英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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45話

 ボーバトンとダームストラングの歓迎会が行われた翌朝から、玄関ホールは見物人でごったがえしていた。二校の代表選手団は全員名前を入れたらしいが、ホグワーツからは誰が立候補したかとの情報は、まだ流れていない。みんながゴブレットを遠巻きに見ていた。

 

 「やったぜ、飲んできた」

 「『老け薬』だ。一人一滴。ほんの数ヶ月歳をとればいいからな」

 現れて早々ハリーにそう報告した双子の後ろには、リー・ジョーダンと、呆れ顔のオーシャンが立っている。

 「君は興味無いって言ってたのに」

 意外そうに言ったハリーの言葉を、オーシャンは肯定した。「その通りよ」

 

 「先週十七歳になったけど、別に私は名乗りを上げるために来た訳じゃないわ。この人達が-」オーシャンは目で、浮かれた様子の双子を示した。「ゴブレットに名前を入れる所を見ていて欲しいって言うんだもの」

 呆れている様子のオーシャンに、フレッドとジョージは声を揃えて言った。「「見てろよ、歴史的瞬間だぞ!」」

 

 ゴブレットの置かれた台座を取り囲んだ金色の『年齢線』を、双子はそれぞれ片方の足でそろりと跨いだ。

 一瞬の沈黙。…しかし何も起こる気配は無かった。

 ほっと安心した様子で互いの顔を見た二人は、そのままもう片方の足も円の中に招き入れ、『年齢線』の中に立った。

 

 「やった-」

 勝鬨を上げる所だった二人は、次の瞬間に強い力によって、円の外に弾き出された。

 「うわっ」

 「ちょっと、大丈夫なの?-やだ」

 円から弾き出された二人の顔を見て、オーシャンは言葉を無くした。二人の顔に、見事な白い顎髭が生えているのだ。

 

 周りのみんながそれに気付いて大笑いしている。双子も、互いの顔を見て笑った。そこにダンブルドア校長が現れて、いつもの通り朗らかに笑った。

 「君達の前に、すでに忠告を無視してゴブレットに近づこうとした者がいるが、さすがに君達まで見事な髭は生やしてなかったのう。医務室で取ってきてもらうといい」

 オーシャンとリーがケラケラ笑う双子を引き連れて医務室に行くと、同じ症状の患者は、彼らですでに四と五人目だった。

 

 

 ハロウィーンの宴は例年より豪華だった。しかしみんな、浮かれっぱなしというわけでもない。生徒達-先生達ですらも、選手の発表を心待ちにし、緊張している様だ。ダンブルドア校長はいつもと変わらずにゆったりと構えているが、カルカロフとマダム・マクシームの両校長は緊張と期待感に満ち満ちていた。

 ルード・バグマンは人懐っこい顔で、生徒達に手を振っているし、クラウチ氏は何者にも興味が無い様子でただただそこに座っている。

 

 金の食器が空っぽになり、ダンブルドア校長が立ち上がった。生徒達のおしゃべりがさざ波の様に引いていく。

 「さて、そろそろ頃合いかと見える。名前を呼ばれた代表選手は、前に出てくるがよい。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るのじゃ。そこで最初の指示が与えられる」

 そう言った校長は、杖をひと振りして大広間の明かりをほとんど消した。赤々と灯るのは、ゴブレットの中の炎だけとなった。

 

 みんなが固唾を飲んで見守る中、ゴブレットの中の炎がひと際大きく燃え上がって、その舌先から、一枚の羊皮紙が落ちて来た。高くに舞い上がったそれをダンブルドア校長の手が捉える。

 炎に照らされた明かりで、校長が紙面を読んだ。みんながごくりと唾を飲み込む。

 

 「ダームストラングの代表選手は、ビクトール・クラム!」

 「そう来なくっちゃ!」

 ロンが喜びに声を張り上げた。大広間中が拍手を贈り、ダームストラングの校長のカルカロフが、爆音の拍手の音に負けない声で叫んだ。「よくやった、クラム!」

 

 拍手が納まる頃に、二枚目の羊皮紙が吐き出された。それをまたダンブルドア校長が取った。

 「ボーバトンの選手は、フラー・デラクール!」

 レイブンクローのテーブルから、煌びやかな銀の髪が、さっと立ち上がった。ロンが興奮して、ハリーに囁く。「ハリー、あの人だ!」

 それは、昨日多くの男子生徒の視線を独り占めにしていた、ヴィーラの様な魅力を持った女子生徒だった。

 

