英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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8話

 「ハリーもロンも、遅いわね…」と、ウィーズリー夫人が心配を声に出して、9と4分の3番線のプラットフォームへ続く道を覗き見た。自分達の後続に来るはずの、息子とハリーが来ないのである。

 オーシャンも隣で心配そうに、入り口を見た。二人が姿を表す気配は無い。

 

 時計が、八時五十九分を指した。

 

 ウィーズリー一家とグレンジャー一家、それから見送りのいないオーシャンは、未だに来ないハリーとロンを待っていた。しかし二十秒を過ぎた所で、ウィーズリー夫人は他の息子達を向いた。

 

 「二人がどういうわけで現れないにせよ、貴方達まで遅れてしまっては、母さんはダンブルドアに見せる顔が無いわ!さあ、貴方達は心配してないで、早く列車に乗って」

 「でも、ママ…」と、今年新入生のジニー・ウィーズリーが言ったのを遮って、母は娘を抱き締めた。慌ただしい挨拶を済ませ、こども達は後ろ髪引かれる思いで列車に乗り込んだ。

 

 列車が動き出した。とうとうハリーとロンが来なかった。二人はどうしたのだろう?

 

 「体に気を付けて!先生方にご迷惑かけてはいけませんよ!」速度を上げていく列車に、ウィーズリー夫人が声の限りに叫んだ。列車はみるみる見えなくなっていく…。

 

 見送りの保護者達が続々と9と4分の3番線のホームを出ていき、ウィーズリー夫妻とグレンジャー夫妻も例に漏れずにプラットフォームを後にした。そこで四人とも、ハリーとロンの姿を探したが、影も形も見当たらなかった。

 

 「ああ、ロン…。どこに行ったの…」心配でさめざめと泣くウィーズリー夫人の肩をグレンジャー夫人が抱いて、二組の夫婦がキングズ・クロス駅の駐車場に出ると、今度はウィーズリー氏が叫んだ。

 

 「車!!私の車は!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ホグワーツ特急の中では、ロンを除いたウィーズリーのこども達と、オーシャンとハーマイオニーが空いているコンパートメントと見つけたのだが、

 「やあっ」

 扉を開けると、そこには先生となったギルデロイ・ロックハートがいた。

 

 ピシャンっ!一行の先頭だったオーシャンが扉を閉めると、ハーマイオニーが「オーシャン、ここしか空いてないのよ」と言って、扉をまた開けた。

 ロックハート先生が、オーシャンの苦手なあの笑顔を浮かべて、一同を招き入れる。

 

 「さあさ、遠慮しないで入りなさい。いやあ、実は、生徒達は誰も、私がここに座っていることに気がつかないみたいでね。おかげで少し寂しかったんだよ。おかしいよねえ、別に僕は「透明マント」を被っている訳でもないのに」

 ロックハート先生がおどけて、ハーマイオニーにウインクして見せた。ハーマイオニーはクスクスと嬉しそうに笑い、オーシャンの笑顔は凍りついていた。

 

 フレッドとジョージがオーシャンに声をかける。「おい…」「大丈夫か…?」

 ロックハート先生はオーシャンに気づいて、「ややっ」と仰々しく驚いた。

 「君はあの時の、日本のお嬢さんだね!私も日本に行ったことが一度だけあってね。とある村を悩ませる水龍との三日三晩に及ぶ死闘を制して、村人達に大変感謝されたよ」

 

 得意気に語りだしたロックハート先生に、オーシャンは水を差した。

 「…先生、本当に水龍を殺されたのでしたら、犯罪ですよ。彼らは水神様の御使いです。村に恵みを与える事こそあれ、村を困らせるなどとは考えられないのですが」

 

 ロックハート先生が言葉に詰まり、話題を変えた。

 「…今夜の宴会のメニューは何だろうね?」

 私と同じことを考えるな、と虫酸が走って、オーシャンは笑顔を保ったままひっそりと舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

 次にオーシャンがハリーとロンに会ったのは、新学期の宴会が終わって、寮に帰った時だった。寮のみんなに囲まれて英雄扱いされてる割りには、二人の表情は優れなかった。

 

 聞いたところによると、二人は空飛ぶフォード・アングリアに乗ってロンドンからホグワーツまでの距離を飛び、到着の際には校庭の「暴れ柳」に突っ込んだとか。

 まだ学期が始まってなかったからグリフィンドールが点を引かれずに済んだものの、もしも減点されていれば、寮のみんなはこんなに友好的に迎えてくれなかっただろう。そんなことより二人が「暴れ柳」に殺されていたかもしれない。

 

 英雄の凱旋の様な歓迎を肩でかわして、二人は寝室へ向かっていった。オーシャンはその背中に、「無事で良かったわ」と声をかける。二人はオーシャンに、口の端をちょっとだけ持ち上げる事で応えた。

 

 「相当疲れてるみたいね」

 ハリーとロンを見送ったオーシャンが言うと、隣にいたアンジェリーナ・ジョンソンが言った。

 「そりゃ、疲れたんじゃない?何でホグワーツ特急に乗らなかったのか知らないけど、「暴れ柳」に散々殴られた後にマクゴナガル先生のお説教でしょ?私なら二日は眠っちゃうかも」

