英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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47話

 三校対抗試合第一の課題、最後の選手のハリーの相手は、今回の試合で使われたドラゴンの中で一番凶暴なハンガリー・ホーンテールだった。

 すっかり氷の取り払われた競技場を心配して見守っていたオーシャンだったが、ハリーは見事な戦いを魅せた。『呼び寄せ呪文』を使って城から箒を呼び寄せ、ドラゴンに攻撃する事無く金の卵を獲得して見せたのだ。しかも最年少にして、今回の試合では最短のタイムである。

 

 ハリーが恐ろしいドラゴンと戦ったのを実際に観戦していたロンは、誤解していた事を謝り、彼と和解した。

 次の試合は、来年の二月。それまでに選手に課されたのは、今回獲得した金の卵の中に隠された謎を解き明かす事。次の課題のヒントが、卵の中に隠されているらしいのだ。

 

 試合後、ハリーにインタビューを試みたリータ・スキーターが、「一言あげるよ。バイバイ」と軽くあしらわれたのを見てオーシャンは笑ったが、まさか矛先がこちらに向いてくるとは思わなかった。三人の後ろにいたオーシャンを見つけて、リータがずずいと寄ってきたのだ。

 「あなた、Ms.ウエノざんすね。Ms.デラクールの試合中、あの見事な氷壁を作ったのは、あなたざんすね?」

 「何で知っているの?」

 対抗試合の会場にスキーター女史がいた記憶は無い。オーシャンが問い返すと、女史は「バグマンの実況が聞こえたざんす」と躱した。

 

 バグマンがそんな事を言った記憶は無い。あの男は職務を全うしていて、選手が戦う様子だけを実況していたはずだ。オーシャンが首を傾げていると、スキーター女史の持つペンの尻が、マイクの様にオーシャンの前に突き出された。彼女の顔の横の辺りには、別の羽ペンと羊皮紙がひとりでに浮かんでいる。

 「あたくしの情報によると、あなたは日本からの留学生であるんだとか。聞いたことない呪文を使ってらしたものねえ?日本の魔術かしら?」

 「随分詳しいのね。外から実況が聞こえたなんて嘘でしょう?どこで見ていたの?」

 再び問いで返したオーシャンだったが、女史のインタビュアースマイルは崩れなかった。オーシャンの質問など聞こえなかったかのように、女史は口撃を続けた。「-ときに、」 

 

 「この夏に開催されたクィディッチワールドカップには行ったのかしら?」

 「あなたが試合中、本当はどこにいたのか教えてくれれば答えるわ」

 にっこりと返したオーシャンの笑顔にスキーター女史のそれが固まった。オーシャンがみんなに、行きましょう、と声をかけてその場を立ち去った時、女史のペン先は空中で踊っていた。

 

 オーシャンはハリー達と一旦ふくろう小屋に寄ってから、談話室に降りた。名付け親に手紙を送ると言った後輩が親友の豆ふくろうに持たせた手紙は、優に三メートルを超えていて、ピッグウィジョンはあまりの重さにふらふらしながら夜空を旅立った。

 談話室に入ると、もうパーティは始まっていた。双子のウィーズリーがどこからか食べ物を大量にくすねて来た様子で、テーブルには色とりどりのケーキが溢れかえり、かぼちゃジュースの大瓶やバタービールの樽とジョッキが並んでいる。ハリーを迎えに来たフレッドにオーシャンが、「どうやって樽なんて持って帰ってきたの?」と聞いたが、フレッドはウインク一つ返しただけだった。

 

 部屋の中には何枚か大きな旗が飾られており、そのほとんどが試合でのハリーの活躍を描いたものだった。この短時間で、誰かが仕上げたのだろう。見事な仕事ぶりに、ハリーはにっこりしている。

 

 ジョージとリー・ジョーダンが部屋の中心で馬鹿騒ぎをしており、それにフレッドがすぐに加わって行った。オーシャンはいつものように、暖炉近くのソファに腰掛け、食べ物を食みながらその様子を眺めた。各々飲み物や食べ物を調達したハリー達も寄ってきて、近くに座って食べ始める。そこに、いつもの調子でアンジェリーナが現れた。