 フラー・デラクールが小部屋に消えると、ゴブレットの炎が三度燃え上がった。ダームストラングが決まり、ボーバトンが決まり…これで残すは、ホグワーツの選手だけとなった。一体、誰が選ばれるのか…。

 羊皮紙が炎の舌先に運ばれてくると、ひらひらと落ちてくるそれをダンブルドア校長がしっかりと取った。

 「ホグワーツの代表選手は、セドリック・ディゴリー!」

 

 「駄目!」ロンが叫んだが、ハッフルパフのテーブルから上がる歓喜の声と拍手にかき消された。立ち上がったセドリックは喜びに溢れた笑顔を友人達に振りまき、他の二人と同じ様に小部屋に消えて行った。

 セドリックに贈られた長い長い拍手が鳴りやむのを待って、校長は満足そうに話し出した。

 「さて、三人の代表選手が決まった。選ばれなかった生徒は悔しいじゃろうが、その分、精一杯に自校の選手を応援してもらいたいと思う。そしてこの試合を、三校一体となって-」

 

 演説をしていた校長の気を逸らしたものは、誰の目にも明らかだった。役目を終えたと思われたゴブレットが、四度目の炎を吐き出したのだ。

 ダンブルドア校長がほぼ反射的にとった羊皮紙を、たっぷりと時間をかけて読んだ。信じがたい現象が起こった-校長の僅かに顰めた眉が、そう語っていた。大広間が、何が起こったのかと不安に揺れる。

 

 ダンブルドア校長が、四人目の名前を読み上げた。

 「ハリー・ポッター」

 

 

 

 

 

 「はぁ…何でこんなことになるのよ。仕組んだ奴には、絶対制裁を加えてやるわ」

 「じゃあ、オーシャンは僕が名前を入れてないって、信じてくれてるんだね?」

 「当たり前でしょう、何年貴方を見ていると思っているの?貴方がロンとハーマイオニーにまで秘密にしているなんて、あり得ないもの」

 ハロウィーンの宴が波乱に終わった、談話室で、オーシャンは頭を抱えていた。

 

 ハリーの名前がゴブレットから出てきた直後から、大広間は混迷を極めていた。ハッフルパフのセドリック・ディゴリーがすでに代表選手に決まっていたのに、何故またホグワーツの生徒の名前が出てきたのか?しかも、『年齢線』を越えられないはずの、四年生であるハリーの名前が、何故?

 

 「何が起こったのかしら?」明かりの灯った大広間で、ハーマイオニーがそう言った。ハリーは他の三人が消えた小部屋に入って行く。ロンは目を白黒させて、何も言えない様子だった。ゴブレットの炎は消えて、今の大広間に広がるのは、困惑だけだった。

 「もうセドリック・ディゴリーが決まっていたのに。何で、こんな事-?」

 「分からないわ。ハリー、中で意地悪されてなきゃいいけど…」

 オーシャンがチラチラと周りを窺いながら言った。ダームストラングやボーバトンの生徒はもちろん、他の寮の生徒でさえ不満顔でひそひそと囁き合っている。他の二校は一人だけなのに、ホグワーツだけ選手が二人とは、どういう事だ-?

 

 しばらくして校長先生も小部屋に消え、大広間には代表選手以外の生徒達と、教職員テーブルに座る先生方が残された。誰もが今の状況を飲み込めないでいる。

 しばし時間が経って、生徒達がひそひそと交し合う憶測の話のタネも尽きた頃、マクゴナガル先生によって解散が言い渡された。その場で生徒達が理解できた事は、ホグワーツからの代表選手が二人になった事。ただそれだけだった。

 

 

 ハリーがグリフィンドール寮に帰ってきた時、みんなはハリーがどんな不正を犯したのであれ、寮から代表選手が出た事を喜んで、まるで英雄の様な扱いで彼を出迎えた。ロンでさえも、ハリーがゴブレットに名前を入れてない事を信じていなかった。

 望んで代表選手に選ばれた訳ではないハリーと、それを妬むロン。二人の友情に初めてヒビが入ったのだった。ロンが先に寝室に引き上げたその後ろ姿を見送った三人は、今後の事を話し合った。

 

 「シリウスに手紙を書くべきよ」と、冷静にハーマイオニーは言った。

 ホグワーツで起こった出来事は逐一知らせる様にと、彼の手紙に書いてあった矢先の出来事だ。彼は、不吉な影が世の中に忍び寄っている気配を感じ取っているというし、今回起こった事は明らかに何者かの作為を感じるものである。オーシャンも頷いた。

