせているだけだな。あのギルド……“連合”の連中に似ている。それに装備の力に頼りすぎだ、これなら陽光聖典の方が余程精鋭部隊らしい。本当の意味で自分達と互角以上の相手と戦ってこなかったのか、あの長髪の男に頼りっきりだったのかわからないが……それにしても何かが引っかかるな)

 

「はっ、ありがたき幸せ」

 

 ムービーの内容から漆黒聖典の評価を“何か気になるがとりあえず微妙”と結論付けたアインズの声に、一団の真ん中にいたエイトエッジ・アサシンが応える。部隊にはエイトエッジ・アサシンより高レベルのシモベが複数いるにも拘らずだ。その様子に何かを感じたアインズはもしや、と思い問いかけた。

 

「……お前はカルネ村でも、部隊を率いていたか?」

 

「なんと、至高の御方が私如きを覚えていて下さったとは……光栄の至りにございます」

 

(おお、あっていた。本当にちょっとだけど、こっちは課金モンスターやアンデッドにも個体差があるんだよなあ、外見じゃほぼわからないけど……そうだ)

 

 ある事を思いついたアインズはインベントリを開くと、勲章の形をしたアイテムを探し当てる。

 

「主人として、優れた働きをした部下には報いねばならん。これを授けよう」

 

 アインズがエイトエッジ・アサシンの肩に取り出したアイテムを触れさせると、そのままエイトエッジ・アサシンに入り込んだ。ユグドラシルには消耗品扱いとなるが、モンスターに使用可能な装備アイテムがいくつか存在する。この勲章の形をしたアイテム、准尉の証(インシィグニィア・オブ・ウォーラント・オフィサー)もその一つで、指揮能力付与に加えステータスも上昇する優秀な装備だ。しかし実装時期と、ある理由から一部の層を除いてあまり人気が無かった。

 

(しかし、なんで角が生えてしまうかなあ。今はそれが目的だからいいけど)

 

 アインズの考えている通り、エイトエッジ・アサシンの額には二本の角が生えていた。○○の証系統は装備すると人間種の場合は特定装備位置に○○に応じた紋章が浮かび上がり、異形種やモンスターは角が生えてしまう(元々角が生えている場合は立派になる)という強制効果があった。

 入手レベル帯から考えるとそこそこ優秀なアクセサリーなのだが、外装が変化してしまうためにアプデ前プレイヤーには不評で、もっぱら課金モンスター強化に使うアイテムとされていた。超大型アプデ“ヴァルキュリアの失墜”からの実装だったこと、下位なら初期から手に入ることなどから、新規プレイヤーのメリット、デメリットの入門を兼ねた救済アイテムだったのかもしれない。

 

 アプデ後に手に入れ、ギルドのみんなでどう外見変わるかな?と回して試着していたところ、アインズは予想通り二本の角が生えて鬼の骸骨みたいになった。「こっちの方がかっこいい」との感想が和風装備を好む一部から出て、自分でもちょっとかっこいいとその気になりかけたが「モモンガさんの最強装備に似合わなくない?」と言う意見で我に返ってやめることにした。

 結果としてはどの証であってもちゃんと種族別に違和感のない角が生え、上位の装備ほど立派な角が生える。そして頭部が人間種に近ければ近い程複数、そうでなければ一本角が生えやすいというあまり役に立たない情報を得て終わった。ちなみに仲良し姉弟は揃って一本角が生え、姉に生えた丸っこい短角を見た弟が何を言って、その後どうなったかはもはや語るまでもないだろう。

 

「合わせて、お前を正式にパンドラズ・アクターに貸し与えている不可視部隊長に任命する」

 

「……ありがたき幸せ。今後も不退転の決意で、至高の御方様にお仕え致します」

 

(本当は隊長格は簡単に見分けがついたほうが話しかけやすい、というだけの理由なんだけど……)

 

