英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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38話

 ワールドカップはアイルランドチームの優勝で幕を閉じ、上野家はウィーズリーのテントに呼ばれていた。みんな興奮冷めやらぬ様子で試合について話していたが、三郎と父までがその議論に加わっているのには驚いた。三郎やオーシャンと違って、父は少しだけ英語が出来る。ほとんど片言英語とはいえ、ネイティブの会話に交わる勇気には海も恐れ入った。

 

 「すっかり仲良くなっちゃって…さっきまで木陰に隠れて歩いてたのに…」

 眠る前のココアをご馳走になりながら、オーシャンは頬を紅潮させてクィディッチトークに花を咲かせている家族を横目に見て呟いた。競技が始まる前は森の小道を木立に隠れながら歩いていた癖に、今となっては大口を開けて笑っている。ココアに酒は入っていなはずだが。

 

 ジニーがもう眠気に眠気に抗えない時間になり、机に突っ伏した拍子にココアを床にぶちまけた。それに気づいたウィーズリーおじさんがお開きを言い、上野家も挨拶もそこそこに、テントに帰った。

 自分たちのテントに戻った時、父がオーシャンに言った。「良い若者たちであった。海、良い学友を持ったな」

 「ひ、人とクィディッチについてあんなに熱く語ったのは初めてでござる…。思い返すと、恥ずかしいでござる…」三郎は装束の上からでも分かる位に赤くなっていた。

 

 「そうね、みんないい子達なのよ」いそいそと寝床を準備しながら、友人を褒められたオーシャンは満足げに笑った。「それにしても、父様の介助付きとはいえよく喋ってたわね、三郎。英語なんて全然わからないのに」

 「クィディッチは、海を越えるのでござる」三郎がふんぞり返って言った。オーシャンは頷いて、出来たばかりの寝床に潜った。「ちょっと理解できないわね…。-おやすみなさい」

 

 

 ところが、数刻も眠れなかった。三郎に呼ばれて、もぞもぞと目を開ける。「-叔父上、海!起きるでござる!」

 「どうしたの-」「-何やら外が騒がしいでござる。どうも、穏やかではない様子…」

 まるで仕事をしている時の様に、三郎が周囲を窺う視線が研ぎ澄まされている。その様子に父もただ事ではないと感じた様だ。「二人とも、外に出るぞ」

 外は、まるで何かの戦いが起こったかの様な惨状だった。あちらこちらで火の手が上がり、色とりどりのテントはいくつもなぎ倒されていた。人々は森の方へと逃げて行き、その反対側、キャンプ場の向こうの方で不気味な緑色の光が閃いた。

 

 真っ黒い一団がこちらに近づいてきている。全員が杖を真上に掲げて、宙に浮かんでいる何かを操っていた。その中の一人に見覚えがある。ここへ入る時に勘定をしてくれた、キャンプ場の主人だ。

 「-ハリー」

 呟いたオーシャンがウィーズリーのテントの方を見ると、丁度ハリーやおじさん達も外に出てきた所だった。オーシャンはみんなに駆け寄る。

 「良かった、みんな無事みたいね。おじさま、あれは-?」

 「お祭り騒ぎにしては、少し度が過ぎると言った所だ。オーシャン、この子達と一緒に、森へ逃げなさい。私は魔法省を助太刀する」

 向こうでは、黒い一団を止めようとして役人たちが躍起になっていた。人質がいる手前、簡単に手が出せる状態ではない様だ。

 

 ウィーズリーの長兄三人が一団に向かって駆けだしたのと入れ違いに、オーシャンの父と三郎が追いついた。オーシャンが状況を説明すると、二人の怒りが爆発した。

 「なんたる理不尽!ワールドカップをめちゃめちゃにする気でござるか!」三郎が言えば、「罪もない女子供にまで手を出すとは、許しがたい所業!」と父が言った。そして二言目には、「参るぞ、海、三郎!」と来たものだ。「この上野宗二朗、許しがたき悪の権化を返り討ちにしてくれるわ!」

 ウィーズリーおじさんが止めるのも聞かず、三人は黒い一団に向かって走り出した。

 

