英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

29 / 98
28話

 「ハリー、大丈夫かしら。だいぶショックを受けていたわ…」

 ホグズミードからの帰り道、ハーマイオニーが心配そうに呟いた。ロンもオーシャンも、ハリーの事が心配だった。隠し通路があるハニーデュークスの前で三人はハリーと別れ、今はホグワーツへ続く道を歩いている。

 

 『三本の箒』で聞いたのは、衝撃的な話だった。

 シリウス・ブラックは親友を裏切って闇の側につき、ポッター一家の隠れ家の場所をヴォルデモードに教えたというのである。

 結果、ハリーの両親は殺されてしまった。そしてブラックを追い詰めた、ハリーの父ジェームズとの共通の友人であるピーター・ペティグリューの事も、道路ごと吹き飛ばして殺してしまった。

 

 「でも、酷いよ…友達だったのに…。唯一の親友を裏切って…もう一人も、道路ごと吹き飛ばすなんて…」

 ロンが歩きながら呟いた一言を、オーシャンは指摘した。「そこよ。おかしいわよね」

 

 「え?何で?」

 「何故、人ひとり殺すのに道路ごと吹き飛ばす必要があるの?大規模の魔法って、不特定多数を殺すにはちょうどいいかもしれないけど、標的を一人殺すには不確実なのよね。それこそ、爆発なんて起こしたら土煙が起きるでしょう?私なら、それに紛れて命からがら逃げだすわ」

 

 「でも、それはブラックが狂っているって、」ロンは言いかけたが、オーシャンはそれを遮った。

 「現場を見ている訳じゃないから、もちろんそれも否定できないわ。でも私は、爆発術で吹き飛んだのに、残っていた死骸が指一本だけだなんて、あまりに不自然だと思うの。何で、そんな爆発で真っ先に吹き飛びそうなものだけが残っているの?」

 

 それともう一つ、とオーシャンは続けた。

 「ブラックを最初に追い詰めたピーター・ペティグリューが、『よくもリリーとジェームズを!』とか何とか言っていたそうだけど、実際、自分の身になって考えてみたらそんなこと言う暇ないのよね。でも、真偽はともかく、往来でそんな事を叫んでいたらとりあえず目撃者の記憶には残るわ」

 

 ロンとハーマイオニーが曖昧な相槌を打つ一方、オーシャンはやっと答えの一つにたどり着いていた。夏にオーシャンが早めに日本を出る理由となった、夢に出てきた男性は、やはりシリウス・ブラックだったのだ。

 

 魔法大臣は、吸魂鬼の看守付きの独房で、ブラックはまるで平静を保っていたと言った。吸魂鬼が四六時中監視している中でどうやって平静を保っていられたのかは分からないが、大臣はブラックと鉄格子越しにごく普通に話をして、読み終わった新聞を与えたという。

 

 オーシャンが夢の中で見た背中は、新聞を読んでいるブラックの後ろ姿で、そこから得た何らかの情報に驚き、また喜んで、その姿が何らかの理由で夢としてオーシャンの元に届いたのではないか。それとも、そう考えるのは、あまりにもこじつけすぎているだろうか?

 

 ホグワーツに到着して、三人は真っ先にハリーを探した。彼はいつも通り、談話室にいた。四人で夕食をとりに大広間に降りたが、食事中何も話す気にはなれなかった。

 

 

 クリスマス休暇の一日目、昼食の時間近くになって起きてきたハリーに、ロンとハーマイオニーは軽はずみな行動をしないべきだと言い聞かせていた。

 「ディメンターが近づくたびに、ヴォルデモードに命乞いをする母さんの声が聞こえるんだ!こんな思い、君たちには分からないだろう!」

 「ハリー、でもそれはーどうにもならない事よ。じきに、ディメンターがブラックをアズカバンに連れ戻すわ。そしたら…」

 ハーマイオニーが苦痛の表情で言うが、ハリーの興奮は収まらない。

 「ファッジの言った事を聞いただろう。ディメンターなんて、あいつはへっちゃらなんだ。ブラックにはそんなもの、刑罰にならない」

 

