英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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15話

 異変に気づいたのは、闇の魔術に対する防衛術の時間だった。いつもの様に、ロックハート劇場(ロックハート先生が自分の著書の名場面を再現する時間。オーシャン命名。)が始まったので、オーシャンもいつもの様に紙に落書きをして時間を潰していた。今までは羊皮紙の切れ端を使っていたのだが、ちょうどいいところに白紙のリドルの日記があったので、それを使おうと思い立った。

 

 かなり力作の鶴の絵が描けたので、オーシャンは得意げな顔でそれを眺めた。すると、鶴は途端に明るく輝いて、ページに吸い込まれるように消えてしまった。

 オーシャンは驚いて、ハッと息を飲んだ。耳に入ってくるロックハート先生の言葉が、理解のできない言葉になる。隣のフレッドとジョージが「What?」と聞いてきたので、オーシャンはやっとの事で首を振って答えた。

 

 白紙に戻った日記に、今度はひらがなの「あ」と書いてみる。またしても文字は光って消えた。心臓がバクバクと鳴っている。

 オーシャンはふと我に返って、周りをキョロキョロと見回した。誰かに見られてはいまいかと、心配になったのだ。オーシャンは日記を鞄の中に滑り込ませた。

 

 

 

 その夜、一番早くに部屋に帰ったオーシャンは、ベッドに腰かけて膝の上に日記を広げていた。インク壺にペン先を浸して(双子の買ってくれた消える羽根ペンだ。)書いてみる。

 「アイ、アム、…オーシャン…ウェー…ン」

 ハーマイオニーの特訓のお陰でついに間違いなく書けるようになった自分の名前のスペルをゆっくりと書き終わると、その文字はまたしても光って消えた。その直後、信じられない現象が起こった。

 なんとオーシャンが書いた後から、誰かが日記に書き込んでいる様に、サラサラと文字が書き付けられていたのである。オーシャンは読み上げた。

 

 「こんにちは、オーシャン・ウェーン。僕はトム・リドル。…君は、この…日記、が、…を?―待って、早いわよ!」

 決して長文では無いのだが、オーシャンの読解能力では五秒以内に完璧に理解するには、少々難しかった。そんな事は露知らず、トムの言葉は消えていった。日記の事についての疑問系の文が書かれていたのだが、日記の何を聞きたかったのだろう。

 

 オーシャンが返事を書けないでいると、しびれを切らしたのか、トム・リドルの方から「Are you ok?」と聞いてきた。

 その文字が消えるまでに少し悩んで、オーシャンはゆっくりと「I can't write English.」と書いた。

 

 それからのやり取りはまるで手探りだった。オーシャンは英語が書けませんと言ったにも関わらず、トム・リドルは変わらない筆調で語りかけてくる。オーシャンは独りでに書かれてはすぐ消えていく文字を必死に追って、ほとんど単語で答えを返していた。

 そのやりとりの果てに、どうやらこの日記が秘密の部屋が開かれた当時の記憶を留めている事を知った。そしてオーシャンは、書いた。

 

 「Now happening Secret room.」

 

 ハーマイオニーが見たら卒倒しそうな言葉の羅列である。果たしてトム・リドルは意味を解ってくれるだろうか。

 

 すると、突然ページがひとりでにパラパラと進んで、あるページでピタリと止まった。

 そのページも白紙である。呆気にとられてオーシャンが白紙のページを見つめていると、訳もわからぬまま、ページの中へ吸い込まれてしまった。

 

 

 両足が固い地面を踏んで、オーシャンはハッとした。周りを見回すと、そこは寮室ではなく、校長室だった。しかし、机の向こうに座っているのはダンブルドア校長ではなく、不死鳥の止まり木も無かった。

 「…あのぅ、すみません…」

 恐る恐る近づいて、席に着いている老人に声をかけた。一瞬、言葉の能力が使えなくなっているのかと思ったが、それにしたって何らかの反応は返してくれそうなものである。

 

