英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

27 / 98
26話

 ホグズミードを訪問していた生徒達が帰ってきた頃には、ホグワーツの大広間はハロウィーンの宴会場に様変わりしていた。今年の宴会も大変楽しく、また、食事も美味しかった。オーシャンの目が一瞬、それも無意識の内に、ルーピン先生がフリットウィック先生と話している横顔を捉えてしまったが、すぐに自分でその事に気づくと下を向いて食べる事に集中した。おかげで今夜は、普段の倍は食べている。

 

 宴会が終わり、談話室の前まで来て、何故かみんなが隠し扉の前で立ち止まっているのに気づいた。何故、誰も『太った婦人』に合言葉を言わない?

 背伸びして生徒の頭越しに先頭の様子を窺っていると、隣にハーマイオニーが立った。ハリーとロンも一緒だ。

 「どうして誰も合言葉を言わないんだ?」と、ロンが同じ様に背伸びをして、先頭を見ようとしている。

 その時まさしく弟と同じ言葉を言いながら、パーシー・ウィーズリーが現れた。人波をかき分けて前方に向かっている。「通してくれ。僕は首席だ」

 

 それから、その場にいた全員が恐怖に凍り付く事態となった。普段『太った婦人』が納まっているはずの、談話室に繋がる隠し扉の絵はズタズタに切り裂かれ、『婦人』は絵からいなくなっていた。

 「誰か、校長先生を呼んで」とパーシーが言ったが早いか、校長先生がマクゴナガル先生と共に駆けつけた。ポルターガイストのピーブズが現れて、いつもの様なにやにや笑いでズタズタに切り裂かれてひどい顔にされた婦人が、五階にある絵の中を走っていくのを見た、と校長に教えた。

 校長が、婦人を傷つけた犯人を聞いた時、ピーブズはひときわ嬉しそうに笑った。

 「『太った婦人』が入れようとしないものだから、すっかり怒ってましたよ。シリウス・ブラックのような癇癪持ち、私めは初めて見ましたね!」

 

 チャンス、来た!-シリウス・ブラックが学校に入り込んだと聞いて、オーシャンはピーブズとは別の意味で喜んだ。従兄の三郎に借りようとした物は間に合わなかったが、それならそれで自分の力を信じるまでだ。きっと、この夏の修行の成果がブラック捕縛を手助けしてくれることだろう。

 

 「ブラックはどうやって入り込んだのかな?」

 「きっと姿現し術が使えるんだよ!」

 「ロン、ホグワーツでは姿現しは使えないのよ」

 首席二人が巡回する消灯した大広間で、生徒達は前代未聞の事件をひそひそと囁き合っていた。静かにしていてもブラック逮捕の報せが入るまでは、まんじりとして眠れないだろう。パーシーが巡回してはおしゃべりを止めて眠るように注意したが、それでもみんなの好奇心は止められないようだった。

 

 みんながウトウトしかかっていた深夜一時頃、突然大広間の扉が勢いよく開いた。目が覚めていたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がそちらを見ると、不機嫌そうなスネイプが何か大きいものを放り出したのが見えた。それは入り口付近に寝ていたハッフルパフ生のお腹の上にもろに当たった。被害者二人分の悲鳴が聞こえる。「いてっ」「ぐえっ」

 「今学期の初めに君の寮監から注意があったと思うのだがね。自分の力を過信した正義の味方ごっこはやめる事だな、ウエノ」

 スネイプが、先ほど自分が放り投げたものに向かって言い捨てて、来た時の勢いそのままに扉を閉めて出て行った。聞こえてきた名前に、ハーマイオニーが体を起こしかける。「オーシャン?」

 

 すぐにパーシーが足早に様子を見に言った。「オーシャン、まったく何をして…おい、大丈夫か、ディゴリー!?」

 「うう…」という苦しそうな呻き声が聞こえて、ハリーが少し体を起こして様子を見ると、入り口近くがちょっとした騒ぎになっていた。オーシャンの下敷きになった男子生徒は、眠っていた所を突然オーシャンの体重に押しつぶされて、その上当たり所が悪かったらしい。ごめん、ごめん、としきりに謝っているオーシャンの声が聞こえる。パーシーが「マダム・ポンフリーを!」と言って、『ほとんど首なしニック』の銀色の姿が校医を呼ぶためにすうっとドアを通り抜けて行った。

