IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい   作:砂糖の塊

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6話

向日葵畑に時折吹き抜ける強い風が、向日葵と私のワンピースの裾をバサバサと揺らした。

 

オレンジのリボンが着いた白い麦わら帽子を飛んでいかないように押さえながら、私は向日葵畑の中を走り抜ける。今日は村のロイさんの所でお手伝いをすることになっていた。

 

村に着き、ロイさんのお家を目指す。太陽の日射しが眩しいこの時間帯に外を出歩いている人は私以外には見当たらなかった。

 

「やぁ、シャルロット」

「はぁ……はぁ……ロイ、さん……遅れてごめんなさい」

「まだ時間になってないから大丈夫だよ」

 

ロイさんはこの村で唯一のお医者さんだ。自分のお家を診療所にして、ケガから病気まで1通りなんでも見てくれる。私のお母さんもついこの間診てもらった。最近元気がなくて心配していたが、働きすぎによる体調不良らしい。私がもっと頑張ってお母さんに楽させてあげないと。

 

ロイさんの診療所でのお手伝い、といってもその内容は別段特殊なものではない。薬瓶が並ぶ棚や床を布巾で拭いたり、部屋の隅に押しやられたカルテやら請求書の紙束を整理するだけだ。

あとは……。ロイさんの話し相手になったり……うん。

 

「シャルロット、少し休憩しようか」

「え、まだ初めてすぐですよ……?」

「いいから」

 

ロイさんは有無を言わさずといった口調でそう言うと、私の腕をつかんでやや強引に椅子に座らせた。

 

「紅茶を淹れたんだ。飲むだろ?」

「……はい。いただきます」

 

お手伝いに来た私の方が紅茶をご馳走してもらうのもおかしな話だけど、ロイさんの好意に素直に応じる。

 

カチャカチャと2人分のティーカップを用意して、鮮やかな紅色の紅茶を注いだロイさんは私の目の前の背もたれ付きの椅子に腰を下ろした。

 

そして、ポンポン……と自分の膝を軽く叩く。

 

「…………はい」

 

少しの沈黙の後、私はコクンと頷いて椅子から立ち上がり、そのままロイさんの膝の上にポスっと腰を下ろした。

 

「いい子だシャルロット……」

 

私のお腹に左手を緩く巻き付けながら、ブロンドの髪を撫でるロイさん。スゥーと深く息を吸い込む音が耳に届く。

ロイさんはほぼ毎回こうして私を膝に乗せ、頭を撫でたり、お腹を摩ったりしてくる。結婚しておらず、子どものいないロイさんは、私のことを娘みたいだとよく言ってくれる。私にはお父さんがいないのでよく分からないけど、これが親子のスキンシップなのかな……。

だけど私ももう13歳になる。男の人の膝の上に座ったり、お腹を触られたりするのは正直恥ずかしい。けれども、これも『お手伝い』だから……そう言い聞かせ、羞恥心や服越しに肌を触られる言いようのない感覚を我慢する。

 

「シャルロットがうちの子だったら良かったのにな……」

「あ、あはは……そ、そろそろお掃除再開した方が……」

「もう少しこのまま……」

 

結局、『お手伝い』の殆どの時間を私はロイさんの膝の上で過ごすことになった。

 

夕方家に帰る時間になり、ようやく私はロイさんの膝から解放された。

 

「はい、これいつもの」

「すみません……ありがとうございます」

 

ロイさんから白い封筒を受け取った私は頭を下げ、家を出る。村を抜け、向日葵畑の中を歩きながら封筒の中身を開けてみた。

 

中には20ユーロ入っていた。節約すればなんとか2、3日分の食費にはなりそうだ。良かった……。お母さんが元気になるまでは私が代わりに働いてお金を稼がなくてはならない。学校に行くためのバス代と時間が勿体なくて中学校も休みがちになってしまっている。

 

「どこかでちゃんと働いた方がいいのかな……」

 

お母さんには大反対されるだろうけど、お母さんが働きすぎているのは誰の目にも明らかなのだ。今良くなってもまたすぐに体調を壊しかねない。

とは言っても中学校も卒業していない私を誰が雇ってくれるだろうか。

 

私は唐突にさっきまで一緒にいたロイさんの表情を思い出してしまった。柔らかな笑顔に混じる、品定めするような目。お母さんがいつも櫛を通してくれるブロンドの髪もお腹も出来れば触られたくなかった。

 

けれど仕方が無いのだ。13歳の小娘である私がお金を稼ぐ為に与えられる選択肢なんてそう多くない。お母さんの為にも、自分の為にも────────仕方がないのだ。

 