 「確かに、今回の事は明らかに変だわ。ハリーが夏に見た夢の事もあるし、ハリーの命を狙う何者かが、危険に陥れるために仕掛けた罠でないとも言い切れないと思うの」

 オーシャンの推測に、ハーマイオニーは息を飲んだ。ハリー本人もそう言われると思ってなかったのか少なからず驚いている様子だったが、次には慎重に頷いた。

 「試合の最中には、私も貴方には近づけなくなる。貴方には細心の注意を持って、自分の身を守ってもらわなくては」

 

 

 

 学校中-それも三校の生徒全員が、ハリーが自分でゴブレットを出し抜いて、代表選手になったと思っている中での学校生活は、ハリーにとってこれまでになく厳しいものとなった。

 特にホグワーツ、ハッフルパフ寮の生徒の態度が、明らかにこれまでと違った。ハッフルパフは四つの寮の中で滅多に目立つ事は無い。生徒達は、我らがセドリックに当たるはずの脚光をハリーが横取りするつもりだと思い込んでいた。ハリーが、「薬草学」で一緒のジャスティン-フィンチ・フレッチリ―とアーニー・マクミランとは大概うまくいっていたのに、急に冷たく、素っ気なくなったと嘆いていた。

 そんなことが数日続いた。自分で望んだわけでは無いのに代表選手に選ばれてしまったハリーがそんな目に遭っているのが不憫でならなく、オーシャンはついついハリーの行く先々に現れて世話を焼きたくなってしまう。しかし、その行為がある時逆効果だと知って、その日からは心を鬼にして見て見ぬふりを決め込んだ。しかし、幾分遅かった様だ。

 

 「オーシャンって、ハリーと付き合っているの?ルーピン先生の事はどうなったわけ?」

 「は?」

 ケイティ・ベルがそう言ってきたので、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。

そこにいかにも不機嫌な顔のハーマイオニーが通りかかり、オーシャン達の会話を聞きつけて彼女に自分の持っていた日刊予言者新聞を突き付けた。

 「これよ。もう、いい迷惑だわ!」

 新聞をオーシャンの手に押し付けたハーマイオニーはそのままプリプリとしてどこかへ行ってしまった。新聞へ目を落とすと、三校対抗試合の選手が揃って白黒写真に写っていた。見出しを読むと、どうやら三校対抗試合を報じる記事である事が分かる。

 

 「これがどうしたの?試合が始まる事を報じる記事じゃないの?」

 「ただの記事じゃないわよ。あなた、中身読めないの?」

 「…全文正しい解釈で読もうとしたら、多分五時間くらいかかっちゃうけど、いいかしら?」

 ケイティはオーシャンの言葉に大仰なため息を吐いて、記事の趣旨を説明した。

 「この記事、代表選手四人のインタビュー記事になってるのよ。そしたら、ハリーのインタビューのところで、ハリーはハーマイオニーとオーシャンの二人と付き合ってるって書いてあるから-」

 「あら、まあ。本当?」

 

 オーシャンはそれを聞いて可笑しそうに笑った。

 「インタビュー記事って事は、ハリーがそういう風に言ったって事よね?でも、そんな事あり得ないわ。…だからハーマイオニーがあんなに怒ってたのね」

 後から、そのインタビューの事についてハリー本人に聞いてみよう-そう思っていたオーシャンだったが、事態は笑い飛ばせてしまうほど生易しいものではない事を思い知った。

 昼食に降りようとした時に、階段の所でハリーが双子とアンジェリーナに絡まれていたのだ。

 「あんまりハリーをいじめないでよ」

 「オーシャン!」

 双子に向けた言葉だったが、その声にこちらを向いたアンジェリーナが勢いよく抱き着いてきて、オーシャンは危うく窒息するところであった。

 

「オーシャン、何で私に言ってくれなかったの!?言ったじゃない、私はいつでもオーシャンを応援するから!悩んでいたら隠さないで何でも私に相談して!」

 早口でそう捲し立てるアンジェリーナの顔は、真っ赤になっている。その目には涙が溢れていた。 

 「げほっ…元気ね、アンジェリーナ。どうしたの?」

 「どうしたの、じゃないだろ!」「お前、ハリーといつからそんな関係になってたんだよ!?」

 怒りも顕にオーシャンに向かっていった双子だったが、次にはまたハリーに向き直った。「せめて、ハーマイオニーとオーシャンと、どっちなのかはっきりしろよな!」

 

 双子に迫られて、ハリーは困り顔だった。オーシャンも頭を抱える。まさか、仲の良いはずのアンジェリーナと双子が、ここまで新聞の記事を鵜呑みにすると思っていなかった。オーシャンは大きくため息を吐いた。

 





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