英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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13話

 

 

 あの一夜限りの決闘クラブが終わってから、校内の噂は専ら、「スリザリンの継承者」はハリー・ポッターとオーシャン・ウェーンのどちらであろうというものだった。

 日本人であるオーシャンがサラザール・スリザリンの末裔であるなんて仮説はあまりにも馬鹿馬鹿しいもだったが、どうやら結構な数の生徒がそれを信じているようだ。

 

 「この学校の生徒って、突飛もない話でも信じ込んじゃうわよね。集団心理が働いてるのかもしれないけど。将来、詐欺に引っ掛からないか心配よ」

 噂されている当の本人は、暢気なものだった。ホグワーツの生徒が、電話口で「オレオレ!」と言われる様な詐欺にも引っ掛からないか、頬杖をついて心配している。双子のウィーズリーは呆れていた。

 

 「お前ってすぐパニックになるくせに、こういうことには心臓強いよな」

「ハリーを少し見倣えよ…相当気にしてるぞ、あれは」

 ハリーは決闘クラブの一件以来、常に浮かない顔をしていた。原因は、同学年でハッフルパフ生のジャスティン・フィンチ-フレッチリーがハリーを避ける様になり、同時にみんなから影で「スリザリンの継承者」呼ばわりされているからだ。

 どうやらみんな、あの時マルフォイが魔法で出した蛇を、ハリーがジャスティンにけしかけたと思っているらしかった。

 

 朝食の席で元気が無い様子のハリーを見遣り、しかしオーシャンはあっけらかんと言った。

 「可哀想だけど、ハリーはちょっと気にしすぎよ。あの時のハリーの行動は間違っていなかったのだし、もとはと言えば講師が要らんことしたのだから、蛇を鎮めたハリーは胸を張っていいくらいよ」

 確かに、何故蛇がジャスティンに攻撃しそうになったかと言えば、十中八九ロックハート先生のせいである。オーシャンは続ける。

 

 「それに、もしも実際、ハリーか私がスリザリンの末裔だとしても、それはそれで気にする事では無いわ。ハリーはハリー、私は私。一千年前の先祖なんて、実際ほとんど他人よ」

 そう言ってゴブレットの底に手を添えて音もなくジュースを啜るオーシャンだったが、数時間後には、そうも言っていられなくなった。

 

 一人で「魔法薬」のクラスに向かおうと階段を降りていて、突然その光景に出くわした。最初に目に入ったのは宙に浮かんでいる黒く煤けた物体。歪な形をしたそれは、よくよく見ると首が落ちかかっている「ほとんど首なしニック」だった。表情が恐怖に固まり、その場に身じろぎもせずに浮いていた。彼の後ろには、呆然としたハリーが立っていた。その彼の足元には、石化した生徒が一人、転がっていた。

 

 ハリーがオーシャンに気づき、二人の目が合ったが両者共に、言葉を無くしていた。ハリーの足元に転がっているのは、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーだった。

 

 直後ピーブズが現れ、ハリーとオーシャンと石化している二人を見つけて目を丸くした。そして、息を吸い込む様な仕草をした後に学校中に響き渡る大声で何事か叫んだ。もうその時には、オーシャンは言葉の能力を失っていた。

 

 ピーブズの声に、扉という扉が開いて生徒が集まってきた。皆ジャスティンとニックを見つけては口々に何か叫んでいた。教師も生徒も、皆怖い顔でハリーとオーシャンを見ている。オーシャンの心臓が早鐘を打った。マクゴナガル先生がその場をてきぱきと処理しているのも、どこか他人事の様に見えた。

 

 「ウエノ」

 先生に呼ばれてハッとした。オーシャンが先生を見ると、先生はパニックになっているオーシャンに分かる言葉だけを選んだ。

 「Come.」

 マクゴナガル先生についていくハリーについていくと、先生は大きなガーゴイル像の前で立ち止まった。

 「Lemon・candy.」

 先生の合言葉でガーゴイルがその場を退けると、背後にあった壁が割れて動く螺旋階段が現れた。先生が先へ進んだので、ハリーとオーシャンも螺旋階段に足をかけた。やがて階段は、見たこともない部屋へと三人を運んだ。