 感動に打ち震え全身に力を漲らせて礼をするエイトエッジ・アサシンと、その背後で羨望の眼差しを向けるシモベ達を見て、アインズはちょっとだけ罪悪感に襲われる。この部隊が更に手柄を上げた時は、隊員であるシモベにも褒賞を与えたほうがいいのだろうか、と悩み始めたアインズの背後より声がかかった。

 

「お待たせしました、アァインズ様!世界級の保管、及び捕縛した者達の処理を完了いたしました!」

 

 仰々しく礼をするパンドラズ・アクターの背後には、先程山河社稷図から取り出した漆黒聖典の面々が浮かんだゼラチナス・キューブが列をなしている。

 

「ご苦労……ふむ?」

 

 ゼラチナス・キューブに浮かぶ男女の姿をざっと見たアインズは、先程のムービーと同じ違和感が湧き上がってくるのを覚えた。

 

(一体何だ?喉に何か引っかかってる様なこの感じは……)

 

 絶対知っている筈の漢字をど忘れして、思い出せないような気持ち悪さだ。キューブの周りを歩きつつ口元に手を当てて考える。だが、やはりそれが何なのかはわからない。アインズはこのまま考えても思い出せないな、と自身の経験から先送りを決定する。

 

「……手間を掛けさせたな。ああ、お前にも伝えておかねばな、このエイトエッジ・アサシンをお前に貸し与えた部隊の隊長に任命した。以後はそのように扱え」

 

「畏まりました、以後はその者を部隊長と致します。では、早急にご報告したい事がございます。よろしいでしょうか」

 

 その言葉にアインズは宝物殿に来た際にパンドラズ・アクターがまず報告を、と言ったのを押しとどめて山河社稷図の処理にかかったこと、世界級の保管を指示したことを思い出す。思ったよりもシャルティアの部屋で時間を使ってしまったため万に一つもあり得ないとしながらも、ユグドラシルプレイヤーの性として、何よりもまず世界級の処理を優先したかったのだ。

 

(特に山河社稷図は脱出された場合は所有権が移ってしまうからな……そのための最速記録だが、余裕を持っておくのは当然だ)

 

 自分達が入手した経緯から想定攻略時間と秘匿された攻略方法を探る為に、ぷにっと萌えさんの提案により始まった山河社稷図TA(タイムアタック)数回の開催を経て、絵画の世界の内容を熟知しアインズを含む最適装備・最強PTで叩きだした最速記録はその後数回の開催でも破られることはなかったため、ある時を境にTAは開催されなくなった。

 TA終了以降も山河社稷図に入ったのは、ときおり絵画の世界の風景を見に行きたがったブループラネットさんくらいだ。彼の言によれば「通常のフィールドより遥かに作りこまれており、東アジアのかつての風景を再現しようと努力した跡がみられる」らしい。そもそも絵画の世界を統べるあれの存在がある以上、最低でも100LVプレイヤーか、かつて所有した事がある者がいなければ脱出は不可能と断言できるが、それでも気になってしまうものは仕方がない。

 

「そうだな、お前の報告を後回しにさせてすまなかった、はじめよ」

 

 アインズの言葉とほぼ同時に、パンドラズ・アクターがどこからかファイルのようなものを取り出し、報告を開始する。以前にも同じものを取り出していたが、必要なのだろうか。

 

「はっ、アインズ様とシャルティアお嬢様が御帰還され後処理をしていましたところ、あの場に接近する存在を感知しましたので“慈悲の矢”にて迎撃を行い消滅させました。おそらくは、この者達……漆黒聖典の監視者であったと思われます」

 

「なんだと?」

 

 自身が思っていたよりも、遥かに剣呑で重要な報告にアインズは動揺する。慈悲の矢はペロロンチーノのサブウェポンの一つ、月女神の弓が持つ切り札的な力だ。消耗品ではなく、一日に一回使用可能な武器スキルともいうべき力なので日を跨げば回復するのではあるが、使う必要がある程の敵が出現したとはにわかには信じがたい。今までこの世界で見た中では、あの魔樹と“隊長”という男以外はレジストの成否に関わらず滅ぼせる力だ。

