英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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1話

「おい、フレッド。今日こそ四階の廊下の秘密をあばこうぜ」

「おうとも、ジョージ。今日こそはフィルチに見つからないようにしないと」

 

朝食の時間、フレッドとジョージウィーズリーが額を付き合わせてコソコソ話しているのを横目にみて、オーシャンはおにぎりと塩鮭が食べたいと思いながら、ベーコンにかぶりついた。

英国への強い憧れはあったが、オーシャンはホグワーツに来るまで、朝食は絶対的に白米派だった。

味噌汁に沢庵、それに納豆まで出てきたら、その日は一日調子が良い。英国文化は好きだが、日本食という文化は次元を越えて愛していた。

 

さて、フレッドとジョージがコソコソ話しているが、それを横目で見ていたのはオーシャンだけではない。

双子の兄、パーシー・ウィーズリーと、新入生で成績優秀だともっぱらの噂の、ハーマイオニー・グレンジャーだ。

 

双子が二人の視線に気づくと、パーシーは席を立ち、ジョージの背後に立って言った。

「お前達、聞き捨てならないな。四階の廊下は立ち入り禁止だ。本当に行くというのなら、ママに手紙を書くからな」

ハーマイオニーはフレッドの後ろに立った。

「お言葉ですが、四階の廊下には立ち入っては行けないって、学期の始めにダンブルドア先生が仰ってたのを二人とも聞いていなかったのかしら」

 

同時に背後から挟まれた双子は、それぞれ振り向いて言った。「「さあ、なんの話?」」

惚けかたも息ぴったりだ。

 

パーシーが詰問した。「惚けるなよ、さっき聞こえたんだからな。四階の廊下には絶対行ったらダメだ」

フレッドは言い返した。「大体、学校の中に立ち入り禁止の場所があるって時点でおかしいんだよ」

 

ジョージが賛同した。「そうだぜ。俺たちみんな、ここで生活してるんだぜ。ちょっと階が上に上がっただけで立ち入り禁止って、今まであったか?おかしいだろ」

ハーマイオニーが熱くなって言った。「おかしかろうがなかろうが、先生が禁じた場所だからダメなのよ!」

 

オーシャンは純日本人で、朝は低血圧気味であった。

「ちょっと。貴方達」

凜とした声で呼び掛けられて、四人とも開いていた口を閉じてオーシャンを見た。

 

「しーっ」

 

オーシャンは人差し指を唇に当てる。場は一瞬静まったが、ウィーズリーの三人はすぐ口を開いた。

「何だよ、オーシャン。子供扱いしないでくれるか」

「子供じゃないんだから、やめてくれよ」

「俺たちをいくつだと思ってるんだ」

 

そして朝食に戻りながら、その三人に笑顔を向けた。

「これ以上子供扱いされたくなかったら黙って食べなさい」

 

三人は顔を見合わせると、食事に戻ったのだった。

 

 

 

オーシャンが大広間を出ようとしたとき、女の子の声に呼び止められた。

「あの、Ms.ウエノ…。さっきはごめんなさい。気分を害してしまったかしら…?」

ハーマイオニー・グレンジャーだった。元凶の双子は朝食の残りを流し込むやいなや逃げていったというのに、ご丁寧に謝罪しにきたのだ。

 

そんなかわいい後輩のいじらしい姿に顔がにやけるのをごまかすために、オーシャンはいつもの笑顔を作った。ハーマイオニーのふわふわのブロンドの髪に長い睫毛は、オーシャンが幼少の頃に憧れた英国のお姫様そのものである。

 

「貴女は正しい事を言ったまでじゃない。何を謝る必要があるの?あの二人のやることは気にしない事よ。さもないと貴女が貧乏くじばかり引いてしまうわ」

ハーマイオニーの頭をふわりと撫でると、やはり予想通りの髪の毛の感触に、オーシャンは思わず我を忘れそうになった。綿菓子みたい…!