 「じゃあーどうするっていうんだ?」

 ロンが聞いた。ハリーは答えない。オーシャンは、ハリーの中に燻っている感情が見えた気がした。怒りと悲しみ、どうしようもないやるせなさと、悔しさ。

 やはり、ハリーの為に是が非でもブラックを捕縛しないといけない。

 

 三人がハグリッドの小屋に行くのを見送って、オーシャンは自作の大雑把なホグワーツ城の見取り図を広げて、ブラック捕縛の計画を練るのだった。

 

 しかし、それからいつまで経っても三人は帰ってこなかった。もしかして、何かあったのでは-そう思ったオーシャンが急いで外套を引っ掛けてハグリッドの小屋へ向かう為に玄関ホールに出た所で、ちょうどホールを横切って夕食に向かう三人の姿が目に入った。

 「どうしたんだい、こんな時間にマントをひっかけて」ロンが能天気な口調で言ったので、思わず言い返してしまう。

 「どうしたは、こっちのセリフよ。でも、ああ、良かった。貴方達がいつまで経っても帰ってこないから、心配になって」

 

 胸を撫で下ろしているオーシャンの様子に三人は少しばつの悪い顔をしつつ、図書館に行ってたんだ、と言った。

 夕食を食べながらオーシャンが三人に聞いた話では、ハグリッドの授業でマルフォイの腕を傷つけたヒッポグリフが裁判にかけられるので、勝訴を勝ち取るのに役に立ちそうな本を、図書館で片っ端から読み漁っていたそうだ。オーシャンも手伝いたいが、時間があまり無い中で英語が苦手な日本人が、洋書での調べ物を手伝って何の助けになるだろう。

 「私も手伝いたいけど、多分作業にかかる時間を倍にして足を引っ張ってしまうから、辞退しておくわ」

 

 それなら、日本ではこういった事例で勝訴になったヒッポグリフはいないのか、調べてほしいとハーマイオニーに言われるが、それも難しいだろう。

 「日本には天馬ならいるけど、ヒッポグリフってあまり見かけないのよね。そもそも、日本ではこういう事例の場合ほとんどが有無を言わさず殺処分になるの。あまり参考にはならないわ」

 三人とも残念そうな顔をしたので、オーシャンは申し訳ないと思った。

 

 

 三人は連日調べものに明け暮れ、オーシャンはどうにかシリウス・ブラックを捕縛する為の計画を秘密裏に立てて、あっという間にクリスマスの朝がやってきた。

 友人達から送られてきたプレゼントの中に、家族からの小包が埋もれていた。

 妹の空は、『神秘の海』というタイトルの占い学の本を送ってくれた。オーシャンはそれを手に取って、パラパラとページを手繰ってみる。「…ゴリゴリの専門書じゃない。もっと初級のやつにしてくれないと、ちょっと意味が分からないわ」

 母は得意の鯖の味噌煮を送ってきた。「冷えてる…。よく海を渡ってこれたわね」

 父はそうとう怒っているだろうと覚悟していたオーシャンだったが、父からは「精進せよ」という手紙と共に、少しの金子が送られてきた。オーシャンの懐具合を心配しての配慮であったのだろうが。「父様…。残念だけど、ここでは換金する手段が無いのよ」

 温かい気持ちの中に、少しのやるせなさが入ったのは、何故だろう。オーシャンは頭を抱えて呟いた。「…うちの家系って…いわゆる『天然』ってやつだったのかしら…」

 

 部屋の戸がノックされたので開けると、そこには夏にダイアゴン横丁で買った猫を腕に抱いたハーマイオニーが立っていた。お互いにクリスマスの挨拶を言い合うと、ハリー達の部屋に一緒に行ってみる事になった。