 オーシャンは思いきって机を回り込んで、老人の正面に立った。声をかけたり、手を叩いたり、杖で机を叩いたりしてみたが、まるで反応はない。そうしてよく見てみると、老人の顔に見覚えがあった。

 ダンブルドア校長の前任の、ディペット校長であった。留学前にホグワーツについて少々調べた時に、彼が写っている写真を見たことがあった。

 そして前に校長室で見た、歴代校長の肖像画がかかっている壁を見ていくと。前校長の肖像画があった所には何も飾られていなかった。

 

 どうやら、そしてどういう訳か、ここは過去のホグワーツ魔法魔術学校の校長室であるらしい。そして日記からここに繋がった事を考えると、五十年前当時であろう。

 トム・リドルはどういうつもりでここに自分を招いたのだろうか?もしかすると、秘密の部屋の事件の全貌を見せてくれるつもりなのか?

 

 その時ドアがノックされる音がして、オーシャンは振り向いた。ディペット校長が「入りなさい」と答える。

 

 そして静かにドアを開けて入ってきたのは、一人の生徒であった。監督生バッジが胸に輝いている。

 ディペット校長は「ああ、リドルか」と言った。トム・リドルその人であろうか。

 リドルは「ディペット校長。何かご用でしょうか」と、どこか尊大な態度で言った。

 ディペット校長はリドルに席を勧め、リドルがふかふかの応接ソファに腰を下ろすと、二人は話し始めた。

 

 「リドル君、今、君から貰った手紙を読んでいた所だ。残念だが、夏期休暇中に君をホグワーツに残すことはできない。休暇には家に帰りたいじゃろう?」

 ディペット校長の問いかけにリドルは「いいえ」と端的に答えた。

 

 ここから介入できないオーシャンには、ただ二人の会話を聞いている事しか出来ない。

 そこでオーシャンが知ったのは、リドルは休暇中にはマグルの孤児院に帰らなければいけないこと、リドルは魔女とマグルのハーフであり、両親はトム・リドルが物心つく前に亡くなってしまった事、そして、今まさにホグワーツで起こっている怪事件によって、女生徒が一人犠牲になってしまった事だった。

 

 「以前に秘密の部屋が開かれた時、死者が出ていたのね…。だから、先生達が揃って口を閉ざしていたんだわ」

 誰にも聞かれないのをいいことに、オーシャンは一人呟いた。

 「先生、もし、その何者かが捕まったら―もし、事件が起こらなくなったら…」

 矢継ぎ早にリドルが言ったので、ディペット校長が目を見開き、聞いた。「どういう事かね?」

 

 「今回の襲撃事件について、何か知っておるのかね?」

 ディペット校長の問いにリドルはまたも「いいえ」と答えた。校長は僅かに失望の色さえ見せたが、オーシャンはリドルの顔色を覗き込んで薄く笑った。

 「嘘が下手ね」

 開心術など使う迄もないくらいの、下手な嘘だった。表情筋の微妙な動きや若干の声のトーン、そして語気語調などから読み取れる程度の、その場しのぎの否定であった。

 

 その後リドルが校長室を辞して何処かに足を向けたので、オーシャンも彼の後についていった。途中、教職員時代のダンブルドア先生に声をかけられた。

 「おや、リドル。こんな時間に何をしておるのかね?」

 リドルが、校長からの呼び出しの帰りだという旨を伝えると、ダンブルドア先生は「では、早くベッドに戻りなさい」と言った。「この頃物騒なのでの…」

 

 リドルは一つ礼をして、先を急ぐように歩き出した。ダンブルドア先生は、決して厳しくはない眼差しで、リドルの姿が見えなくなるまでその背中を見送っていた。

 

