全生徒達が熱狂するクィディッチシーズンがやってきた。今年はハリー・ポッターがグリフィンドールチームのシーカーに就任したという「極秘」事項もあり、学校内はにわかにさざめいている。
当の本人はといえば、凍てつくような寒さの中庭で、いつもの三人組になってぴったりと身を寄せ合っていた。
先日のハロウィーンの一件以来、可愛い後輩のハーマイオニー・グレンジャーがハリー・ポッターやロン・ウィーズリーと仲良くなれたのは、オーシャンにとって我が事の様に嬉しいことだった。
中庭の三人の姿を見ながら、オーシャンは身をぶるっと震わせた。こちらはといえば身を寄せ合おうにも、手の届くところにいるのはフレッドとジョージの二人っきりだ。
いたずら双子と身を寄せ合おうというものなら、こちらが気づかぬ内にポケットにいくつ「ドクター・フィリバスターの長々花火ー火無しで火がつくヒヤヒヤ花火」を入れられるものだか、知れたものではない。
オーシャンがくしゃみをすると、先を歩く二人は声を揃えて「「何だよ、寒いのか?」」と振り返った。
オーシャンは笑って「ええ、いつもの貰えるかしら?」と言った。
するとフレッドがポケットから袋を出して、オーシャンに放って寄越した。
オーシャンは受け取りつつそれを両手で揉む。すると両手から足の先まで、じんわりと暖かさが広がってくるのだ。ろくでもない双子の発明の中で唯一役に立つものといえば、この「永久カイロ」だけだとオーシャンは思っていた。「永久」と銘打ちつつ、一週間も経てば手がぼんやりとしか暖まらない様になるのがたまに傷だが。
じんわりと広がってくる暖かさにオーシャンが目を細めると、フレッドとジョージは嬉しそうに笑った。じゃあこうすればもっと暖かいだろう?と言って、二人はオーシャンを真ん中に据えて肩を組んだ。
「フレッド、ジョージ…」
オーシャンが感動したように言うと、二人は照れたように笑った。オーシャンの次の一言で雰囲気をぶち壊すまでは。
「横一列になるより、中庭から吹き込んでくる風を防いでくれる方が嬉しいのだけれど。」
次のクラスに着くまでの間、フレッドとジョージの二人はオーシャンの隣でカニ歩きをして、彼女に襲いかかる寒風から彼女を守らねばならないのであった。
その夜、みんなが明日のクィディッチの試合について精神を昂らせている談話室で、ハーマイオニーは一人の生徒の教鞭を取っていた。
一年生であるハーマイオニーが教鞭をとる相手とは、オーシャン・ウェーン。授業の内容は英語である。
英語を聞くのと喋るのについて、当面の問題は無くなったオーシャンだったが、最近また新たな悩みが出来ていた。読み書きである。
読む事については、もともと簡単な英文であればオーシャンはそれなりに読めていた。問題は「書くこと」である。読んだのと同じ内容をノートにとろうとしても、ノートに向かった端から言葉が溢れ落ちていくのだ。
「貴女、本当に英語が苦手なのね、オーシャン。自分の名前のスペルが間違っているわ」
目の前でオーシャンが書き取っているところに彼女の間違いを指摘しながら、ハーマイオニーは自分の宿題もこなしていた。それどころか、赤毛の友人の宿題の面倒まで見ている。彼女は生半可な優等生ではないらしい。オーシャンは舌を巻いた。
そこに明日の主役の一人であるハリーがすっ飛んできた。
そこに上級生がいることも忘れて、友人二人に衝撃的な話をするものだから、他の二人と同じく、オーシャンの手も止まってしまった。「何の話?」
ハーマイオニーは「何でもないわ」と言ったが、時すでに遅し。不穏な単語で彩られていたハリーの話は、すっかりオーシャンの興味をひいてしまった。
仕方なくハリーは、「誰にも言っちゃダメだよ」と前置いて、四階の廊下に何があるか、そして自分の立てた仮説をオーシャンに話した。
オーシャンはハリーの話を聞いて「なるほどね…」と息をついた。
「絶対スネイプは、あそこにあるものを狙っているんだ…」とハリーは真面目な顔で呟くと、ハーマイオニーが避難がましい声を出した。
「ハリー、そんなことあり得ないわよ…」
「君は、先生はみんな聖人だとでも思っているのか?」ロンはハリーの唱える説に一票。
オーシャンは三人の口論に口を挟んだ。「問題なのは、」
「そこにあるものを守る事よ。スネイプがやっていようが無かろうが、私には関係ないし興味無い。でももし、四階に守らなければならないものが隠されているとして、そこに魔の手が及んでいるかも知れないとしたら、まず大切なのは、それが侵されないように守ることだと思わない?」
オーシャンが頼り甲斐のある笑顔をニッコリと見せると、三人は頷いた。微かに芽生えた連帯感を胸に、オーシャンは言った。
「でもまず、みんなが興味のあるクィディッチの試合から片付けないと。ハリー、もう寝た方がいいんじゃない?」
ハリーが見ると、選手達はもうみんな寝室に引き上げた様だった。四人はそこでお休みを言い合い、各自談話室を後にしたのだった。
次の朝、ハリーはひどい顔をしていた。緊張で眠れなかったのに違いない。
選手が連れだって競技場へと向かうとき、オーシャンは全員に声をかけた。「みんな、頑張って」
その一言だけで、アンジェリーナが「頑張るわ!見てて、オーシャン!」と意気揚々と競技場に駆けていった。チーム全員ビックリして、「待ってよ、アンジェリーナ!」と追いかけた。