 

オーシャンに頭を撫でられながら、ハーマイオニーは笑った。

「Ms.ウエノって、とっても大人っぽいのね!それに貴女の言葉はとっても不思議…!まるで言葉の魔法みたい!」

 

「え」恥ずかしいやらビックリしたやらで、オーシャンがハーマイオニーを撫でていた手をパッと放すと、それと同時にハーマイオニーの顔がみるみる赤くなった。どうやら自分の発言の恥ずかしさに気づいたらしい。

 

気まずい沈黙が降り立ってしまった。オーシャンは「女子に告白された男子みたいなシチュエーションよね…」と、自分の立場を客観的に捉えつつ、気まずい思いをしている新入生に代わって口を開いた。

 

「…英語は出来ないけどね」

言って、フフッと笑うと、ハーマイオニーもへにゃりと弱々しい笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、夕食にはハロウィーンのご馳走が出るらしい。どこからか漂ってくるパンプキン・パイの香り、廊下を飾る色とりどりのジャック・オ・ランタン等に目を奪われながら、「ハロウィーンって、具体的にどういうお祭りなのかしら」と、ハロウィーンに馴染みの薄い日本出身のオーシャンが歩いていると、ジャック・オ・ランタン以上に目を奪われる光景とすれ違った。

 

ハーマイオニー・グレンジャーが、俯き顔で涙を隠しながら歩いていく。

オーシャンは、先を歩いているフレッドとジョージに忘れ物をしたと言い残し、ハーマイオニーの後を追った。

 

角を曲がって見失いかけたが、すぐそこのトイレの中からすすり泣きが聞こえてきて、オーシャンは足を止めた。嘆きのマートルのトイレは一つ上の階のはずだから、これはハーマイオニーの鳴き声だろう。

 

キィ、と細くドアを開けて滑り込む。「…グレンジャー…?」ハーマイオニーの姿は見えないが、鳴き声がピタリと止んだ。

「私よ、オーシャン・ウェーン」

「…Ms.ウエノ…?」

聞きなれない名前に一瞬戸惑ったらしいハーマイオニーだが、声で誰が入ってきたか分かってくれた様であった。だが、その涙声は弱々しい。

 

「…独りにして」

声が聞こえてくる個室の前に立ち、オーシャンは語りかける。

「貴女、私に「言葉の魔法使いみたい」って言ってくれたわね…。私は魔法使いだから知っているんだけどね、女の子の「独りにして」は、大概「独りにしないで」って意味なのよ?」

 

その言葉の後、たっぷりと時間をかけて、すすり泣きの後に一つ微かに笑い声が聞こえたかと思うと、個室の扉が開いた。目を真っ赤にしたハーマイオニーが、オーシャンを迎える。

 

「…やっぱり、貴女、言葉の魔法使いね」

「英語は出来ないけどね」

ハーマイオニーの言葉にオーシャンは合言葉の様に返し、彼女が「入ってもいいかしら?」と訪ねると、ハーマイオニーは無言で招き入れた。

 

それからオーシャンは涙の訳も聞かず、ただ、胸をかして、ハーマイオニーは彼女の胸で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、フレッド。オーシャン知らない?」

「いや、知らないな。変身術の前に忘れ物を取りに行くって言って、それっきりだ」

「むぅ…。じゃあ、ジョージ!知らない?」

 

「フレッドが知らないんだから俺が知るわけないだろ?っていうか、そんなにあいつのこと気になるのか、アンジェリーナ?」

「もちろんよ!また誰かさんにけしかけられたバカの集まりに困った目にあってるんじゃないかって…」

「誰かさんって誰の事だろうな、フレッド?」

「皆目見当もつかないな、ジョージ?」

「…あんた達、シバき倒す…」

「「何で!?」」

 

 

きらびやかに飾られた大広間でハロウィーンの宴会が始まった時、そこへ慌ただしくクィレル先生が駆け込んで叫んだ。

「トロールが…地下室に…!」

 

その場に倒れて気絶したクィレル先生を気遣う者は誰もいなく、生徒達は皆叫び、大広間はパニックになった。

ダンブルドア校長の一声で全員が落ち着きを取り戻すと、彼の統率に従って、各寮の監督生が生徒の先頭に立ち、寮への帰路を辿った。

 

 

 

 

ハーマイオニーの声がすすり泣きが弱くなって来たことに気づいて、オーシャンは彼女に声をかけた。

「…もう大丈夫そう?」

ハーマイオニーはゆっくりと顔を上げた。

 

「はい…ごめんなさい。Ms.ウエノ。こんな、」

「何故貴女が謝るの?私は、可愛い後輩を独りぼっちにしたくなかっただけ。…それと、私の事はオーシャンって呼んで?友達はみんなそう呼んでくれるわ」

ハーマイオニーはきょとんとした。

 