 

もやもやとした気持ちのまま、家へと戻る。向日葵畑を抜けた丘の上にある家。それが私とお母さんの暮らす家だ。余り大きくないし新しくもないけど、私はこの家が気に入っていた。

 

「……ただいま!お母さん!」

 

玄関の前で深呼吸して、笑顔を作った私は勢いよくドアを開く。辺りにはもう夜が訪れようとしていた。お母さん、心配してないかな。

 

「ごほっ、おかえりなさい。今日もご苦労様」

「うん、今日もお手伝い頑張ってきたよ!」

「そう……ありがとうね……コホッコホッ」

 

ベッドで横になっていたお母さんが笑顔で出迎えてくれた。凄く美人なのに、体調が悪いせいで痩せて顔色も悪くなってしまっている。

 

「今、ご飯作るからね」

「うん……ごめんなさいね……」

「大丈夫だよ。お母さんはゆっくりしてて」

 

手を洗い、エプロンを身に付ける。今日はラタトゥイユにしよう。お母さんに料理を教わってて良かった。

 

「シャルは将来何になりたいの?」

 

キッチンに向かい、食材を切っているとお母さんの声が聞こえてきた。キッチンのあるダイニングとお母さんの寝室はドアもなく繋がっている為、こうして料理をしながらでも会話が出来る。

 

「うーん……なんだろうね」

 

先ほど考えたばかりのタイムリーな話題に内心ドキドキしながら私は曖昧な返事をお母さんに返した。

 

「……シャルだったら何にでもなれるわよ」

「えへへ、そうかな……」

「そうよ。優しいし、器用だし。パティシエールなんて向いてそうね」

 

お菓子作りは小さい頃からお母さんと一緒にしていたせいで、今でも私の趣味のひとつだ。専ら最近はそんな余裕もないんだけど……。

 

「パティシエールか……でも私、すぐに働きたいなぁ」

 

パティシエールになるにはきっと料理の専門学校に行ったり、職人さんに弟子入りしなければならない。今の私にはそんな時間的余裕も金銭的余裕もない。

 

「あら、どうして?」

お母さんが意外そうな声を上げる。

 

「だ、だって……勉強とかあんまり好きじゃないから……だから働きたいな」

 

私は嘘をついた。勉強は楽しいからむしろ好きだ。でも『お金がないから少しでも早く働きたい』なんて口が裂けてもお母さんには言えない。

 

「そう……」

 

お母さんは少し寂しそうにそう呟き、静かになってしまった。もしかしたら私が嘘をついてるのがバレてしまったのかもしれない。私も少し気まずくなりながら、黙々と料理を作り続けた。

食材を切り終え、後は鍋で煮込むだけになった。辺りは完全に日が落ち、少し寒くなってきている。どこか遠くの方で人の声がするのはきのせいだろうか?

「……寒い……」

 

私はワンピースとエプロンをしても丸出しの両腕を擦りながら、隣の部屋を覗く。お母さんは寝てしまったのだろうか?

 

「お母さん?もうすぐご飯できるよ────────っ!?」

 

ひょいとベッドを覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、ベッドの上で前屈みに倒れてぐったりするお母さんの姿だった。シーツの上には真っ赤な血がついていた。

 

私は頭が真っ白になって叫ぶ。

 

「お母さん!?大丈夫!?しっかりして!!」

 

慌てて駆け寄るがぐったりとしたお母さんの反応はない。どうしよう!?救急車呼ばないと!でも、こんな村はずれの家にくるまでどれくらいかかるのだろう。

 

「ゴホッゴホッ!」

 

お母さんが激しく咳き込み、新たに口から血がポタポタとシーツの上に落ちる。私は泣きそうになりながらお母さんの背中を摩ることしかできなかった。

 

「誰か……助けて……」

 

涙混じりの声で呟く私は無力だった。

 

その時である。バーンっ!と凄い音をたてて玄関の扉が開いた。私は思わず玄関の方に目をやる。そこには、派手な花柄のシャツを着てサングラスを掛けた男の子が立っていた。肌の色からしてアジアの方の人だろうか?

 

観光客?なんでこんな所に?予期していなかった男の子の登場に私の頭がぐるぐると混乱してしまう。

 

その男の子は私の姿をサングラス越しに見つけると、流暢なフランス語で叫んだ。

 

「シャルロット・デュノア!!お前の母親を助けてやる!!だから俺の奴隷になれこの野郎っ!!」

 

「……へ?」

 

腕に血を吐くお母さんを抱えているのも忘れ、私は素で間抜けな声を上げてしまったのだった。




次回は普通に主人公視点に戻ります。

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