1人、寝室でため息を吐く
ため息を吐く度に幸せが逃げると言うがセリカはそういうのは信じていなかった
ため息程度で逃げる幸せとはその程度のものだったのだと思うようにしている
ため息の原因は今日の職場でのことだ
昼頃、なんとなしにビル(落葉堂は二階に位置する、日当り良好)の窓から下を眺めていたら子供連れが目に入った
母親が駄々をこねる子供を引きずっていく…まぁ日常ではよくあることだが、セリカにはそのシーンが過去の自分に重なってしまい、弾けて、混ざって、フラッシュバックを引き起こしてしまった
「うぁ、あ」
思わず後ずさる ガタッと机にぶつかる
その拍子に机の上にあった書類が床に落ちる
それがスイッチだった
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
その絶叫ともとれる謝罪の声
その声に隣室にいた雪那が飛んできた
「セリカ!?」
「うぁ、うぁぁぁあぁあぁぁあぁあ…」
完全に床に突っ伏して泣き潰れているセリカ
雪那は駆け寄って背中を擦りながら優しい言葉をかける
「大丈夫だセリカ…もうここにはお前を虐げるものはいない…」
「うぅ…」
「傍には私がいる 大丈夫だ 怖いものは全て私が斬ってやるから、だからそんなに泣くな」
「せつ、な」
「うん」
「僕は、ボクは、貴女にいつも救われてばかりだ…」
ぎゅっ、と背中からセリカを雪那が抱きしめる
優しく、包み込むように
「いいんだそれで 私はお前を救いに来た側なのだから」
「ごめんなさい、雪那…」
そこで、セリカの意識は途切れた
どうやら抱きしめられて安心して眠ってしまったらしく、気がついた時にはベッドの上だった
たまにこうなる
あの虐げられ、嬲られ、いたぶられ、なじられ、貶され、脅され、傷つけられていた日々の記憶が蘇って襲ってくる
それが嫌で18の時に家を逃げ出してフランスへと逃げた
それを追いかけてきたのは、幼なじみの雪那だった
あの時、覚悟していたのは捕まること、家へと連れ戻されること
そして期待していたのは、奇跡
一緒に逃げてしまおうと
結果、奇跡の方が起こり今に至るのだが、それでもあの家での傷跡は鈍く、深い
最近は落ち着いてきたと思っていたのにこれだ
多分自分は一生この傷と向き合って生きなければならないのだろう
でも、その度に、自分を悲しみと苦しみの底から引き上げてくれる手があるから生きていられる
雪那がいるから、今をこうして生きている
優しい雪那
幼少の頃からそれは変わらず、自分を守ってくれる
彼女に出逢えたのが、あの家での唯一の救いであり奇跡
そんな奇跡を
「目が覚めたか」
「はい ご迷惑をお掛けしてすみませんね、雪那」
「何、私たちの仲だ 慣れているさ…っ?」
今はぎゅっと、抱きしめる
end