 

「慈悲の矢を使用する程の敵であったのか?いや、その前になぜ監視者と判断した?」

 

「あの場は私が展開した魔法により外部から隠蔽された状態にも拘わらず、ほぼ直進ルートで接近してきたことから漆黒聖典の監視者と判断致しました。ここからは推測となりますが、スレイン法国の上層部は先日捕縛した土の巫女姫達が監視任務を失敗……破壊の嵐が起きたため魔法的な監視を断念し、物理的監視に切り替えたと考えるのが自然でありましょう」

 

「……続けよ」

 

「かなりの距離をとって追跡していたのは法国の監視は対象に秘密裏で行うゆえ、追跡の発覚を恐れてだと考えられます。おそらくは対象が森に残した痕跡を辿っていたのでしょう、そして異常を確認した場合あのエ・ランテルの冒険者と同様に即時撤退、報告に戻る任を受けていたものと思われます。現地の監視網はまだ生きておりますが、さらなる追跡者は確認しておりません」

 

 パンドラズ・アクターの報告と推測には、アインズが疑問を差し挟む余地はないと思えた。確かに陽光聖典の監視者に対してせっかくなので、と覗き見を後悔するレベルの魔法を〆に使うように指示したため、あれで感知魔法による監視を諦めた可能性は非常に高い。であれば、監視者を付けるのは確かに理にかなっている。だがそれでもいくつかの疑問は残る。

 

「なぜ捕縛ではなく攻撃を選択した?慈悲の矢を使う必要はあったのか?」

 

「追跡者が私の監視網同様、使い魔にされており何者かに視覚映像を見られている可能性を考慮しますと、捕縛の場合多くの情報を与えてしまう恐れがございます。泳がせることも考えましたが、より長時間の映像が残ってしまいこれもまた多くの情報を与えかねません。情報処理に長けた相手に映像を精査された場合、我が監視網の絡繰りを看破される可能性もございます。ゆえに、対処として不可視の超々遠距離狙撃により一瞬で処理するのが最適と判断致しました。慈悲の矢であれば痕跡は残りませんし、リンクを繋げた使役中の使い魔を突如弑された場合のペナルティ、主人にも少なからずダメージが入ることも期待致しました」

 

(えー……流石に考えすぎじゃないか?確かに自分達が出来る事は相手にも出来る、という考えは間違ってはいないが、あのレベルじゃなあ)

 

 慈悲の矢を使用した理由として挙げられた、パンドラズ・アクターの過剰とも思える用心を聞いたアインズは自分自身の心配性を完全に棚に上げ、やや呆れつつもパンドラズ・アクターが提示した可能性を考えてみる。

 

(使い魔を使役できる距離は、<伝言>などの魔法と同様に魔力の強さに比例する。今までの情報から、それ程の魔力を持つ存在がいるとはとても思えない。たかが第八魔法を行使するのにあれ程苦労しているわけだしな……それに、仮にプレイヤーがいたとしても、映像を精査して監視網を看破するとか……そこまでの事は出来ないだろう。そんな事が出来るのは、それこそデミウルゴスとか……)

 

 そこまで考えた時点でパンドラズ・アクターが考えている事。そして自身が見逃していた、あるいは当たり前すぎて意識していなかった点にアインズは思い当たった。

 

「スレイン法国にそれ程の者が……いやこういう言い方はやめよう。法国にプレイヤー、もしくはNPCがいるとお前は考えているのだな?」

 

「可能性は極僅かと思われますが、排除できる程ではありません。世界級、しかも“二十”をあの程度の者に持たせていた事から既にプレイヤーもNPCも存在せず、ニンゲン共が身の程知らずにも至高の宝を乱用している可能性が遥かに大きいとは思いますが、万が一という事もございます」

