英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

28 / 98
27話

 医務室でキャプテンを除いたグリフィンドールチームとロン、ハーマイオニー、オーシャンは、ハリーが目覚めるのを待っていた。

 試合後、すぐにハリーは医務室に運び込まれた。あれから五分くらいしか経ってない様な気もするし、永遠の時が経っている様な気もする。

 ハリーは未だ目覚めなかった。後ろで男たちが何やら英語で話し合っている中、ハリーが眠るベッド脇の椅子に腰かけたオーシャンは雨で冷え切ったハリーの手を握った。そのまま両手で包み込むと、小さく、誰にも見えないような小さな動きで印を切った。そしてその手を自分の額に当てると、オーシャンは小声でまじないを唱えた。

 「活きませ、活きませ、汝が時を紡ぎませ。揺蕩う魂光を持ちて、誘う闇に抗いて、皆待つ此処へと戻りたまえ」

 

 そしてハリーの冷ややかな手にふっと息を吹きかけると、ハリーの瞼がゆっくりと開いた。みんながそれに気づいて、ハリーの名を口々に呼び、ベッドに詰め寄る。オーシャンはハリーが気が付かない内にその手をそっと放して、ベッドに詰め寄るみんなに紛れて自分はその後ろへと下がった。

 「僕、どうなったの?」

 ハリーが聞くと、フレッドが答えた。「落ちたんだよ。ざっと、二十メートルくらいかな」

 みんなの様子を見て、ハリーは自分がクィディッチの試合で始めて負けた事を悟った。フレッドとジョージが、ハリーが箒から落ちた後どうなったのか説明してくれたが、ハリーは混乱している中、キャプテンがここにいない事に気づいた。

 「ウッドはどこ?あと、オーシャンは?声が聞こえた様な気がしたんだけど」

 「ウッドはまだシャワールームの中さ。オーシャンはそこに…あれ?」

 そこで初めて全員が、さっきまで一緒にハリーの目覚めを待っていた友人の姿が見えない事に気づいた。「おかしいな、さっきまでこの椅子に座ってたんだけど」

 

 

 

 ウッドとハリーを除いたクィディッチチームが談話室に戻ると、そこはまるで葬式場の様に静まり返っていた。双子が歩くと、数人のクラスメイトはまばらに声をかけてくれた。「惜しかったな」「次があるさ」

 ふと、暖炉に向いている肘掛け椅子に見慣れた人影を見つけて、双子は声をかけた。

 「おい、何で先に帰ってきたんだよ。せめて何か言えよな」

 「ハリーが目を覚ましたぞ。お前がいないのを不思議がってた」

 その声にオーシャンは振り返った。「ああ、ごめんなさい。気分が優れないの。そっとしておいて」

 先ほどハリーにかけたまじないによって、彼に生気を少し分けたため、オーシャンの顔色は優れなかった。何故日本のまじないは、こちらの『元気呪文』の様でないのだろう。使い勝手が悪すぎる。

 

 肘掛け椅子の上でくたっと縮こまって、今まで学友に見せた事の無いだらしない姿勢をとるオーシャン。まじないをかけた事は、誰にも気づかれていないと思っていたのだが。

 「…お前もしかして、また日本のまじないでも使ったのか」

 ぎくり。フレッドの射る様な視線と言葉に、オーシャンの肩が震える。ジョージがフレッドに続いた。「自分の体で隠してこそこそ何かしてたのはしっかり見てるんだぞ。白状しろ」

 双子に指摘されながら、オーシャンの脳裏に二年前の出来事が蘇った。ハリーを助けるためにまじないを使って倒れ、医務室に運ばれた時の出来事。マクゴナガル先生に、みんなを心配させたからようく反省しておきなさいと言われたっけ。今の双子の声は怒っている様に聞こえるが、もしかすると、心配してくれているのかもしれない。

 そこまで考えると、何だか考える事も喋る事も億劫になってしまった。

 

 「…アイドントノー。少し眠るわ」

 一言逃げ口上を口にしてすぐ、オーシャンは寝息を立て始めた。双子は顔を見合わせ、仕方ない、と肩を竦めると、眠る友人目掛けてブランケットを乱暴に放り投げた。それは彼女の上半身を覆ってしまったが、当人はそれに気づくことなく、深い寝息を立てていた。

 

 

 十二月になり、降り続いていた雨はようやく鳴りを潜めて、ホグワーツの校庭には銀世界が広がった。校内にも段々とクリスマスムードが満ち満ちて、みんなが休みの計画を語り合っていた。今回のクリスマス休暇で寮に居残るのは、ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてオーシャンである。

 ちなみに、今回誰にも言わずに家出同然に日本を出てきた事が何故かマクゴナガル先生にバレていて、親御さんを心配させるのではない、と、オーシャンはまたまたこってりと絞られた。