 オーシャンもハリーも、そこが校長室なのだと、直感した。

 

 音もなく扉が開いて、三人は部屋に入った。ダンブルドア校長は不在だった。マクゴナガル先生はハリーに待っていなさいと言い残して退出してしまった。ハリーと二人で部屋に残されたことで、オーシャンも心の落ち着きを取り戻してきた。

 

 部屋の中を珍しげに物色していたハリーが、組分け帽子の前で足を止めたのを見て、オーシャンは彼に近づいた。「組分け、やり直して貰いたいの?」

 パニック状態だと思っていたオーシャンが話し出したので、ハリーはホッと息を吐いた。

 

 「君って、たまにとっても不便だよね」

 「英語が出来ませんので。ご迷惑おかけするわ」

 「貴方は貴方でしょう。外野の言うことは気にしなければいいのよ」組分け帽子に手を延ばそうとしていたハリーに、オーシャンは静かに言った。ハリーが力無く微笑む。

 

 「これはロンにもハーマイオニーにも言ってない事なんだけど、去年組分けの時、僕の組分けで帽子が悩んでた」

 「どんな風に?」

 「スリザリンに入れようか、本気で悩んでた」

 「グリフィンドールに入れるか、スリザリンに入れるかで悩んでいたの?」

 「それは…」

 ハリーが言葉に詰まった。どうやら違う様だ。オーシャンは笑った。

 

 「考えすぎて、事実が見えなくなってるじゃない。組分け帽子は、他の寮に入れる可能性も悩んではいなかった?そして曲げようのない事実は、貴方は結果グリフィンドールの生徒となった事。大事なのはそれだけよ」 

 オーシャンの言葉を聞いたハリーの顔が、憑き物が取れた様に晴れやかになったようにオーシャンには見えた。悩みというものの答えは、大体が、他人ではなく自分の中にすでにあるものだ。

 

 二人の背後で醜い鳴き声がした。振り向くと、毛が所々抜けた鳥が、止まり木からじっとこちらを睨んでいる。

 「…校長のペットにしては、悪趣味に見えるわ」

 オーシャンが鳥に近づき、覗き込む様にそれを見た。ハリーは遠慮がちに答える。「きっと病気なんだよ」

 

 二人がそんな会話をしていると、突然目の前の鳥が燃え上がった。二人とも驚き、後ずさってハリーは机にぶつかり、オーシャンは腰を抜かして尻餅をついた。

 二人きりのパニックの中、ハリーが火を消すための水を探して右往左往している間に、鳥はみるみる炎に包まれ、一声鋭く鳴くと、灰となって燃え落ちてしまった。一瞬の静寂の後、前触れ無く校長室の扉が開いた。

 

 おもむろに入ってきたダンブルドア校長に向かってハリーが「Professor…」と呟いた。ハリーが必死の弁明をする間、オーシャンは立ち上がる事もできない。次から次へ訪れるパニックの嵐に、疲弊していた。

 ハリーの弁明を遮って、ダンブルドア校長は笑って何事か話していた。オーシャンにはさっぱり状況が読めない。

 

 ハリーがオーシャンを助け起こしている間に、校長は自分の事務机に落ち着いた。オーシャンが立ち上がりハリーに礼を言って、深呼吸をしていると、扉がまたバーンと力強く開かれたので、オーシャンはまたビクリと肩を震わせた。

 

 入ってきたのはハグリッドだった。小さい頭巾を頭に乗せて、何故か片手に鳥の死骸をぶら下げている。そしてそれを振り回し、ダンブルドアに何事か一生懸命伝えていた。ハグリッドが腕を振り回す度に、鳥の羽根が室内に舞っている。

 

 その後のやり取りは、オーシャンには全く理解が出来なかった。ダンブルドア校長とオーシャンが言葉を交わす事は無くオーシャンは拍子抜けだったが、ただ、校長が全てを見透かす様な目で見て来たのだけが、妙に気にかかった。

 

 

 

 


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