IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
さて、今日は金曜日。英語にも、『TGIF』(Thanks God, it's Friday!)という言葉があるくらい、週末は誰にとっても待ち遠しいものである。
だが今日に限っては、金曜日のもつ意味が少し変わってくる。クラス代表戦を明日に控えているからだ。
出場する生徒にとっては、戦う前の最後の晩。
他の生徒にとってはIS同士の戦闘を間近で見られる、一種のお祭りが目前に迫っているのだ。そのせいか、今日のIS学園内の空気はどこかそわそわと浮き足立っているようだった。
「はぁー……疲れた……」
もはや当たり前のようにボロボロになった一夏が寮の部屋に戻ってくる。俺は眺めていたノートパソコンの画面を閉じ、我らがクラス代表を出迎えた。
「お疲れ……ってどうしたんだ?それ」
あちこちに小さなアザや擦り傷のある一夏の顔。そこはまぁいい。ここ最近は毎日のことだ。
だが、今日の一夏の頬にはそれに加えて、はっきりとした赤い手形がついていた。どうやら誰かに張り手を食らったらしい。
「確か今日は凰さんと練習してたんじゃなかったっけ?」
本当なら、今日はセシリアと一緒に練習するはずだったらしいが、放課後突然現れた凰さんが『試合前日は対戦相手と実戦的な練習をした方いい』とか何とか言って一夏を連れ去っていったらしい。
ちなみに全部『らしい』と言っているのは、その場に俺は居合わせておらず、後に涙目で悔しそうにハンカチを噛み締めるセシリアから聞いた話だからだ。
「いや、練習自体は普通に終わったんだけどな……なんか急に怒りだしてさ」
「怒った?」
「あぁ、小学校の頃に鈴と『大きくなったら毎日酢豚を奢ってあげる』みたいな約束をしたんだよ」
「へぇ」
「それで今日、もじもじしながらそのことを聞いてくるから、ちゃんと覚えてるぞって伝えたのに……鈴のやつ突然キレてさ、ビンタされるわ、馬鹿呼ばわりされるわ……よくわからん」
本当に何も分かっていないらしい一夏が不思議そうに首を傾げる。
「あぁ……」
一夏の話を聞いて朧気ながら俺も思い出した。確かに原作でコイツと凰さんは小学生のときに約束を交わしていたはずだ。
ただし、それは『毎日酢豚を奢ってやる』なんていう、ラグビー部の先輩と交わすような男臭い約束では無く、
『大きくなって一夏の彼女かお嫁さんになったら、毎日お手製の酢豚を食べさせてあげるね、うふふ♪』
みたいな、不器用ながらも甘酸っぱい少女の告白だったはずだ。……あ、別に酢豚だから甘酸っぱいとか言ったわけではないのであしからず。
それをこのアホはどこでどう勘違いしたのか、『毎日飯奢ってやんよ!』みたいなことだと思ったらしい。
そりゃビンタの1つや2つ食らわされてもしょうがない。
「ったく、鈴もひどいよな」
「酷いのはお前だ一夏。早くシャワー浴びてきやがれ……汗くせぇんだよこの野郎」
「えぇっ!?急に酷すぎるだろ!?」
俺の態度が突然豹変したことにショックを受けたのか、一夏はとぼとぼとシャワー室へと入っていった。モテまくり鈍感野郎にはこれぐらいでいいのだ。俺の周りには全くと言っていいほど色恋沙汰なんて無いのに……ちくしょう。
***
いよいよ土曜日の朝がやってきた。今日はISの実習訓練も全学年に渡って休みとあって、クラス代表戦が行われるアリーナには続々と生徒達が詰めかけていた。
一般生徒の観客席より、少し高い位置にある貴賓席のシャッターも今日は開いている。織斑先生によれば、各国国防省系の閣僚やIS関連企業のトップが数名、視察に訪れているらしい。
たかが学園内の模擬戦に何て大袈裟な……と思うかもしれないが、IS学園にはそれほどの注目が常に集まっているのだ。
「おりむー勝てるかな……」
