英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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18話

 リドルが消えた直後、ジニーが目を覚ました。リドルに奪われていた魂が戻ったのだ。顔色は悪いが、瞳にはハッキリと生気が戻っていた。オーシャンは毒に苦しむハリーを支えている。

 

 少しの間、混乱して自分の置かれた状況が把握できない様子のジニーだったが、オーシャンに支えられているハリーを見つけて目を見張り、跳ね起きた。ただでさえ白い顔を今度は青くしながら、こちらに駆け寄ってくる。

 

 オーシャンの精神はまだ混乱していたが、ジニーがハリーに懸命に謝罪しているのは理解できた。ジニーの言葉はほとんど全て聞き取れないが、彼女は泣きながらハリーに謝っている。

 

 オーシャンの腕の中でハリーの顔色もみるみる白くなっていく。三途の川が近づいてきている心地がした。ハリーの目が空ろになっていくので、「ああ、ハリー、駄目、眠っては駄目…!」とハリーの頭を掻き抱いた。

 

 ジニーの鳴き声が部屋の中に反響する。その鳴き声に呼び寄せられたかの様に、フォークスが静かに飛んでくると、オーシャンの肩に留まった。悲しんでいる様に、ハリーの傷ついた腕に頭を預ける。その目から一粒、キラリとしたものが傷口に落ちた。

 

 「不死鳥の涙…!」

 

 オーシャンが驚きに目を見張る。ハリーの腕の傷はみるみる内に癒えて、顔色にも朱が戻ってきた。オーシャンに支えられながら、ハリーはパチパチと瞬いた。そしておもむろにむくりと起き上がり、傷ついたはずの腕を動かした。

 もう大丈夫。そう思って、オーシャンは詰めていた長い息を吐き出した。

 

 「僕、もう大丈夫みたい」

 ハリーが微かな笑顔を、オーシャンとジニーの二人に見せた。オーシャンの言葉の能力も、元通りに戻っている。

 「不死鳥の涙に癒せない傷は無い…文献で読んだ事あるわ。すっかり忘れていたけど」

 オーシャンが言ったのを聞いて、ハリーはフォークスに「ありがとう」と礼を言った。フォークスは一つ嬉しそうに鳴いて、オーシャンの肩から離れた。

 

 ハリーの無事な様子を見て、ジニーは一際大きく泣いた。

 「は、ハリー-ごめんなさい!わ、私、朝食の時にあなたに打ち明けようとしたけど…パーシーの、パーシーが来たから言えなくて-ハリー、私がやったの-リドルに乗っ取られて、私-…」

 咽び泣きながら訴えるジニーだったが、ハリーは「もう大丈夫だよ」と安堵の言葉をかけた。

 

 オーシャンはボロボロになった日記帳の残骸を、ジニーに見せた。

 「全てリドルのせいだったのよね?貴女のせいではないわ。さ、涙を拭きなさい。可愛い顔が台無しよ」

 そういいながら、オーシャンはポケットをまさぐってハンカチを取り出すと、ジニーに手渡した。

 

 ハンカチを受け取って目に押し当てながら、ジニーは尚も嘆き続ける。「わ、私、退学になるわ…」

 その呟きを二人は聞かなかった事にした。ハリーが「ここを早く出よう」と言って立ち上がると、オーシャンはジニーを助け起こした。フォークスが先頭になり、三人と一羽は秘密の部屋を出た。

 

 暗い通路をしばらく歩くと、遠くにロンの顔が見えた。

 「何あれ?何があったの?」

 歩きながら、オーシャンは隣を歩くハリーに目を向けた。ハリーは苦く笑っている。

 

 ロンは一行の中にジニーを見つけ、歓声を上げた。

 「ジニー!生きてる!夢じゃないだろうな!?」

 ロンは岩で出来た壁に開けた丸い穴から腕を突き出して、最初に妹を引っ張り出した。

 三人全員がロンの手で引っ張り出されると、最後にフォークスが悠然とそこを通り抜けた。

 「何だ、この鳥?」頭上に浮かぶフォークスを見て、ロンが首をかしげた。「それに、何で剣なんか持っているんだ?何があったんだ?」

 

 「ここを出てから話すよ。ロックハートはどこへ行った?」

 「あそこ。ちょっと調子が悪くてね」ロンがニヤッとして指差した場所に、ロックハート先生は夢うつつの状態で座っていた。ハリーとオーシャンが見つめていると、先生は視線に気づいてこちらを向いた。

 「やあ。何だか変わったところだね。ここに住んでるの?」

 ロンが、彼の状況を説明する。「「忘却呪文」が逆噴射しちゃったみたい。記憶をすっかり無くして、あんなに好きだった自分の事すら忘れちゃってるよ」

 

