英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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9話

 ハロウィーンがやって来た。

 去年はトロール騒ぎでそれどころではなかったし、オーシャンはいまだにハロウィーンが具体的にどういう祭りなのか調べてもいなかった。調べていなかったというより、「お盆みたいなものかな?」と自己完結してしまった(そして間違っている)のだが。

 

 今年はなんでも、宴の余興に「骸骨舞踏団」が予約されたとの噂も流れている。「骸骨舞踏団」がどの様な有名人なのか、オーシャンは知らなかったが、生徒達はみんなその日をとても楽しみにしていた。

 

 夜になり、みんなと一緒にオーシャンも大広間に降りていった所、浮かない顔で大広間を通りすぎて行こうとする三人組を見た。

 「三人とも、どこへ行くの?宴会が始まるわよ」

 何の気なしにオーシャンが三人を呼び止めると、振り向いたハリーとロンに恨みがましい目で見られた。

 

 「行けるものなら行きたいよ…」とロンが力なく呟いた。なんでも、グリフィンドールの幽霊「首なしニック」の、絶命日パーティに行くという約束をしてしまったらしい。いざ当日になって、楽しそうな大広間の雰囲気に後悔している、という所だろう。

 

 「命日にパーティを開くなんて面白そう。初めて聞いたわ」

 オーシャンは日本にいた幽霊達を思い出した。いずれも常に悲壮に溢れて陰気な顔をしたもの達ばかりで、そのくせ質の悪い悪ふざけは大好きだった。

 十年ほど前に亡くなったオーシャンの祖母などは、自分の命日になると自分の家族のもと―つまりオーシャンと家族が住む家に現れては、誰もいない部屋ですすり泣きしたり、不気味に笑ってみたり、暗闇で足首から下だけ見せてヒタヒタ歩いたりしてみたりしていたのだ。

 

 さすがに実の息子である父も長年続く嫌がらせ(祖母にとっては悪戯だっただろうが)に堪忍袋の緒が切れて、実の母親を封印してしまった程だ。

 それでも祓わないだけまだ愛がある。日本では死んだ者が家族によって祓われてしまうのは、ざらにある話だ。自分の命日にパーティを開くこちらのゴーストは、社交的の様だ。さすが、死んでも紳士淑女。

 

 「僕達、もう行かなきゃ…じゃあね…」

 ハリーがそう言って足を地下牢の方へ向けたので、ロンとハーマイオニーがそれについていった。ロンは去り際にオーシャンに、「パーティ楽しんでね」と付け加えたので、彼らの後ろ姿を見送りながら、オーシャンは思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 そんなやりとりをしたのが、遠い昔の事の様に思えた。

 今オーシャンは、三階の廊下にいた。ハロウィーンの宴会が終わり、みんなと寮への帰路についている途中だった。

 今、オーシャンの―彼女を含めた大勢の生徒達の視線の先には、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がいた。足下の廊下は水に濡れ、壁には禍々しい色の文字が光り輝いていた。そしてその文字の下、松明の腕木にぶら下がっているのは…。

 

 「お前らよくも私の猫を殺したな!」

 無惨な姿になって松明の腕木にぶら下がっている飼い猫を見て、フィルチが喚いた。「殺してやる…!」

 突然の状況に、オーシャンの心臓が早鐘を打とうとしている。ドラコ・マルフォイの声が、「次はお前達の番だぞ。穢れた血め」と嘲った。今ここでパニックになってしまったら、誰がかわいい後輩達を守るというのか。

 

 オーシャンは深呼吸して、手のひらに素早く「人」という字を三回書いて飲み込む真似をした。昔、緊張してる時にやると心が落ち着く、と母に教えてもらったまじないの一種だった。

 

 「よく状況を見てから物を言うことね、フィルチ。貴方は死んだ者と石化した者の区別も付けられないの?」

 

 オーシャンが声を張り上げると、周りの生徒達の波がさっと割れた。彼女は松明の腕木にぶら下がっているミセス・ノリスに近づく。

 「ほら、毛も逆立ったままだし、爪も出ている…それに何より、目から生気は消えていないわ。石化した者は限りなく死に近づいているから、少し分かりにくいけれど」

 

 ハリー達とフィルチが訝しげな顔でオーシャンを見つめた時、そこに数人の先生を従えてダンブルドア校長が現れた。

 「アーガス、ウミの言う通りじゃ。ミセス・ノリスは死んではおらん」

 彼の後ろに控えているロックハート先生が「私にもそう見えますね!」と訳知り顔で言っていた。

 

 ロックハート先生を無視して、校長は眼鏡の奥にある瞳を光らせてオーシャンを見た。

 「ともすると、この猫はどう言った原因で石化したと思うのだね、ウミ?」

 これにもロックハート先生が「恐らく「異形変身拷問」の呪いでしょうな!」と聞いてもいないのに答えた。ダンブルドア校長は彼を振り向きもせずに静かに言った。

 「ギルデロイ、わしはウミに聞いておる」

 

 オーシャンは答えに少し迷った。可能性として考えられるものがあるにはあったが、それはこちらにも存在するのだろうか?