俺より1列後ろの席に座るのほほんさんが心配そうに呟く。凰さんの模擬戦で、充分すぎる彼女の強さを目の当たりにしたことで不安になっているのだろう。
「多分大丈夫だって。あいつも2週間みっちりセシリアや篠ノ之さんに扱かれてたみたいだし」
「そういえばせっしー達は?」
「一夏と一緒にピットにいるみたい。ギリギリまで操縦法を教えてやるらしいよ」
「おりむーは幸せ者だねー」
一夏にべったりなセシリア達を皮肉ってかのほほんさんが笑う。いや、彼女にそんな悪意はないだろう。
最近セシリアとか凰さんとか気が強い女子ばかり見てきたからつい深読みしてしまう。
のほほんさんが隣に座る女子生徒と談笑し始めたところで、俺は改めてアリーナの中を見渡した。
現在観客席にいるのは大体150人ほどの生徒。来賓とその護衛、それに教職員を合わせるとアリーナの中には200人ほどの人が居ることになる。
この世界が俺の知る原作通りに進むとすれば、一夏と凰さんの模擬戦の最中、このアリーナは正体不明の無人機によって攻撃を受けることになる。
無人機には一夏と凰さんが応戦、最後にはセシリアの援護もあって何とか撃破に成功するはずであるが、この世界でも上手くいくとは限らない。
事前に無人機の襲来を周囲に話したところで、信じてくれる者はいないだろう。変わり者扱いされた挙句、実際に無人機の襲来があればスパイと見なされて終わりだ。そうなればもうこの学園には居られない。
だから俺はある仕掛けをしてもらっておいた。使わなくて済むに越したことはないが、安全策というのは何重にも張りめぐらせてこそ意味があるのだ。
「あっ、せっしー達帰ってきたよー」
のほほんさんの声と、ほぼ同時にアリーナ内の巨大なモニターにIS2機分のシールドエネルギーが表示される。
いよいよ始まるらしい。
ざわざわと騒がしかった会場が次第に静寂に包まれ、期待のこもった視線が観客席から、ピットの方に注がれる。
『これより1年のクラス代表戦をはじめる。第1試合は1組織斑一夏、2組凰鈴音。両者とも準備はいいか』
『いつでも』
『あぁ、俺も大丈夫』
スピーカーを通して織斑先生の声がアリーナ内に響く。ISのコアネットワークを通して2人からの返事があった。
すぅ……と織斑先生が息を吸い込む音が聞こえた。そして
『それでは────はじめ!!』
開始の合図と共にアリーナ両端に設けられたピットからそれぞれISが飛び出してきた。
両肩についた球状の装甲が特徴的な赤い機体。それが中国の代表候補生、凰鈴音が操る第3世代型IS『
と言っても原作から得た知識なだけで、実際に期待を目にするのは初めてだ。分厚い金属装甲が小柄な凰さんとミスマッチしていて、例えるなら小学校に上がったばかりの女の子がブカブカのランドセルを背負っているところを見ているようだった。
だが、そんな印象はすぐに破られた。
高速でお互いの位置を入れ替えながら、斬撃し合う両者。機動力に特化しているはずの『白式』に全く引けをとらない機動性である。おそらくパイロットの技能の差だろう。
そして一夏の主兵装であり、唯一の武器が雪片弐型という日本刀を模したような剣であるのに対し、凰さんが拡張領域から取り出したのは、刃の部分が大きく分厚い肉切り包丁のような剣だった。
随分と重そうで、なおかつ無骨さの漂うその剣をくるくると振り回し、一夏に斬撃を加える凰さん。一夏の構えた雪片弐型がぶつかる度にガンッ!と一瞬後ろに弾き飛ばされることから、相当な衝撃が加わっているのだろう。
『くっ!』
一夏が体勢を立て直そうと、スラスター全開で甲龍から距離を取ろうとする。
『逃さないからっ!』
ニヤリと笑う凰さんの顔がモニターに映し出される。それと同時に左肩部の球状装甲の中心が光を放つ。
『うぉっ!?』
瞬く間に増幅された光が、一夏に向けて放たれる。間一髪避けた一夏の背後、観客席との間に設けられたシールドに着弾したその光は爆発を起こした。
ドォォォオオオン!!
