英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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39話

 結局、眠ったのはたった数時間だった。全員慌ただしく出発の用意を済ませ、それぞれの『移動キー』の乗り場に急ぐ。ハリーやウィーズリー家は、「隠れ穴」からさほど離れていない集落にある、小高い丘に出る『移動キー』へ向かい、オーシャン達は日本の樹海行きの乗り場に向かわなければならない。

 「じゃあ、また学校でね」

 乗り場で一行と別れる際に、オーシャンは手を振った。双子が目を丸くする。

 

 「何言ってるんだよ。お前はうちに来るだろ?」

 「貴方こそ何を言ってるのよ。学校が始まるまでは、まだ日があるじゃない。折角ここから日本に帰れるのに、今、貴方の家に寄ったら、帰りは飛行機に乗らなくてはいけないじゃないの。それで日本に着いてからまた何日後かには、また飛行機に乗ってこちらへ来なくてはいけない。飛行機代も馬鹿にならないのよ?」

 「うちに泊まれば、少なくとも一回分の飛行機代は浮くだろ?」

 何を当たり前の事を、とでも言いたげなフレッドの言葉に、今度はオーシャンが目を丸くした。それを聞いたおじさんが、笑顔で頷いた。

 

 「それもそうだ。ウエノさん、どうでしょう?責任を持って、彼女を学校へ送り出しますので」

 オーシャンが父を振り返って顔色を窺うと、その提案の意味を理解した父は、快諾した。

 「実に親切なご家族で良かったな、海。ご迷惑をかけるのではないぞ。失礼の無い様に」

 「でも、学用品は家に置いてきたままだわ」

 「安心しろ。国際ふくろう便で届ける。新学期が始まるまでに間に合えばよかろう?」

 「飛行機の代金と思えば、安いものだ」と、父は付け加えた。確かに、不景気真っ只中の国にある一般魔法家庭において、毎回の渡英の代金は馬鹿になるものではない。魔法や、からすで海を越えられたらどれほど良いかと、オーシャンもしばしば思う。

 

 「ありがとう、父様!」弾ける様な笑顔で言った娘を、父と従兄弟はそのまま送り出した。同い年だという双子の青年に両側から肩を組まれながら、『移動キー』に乗って消えた娘を見送ってから、父ははた、とある事に気が付いた。

 「しまった…。手持ちの金子を少し渡しておくのだったな…」

 時すでに遅し。まあ、娘の手持ちもいくらかある様だったし、筆の墨くらいは買い足せるだろう。

 

 

 

 「ああ、良かった!みんな生きててくれた…!」

 「隠れ穴」に到着した時、そう言って出迎えたのはウィーズリーおばさんだった。朝露に濡れた芝生を駆けて、おじさんの首に腕を回してしっかりと抱き着いたおばさんの手には、新聞が握られていた。おばさんの手によってくしゃくしゃにされている紙面には、モノクロに印刷された髑髏が蛇を吐き出している写真が載っていた。

 「ああ…お前たち…」次におばさんがあらん限りの力で抱き寄せたのは、フレッドとジョージだった。二人の額が勢いよくぶつかる。おばさんはすすり泣いていた。「出かける前に、お前たちにあんなにガミガミ言って!-お前たちに言った最後の言葉が、『試験の点数が低かった』なんて小言になってしまったら一体どうしようって、ずっとそればかり考えていたわ!」

 どうやら、試験の結果の事でひと悶着起こしていたらしい。呆気に取られている兄弟達の代わりに、オーシャンがおばさんにやんわりと声をかけた。

 

 「落ち着いて、おばさま。みんな元気に戻ってきたのですから、とりあえず、座って落ち着きましょう」

 「ぐすっ-そうね…。あら、オーシャンじゃないの。嫌だわ、恥ずかしい所を見られてしまって」

 オーシャンは首を振って、何も恥ずかしい事なんかじゃありませんよ、と言って彼女が落ち着く様に背中をさすってあげた。小さい頃はよく、母がこうして元気の出る歌を聞かせてくれたものだ。

 

 全員が家の中へ戻り、オーシャンも、お邪魔します、と言って家にあがらせてもらう。おばさんを椅子に座らせてオーシャンが背中や肩を撫でてあげている間、ハーマイオニーは濃い紅茶を淹れてくれていた。おじさんはウヰスキーがたっぷりと入った紅茶を飲みながら、食卓に無造作に置かれた新聞を手に取って顔を顰めた。後ろから、同じ記事をパーシーが覗いている。

 「思った通りだ。魔法省のヘマ…警備の甘さ…闇の魔法使い、やりたい放題…一体、誰が書いてる?」記事の末尾まで目を通したおじさんが嘆いた。「やっぱり。またあの女だ」

 「あの女?」オーシャンが聞くと、パーシーが腕を組んで答えた。「リータ・スキーターだ。あいつは魔法省に恨みでもあるのか?」

 