 「…猫がこの様に威嚇した姿勢を崩していない所、尚且つこの、恐怖している様な表情を見てとるに、犯人は動物的恐怖を与える存在、かと。人間とは考えにくいかと思います。以前、同じ様な表情をした猫を、やはり石化した状態で日本で見たことがあります。…犯人は大蛇でした」

 大蛇の視線は、見たものを石化させるという。

 

 ダンブルドア校長が眉を潜めた。

 「オロチ…?日本のオロチが何故ホグワーツに…?」

 「あくまで可能性の一つです。或いはオロチに類するものであるかと。いずれにせよ、犯人は人間では無いはずです。彼女が人間にこんな表情を見せたのは、見たことがないもの」

 

 オーシャンの答えを聞いて、ダンブルドア校長は複雑な表情をした。「犯人が何者であれ、石化したのであればミセス・ノリスは治す事ができるだろう。幸運な事に、スプラウト先生がマンドレイクを手に入れておる。十分に成長したら、マンドレイク薬を作ることができるじゃろうて」

 

 ロックハート先生が「私が作りましょう。マンドレイク薬なんて何回作ったことか!眠ってても作れますよ!」と一人で息巻いている。スネイプ先生は彼に、「お忘れかと思いますが、我が校の魔法薬の担当教授は我輩だ」と言った。スネイプ先生の顔色を見てロックハート先生が少し青ざめたので、オーシャンは顔色一つ変えずに心の中で「ざまぁ」と嗤った。

 

 不意に周りの音が戻ってきた感覚だった。未だに動かずに先生達の会話を聞いていた大勢の生徒が、ざわざわと騒ぎ出した。マクゴナガル先生が前に出て皆を寮に帰すように監督生達に指示を出し、オーシャンやハリー達も程なくして寮に帰ることが許された。

 

 「Ms.ウエノ、庇ってくれてありがとう」寮に帰る道すがら、ハリーはオーシャンに言った。

 「どういたしまして。…おぞましい光景だったわ。それにあの壁に書いてあった文字、何と書いてあったの?」

 オーシャンの問いにハーマイオニーが諳じた。「秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ」

 

 「意味が分からないわ。秘密の部屋って何?」

 オーシャンがそう言うと、突然ロンが「ちょっと待って、何か思い出しそう」と、こめかみに指を当てて記憶を探っていた。

 「ビルに聞いた事があるよ。ホグワーツには誰も入れない「秘密の部屋」があるって」

 

 「秘密の部屋って、一体何故「秘密」なのかしら…?誰が作ったの?」

 オーシャンに聞かれてロンは首を傾げた。「さあ、そこまでは…」

 「それに、他にも疑問はあるわ。貴方達は何故、あんなところにいたの?絶命日パーティが終わったのだったら、真っ直ぐ大広間へ来れば良かったのに」

 

オーシャンが真っ直ぐな視線で聞いてくるので、ハリーは「行こうとしていたんだけど…」と言葉を濁したが、ハーマイオニーが意を決したように言った。

 「ハリーが、声が聞こえるって言うの」

 「ハーマイオニー!」ロンがハーマイオニーを非難する様な声を出した。ハリーもさっと青ざめている。

 

 「オーシャンには言っても大丈夫よ。去年、どれだけオーシャンが助けてくれたか、二人とも忘れたの?」

 そう言われると、逆にオーシャンはこそばゆい思いがした。

 去年の一連の出来事は結果的にオーシャンがハリー達を助ける形になっただけで、実際はほとんど、彼らを心配に思ったオーシャンがお節介を焼いていただけだ。少なくとも、彼女自身はそう思っていた。

 

 ハリーには聞こえてロン達には聞こえない声を追いかけて、現場に居合わせてしまったという話を聞いたオーシャンは、合点がいった、という風に笑った。

 「ああ、なんだ。ハリー貴方、蛇使いなのね」

 私の推測通りに犯人が大蛇だとすれば、その声はハリーにしか聞こえなくて当然よね、と、オーシャンはさも当たり前の事の様に笑ったが、ロンとハーマイオニーは彼女の言葉に驚いて硬直していた。

 

 「は、ハリーがパーセルマウス!?君、それ本当かい!?」

 ロンが謎の言葉をハリー問いかけるので、ハリーは「僕が、何だって?」と聞き返した。ロンは間髪入れずに答える。「蛇語使いだよ!」

 「ああ、昔一度動物園で、従兄弟に大錦蛇をけしかけちゃった事ならあるよ」と、ハリーは事も無げに言った。

 ロンとハーマイオニーがあんぐりと口を開けたままなのを見て、ハリーは「そんな事、みんなできるんじゃないの?」と言った。

 

 「ハリー、そんな事できる人は、ざらにはいない」

 しかしロンのその答えに驚いたのは、ハリーではなくオーシャンだった。

 「えっ、そうなの?」

 「えっ?」

 「えっ」

 ロンがびっくりしてオーシャンを見つめた。キョトンとした二人が、数瞬見つめ合う。

 

 「…日本では、蛇使いと呼ばれる職業があるくらいで、割と魔法界ではポピュラーな動物なんだけど…?当然、会話ができる人も多いわ」

 「えっ!」

 「えっ」

 再び奇妙な間が流れた。

 

 「…みんな出来るんじゃないの?」オーシャンはハリーと同じ質問を再度口にしたので、ロンの口調は砕けたものになった。「だから、そうそういないって」

 

 




更新が遅くなりました。いつもお読み頂き、ありがとうございます。

どういう文章にしても、バジリスクについて推測しだした途端オーシャンらしくなくなってしまうという魔の「オーシャンスランプ」に陥ってました!
これからも満足の行く文章を探して、更新頻度が遅くなる事が予想されます。読者様には申し訳ないですが、暖かく見守っていただけると嬉しいです

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