 

 

 オーシャンは黒い一団に立ちふさがった。

 「悪趣味なお祭りね。英国紳士のする事じゃないわ。即刻、非魔法族を放しなさい。痛い目を見るわよ」

 一団は足を止めた。目の前に立ちふさがる日本人を、不思議そうに見ている。真っ黒いフードの中に仮面をつけていたのでその表情はうかがえないが、何人かがこちらを見つめて首を傾げた。少し距離を置いて、魔法省の役人が一団を取り囲んでいる。

 そして先頭に立っていた黒フードがゆっくりと杖を上げて、オーシャンをピタリと狙った。

 「アバダ-」「緊縛せよ、混沌の鎖!」

 オーシャンの魔法が一瞬早かった。地中から二本の鎖が飛び出してくるのと同時に、突然いくつもの球体が降り注いで、辺りに煙幕を張った。煙玉だ。そんな中で父の声が叫んだ。

 「浮遊せよ、天かける浮船となれ!」

 混乱に陥った黒フード達の呪縛から解放されたキャンプ場の主人とその家族が、宙を飛んで煙幕を抜け出した。安全な場所に降ろされると、すぐに魔法省の役人が駆け寄って怪我の具合を診始めた。

 

 煙幕が夏の夜気に散っていく。鎖に縛られた軍勢は、それでも半数は減っていた。どうやらほとんどが「姿くらまし」してしまったらしい。

 残っている半数は、オーシャンの術で縛られたまま、背後に忍び寄った三郎の手によって当て身を食らわされ、一時的に気を失ってしまった。残っている軍勢の間を縫って、華麗に舞う様に手刀を繰り出していく三郎の技に、何人かの役人が感嘆の声を上げた。本当は得意の吹矢で相手の意識を奪うつもりだった三郎だが、今の手持ちの矢は刃に致死量の神経毒を塗った、一撃必殺のものだったため、急きょ作戦を変更したのだ。

 

 残っていた黒フード全員に当て身を食らわせた三郎は、オーシャンの隣に立った。そこへ父が、手を叩きながら歩み寄ってくる。

 「よくやったな、海。三郎も。一度にこの人数を捕らえる事が出来る様になったとは、成長したな、海」

 一人の怪我人を出す事も無く事が済んで良かった。魔法省の役人たちに連行される黒フード達を尻目に、オーシャン達は改めて惨状を見渡す。つい数時間前までの姿が嘘の様に、キャンプ場は不気味に静まり返っていた。そこへウィーズリーおじさんが近づいて来た。

 

 「三人とも、助かったよ。こんなに早く事が済んでなかったら、きっともっと被害が拡大していただろうからね」

 その時、森の方角で強力な緑色の光が閃いた。直後に悲鳴が上がる。森の上空でギラギラと輝くのは、巨大な髑髏だった。ウィーズリーおじさんがそれを見て、息を飲んだ。

 「なんて事だ!-お前たち!」

 おじさんは、ビル、チャーリー、パーシーの三人を振り向いた。森の方を見上げて険しい顔をしていたビルとチャーリーが、こちらを向いた。

 「オーシャン達を連れて、先にテントに帰っていなさい」

 「父さん、あれは-」ぽかんとしていたパーシーが口を開いたのを、おじさんは遮った。「私はロン達を迎えに行ってくる」

 そう言うが早いか、おじさんはその場で「姿くらまし」した。ビルがみんなを見渡して言った。「さあ、行こう」

 

 ウィーズリー家のテントに到着してしばらくすると、オーシャンは誰にともなく聞いた。

 「あれは一体、何だったの?おじさんは何故あんなに急いで-?」

 質問の答えは返ってこなかった。その時、テントに駆け込む様にして、フレッド、ジョージ、ジニーの三人が帰ってきたのだ。

 「お前たち、無事だったんだな!」反射的に、椅子から立ち上がったチャーリーが言った。

 「チャーリー、あれ、親父は-?」ジョージが言うと、「貴方達、ハリー達はどうしたの?」とオーシャンが聞いた。

 フレッドの方が、「途中ではぐれちまった。そしたら、あれが-」と、夜空を指さす。混乱に終止符を打ったのは、長兄の一言だった。

 「三人とも、落ち着け。ハリー達は今、親父が迎えに行っている。心配しないでも大丈夫だろう。落ち着いて、みんなの帰りを待とう」

 

