英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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43話

 ハーマイオニーが「しもべ妖精福祉振興協会」なるものを発足させたらしい。会員はまだ三人。ハーマイオニー、ハリー、ロンのいつもの面子である。

 会長であるハーマイオニーに入会を勧められたが、オーシャンは断った。

 

 「私、しもべ妖精を見た事が無いもの。しもべ妖精と出会った事が無い人にいきなり入会を迫るのは、今後やめておいた方がいいと思うわよ、ハーマイオニー。しもべ妖精への福祉金と、お賽銭とは訳が違うわ」

 「サイ…?」

 後輩三人が難しげな顔で首を捻ったのを見て、オーシャンは言葉選びを誤った事に気づいた。神社で賽銭を投げた事が無ければ、その意味が通じるはずもない。オーシャンが日曜日に、礼拝堂に行ったことが無いように。

 

 「うぅんと…つまり、馴染みの無いものに同調を迫っても、理解は得られないって事よ。下手をすれば、意味の分からない入会バッヂを買わされたとか何とか言われて、非難の的になってしまうわよ」

 ハーマイオニーは言われた事の意味に気づいたが、彼女の中の熱意は治まらない。

 「じゃあ、どうしろっていうの?」

 「そうねえ、今のところの活動内容は、しもべ妖精の歴史を含んだ演説と、グッズを付けて校内を歩く事での地道な宣伝、あと、活動内容と実績の紹介ね。なんだったら先生方に、集会の席での会員募集や、朝食の席での勧誘活動を出来る様に、相談してみたらどうかしら。私たちは学生なんだから、出来る事は限られているわ。だったら学生の権限を最大限活用してキャンペーンを展開するには、学校側に認可をもらう事が一番早いのではないかしら?クラブ活動として認可されれば、今後の活動がうんとやりやすくなると思うけど」

 

 ほとんどが口からの出任せだった。オーシャンは今まで福祉活動などした事が無いし、ましてや会の立ち上げなんてした事は無いので、細かい事は分からない。とりあえずはっきりしている事は、可愛い後輩が無理な勧誘活動をして、クラスメイト達から鬱陶しがられない様にしてやりたい、という事だけだった。最初から入会して運営に手を出しては意味が無い。自分の運営姿勢を彼女に考えてもらう事が肝要だ。入会は、少し様子を見てからにしてもいいだろう。

 

 その時、背後の窓がコツコツと叩かれた。振り向くと、窓の外にハリーのふくろう・ヘドウィグがいた。

 「ヘドウィグ、待ってたよ!」

 嬉しそうにハリーが窓を開けると、ヘドウィグは部屋の中に入ってきて、テーブルの上に上がって、片足を差し出した。そこには手紙が結わえられている。

 ハリーは早速手紙を開けた。「こんな時間に。誰から?」オーシャンが訊くとハリーは、「シリウスに手紙を書いたんだ」と答える。しかし、返事に目を通す内に、段々と表情が曇っていった。

 

 ハリーの後ろから、紙面を覗き込んでいたロンとハーマイオニーも、眉根を寄せた。ハリーがヒステリックに言う。

 「シリウスに言うべきじゃなかった!戻って来るつもりなんだ、僕が危ないと思って!」

 ハリーがそう言いだした事に目を白黒させているオーシャンに、ハーマイオニーが手紙に何が書かれているのか説明した。その文面には、すぐに北に向けて発つという事が書かれており、何か良くない気配が近づきつつあるでろう事を匂わせる様な文章もあるらしい。

 

 「おまえにやるものは、何もないよ!」

 ブラックが自分のせいで帰ってくるというイライラをぶつける様に、ハリーは食べ物をねだってくちばしを鳴らしているヘドウィグに言った。真っ白なふくろうは悲しそうな目で主人を見て、入ってきた窓から再び夜空に飛び立った。餌を期待してふくろう小屋に行ったのだろう。

 期待していた手紙の返事に落胆して、ハリーは疲れた声でおやすみを言って寝室に戻って行った。

 

 

 翌日の早朝、ハリーはブラックに、傷痕が痛んだのは勘違いだったから、心配して戻ってこないようにとの手紙を出した。それを朝食の席で聞いたハーマイオニーは厳しくもハリーを心配した声を出したが、オーシャンはいつもの様に笑った。

 「そんな事しても、無駄だと思うわよ」

 「何で君って、そう、いつも知った風な事を言うんだい?」ハリーはイライラして言ったが、オーシャンは微笑みを崩さずにマッシュポテトを口に運んだ。

 「親ってそういうものよ、ハリー」

 ハリーは反論しようとしたが、言葉が出てこない様だった。口をパクパクとさせて、言葉を探している様に見える。あるいは、ブラックを自分の「親」と表現された事に、戸惑っているのかもしれない。実の親がいないハリーにとって、オーシャンの言った真意はまだまだ理解できないかもしれない。ハリーの様子を見て、ハーマイオニーとロンも微笑んだ。

 

 

 『闇の魔術に対する防衛術』の授業は、優しいものではなかった。ムーディ先生は、生徒一人一人に『服従の呪文』をかける、と言った。防御はさせない。自分達が戦うものがいかなるものなのかを、身をもって知る為の授業だった。

 先生に呪文をかけられた途端、フレッドはピルエットを舞い、ジョージは猫の真似を始めて顔を洗い、リーは腰を振って魅惑的な踊りを始めた。

 クラスメイトが次々に服従させられていくのを見ていると、オーシャンの名前が呼ばれた。

 「ウエノ。こちらへ」

 呼ばれたオーシャンが気乗りしない様子で前に進んだ。先生呪文を唱える。

 「インペリオ!服従せよ!」

 