 

 男子寮の部屋の前に着き、ハーマイオニーはノックしたが、中から開くのを待たずにそのまま扉を開けた。部屋の中には、クリスマスプレゼントの包装で部屋をぐちゃぐちゃに汚して楽しそうに笑いあっている男児が二名。

 

 「二人とも、随分楽しそうね」オーシャンがそう言って、ハーマイオニーが声を上げた。

 「まあ、ハリー!一体、誰がこれを!?」ハリーの手にはピカピカの新品の箒が握られている。ハリーの箒『ニンバス二〇〇〇』が壊れたと聞いていたオーシャンも、首を傾げた。

 「新しい箒を買ったの?」

 するとロンが、自分のものでもないのに鼻高々に箒の説明を始めた。炎の雷、ファイアボルト。現存する最高峰の箒で、十秒で時速二百四十キロメートルまで加速する事の出来る素晴らしい最先端技術の結晶。スリザリンチームが使う箒『ニンバス二〇〇一』を全部束にしても敵わない位の高級品で、その柄には最高級のトネリコ材が使用されていて云々…。

 

 「こんなに高級なものを送ってくれる人物って誰?ハリー、カードには何か書いてあった?」ハーマイオニーが聞いた。ハリーが答える。

 「分からない。カードも何もついてないんだ」

 ハリーのその言葉に、ハーマイオニーは表情を曇らせる。オーシャンにも、彼女の考えている事は分かった。ハリーがシリウス・ブラックに狙われていると噂される今、その箒はブラック本人からハリーに送られてきた可能性があった。ともなれば、その箒には呪いがかけられているかもしれない。

 

 その時空いていたベッドの上に上がっていたハーマイオニーの猫、クルックシャンクスが、ロンの懐へ飛び降りた。クルックシャンクスの爪がロンのパジャマを引き裂いて、中からロンのペットのネズミがわたわたと逃げ出してきた。

 ネズミは素早くオーシャンの肩に登り、クルックシャンクスが追ってきた。ロンがクルックシャンクスを蹴飛ばそうとして、狙いが外れてハリーのトランクを蹴飛ばしてひっくり返してしまった。

 

 するとひっくり返ったハリーのトランクから使い古されたボロボロの靴下が飛び出て、中から何やら小さい機械の様な物が転がり出た。その機械がけたたましい音を立ててヒュンヒュンと鳴りだしたものだから、クルックシャンクスはそちらを見て唸り声を上げた。

 

 「これを忘れてた!」小さな機械を急いでたハリーに、オーシャンは「それは何?」と聞いた。答えたのはロンだった。

 「スニーコスコープ。怪しい奴が近くにいると、光って反応するんだ。-早くそいつを黙らせてくれ!」

 ロンがハリーに言い、ハリーはスニーコスコープを再び古靴下に入れて音を殺すとトランクに放り込んで蓋を閉めた。ロンはトランクを蹴飛ばした足の痛みに呻きながら、ハーマイオニーに叫んだ。

 

 「そいつをここからつまみ出せよ!」

 ロンのあまりの言いように、ハーマイオニーは猫を抱えてツンツンしながら部屋を出て行った。オーシャンは肩に乗っているネズミを一瞥する。オーシャンの射る様な眼差しに、ネズミのスキャバーズはぶるっと身を震わせた。

 

 その日の昼食は、大広間で先生たちとひとつのテーブルを囲むクリスマスランチだった。ハリー達の他に生徒は、緊張しきっている一年生が二人と、ふてぶてしい態度のスリザリンの五年生が一人だ。

 

 テーブルに並んでいる諸先生方の中にルーピン先生の姿は無かった。オーシャンはこれで良かった様な、残念なような、複雑な面持ちで席に着く。すると校長が悪戯っぽく目を光らせた。

 