 学期最後の週末にホグズミード行きの日程が張り出され、ハーマイオニーは、クリスマスショッピングが全部済ませられる、と喜んでいた。

 

 土曜日の朝、厚い防寒具に身を包んだロンやハーマイオニーと一緒にホグズミードへ出発しようとしたオーシャンは、旅支度バッチリなのにも関わらず、まだ城の中でぐずぐずしているフレッドとジョージを見つけて、声をかけた。

 

 「貴方達、どうしたの?早くしないと、門が閉まってしまうわよ」

 双子はその声に振り向いたが、手を振って、先に行けと促していた。「おう、すぐ追いつくよ」「弟よ、我らが聖母様を頼んだぞ」「いや、待て、戦乙女じゃなかったか?」「あれ、どうだったけ…」

 勝手に首をひねっている双子を一瞥して踵を返し、最早懐かしい二つ名で呼ばれたオーシャンは呟いた。「どっちでもいいわよ…」

 

 フィルチに見送られて三人で校門を出て歩き出すと、ごった返す生徒達の中でオーシャンに誰かの肩がぶつかった。どうやら相手の体格の方が勝っていたらしく、思わず雪道でよろけてしまう。

 「あら」「おっと…」

 咄嗟にぶつかった相手が手を差し伸べて、転倒からは免れた。「ごめん、大丈夫?」

 「私の方こそ、ごめんなさい」謝りながらオーシャンは、手を差し伸べた相手の顔に見覚えがある様な気がした。しかもごく最近。誰だったっけ?

 しかし相手の方はオーシャンに気づいたらしい。「あ、君は…グリフィンドールの」

 「あ」オーシャンも思い出した。それは、クィディッチの試合でグリフィンドールチームを負かした相手、ハッフルパフチームのキャプテン兼シーカーのセドリック・ディゴリーだ。

 そして、もう一つ。ブラック捜索のあの夜に、スネイプ先生につまみ出された時にオーシャンの石頭の犠牲になって鼻の骨をやられていた、あの不幸な青年だった。

 

 セドリックに引っ張られて体勢を立て直したオーシャンは、改めてあの夜の事を謝った。今の今まで忘れていたが、思い出すと恥ずかしい過去である。「あの夜は本当にごめんなさい。体は…大丈夫よね。クィディッチで颯爽と飛んでたもの」

 「試合を見てたんだね。あ、グリフィンドールだから、当然か。あの試合は、僕にとっても気持ちのいいものじゃなかった。ポッターは今日は?」

 「あの子、来られないのよ。だからみんなで一緒にお土産と、クリスマスプレゼントを、ね」

 二人が話し込んでいるのを、ハーマイオニーは呆気にとられて、ロンは面白くない、という顔をして見ていた。ロンからすれば、セドリックは愛するグリフィンドールチームと無二の親友をいっぺんに負かした人物である。

 

 「セド、どうしたんだ?行こうぜ」立ち止まってオーシャンと話し込んでいるセドリックに、友人達が声をかける。セドリックは顔をそちらに向けて、ああ、と返事をすると、またオーシャンに向き直った。

 「ごめんね、友達が待ってるから、行かなきゃ。本当に大丈夫?怪我は無い?」

 「ええ、大丈夫。これでお相子ね」

 前回はオーシャンがぶつかり、今回はセドリックからぶつかった。そういう意味では、これでお相子である。オーシャンが笑うと、セドリックは顔を赤らめてさっと逸らした。おや、その反応はいつだったかに覚えがあるような…。

 

 セドリックが速足で友達のもとへ向かっていくとほぼ同時に、双子のウィーズリーが追いついてきた。明らかに肩を怒らせている。

 「何を話してたんだ?あいつと」

 「ちょっとした世間話よ。貴方達こそ、何をしていたの?」

 オーシャンが問い返すと、双子は声を揃えて答えた。「「ちょっとした世間話さ!」」

 双子がなんだかぷりぷりしている背中をぼんやりと見つめながら、ハーマイオニーが言った。

 「今年って、オーシャンにとって波乱の一年よね…」

 「そう?」

 

 

 

 

 双子は悪戯専門店へと姿を消し、オーシャンはロンとハーマイオニーについて歩いた。多種多様のお菓子が並ぶ、ハニーデュークスへと足を踏み入れる。店の中はすでにホグワーツ生でいっぱいだった。

 見た目の可愛いお菓子から、宴会以外に用途が思い浮かばない遊び心の塊の様なお菓子を通り過ぎて、何やら看板がかかっているお菓子の棚へと一行はやってきた。ロンが臓物の塊の様なペロペロキャンディーを品定めしているのを見て、ハーマイオニーが気持ち悪そうに首を振る。