 ハリーはあんぐりと口を開け、オーシャンは堪えかねて笑い声を漏らした。「フッ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォークスにまとめて引っ張り上げられて嘆きのマートルのトイレに帰ってくると、またフォークスに先導されて五人はマクゴナガル先生の部屋へ向かった。そこにはダンブルドア校長と、マクゴナガル先生、そしてウィーズリー夫妻がいた。

 

 「ああ、ジニー!」

 ウィーズリー夫人は椅子から立ち上がると、戸口に立ったジニーを見つけてその姿に飛び付いた。ジニーが母に抱かれてまた泣き出すと、その二人をウィーズリー氏が抱き締める。

 ロンが三人を見ながら、入っていくタイミングを完全に逃して残念そうな顔をしたのを見たのは、幸いオーシャンだけの様だった。

 

 ジニーを抱き締めながら、ウィーズリー夫人は涙の光る目を、ハリー、ロン、オーシャンに向けた。

 「あなた達が救ってくれたのね、この子の命を!もう駄目かと思ってた!一体どうやって!?」

 

 ハリーは先生の机に「組分け帽子」と剣を、オーシャンは「リドルの日記」の残骸を置いた。

 安堵した様子のマクゴナガル先生にも促され、ハリーとオーシャンは全貌を語り始めた。まず、ハーマイオニーが石になった直後、オーシャンが「嘆きのマートル」のトイレから入り口を見つけ、そのまま「秘密の部屋」へ入った事。そしてリドルに乗っ取られたジニーが現れた事。

 

 途中、話を遮ったのはウィーズリー氏だった。

 

 「ちょ、ちょっと待って。ジニーが、自分の足で?つまり、生徒襲撃の犯人は、ジニーだったと?」

 「ジニーは体を乗っ取られていただけ。事件の犯人はリドルだったのよ」オーシャンがウィーズリー氏に返答する。

 「その、リドル、というのは…?」

 「貴方もよく知る人物よ。ヴォルデモート。50年前の記憶だけどね」

 

 ダンブルドア校長とハリー以外の全員が、驚きに息を飲んだ。(ロックハート先生は部屋の隅で天井を見ていた。)

 「「例のあの人」が!?ジニーに、魔法を!?しかし、何で…」

「こ、この日記だったの!」

 困惑する父親に向かって、しゃくり上げながらジニーは言った。

 

 「わ、私、今学期中ずっとこの日記に書いてたの!そしたら-そしたらリドルが返事をくれて…」

 夫妻がジニーの証言を聞いて、目を丸くした。

 「ジニー!!パパがいつも言ってるだろう、脳みそがどこにあるか分からないのに独りでに物事を考えるものは、信用してはいけないよと!」

 「わ、私、知らなかった!」

 

 「続けてもいいかしら?」

 父と子の会話に今度はオーシャンが割って入った。ジニーを責めるのは、話を全て聞いてからにしてちょうだい、と言外に含みを持たせて。ダンブルドア校長が「ウミ、聞きましょうぞ」と静かに言った。

 

 そしてオーシャンは続ける。フォークスが現れ、組分け帽子と剣をくれたとハリーが語る。剣をハリーがどこから引っ張り出したのかオーシャンも疑問に思っていたが、ハリーが帽子を被って必死に助けてと願った所、どうやら帽子の中から出てきたらしい。

 

 バジリスクの目を利用して「鏡の呪法」で石にして、その隙にハリーがバジリスクを絶命足らしめた事。ハリーがバジリスクの牙に倒れると、オーシャンが剣を持ってリドルの日記を貫いた事。

 「-バジリスクの毒には油断したわね…。お陰でハリーが死ぬところだったわ」

 「フォークスがいなければ、死んでたよ。校長先生、フォークスを送ってくれて、ありがとうございます」

 言ったハリーに、ダンブルドア校長は笑顔で答えた。

 

 「わしに対する君の信頼が、フォークスとグリフィンドールの剣を呼び寄せた。礼を言うのはわしの方じゃよ。よくぞ、ここまでの信頼を表してくれた」

 校長先生に逆に礼を言われた事で、ハリーは少し俯いた。照れているのかもしれない。

 

 「蛇を剣で斬って女の子を助けるなんて、あの時のハリーはスサノヲノミコトの様だったわ。格好よかったわよ、ハリー」

 「オーシャンの魔法が無かったらと思うと、ゾッとするよ。-スサノヲノミコトって?」

 「謙遜する事無いわ。-日本の昔話よ。今度教えてあげる」

 