 リータ・スキーターは先週の記事で、パーシーが今担当している仕事を「時間の無駄」とこき下ろした上で、もっとバンパイア撲滅に力を入れるべきと書いたらしい。バンパイアについては魔法省のガイドラインに、きちんと規定がされているのに、それをまるで無視した記事だった様だ。パーシーが息まいていると、長兄のビルが、「頼むから黙れよ」と、欠伸をして言った。

 「オーシャンの事が書いてある」

 出し抜けにおじさんが言ったので、オーシャンはおばさんの肩を強く握ってしまった。おばさんが悲鳴を上げる。「あいたっ!」「やだ、おばさま、ごめんなさい!」

 

 「おじさま、一体何て書いてあるの!?私、新聞に載る様な悪い事、してないわよ!?」

 オーシャンの問いかけに、おじさんは該当のお部分を読み上げた。

 「『マグルの一家を拘束していた闇の魔法使いに対し、魔法省の役人が手をこまねいていると、そこに颯爽と現れた謎の日本人が、いとも簡単に闇の魔法使いを捕縛した。他国の魔法使いに頼らなければ犯人を捕獲できない現状に、魔法省の意義を問わざるを得ない』…君が悪い書かれ方をしている訳じゃないよ」

 しかし、その内容を聞いてオーシャンは気が気じゃなかった。「そんな風に書かれるなんて!あの時、やっぱり私達が出しゃばるべきじゃなかったわ!」

 国際問題に発展してしまう!と、愕然としたオーシャンに対して、おじさんは、安心しなさい、と言った。

 

 「その心配は無いだろう。ただ、こんな情けない書かれ方をしては魔法省は今頃ふくろうの洪水になっていると思うが。私の事も書かれている。名前は出ていないが…『闇の印の出現からしばらくして、森から魔法省の役人が姿を現し、誰もけが人はいなかったと主張し、それ以外の情報の提供を一切拒んだ。それから一時間後に数人の遺体が森から運び出されたとの噂を、この発表だけで打ち消す事が出来るか、大いに疑問である』…こんな書かれ方をしたら、そりゃあ、噂が立つに決まってる!事実、けが人は誰もいなかったんだ!」

 おじさんはすぐに立ち上がり、ローブに着替えるために一旦自室へ戻った。パーシーも後を追う様にして立ち上がり、上司を手助けするために出勤する、と言った。

 

 あなたは休暇中じゃないの!と、声を大きくするおばさんに対しておじさんは、私が事態を悪くしたようだ、と、冷静に言った。バタバタしだした所に突然、ハリーがおばさんに声をかけた。

 「おばさん、ヘドウィグが僕に手紙を持ってこなかった?」

 突然の質問におばさんは少々驚いていたが、郵便は一つも来ていない、と答えた。

 すると、ロンがハリーに目くばせして、何気ない風を装って言った。「それじゃあ、荷物を僕の部屋に置きに行くかい?」ハーマイオニーも、それを手伝うふりをして立ち上がる。三人は二階のロンの部屋に向かい、階段を上がっていった。

 

 二階のロンの部屋のドアが開いて、また閉まった音を聞いて、オーシャンは飲んでいた紅茶のカップを静かに置いた。

 「じゃあ、私はあの子達が何か悪い事を企んでないか、覗いてこなきゃ」

 三人を追って階段を上がるオーシャンに、双子が言った。「出た出た。ハリーのお目付け」「ハリーも苦労するよな」

 拗ねた様なその口調に、オーシャンは笑って返した。「順番よ。次は貴方達の番だから、少し待っててね」

 双子は拗ねているような、少し嬉しがっている様な顔をしていた。

 

 ロンの部屋のドアに耳をつけて澄ますと、部屋の中の音は丸聞こえだった。聞かれたくない話なら、防音魔法をかけなくちゃダメじゃない-オーシャンがそう思っていると、部屋の中でロンが言った。

 「だけど、ハリー、それって夢だろ?ただの夢だ」

 返すハリーは、深刻な声を出した。「だけど、変じゃないか?傷跡が痛んだ三日後に、『デス・イーター』の行進…そして、ヴォルデモートの印がまた空に上がった」

 「その名前を言わないでったら!」ロンの金切り声。これで一階にいるみんなに聞かせる気が無いとは、笑ってしまう。

 

