英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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40話

 フレッドとジョージが「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」なんて馬鹿げた事を始めて、おばさんは手を焼きっぱなしだった。学校に戻ったら、あの子達が変な事をしないようにきつく見張っていてちょうだい、なんて頼まれた。ハーマイオニーは何故か、急に「しもべ妖精」を擁護する様な発言を始めた。意見を求められたので、「文化の観点から調べてはどうか」としておいた。事実、日本の魔法界の文化では、家の雑用をするのは「しもべ妖精」ではなく「からくり人形」の仕事だ。今年の夏も、ウィーズリー一家との一週間はとても濃密なものだった。

 しかし、ウィーズリーおじさんとパーシーは、ほとんど家にいる事が無かった。

 

 「まったく、一週間ずっと『火消し役』だ。魔法省に大量の『吠えメール』が送られてきている」勿体ぶりながらそう話すパーシーに、ジニーが聞いた。「何故、みんな『吠えメール』を送ってくるの?」

 パーシーは答えながら、忙しく食事を採っている。「ワールドカップでの警備の苦情とか、私物の損害の賠償を請求してる」

 あのワールドカップの騒ぎで、テントを燃やされたという者や、あの出来事がショックで精神的に不安定になってしまい、聖マンゴ魔法疾患病院に通いだしたので、医療費を請求したい、という者が数多くいるそうだ。魔法省はもちろん、事実関係を確認した上で一つ一つ対処をしているというが、マンダンガス・フレッチャーとかいう人物の申し出に関してだけは、パーシーは、嘘だ、と突っぱねた。事実と違う申し出をして、賠償金をせしめようとしているのが見え見えだ、と言うのだ。

 

 その時丁度、ウィーズリーおじさんが帰ってきた。おばさんがいそいそと出迎る。「おかえりなさい、あなた」

 それから少しして、おじさんはくたくたな様子で居間に現れた。オーシャンが用意した食事の席に腰を下ろすと、食べる間もなく悪態をついた。「火に油を注ぐとは、まさにこの事だよ」

 おじさんはうんざりしていた。この一週間、例のリータ・スキーターが魔法省内をずっと嗅ぎまわっていたらしい。そしてついに、魔法省役人がひた隠しにしてきた一人の魔法使いが行方不明であるという事実を突き止めたのだ。名前はバーサ・ジョーキンズ。行方不明とされている彼女もまた、魔法省の役人である。

 

 おじさんはイライラした様子で、「明日の『日刊予言者新聞』のトップ記事だ」とか、「バグマンの奴、あれほど、早く捜索隊を出すべきだと言ったのに。言わんこっちゃない…」とかブツブツと言いながら、憎たらし気にカリフラワーを突っつきまわしている。どうもこういう時に、お役所仕事というのは傍から見ていて大変そうである。心労で病気になりそうだ。オーシャンは他人事ながら、絶対魔法省役人にはなりたくないな、とぼんやりと思った。

 おじさんが、リータ・スキーターがクラウチ氏のしもべ妖精の事を嗅ぎつけなかったのを、クラウチ氏は幸運だったな、と何気なく言った一言がきっかけで、ハーマイオニーとパーシーの間でしもべ妖精の人権について、議論が白熱しかかったが、そこにウィーズリーおばさんが割って入った。 

 

 「さあ、みんなもう二階へ上がって、ちゃんと荷造りしたかどうか確かめてきなさい!」

 渋々という様子のハーマイオニーを連れて、ジニーと一緒に部屋に入り、実家から国際ふくろう便で送られてきた荷物の確認をし始めたオーシャンは、早々に首を傾げた。

 「…振袖?」

 鍋の中に和紙で包まれた荷物があり、それを解いてみると、青地の華やかな振袖が出てきたのだ。ハーマイオニーとジニーが、感嘆の声を上げた。

 「まあ、日本の着物ね!?」「とっても綺麗!裾に描かれた花柄が、とっても素敵だわ!」

 「…え、ちょ、ちょっと待って、二人とも。荷物の中にこんなものが入っているのよ。おかしいでしょう?」

 オーシャンが二人を手で制して言うと、二人はきょとんとした。

 

 「それ、正装用のドレスローブとして送られてきたんでしょう?私の方にも、入っているもの」

 ジニーが言って引っ張り出したのは、アンティーク調の、フリルがついたローブだった。少々ジニーには大人っぽいかもしれない。ハーマイオニーは淡い青色のドレスを見せてくれた。ハーマイオニーのブロンドによく似合うだろう。

