君とボクと   作:律@ひきにーと

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いい夫婦の日

「今日はいい夫婦の日ですよ雪那ー♪」

「…だからどうした」

雪那はいつも通りの調子で返したこういう時にセリカに乗って返すといつも引っ掻き回されるのだ 知っている

今日は11月22日、語呂合わせでいい夫婦の日となる

そんな日に彼女が大人しくしてる訳もなく······

「いい夫婦の日なんですから夫婦らしいことしましょうよー」

「仕事しろ」

「つれないですねー どうせ今日はもう依頼人も来なさそうだから早めに閉めようと思ってたのに」

「それこそ働け、だ」

今日はやたらボディタッチが多いと思ったらそういうことか、と思った

わかりやすいがわかりにくい

「文代さんの店で1杯引っ掛けていってもいいんですよ?」

ぐっ…と狼狽える雪那

こうやって誘惑してくるのが上手いからセリカは侮れない

さすが口八丁手八丁でこの事務所を立ち上げただけはある

口の上手さだけは超一流なのだ

だからといって誘惑に負けてしまってはダメだと頭を振る雪那

「今なら熱燗たのみほーたーい」

「ダメだちゃんと終業時間まで」

「文代さんの店今から向かえばちょうど開く頃着くから静かに呑めますよー」

「ぐっ…」

 

そして今に至るわけである

「私は…ダメな女だ」

「いやぁ誘ったのはボクですしダメなのはむしろボクでしょう」

はははと笑ってみせるこの女狐が今だけは憎たらしく感じてしまう

だが憎さ余って可愛さ100倍とはよく言ったもので、実際は連れ出してくれたことに感謝していた 雪那も実を言えば早く帰りたかった

いい夫婦の日なのは雪那も知っていたのだ

だからこそこんな日くらい派手に甘えてやろうと思っていた それが自分に出来る『夫』への『妻』としてのサービスだと思っていたからだ

抵抗していたのはただのポーズだったわけである

「はい、アボカドの漬けお待ち」

「すみません文代さん、開けて早々来てしまって」

「いいのよせっちゃん 人が来ないよりはマシだもの!」

文代と呼ばれた女性はニッコリ微笑んだ 彼女はここ居酒屋一本木の女将

1人でここを切り盛りするのは大変だろうにいつも彼女は客には笑顔しか見せない

もっとも、その人柄の良さからこの居酒屋は繁盛しているのだろうけど

「文代さん、ボクにはウーロンハイ貰えますか?」

「はいよっ 濃いめ?薄め?」

「濃いめでお願いします」

セリカは酒に大して強くない、むしろ下戸と呼んだ方がいいぐらいである 雪那は心配した

「大丈夫なのかセリカ」

「大丈夫ですよ ちびちびやりますんで」

まぁこういう日くらい呑みたいこともあるだろう 彼女が決めたことなのだから酒の席でこれ以上は無用のことである

だったのだが…

 

「あいじょうがねーたりないんでしゅよー」

案の定である

セリカは完全に酩酊していた ウーロンハイ1杯飲み終えたあたりから様子がおかしかったのだ

「だいたいね!ぼかぁ毎晩毎晩抱き倒してるのに!」

「おい!」

「ボクの気持ちは1/3もつたわってないんですよー!」

どっかの歌詞で聞いた言葉だが、今はそんなことを気にしている場合ではない

「文代さん、申し訳ないですけどお冷を…」

「雪那も雪那ですよ!」

何だ急に、とセリカの方を向けば頬をふくらませていた

「キスしようとすると逃げるし!抱きしめようとすれば引き剥がすし!腕力でボクが敵わないの知っててやってますよね!」

「だから人前で何を言うか!」

「あーもー雪那の愛が信じられなーい!」

完全に酔っ払っている これは連れ帰って早々に寝かしつけた方が良さそうだ

文代さんお会計を…と言いかけた雪那にセリカが言葉を紡ぐ

「ここでキスして」

「はぁ!?」

「ちゃんと愛してるって証明してくれなきゃ帰りませんから!」

「公衆の場だぞ!」

「今お客さん僕らしかいません!」

「文代さんがいるだろうが!」

確かにピークタイムではまだないので客は確かに雪那たち二人しかいなかった

しかし問題はそこではない

人前で、キス、しかも知人の前で

こんな辱めがどこにあるというのだ

「キース♪キース♪」

「乗らないでください文代さん!?」

「いいじゃないせっちゃん 減るもんじゃあるまいし」

「色々すり減ります!私が!」

「…してくれないんですか?」

と、セリカが上目遣いで覗き込んでくる

潤んだ目、上気した頬、色気しかない

くっ、と正気を持っていかれそうになるのを必死に耐える

その時である

「隙あり!」

 

チュッ

 

正面からセリカの顔が迫ってきてあとは一瞬

キスしてしまった

「あ、あああああああ······」

「へへっ奪っちゃったー」

「ご馳走様ー♪」

「文代さん…」

 

そんなこんなでいい夫婦の日にもイチャつくのは変わらないこの百合夫婦だった

End

 


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