 「ウミ、探し人はいなかったかな?」

  ダンブルドア校長の言葉に、先生方がオーシャンを見た。生徒達の間に流れる噂は、時置かずして先生の耳には入るだろう。マクゴナガル先生とスネイプ先生は普段からオーシャンに厳しい監視の目を向けているから尚更、オーシャンがルーピン先生を好きだと言う噂は先生方の耳に入っているのではないかと、オーシャンはとっさに思った。それにしても、何故この席でそれを口にする。面白がっているのか、釘を刺しているのか。

 

 「いえ、校長。慣れない席で、少々緊張してしまっただけです」

 オーシャンが否定したので、ハーマイオニーは一瞬気遣わし気な表情を見せた。

 その後、和やかなムードで昼食会は進んだ。オーシャンが少し箸休めをしている時、大広間の扉が開いて、『占い学』のトレローニー先生が音もなく入ってきた。ダンブルドア校長が嬉しそうに言った。「シビル、これは珍しい!」

 

 トレローニー先生はいつもの神秘的な演出を施した声で、水晶に映った運命に促されて、遅ればせながら食事会に加わる事にした、と言った。

 ダンブルドア校長がトレローニー先生のための椅子を魔法で出現させて、トレローニー先生はスネイプ先生とマクゴナガル先生の間に腰を下ろそうとしたが、思い直した様にぱっと立ち上がった。

 

 「いけませんわ、わたくしが加わると、十三人になってしまいます!その人数が一緒に食事をする時、一番初めに席を立った者が死んでしまいますわ!わたくし、とても座れません!」

 マクゴナガル先生はイライラした口調で言った。「シビル、その危険を冒しましょう」

 

 結局、昼食会はトレローニー先生が加わって進んだ。オーシャンはトレローニー先生の事は特段嫌いではなかったが、さして好きにもなれなかった。占いが得意な妹がいる分、どうしてもトレローニー先生が普段からしている事は、どうしてもプロの仕事に見えなかったからだ。人の死に関する予言は、むやみやたらに口にしない。少なくとも日本の常識として、それは定着している。

 

 トレローニー先生はテーブルに着いている顔を見渡して、誰にともなく尋ねた。「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」

 ダンブルドア校長が答える。「ルーピン先生はまたご病気での。気の毒な事じゃ」

 そう言った校長の目が、一瞬オーシャンのそれとカチリと合った。何故、またこちらを見る。

 

 「でも、シビル。あなたはもちろんそれもご承知だったはずよね?」マクゴナガル先生は眉根を寄せてトレローニー先生を見た。

 トレローニー先生の声色が、僅かに冷ややかなものになる。「もちろんですわ、ミネルバ。わたくし、自分が『全てを悟る者』だという事をひけらかしたりはしませんの。皆さんを悪戯に怖がらせるだけですもの。どうしてもとおっしゃるなら、教えて差し上げましょう。あの方の命は、もう長くはありませんわ。あの方自身も先が短いと感じておられる様です。わたくしの水晶玉から、逃げる様になさいましたの」

 

 -ガタン。音を立ててオーシャンは立ち上がった。全員の視線が彼女に集まる。トレローニー先生が息をのんだ。

 「あ、あなた!」

 「十三人が食事を共にした所で、日本では一人も死にませんので。お先に失礼致します。皆様、良いクリスマスを」

 オーシャンはいつもの微笑みを絶やさずにその言葉を口にしたが、手が僅かに震えているのを後輩三人は見逃さなかった。トレローニー先生は、まるでオーシャンが破廉恥な事を言ったかの様に、口をあんぐりと開けている。明らかに先生相手に慇懃無礼な態度をとっているオーシャンだったが、他の先生は誰も咎めはしなかった。

 

 彼女は去り際に振り返り、トレローニー先生に向かって言った。

 「妹が、結構腕の立つ占い師ですの。先生もご自分の死期が気になったら、いつでもどうぞ」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。