 

 「オーシャン、今日は危ない所を助けてくれてありがとう!あ、ハリーもおめでとう」

 まるでハリーではなくオーシャンがドラゴンをやり込めたかの様な感動ぶりである。とってつけた様な賛辞の言葉に、ハリーは笑った。「ああ、うん。ありがとう」

 飲み物を片手に、アンジェリーナはオーシャンの隣に腰掛けた。

 「あれだけの事が出来るんだもの、やっぱりあなたって凄いわ。何で選ばれなかったのか不思議なくらいよーあ、ハリーが選手に選ばれた事は、もちろん嬉しいわよ?」

 勘違いしないでね、とハリーに向けられた言葉に、彼はまた苦笑した。オーシャンも笑う。

 

 「何で選ばれなかったのかって、そりゃあ、私はゴブレットに名前を入れてないもの。選ばれる訳が無いわ」

 「いいえ、入れたのよ。私が」

 キョトンとして言い返された言葉に、一瞬時が止まったかの様だった。

 「酔ってるの?バタービールで?」オーシャンの言葉にアンジェリーナが笑う。「やだ、そんな訳ないじゃない」

 「だって、そんな、アンジェリーナ。じゃあ、あの時、自分の名前とは別に、オーシャンの名前も入れたって事?」

 言ったのはハーマイオニーである。どうも、三人はアンジェリーナがゴブレットに名前を入れる瞬間に立ち会ったらしいのだ。しかし、彼女は首を振った。

 

 「いいえ、あの時私が入れたのは、私の名前じゃなくてオーシャンの名前よ。絶対選ばれると思ってたのに-」

 「じゃあ、純粋に私、知らない間に落選してたって事!?」

 自分のあずかり知らぬ所で起きていた出来事にオーシャンが素っ頓狂な声を上げると、アンジェリーナもほとんど泣きついてきた。「そんな声上げないで、私だってショックなんだからー!」

 オーシャンはため息一つついて、さめざめとしている友人の頭を撫でた。「私が絶対選ばれるって、信じてくれたのね。ありがとう、アンジェリーナ。でも、今度同じような事があったら、先に相談してほしいわ」

 

 アンジェリーナはほとんどタックルの勢いで、オーシャンにハグをした。彼女の背をオーシャンがぽんぽんと優しく叩いていると、ハーマイオニーと目が合う。お互いに苦笑したが、二人とも、ある閃きにみるみる顔色が変わった。

 「これよ!」ハーマイオニーが大きな声で言って、アンジェリーナがその声の大きさに驚いてオーシャンの体から離れる。ロンが端的に聞いた。「どれだよ」

 「そう言う事ね…」オーシャンが呟くと、ハリーが聞いた。「どういう事?」

 

 「ハリーの名前をゴブレットにどうやって入れたのかが、分かったって事よ」

 「えっ!?」ハーマイオニーの言葉にハリーとロンの二人が驚いた。「一体、どうやって!?」

 「そうなると、犯人は自ずと限られてくるわね」

 「分かったのなら、僕たちに分かるように説明してよ!」一人でぶつぶつと呟いているオーシャンに、ロンが言う。

 「説明するも何も、単純な事だわ。私たちは、ゴブレットが自薦しか受け付けないものだと思ってたけど、他薦も出来たって事よ」

 「つまり、ゴブレットに名前を入れられる誰かが、ハリーの名前を入れたって事」

 オーシャンとハーマイオニーは交互に語りだす。

 「そう。そして、それが出来るのは『年齢線』を超える事の出来る七年生以上」

 「付け加えれば、十七歳以上ね」

 「そうよ。更に、生徒が自分の属する寮以外の生徒の名前を入れる事は、ほとんど考えられないわね。たとえ嫌がらせだとしても、むざむざライバル寮にチャンスを与える事はしないわ。そして、グリフィンドールの生徒なら、課題をクリアできるか分からない下級生の名前より、きちんと十七歳以上の生徒の名前を入れると思うの。つまり、ハリーの名前をゴブレットに入れる事が出来るのは、生徒以外の十七歳以上」