 リドルは地下牢教室に入り、そのまま廊下に目を凝らして、じっと誰かを待っていた。

 しばらく経つと、誰かが地下牢教室の前を通りすぎていく足音がした。少しは足音を殺そうとしているが、それがぎこちなくて余計に目立ってしまっている感じの足音だった。リドルは標的が通りすぎるのを待って、サッと廊下に出た。そして少し間隔を開けて尾行を開始した。もちろん、オーシャンも音もなくついていく。

 

 そのまま五分も歩くと、標的は物置部屋に身を忍ばせた。

 「さあ、お前をここから出さなきゃなんねぇ…」

 そう何かに語りかけている声を聞いて、オーシャンは我が耳を疑った。少し若いが、それでもよく知っている声だ。

 

 リドルが物置部屋のドアを開けて中に踏み入った。「観念するんだ、ルビウス」

 若き日のルビウス・ハグリッドが、同級生に杖を突きつけられていた。

 「トム、こんなところで、何してる?」

 「僕は君を突き出すつもりだよ、ルビウス。襲撃事件が止まなきゃ、ホグワーツを閉鎖するって話まで出てるんだ」

 

 ハグリッドが背中に隠したものが、キチキチと妙な音を立てた。「こいつは何もしてねぇ!」

 しかしリドルは無情にも、「明日、亡くなった生徒のご両親が学校に来る。せめて娘さんの仇を確実に始末しておく事が、学校としてできる事だ」と言った。

 ハグリッドの背中から何か黒い巨大なものが飛び出し、リドルはそれに向かって杖を振るったが、ハグリッドに妨害されてそれは叶わなかった。

 そこでオーシャンが見たものは、巨大な真っ黒い一匹の蜘蛛だった。ドアの隙間をすり抜けて、蜘蛛は一目散に逃げていく。

 ハグリッドがリドルに「止めろ!止めろ!」と叫ぶのを聞きながら、オーシャンは自分の体が後ろに引っ張られていくのを感じていた。

 

 

 

 オーシャンは自分のベッドで目を覚ました。リドルの日記は開かれたまま腹の上に乗っていた。

 いつの間にか帰ってきていたルームメイトが、オーシャンの顔を心配そうに覗き込んでいた。オーシャンは自分が、悪夢でも見た後の様に汗だくになっているのに気づいた。

 

 「…Don't worry.」

 心配そうにしているルームメイトにそう言って、オーシャンは布団に潜った。

 

 

 次の日、ハリー、ロン、ハーマイオニーにこの話を聞かせると、三人とも目を丸くした。

 「五十年前に秘密の部屋を開けたのって、ハグリッドだったの!?」

 しかしオーシャンは首を頭を振った。

 「いいえ、ハグリッドは秘密の部屋など開けてはいないでしょうね。都合のいい生け贄にされたんじゃないかしら?」

 

 「私はむしろ、あの日の記憶を見せたトム・リドル自身が怪しいと思うわ」

 「何で?決定的瞬間を見せてくれたんじゃないか」とロンはオーシャンに反論した。

 

 「そう。犯人逮捕の決定的瞬間を見せてくれたわ。でも、何故その日を見せたのかしら?あんな、リドルがハグリッドを一方的に追い詰めている日の記憶を。女生徒が亡くなった日を見せてくれた方が役に立ったのに。もしかしたら、そちらの記憶は見せられなかった、あるいは見せたくなかったのかもしれない。でも何故、何も知らない第三者にハグリッドが犯人だと信じ込ませるには、ピッタリの記憶を見せてくれたのかは分からないけれど」

 「蜘蛛と秘密の部屋の間に関係性は無い様に見えたし。あれは誰でも入れる物置部屋に潜んでいた、ただの巨大蜘蛛よ」

 巨大蜘蛛という言葉を聞いて、蜘蛛が苦手だというロンがブルッと身を震わせた。

 

 「何より、蜘蛛に毒はあるけど石化能力が無いっていうのが、決め手よね。怪物は大蛇以外あり得ないの」

 そう言ってオーシャンはニコリと笑った。





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