君とボクと   作:律@ひきにーと

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【ほら、もう、あなたが、足りない 】

「はぁ……」

 

事務所の机で突っ伏しながらセリカはため息をついていた

 

今日は雪那は高校の剣道部の稽古をつけに出掛けてしまっていた

いつもなら迷わず雪那に付いていくセリカなのだが今回は来客予定がある、と言うことでセリカは事務所に残っていたのだ

 

その来客も突如来れなくなった、と先ほど連絡が入り結局セリカは置いてきぼりを食らっただけということになってしまった

 

「はぁ……」

 

今からでも会いに行こうか

しかし自分は武術には詳しくないので結局は邪魔でしかないのだ

雪那と共にありたいとは願っても彼女の邪魔になるようなことはセリカも望んでいなかった

 

なので結局こうして事務所の机にため息を吐きかけるだけの作業をしていたのだ

 

「……いけませんね こうも気が滅入ってしまっては仕事も手につきません」

 

そう言えば目を通さなくてはならない書類がここに……

以前受けた依頼人から再度の依頼もあったような……

等等やることは沢山あるのにさっぱり手に付く様子はなかった

 

ただひたすら雪那のことが頭をめぐる

そんな感じだった

 

「あー……本当ダメですね ちょっと気分転換しましょうか」

 

そういうとセリカは席を立つとコーヒーを煎れようとガス代に向かった

 

…………

 

とりあえず新しく買ってきた種類の豆を使ってみよう

いつものごとく味は分からないのだがまぁ、きっと美味しいだろう

正直美味しさもわからないのだが

 

元々セリカはコーヒーはカッコつけて飲んでいる感が強かった

こんなものちょっといい香りがする苦いだけのお湯であるというのがもっぱらの感想

しかしそれがいつの間にか習慣となっていてすっかり常飲するようになっていたのだ

 

考え事をするときも仕事をする時も一杯あると落ち着く

自分にとってコーヒーは着火剤のような役割なのかもしれない、と思っているとお湯が湧く

 

慣れた手つきでフィルターに粉を煎れお湯を注ぐ

香ばしいなんとも言えない芳醇な香りが部屋を包み込む

 

じっくりと抽出されていくコーヒーをひとまず放置し茶菓子でもないかと適当に戸棚を漁ってみる

 

来客用のクッキーがあった

 

まぁ、どうせ今日来ていたら出していたものなのだ

客の腹に消えるか自分の腹に消えるかの違いしかない、とセリカは割り切って何枚か小皿に盛り付ける

 

なんだか少し悪いことをしているような気分だな、と思うとどこかおかしくなってきてついふふふと笑ってしまった

 

そうこうしている間にコーヒーが出来上がったようだ

コーヒーとクッキーを手にセリカは机へ戻っていった

 

……

 

雪那が居ないと萎びてしまう

そう表現したことがあったが間違ってはいないな、と思った

 

書類をある程度処理したところでセリカは一息ついた

 

いつも仕事している時は雪那が近くにいるからハリが出ているのであって雪那がいなければこんなにもやる気が落ちるものなのかと

 

雪那に相当依存してしまっている証拠だ

 

依存自体は悪い事ではない

ただそれが自分を腐らせてしまうのならそれはよくない依存の仕方なのだということも分かっていた

 

だけどこう、雪那が側にいないだけで自分の孤独さを痛感することになるのだ

 

確かにこの街にやって来てから早くも数年が経った

親しい仲の友人もお互いに増えただろう

それでも雪那ほど心を許せる人というのは1人もいないのだ

 

雪那には自分をすべて晒している

過去も今も未来も

全てを雪那に見せている

それは雪那も同じだ

雪那も自分を信じてここまで付いてきてくれた

 

だからこそお互いが常に近くにいすぎたせいで離れてしまうとこんなにも、相手を求めてしまうのだと

 

セリカは初々しい生娘のようだ、と思った

 

しかしそれならそれでもいいではないか

 

お互いを求め合うなら求め合えばいい

私達はそういう道を選んだのだから、と

 

そう言えば御婆様相手に啖呵を切った時もそんなことを言ったな……と思っていたら、不意に事務所のドアが空いた

 

「帰ったぞ」

 

雪那だった

時計を見るに帰る時間には少し早いと思うのだが

 

「予想より早く終わってな 帰り際茶会に誘われたが断ってきた」

 

「あら勿体ない ゆっくりしてくればいいじゃないですか」

 

そうセリカが言うと雪那はふっと笑い

 

「どこかの寂しがり屋が泣いているかもしれないからな」

 

と、何もかもお見通しのような笑顔をセリカに向けてきた

 

「ボクはそんなに子供じゃありませんよ」

 

「どうだか」

 

「……敵いませんね雪那には」

 

そういうとセリカは席を立ち、雪那の方へ歩み寄ると

 

「寂しかったですよ、雪那」

 

「素直でいいことだ」

 

ぎゅっと、優しく抱きついた

 

End


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