 

 

 

 結局、シリウス・ブラック逮捕の報せは無かった。学校に侵入した夜の内にすでに姿をくらました様だ。ハリーは先生やパーシーに監視されるのを耐えなければならなかったし、オーシャンには特にマクゴナガル先生とスネイプ先生が厳しい視線を向けた。

 ブラック侵入事件の翌朝、マクゴナガル先生に朝食の時間に呼び出されたオーシャンは、隠れ蓑術を使ってブラック捜索に密かに加わっていた事を、しこたま怒られた。グリフィンドールは五十点減点と言った時のマクゴナガル先生の顔と言ったら、まさしく般若の形相だった。

 

 今季のクィデッチの第一試合を明日に控えた日、空は曇天で雨は横殴りに叩きつける様に降っていた。ほとんどの生徒はまだ気になるブラックの行方について想像を膨らまし、オリバー・ウッドは来たる明日の試合に向けて闘志を燃やしている朝食の席で、オーシャンの元にずぶ濡れのふくろうが舞い降りた。日本からの小包を届けてくれたのだ。麻袋に入れられた上から、雨を見越して頑丈に油紙で包まれていた。

 双子が目ざとくそれを見つける。「何だ?」「手紙にしては、大きいな」

 オーシャンはにやりとして答えた。「当たり。手紙ではないわ」

 麻袋の中には、時節の挨拶も無いぶっきらぼうな文面の手紙が一枚入っていた。恐らく三郎が愛用の毛筆で「健闘を祈る」とでも書いたのだろうが、達筆すぎて本当にそうかは判別できなかった。その後に袋の中からは、星の様な形をした黒い小さな物体が、コロコロと数個出てきた。

 

 「何だ、これ?」

 手を伸ばしかけたフレッドにオーシャンが注意する。「気を付けて。触ると痛いわよ」

 言われた瞬間、物体に触れた指先がチクリと痛んで、フレッドが飛び退いた。

 「何だよ、それ!?誰がこんなもん送ってきたんだ!?」

 大きな声を出すフレッドに、オーシャンは「シーっ!」と人差し指を立てた。この計画が先生方に知られては、減点だけでは済まされない。教員席を窺ったが、どうやら怪しまれてはいない様だ。

 

 オーシャンは額を双子に突き合せて、ひそひそと話し始める。

 「私の従兄に三郎というプロの忍者がいてね、その人に借りたのよ。これは忍者が仕事で使う『忍具』の一つで『まきびし』と言って、多くは敵の足止めに使うものなんだけど…」

 その先の言葉を言ったオーシャンの顔は、いたずら小僧の見せる笑顔だった。

 「これに『透明呪文』をかけて、寮の隠し扉前の廊下にでもばら撒いておいたら、シリウス・ブラックはかかってくれるかしらね?」

 聞いた双子は口をあんぐりと開けた。本当はトラばさみでもいいかと思ったんだけど…とぶつぶつ言っているオーシャンに、恐る恐る声をかける。

 「あ、あのさ、」

 「うん?」

 「それ、俺たちも寮に出入り出来なくなる」

 「あら」オーシャンは、盲点、という顔をしていた。

 

 その日は、ルーピン先生が体調不良で休んでいるとの伝達が、何故かハーマイオニーから来た。胸が少しザワリとしたが、オーシャンは「早く良くなるといいわね」と言って自分のざわつく心に蓋をした。

 「お見舞いに行っちゃえばいいのに」とアンジェリーナは言ったが、ここで決意が鈍っても困る。オーシャンがやるべき事は、大切な居場所を守る事なのだ。今はシリウス・ブラックを捕らえる事に、全力を注ぐのだ。

 その夜、ルーピン先生の部屋のドアノブに、オーシャンはひっそりと魔法で作り出した見舞いの花籠をかけた。ただし、メッセージは添えずにおいた。

 

 翌日は酷い雨だった。選手達が互いに掛け合う声やマダム・フーチの試合開始の号令や笛の音など、耳を澄まさなければ聞き取ることができなかった。

 オーシャンはロンやハーマイオニーと一緒に試合運びを見守っていた。強風が吹けば選手の箒が流され、応援の観衆は傘が吹き飛ばされない様にしっかりと支えなければいけなかった。