 ジニーを見ながら校長が口を開いた。

 「過酷な試練をよう乗り越えた。大人の魔法使いでさえ、ヴォルデモートにはたぶらかされてきたのじゃ。Ms.ウィーズリーに処罰は無し。今すぐ医務室へ行って、温かいココアを一杯飲んでゆっくりと休むのじゃ」

 

 ジニーとウィーズリー夫妻が医務室へと向かい、マクゴナガル先生が宴会を準備するべく厨房へ向かうと、ダンブルドア校長はハリーとロンにホグワーツ特別功労賞を与え、更にグリフィンドールに200点ずつ与えた。

 

 「そして、Ms.ウエノには…」

 続く言葉を聞いて、ハリーとロンは目を丸くした。オーシャンに与えられたのは、ホグワーツ特別功労賞でも、はたまた200点の寮点でも無かった。

 ダンブルドア校長は、半月眼鏡の奥の瞳をキラッと悪戯っぽく光らせてこう言った。

 「新しい羽ペンでどうじゃ?授業の度に、鞄の中から見えない羽ペンを探し出していては、骨が折れるじゃろうて」

 

 オーシャンはいつもの微笑みを見せ、頭を下げた。

 「ありがたく賜ります、校長先生」

 ハリーもロンも「それでいいの!?」という顔をしている。

 

 「しかし、この恐ろしい冒険について、恐ろしく物静かな人がいるのぉ」

 ダンブルドア校長は部屋の隅に佇むギルデロイ・ロックハートを見た。「今日はどうした、ギルデロイ。恐ろしく無口じゃの」

 ハリー、ロン、オーシャンの三人は、ロックハートを振り返った。ああ、すっかり忘れていた。

 

 ハリーが「校長先生、実はロックハート先生は…」と説明しようとして、それをロックハート本人に遮られた。記憶が消える前とは打って変わった口調だった。

 「私が先生?それはそれは、私はさぞかし役立たずの先生だったでしょうね!」

 かつての面影を残さない人の良さそうな口調に、オーシャンは盛大に吹き出した。身を捩って笑い転げる。「ブフッ…フグッ、クッッ……駄目、もう限界…」

 オーシャンはロンの肩を借りて一頻り笑うと、ダンブルドアに命じられてロンと二人でロックハートを医務室に連れていくのであった。

 

 医務室に向かう途中、ロックハートは落ち着きなく辺りを見回しながら歩いていた。

 「ところで、ここは学校の中なんだね?皆勉強してる?」

 ロックハートの暢気な声に、ロンが答えた。「今は皆寝てるよ」

 オーシャンが人差し指を立てて、唇に当てる。「だから、あんまり大きな声出しちゃ、駄目よ?」

 

 素直になったロックハートは大きく口を開けて息を飲むと、オーシャンの真似をして「シーッ!」とやった。両脇を挟んでいる二人が、小さく笑った。笑っている二人を見て、ロックハートは嬉しそうだ。オーシャンの笑顔を見て、ロックハートはハッとした。

 「君は随分綺麗な笑顔をするなぁ…」

 

 ロンは一瞬ポカンと口を開けたが、すぐにオーシャンを指差して笑い始めた。

 「あんなに毛嫌いしてたロックハートに口説かれてら…ククク…」

 しかしオーシャンは、微笑んで見せた。

 「子供みたいな可愛い顔ね。最初からこの性格だったら、私もきっと貴方が好きになっていたわ」

 

 オーシャンの言葉を聞いてロックハートが「キャッ」と顔を覆うと、オーシャンは二人の先に立って医務室へと再び足を進めた。ロンが今度は口をガクンと開けて、オーシャンの背中を見ている。「「愛の妙薬」要らずかよ…」

 

 医務室に三人が着いて、マダム・ポンフリーは開口一番叫んだ。

 「またあなたですか!今度はどこの骨が無くなったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二週間ほどして、ついに待望のマンドレイク薬が完成して、石化した者達が目覚めた。ハリー達三人と面会したハーマイオニーは、マンドレイク薬より待ち望んでいた!という顔をした。

 「ハリー、ロン、オーシャン!三人とも大活躍だったそうじゃない!?詳しく聞かせてよ!」

 何でもマダム・ポンフリーは、「ポッターがバジリスクを倒したそうだ」という話はしてくれたが、それ以上は知らないとの事だったので、ハリー達が来るのを心待ちにしていたという訳だった。

 

 ハリー達が事の顛末を語ると、部屋中の患者、マダム・ポンフリーまでもが聞き耳を立てている様子で、部屋中が静まり返っていた。

 