 「じゃあ私は今日から、四日は眠るわ」

 オーシャンがそう言ったので、アンジェリーナは「何よそれ」と言って笑った。ホグワーツ特急が学校に到着するまでの間で、オーシャンはロックハート先生のあの胡散臭い笑顔を一生分は見たのだ。

 

 次の日の朝食の席で、ロンに「吠えメール」が届いていたのをオーシャンは見た。ロンがネビルに促されて恐る恐る封を切ると、たちまち彼の母親の怒りの咆哮が、大広間に響いた。

 「お父様は魔法省で尋問を受けました。みんなお前のせいです…!」

 

 オーシャンはそれを聞き流しながら、配られたばかりの自分の時間割りを見て、ホッと安堵のため息をついた。「闇の魔術に対する防衛術」のクラスは、金曜日まで無い。ということは、あの構われたがりの先生に関わる事は、とりあえずは金曜日まで無いという事だ。オーシャンは、安心してトーストを頬張った。

 しかし早くも今日、思わぬところで彼女の期待は裏切られる事になる。

 

 

 

 

 

 昼食の後の中庭で、オーシャンはカメラを握りしめた小柄な一年生に捕まっているハリーを見つけた。何の気なしに声をかけたが、彼女に声をかけられたハリーが「助かった」という表情をしたところを見ると、どうやらかわいい後輩はお困りだった様だ。

 

 「どうしたの?」オーシャンが聞くと、カメラを構えた一年生が答えた。「写真を一枚貰いたいんです」

 熱心な様子の一年生に、ハリーが肩をすくめた。

 「ハリーの写真を?あらあら、随分可愛らしいファンが出来たのね、ハリー?」

 

 オーシャンが後輩の微笑ましい悩みに笑顔になると、カメラ少年は「それから、写真にサインして!」とハリーに言った。

 

 「サイン入り写真を配っているんだって、ポッター?」

 オーシャンの背後から気取った声が聞こえてきて、振り向くとドラコ・マルフォイが腰巾着を連れてニヤニヤ笑いで立っていた。

 

 マルフォイが中庭にいる生徒達に言った。

 「みんな、集まれ!ポッターがサイン入り写真を配っているぞ!」

 ハリーが「やめろ、マルフォイ」と言った。カメラ少年が「君、焼きもち妬いてるんだ」と言う。マルフォイが「妬いてる?僕が?」と聞き返したのを遮って、オーシャンはカメラ少年に優しく言った。

 

 「まさか、彼はハリーとお友だちになりたいだけよ」

 「ね?」とオーシャンに問われてマルフォイは、鼻で笑った。

 「この僕がポッターと友達になりたがってるだと?さすが日本人はおめでたい事を考えるな」

 

 そして「どうせ日本人の頭の中には藁と土しか入ってないんだろ?」と付け加えた。

 その言葉を聞いたハリーが怒りを顔に湛えた時、丁度ロックハート先生がやって来た。

 「何の騒ぎだね!?」その声を聞いたオーシャンの眉間に、深い皺が刻まれていく

 「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?やぁ、聞くまでもなかった。ハリー、君だね!」

 

 ロックハート先生はハリーを強引に引き寄せると、カメラ少年に言った。

 「クリービー君、さぁ、最高のツーショットを撮りたまえ」

 カメラ少年―コリン・クリービーがわたわたと構えた。ファインダーが律儀に二人を捉えていたので、オーシャンは「もう少しこっちに寄って撮った方がいいわよ」とアドバイスする。コリンがシャッターを切った。オーシャンは満足気に笑った。うまくロックハート先生が見切れているであろう位置を狙って、コリンに撮影させたのだった。

 

 ロックハート先生はハリーと一緒に、二人でその写真にサインする事を勝手に約束して、少年を返した。マルフォイはいつの間にか、姿をくらましていた。

 

 ロックハート先生は「ハリー、私はあのお若いクリービー君から君を守ってあげたのだよ」と言った。曰く、「君の様な知名度でサイン入り写真を配るのは、まだ時期尚早と言えるね」

 オーシャンは肩をすくめた。何を言っているのか、この人は。この人の著書(全て読んでないが)を引っくるめても敵わない偉大な事を、ハリーはしたというのに。

 

 「あら、私は、先生の写真より、ハリーの写真の方がよっぽど欲しいわ」オーシャンの言葉に、先生が振り向いた。オーシャンはニッコリと追い討ちをかける。

 

 「少なくとも、ご自分でサインを入れて配り歩いてるものよりは、後世、価値も上がるでしょうし」

 ロックハート先生の顔がさっと青くなった後、みるみる赤くなっていく。オーシャンは「お加減でも悪いのですか?」と心配するふりをしながら、ハリーに小さく「もう行って」と合図した。ハリーが頷き、小さく礼を言って次のクラスに向かって走っていった。

 

 

 

 


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