 

「ふむ」

 

 あの老婆達の言葉から、過去の法国にプレイヤーがいたのはもはや確定事項。そしてパンドラズ・アクターと同じ理由で今現在プレイヤーはいないのではないか、とアインズも考えていたのだが、NPCだけが残っている可能性は意識していなかった。プレイヤーとNPCはセットだという観念があったのだろう。

 

(この世界に伝えられている従属神の姿は、異形種が含まれてる事を明確に示している。盗みの神の“八本指”や、その兄弟神の“六腕”はまず人間種じゃない。法国の伝承によると、多くが魔神となったんだっけ?だとしても多く、ということは少数は魔神とならず存在している事を示唆している。それに異形種であれば寿命はない)

 

「今回捕縛した者達から情報を絞ればプレイヤー、NPCの存在を含め、より正確に法国の実態を知ることは出来ましょうが、あの場では存在すると考えたほうが後々の禍根を残さぬと判断致した次第でございます」

 

「……よかろう、他に報告すべき点はあるか?」

 

 あれこれと考えていたアインズはパンドラズ・アクターの言葉に、それもそうだなとこの話題を終了させる。パンドラズ・アクターの過剰な用心深さは、自分が創造主であることが原因かもしれないと、今さらながらに思い当たったということもあった。

 

「はっ。アインズ様に回収を指示されていた冒険者の女なのですが、回収前に追跡者を感知いたしましたので報告のため撤退を優先いたしました。監視はつけておりますので、報告後に周辺を警戒した上で回収に参ります」

 

 また意外な報告だった。しかし、これは先程とは違いアインズにとってありがたい内容だ。回収されていないのならば、放置させるだけで悩んでいた問題が全て解決する。

 

「いや、待て……回収は後日でよい。私に少し考えがある、監視は継続せよ。その時になったら再度指示を出す」

 

「……畏まりました」

 

 パンドラズ・アクターの声に僅かに感情が含まれたのを感じとり、アインズは心中で冷や汗を一粒流す。あれだけ怒りと呪詛に塗れた言葉で厳命したにも拘らず、回収を延期したのを不審に思わぬわけはない。

 

「では次に監視を付けた野盗ですが、エ・ランテルに向けて移動しております。こちらはいかが致しましょう」

 

 パンドラズ・アクターがすぐさま別の報告を始めたことで、アインズは深く安堵する。野盗というのはあの剣士、ブレインとかいう男の事だろう。シャルティアに処理を約束した以上どこかで捕えたいが、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとの関係が判明するまでは泳がせたい。さてどうするか。

 

「そちらも監視を継続せよ。随分と順位は落ちてしまったが、この世界の強者であることは間違いないのだろう?何が目的で野盗などに入り込んでいたのか、些か気になるのでな」

 

 大して重要とも思えない案件だし、時間がなく情報が足りない時は先送りに限る。世界級の保管、漆黒聖典の処理、冒険者の女への対処と重要課題となる案件は全て片付いていたこともあって、アインズは何気なくそう口にした。

 

「なるほど……了解いたしました、報告は以上でございます」

 

「うむ、では私はカルネ村に戻る。考えがある故、今夜の事は少なくとも私が再度帰還するまでは秘匿せよ」

 

 パンドラズ・アクターが、目にもとまらぬほどの速さでファイルにチェックを入れ、深々と一礼する。

 

「御身の御心のままに」 




ご感想、お気に入り登録及び誤字報告をいつもありがとうございます。修正は随時反映させていただいてます。

漆黒聖典の通り名?が全員分出てないので妄想設定です。原作で判明した場合、通り名は直すつもりです。

次回はエ・ランテル、の予定

追記

わかりにくいと思われる部分を修正いたしました。

八本指 → 盗みの神の八本指

六腕  → その兄弟神の六腕

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