 「ハリーはこんなもの欲しがらないと思うわ。これって絶対バンパイヤ用よ」

 「じゃあ、これは?」ロンが「ゴキブリ・ゴソゴソ豆板」の瓶を取り出した。二人が親友の為に頭を悩ませているのを、オーシャンが微笑ましく見守っていると、隣に見慣れた顔が立ったのに気づいた。「あら?」

 

 「そんなの、絶対嫌だよ」オーシャンの隣に突然現れたハリーの声に、ハーマイオニーはこちらが腰を抜かしてしまいそうな金切り声を上げた。ロンは感心して言った。「わあっ、君、姿現し術が出来る様になったんだ!」

 確かに姿現し術か瞬時転移でも無いと、この現象の説明がつかない。オーシャンが「どうやったの?」と聞くと、ハリーは周りにいる生徒達に聞こえない様に声を潜めて、フレッドとジョージから貰ったという『忍びの地図』について話した。同級であるオーシャンでさえこんなものの話は聞いた事が無かったし、弟であるロンに至っては憤っていた。「僕にも教えてくれないなんて!」

 

 シリウス・ブラックという脅威が存在している中、この地図を使ってハリーが城を抜け出すというのは、あまり褒められた行為ではない。しかし、目に届く場所にいてくれれば守りやすいのも確かだ。ホグワーツに続く隠し通路は簡単に見つからない様な所にあって安全だ、とハリーも太鼓判を押しているし、話を聞いて『リドルの日記』の様な危険なものではないと判断したオーシャンは、それについて追及するのを止めた。

 

 四人でホグズミードを見て回った。来訪が初めてだったハリーは何を見るにも目を輝かせていた。

 寒風が吹いてハリーが体を震わせたのでオーシャンが自分のマフラーをハリーの首に巻いてやったが、結局寒さに敵わずに四人は『三本の箒』で温かいバタービールを飲むことにした。

 店に入り、四人でテーブルを独占して一杯やっていると、出入り口が開いて寒風と雪が店の中に舞い込んだ。雪と一緒に入店してきたのは、マクゴナガル先生、フリットウィック先生、ハグリッド、コーネリウス・ファッジ魔法省大臣の四人だった。

 

 親友二人に、無理やりテーブルの下に押し込まれたハリーだったが、ハリーの正面にはオーシャンが座っているので、四人のついた席からはハリーの姿は見えないはずだった。しかしそのまま隠れていてもらった方がバレる確率が少ないので、ハリーにはそのまま窮屈な思いをしていてもらう事にしよう。

 

 耳を澄ませて先生方の話を聞いていると、大臣はシリウス・ブラックがハロウィーンの日にホグワーツに侵入した件で、こちらに来ているのだと言った。マクゴナガル先生が口を開いた。「もし生徒に何かがあったら…恐ろしい事です。なのに、あのウエノときたら、日本の術を悪用して深夜に一人でブラックを捜索していたのですよ!愚かなことです!」

 思いもよらなかった自分の名前が出て、オーシャンはバタービールをテーブルの上に吹き出してしまった。ハーマイオニーが目を丸くし、ロンが声を殺して笑っている。「-失礼。ごめんなさい」

 

 マクゴナガル先生の話を聞いて、魔法大臣が言った。「日本の…?ああ、あの子だろう、留学生の。夏に一回、顔を合わせた。そんな無鉄砲な子には見えなかったがね」

 大臣が言ったのを皮切りに、マクゴナガル先生はどれだけオーシャンが危険な事をしているかを訴えた。一昨年はクィディッチの試合中にハリーが受けていた呪いを肩代わりして医務室に運ばれ、学期末には恐ろしい闇の魔法使いと対峙し、去年は自らバジリスクを退治しに出かけ、今年は吸魂鬼と戦おうとする事二回!しかも二回目は、百人規模の大所帯をである。

 

 興奮してまくしたてるマクゴナガル先生を、フリットウィック先生とハグリッドが二人がかりでなんとか宥めようとしていた。オーシャンとしては、こんなに先生に迷惑と心配をかけているとは思っていなかった。顔から火が出る思いとは、まさにこの事である。

 

 それから四人の話題は吸魂鬼の話を経由して、シリウス・ブラックの事になった。ブラックが元ホグワーツの学生で、しかもハリーの父親のジェームズ・ポッターと唯一無二の親友だった事を先生達の口から聞いたハリーは、驚きでジョッキを落とした。

 ジョッキが床に転がり、飲みかけのバタービールが床を流れたが、そんな事を気にする者は一人もいなかった。

 





個人的には女主がモテモテ展開好きじゃない。(書いておいて複雑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。