 途端に、足元がふわふわとした心地に包まれ、訳もなく素晴らしい心地になった。自分に重くのしかかっていた枷が一気に外れた気分だった。

 先生の唸る様な声が聞こえた。英語で何かを言っている。聞き取れない。

 机に飛び乗れと言っているのにピクリとも足を動かさないオーシャンに、先生は段々と声を荒げて言った。「机に飛び乗れ!」

 どれだけ声を荒げられても、オーシャンには通じなかった。クラスメイト達の視線を集めながら、オーシャンはその場から動かずにムーディ先生と見つめ合っている。

 

 先生が、五度目に言った。「机に飛び乗るのだ!」

 それでもオーシャンは動かない。先生が困惑した状態で術を解くと、オーシャンは口を開いた。「もう、いいかしら」

 先生は驚きに空いた口がふさがらない様子だったが、しばらくののちに一言、「…素晴らしい」と言った。

 

 「見たか、ウエノがやってのけたぞ!」先生は他の生徒に、いかにオーシャンが素晴らしい偉業を成し遂げたか、語り掛けるように言った。

 しかし、先生の様子とは裏腹に、クラスメイト達の顔は鼻白んでいる。赤毛の双子が、乾いた笑いを漏らす。

 生徒達の様子を不審に思ったのか、眉を顰めた先生に、オーシャンはおずおずと手を上げた。

 

 「…先生、私の先天的能力について、ご存知でしたでしょうか?」

 「ふむ、ダンブルドアから聞いている。確か、英語を操る能力だったか」

 「ええ、英語を聞いて、理解する能力なんですが、外的、もしくは精神的ショックによって一時的に使えなくなってしまうのです。つまり、今のは呪文が効かなかったのではなく、呪文が当たった事によって、英語で出される先生の命令が聞き取れなかった状態になっていたのです」

 

 ほとんど変わらない先生の顔色に、僅かに苦渋の色が滲んだ様に見えた。ムーディ先生の本物の目が、理解しがたい物を前にしている様に僅かに泳ぎ、魔法の目はオーシャンの全てを見透かそうとしている様に、ギョロギョロとせわしなく動いている。その様子に、オーシャンは申し訳なさそうに笑った。

 

 

 

 数週間後、魔法生物飼育学の授業を終えたオーシャン達が玄関ホールへ到着すると、ホールの中は生徒でごった返していた。長身の双子が少し首を伸ばして、何事が起っているのか確認した所、階段の下に設置された掲示を見つけた。

 掲示によると、十月三十日、金曜日の午後六時、ついに三校対抗試合の選手団がボーバトンとダームストラングより来校するという。生徒は寮に勉強道具を置いて、城の前で「お客様」を出迎えるよう、指示されていた。そのために全ての授業が三十分早く終了すると知って、双子は飛び上がって喜んだ。

 金曜日は、そのまま代表選手団の歓迎会を開催するという。次の日は十月三十一日-ハロウィーンで、例年通りにいけば夕食の時間にはハロウィーンの宴が催されるはずだ。二日続けての宴会食に、オーシャンは不安を覚えた。「嫌だわ、太っちゃう…」

 

 「一週間後か…」

 背後でどこかで聞いた事のある様な声がして、オーシャンはそちらを振り向いた。そこにはハッフルパフのクィディッチチームのシーカー、セドリック・ディゴリーがいて、静かに、しかしどこか興奮した面持ちで、前方にある掲示を見つめている。

 「選手に立候補するの?」

 オーシャンが声をかけると、セドリックは「ああ、君か」と、爽やかな笑顔を見せた。

 「うん、名乗りを上げるつもりだ。…君は?」

 「残念ながら、興味が無いの」

 

 二人の会話に気づいた双子がこちらを向いた。あからさまに敵意をむき出して、セドリックを睨む。彼らはオーシャンの腕を半ば強引に引いて、次の授業が行われる地下牢教室へ向かうために歩き出した。

 「行くぞ」

 「痛いわ、そんなに引っ張らないで!…まったく、もう、すぐに拗ねちゃうんだから」

 

 来たる十月三十日の朝食の時、完璧に飾り付けられた大広間で食事を採っていると、ハリーの元へブラックからの手紙の返事が来た。屋敷しもべ妖精の労働環境について弁舌を振るっていたハーマイオニーが、一斉に届けられるふくろう便の羽音に口をつぐんだ。

 手紙によれば、ブラックはもう帰国していて、自分の事を心配しない様に書いてあった。ただ、ホグワーツで起こった出来事を、逐一報告してほしいという事、手紙を寄越す時は、ヘドウィグを使わない様にという事、緊急に、のっぴきならない状況になったら、すぐさまにオーシャンに助けを求める事が書き添えてあるらしかった。

 

 「勝手な事言ってるわね。私が、ハリーを助けない事があったと思うのかしら」

 「君ったら、すぐに僕たちの居所を嗅ぎつけてきちゃうんだものな」

 言ったロンに、オーシャンは微笑みを返した。「それが嫌なら、危ない事に首を突っ込まない事ね」

 「いつもトラブルの方が僕たちに首を突っ込んでくるんだ」

 ハリーが、心外だとでも言いたげに口を尖らせた。

 

 「でも、元気そうで良かったじゃない。何事もなく帰ってこられたみたいだし」

 ブラックの事だった。ハリーは複雑な表情をしている。名付け親が無事に帰ってこられた事を喜べばいいのか、自分の為に彼を危険に晒してしまっている事に責任感を感じているのか。

 あと時計が一周でもすれば、代表選手団が到着して歓迎会が始まるだろう。それまでには、ハリーの顔も晴れればいいが。

 





いつも読んで頂き、ありがとうございます!
夏になって更新ノルマが遅れている…!

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