「ocean…?」

オーシャンはふわりと笑った。「ええ、私、本名は上野海っていうの。海だからオーシャン。安直でしょう?」

するとハーマイオニーが、初めて楽しそうな笑顔を見せた。

「ええ、全然、言葉の魔法使いじゃないわね…」

 

ハーマイオニーが笑顔を見せて、オーシャンはホッとする。

「ええ。…じゃあ、夕食に行きましょうか。いっぱい泣いたから、お腹空いてるんじゃない?」

そう言って個室から出ようとドアを開けるのと、巨大なトロールが棍棒を振りかざしたのは同時だった。

 

「伏せて!」

オーシャンは叫びながらハーマイオニーの頭を掻き抱き、床に伏せた。同時に頭上をトロールの棍棒がさらっていく。個室が全てなぎ倒され、瓦礫と化した。配管は曲がり、亀裂から水が吹き出す。

 

「トロール…!?何で!?」

突然の珍入者に目を白黒させながら、オーシャンは四メートルもあるその巨体を見た。トロールの目は確実にこちらを捉えている。オーシャンは冷静を保とうと、トロールを睨み付けながらハーマイオニーに声をかける。

 

「…過激に動かないで。ゆっくり逃げるのよ。トロールを刺激しないように、ゆっくり壁づたいに…。」

言い終わらない内に、ハーマイオニーが部屋の隅に走って逃げていくのが見えた。

 

「ダメ!急に動かないで!」

案の定、トロールはハーマイオニーの後ろ姿目掛けて棍棒を叩きつけた。オーシャンが叫ぶ。

「グレンジャー!」

 

幸い、ハーマイオニーは叩き潰されなかったが、足を怪我したようだ。床に転がったまま身を起こすと、トロールを睨みながら壁に背をつけた。

オーシャンはハーマイオニーに駆け寄った。「聞いていなかったの!?急に動かないでって!急に動いたらトロールの標的にされるのよ!」

 

オーシャンの言葉を聞いて、ハーマイオニーは恐々とこちらを見た。その様子を見て、オーシャンは悟った。通じていない事を。

どうやらオーシャン本人は冷静になっているつもりでも、少しパニック状態になっているらしい。言葉の能力が遮断されてしまった様だ。

 

と、その時トイレのドアが勢いよく開いて、ハリーとロンが入ってきた。

二人に呼ばれたハーマイオニーがハッとそちらを向くと、直後に頭を抱えてうずくまった。頭に怪我をしている。オーシャンの好きなブロンドの髪が、赤銅色に染まっていた。

 

オーシャンの中で、何かが切れた音がした。

 

オーシャンがゆらりと、その場に立ち上がり呟いた。

「私の可愛い後輩に、何て事をしてくれるのよ…」

そして棍棒が三度振り上がった時、オーシャンが怒りに叫んだのと、ロンが杖を振ったのはほぼ同時だった。

 

「死んで詫びなさいっ!」

「ウィンガ~ディアム・レヴィオ~サ!」

 

トロールが雄叫びを上げて獲物を振り下ろそうとした手に、すでにそれはなかった。空中にひとりでに浮かんでいる。その現象を不思議そうにトロールが見上げたとき、オーシャンの懐から取り出された杖が、まるで刀のように振り下ろされた。

 

「切り裂け!断罪せよ!」

 

オーシャンの魔法はまっすぐにトロールを捕らえ、刀で切り裂かれた様な傷を負ったトロールは、落ちてきた自身の得物に頭を打たれて、ずぅん、とその場に崩れ落ちた。

 

 

 

その直後にやって来た先生達にグリフィンドールは5点を与えられ、一年生の三人はそうそうに返されたが…。

 

「…Ms.ウエノ。トロールのこの傷は、日本の術式でやったのですか?」

マクゴナガル先生にそう聞かれ、精神の落ち着きを取り戻したオーシャンは「はい」と答えた。

 

マクゴナガル先生は少し考えている様な顔つきになったが、やがて「Ms.ウエノ」と言った。

「ホグワーツで学ぶ間、日本術式の魔法は禁じます」

「…」

オーシャンが沈黙していると、マクゴナガル先生はトロールの傷口を悲哀の眼差しで見つめ、こう言った。

 

「この術式は強すぎます…。闇の魔法に近すぎる。分かってください、この術は危険なのですよ…」

 

 






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