 全てを語り終えて、ハーマイオニーは首を傾げた。

 「でも、分からないわ。そもそも、何故50年前の「例のあの人」の学用品を、ジニーが持っていたの?」

 「マルフォイの父親の仕業だよ」

 ロンとオーシャンが驚いた。二人がマクゴナガル先生の部屋を辞した後にあった事は、二人は聞いていなかった。

 

 「マルフォイの父親が?」

 「ほら、新学期の前の日に、ダイアゴン横丁で僕たち、あいつらに会っただろう?あの時だよ。あの時にマルフォイの父親が、ジニーの教科書の中にあの日記を滑り込ませたんだ」

 「何て事…」

 

 度々話に聞いていたドビーという屋敷しもべ妖精の主人は、マルフォイ一家だったらしい。ハリーは一策講じて、ダンブルドアに会いに来たルシウス・マルフォイからドビーを解放する事に成功したという。

 

 「屋敷しもべ妖精のドビーか…。私も見てみたかったわ」

 オーシャンがそう言ったので、ハリーが笑った。

 「僕も、オーシャンがロックハートを口説いてる所を見たかったよ」

 

 オーシャンの目の色が変わった。「…ロン?」

 その冷ややかな笑顔に、ロンは気圧されている。

 「面白かったから、つい…」

 「覚えていなさい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元通りのホグワーツの日常が帰ってきて、無事に学期が終了した。なんと学期末のテストは無くなり、あれよあれよという間に、ホグワーツ特急に乗って帰る日がやってきた。

 

 キングズ・クロス駅に着く直前、驚くべき真実がジニーの口から語られた。

 「パーシーに恋人がいるの!?」

 ジニーは「ええ」と頷いた。パーシー以外の兄弟達と、ハリー、ハーマイオニー、オーシャンが占領しているコンパートメントでの事だった。

 

 「レイブンクローのペネロピー・クリアウォーターよ。夏中、パーシーは部屋に引き込もってずっとその人に手紙を書いていたのよ。ハリー、オーシャンが行方不明になった朝、私、あなたに言いたい事があるって言ってたでしょう?誰もいない教室で、二人がキスしているのを見たことがあるの。パーシーったら、その話をされると思ってあの時私を追い出したのよ」

 

 ジニーがクスクスと笑うのを見ながら、オーシャンは隣の双子が相当悪どい顔をしているというのを気配で察した。「誰にも言わないさ」「ああ、この夏も楽しい事になりそうだ」

 片方から本音が漏れている。

 

 「貴方達、相手は思春期なんだから、あんまりからかいすぎたら駄目よ」

 オーシャンが双子に言い含めているのを見て、ハリーは思った。多分、注意すべきはそこじゃない。

 

 「あ、そうだ、オーシャン。スサノヲノミコトが何なのか、聞いてなかった」

 列車が止まり、皆が降りる準備を始める中ハリーが言い出したので、オーシャンが「ああ」と応じる。ロンもジニーも興味津々な様子だ。

 

 「日本の昔話で、ヤマタノオロチという恐ろしい蛇を切り伏せて、生け贄の女の子を助け出した人物よ」

 ハリーとジニーは、共に顔を赤くして列車を降りる事となった。

 

 人波に紛れて、9¾番線を出ると、キングズ・クロス駅にはそれぞれの家族が待っていた。

 皆の家族が優しい顔で出迎える中、オーシャンを待っていたのは父の雷だった。

 

 「海!また危険な事に首を突っ込んでいたそうだな!」

 「わざわざ出迎えありがとう、父様。知ってたの?」

 「当たり前だ、マクゴナガル先生から手紙がきたぞ!何の準備も無くバジリスク退治に赴くなぞ、何の主人公を気取っているのだ、100年早いわ!儂らがどれだけ心配したか…」

 「そうね、骨壺で帰国する事にならなくて、良かったわ」

 「大体お前は、危機感が足りん!夏は日本に強制帰国の刑!」

 「嬉しい、母様の握るおにぎりが食べたかった所なの」

 「お前もわかっておるではないか、母の愛に触れられる食べ物、それはおにぎり、ってやかましいわ!」

 

 下手なコントの様なやりとりをしながら去っていくオーシャン・ウェーン(本名・上野海)とその父親の背中は、やがて人波に見えなくなった。

 

 






これにて秘密の部屋編終了になります!お付き合いしてくださった読者様、ありがとうございました!

秘密の部屋編で二次創作難しかったです…じっくり時間をかけて納得いく文章で書かせてもらいました。
父様のキャラが少々ぶれ気味なのが気になりますが…笑

アズカバンの囚人編もお付き合いいただければ嬉しいです

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