 「危ないっ!」

 ハッフルパフのビーターが打ったブラッジャーがハリーを叩き落としそうになったので、オーシャンは思わず叫んでしまった。すんでの所でハリーがそれを避ける。オーシャンはほうっと息を吐いた。

 

 「ああ、よくこんな天候の日に試合なんてできるわね。前なんて見えたものじゃないわ」

 オーシャンがハラハラしながら呟くが、熱狂しているロンには聞こえていない様だった。と、また強い風が吹いて、傘が飛ばされかけた。しっかりと傘を握り直したハーマイオニーを、オーシャンが支える。顔面に、強い雨が容赦なく襲い掛かった。

 「…こんな調子じゃ…眼鏡なんてかけてたら、スニッチ以前に何も見えないわ…」

 呆然とそう呟くと、ハーマイオニーもこちらを見た。意思の疎通。

 その時グリフィンドールチームがタイムをとったので、ハーマイオニーは杖を持ってハリーの所に駆けつけて行った。ハリーの眼鏡に防水呪文をかけて、ウッドにキスされそうになったところを素早く躱して戻って来る。オーシャンはその様子を見ながら、一人呟いた。

 「キャプテンなら、貴方が真っ先に気づいてあげなさいよ…」

 「え、何か言った?」独り言を聞きつけたロンが、こちらに顔を向ける。

 「いいえ、何でもないわ」

 

 

 グリフィンドールが五十点リードしてはいるが、油断は出来ない。ハリーは目が見えるようになり、チームは体制を立て直した様に見えた。ハリーはスニッチを探して、縦横無尽に飛び回っている。

 -これで少し安心して応援できる。そう思ったオーシャンだったが、次の一瞬、ハリーの箒を握る手が滑ったのか、彼を乗せた箒は突然高度をグンと下げた。意図的では無く落ちた様に見えたが、ハリーを乗せた箒は今までいた所より一メートル程下で止まった。

 方向転換をした一瞬の間の事だった。オーシャン以外は誰も気づいていない。一体、どうしたというのだろう?

 その時、今さっきハリーがいた場所をハッフルパフチームのキャプテン、セドリック・ディゴリーが猛スピードで駆け抜けた。シーカーである彼は、ハリーより先にスニッチを見つけたのだ。ハリーはウッドに声をかけられた事でそれに気づき、負けじとスピードを上げる。

 熱狂の一瞬は、突然何かのスイッチが切られた様に静まり返った。雨を降らせる雲は更に重苦しく垂れこめ、二度と日の目を拝ませないようにしているかの様に辺りの薄暗さが増した。ヒヤリとし気味の悪い感覚に気づいたオーシャンがグラウンドを見ると、そこには吸魂鬼の群れがあった。

 

 「-みんなが熱狂するクィディッチの試合だもの。吸魂鬼の大好物よね」

 オーシャンが呟いて杖を抜こうとした刹那、スピードを緩めない箒からハリーの体がズルリと落ちた。落下しそうになるハリーの体をチームメイトは受け止めようと手を伸ばすが、僅かに届かない。

 オーシャンがそちらに杖を向けようとした時、落下するハリーのスピードが緩んだ。グラウンドで、杖を操る人の姿が見える。ダンブルドア校長だった。

 

 オーシャンはグラウンドに飛び降り、着地と共に一回転して衝撃を緩和する。その勢いのまま立ち上がりざまに杖を抜き、再び吸魂鬼に構えた。また格好悪い失敗などできるはずもない。私は全てを守ると決めたのだから。

 「エクスペクト・パトローナム!」

 杖先から白銀の鶴が現れ、吸魂鬼に向かっていく。吸魂鬼がオーシャンの守護霊に怯むと、背後からまた別の守護霊が現れた。二体の守護霊に追われて吸魂鬼がグラウンドを出て行く。

 キョトンとして、もう一体の守護霊の出処はどこだろうとオーシャンが後ろを振り返ると、ダンブルドア校長がこちらに構えた杖を収めるところだった。

 

 ハリーはグラウンドに横たわっていて、空中から降りてきた仲間の手によって担架に乗せられている。得点板は、グリフィンドールの敗戦を表していた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。