 対してこちらは、振袖である。確かに未婚女性の正装としては正しいが、袂が長い分動きにくいし、足元の自由が利かない。荷物を送ってくれた父は、多分、「正装用」という項目にしか目がいかなかったのだろう。何より、全員が華やかなドレスローブを揃えてきているであろう中で、一人だけ振袖で交じる事が不安でたまらない。

 

 「楽しみだわ!オーシャンがそれを着るのが」ハーマイオニーが荷物の整理を続けながら言ったので、オーシャンはため息を吐いて、着物を畳み、綺麗に鍋の中に仕舞い直して、和紙で厳重に包んだ。

 「それにしても、ドレスローブなんて何に使うのかしらね?」

 

 翌日は、気持ちのいい朝とはいかなかった。休暇が終わったという、みんなの心情が空に反映されたかの様だった。雲が重苦しく垂れこめて、激しい雨粒が窓を打っている。魔法省から緊急の連絡が入っている、とおばさんがおじさんを呼んで、おじさんはローブを正しながら慌ただしく階段を下りてきた。暖炉で燃えている炎の中に、男の首が座っている。おじさんはメモの準備をしながら、屈んでそれに話しかけた。

 

 聞こえてきた会話は、マッド‐アイ・ムーディだとか、ごみバケツがなんだとか、そういう内容だったので、オーシャンは気に留めずにお茶を啜った。ワールドカップの後処理の件だったら一枚噛んでしまっただけあって、少々気にも留めるのだが、それ以外の情報はさして気にならない。その件をリータ・スキーターが新聞記事にした所で、オーシャンには何の関係も無かった。

 暖炉の中の首が消えた後、おじさんはみんなの見送りをおばさんに任せて、また魔法省へと出勤していった。その慌ただしさといったら、日本の企業戦士も顔負けである。

 

 パーシーも、見送りに行けない事を鼻に着くくらい謝っていた。彼は、上司が本当に自分を頼りだした、と、胸を張って出省して行った。学生一行はウィーズリーおばさん、ビル、チャーリーの見送りを受けて、キングズ・クロス駅の9と3/4番線に入った。ホグワーツ特急は、もうホームで出発の時を待っている。みんなしばしの別れの挨拶をしたが、チャーリーはちょっと悪戯っぽく笑った。双子と似ている笑い方だが、彼の人の好さがにじみ出ている。

 「僕、君達が思ってるより早く、また会えるかもしれないよ」

 「どうして?」フレッドが聞いた。しかし、チャーリーは澄ました顔をする。

 「おっと、これ以上は『機密事項』だ。パースにどやされちまう」とぼけるその言い方は、双子に瓜二つだった。

 

 「ああ、僕も今年は何だか、ホグワーツに戻りたい気分だ」

 ビルが、ホグワーツに戻る弟達を羨む様にそう言った。兄二人の態度を、「だから何の事だよ!?」と、弟達が非難する。それを横目に見ていたオーシャンは、視線を移してウィーズリーおばさんに頭を下げた。

 「おばさま、お世話になりました。体に気を付けて。おじさまと、パーシーも」

 おばさんはニッコリ笑った。

 「こちらこそ、おかげで楽しい夏になったわ。クリスマスにもお招きしたいけど…まあ、色々あるでしょうし、きっとみんなホグワーツに残りたいと思うでしょうね…」

 「ママ!」

 おばさんが口を滑らせたのを、ロンが見逃さなかった。しかし母親を問い詰めるより早く汽笛が鳴ったので、みんなはおばさんの手で汽車に押し込まれてしまった。

 

 みんな窓から顔を突き出して、「ねえ、一体、何のこと?」と、ホームにいる三人に聞いたが、おばさんははぐらかした。

 「さあ、みんなお行儀よくするのよ。オーシャン、フレッドとジョージの事を特によろしくね」

 「任せて、おばさま」オーシャンは頼もしく笑って見せた。

 汽車が発車して、徐々にスピードを上げて行く。窓から身を乗り出して、「ホグワーツで何が起こるのか、教えてよ!」と叫ぶ息子達に、おばさんは手を振っていた。徐々にその姿も遠ざかり、汽車がカーブに差し掛かろうとした手前で、ホームの三人は『姿くらまし』してしまった。

 

 


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