 

 「それって-」ハリーは息を飲んだ。彼も、部外者の存在を信じたいところであろう。しかし、それがあり得ない事である事は、長い学校生活で理解していた。

 オーシャンは、推測される犯人の姿を突き付ける。

 「大人よ。クラウチ氏か、ルード・バグマン。それに-」

 その先の言葉を彼女は言い淀んだ。できればこの可能性は考えたくはない。しかし、一昨々年のクィレルの件もあるから、可能性としては無視できないのだ。

 「先生達の誰か、よ」 

 

 ロンとハリーはあんぐりと口を開けていた。その時、二人の後ろの方でリー・ジョーダンが金の卵の重みを手で量っているのが見えた。「何かこれ、重いぞ」

 ハリーがテーブルに置きっぱなしにしていた卵を、リーやフレッド達が持って来たので、議論は一時中断となった。「ハリー、開けてみろよ!」

 ハーマイオニーが、選手は一人で課題に向き合わなければいけないルールだと咎めたが、そんなことはお構いなしにハリーは開けてしまった。

 

 途端にこの世のものとは思えない絶叫が卵から響き渡る。みんなが耳を塞いだ。ハリーが抱えている卵を何とか閉めた時、静かになった室内ではみんなが次の課題について囁き合っていた。

 「バンシーの声に聞こえた!今度はそれと戦うんだ」

 「誰かが磔にされてた!君は磔の呪文と戦うんだ!」

 すっかり犯人捜しの興は削がれ、オーシャンは一足先に寝室へ上がる事にした。何はともあれ、第一の課題を無事にクリアできたのだ。このまま何事もなく試合が全て終わればいいが。

 

 

 クリスマスが近づいたある日、寮監であるマクゴナガル先生の授業で、予期せぬ課題が降りかかった。

 クリスマス・ダンスパーティーを開催するというのだ。

 「ダンスパーティーには、四年生以上が参加する事を許されます。下級生を招待する事は可能です。クリスマスの夜の八時から開催され、夜中の十二時に終わります。皆さん、パーティー用のドレスローブを用意しているかと思いますが-」

 「おい、おい」「え?」

 マクゴナガル先生の話の途中、フレッドとジョージが声を潜めて話しかけてきた。オーシャンがそちらを向くと、彼らはこちらを向いて互いの顔を指さしていた。

 「「どっちと一緒に行く?」」

 

 瞳を輝かせて聞いてくる双子に、オーシャンはにべもなく言い放つ。

 「嫌よ。私、ダンスなんてできないもの」

 「ウィーズリー、ウエノ!」

 厳しい声で呼ばれてそちらを見ると、マクゴナガル先生の目がこれ以上ないくらいに細められた。それから大人しく先生の話を聞いて、授業は終わったのだった。

 

 三校対抗試合の伝統であるらしいクリスマス・ダンスパーティーの話題は、瞬く間に全校生徒の間で広まっていった。上級生はダンスのパートナー探しに忙しく、下級生は何とか上級生のパートナーとしてパーティーに潜り込みたくて必死である。すれ違った女子生徒が、四、五人できゃあきゃあと騒いでいる。

 「きっとセドリック、チョウの事を誘いに来るわ」「絶対ね。あなた達、仲良いもの」

 