キャプテンのウッドだけは、追いかける前にオーシャンを見て、
「わざとやってるだろ」
と言った。オーシャンはゴブレットからジュースを音を立てずに啜る。
「大事な試合前には適度に体を解してリラックスすることで、いい結果が得られるものよ」
ふむ、と、ウッドは腕組みして笑った。
「この試合に勝ったら、君をうちのチームのマネージャーとして引き入れようか」
オーシャンは笑った。
「それは楽しそう。でも私、クィディッチってあんまり興味持ったこと無いの。貴方が今日、私がクィディッチに夢中になるような面白い試合にしてくれたら、考えてもいいわ」
ウッドは、オーシャンがまるでけしからん言葉を口にしたとでも言うように、眉をひそませた。そして「ようし、見てろよ!」ずかずかと大広間を出ていく。
「みんな単純ね」
オーシャンは隣のハーマイオニーと、声を潜ませて笑った。
オーシャンがクィディッチにあまり興味を持ったことが無いというのは、本当だった。「怪我の多いスポーツ」というイメージがあり、どうにも好きになれない。
ビーターである双子のウィーズリーがよく青あざや擦り傷などの怪我を負って寮に帰ってきていたので、それで余計に苦手意識があるのかもしれない。
ロンとハーマイオニーと一緒に最上段に陣取って試合を観戦する。出場しているのが友達でなければ、こんな試合は見に来ない。
後から森番のハグリッドも応援に駆けつけた。
「おう、今日はみんないつになく張り切ってるな。オーシャン、何かしたんか?」
ハグリッドが言うので、ロンが聞いた。
「どうして、Ms.ウエノが何かしたかと思うの?」
当然という様にハグリッドは答えた。「他はともかく、お前さんの兄貴達のあんなに張り切ってる姿は、オーシャンが影で糸を引いている以外に理由が無いじゃろうが。で、何かやったのか?」
実際はアンジェリーナにより効いているのだが、と思いながら、オーシャンは人差し指を唇に当てて微笑んだ。
「ちょっと、言葉の魔法を、ね」
首を傾げるハグリッドとロンを見て、ハーマイオニーも笑った。
観客のどよめきに気付き、四人は試合に目を戻した。ハリーの箒が、制御を失っている様だ。ハリーが振り落とされかけて、辛うじて片手で箒にしがみついた。観客が悲鳴を上げる。スリザリンから、野次が飛んだ。
「箒がどうかしちゃったのかしら」
「そんなバカな。箒には闇の魔術以外いたずらできん」
ハグリッドから「闇の魔術」という言葉を聞いて、ハーマイオニーはロンから双眼鏡を引ったくった。双眼鏡から観客席を見つめ、そして言った。「思った通り、スネイプよ。箒に呪いをかけてる。任せて、いい考えがあるわ」
ハーマイオニーはスネイプの方へと駆けていった。そうこうしている間に、ハリーの箒の揺れが一層大きくなった。いつハリーが落ちてもおかしくない。
オーシャンはすっくと立ち上がった。ハグリッドが声をかける。「何をする気だ?」
オーシャンは、薄く笑った。
「闇の魔術には、闇の魔術でしょ?」
オーシャンは指を立てて印を切った。杖ではなく印を使うのは、日本では呪いではなくまじないと呼ばれる。
ロンとハグリッドの耳に、聞きなれない言葉が聞こえてきた。
「防ぎませ、防ぎませ。悪しき力を防ぎませ。拒絶の意を持ち、断固の気を持ち、汝が力喰らい尽くさん」
「喝!」の一声で、ハリーの箒がピタリと止まった。向こう側の観客席で、スネイプのマントが赤々と燃えているのを視界の端に捕らえ、オーシャンはハリーが何かを見つけて急降下していくのを見た。
オーシャンは静かに椅子へと座り、次いで観客がどっと沸いて、リー・ジョーダンの声が聞こえた。「170対60でグリフィンドールの勝利!」
次にオーシャンが目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。マクゴナガル先生が、怖い顔で覗き込んでいる。オーシャンは少し、現実感の無い声でポツリと呟いた。
「…お腹空いた。…おにぎりと塩鮭が食べたい…」
オーシャンが思いの外元気な事を確認すると、先生は今まで息をしていたのかを問いたくなるくらい長く、息を吐いた。
「また日本術式を使ったでしょう。ダンブルドア先生に伺ったところ、日本で「まじない」と呼ばれるものは術者本人に還ってくるということ。貴女があんまり苦しそうにしているから、「磔の呪文」にかかったのかと思いましたよ」
「どうして使ったのです?」問いただす口調のマクゴナガル先生を前に、オーシャンは身を起こした。
「ハリーが危険にさらされていたから。あのまじないは、ハリーの箒にかけられた魔法を吸収するものです。闇の魔術を吸収したことで、体に負担がかかってしまってそんな醜態をさらしてしまいました」
オーシャンは「ご迷惑おかけしました」と、マクゴナガル先生に頭を下げた。
マクゴナガル先生は何か言いたそうに口を開いたが、瞳を潤ませ手で口を覆い、飲み込んでしまった。しばらくして出てきた言葉は、先程までの口調が嘘のように静かだった。
「Mr.ポッター、Ms.グレンジャー、ハグリッド、Ms.ジョンソンにMs.スピネット、Ms.ベル、Mr.ウッドも、みんな心配していましたよ…」
オーシャンは「みんなに謝っておきます」と微笑んだ。マクゴナガル先生は仕切りのカーテンを潜り際、最後に言った。
「貴女は何人ウィーズリー家の若者を、心配で殺す気ですか。よく反省しておきなさい」