 オーシャンは落ち着いてなどいられなかった。あの夜空に浮かんだ髑髏にはどういう意味があったのかは、依然として分からない。しかし、みんなの顔色を見る限り、良いものでないことだけは理解する事が出来た。それがよりによって、後輩達が逃げ込んだ森の上空に現れたのだ。ハリーやロンに何か恐ろしい事が起きたかもしれないのに、じっと待っていられるわけが無い。

 ハリー達の元へ、今すぐにでも瞬時転移するべきか-そんな考えが頭をもたげたが、ハリー達が森の中のどこにいるかもわからないのに、安易な移動は出来ない。行き違いになってしまう可能性もある。

 まんじりともしないオーシャンの様子を見て、父が声をかけた。

 

 「海、落ち着くのだ。彼らはきっとウィーズリー氏が見つけ出して、無事に帰ってくる。我らに今出来るのは、無事を祈る事だけだ」

 「父様…。一体何が起こっているというの…?あの髑髏は一体…?」

 「何だ、お前。あれが何か気づかなかったのか」

 父は、そんなこと、とでも言いたげな顔をしていた。

 「父様は、あれが何かわかるの?」

 「三郎ならともかく、お前は話に聞いた事くらいはあるはずだろう。有名な話だから、日本にも伝わっている事だぞ」父は、そう前置いて言った。「あれはヴォルデモートが使う印だ」

 

 「ヴォルデモートの…?」

 『例のあの人』の名前を軽々しく口にした日本人二人の会話に、集まっていた赤毛の兄弟達はぎくりとしたが、当の本人達はそれに構わずに続けた。

 「うむ。奴が最盛期の頃には、奴が殺そうとする標的の家の空に必ずあれが浮かんでいたとか。ほれ、昔よく話していただろう。こちらの非魔法族の不良がやる様な事をするのよな、とみんなで笑い話にしたのを、覚えてないか?」

 「…ああ!あれがそうなの!」

 その話ならよく覚えていた。日本の非魔法族の不良は、塀や壁などに塗料を使って自分達の名を遺す。いわゆる「夜露死苦」的なものだ。

 

 「なんだ。自分の名を遺すサインみたいなものなのね。私はてっきり、あれ自体が質の悪い呪いなのかと」

 「あれ自体には、何の効果も無い」

 オーシャンは一旦は胸を撫で下ろしたが、すぐに気を引き締めた。「あの子達、無事でいるわよね…?」

 「心配なかろう。ああ見えて、これまでに幾多の苦難も乗り越えた猛者なのだろう?」

 父の言う通りだった。チャーリーが心配そうに、テントの入り口に顔を突っ込んで外の様子を窺っていると、待望の人物が現れたのだ。

 

 「父さん、何があったんだ?フレッド、ジョージにジニーは戻っているけど、ロン達が-」その言葉に、ウィーズリーおじさんが入り口を潜り答えた。「私と一緒だ」

 おじさんの後に続いてきたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は酷く疲れた様子だった。オーシャンは反射的に立ち上がって呟いた。「良かった、無事だったのね」

 ビルが、あの印を打ち上げた犯人は捕まったのか、と聞いたが、おじさんは首を振った。

 「バーティ・クラウチのしもべ妖精が、ハリーの杖を持っているのを見つけたが…しかし、あの印を打ち上げたのが誰なのかは分からなかった」

 みんなが驚いて声を上げた。

 「ハリーの杖?」と聞くフレッドの声と、「クラウチさんのしもべ?」と言ったパーシーの声が重なった。バーティ・クラウチと言えば、確かパーシーの直属の上司の名前ではなかったか。

 