 昼食の時、ハリーがやけに沈んでいた。どうやら、食事も喉を通らないらしくジュースが入ったゴブレットを目の前にして肩を落としている。

 「どうしたの?ハリー、具合でも悪いの?」

 オーシャンが近づいて声をかけると、彼の前に座ったハーマイオニーが口に入ったものを飲み下して言った。

 「レイブンクローのチョウ・チャンをダンスパーティーに誘いたいのに、なかなか話しかけられないんですって」

 ロンが隣で親友を気遣わし気に見ている。「ハーマイオニー、デリケートな問題だぞ!からかうなよ!」

 「あら、からかってなんかいないわよ」そう言うハーマイオニーの目が、完全に面白がっていた。

 「まあ、他の人に取られる前に、早く申し込むべきね。ほら、チョウって人気だから、こうしている間にも誰かが彼女の事を狙っているわよ。例えば、セドリック・ディゴリーとか」

 

 

 「カルカロフ校長先生が、どうしても日本の舞踊を見たいとおっしゃられてのう。なんとかならんかね?」

 「ですから、私はダンスも日本舞踊も踊れません」

 玄関ホールで、ダンブルドア校長とオーシャンが話し込んでいた。話題はやはり、クリスマス・ダンスパーティーについてである。

 ハリー達三校対抗試合の代表選手は、ダンスパーティーの夜に一番最初に踊るという責任重大な役割があるらしい。同じように、オーシャンにも一番最後に踊ってほしいというのだ。皆が見ている中心で一人で踊るなんて、例え踊れても絶対に嫌だ。

 「そう言わずに、そこを何とか…わしは日本のダンスだとあれが好きなんじゃが、それでも駄目かね?ほれ、『どっこいしょ、どっこいしょ』ってやつじゃ」

 「…何でよりによってソーラン節なのよ…」

 そっちの方が嫌だ。

 

 校長先生も、どうやら本気では言っていない様だ。ところどころ、オーシャンをからかっている様な節がある。ダンブルドア校長の事は躱したが、さて、もしもカルカロフ校長から直々に声がかかったらどう躱そうか、と思いながら歩いていた時、後ろから呼ばれてオーシャンは振り返った。「ウエノ」

 「あら、こんにちは、ディゴリー。何か用?」

 オーシャンが振り向いて答えるとセドリックの顔は少し赤くなったが、彼は意を決して、単刀直入に申し出た。

 「僕と一緒に、ダンスパーティーに出て欲しいんだ」

 

 絵に描いた様なスポーツマンシップで申し出たセドリックだったが、オーシャンの答えは変わらなかった。

 「ごめんなさい。誘ってくれたのは嬉しいけれど、私、ダンスなんてした事ないの」

 貴方に恥をかかせちゃうわ、と言えば、セドリックは何を勘違いしたのか、見当違いの事を言ってくる。

 「…気にしないで、もうパートナーがいるんだね。やっぱり、ポッター?」

 「え?違うわよ、あの子にはもう、お目当ての子がいるもの。私は本当に、ダンスができなくて…」

 そこまで言って、オーシャンは昼にハーマイオニーが言っていた言葉を思い出した。

 

 『チョウって人気だから、こうしている間にも誰かが彼女の事を狙っているわよ。例えば、セドリック・ディゴリーとか』

 『きっとセドリック、チョウの事を誘いに来るわ』『絶対ね。あなた達、仲良いもの』

 そう言ったのは誰だったか。すれ違いざまに聞いた言葉だ。そして分かっているのは、不安材料の芽は早めに摘み取った方がいいという事。

 

 

 

 「「なあ、オーシャン。やっぱりダンスパーティに俺達どっちかと行かないか?」」

 夕食の後、談話室で双子に声を揃えて聞かれたので、オーシャンは再び丁重にお断りした。

 「ダンスが踊れないなんて、気にするなよ-」ジョージが言いかけたが、オーシャンはそれを遮って言った。「私、ディゴリーとパーティーに行くの」

 数舜の、間。

 「「「はああっ!?」」」

 話を聞きつけたロンやハリー、アンジェリーナまで飛んできて、談話室は一時騒然となった。

 




お気に入り登録1100件越え、ありがとうございます!
ダンブルドア、ソーラン節(よさこいじゃない方)絶対好きだろうなー。

8/22
チョウの寮を間違えておりましたので修正致しました。ご指摘ありがとうございます

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