爆発による光と音によって、甲龍の肩から放たれたレーザーがセシリアのBT兵器とは全く異なることを悟る一夏。
『まだまだ行くからねっ!』
凰さんの声と共に今度は両肩が光り、一夏に向けて次々と光の砲弾が放たれる。
『くそっ!近づけねぇっ!』
防戦一方になる一夏。斬撃による攻撃しか出来ない白式を甲龍に接近させることすら出来ない。
「くっ……一夏さん……」
いつの間にか近くに座っていたらしいセシリアが自分のことのように悔しそうに唇をかむ。
「凰さんのあれ……衝撃砲か?」
「えぇ……一夏さんと練習されている時に1、2度見ました。空間圧縮砲の類いだと思われます。私のBT兵器と同じ第三世代型の兵装ですわね」
衝撃砲。砲身の中の空気そのものに圧力をかけ、砲弾と共に発射する兵器であるが、前の世界では発射するエネルギーに対して威力が小さすぎる為、殆ど実用化されることはなかった。
それがこの世界ではISコアという莫大なエネルギー源、また技術進歩によってここまでの威力を持つまでになっている。
「このままいくとまずいな……」
「……何とか接近戦に持ち込めませんと、シールドエネルギーが削られるばかりですからね」
俺の台詞にセシリアが同意するが、俺の言っていることはそういう意味じゃない。
どうも戦闘が原作に沿ったものになっている。このまま行くと、無人機の急襲も現実の物になってしまうのではないだろうか。
一応、用意しておくか。
「あら?どこに行かれますの?」
立ち上がった俺の顔を不思議そうに見上げてくるセシリア。これだけ白熱した模擬戦が目の前で行われているのだ。この場を離れようとする人を不思議に思うのは当然だろう。
「ちょっとトイレ。着いてくるなよ」
「殿方のお手洗いに着いていくはずありませんわっ!」
セシリアが立ち上がらないのを確認して、俺は観客席から離れる。通路に入り、向かうのは織斑先生達がいるであろう中央モニタールーム。
無人機の接近に備えて、会場を見渡せる
「えっと……モニタールームは……」
キョロキョロと左右を見渡し、目的地を探していると、
「紺野さん!」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、金髪を揺らしながらセシリアがこっちに走ってくるところだった。
「なっ!?何で着いてきたんだっ!?」
「着いてきたかった訳ではありませんわっ!貴方が落とし物なさるから届けて差し上げたのです!」
そう言ってセシリアがポケットから取り出したのは、俺のスマートフォンだった。いつの間にかズボンのポケットから落としてしまったらしい。
「全く、変なところで抜けてられますのね。私に感謝していいのですよ?」
「あ、あぁ……ありがとう。確かに受け取ったから早く席に戻った方がいい」
「?貴方に言われなくてもそのつもりですわ。急いで戻りませんと試合が終わってしまいます……ところで紺野さんはこんなところで何を……?お手洗いならずっと前にありましたけど?」
ふと気づいたようにセシリアが首を傾げる。彼女の言う通り、観客席からここまでトイレは3箇所ほど通り過ぎている。トイレに行くと行って席を立った人間が、何故かアリーナ内をうろついている。自分でも怪しすぎる状況だ。
「えっと……これはだな……」
どうセシリアを誤魔化し、観客席に戻ってもらおうか思案していた次の瞬間。
ドゴォォオオオッッ!!!
「きゃぁっ!?」
先程の衝撃砲による爆発音とは明らかに異質の爆発がアリーナに響いた。続いてガラガラと何かが崩れる音が連続して聞こえる。セシリアが思わず耳を塞いでしゃがみこんだ。
けたたましく鳴り響く警告音。アリーナの方からは悲鳴とともにシャッターの閉まるアナウンスが聞こえてくる。
やられた。無人機に侵入されたんだ。
「な、何ですかっこれは!?」
未だ現状を飲み込めていないセシリアの腕を引き、俺は走り出す。
「こ、紺野さんっ!?」
「いいから着いてきてくれっ!」
出来れば俺1人で何とかするはずだったのだが、こうなれば仕方がない。セシリアにも存分に働いてもらおう。
俺はセシリアの手を引き、中央モニタールームへの道を急ぐのだった。