 森へ逃げ込んだハリー達と、ウィーズリーおじさんの話を総括すると、こうだ。

 森に入ってしばらくも経たない内に、ハリー達とフレッド、ジョージ、ジニーの三人ははぐれてしまった。その時にハリーは杖を無くしたという事に気づいたという。

 森の中の安全だと思われる場所で休んでいると、茂みから怪しい足音が聞こえ、その場所からあの闇の印が打ち上がった。印の意味に気づいたハーマイオニーに促されてその場から逃げようとしたが、すぐに「姿現し」してきた魔法省の役人に包囲されてしまった。四方八方から放たれた「失神呪文」を済んでの所で躱したそこに、ウィーズリーおじさんが間に合ったのだ。

 

 「ああ、その『失神呪文』を打った魔法省の役人たち、呪い殺してやりたいわ…」

 オーシャンが両手をワキワキとさせて言った。父が嗜める。

 「これ、滅多な事を言うものではない。耳に自然薯を詰まらせる程度にしておきなさい」

 

 闇の印を打ち上げた呪文が聞こえた場所を調べると、バーティ・クラウチのしもべ妖精のウインキーがハリーの杖を持ち、気を失った状態で見つかった。

 「復活呪文」を使って気付けさせ、そのまま問い質した。しもべ妖精が杖を操って魔法を使うなどという事はあり得ない。ウィーズリーおじさんは、何者かがハリーの杖を使って闇の印を打ち上げ、杖を捨てて「姿くらまし」した所で、たまたまウインキーが運悪く杖を拾ってしまったのだろうと結論づけた。

 ウインキーの主人であるクラウチは、ウインキーの肩を持つどころか、彼女をその場でクビにした。屋敷しもべ妖精にとっては、耐えがたい処罰であった。

 

 ハーマイオニーはウインキーが処罰された事に憤っていた。間の悪い所に居合わせただけで、彼女は何も悪い事をしていないのに、クビだなんて!

 パーシーはそれに対して、テントにいる様に言いつけたにも関わらず、それを守れないしもべは切られて当然だと言った。両者の意見が対立した所で、ロンが口を開いた。

 「ところで、あの髑髏は何だったの?」

 そこで、先ほどオーシャンに父がしてくれたのと同じような説明がなされた。唯一違うのは、事態を深刻に受け止めているという事だ。不良のサインみたいだなんて茶化す人間は、誰もいなかった。

 

 「『デス・イーター』の残党も、あれを見てすっかり怖がってしまったみたいだ。まるで意味の分からない話しかしないらしい」

 ビルが言った言葉に、ウィーズリーおじさんが顔を顰めた。「ビル、まだ奴らと決まったわけじゃない」

 ビルが、決まってるさ、と憎々し気に呟いた。ハリーが聞く。「『デス・イーター』って?」

 「『例のあの人』の支持者達が、自分達の事をそう呼んでいるんだ」

 その情報一つで、オーシャンの頭の中で先ほどの黒フードの連中が、「俺たちゃ『デス・イーター』!」と陽気に叫んだ。思わず吹き出してしまう。自称『死喰い人』とは、親分が親分なら子分も子分である。真剣な話をしている時に笑っているオーシャンを、みんなが見た。

 

 「-ごめんなさい。『死喰い人』って言う程強くなかったわ。あの程度の煙玉で完全に翻弄されていたし。完璧に名前負けね」

 ねえ?、と父に聞くと、父は隣で舟を漕いでいた。全く、お気楽なものである。後ろで胡坐をかいていた三郎も、そのままの姿勢で静かな寝息を立てていた。ウィーズリーおじさんが穏やかに笑った。

 「今日はすっかり働いてもらってしまったから、お二人とも疲れてしまったのだろう。良ければこのまま、休んでいきなさい。オーシャンも、ジニー達と一緒のテントで眠ってきてはどうだ?」

 ジニーが嬉しそうな声を上げた。「是非そうして!」

 

 おじさんは息子達を見渡して言った。

 「さあ、もうだいぶ遅い。何があったか話したら、母さんがうんと心配するだろう。今日はもう眠って、早朝の『移動キー』でここを離れるとしよう」

 





我等死喰人団参上!夜露死苦!!

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