IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
最悪だ……。私はもう何度目になるか分からない溜め息を、目の前に座る彼に気づかれないようにしてついた。
「おい、はやく続きを読め」
『……ワ、ワタシノイエノ……ナカニハ……オオキナツクエガ……』
彼に急かされるようにして私は持っている本に書かれた文を読む。表紙にはフランス語で『日本語入門』と書かれていて、中には見たことのない文字(ヒラガナとカンジと云うらしい)がズラズラと並んでいた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「もう少し簡単な文にしてもらえませんか?」
「……駄目だ。1ヶ月間である程度話せるようになってもらう必要がある」
今の教材が難しすぎる、と彼に頼んでみても目の前に座る男の子は高圧的な台詞と共に首を横に振るだけだった。
コンノヒデトと名乗る彼が家に来てからもう1週間が経とうとしている。はじめのうちはモリモトというニコニコと優しそうなお兄さんも居てくれたのに、仕事があるらしく帰ってしまったらしい。
後に残ったのは同い年なのにやたらと乱暴な言葉遣いと高圧的な態度を取る彼だった。彼の苗字とモリモトさんの彼に対する接し方からして、私がテストパイロットとして契約することになった紺野重工業の御曹司、それが彼だということは予想できる。だから私との関係は雇い主と労働者の関係にある。でもそれにしたってもう少し柔らかく話してくれたっていいんじゃないだろうか。
「1ヶ月後に何かあるんですか?」
「俺が日本に帰る、だからそれまでにある程度の上達を見たい」
私は彼が居なくなる日がはっきりした喜びと共に、あと3週間以上もこんな毎日が続くのかと思うと、お腹のあたりが痛くなる気がした。
「分かったならとっとと文章を読め。ある程度平仮名は読めてきてるんだから、スラスラいけるだろ」
褒められてるのか怒られているのか分からないような台詞を聞きながら、私は泣きたくなるのを我慢して日本語を読み続けた。
やがて、お昼を告げる鐘の音が村の方から聞こえてきた。
「よし、日本語の勉強はここまで」
「はふぅ……」
パタンと本を閉じた彼の横で、私は机につっ伏す。疲れた。頭が痛い。だが、そんな泣き言を言ったところで許してもらえるほど、目の前の彼は甘くないのだ。
「昼食の後はISの基礎知識について勉強するから」
「……はい」
抵抗しようにも『日本語、IS工学その他紺野重工業が要求するテストパイロットとして必要な諸々の知識を学習する』という契約書にサインをしてしまっている。首に鎖が繋がれた気分だ。
いつか本当にISに乗ることが出来たら、目の前の彼を思い切り殴りたいと思う。
「ほら、昼だ。早く食べろ」
机に突っ伏したまま野望を募らせていると、目の前にコトリとお皿が置かれた。顔を上げると美味しそうな湯気を上げるパスタが置かれていた。
「あの、これ……」
「この前森本さんに持ってきて貰った食材で作った。家のものはフライパンくらいしか使ってないから安心しろ」
聞きたかったのはそういうことではないのだが……どうやら食べてもいいらしい。私はおずおずと渡されたフォークを受け取り、くるくると巻いたパスタを口に入れる。そして私は驚きのあまり口元を抑えた……美味しい!
「お、美味しいです!」
「それはどうも」
彼は何でもないことのように答え、傍らに置いたノートパソコンを弄りながらパスタを口に運んでいた。料理を褒められても嬉しくないんだろうか? 私はこの前『美味しい』って言ってもらえて凄く嬉しかったんだけど。
それより……。
「あの、何かしながらご飯食べるのは良くないと思います」
「あ?」
彼がパソコンの画面から顔を上げ、私の方を見てくる。心なしか機嫌が悪くなって、私の方を睨みつけてきている気がする。怖い……。それでも私は勇気を振り絞って続けた。
「しょ、食事中にパソコン弄るのは良くないと思います。自分で作ったご飯でも感謝しながら食べないと……」
ゆっくりと彼の手が持ち上がる。叩かれる!そう思った私は固く目を結び、衝撃に備えて身構えた。
あれ……?
だがその衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、何事も無かったかのように彼は食事を続けていた。ただ一つさっきと違うのはノートパソコンが閉じられて食卓の端に置かれている。
「……?どうした?」
「い、いえ、あの……ありがとうございます」
ポカンとした私を不思議に思ったのか彼が首を傾げてきた。私は慌てて両手を振りながら、何故かお礼を言ってしまった。何に対するお礼だろう。叩かれなかったこと?素直に私の忠告に従ってくれたこと?
彼も私と同じことを思ったのか、変なものを見るような目で口を開く。
「別にお礼を言われるようなことはしていない……ただ、君の言うことが尤もだと思っただけだ」
意外だった。今までの態度からして、ただ甘やかされて高圧的な態度を取っているだけだと思っていたからだ。そんな彼が私の忠告を『正しいから』という理由で素直にパソコンを片付けてくれた。
いつもより早口で話した後、照れたように顔を背けてしまう彼。そんな目の前の男の子の様子にどこか可愛らしさと親近感を感じた私は、自分の頬が自然と緩むのが分かった。
「……シャルロット」
「え?」
「
「……何の為に?」
「あ、貴方と……仲良くなりたいから……じゃダメですか?」
ふむ、と彼は少し顎に手を当て、考える素振りを見せた。
「分かった……その代わり俺も『貴方』じゃなくてヒデトという名前がある。だから──」
「分かりました。ヒデト……よろしくね」
「……急にフレンドリー過ぎないか?」
「え?でも私達友達になったんですよね?」
「……そうだったのか」
目の前の男の子は呆れたようにそう言い、しばらく何か考えるように遠い目をしていたが、やがて再びもぐもぐとご飯を食べ始めた。
再び会話がなくなるのがどういう理由か凄く嫌だった私は慌てて口を開いた。
「そういえば森の中に凄く綺麗な湖があるんですけど」
「へぇ、そうなのか」
「よ、良かったらお昼から私が案内しま──」
「残念だが昼からはISの勉強がある。ははっ、もう忘れたのか?」
ヒデトはそう言っていたずらっぽく笑った。改めて見たその顔は今までよりカッコよく見えた気がして、私は慌てて目を逸らし、パスタをくるくると巻く作業に戻った。
「ほら、早く食べろ。50万ユーロ分は働いてもらうからな」
相変わらずぶっきらぼうで高圧的な口調のヒデト。それでもそんな口調の中にどこか暖かさがあるような気がして、私は素直に首を縦に振った。
さっきまではとにかく早く日本に帰って欲しかったはずなのに、今ではもっと仲良くなりたい気持ちの方が大きくなっている。早く食べ終わってもっと沢山ヒデトと話してみたい。ヒデトのことを知りたい。
私は湧き上がるワクワクとした想いを胸に急いでパスタを口に運ぶのだった。
その後、いきなり敬語を使うのをやめた私を見て、ヒデトが愕然とするのはまた別のお話。