 「それに、トレローニー先生が言った事を覚えているだろ?」

 ハリーの言葉に、あの先生を目の敵にしているハーマイオニーが言った。「まさか、あのインチキババアの言う事を信じているの?」

 ハリーが首をふる様子が、ドア越しに見える様だ。「あの時だけは、-あのテストの日だけは、何だかいつもと違ったんだ。前にも言っただろう?本物の霊媒状態だったって」

 その情報は、オーシャンは初耳だった。ハリーが昨年末に受けた「占い学」のテストで、トレローニー先生が突然霊媒状態になり、本物の予言をしたそうだ。『闇の帝王』が、以前よりも強大になり復活をする事…彼の召使が戻り、その手を借りて立ち上がる。「その夜に、ペティグリューが逃げ出したんだ」

 

 オーシャンはおもむろにドアを開いた。三人の顔がハッとして、彼女を振り向く。

 「三人とも、私に隠れてどんな面白い話をしていたのかしら?」

 オーシャンの顔を見たハリーが、盲点を突かれた、という様な声を出した。

 「君の事を忘れてた!」

 「部屋の外で話は聞いたわ。ハリー、貴方、そんな予言を聞いたなんて私に一言も教えてくれなかったじゃない」

 「だって君、去年の暮れは何だか大変そうだったから」

 ハリーに冷静に言い返されて、オーシャンは去年の暮れを思い返した。去年の暮れといえば、医務室に入院したり、O.W.L試験の結果が出たり、ルーピン先生が退職したりと、色々あり、オーシャンはほとんど情緒不安定に近い状態だった。それは賢明な判断だったと言えよう。相談するだけ無駄というものだ。

 

 「…もう一度、最初から聞かせてくれる?」

 オーシャンの質問に、ハリーは頷いた。有難い事に、時系列に順を追って。

 昨年の暮れ、「占い学」のテストが終わって、ハリーが教室を去ろうとした時、突然トレローニー先生の雰囲気が変わり、恐ろしい予言をした事。その夜にピーター・ペティグリューが逃げ出した事。ダンブルドア校長が、トレローニー先生は本物の予言をしたと言った事。この夏、プリベット通りにいたハリーがヴォルデモードの夢を見て、傷跡が痛んだ事…。

 「でも、それはただの夢だ。そうだろ?」

 ハリーの代わりに青ざめているロンが、先ほどハリーに言った言葉をもう一度口にした。

 「そうとは限らないわ」オーシャンは鋭く言った。「現に私は去年、シリウス・ブラックの夢を見たから、早めにこちらに来たんだもの。ヴォルデモードの夢であれば尚更、軽視するのは愚の骨頂よ」

 

 「僕、何でこんな夢を見ちゃったんだろう何で僕、そんな夢を見たんだろう?」

 「-魂の共鳴…」

 不安げにハリーが言ったのに対して、口を突いて出たのは、去年の夏に妹から教わった言葉だった。その呟きを聞き逃さなかったハーマイオニーが、訝し気な顔をして聞いた。「魂の共鳴?何、それ?」

 「妹の空の受け売りなんだけどね。強い使命を持っている術者の間には、よく出るものらしいの。去年、ブラックの夢を見た時に、ブラックと私の間には何か共鳴する部分があるのかもしれないと、妹は言っていたわ」

 「僕とあいつとの間に共鳴する部分なんて、これっぽっちも無いよ!」全力で否定するハリーに、ロンが続いた。「そうだよ!きっと、ただの夢に決まってるんだ!すぐ悪い方へ悪い方へと考えるのは、君達日本人の悪い癖だぞ!」

 ロンの言葉に、ハーマイオニーが憤慨する。「ロン、そんな言い方はやめて!」

 

 「私の言える事は-」大きな声を出して、その場の注目を集めてから、オーシャンは静かに言った。

 「-私の妹が貴方達と同い年で、すでに多くの占いの依頼をこなしているプロだという事よ。占いの分野に関しては、私は妹の言う事を百パーセントで信頼しているわ。貴方とヴォルデモードの間には、貴方自身も見落としている様な繋がりが必ずあるはず」

 「繋がりなんて-」言いかけたハリーが、口を閉ざした。その隙を見逃さず、オーシャンは問い質す。「…あるのね?」

 

 「二年前、秘密の部屋が開かれた時…。ジニーを助けて、君とロンが部屋を出て行った後、ダンブルドアが言ってた。…僕が蛇語を話せるのは、ヴォルデモードが僕に、やつの一部を残してしまったからなんだって…」

 そんなものを、一体いつ残したのか、なんて事は誰も聞かなかった。代わりに、全員の目がハリーの額の傷跡を確かめる様に見たのだった。

 





UA73000件越え、お気に入り930件越え、ありがとうございます!

「魂の共鳴」の話がここに来て役に立つとは、正直びっくりしてます。割とこじつけで作った感じのシーンだったのに、今回のシーンの為の伏線みたいになっちゃってる笑
二次創作なので、お話は割と一話一話その場で考えて作っているのですが、ここまで綺麗に繋がっちゃうと書きながらむず痒い感動がある笑

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